生理学研究所年報 第29巻 | |
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5.視知覚研究の融合を目指して−生理,心理物理,計算論2007年6月14日−6月15日
【参加者名】 【概要】
(1) サル前部下側頭皮質における「顔」の記憶のニューロン表現永福 智志,小野 武年,田村 了以(富山大学大学院医学薬学研究部統合神経科学) 霊長類の腹側視覚経路は主に物体視・形態視を司り,最前部に位置する前部下側頭皮質は,複雑な物体・図形や「顔」の視覚認知・記憶に重要な脳部位である。サル前部下側頭皮質には「顔」の情報処理に特化した「顔」ニューロンの存在も報告されている。先行研究でわれわれは前部下側頭皮質腹側部(TEav野)が,「顔」の見え方に依存しない「顔」のアイデンティティ(view-independent facial identity) の認知に重要であることを示した (Eifuku et al., 2004)。しかし,前部下側頭皮質における「顔」の表現がview-independentかview-dependentかは議論がある。本研究では,「顔」のアイデンティティに基づく非対称的対連合課題遂行中のサルTEav野ニューロン活動を記録した。その結果,TEav野において,①「顔」のアイデンティティに関するview-dependentな表現が形成されること,②「顔」のアイデンティティの記憶はview-independentな想起信号により検索されることが示された。これらの知見に基づき,サル前部下側頭皮質における「顔」の記憶表現とダイナミクスについて考察する。
(2) 運動情報を利用した色の知覚西田 眞也 運動中に交代する2色が網膜上で異なる位置に提示されているにもかかわらず混じって見えるという運動混色効果は,色情報の処理が運動情報の処理とは別々におこなわれるという従来の考え方に疑問を投げかけるとともに,運動軌道に沿って色情報を統合する運動物体の色知覚にとって機能的に有用なメカニズムの存在を示唆する。視覚信号を各網膜位置で時間加算することは,S/N比の向上という観点からは望ましいが,対象が運動する場合に運動ぼけを生じる。対象の運動軌道に沿って信号を統合すれば,運動中に色が変化しない通常の状況では,ぼけなしにS/N比を上げることができるのである。この考えから予測されるとおり,2色からなる格子刺激が色を保ちながら運動した結果として網膜上で2色が一定の時間周期で交代するような状況では同じ周期で交代するフリッカー刺激に比べて混色が生じにくいという運動色分離効果が確認された。
(3) 側頭葉のニューロンの集団ダイナミクス岡田 真人(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻) 我々は,Sugaseらの側頭葉の顔応答細胞の単一細胞記録からニューロンの集団ベクトルを構成し,その動的過程を主成分分析と混合正規分布によるクラスタリングで解析した。その結果,構造を持つ画像セットを入力として,集団ベクトル空間に埋め込まれた構造を探ることは,受容野の同定が難しい高次視覚野への有望なアプローチであることがわかった。 単一細胞記録では,本格的な測定の前にニューロンを選別できる。これは,実験者が集団ベクトル空間をあらかじめ次元圧縮していることに対応する。このような手続きが行えない多ニューロン同時記録では,何からの手法で,いま取り扱っている画像の情報表現とは関係ないニューロンの寄与を自動的に削除し,集団ベクトルの次元を圧縮する必要がある。我々は,次元圧縮とクラスタリングを同時に行う手法を提案し,集団ベクトルの空間から,外界の構造が埋め込まれている低次元空間を自動的に抽出する手法を提案した。
(4) 乳児の視実験から視知覚機能の形成過程を知る山口 真美(中央大学文学部・JST) 私たちの研究室はこれまで,高次な視覚機能の形成過程を解明するため,乳児を対象とした視覚実験を行ってきた。具体的には,放射運動,運動透明視,主観的輪郭,形の補完,陰影情報の統合,などである。こうした複数の知覚発達の成立時期を検討すると,刺激の質的な違いを超え,月齢による知覚世界の違いが浮かび上がる。本発表では,主に5ヶ月前後に成立する知覚特性にスポットをあて,その特徴を考えていく。具体的には,運動透明視や運動からの形態補完などの過程がちょうどこの時期に成立することから,運動情報と形態情報を統合し,なんらかのグローバルで高次な視覚過程が,この時期に成立することを示してみたい。さらには,我々が明らかにしてきたこれらの知覚発達が,先行研究が明らかにしてきた両眼立体視や絵画的奥行き手がかりの成立時期と比較し,どのような意味をもっているのかを検討し,乳児の総合的な知覚発達を検討していく。
