生理学研究所年報 第29巻
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10.大脳皮質―大脳基底核連関と前頭葉機能

2008年1月17日−1月18日
代表・世話人:宮地重弘(京都大学霊長類研究所)
所内対応者:南部 篤(生体システム研究部門)

(1)
非錐体細胞の樹状突起の計算特性 ―形態的な考察―
窪田 芳之(生理研)
(2)
傍細胞記録法によるラット運動野ニューロンの機能的および形態学的同定
礒村 宜和(理研・BSI)
(3)
覚醒下モデルマウスからニューロン活動を記録し,ジストニアの病態を解明する
知見 聡美(生理研)
(4)
運動皮質−視床下核投射選択的破壊による運動の障害
纐纈 大輔(京都大・霊長研)
(5)
delay-discountingに基づいた行動課題におけるラットの衝動的選択行動の分子生物学的基盤
林崎 誠二(東京都神経研)
(6)
脳幹−中脳神経回路による報酬予測誤差生成機構
小林 康(大阪大・基礎工)
(7)
線条体のコリン作動性細胞の同定と行動課題における情報表現
井之川 仁(京都府医大)
(8)
両手順序動作課題を用いて明らかになった前補足運動野細胞活動の新たな側面
中島 敏(東北大・医)
(9)
認知と運動を統合する神経基盤
星 英司(玉川大・脳研)

【参加者名】
稲瀬正彦(近畿大学),丹治順,鮫島和行,星英司(玉川大学脳科学研究所),高田昌彦,林崎誠二(東京都神経科学総合研究所),虫明元,中島敏(東北大学),磯村宜和,一戸紀孝(理化学研究所脳科学総合研究センター),小林康,八十島安伸,岡田研一,篠原祐平(大阪大学),井之川仁,榎本一紀(京都府立医科大学),宮地重弘,纐纈大輔,半田高史,平井大地,鴻池菜保(京都大学霊長類研究所),小川正(京都大学),田中真樹,田代真理,松嶋藻乃(北海道大学),中村加枝,松崎竜一,中尾和子(関西医科大学),喜多均(米国テネシー大学),定金理,廣川純也(基生研),川口泰雄,南部篤,伊佐正,窪田芳之,畑中伸彦,橘吉寿,知見聡美,佐野裕美,高良沙幸,岩室宏一,高原大輔,金田勝幸,斉藤紀美香,吉田正俊,関和彦,坂谷智也,加藤利佳子,坪井史治,高浦加奈,坂野拓,牛丸弥香,森島美絵子(生理研)

【概要】
 大脳基底核は,大脳皮質の広い領域から入力を受け,大脳基底核内で情報処理を受けた後,一部,脳幹に投射するものの,大部分は視床を介して大脳皮質,とくに前頭葉に戻るというループ回路をなしている。大脳基底核内でどのような情報処理が行われているか不明であったし,今でも多くの謎があるが,それでも以下のような様々な研究から,徐々にではあるが着実に明らかになりつつある。

