生理学研究所年報 第29巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

7.生体システム間境界領域におけるATP・アデノシン情報伝達の役割

2007年 9月6日−9月7日
代表・世話人:南 雅文(北海道大・薬・薬理学)
所内対応者:井本 敬二(神経シグナル)

(1)
【特別講演】P2Y12受容体拮抗薬における抗血小板作用
梅村和夫(浜松医大・薬理学)
(2)
心臓の線維化におけるATP受容体の役割
西田基宏,上村綾,大串真理子,黒瀬等
(九州大学・大学院薬学研究院・薬効安全性学分野)
(3)
腎循環病態におけるアデノシンA1受容体の役割
矢尾幸三 (協和発酵工業(株) 医薬研究センター 薬理研究所)
(4)
血管内皮P2X4を介した循環機能調節
山本希美子,安藤譲二(東京大学 大学院医学系研究科 システム生理学)
(5)
細胞外ヌクレオチドを介した損傷神経細胞−グリア細胞連関
小泉修一1,最上由香里2,多田 薫2,篠崎陽一2
大澤圭子3,津田誠4,高坂新一3,井上和秀4
1山梨大学・医・薬理,2国立衛研・薬理,
3国立精神神経センター,4九州大・院・薬・薬理)
(6)
神経―泌尿器システム間情報伝達におけるプリン作動性シグナルの役割
河谷正仁(秋田大学医学部機能制御医学講座)
(7)
表皮ケラチノサイトから感覚神経への温度情報伝達機構:ATPの役割
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)細胞生理研究部門)
(8)
細胞外ATPによる細胞周期と遊走性の調節
尾松万里子(滋賀医科大学・生理学講座・細胞機能生理学部門)
(9)
皮膚・結合組織の知覚終末グリア細胞におけるecto-ATPaseの局在と
その役割について
岩永ひろみ(北海道大学 大学院医学研究科 組織細胞学分野)
(10)
岩永ひろみ(北海道大学 大学院医学研究科 組織細胞学分野)
齊藤秀俊,津田誠,井上和秀(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)
(11)
孤束核シナプス前P2X受容体の意義−その再検討 Revisiting the presynaptic P2X
receptors in the nucleus of the solitary tract
加藤総夫1,井村泰子1,繁冨英治1,安井豊1,山本清文1,山田千晶1
武田健太郎1,山本希美子2,安藤譲二21東京慈恵会医科大学・神経生理学,
2東京大学大学院・医・医用生体工学・システム生理学)
(12)
Astrocytic control of synaptic NMDA receptors
Changjoon Justin Lee (Center for Neural Science, Division of Life Sciences, KIST
(Korea Institute of Science and Technology), Seoul 136-791, Korea)
(13)
シナプス小胞の分子解剖学的解析
高森 茂雄
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・脳神経病態学分野・COE特任講師)
(14)
小脳におけるニューロン−グリア細胞間の情報伝達
松井広(自然科学研究機構生理学研究所脳形態解析研究部門)
(P1)
カフェイン誘発ATP放出への小胞体−ミトコンドリアCa2+連関の関与
桂木 猛(福岡大・医・総医研),佐藤千江美(同 薬理),
薄根貞治(同 機能研),右田啓介,上野伸哉(弘前大・脳研・生理)
(P2)
マウスマクロファージJ774細胞におけるプリン受容体作動性シグナルと
プロスタグランジンE2シグナルとのクロストーク
伊藤 政明,松岡 功(高崎健康福祉大学・薬学部・薬効解析)
(P3)
マウスT細胞におけるATPならびにNADによるP2X7受容体活性化の相違
前畑真知子,原田 均,出川雅邦(静岡県立大・薬)
(P4)
ATP刺激によるアンジオテンシン受容体の発現低下の分子メカニズム
大串真理子,須田玲子,西田基宏,黒瀬等
(九州大学大学院 薬学府 創薬科学専攻 薬効安全性学分野)
(P5)
ミクログリアからのATP誘発ケモカイン放出におけるNFATの関与
片岡彩子,齊藤秀俊,津田誠,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院・薬理学分野)
(P6)
ATPおよび神経細胞傷害によるミクログリアでのMIP-1a産生誘導
片山貴博1,大日方千紘1,岡村敏行1,2,上原 孝1
大谷賀一2,中村美香2,佐藤公道2,南雅文
1北海道大学薬学研究院薬理学研究室,
2京都大学薬学研究科生体機能解析学分野)
(P7)
ATP誘発アロディニア発症機構−グリシン作動性抑制系の関与
森田克也,本山直世,北山友也,土肥敏博
(広島大学大学院医歯薬学総合研究科病態探究医科学講座歯科薬理学)
(P8)
脊髄運動ニューロンにおけるプリン受容体を介するシナプス前性および後性作用
青山 貴博,中塚 映政,古賀 秀剛,藤田 亜美,熊本 栄一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野)
(P9)
原子間力顕微鏡を用いたP2X4受容体の一分子イメージング
篠崎陽一1,住友弘二1,津田誠2,小泉修一3,井上和秀2,鳥光慶一1
1NTT物性研・生体機能,2九大・院・薬理,3山梨大・院・医・薬理)

【参加者名】
南雅文(北海道大学薬学研究院),Lee, Changjoon Justin (Korea Institute of Science and Technology),岩永ひろみ(北海道大学医学研究科),河谷正仁(秋田大学医学部),伊藤政明,松岡功(高崎健康福祉大学薬学部),今井利安(日本ケミファ創薬研究所),高森茂雄,半場道子(東京医科歯科大学医歯学総合研究科),加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科研),川村将仁,西晴久(東京慈恵会医科大学医学部),山本希美子(東京大学医学系研究科),篠崎陽一(NTT物性科学基礎研究所),矢尾幸三,比護勝哉(協和発酵工業医薬研究センター),藤下加代子,小泉修一(山梨大学医学工学総合研究部),原田均(静岡県立大学薬学部),梅村和夫(浜松医科大学医学部),古家喜四夫(科学技術振興機構 SORST/ICORP),Lopez-Redobdo, Fernando,田中基樹(名古屋大学医学部),尾松万里子(滋賀医科大学医学部),山下勝幸(奈良県立医科大学 医学部),小林希実子(兵庫医科大学医学部),土肥敏博,森田克也(広島大学医歯薬学総合研究科),井上和秀,大串真理子,齊藤秀俊,津田誠,西田基宏(九州大学薬学研究院),北野順子,辻川智子,長谷川茂雄,増田潤哉,増田隆博,宮田広行,山下智大,片岡彩子,下山裕(九州大学薬学府),桂木猛(福岡大学医学部),青山貴博,中塚映政(佐賀大学医学部),野中茂紀(基生研),富永真琴(岡崎統合バイオ・生理研),松井広,加勢大輔,竹内雄一,中川直,南雲康行,井上剛,佐竹伸一郎,竹林浩秀,古家園子,深田正紀,深田優子,高橋信之,井本敬二(生理研)

 

(1) 【特別講演】P2Y12受容体拮抗薬における抗血小板作用

梅村和夫(浜松医大・薬理学)

 血小板の活性化は血栓性疾患において重要な役割をしている。血小板を活性化させるものとして,トロンボキサンA2,ADP,トロンビン,セロトニン等の生理活性物質だけでなく,膜表面に存在する接着分子を介するものやずり応力によるメカニカルな刺激によっても血小板は活性化する。血小板は血管内皮細胞が損傷され,内皮下組織が露出するような動脈硬化病変に粘着し,凝集を起こし血小板血栓を形成する。その際に活性化した血小板膜上で凝固系が活性化し,フィブリンネットを形成し血栓を強固なものにし,成長すると血管を閉塞し心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。血小板の活性化を抑制する薬物として,アスピリンやクロピドグレルが代表的である。アスピリンはシクロオキシゲナーゼを抑制することでアラキンドン酸から産生されるトロンボキサンA2の産生を抑制し活性を抑制する。一方,クロピドグレルは血小板膜上のADP受容体の1つであるP2Y12受容体をブロックすることで活性化を抑制する。P2Y12受容体はGi蛋白と共役した膜7回貫通型の受容体である。ADP刺激により細胞内のcAMPレベルが低下するが,この経路は血小板の形状の変化や細胞内カルシウム濃度の変化には影響しないと報告されている。P2Y12受容体が刺激され,PI3Kを介したGPIIb/IIIa受容体の活性化が血小板凝集を引き起こすと考えられている。

