生理学研究所年報 第29巻
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6.シナプス可塑性の分子的基盤

2007年6月21−6月22日
代表・世話人:真鍋 俊也(東京大学 医科学研究所)
所内対応者:井本 敬二(神経シグナル研究部門)

(1)
神経伝達物質放出においてRIM1と電位依存性Ca2+チャネルbサブユニットとの
結合がもたらす2つの機能
清中 茂樹1,若森 実1,2,三木 崇史1,瓜生 幸嗣1,野中 美央3
尾藤 晴彦3,Beedle, Aaron M4,森 恵美子1,原 雄二1,4,De Waard, Michel5
金川 基4,板倉 誠6,高橋 正身6,Campbell, Kevin P4,森 泰生1
1京大・工,2東北大・歯,3東大・医,4アイオワ大学・医,
5Inserm U607,6北里大・医)
(2)
LKS/CAST Regulates Synaptic Short-Term Plasticity by Recruiting bMunc13-2 to Active Zones
Hiroshi Kawabe(川辺浩志)
(Max-Planck-Institut fuer Experimentelle Medizin Abteilung Molekulare Neurobiologie)
(3)
シナプス小胞の分子解剖学的解析からみたグルタミン酸取込過程の制御機構
高森 茂雄(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経病態学分野)
(4)
ラフトアンカー型神経特異的CaMキナーゼ,
CLICK-III/CaMKI g による樹状突起形成制御
上田(石原)奈津実,竹本-木村さやか,野中美応,尾藤晴彦
(東京大学大学院医学系研究科神経生化学教室)
(5)
新規リガンド・受容体LGI1/ADAM22によるシナプス機能制御
深田優子(生理学研究所生体膜研究部門)
(6)
L-type voltage-dependent Ca2+-channel gamma (Cacng) ファミリーの解析
板倉誠(北里大学医学部)
(7)
Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIによる海馬シナプス可塑性の制御
山肩 葉子(生理学研究所 神経シグナル研究部門)
(8)
達期小脳におけるシナプス選別・除去に対するGABA作動性シナプス伝達の役割
狩野方伸,中山寿子,橋本浩一
(大阪大学大学院医学系研究科細胞神経科学)

【参加者名】
真鍋俊也(東京大学医科学研究所),川辺浩志(Max-Planck-Institute),澤田光平,畠中謙(エーザイ 創薬第一研究所),篠江徹,片山憲和,海津正賢,(東京大学医科学研究所),小林静香,尾藤晴彦,上田(石原)奈津実(東京大学医学系研究科),板倉誠,高橋正身(北里大学医学部),井ノ口馨,新堀 洋介(三菱化学生命科学研究所),畑裕,高森茂雄(東京医科歯科大学),大塚稔久(富山大学医学薬学研究部),片岡正和(信州大学工学部),森泰生,森恵美子,三木崇史,瓜生幸嗣,清中茂樹(京都大学工学研究科),狩野方伸(大阪大学医学系研究科),山肩葉子,宮田麻理子,沼田朋大,井上剛,佐竹伸一郎,南雲康行,中川直,竹内雄一,川上良介,瀬藤光利,釜澤尚美,古家園子,鍋倉淳一,石橋等,深澤有吾,深田正紀,深田優子,井本敬二(生理研)

 

(1) 神経伝達物質放出においてRIM1と
電位依存性Ca2+チャネルbサブユニットとの結合がもたらす2つの機能

清中 茂樹1,若森 実1,2,三木 崇史1,瓜生 幸嗣1,野中 美央3
尾藤 晴彦3,Beedle, Aaron M4,森 恵美子1,原 雄二1,4,De Waard, Michel5,金川 基4
板倉 誠6,高橋 正身6,Campbell, Kevin P4,森 泰生1
1京大・工,2東北大・歯,3東大・医,4アイオワ大学・医,5Inserm U607,6北里大・医)