(5) 視床におけるクロスモーダル信号処理小村 豊(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門) 我々が,認識する一つ一つの対象,例えば「時計」「雨」「映画のワンシーン」,には形,色,動きなどの視覚属性や周波数などの聴覚属性が,「統合」されて感じる。過去の分析的な研究から,眼,耳などから入った感覚情報は,自動的に形,色,動きなどの視覚属性や,周波数などの聴覚属性にしたがって,各々大脳新皮質の異なる領域で分散処理されていることが,明らかになった。では,分散表現された感覚情報はどのようにして統合されるのか? この問いに対して,注意を伴う統合と,注意を伴わない統合を行動学的に評価できる動物モデルを確立し,脳の深部に位置する視床領域に,微小電極を挿入して,実験を行ってきた。本講演では,従来,感覚情報を中継する機能しかもたないと思われてきた視床領域においても,異なる感覚情報が相互作用している実態を紹介し,視床が,感覚情報間だけなく,異なるイベントのつなぎ役になっている可能性について議論する。
(6) 運動視処理における二つの皮質経路林 隆介(京都大学医学研究科) 脳内の視覚情報処理は大きく背側経路と腹側経路に分かれ,前者は空間知覚や行動に,後者は物体認識に関わると考えられている。一方,運動視には少なくとも二種類の処理システムがある。一つは一次運動視と呼ばれる輝度変調を検出するメカニズムで,もう一つは二次運動視と呼ばれるコントラスト変調など,一次運動検出器では検出できない刺激特徴を検出するメカニズムである。一次運動視はさらに単眼性システムと両眼性システムに分けられる。本研究では視覚誘導性の追従眼球運動が1)単眼性一次運動視,2) 両眼性一次運動視,3) 二次運動視刺激によって誘発されるか検証した。その結果,三つの刺激はいずれも運動方向が知覚されていたにも関わらず,二次運動視刺激だけは眼球運動を誘発しなかった。このことから,皮質における運動視処理は,運動に関わる経路と意識的な知覚に関わる経路に分かれ,前者は一次運動視だけが寄与することが示唆された。
(7) fMRIを用いたサル視覚皮質における機能地図計測郷田 直一(生理学研究所感覚認知情報部門) 近年,サルを用いたfMRI実験が開始され,運動・色・顔等の情報処理に関わる高次視覚領域についての新しい発見がいくつか報告されている。これらの発見は,ヒト・サルの視覚情報処理の理解に新しい展開を与える可能性があるが,これらを含むサル高次視覚領野の区分や機能にはまだ不明な点も多い。我々は,2頭のサルについてfMRI実験を行い,運動ランダムドット刺激や物体画像刺激,色モンドリアン刺激等の種々の視覚刺激を用いて,運動・形・色情報処理に関する機能地図及び視野地図の計測を行っている。その結果,運動・形・色に強い選択性を示す領域は下側頭皮質内においてそれぞれ複数の領域に局在していること,またその分布には違いがみられることが明らかになってきた。本発表ではこれまでに得られた結果を合わせて報告し,視覚皮質内の機能地図について考察する。
(8) 大きさ知覚の恒常性とV4野両眼視差選択性細胞藤田 一郎(大阪大学大学院・生命機能研究科・認知脳科学研究室) 物体の網膜投影像は,観察者から物体までの距離に応じて変化するにもかかわらず,われわれの知覚する物体の大きさは安定している。この心理現象(大きさ恒常性)において,脳は,物体までの距離情報を用いて,知覚される大きさを補正する。たとえば,距離情報を与える視覚てがかりの一つである両眼視差を操作すると,大きさの知覚は系統的に影響を受ける。脳のどこで,両眼視差情報と大きさ情報は相互作用するのだろうか。マカカ属サルにおいて,V4野が立体視および物体の大きさ弁別に関わる証拠があることから,われわれは,ニホンザルのV4野において神経細胞反応を調べた。V4野には,刺激サイズに対する選択性が刺激の持つ両眼視差によって変化する細胞があり,その変化の度合いや方向は,ヒトを対象とした心理物理学実験の結果と一致していた。V4野の神経細胞が大きさ恒常性の形成に関与していることを提案する。
(9) 視聴覚の時間順序判断における同時性のベイズ較正山本 慎也(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門) 連続して提示される音刺激と光刺激の時間順序の判断において,刺激の時間差の分布が偏っているとき,頻繁に起こる順序が同時に知覚される傾向があることが知られている(時差順応:Fujisaki et al., 2004; Miyazaki etal., 2006)。一方,両手に1発ずつ与えられた機械刺激の時間順序の判断においては,刺激の時間差の分布が偏っているとき,同時に与えられた刺激が頻繁に起こる順序に知覚される傾向にある(ベイズ較正:Miyazaki et al.,2006)。今回我々は,視聴覚の時間順序判断にもベイズ較正が存在することを証明するために,2種類の音刺激(音Aは音刺激先行傾向,音Bは光刺激先行傾向)と1種類の光刺激を用い,各音刺激と光刺激の時間順序判断を交互に行った。その結果,それぞれの音刺激と光刺激の時間順序判断がベイズ較正方向に変化し,視聴覚の時間順序判断においてもベイズ較正が生じているこが示された。