 我々は,ローズベンガルと緑色光による光化学反応を応用して血栓モデルを開発した。つまり,ローズベンガルを静脈内へ投与し,血管の外から緑色光を照射することでローズベンガルが励起状態へ移行し,そのエネルギーを酸素へ移すことで一重項酸素が産生される。この一重項酸素が血管内皮細胞を傷害し内皮下組織が露出することで血小板が粘着し血栓が形成される。このモデルを用いて,クロピドグレルの薬理作用を検討してきたので,その薬理作用について紹介する。また,血小板の活性化は,炎症と関連して動脈硬化を増悪すると言われている。我々は,動脈移植後の動脈硬化病変は臓器移植後の慢性拒絶に大きく関与していると考えられている。その慢性拒絶に活性化血小板の関与を考え,頸動脈移植後の動脈硬化モデルを用いて活性化血小板の役割,特にP2Y12受容体を介した血小板活性化との関係を検討してきたので紹介する。

 

(2) 心臓の線維化におけるATP受容体の役割

西田基宏,上村綾,大串真理子,黒瀬等
(九州大学・大学院薬学研究院・薬効安全性学分野)

 高血圧や虚血などの負荷により生じる心臓の形態変化(心肥大や間質の線維化)は,心機能不全を引き起こす要因の1つとして考えられている。心臓の病態形成における三量体G12ファミリー蛋白質 (G12/G13) の役割を明らかにするため,我々はG12/G13aサブユニット (Ga12/Ga13) の機能を特異的に阻害するポリペプチド (p115-RGS) を心筋特異的に発現させたトランスジェニック (TG) マウスを作成した。p115-RGS-TGマウスの横行大動脈を狭窄し,4週間の圧負荷を行ったところ,野生型マウスと同程度の心重量の増大(心肥大)が確認された。ところが,圧負荷により誘発されるコラーゲンの蓄積(線維化)と拡張機能の低下はp115-RGS-TGマウスで有意に抑制された。以上の結果から,圧負荷による心筋細胞のGa12/Ga13活性化が心臓の線維化を引き起こす可能性が示された。

 Gタンパク質の活性化が受容体刺激によってのみなされるとすると,Ga12/Ga13を活性化するGタンパク質共役型受容体が圧負荷により活性化されると考えられる。そこで,初代培養心筋細胞に機械伸展刺激を行い,圧負荷により活性化されるG12/G13蛋白質共役型受容体の特定を試みた。我々は以前,ラット新生仔培養心筋細胞に発現するアンジオテンシン (AT1) 受容体,エンドセリン (ETA) 受容体,a 1アドレナリン受容体がGa12/Ga13と共役しうることを報告している。しかし,AT1受容体阻害剤,ETA受容体阻害剤,a 1受容体阻害剤を処置しても,伸展刺激によるGa12/Ga13シグナリングの活性化は全く抑制されなかった。一方,アデノシン5’−三リン酸 (ATP) の脱リン酸化酵素を細胞外に処置すると,機械伸展刺激によるGa12/Ga13シグナリングの活性化が顕著に抑制された。実際に,細胞外液中のATP含量を測定したところ,機械伸展刺激によりATP濃度が著しく増加した。伸展刺激による細胞外ATP濃度の上昇およびGa12/Ga13シグナリングの活性化は,細胞間のギャップジャンクションを構成するコネキシンの阻害剤 (carbenoxoloneおよび1-heptanol)によって完全に抑制された。

 以上の結果から,我々は,機械伸展刺激により細胞から放出されたATPが心筋細胞のGa12/Ga13シグナリングを活性化し,線維化を引き起こすという可能性を初めて明らかにした。

 

(3) 腎循環病態におけるアデノシンA1受容体の役割

矢尾幸三 (協和発酵工業(株)医薬研究センター 薬理研究所)

 アデノシンは細胞膜上に存在するアデノシン受容体に結合して生理作用を発現する。循環器においては,心臓のA1受容体を介し,徐脈作用や房室伝導抑制作用,心収縮力抑制作用を発現する。冠血管や末梢血管ではA2受容体を介し,血管拡張作用を発現する。一方,腎臓においてアデノシンはA1受容体を介して,輸入細動脈およびメサンギウム細胞の収縮,レニン分泌およびエリスロポエチン産生の低下,尿細管における水およびナトリウムの再吸収の亢進を引き起こす。また,A2受容体を介して輸出細動脈の拡張,レニン分泌およびエリスロポエチン産生の増加を引き起こす。しかし,病態時の腎臓におけるアデノシンの役割については不明な点が多く残されている。我々は,アデノシンA1受容体を選択的に拮抗する8-(noradamantan-3-yl)-1,3-dipropylxanthine (KW-3902) を見出した。KW-3902のアデノシンA1受容体結合阻害作用のKi値は0.19 nmol/Lで,A2受容体結合阻害作用と比較して800倍以上の選択性を有する。KW-3902は,アデノシンアゴニストN-ethylcarboxamidoadenosineにより誘発される心拍数および血圧低下のうち,A1受容体を介した心拍数低下のみを抑制したことから,in vivo においてもA1受容体に選択的な拮抗作用を示す。このKW-3902を用いて,腎循環病態におけるアデノシンA1受容体の役割について検討した。腎機能が正常状態においては,KW-3902は腎血行動態には影響せず,尿細管での水やナトリウムの再吸収を抑制して利尿作用を示した。虚血性および薬剤性の急性腎不全状態においては,利尿作用に加え腎保護作用を有した。種々の動物実験モデルを用いた検討から,急性腎不全の発症および進展において,虚血などにより増加したアデノシンが,アデノシンA1受容体を介して腎機能の低下に関与することが明らかとなった。その機序の一つに,アデノシンA1受容体を介した尿細管−糸球体フィードバック機構の増強の関与が示唆された。また,薬剤性誘発急性腎不全の発症においては,内因性アデノシンによるアデノシンA1受容体を介した腎への薬物の蓄積促進作用の関与が示された。以上のように,アデノシンはアデノシンA1受容体を介して異なる機序により種々の急性腎不全を発症・進展させると考えられている。また,KW-3902がアデノシンA1受容体拮抗作用に基づく新しいタイプの腎保護薬として有用であると期待される。臨床試験では,腎機能障害を有する急性心不全患者において,KW-3902は利尿作用に加え,腎保護作用を有することが認められた。現在,急性うっ血性心不全患者を対象にした第3相試験でKW-3902の効果が評価されている。

 

(4) 血管内皮P2X4を介した循環機能調節

山本希美子,安藤譲二(東京大学 大学院医学系研究科 システム生理学)