1) 主に霊長類を用いた研究から,大脳基底核は,適切な運動あるいは動作様式を選択,実行するのに関わっている。

2) また,工学的な手法によって解析したところ,大脳基底核の神経活動や神経回路は適切な行動の自立的な選択・学習に適している。

3) 霊長類の基底核回路を解剖学的に解析することにより,大脳基底核が運動機能ばかりでなく,認知機能や情動に関わることが明らかとなってきた。

4) 遺伝子改変動物(げっ歯類)を用いることにより,大脳基底核に発現している受容体や神経伝達物質と機能との関係が,個体レベルで調べられるようになった。

5) ヒトの大脳基底核疾患や,様々な大脳基底核疾患モデル動物の解析により,このような疾患の病態およびその基礎となる基底核の生理が明らかになりつつある。

6) 脳深部刺激療法 (DBS) や遺伝子治療など,大脳基底核疾患の新たな治療法も開発されてきた。

 このように,神経生理学,神経解剖学はもちろんのこと,臨床医学,分子生物学,情報工学的な手法により大脳基底核や,大脳皮質―大脳基底核連関の機能が明らかになりつつある。しかし,それらは個別になされており,各専門分野を横断的かつ統合的に捉え,相互理解を深める機会が少ない。そこで,本研究会では大脳皮質―大脳基底核連関,前頭葉機能,さらにはその周辺の研究について,広く神経生理学,神経解剖学,臨床医学,分子生物学,情報工学など多岐にわたる専門分野の若手あるいは中堅の研究者が,最新の知見を紹介し,各分野における研究の趨勢,問題点,及び今後の展開に関する忌憚のない意見を活発に交換したい。

 

(1) 非錐体細胞の樹状突起の計算特性 −形態的な考察−

窪田 芳之(生理学研究所)

 皮質の代表的な4種類の非錐体細胞 (FS basket cell, Martinotti (MA) cell, double bouquet (DB) cell, large basket (LA) cell) の樹状突起の形態特性を検討した。ラットの大脳皮質を使った電気生理スライス実験で単一の非錐体細胞の生理的な特性を抽出した後,染色し,Neurolucidaで3次元的に樹状突起を再構築した。そして,電子顕微鏡観察によりその樹状突起を再構築し,その形態を詳細に測定した。その結果,まず,樹状突起へのシナプス入力は,細胞体近傍の50-100mmあたりまでは密度が低かったが,それより遠位部は一定の密度である事がわかった。また,サブタイプにより,密度は異なっており,FS細胞とMA細胞の樹状突起上のシナプス密度が他の2種類よりも2〜3倍程高かった。また,GABA postembedding 免疫組織化学法を使って,GABA陽性シナプスの密度を見たところ,樹状突起の位置や細胞のサブタイプに関係なく,ほぼ一定の入力密度を示したため,上述のサブタイプによるシナプス密度の違いは,興奮性のシナプスの入力密度の違いを反映している事がわかった。次に,樹状突起の太さに関する解析を行った。樹状突起の太さは,細胞体からの距離には相関せず,むしろその部分から遠位部の樹状突起の総延長に相関して太さが決まる事がわかった。また,樹状突起の分岐部分の前後でその形状を測定したところ,下記の2つの法則が同時に成立する事がわかった。(1)親樹状突起の断面積は2つの娘樹状突起の断面積の和に等しい。(2)Rall model(親樹状突起のインピーダンスは2つの娘樹状突起のインピーダンスの和に等しいという法則)が成立する。即ち,親樹状突起のインピーダンスは2つの娘樹状突起のインピーダンスの和に等しいという事である。

 神経細胞シミュレーションソフト「Neuron」を使って,測定した形態に忠実に,上記の4つの非錐体細胞を再構築し,epspの伝搬特性に関してシミュレーションを行った。その結果,シナプスが細胞体から200 µm以上離れている樹状突起上にある場合は,どの分岐にあったとしても,細胞体で観察されるepsp反応のピークはほぼ一定であった。また,シナプスが細胞体から200 mm以内に存在する場合は,細胞体で観察されるepsp反応は,遠方のシナプスと比較して2倍- 3倍以下である事がわかった。

 以上の結果は,神経細胞の基本的な樹状突起の特性を示すものであり,シナプス信号の統合を理解する上で重要な情報であると考えている。

 

(2) 傍細胞記録法によるラット運動野ニューロンの
機能的および形態学的同定

礒村 宜和(理化学研究所 脳科学総合研究センター 脳回路機能理論研究チーム)

 金属微小電極をもちいた従来の単一ユニット記録法はさまざまな機能に関連する脳領域を特定することに大きな威力を発揮したものの,記録した神経細胞のサブタイプの同定をおこなうことは不可能に近かった。そのため一次運動野でさえ各層の錐体細胞や介在細胞が実際にどのような機能的役割を担っているのかほとんど解明されていない。一方,近年になって単一ユニット活動を記録し詳細な細胞形態も観察できる傍細胞記録法juxtacellular recordingや,同時に多数の神経細胞からユニット活動を記録できるマルチユニット記録法multiunit recordingが開発・改良されつつある。