(10) 空間知覚の環境適応のための方略金子 寛彦(東京工業大学像情報工学研究施設) 人間の空間知覚は視覚環境に適応して変化する。この適応変化はいくつかの方略に基づいて行われるが,その一つは,空間知覚手がかりの統合過程における各手がかりの寄与度(重み)の変化によるものである。ある手がかりの空間情報としての信頼性が高い環境において空間知覚に基づく課題を繰り返し行うと,その手がかりの重みが増加する。この性質は空間知覚の個人差と大きく関わっていると考えられ,ある手がかりの信頼性が高い環境に長年いたと推定される個人の空間知覚では,その手がかりの重みが大きい。この他にも,ある手がかりと空間知覚の対応関係の再較正,あるいは新たな空間知覚手がかりの獲得といった方略によっても空間知覚の適応変化が起こると考えられる。今回は,成人の空間知覚における適応変化に関わる心理物理学的研究データを紹介し,この機能の重要性や各方略が用いられる条件や範囲などについて考察する。
(11) 高空間解像度fMRIによる大流出静脈中の方位選択性信号検出程 康(独立行政法人理化学研究所・脳科学総合研究センター) 近年,いくつかの研究室ではV1のfMRI信号から縞状刺激の方位を検出するために,一般的な解像度(3mm程度)のfMRI計測を使ったクラス判別解析が行われています。いくつかのvoxelから,有意に方位選択性信号が検出されています。1mm以下と考えられる皮質コラム構造に表現されている神経表現を探る事ができるということは,大変興味深い事実です。私たちは空間解像度によりクラス判別性能がどれだけ変化するのかを調べることによって検討しました。高空間解像度撮像(面内解像度0.75x0.75mm)を行い,面内解像度およそ1x1cmに至るまで再サンプリングされたvoxelについて刺激の方位に依存した信号を正確にクラス判別する事が可能でした。高空間解像度におけるクラス判別解析の結果を調べたところ,残された方位選択特性は流出静脈によるものでした。皮質面に沿って一方向に長くのびた領域が解析の中で大きく影響しており,一様に再現性の高い方位偏向性を示していることがわかりました。流出静脈は多くの異なる方位選択コラムを含む広い皮質領域から血液を集めていると考えられるので,この結果は驚くべきことでした。
(12) 霊長類と鳥類の視覚的補間と錯視藤田 和生(京都大学文学研究科) ヒト以外の動物たちは,この物理的世界をどのように見ているのだろうか。この問いは単に博物学的興味を満たすだけのものではなく,知覚の進化を明らかにし,ヒトのそれがなぜ現在のようなものとなっているのかを考察する上で重要である。本講演では,霊長類と鳥類の視覚的補間と錯視について演者がおこなった一連の研究を簡潔に紹介する。視覚的補間に関しては,霊長類(チンパンジー,アカゲザル,フサオマキザル)はほぼヒト同様に部分隠蔽図形を補間して認識することがわかったが,鳥類(ハト)では,補間を促進すると思われる多様な刺激操作にもかかわらず,肯定的な結果は得られなかった。錯視については,ポンゾ錯視,ミュラーリヤー錯視,エビングハウス錯視について種比較をした。霊長類も鳥類も錯視自体は経験するが,いくつかの側面では大きな種差が見られた。視知覚のありようと,系統ならびに生活史の関連について論じる。
(13) ネコ一次視覚野における刺激文脈依存的反応修飾の時空間特性佐藤 宏道,七五三木 聡,石川 理子,木田 裕之 一次視覚野(V1) ニューロンの受容野刺激に対する応答は受容野周囲に呈示した刺激により抑制性修飾(刺激文脈依存的反応修飾)を受ける。この修飾は受容野内外の刺激の図形特徴に強く依存し,知覚的な「視野の分節化」の元になっていると考えられる。この現象のメカニズムを検討する目的でネコのV1において生理実験を行い,ニューロンの受容野内に円形グレーティング,受容野周囲にグレーティングアニュラスを呈示し,反応の時間経過と刺激パラメータ依存性について解析した。その結果,受容野に隣接した狭い範囲の周囲刺激による抑制とさらにその外側の領域を刺激したときの抑制とでは,潜時,持続性,方位選択性,低空間周波数選択性,空間加算性に差が見られた。この結果は,時間特性,刺激チューニング特性,空間特性を異にする入力チャネル間の相互作用がV1レベルで存在することを示唆している。ヒトの視覚マスキング実験の結果と併せて解説したい。
(14) 周辺変調による図方向検出−計算論的アプローチ酒井 宏(筑波大学大学院システム情報工学研究科) 輪郭のどちら側に図があるか(Border Ownership) を決定することは,形状知覚にとって重要なプロセスである。V2,V4のBO選択性細胞の起源が周囲変調である可能性が示唆されている。本研究では,頑健なBO決定に必要とされる周囲構造の特徴を計算論的に求めた。疑似ランダム・ブロック刺激と,ランダムな周囲構造をもつモデル細胞を使ったシミュレーション実験を行ったところ,最適図方位に促進領域,その逆側に抑制領域をもつ約75%のモデル細胞が高い頑健性を示した。また,高い頑健性を示すモデル細胞の全てが,最適図方位の逆側に抑制領域にもっていた。これらの結果は,古典的受容野に対して非対称な周囲構造があれば頑健なBO知覚が可能なことを示す。さらに,同様の刺激群のBO判定に要するヒトの反応速度と,モデル細胞の頑健性には,有意な負の相関が観察された。これらの結果は,BO選択性が周囲構造によって生起していることを支持する。
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