 血管内面を一層に覆う内皮細胞は血管のトーヌスを調節し,高い抗血栓性を示すなど,循環系の恒常性の保持に中心的な役割を果たしている。近年の研究から,血管内皮細胞の機能がホルモンやサイトカインなどの化学的刺激だけでなく,血流に起因する流れずり応力などの機械的刺激によっても調節を受けることが明らとされた。最近我々は流れずり応力の感知にATP受容性チャネルであるP2X4受容体が関わっていることを明らかとした。血流センサー分子の生理的意義を評価する為,P2X4受容体欠損マウスを作製した。P2X4-/-マウスの血管内皮細胞を培養し,流れずり応力による細胞内Ca2+濃度及び,NO産生量の変化を,それぞれ蛍光指示薬であるIndo-1及びDAF-2を用いて観察した所,流れずり応力に依存的に惹起されるCa2+流入反応が消失し,それに引き続いて起こるNO産生も顕著に減少した。骨格筋細動脈の血流を約50%上昇させた際の血管径の変化を測定した所,P2X4+/+での血管拡張率は約45%であるのに対して,P2X4-/-では約21%であった。左外頸動脈を結紮し,左総頸動脈の血流を右総頸動脈の約2/3に減少させるモデルを作製し,2週間後,還流固定した血管の断面をHE染色し,血管径と壁厚を左右の総頸動脈で比較,定量した。P2X4-/-では,左総頸動脈のリモデリングはほとんど観察されなかった。また,テレメトリー法による覚醒時の血圧はP2X4+/+の平均血圧が約105 mmHgであるのに対して,P2X4-/-では約125 mmHgであった。尿中に含まれるNOの代謝産物であるNOxの量はP2X4-/-ではP2X4+/+より有意に減少していた。以上の結果から,血流センサーであるP2X4受容体は血圧の恒常的な維持など,循環機能に重要な役割を果たすことが確認された。更に本研究では,P2X4受容体が流れずり応力によって活性化される機序について検討を行った。培養血管内皮細胞に流れずり応力を負荷させると,内因性のATPが灌流液中に放出され,その濃度は流れずり応力の大きさに依存的に上昇増大した。ATP合成酵素の阻害剤(angiostatin, piceatannol, ATP合成酵素の中和抗体)を作用させると,流れずり応力依存的なATP放出反応が有意に抑制され,更に,流れずり応力によるCa2+流入反応が消失した。これは流れずり応力依存的なATP放出を抑制すると,P2X4受容体が活性化されず,流れ刺激に伴うCa2+流入反応が減少したためと考えられる。そこで,ATP合成酵素の局在を免疫染色により確認した所,ミトコンドリアだけでなく,細胞膜に存在するラフト/カベオラ膜に局在している事が確認された。コレステロールを多く含むラフト/カベオラ構造を除去する試薬 (MbCD, caveolin-1 siRNA) を処理すると,細胞外に放出される内因性ATPの量が顕著に減少し,細胞膜にコレステロールを再導入させると,ATP放出量は元のレベルに戻った。以上の結果から,P2X4を介する流れずり応力の感知機構に,ラフト/カベオラ膜に局在するATP合成酵素の働きに基づく内因性ATP放出が重要な役割を果たしていることが示唆された。

 

(5) 細胞外ヌクレオチドを介した損傷神経細胞−グリア細胞連関

小泉修一1,最上由香里2,多田 薫2,篠崎陽一2
大澤圭子3,津田誠4,高坂新一3,井上和秀4
1山梨大学・医・薬理,2国立衛研・薬理,
3国立精神神経センター,4九州大・院・薬・薬理)

 グリア細胞の新しい役割に注目が集まっており,脳機能,特にその病態がグリア細胞に注目することに解き明かされる可能性が強い(Millerの総説,Science, 2005)。ミクログリアは種々の脳疾患と密接な関係にあると考えられており,その機能調節にはATPなど細胞外ヌクレオチドが中心的な役割を果たす。例えば,神経細胞が損傷すると,その周辺部位に活性化したミクログリアの集積が認められるが,これは細胞内ATPが漏出し,これが化学誘引物質としてミクログリアのP2Y12受容体を介した化学走性を誘発すること (Honda et al., J. Neurosci., 2001) に起因している。集合したミクログリアは,神経細胞が修復不可能であると判断すると,その細胞や残片を貪食作用によって脳内から除去し,脳内環境を整える。しかし,これまでミクログリアが神経細胞のダメージの程度をどの様に見分け,またどの様なシグナルで貪食を開始するのかよくわかっていなかった。今回我々は,ラットの海馬神経細胞をkainic acid (KA)で傷害すると,ATPだけでなくUDP (uridine 5’-diphosphate) が放出されることをin vivo 及びin vitro の実験系で明らかとした。また傷害された海馬CA3領域では,UDPの特異的受容体『P2Y6受容体』の発現がミクログリア特異的に亢進していた。ミクログリアをUDPで刺激すると,P2Y6受容体依存的にミクログリアの貪食が即時的に開始され,これは傷害された神経細胞から漏れ出たUDPによっても模倣された。ATPもUDPも神経細胞の傷害を周辺細胞に知らせる重要な分子として働き,共にミクログリアのダイナミックな動きを制御している。しかしATPは化学走性を制御するが貪食能には全く影響せず,逆にUDPは貪食能を亢進させるが化学走性には関与していない。このように,ミクログリアは,細胞外ヌクレオチドATP及びUDPをそれぞれ厳密に見分け,それぞれの分子特異的な応答を呈することにより,病態時の脳機能を極めて巧妙に制御していることが明らかとなった。

 

(6) 神経―泌尿器システム間情報伝達における
プリン作動性シグナルの役割

河谷正仁(秋田大学医学部機能制御医学講座)

 膀胱は腎臓で作られた尿をためて排出するだけの臓器という考え方が一般的で,膀胱上皮細胞での分泌・吸収機構は考えられていなかった。これは膀胱上皮細胞の内腔側でUmbrella cellがあり,それをtight junctionで結合している構造のほかに,細胞膜にウロプラキンがあり物質の移動できなくなっている構造があるからである。最近の研究では,膀胱の伸展によって膀胱上皮細胞が神経細胞のようにATP,NOが放出され知覚神経機構や平滑筋収縮に作用することが明らかとなった。伸展だけでなく,ノルアドレナリン (NA),プロスタグランジンE2 (PGE2),アセチルコリンによってもATP放出が認められてきている。膀胱の知覚神経終末にはP2X3受容体があり,上皮細胞性のATPはこれを介して排尿反射を亢進させている。また,膀胱上皮細胞と平滑筋との間にあるmyofibroblastsにはP2Y6を主とする受容体が存在し,やはり膀胱知覚を増幅して排尿反射を亢進させている。したがって,畜尿によっておこる膀胱上皮の伸展だけでなく,尿中にたまるNA, PGE2はいずれもATPを放出し膀胱知覚神経を興奮させ,過活動膀胱や間質性膀胱炎の症状を作っていると予測される。

 

(7) 表皮ケラチノサイトから感覚神経への温度情報伝達機構:ATPの役割

富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター(生理学研究所)細胞生理研究部門)

 哺乳類において6つのサブファミリーから形成され多くのホモログが存在するTRPチャネルスパーファミリーのうち,9つは温度感受性があることが知られている。2つ (TRPV1, TRPV2) は40℃を超える高い温度によって,2つ (TRPM8, TRPA1) は低い温度によって活性化されるが,5つ (TRPV3, TRPV4, TRPM2, TRPM4, TRPM5) は体温近傍の温かい温度を感知すると報告されている。中でも,TRPV3, TRPV4は皮膚に発現が強いことから,表皮ケラチノサイトでの温度感知に働いているものと推定されている。私達の温度感覚は感覚神経の発火によって生じると考えられているが,表皮ケラチノサイトが温度を感知しているとすると,その温度情報は感覚神経へと伝達されなければならない。電子顕微鏡による観察では,ケラチノサイトと感覚神経終末の間にシナプス様の構造は認められない。そこで,拡散性の分子が存在すると仮定して,バイオセンサーを用いてその分子の同定を試みた。先ず,マウス皮膚からケラチノサイトの培養系を確立して,感覚神経との共培養を行った。40℃までの温度刺激によってケラチノサイト,感覚神経の両方で細胞内Ca2+濃度の上昇が観察された。その温度刺激による神経細胞内Ca2+濃度の上昇が複数のATP受容体阻害薬で抑制されたことから,ケラチノサイトから温度刺激によってATPが放出されているものと推定された。ケラチノサイトからのATP放出を確かめるためにP2X2を強制発現させたHEK293細胞をバイオセンサーとして用いることにした。HEK293細胞をwhole-cell modeにしてカバーガラスから浮かせ,ケラチノサイトのごく近傍に移動させた。そこで,ケラチノサイトに温度刺激を加えると,HEK293細胞において内向き整流性を有する電流の活性化が観察された。この電流は,HEK293細胞をケラチノサイトから離すと観察されないことから,P2X2チャネルが局所的なATP放出を感知しているものと推定された。このバイオセンサーが機能していることは,ケラチノサイトから離したHEK293細胞にATP投与にして電流が見られることによって確認した。これらの事実は,温度刺激によってケラチノサイトから局所的にATPが放出されて感覚神経を活性化している可能性を示唆する。野生型マウス,TRPV1欠損マウス,TRPV3欠損マウス,TRPV4欠損マウスのケラチノサイトを用いて,どの温度感受性TRPが最も重要かを検討した。