 神経線維を伝播してきた活動電位に正確に反応して「神経伝達」が生じるためには,前シナプスから後シナプスへの厳密な神経伝達物質の放出が必要である。それを実現するために,プレシナプスのアクティブゾーンと呼ばれる構造体においては,シナプス小胞,電位依存性Ca2+チャネル (VDCC),Ca2+依存的に膜融合を制御するSNAREタンパク質等が,「足場」タンパク質を介して集積していると考えられている。今回,我々はアクティブゾーンタンパク質として知られるRIM1のC末端とVDCCのbサブユニットが相互作用していることを明らかにした。BHK細胞の組み換え発現系を用いてその影響を電気生理学的に評価したところ,Ca2+チャネルの不活性化の性質において大きな影響を観測できた。通常VDCCにおいては,活性化開口した後に不活性化状態へと移行してCa2+流入が減衰してしまうが,RIM1がbサブユニットに結合すると不活性状態への移行は阻害されCa2+流入が持続することがわかった。また,蛍光標識したneuropeptide Y (NPY) を発現させたPC12細胞の細胞膜近傍のdense core vesicle数を全反射顕微鏡を用いて評価したところ,全長のRIM1を過剰発現させた際においてvesicle密度が増加し,一方その結合を阻害させるドミナントネガティブ体を過剰発現させるとvesicle密度が減少した。これらの結果は,PC12細胞を用いた神経伝達物質の放出機構からも支持され,RIM1全長やC末端を過剰発現させた場合にはアセチルコリン放出が増加され,一方ドミネントネガティブ体を発現させた際には放出が減少した。以上の結果から,アクティブゾーンにおけるRIM1-VDCCbサブユニットの結合は,シナプス小胞をCa2+チャネル近傍につなぎとめ,Ca2+チャネルの不活性化を防ぐことでCa2+流入を持続させるという,神経伝達物質放出における2つの重要な役割を有していると考えられる。

 

(2) LKS/CAST Regulates Synaptic Short-Term Plasticity
by Recruiting bMunc13-2 to Active Zones

Hiroshi Kawabe(川辺浩志)
(Max-Planck-Institut fuer Experimentelle Medizin Abteilung Molekulare Neurobiologie)

 Active zones are unique subcellular structures at neuronal synapses. They contain a network of specific proteins that mediates and coordinates synaptic vesicle docking, priming, and Ca2+ triggered fusion, and spatially restricts these processes to presynaptic terminals. Six active zone specific proteins have been cloned; Bassoon, Piccolo, RIMs, Munc13s, ELKS/CAST, and Liprin. The Munc13 proteins Munc13-1, ubMunc13-2, bMunc13-2, and Munc13-3 are among the best characterized active zone components. Our group has reported that deletion of Munc13-1 and Munc13-2 genes abolishes synaptic vesicle priming, resulting in a complete block of spontaneous and evoked synaptic transmission in hippocampal neurons. This result indicates that 1) Munc13s are essential for priming and that 2) there are only three Munc13s expressed in hippocampal neurons, Munc13-1, bMunc13-2, and/or ubMunc13-2. The active zone specific localization of different Munc13s and their functional differences are key contributors to the active zone restriction of transmitter release, to the speed of excitation secretion coupling, and to short-term plasticity characteristics of individual synapses. In my talk, I would like to show that bMunc13-2 is sorted to a limited population of synapses in hippocampal neurons, where they mediate short-term synaptic facilitation and may determine neuronal network characteristics. I will also show that in contrast to Munc13-1, which is recruited to synapses and regulated by RIMs, active zone recruitment of bMunc13-2 and bMunc13-2 dependent short-term plasticity are regulated by direct ELKS/CAST binding. I would like to discuss an alternative sorting machinery of Mucn13 proteins and the possibility that active zone proteinaceous networks containing either RIMs or ELKS/CAST may serve as platforms for the differential recruitment and regulation of Munc13-1 and bMunc13-2, respectively.

 

(3) シナプス小胞の分子解剖学的解析からみた
グルタミン酸取込過程の制御機構

高森 茂雄(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科脳神経病態学分野)