 そこで我々は,運動の実行を必要とする課題を訓練したラットにこれらの新しい記録技術を適用し,運動の発現に関与する大脳皮質の錐体細胞と介在細胞を機能的かつ形態的に同定して,運動機能を担う大脳皮質内の局所神経回路を詳細に解明することを目指してきた。まず,頭部を脳定位固定装置に固定した複数の被検ラットに単純なレバー押し課題の訓練を効率よく施す「脳定位固定オペラント訓練装置」を独自開発し,訓練完了ラットを毎週2頭の割合で記録実験に安定して供給する体制を確立した。このような被検ラットをもちいて,運動野の前肢領域から傍細胞記録法により課題に関連した単一細胞活動を記録し,同時にテトロード電極やシリコンプローブをもちいたマルチユニット記録法により近傍にある複数の細胞活動を記録した。傍細胞記録中にバイオサイチンやニューロビオチンを電気浸透的に負荷した記録細胞は,灌流固定後に介在細胞マーカーであるパルバルブミンやカルレチニンとの蛍光三重染色を施し,次いでABC-DAB法により細胞形態を再構築した。

 現在,約45頭の課題遂行ラットから運動関連活動を示して可視化同定された神経細胞を20細胞ほど得ている。このなかには,バースト発火を示す第3層錐体細胞,レバー動作時に発火活動が低下する第4層星状錐体細胞,レバー保持期間にのみ発火する第5層錐体細胞などの興味深い興奮性神経細胞が含まれる。また,パルバルブミン陽性で高い発火活動を示す(FS)介在細胞もいくつか同定され,そのすべてがレバー動作時に発火活動が上昇した。このように,本研究において開発された「慢性傍細胞記録法」は,行動に関連する神経細胞の各サブタイプの機能を直接的に調べることができる非常に有用な研究アプローチであるといえる。

 

(3) 覚醒下モデルマウスからニューロン活動を記録し,
ジストニアの病態を解明する

知見 聡美(生理学研究所 生体システム研究部門)

 ジストニアは,持続性または反復性の筋収縮により,体幹,四肢の異常姿勢や異常運動を示す神経疾患である。病態を解明するためには,疾患モデル動物を解析することが非常に有効な手段であるが,これまで適当なモデルが存在しなかったことから,正確な病態については不明である。しかしながら,近年,数種類のマウスがジストニアのモデルとして提唱されている。私達は,麻酔の影響を排除して覚醒条件下でマウスのニューロン活動を記録,解析するシステムを,これらのモデルマウスに用いることにより,ジストニアの病態を解明することを目指している。これまでに2種類のモデルマウスについて解析を行ったので,その結果について報告する。

1) Wriggle Mouse Sagami:形質膜カルシウムポンプ2型(PMCA2) の点変異を持ち,体幹・四肢の筋緊張の亢進と不随意運動を示すミュータントマウスである。淡蒼球外節・内節,黒質網様部の自発発火頻度,および発火パターンは正常であった。一方,小脳プルキンエ細胞では,自発発火頻度,特に単純スパイクの発火頻度が著しく低下していることがわかった。これまでに小脳由来のジストニアモデル動物が数多く報告されていることからも,ヒトにおいても小脳由来のジストニアが存在するかもしれない。

2) DYT1変異マウス:ヒト早期発症全身性ジストニアの原因遺伝子であるDYT1変異遺伝子を組み込むことによって作製されたトランスジェニックマウス(Shashidharan et al. Hum Mol Genet 2005, 14: 125-33) であり,hyperactivity などの異常行動や,筋の持続収縮などの異常運動を示す。淡蒼球外節・内節および黒質網様部ニューロンの活動を調べたところ,自発発火頻度が著しく低下しており,長い活動休止期間を持つ異常な発火パターンが観られた。また,大脳皮質運動野の刺激に対しても異常な応答パターンを示すことがわかり,これらがジストニア症状の出現に関与していることが示唆された。