 

(8) 細胞外ATPによる細胞周期と遊走性の調節

尾松万里子(滋賀医科大学・生理学講座・細胞機能生理学部門)

 マウス胎児由来3T3-L1細胞は脂肪細胞分化のモデルとして広く用いられている。終末分化に移行させるためには通常コンフルエントになるまで培養して増殖を停止させた後にホルモン等の分化誘導因子を加える方法が行われ,細胞密度の低い状態で因子を加えても分化は起こらないことが知られている。我々は,50%以下の密度の未分化3T3-L1細胞にATPを加えてインキュベートした後に分化誘導因子を添加して培養を続けたところ,増殖を続けながら脂肪細胞に分化することを見出した。この現象の細胞内情報伝達経路を調べるために,Focused proteomics法を用いてATPによって変化するリン酸化タンパク質を同定したところ,細胞周期のライセンシング因子であるnucleophosminのT199部位のリン酸化を抑制されていることがわかり,ATPが未分化3T3-L1細胞に対して細胞周期を一時的に停止させた状態を作り出して分化へのプロセスを開始させる作用を持つ可能性が示唆された。また,未分化3T3-L1細胞はATPに対して正の走化性示したが,成熟脂肪細胞に分化すると細胞の移動は観察されなかった。これらのことから,前駆脂肪細胞は遊走性を持ち,その化学走性に従って生体内を移動し,定着した場所で脂肪細胞の成熟が起こる可能性が示唆された。

 

(9) 皮膚・結合組織の知覚終末グリア細胞における
ecto-ATPaseの局在とその役割について

岩永ひろみ(北海道大学 大学院医学研究科 組織細胞学分野)

 マイスナー小体など皮膚感覚装置のグリア細胞は,複数の薄板突起を異なる軸索終末にのばした,特異な形態を示す。私たちはこれまでに,ラット頬ひげの動き受容器 槍型神経終末の分離組織標本を用いた実験によって,この細胞がプリン受容体P2Y2を発現していることを示した。このタイプの受容体のADP・UDPに対する感受性が比較的低い事実と,酵素組織化学でマイスナー小体に強いATPase活性が検出されるとのIde and Saito (1980) の報告は,ATPを介した知覚終末グリア細胞と周囲細胞との相互作用に,この組織酵素が調節的役割を果たす可能性を示唆する。そこで今回は,種々の知覚神経終末におけるecto-ATPaseの分布を調べるとともに,上記分離標本のCa2+画像解析によって,槍型終末局所に機械刺激を与えたとき放出されるATPに対するグリア細胞の応答を,培養液にecto-ATPase阻害剤ARL67156を加えた場合とそうでない場合とで比較した。酵素組織化学では,指腹皮膚マイスナー小体の他,歯根膜ルフィニ知覚終末,頬ひげ毛包槍型終末のグリア細胞表面にATPase活性が検出され,陽性反応は,とくに,軸索終末を包むグリア細胞の薄板突起で強かった。分離標本の実験で,正常培養液中の槍型終末の一つに接触刺激を与えると,Ca2+信号が,刺激点から30 mm以内の槍型終末を包むグリアの薄板突起間に広がった。信号は,各薄板突起固有の生成焦点に始まり,その薄板内に限って伝播した。一方,ARL67156を300mM含む培養液中で同様の実験を行なうと,細胞間信号が刺激点から60mm以上離れた終末のグリア薄板にまで及び,各薄板の生成焦点に始まるCa2+濃度上昇は,細胞体にまで広がった。これらの観察結果は,知覚神経終末グリア細胞の薄板突起が,独自のCa2+信号生成焦点を内蔵し ecto-ATPaseで信号を突起内に区域化することによって 局所のATP刺激に独立して応答する機能単位を構成することを示す。

 

(10) 神経因性疼痛発症過程におけるP2Y12受容体の関与

齊藤秀俊,津田誠,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)

 ミクログリアは障害を受けた神経細胞を速やかに認識し,その貪食能をもって神経回路の再構築を担うことが予想されている。近年,細胞外ヌクレオチドは傷害の伝達物質としての役割を持ち,ミクログリアはP2Y12受容体を介して傷害部位を認識することが示唆されている。一方で末梢神経の傷害によって活性化される脊髄ミクログリアは神経因性疼痛の発症メカニズムに深く関わっていることが示されており,P2X4受容体を第一要因として細胞外ヌクレオチドと神経因性疼痛が関連付けられている。しかしながら,神経因性疼痛におけるミクログリアのP2Y12受容体の役割は未だよく分かっていない。

 我々は,P2Y12受容体mRNA発現のレベルが神経損傷側脊髄で著しく増加することを見出し,その発現は高頻度でIba1陽性細胞と共局在することを確認した。脊髄ミクログリアに発現するP2Y12受容体の活性化を抑制する目的で阻害薬であるAR-C69931MXを病態ラットに髄腔内投与したところ神経因性疼痛の発症は有意に抑制され,またP2Y12受容体ノックアウトマウスにおいても同様であった。免疫組織学的手法によりP2Y12受容体ノックアウトマウスの神経損傷側脊髄後角では野生型と比べミクログリアの活性化,集積のわずかな減少が認められたが,非損傷側との比較では明らかなミクログリアの細胞数増加が観られた。そこで,AR-C69931MX髄腔内単回投与,clopidogrel経口単回投与を神経損傷後7日目の病態ラットに対して行ったところ,すでに形成された神経因性疼痛が緩和されることを見出した。

 本研究は,脊髄ミクログリアのP2Y12受容体の活性化が神経因性疼痛発症のための重要な過程の一つであることを示唆し,ミクログリアのP2Y12受容体の阻害が神経因性疼痛に対する新たな治療法となる可能性を示している。

 

(11) 孤束核シナプス前P2X受容体の意義−その再検討
Revisiting the presynaptic P2X receptors
in the nucleus of the solitary tract

加藤総夫1,井村泰子1,繁冨英治1,安井豊1,山本清文1
山田千晶1,武田健太郎1,山本希美子2,安藤譲二2
1東京慈恵会医科大学・神経生理学,
2東京大学大学院・医・医用生体工学・システム生理学)

 細胞外ATP活性化カチオンチャネルP2X受容体は脳内の多くの領域でシナプス伝達および神経細胞の興奮性制御に関与している(加藤,井村,繁冨,神経精神薬理, 2007)。一般に脳組織におけるP2X受容体サブタイプの薬理学的同定は (1) 組織内アゴニスト濃度の高速制御の困難性,(2) アゴニスト,アンタゴニストの高速分解,(3) アゴニスト,アンタゴニストによる代謝・取込分子群の活性修飾,(4) リン酸化・糖鎖化などによる受容体特性修飾,(5) 未同定サブユニット構成の可能性,あるいは,(6) サブタイプ特異的な膜局在化制御などのために困難である。

 延髄孤束核シナプス前P2X受容体の活性化は,活動電位非依存的かつ細胞外Ca2+依存的にグルタミン酸放出を促進する (Kato and Shigetomi, 2001; Shigetomi and Kato, 2004)。孤束核内にはP2X1からP2X7までのすべてのサブユニットが発現しており,興奮性シナプス前P2X受容体のサブタイプは未同定である。今日までに我々は,(1) ATPのEC50は340 mM,(2) a,b-methylene-ATP (abmATP) が有効 (EC50=81 mM),(3) UTPは無効,(4) PPADS (40 mM) によってほぼ完全に抑制,および,(5) サブタイプ特異的遮断薬TNP-ATPのIC50が1 mM,という薬理学的性質に基づき,介在ニューロン軸索終末に発現するP2X1/5もしくはP2X4/6サブタイプからのCa2+流入が高頻度のmultivesicularのグルタミン酸放出を誘発すると推察し,この特性から,P2X受容体の活性化は孤束核内介在ニューロン軸索終末からのグルタミン酸放出を誘発すると結論していた。