 シナプス小胞は,神経終末に存在し,神経伝達物質を貯蔵する細胞内小器官である。神経伝達物質を充填したシナプス小胞はアクティブゾーンに移動し,形質膜と物理的に接着する。その後,プライミングと呼ばれる過程を経て膜融合可能な状態になり,刺激が終末に到達すると,電位依存性カルシウムチャネルからのカルシウム流入が引き金となり小胞膜と形質膜の膜融合が喚起され,小胞内腔の神経伝達物質の放出が起こる。これをエキソサイトーシスと呼ぶ。形質膜と融合した小胞の膜構成成分は,エンドサイトーシスと呼ばれる過程により,新たに合成されたシナプス小胞に組み込まれ,再度神経伝達物質を取り込むことで,次のエキソサイトーシスに備える。このようなシナプス小胞のライフサイクルを支える小胞膜タンパク質の同定を目指す研究は,1980年代より盛んに行われて来ており,膜融合に必須なSNAREタンパク質であるSynaptobrevin,エキソサイトーシスのカルシウムセンサーであるSynaptotagmin,神経伝達物質の取込に関わるトランスポータータンパク質等,重要な分子群が相次いで同定され,個々のタンパク質の性状解析に関しては顕著な進展が達成されてきた。一方で,これらのタンパク質群は他の分子と相互作用して機能を発現したり,タンパク質の発現量がシナプス伝達効率を左右する可能性が示唆されているものの,シナプス小胞の構成成分の定量的なデータは,これまでほとんど皆無であった。また,直径約40ナノメートルの小さな膜構造体であるシナプス小胞に,タンパク質や脂質がどのように空間的に配置されているか,その細胞内小器官としての構造的全体像は不明であった。我々は,ラット脳より高度に精製したシナプス小胞を材料として用い,生化学的定量・物理化学的手法・電子顕微鏡等を組み合わせることにより,平均的なシナプス小胞に存在する主要な構成成分の分子数を算出し,それぞれの構成成分の三次元構造情報(占有体積の推定)を組み込んだシナプス小胞分子構造モデルの構築を行った。

 本セミナーでは,上記の研究成果を概説すると共に,神経伝達物質のシナプス小胞への取込過程の制御機構に関して,興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸に焦点を当て,最近の研究成果も交えて考察したい。

 

(4) ラフトアンカー型神経特異的CaMキナーゼ,CLICK-III/CaMKIgによる樹状突起形成制御

上田(石原)奈津実,竹本-木村 さやか,野中 美応,尾藤 晴彦
(東京大学大学院医学系研究科神経生化学教室)

 神経細胞は遺伝的因子ならびに環境因子に基づき軸索と樹状突起を適切に発達させ,神経回路を形成する。この際,神経活動や神経成長因子などのリガンド刺激による細胞内Ca2+上昇が形態変化誘導において重要な役割を果たすとされるが,Ca2+上昇を細胞骨格変化へと結びつける分子機構に関する知見は少ない。さらに軸索,樹状突起という一見類似するが全く異なる性質を持つ2種類の突起が選択的に形成,伸展する分子的機構については不明点が多い。

 我々が同定した,カルシウム/カルモデュリン依存性タンパク質リン酸化酵素 (CaMK)Ig /CLICK-III (CL3) は神経突起形成が盛んである胎生後期のマウス大脳皮質に多く発現していた。そこでCaMKK-CaMKI経路が神経細胞形態形成や突起伸展調節の機能を有しているという可能性を検討した。

 まず我々はcortical neuronを用い,CL3のノックダウンを行った。その結果,樹状突起の数および合計長が有意に減少したが,軸索形成,軸索伸展に全く影響はなかった。また,CL3ノックアウトマウスから作成したcortical neuronにおいても同様の表現型が得られ,CL3機能低下と樹状突起形成の抑制の相関が見出された。

 続いて,CL3による樹状突起形成制御に関与するシグナル伝達経路を探索したところ,CL3がBDNF刺激の下流で樹状突起形成に関与することを見出した。また,CL3はCaMKIアイソフォームの中でも唯一CaaXモチーフを持つため,膜局在を示し,さらに,パルミトイル化修飾も受けることにより脂質ラフトに局在することが明らかとなった。さらに,CL3の下流で働くRac GDP-GTP交換因子であるSTEFとRacも共にラフトに存在することを示し,CL3のラフト局在が樹状突起形成に重要であることも示した。このことから,ラフトアンカー型CL3/CaMKg はBDNF刺激の下流でSTEF,Racを介して樹状突起形成を制御していることが示唆された。

 

(5) 新規リガンド・受容体LGI1/ADAM22による
シナプス機能制御

深田優子(生理学研究所生体膜研究部門)