 

(4) 運動皮質−視床下核投射選択的破壊による運動の障害

纐纈 大輔(京都大学 霊長類研究所 行動発現分野)

 運動の発現は大脳皮質の運動野からの脊髄への神経線維,すなわち錐体路が司る。この系を多くの神経回路が制御し,微妙な,あるいはダイナミックな動きを可能にしている。こうした神経回路の1つに皮質−大脳基底核−視床ループがある。このループ中の基底核内には(皮質からの入力→)線条体→淡蒼球内節(→視床への出力)へと繋がる「直接路」と,間に淡蒼球外節 (GPe) と視床下核 (Stn) を介し,線条体→GPe→Stn→淡蒼球内節 (GPi) へと繋がる「間接路」,そして皮質から直接にStnへ入力し,Stn→GPiへと繋がる「ハイパー直接路」の3つの神経連絡路が存在している。これまで大脳基底核が運動制御に果たす役割を考える場合には主に「直接路」と「間接路」について論じられてきたが,近年「ハイパー直接路」が重要な役割を担っていることを示唆する報告が為されて来ている。「ハイパー直接路」はその生理学的データから,運動が発現する前に運動野内の不必要なニューロンの活動を抑制する役割があることが推測さてれる。しかし行動レベルで「ハイパー直接路」の機能を示した研究はない。そこで本研究ではマウスの運動皮質→Stn投射を選択的に破壊することで大脳基底核内の3経路のうち「ハイパー直接路」だけを遮断し,生理学的,行動学的なレベルでの変化を調べた。

 まず運動皮質→Stn投射を破壊したマウスのGPeで皮質電気刺激に対する細胞活動を記録した。正常なマウスのGPeは皮質刺激に対して早い興奮−抑制−遅い興奮の三相性の反応を示す。しかし皮質→Stn破壊マウスでは早い興奮だけが抑えられた,これは早い興奮は「ハイパー直接路」由来だとするこれまでのデータと一致した。また運動皮質→線条体破壊マウスでも細胞活動を記録したが,この場合は三相性反応のうち抑制の程度が小さくなった。これは皮質→線条体破壊によって「間接路」が遮断され,線条体からGPeへの抑制性の入力が無くなったことによるものと考えられる。

 更に運動皮質→Stn破壊マウスの運動量の測定を行った。その結果,皮質→Stn破壊マウスでは正常マウスに比べて運動量が増加していた。これは皮質→Stn投射を破壊したことでまず大脳基底核の出力部であるGPiの活動が弱まり,GPiから視床への抑制性の出力の程度が小さくなり,視床の活動が強くなったと考えられ。続いて視床から皮質への興奮性の出力が大きくなり,結果として運動皮質の活動を増強することによるものと考えられる。これは細胞活動のデータとも一致する。

 以上の結果は「ハイパー直接路」が運動皮質の不必要なニューロン活動を抑制する役割を持つという考えを支持するものと思われる。

 

(5) delay-discountingに基づいた行動課題における
ラットの衝動的選択行動の分子生物学的基盤

林崎 誠二,今西 美知子,高田 昌彦(東京都神経科学総合研究所 統合生理部門)