 我々は,今回,下記の新知見を得た。(1) P2X4サブユニット欠損マウス (Yamamoto et al., Nat Med, 2006) において,abmATPは,野生型マウスとほぼ同程度,同時間経過の微小興奮性シナプス後電流 (mEPSC) 頻度増大を引き起こした。(2) Caged ATPとlaser photolysis法を用いたシナプス近傍P2X受容体の短時間活性化によるmEPSC頻度増大は緩徐な脱感差しか示さなかった。そして,(3) P2X3およびP2X2/3サブタイプを特異的に遮断するA-317491 (3 mM) はほぼ完全にabmATPのmEPSC頻度増大効果を抑制した。

 以上の知見は,孤束核シナプス前P2X受容体のサブタイプがP2X2/3である可能性を強く示唆する。P2X2サブユニットは孤束一次求心細胞体破壊によって孤束核から消失し,孤束核内ニューロンに発現していない。したがってこの結果は,シナプス前P2X受容体活性化による活動電位非依存的グルタミン酸放出促進が一次求心線維終末から生じている可能性を示している。一方,我々は,一次求心線維刺激による活動電位依存的グルタミン酸放出がATPから細胞外産生されるadenosineによって,アデノシンA1受容体活性化を介して抑制される事実を既に報告している。

 Novel questions: いったい,細胞外ATPは一次求心線維→二次ニューロン間のシナプス伝達を促進するのか,抑制するのか? この機構は何のために存在するのか?

 

(12) Astrocytic control of synaptic NMDA receptors

Changjoon Justin Lee
(Center for Neural Science, Division of Life Sciences, KIST
(Korea Institute of Science and Technology), Seoul 136-791, Korea)

 Astrocytes express a wide range of G-protein coupled receptors that trigger release of intracellular Ca2+, including P2Y, bradykinin, and protease activated receptors (PARs). By using the highly sensitive sniffer-patch technique, we demonstrate that the activation of P2Y receptors, bradykinin receptors, and protease activated receptors all stimulate glutamate release from cultured or acutely dissociated astrocytes. Of these receptors, we have utilized PAR1 as a model system because of favourable pharmacological and molecular tools, its prominent expression in astrocytes, as well as its high relevance to neuropathological processes. Astrocytic PAR1-mediated glutamate release in vitro is Ca2+-dependent and activates NMDA receptors on adjacent neurones in culture. Activation of astrocytic PAR1 in hippocampal slices induces an APV-sensitive inward current in CA1 neurones and causes APV-sensitive neuronal depolarization in CA1 neurones, consistent with release of glutamate from astrocytes. PAR1 activation enhances the NMDA receptor-mediated component of synaptic miniature EPSCs, evoked EPSCs, and evoked EPSPs in a Mg2+-dependent manner, which may reflect spine head depolarization and consequent reduction of NMDA receptor Mg2+ block during subsequent synaptic currents. The release of glutamate from astrocytes following PAR1 activation may also lead to glutamate occupancy of some perisynaptic NMDA receptors, which pass current following relief of tonic Mg2+ block during synaptic depolarization. These results suggest that astrocytic G-protein coupled receptors that increase intracellular Ca2+ can tune synaptic NMDA receptor responses.

 

(13) シナプス小胞の分子解剖学的解析

高森 茂雄
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・脳神経病態学分野・COE特任講師)

 シナプス小胞は,神経終末に存在し,神経伝達物質を貯蔵する細胞内小器官である。神経伝達物質を充填したシナプス小胞はアクティブゾーンに移動し,形質膜と物理的に接着する。その後,プライミングと呼ばれる過程を経て膜融合可能な状態になり,刺激が終末に到達すると,電位依存性カルシウムチャネルからのカルシウム流入が引き金となり小胞膜と形質膜の膜融合が喚起され,小胞内腔の神経伝達物質の放出が起こる。これをエキソサイトーシスと呼ぶ。形質膜と融合した小胞の膜構成成分は,エンドサイトーシスと呼ばれる過程により,新たに合成されたシナプス小胞に組み込まれ,再度神経伝達物質を取り込むことで,次のエキソサイトーシスに備える。このようなシナプス小胞のライフサイクルを支える小胞膜タンパク質の同定を目指す研究は,1980年代より盛んに行われて来ており,膜融合に必須なSNAREタンパク質であるSynaptobrevin,エキソサイトーシスのカルシウムセンサーであるSynaptotagmin,神経伝達物質の取込に関わるトランスポータータンパク質等,重要な分子群が相次いで同定され,個々のタンパク質の性状解析に関しては顕著な進展が達成されてきた。一方で,これらのタンパク質群は他の分子と相互作用して機能を発現したり,タンパク質の発現量がシナプス伝達効率を左右する可能性が示唆されているものの,シナプス小胞の構成成分の定量的なデータは,これまでほとんど皆無であった。また,直径約40ナノメートルの小さな膜構造体であるシナプス小胞に,タンパク質や脂質がどのように空間的に配置されているか,その細胞内小器官としての構造的全体像は不明であった。我々は,ラット脳より高度に精製したシナプス小胞を材料として用い,生化学的定量・物理化学的手法・電子顕微鏡等を組み合わせることにより,平均的なシナプス小胞に存在する主要な構成成分の分子数を算出し,それぞれの構成成分の三次元構造情報(占有体積の推定)を組み込んだシナプス小胞分子構造モデルの構築を行った。

 本セミナーでは,上記の研究成果を概説すると共に,シナプスの分子レベルでのheterogeneityの一端として,エンドサイトーシス関連分子の分子多様性に関して,最新の知見を紹介する。

 

(14) 小脳におけるニューロン−グリア細胞間の情報伝達

松井広(自然科学研究機構生理学研究所脳形態解析研究部門)

 小脳における神経細胞からグリア細胞への情報伝達には,少なくとも二つの経路が存在することが判明している。ひとつは,登上線維・平行線維からグルタミン酸が放出され,バーグマン・グリア細胞のCa2+透過型AMPA受容体が活性化されるという経路。もうひとつは,バーグマン・グリア細胞のATP受容体が活性化される経路である。後者の場合,どの細胞からATPが放出されているのか,議論が分かれるところだが,少なくとも神経細胞の活動がATP放出の引き金となっていることは,明らかになっている (Beierlein and Regehr, 2006; Piet and Jahr, 2006)。

 我々はこれまで,主に第一の経路に関して研究をしてきた。この経路を阻害すると,バーグマン・グリア細胞が,シナプス部位から解離するということは知られている (Iino et al., 2001)。しかし,神経細胞から放出されるグルタミン酸が,そもそもどうして,グリア細胞の低親和性AMPA受容体を活性化できるのか,明らかになっていなかった。これまで,神経細胞から放出された伝達物質は,シナプス間隙から溢れ出て(スピルオーバー),グリア細胞まで拡散することによって,神経細胞からグリア細胞への情報伝達が成立すると考えられてきた。しかし,溢れ出てきた低い濃度のグルタミン酸では,グリア細胞のAMPA受容体を活性化させるのに,十分であるとは考えにくい。そこで我々は,いくつかの電気生理学的実験を通して,シナプス前細胞からグリア細胞に向けても,シナプス小胞の直接的な放出(異所放出)が生じており,これこそが,神経細胞−グリア細胞間の素早い情報伝達を担っていることをつきとめた (Matsui and Jahr, 2003; 2004; 2005; 2006)。

 この素早い情報伝達過程が,グリア細胞によるシナプス包囲率に関わっている可能性が示唆されている (Iino et al., 2001)。そこで我々は,バーグマン・グリア細胞の形態がどのように制御されているのかに関して,二光子イメージング法を用いて調べた。その結果,グリア細胞の微小突起の形態は,数分単位で刻々と変化していることが明らかになった。現在,AMPA受容体の活性化の程度に従って,シナプス前細胞からグリア細胞までの距離がどのように変化するのかに関して,研究を進めている。またAMPA受容体を完全に阻害しても,形態変化は完全には止まらないことも明らかにしており,グリア細胞の形態変化に前述のATP受容体の活性が関与する可能性も検討している。さらに,グリア細胞の形態変化が,生体内でも観察できるかどうかに関する予備実験も開始した。