 AMPA型グルタミン酸受容体は脳内の主要な興奮性神経伝達を司り,その機能発現がシナプス伝達効率と密接に関連することから,AMPA受容体を制御する分子機構の解明は極めて重要な命題である。最近,私共は脳組織よりAMPA受容体複合体を精製することに成功し,StargazinとPSD-95が主要構成蛋白質としてAMPA受容体と関連することを見出した。この生化学的知見はStargazinがAMPA受容体の附属サブユニットであることを示唆していた遺伝学的知見と一致し,StargazinとPSD-95がAMPA受容体機能の中心的な制御分子であることを明らかにした。一方,PSD-95はポストシナプス蛋白質の数パーセントを占めるといわれる足場蛋白質であるが,実際生体内でどのような蛋白質複合体を形成して機能しているのかは完全には明らかにされていなかった。今回,私共はPSD-95を含む蛋白質複合体をラット脳より精製し,その主要な構成蛋白質としてLGI1,ADAM22およびStargazinを同定した。これら3つの蛋白質はいずれも神経組織に特異的に発現し,ヒトあるいはマウスの遺伝学的解析によりてんかん・けいれん関連遺伝子として報告されており,機能的にも互いに関連していると考えられた。複合体の機能解析により分泌蛋白質LGI1が細胞膜貫通蛋白質ADAM22のリガンドとして機能し,AMPA受容体を介したシナプス伝達を促進することを見出した。LGI1・ADAM22はAMPA受容体機能を制御する新たな経路を担っていると考えられる。さらに,LGI1の作用機構を明らかにするために,独自に開発したTandem Affinity Purification法にてLGI1複合体を脳組織より精製したところ,ADAM22の類縁蛋白質ADAM23がLGI1のもう一つの受容体であり,LGI1,ADAM22,ADAM23がひとつの蛋白質複合体として存在することを見いだした。また,LGI1は固有のファミリー(LGI1, 2, 3, 4) を形成しており,LGI1およびLGI4のみがADAM22,ADAM23と結合することを見いだした。現在,LGIファミリーの各受容体の探索,分泌機構の解明を進めている。これらの知見を踏まえてLGI1がどのようにしてAMPA受容体機能を制御しているかを議論したい。

 

(6) L-type voltage-dependent Ca2+-channel gamma (Cacng)
ファミリーの解析

板倉 誠(北里大学 医学部)

 骨格筋のL-type voltage-dependent Ca2+-channel gamma subunit (Cacng1) は,1つのN型糖鎖結合部位と4つの膜貫通領域を持った膜タンパク質である。Cacng1には他に7つの相同な遺伝子が存在し,Cacng ファミリーを形成している。さらにCacngファミリーのうち,Cacng2, 3, 4 および 8はイオンチャネル型グルタミン酸受容体であるAMPA 型受容体に結合することから,transmembrane AMPA receptor regulatory proteins (TARPs)とも呼ばれている。我々はCacng ファミリーそれぞれの特異抗体を作製し,生化学的な解析を行っている。Cacng ファミリーの脳での発現パターンはファミリーごとに非常に異なっており,それぞれの領域のシナプス伝達制御の多様性に関わっていると考えられる。

 海馬では主にCacng2とCacng8が発現している。Cacng2とCacng8の細胞内局在を検討したところ,共にポストシナプス膜に存在しているがCacng8は細胞内小胞系にも比較的多く局在していることが明らかとなった。また,細胞膜においてもCacng2はポストシナプス膜に局在しているのに対し,Cacng8はポストシナプス膜だけでなくエクストラシナプス膜にも存在していた。Cacng8はカルボキシ末端の細胞内領域がCacng2, 3, 4より長く,この領域がCacng8の特異的な機能に関与していると考えられる。そこで,Cacng2とCacng8のシナプス伝達制御機構の違いを明らかにするために,Cacng2, Cacng8のキメラ分子を用いた解析やC末領域のリン酸化サイトの同定および解析を行っている。

 また,Cacng8を含有している細胞内小胞を単離したところAMPA型受容体のGluR1, GluR2サブユニットが共局在していた。含有するGluR2の糖鎖はEndo H耐性でありCacng8を含有する小胞は小胞体ではないことがわかった。そこでこの小胞が含有しているタンパク質をMALDI-TOF-MS およびLS/ESI-MS/MSによって同定した。その結果,ER-Golgi 輸送タンパク質およびEndosomal recyclingに関係するタンパク質が同定されてきた。GluR2は小胞体に蓄積されていることが知られており,Cacng8はAMPA型受容体のrecyclingだけでなく小胞体から細胞膜までの輸送制御にも関与している可能性が示された。

 

(7) Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIによる
海馬シナプス可塑性の制御

山肩 葉子(生理学研究所 神経シグナル研究部門)