 なぜ,我々は,グリア細胞によるシナプス包囲率に注目しているのか。シナプス前終末部から放出された伝達物質は細胞外空間を拡散し,その広がり方に従って,神経細胞間の情報伝達特性は決定される。特に,シナプス間隙を越えた伝達物質の広がりを制御する要素として,グリア細胞に高密度で発現しているトランスポーターによる伝達物質回収機構が大きな役割を果たしていると考えられる。実は,シナプス辺縁の受容体こそが,学習や記憶に重要であるとも考えられており,これらの受容体の活性を制御できる格好の位置にグリア細胞が存在することになる。グリア細胞の形態はシナプス周辺で刻々と変化するが,この形態変化によって,伝達物質の時空間分布がいかに制御され,シナプスの多様性が生まれているのかに関して,シミュレーションを使った検討も最後に紹介したい。

 

(P1) カフェイン誘発ATP放出への小胞体 −ミトコンドリアCa+連関の関与

桂木 猛(福岡大・医・総医研),佐藤千江美(同 薬理),
薄根貞治(同 機能研),右田啓介,上野伸哉(弘前大・脳研・生理)

 ATPはオートクリン/パラクリン分子として細胞外に放出され,極めて広汎な生理機能を示すことが知られているが,どのようなメカニズムで,また,どこから放出されるかについては,ほとんど不明のままである。本研究では,caffeineによる初代培養精管平滑筋細胞からのATP放出とそのCa2+シグナリングについて検討を行った。その結果,caffeineによるATP放出作用は2-APBでは抑制されず,ryanodineおよびtetracaineによって,さらに,rotenone, oligomycinなどのミトコンドリア阻害薬,niflumic acid, NPPBなどのCl- channel blockerによって,いずれも拮抗された。Fluo 4を用いてのcaffeineによる[Ca2+]iの増加は,niflumic acid ではなくtetracaineによって拮抗された。また,rhod-2処理後の同じくCa2+シグナルの増大は,oligomycin plus CCCPにより,有意に抑制された。RT-PCR実験から,精管細胞には,RyR-2の発現が認められた。以上の結果,caffeineは筋小胞体上のRyR-2を刺激し,Ca2+を遊離する。このCa2+シグナルがミトコンドリア内のCa2+を上昇させ,ATP合成を促進する。次いで,何らかのシグナルが膜のCl- channelを活性化し,ATPの細胞外への膜輸送を促進するものと推論される。

 

(P2) マウスマクロファージJ774細胞におけるプリン受容体作動性シグナル
とプロスタグランジンE2シグナルとのクロストーク

伊藤 政明,松岡 功
(高崎健康福祉大学・薬学部・薬効解析)

 細胞外ヌクレオチドは,多様なプリン作動性受容体を介して生体反応を媒介するメディエーターとして作用する。炎症巣では,組織より大量のアデノシン三リン (ATP) 分子とともに各種ケミカルメディエーターが放出されることから,プリン作動性シグナルは種々のメディエーターと相互に影響し合い炎症反応を制御していると考えられる。今回,炎症反応に関わるプリン作動性シグナルとプロスタグランジンシグナルとの相互作用をマウスマクロファージ細胞株J774細胞を用いて検討した。

 J774細胞におけるプリン受容体の遺伝子発現をreal-time RT-PCRで測定した結果,イオンチャネル型P2X4とP2X7受容体,Gタンパク質共役型P2Y2とP2Y6受容体の発現が認められ,特にP2Y6受容体の発現が顕著であった。Fura-2を用いて細胞内Ca2+濃度 ( [Ca2+]i) 変化を指標に受容体機能を検討した。ATPは濃度依存的に[Ca2+]iを上昇させ,1 mMの高濃度ではP2X7受容体を介すると考えられるより強力で持続的な[Ca2+]i上昇が認められた。低濃度のATP (1〜100 mM) による[Ca2+]i上昇はPLC阻害剤のU73122処理により抑制されたことからP2Y2受容体の関与が示唆された。また,ATPに対する応答は,P2X4受容体活性化薬のivermectinにより増大したことから機能的なP2X4受容体の存在が確認された。さらに,P2Y6の選択的アゴニストであるUDPは,強力で持続的な[Ca2+]i上昇を起こし,その作用はU73122により顕著に抑制された。以上のことから,J774細胞には機能的プリン受容体としてP2X4,P2X7,P2Y2及びP2Y6が発現していることが示唆された。

 一方,PGE2は単独では[Ca2+]iに影響せずに,ATPやUDPによる[Ca2+]i上昇作用を抑制した。この作用は,UDPによって既に[Ca2+]iが持続的に上昇している状態に処理しても発揮された。さらに,U73122存在下においてivermectin により増強されるATPの[Ca2+]i上昇作用に対してもPGE2は抑制作用を示した。しかし,P2X7受容体を介する反応に対するPGE2の抑制作用は認められなかった。J774細胞におけるPGE2受容体 (EP) 遺伝子としてEP2とEP4の発現が認められたことより,PGE2の作用にはこれらの受容体が関与すると推察された。これらの知見より,動脈硬化巣などの炎症部位において,PGE2はイオンチャネル型及びGタンパク質共役型のいずれのATP受容体を介する反応も抑制することが示唆された。

 

(P3) マウスT細胞におけるATPならびにNADによる
P2X7受容体活性化の相違

前畑真知子,原田 均,出川雅邦(静岡県立大・薬)

【目的】イオンチャネル内在型ATP受容体(P2X受容体)サブタイプの一つであるP2X7受容体は,マウスT細胞に発現し,陽イオンチャネル活性に加えて分子量300程度までの陽陰両イオンを透過させる小孔形成活性を有する。また最近,T細胞表面に発現するecto-ADP- ribosyl-transferase 2 (ART2) が細胞外に放出されたNADを基質としてP2X7受容体をADPリボシル化することにより活性化することも報告されている。P2X7受容体の活性化は,T細胞自身の細胞死を誘導するが,その詳細な機構は明らかではない。そこで,本研究ではマウス脾臓由来T細胞におけるATPならびにNADによるP2X7受容体活性化の相違について検討した。

【方法】4-5週齡雄性BALB/cマウスより調製した脾臓細胞を用い,ATPならびにNAD処置による小孔の形成,細胞径の変化,ホスファチジルセリン (PS) の細胞表面への露出ならびに細胞死の誘導への影響について比較検討した。

【結果および考察】ATPは,速やかな小孔の形成・ホスファチジルセリンの細胞表面ならびに細胞縮小を誘導し,その後細胞死を誘導した。NADは,ATPに比べて小孔の形成ならびにホスファチジルセリンの細胞表面への露出をより低濃度から誘導したが,細胞縮小はほとんど誘導せず,細胞死の誘導もATPに比べて弱かった。また,ATPによる細胞縮小と細胞死の誘導は,細胞外のCl-濃度を低下させることにより抑制されたが,小孔の形成は影響されなかった。CD4陽性T細胞を特異的抗体で染色し解析したところ,NADはやはり細胞縮小を誘導しなかったが,制御性T細胞と考えられるCD4陽性CD25陽性細胞の存在比を著しく減少させた。一方,ATPは,速やかな細胞縮小を誘導した。

 以上の結果から,マウス脾臓由来T細胞において,ATPとNADによるP2X7受容体活性化後の機構が同じでないことが示され,それぞれが果たす役割に違いがあるものと考えられた。また,ATPによる細胞死誘導は細胞縮小の誘導と強く連関することが示唆された。

 

(P4) ATP刺激によるアンジオテンシン受容体の
発現低下の分子メカニズム

大串真理子,須田玲子,西田基宏,黒瀬等
(九州大学大学院 薬学府 創薬科学専攻 薬効安全性学分野)