 海馬CA1領域におけるシナプスの長期増強(LTP) は,高次脳機構のひとつである学習・記憶の細胞・分子メカニズムを解明するための基本モデルと考えられ,LTPに関与する分子について,多くの研究が進められてきた。中でも,Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII (CaMKII) はLTPに必要な分子として注目を集めている。GFPラベルしたCaMKIIaを培養細胞へ導入し,その動態を観察した実験や,CaMKIIaの自己リン酸化部位を非リン酸化型に変異させたノックインマウス (T286A,T305D,TT305/306VA) の解析から,自己リン酸化によるCaMKIIaの持続的な活性化と刺激依存的なシナプス部への移行が,重要であることが明らかとなってきている。しかしながら,CaMKIIがどのような過程を経て,最終的にシナプスの増強を引き起こすのかについては,未だ不明な点が多い。

 そこで,我々は,CaMKIIa のATP結合に必要なアミノ酸残基を置換することにより不活性型としたノックインマウス (K42R) を新たに開発し,このマウスを用いて上記シナプス可塑性のメカニズムの解明に取り組んでいる。

 本研究会では,CaMKIIa (K42R) マウスについて,生化学的解析,海馬スライス標本を用いた電気生理学的解析(東大医科研,真鍋研究室との共同研究),海馬培養神経細胞を用いた細胞生物学的解析(東京医科歯科大,岡部研究室との共同研究)の結果を紹介し,CaMKIIa が海馬シナプス可塑性に果たす役割と今後の展望について考察したい。

 

(8) 発達期小脳におけるシナプス選別・除去に対する
GABA作動性シナプス伝達の役割

狩野方伸,中山寿子,橋本浩一
(大阪大学大学院医学系研究科細胞神経科学)

 脳機能の発現には,生後発達期に,神経細胞が“適切な相手”と“適切な強さ”のシナプスを形成することが重要である。発達初期には一時的に過剰なシナプス結合が形成されるが,必要なシナプスの強化と不必要なものの除去という過程を経て,しだいに機能的な神経回路網が形成される。この過程には神経活動が重要な役割を果たすと広く考えられているが,そのマカニズムの詳細は必ずしも明らかではない。中枢神経系では個々のニューロンに極めて多くの多様なシナプス入力が存在するため,この課題を定量的に解析できる実験系はほとんど存在しないが,小脳登上線維−プルキンエ細胞シナプスは,末梢の神経筋シナプスに匹敵する定量的解析を電気生理学と形態学の両面から行なうことが可能なモデル系である。これまでの研究から,生直後のマウスのプルキンエ細胞は同等な強度を持った複数の登上線維によって多重支配されているが,生後1週目に起こる1本の登上線維の選択的強化に続いて,他の登上線維の形態的なシナプス除去が起こり,マウスでは生後20日で殆どのプルキンエ細胞が単一の登上線維による支配を受けるようになることが知られている。先行研究から,小脳平行線維−プルキンエ細胞シナプスにおける代謝型グルタミン酸受容体を介した細胞内シグナル伝達が生後2週目に起こる登上線維シナプスの除去過程に重要であることが報告されている。それに対して,プルキンエ細胞の興奮性に大きく影響を与える抑制性シナプス伝達の関与については全く検討されていない。

 本研究では,GAD67-GFP (Dneo) knock-in mouse (GAD67+/GFP,GABA合成酵素のひとつであるGAD67の遺伝子座にGFPを挿入したマウス)を用いて,GABA作動性伝達が小脳登上繊維−プルキンエ細胞間シナプスの生後発達に果たす役割を調べた。(1) GAD67+/GFPマウスでは,生後11日目以降の登上線維の除去過程に異常が認められた。(2) GADインヒビター(3-メルカプトプロピオン酸)を含むElvax片を生後10日目に小脳皮質表面に処置した動物でも,登上線維による多重支配の残存が認められた。従って,小脳皮質におけるGAD活性の低下が多重支配の原因であると考えられた。(3) GABAA受容体を介したプルキンエ細胞の活動制御は,生後発達に伴い興奮性から抑制性に大きく変化したが,生後10日目では抑制性であったことから,GAD67+/GFPではGAD活性の低下によってプルキンエ細胞への抑制が減弱している可能性が考えられた。(4) そこで,生後10-15日目で微小抑制性シナプス電流(mIPSC)を比較したところ,GAD67+/GFPマウスではmIPSCの振幅がコントロールと比べて有意に減少していた。(5) mIPSCの減弱が多重支配の原因であるかを調べるために,GABAA応答を増進するジアゼパムを,生後10日目からGAD67+/GFPの小脳皮質に投与したところ,シナプス除去の障害がレスキューされた。以上の結果から,生後10日目以降のGABAA受容体を介する抑制性シナプス伝達が,小脳登上線維−プルキンエ細胞間シナプスの除去に重要であることが示唆された。

 


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