 アデノシン-5’-三リン酸 (ATP) は細胞内Ca2+濃度 ( [Ca2+]i) を上昇させる強力なアゴニストとして頻用されている。心臓の線維芽細胞においても,ATP刺激は強い[Ca2+]i上昇を誘発し,Ca2+感受性の転写因子nuclear factor of activated T cells (NF-AT)を強く活性化する。しかし,ATP刺激による[Ca2+]i上昇の分子メカニズム及びATPの心線維芽細胞における生理的役割についてはよくわかっていない。今回我々は,G蛋白質のbg サブユニット (Gbg) がATP刺激によるNF-AT活性化に関与することを明らかにした。ATP (100 mM) 刺激によるNF-ATの活性化は,Gbg 阻害ペプチド (GRK2-ct),ホスホリパーゼC (PLC) 阻害剤 (U73122),ジアシルグリセロール (DAG) キナーゼb (DGKb) の発現により抑制され,IP3受容体阻害剤 (xestospongin C) では抑制されなかった。また,ATP刺激によるNF-AT活性化は,細胞外Ca2+の除去により完全に抑制された。しかしながら,Gaq蛋白質阻害ペプチド (GRK2-RGS) の発現およびsiRNAによるGaqのノックダウンではATP刺激によるNF-AT活性化は抑制されなかった。以上の結果から,心線維芽細胞において,ATP刺激はGbg−PLC−DAG−Ca2+ influx経路を介してNF-ATを活性化する可能性が示された。さらに,ATP刺激によるNF-AT活性化がsuramin,PPADSにより部分的に抑制されたこと,アデノシン刺激では[Ca2+]i上昇が認められないことから,ATPはP2Y受容体を介してNF-ATを活性化することが示唆された。

 心筋細胞において,NF-ATは心肥大を誘発する転写因子としてよく知られている。しかし,心線維芽細胞におけるNF-AT活性化の役割については良く分かっていない。我々は,ATP刺激によるNF-ATの活性化がアンジオテンシン (Ang) type1受容体 (AT1R) の発現量を減少させることを見出した。AT1Rの転写活性は,ATP刺激により著しく低下した。AT1Rの転写活性は,NF-kBの活性化により増加することが知られている。そこで,ATPおよびNF-AT活性化のNF-kB活性に与える影響を調べた結果,ATP刺激によりNF-kBのレポーター活性が低下することを見出した。さらに,ATP刺激およびNF-AT活性化がNF-kBの内因性阻害タンパク質であるIkBaの分解を抑制することを明らかにした。以上の結果から,NF-ATはIkBaの分解を抑制することでNF-kB活性を抑制し,AT1R発現低下を引き起こす可能性が示された。

 Ang IIは,血管収縮性ホルモンの一つであり,心線維芽細胞の過増殖や筋線維芽細胞への分化,コラーゲンなどの細胞外基質タンパクの産生(線維化)を引き起こすことが知られている。心臓の線維化は,拡張機能障害の原因になることが示唆されている。心線維化細胞におけるAT1Rの発現増加は心臓の線維化応答を亢進させる一因になると考えられる。ATPは,Ang IIシグナリングに対する負の制御因子として働いているのかもしれない。

 

(P5) ミクログリアからのATP誘発ケモカイン放出におけるNFATの関与

片岡彩子,齊藤秀俊,津田誠,井上和秀(九州大学大学院薬学研究院・薬理学分野)

 ミクログリアは中枢神経系においてサイトカインやケモカインの放出及び産生ネットワークを制御する中心的な役割を担っている。損傷した細胞より漏出したATPはミクログリアを活性化し,数種のサイトカインを放出することが報告されている。一方で,ATPがミクログリアから放出するケモカインに関してはほとんど知られていない。

 本研究では,ATP刺激がマウスミクログリア細胞株MG-5よりCCケモカインの一つであるMIP-1aの放出を誘発することを新たに見出した。この放出促進作用は高濃度(1mM以上)のATP刺激に対し特徴的であることやP2X7受容体アゴニスト2'- and 3'-O-(4-benzoylbenzoyl) adenosine 5'-triphosphate (Bz-ATP) によっても顕著に認められること,更にP2X7受容体アンタゴニストBriliant Blue G (BBG) により拮抗されることより,P2X7受容体の関与が想定された。また,MIP-1a mRNAの増加もATP刺激後30分でピークを迎えた。この即時的なMIP-1a産生増加と一貫して,ATPは刺激後わずか3分で転写因子nuclear factor activated T cell (NFAT) の脱リン酸化,核内移行を誘発し(この活性化は刺激後30分まで観察された)た。MIP-1aの放出と同様に,ATP刺激によるNFAT活性化はBz-ATP刺激によっても見られ,BBGにより拮抗されたことからNFAT活性化にもP2X7受容体が関与していると考えられた。更に,ATPによるMIP-1a放出及びmRNAの増加はNFATの選択的阻害剤により抑制された。これらの結果よりP2X7受容体を介したMIP-1aの放出にP2X7受容体を介したNFATの活性化が関与することが示唆された。

 

(P6) ATPおよび神経細胞傷害によるミクログリアでのMIP-1a産生誘導

片山貴博1,大日方千紘1,岡村敏行1,2,上原 孝1
大谷賀一2,中村美香2,佐藤公道2,南雅文
北海道大学薬学研究院薬理学研究室,
京都大学薬学研究科生体機能解析学分野)

 Macrophage inflammatory protein-1a (MIP-1a) は,多発性硬化症や虚血性脳細胞傷害へ関与が示唆されているケモカインの1つである。本研究では,MIP-1a産生誘導機構を明らかにすることを目的に,ラット由来初代培養ミクログリアおよびラット脳スライス培養系を用いて,MIP-1aのmRNA発現およびタンパク産生に対するATPおよび神経細胞傷害の効果を検討した。

 培養ミクログリアにおいて,ATP (300 mM) は一過性かつ濃度依存的にMIP-1a mRNA発現を誘導した。一方で,培養アストロサイトにおいては,ATPによるMIP-1a mRNA発現誘導は認められなかった。培養ミクログリアにおける諸種プリン関連化合物のMIP-1a mRNA発現に対する効果を検討したところ,ADP,BzATP,2MeSATP,ATPgS,UTPで顕著な発現誘導が見られたが,AMP,adenosine,ab-meATPではコントロールと同程度であった。これらの結果から,プリン関連化合物によるミクログリアでのMIP-1a mRNA発現誘導には,複数種のプリン受容体サブタイプが関与していることが示唆された。

 一方,我々はこれまでに,ラット脳スライス培養系を用いた研究により,NMDAによる神経細胞傷害によりアストロサイトにおいてケモカインの一種であるMCP-1の産生が誘導されること,さらに,このMCP-1産生誘導はMEK/ERK系の活性化を介したものであることを明らかにしてきた。本研究では,神経細胞傷害がMIP-1aの発現におよぼす影響について検討した。NMDA処置によりMIP-1aのmRNA発現量は顕著に増加した。免疫染色により産生細胞を検討したところMIP-1aはミクログリアにおいて細胞種特異的に産生が見られた。NMDA前処置により予め神経細胞を除去した脳スライスでは,ミクログリアに直接作用すると考えられるLPSによるMIP-1amRNA発現は誘導されたが,2度目のNMDA処置ではMIP-1amRNA発現誘導は観察されなかった。このことからNMDAによるMIP-1amRNA発現誘導は神経細胞への作用を介したものであると考えられた。各種MAPキナーゼ阻害薬の効果を検討したところ,ミクログリアによるMIP-1amRNA発現はMEK阻害薬U0126では抑制されず,JNK 阻害薬であるSP600125により部分的ではあるが有意に抑制された。

 

(P7) ATP誘発アロディニア発症機構−グリシン作動性抑制系の関与

森田克也,本山直世,北山友也,土肥敏博
(広島大学大学院医歯薬学総合研究科病態探究医科学講座歯科薬理学)

 ATPは末梢ならびに中枢において痛覚伝導に極めて重要な役割を果たしていることは良く知られている。近年,ATPはDRGニューロン,脊髄後角,脊髄ミクログリアなどに発現する様々なATP受容体サブタイプを介して痛み情報伝達に関与しており,神経因性疼痛の発症に深く関係する疼痛ターゲットとして注目が高まっている。私達は,血小板活性化因子 (PAF) の脊髄腔内投与によりアロディニア症状が引き起こされること,PAFの下流にATP受容体があり,PAF誘発アロディニアの発現にNMDA受容体−cGMP系を介したグリシン作動性抑制系の脱抑制が関係することを報告している。そこで,脊髄ATPのアロディニア発現における役割とその機序について検討した。

 実験はddy系マウスを用い,薬物は,人工脳脊髄液(ACSF) に溶解し,第5,第6腰椎間から脊髄くも膜下腔内投与(i.t.投与)した。アロディニア反応はMinamiらの方法に従い,paint brashで軽くなでる触覚刺激に対する逃避行動からスコア化して評価した。また,アロディニア閾値はvon Frey hairs刺激によるマウス後足引込め反射閾値より評価した。

 a,b-Methylene ATP (a,b-MeATP)誘発アロディニアはNMDA受容体阻害薬MK801およびNO合成酵素阻害薬であるL-NAMEのi.t. 投与により消失し,a,b-MeATP誘発アロディニアの発現にはNMDA受容体の活性化,NOカスケードが関与することが示唆された。さらに,a,b-MeATP誘発アロディニアはPKG阻害薬により抑制され,NO-cGMP系を介して作用することが示された。近年,グリシン受容体a3サブタイプ (GlyRa3) が痛覚伝達に重要な役割を果たすことが示されつつある。そこで,特異的siRNAを用いたRNA干渉により脊髄GlyRa3ノックダウンマウスを作成した。GlyRa3ノックダウンによりa,b-MeATPおよびcGMP誘発アロディニアは著明な抑制をみとめ,a,b-MeATPはcGMPを介してGlyRa3に作用してアロディニアを発現している可能性が示唆された。また,a,b-MeATP誘発アロディニアはグリシントランスポーター (GlyT) 1およびGlyT2の特異的阻害薬あるいはノックダウンによるグリシン神経活性の活性化により寛解した。

 以上,ATPによるアロディニア発現にはcGMPによりメディエートされるGlyRa3を標的とする抑性系が関与することを示唆した。

 

(P8) 脊髄運動ニューロンにおけるプリン受容体を介する
シナプス前性および後性作用

青山 貴博,中塚 映政,古賀 秀剛,藤田 亜美,熊本 栄一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野)

 脊髄損傷による麻痺の主原因は直接外力による脊髄運動ニューロンの一次的な障害であるが,脊髄損傷の急性期に脊髄運動ニューロンは遅発的に細胞死に至り,四肢あるいは体幹の麻痺は進行する。直接外力による不可逆的な障害は治療困難であるが,急性期に進行する遅発性神経細胞死への対策は極めて重要である。現在,脊髄損傷の急性期には副腎皮質ステロイドホルモン大量療法が施行されることがあるが,その有効性は乏しいだけでなく副作用も多い。したがって,新しい作用機序を有する治療薬の登場が待ち望まれている。近年,脊髄損傷の急性期に進行する脊髄運動ニューロンの遅発性神経細胞死にATP受容体が深く関与することが指摘された。しかしながら,脊髄運動ニューロンにおけるプリン受容体の機能的役割はほとんど知られていない。

 今回,ラット脊髄横断スライス標本にホールセル・パッチクランプ法を適用し,脊髄運動ニューロンにおけるプリン受容体の役割を検討した。電位固定法を用いて膜電位を-70 mVに保持して,代謝安定型のATP受容体作動薬であるATPgS (100 mM) を灌流投与すると,約半数の脊髄運動ニューロンにおいて内向き電流が発生すると共に,グルタミン酸を介する興奮性シナプス後電流の発生頻度ならびに振幅は著明に増加した。ATPgS (100 mM)によって内向き電流が観察される細胞に,P2Y受容体作動薬である2-methylthio ADP (100 mM) を灌流投与すると,内向き電流が観察されたが,興奮性シナプス後電流の発生頻度ならびに振幅に変化はみられなかった。また,ATPgS灌流投与によって生じた内向き電流は,記録電極内にGDPbS (2 mM)を加えることによって有意に抑制された。一方,P2X受容体作動薬であるa,b-methylene ATP (100 mM) ならびにBzATP (100 mM)は保持膜電流に全く影響を与えなかったが,a,b-methylene ATP (100 mM)は興奮性シナプス後電流の発生頻度ならびに振幅を著明に増加した。

 以上の結果から,脊髄運動ニューロンのシナプス前にはa,b-methylene ATP 感受性のP2X受容体などプリン受容体が発現しており,その活性化によってグルタミン酸の遊離が増強する。さらに,シナプス後細胞にも2-methylthio ADP 感受性のP2Y受容体などプリン受容体が発現しており,その活性化によって直接的に脊髄運動ニューロンを脱分極することが明らかとなった。脊髄損傷の急性期における脊髄運動ニューロンの遅発性神経障害にシナプス前ならびにシナプス後細胞のプリン受容体が関与している可能性が示唆された。

 

(P9) 原子間力顕微鏡を用いたP2X4受容体の一分子イメージング

篠崎陽一1,住友弘二1,津田誠2,小泉修一3,井上和秀2,鳥光慶一1
1NTT物性研・生体機能,2九大・院・薬理,3山梨大・院・医・薬理)

【目的】ATPは中枢神経系における重要な情報伝達物質であり,ATP受容体は生理条件下及び病態時において多用な機能を発揮する事が明らかとなってきている。ATP受容体の機能的な重要性が明らかとなってきている反面,構造生物学的な情報についてはほとんど明らかとなっていない。ATP受容体はイオンチャネル型P2X受容体とGタンパク共役型P2Y受容体に大別されるが,特にP2X受容体については受容体活性化に伴いその構造を変化させ,形質膜を貫通するポアを形成し,細胞外液中の陽イオンを細胞内へ流入させると考えられている。原子間力顕微鏡 (Atomic force microscopy, AFM) は対象とするサンプルの表面構造をカンチレバーと呼ばれる探針で走査し,ナノメートルスケールの解像度で構造情報を得る事ができる装置である。AFMは大気中測定に加えて液体中での測定が可能である事から,我々は従来解析が難しいとされていた膜タンパクの解析に応用できるのではないかと考えた。今回,我々はP2X4受容体に注目し,その構造及び構造変化をAFMを用いた直接的なイメージングにより明らかとする事を目的として研究を行った。

【方法】ラットP2X4受容体タンパクはヒト1321N1アストロサイトーマ細胞に発現させたものから調製した。細胞をスクレーパーで回収後,テフロンホモジナイザーで破砕し,スクロースバッファー中にて遠心,膜画分を得た。膜画分をCHAPSバッファーに溶解し,抗P2X4R抗体を用いて免疫沈降によりタンパクを精製した。原子間力顕微鏡を用いた解析では表面を剥離したマイカ上に精製P2X4受容体タンパクを静置し,バッファー中にて観察を行った。

【結果と考察】SDS-, Native-PAGEよりP2X4受容体は三量体として精製できている事を確認した。コントロールではP2X4受容体のAFM像は丸,もしくは三角形の形状を示し,短い線状の構造を持っていた。ATP刺激後は,各パーティクルは三量体構造に変化した。これら三つの構造物はホモ三量体を形成する個々のサブユニットであると考えられる。実際,三つの構造物の中心にできた窪みが最も深く,この部分が膜貫通領域で形成されるポアであると推定される。断面解析では,P2X4受容体のサイズはATP刺激に伴い幅,高さ共に大きくなった。タイムラプスイメージング (2 frames/sec) により解析したところ,P2X4受容体はATP刺激後速やかに(<0.5秒)構造を三量体構造へと変化する事を確認し,確かにこれらの構造変化がP2X4受容体においてリガンド依存的に起こる一連の変化である事を明らかとした。

 


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