 実験動物にレバー押し等の操作をさせることはinstrumental behavior(道具的行動)と呼ばれ,これを報酬獲得と組み合わせた実験系は自然界に生きる多くの動物達にとって基本的且つ必須の行動である捕食を模倣している。自然界では実際には道具的行動による働きかけから報酬の獲得までに遅延がある場合も多く,この遅延がある程度長い場合は道具的行動が見送られることもあると考えられる。このことは実験動物によってすでに確認されている。これは道具的行動後の待ち時間が長くなると結果として得られる報酬の価値が減少するためで,この現象はdelay-discountingと呼ばれる。健常な被験者はdelay-discountingに抗した自己制御的行動をとることができるが,注意欠損多動性障害 (ADHD)を抱える被験者はdelay-discountingに強く支配されることが知られるためこの現象が注目を集めるようになった。近年になってdelay-discountingを用いた実験系が衝動性の計測法として提案されている。これはdelay-discountingと報酬の大きさという二つの要素を組み合わせることによって動物に選択の判断をさせるというものである。この系において研究がなされた結果,いくつかの脳内の責任領域のうち,大脳基底核の側座核のcoreと呼ばれる領域が重要な役割を果たしていることが判ってきた。一方で薬物の全身投与によってドーパミンが非常に重要な役割を担っているものの一つであることも判っている。側座核のcoreにはドーパミンニューロンが多く投射しているのでそこでのドーパミンの作用が重要であると予想されるが,これまでに検証がなされてこなかった。そこで本研究ではこの仮説を検証した。ドーパミンはその受容体によって活性がネットワークの次の部分に伝達されるわけであるが,ここですべてのドーパミン受容体が代謝型であることを考慮するとセカンドメッセンジャーが情報伝達の担い手であることは明らかである。そこで我々はセカンドメッセンジャーとそれに連なるシグナル伝達因子の阻害剤を用いて衝動性選択行動の分子的基盤を探った。

 

(6) 脳幹−中脳神経回路による報酬予測誤差生成機構

小林 康(大阪大学大学院 生命機能研究科)

 近年,報酬に基づく強化学習の神経生理学的研究の発展には神経科学のみならず,自律的に行動するロボットの開発,脳科学に基づく新しい経済学理論の創発等に対して非常に強力なインパクトを与えるという期待の強まりから,広い分野から注目が集まっている。

 中脳の黒質緻密部や腹側被蓋野のドーパミン細胞(DAcell)は報酬との連合で学習された手がかり刺激や与えられた報酬に対してphasicなバースト応答をすることによって大脳基底核などに報酬予測誤差信号(報酬に対する予測と現実に得られた報酬の差)を送り,強化学習におけるシナプス可塑性を制御していると考えられている。DAcellにおいて報酬予測誤差がどうやって計算されるか(誤差の計算過程)ということは学習計算アルゴリズムを含めた強化学習機構を解明する上で最も重要な問題の一つであると思われる。DAcellはドーパミン放出によるシナプス可塑性の制御という形で強化学習に重要な役割を果たしており,さまざまな部位から興奮性,抑制性入力を受けているということが明らかになってきたが,DAcellに対する入力信号の性質が明らかにされていないために,いまだに報酬予測誤差の計算過程がわかっていない。さらに,DAcellに対して興奮性入力がなければDAcellはバースト応答をすることが困難であるため,とりわけDAcellに対する興奮性入力の重要性が浮かび上がってくる。

 脚橋被蓋核(PPTN)は脳幹のもっとも主要なアセチルコリン性細胞の核であり,古くから睡眠覚醒の調節,運動制御,注意や学習と関係が深いと考えられてきた。また,DAcellに対してPPTNが最も強力な興奮性入力を供給していることからPPTNからの興奮性入力が,DAcellにおける報酬予測誤差信号の生成に重要な役割を果たしていることが示唆される。

 本研究ではサルに手がかり刺激で報酬量を予測させるような視覚誘導性サッカード課題を行わせ,PPTNのニューロン活動を記録し,報酬予測誤差に対するPPTNのニューロン活動の寄与を調べた。

 報酬予測サッカード課題中のサルPPTNニューロンの活動を記録すると,PPTNの独立したニューロン群で,1) 報酬予測の度合いによって大きさが変わる,手がかり刺激呈示から始まり,報酬後まで続く持続的応答,2) 報酬予測の度合いに無関係で一時的な報酬に対する直接の反応がみられるという実験結果が得られた。そして,1) の活動が「報酬予測信号」で2) の活動が「実報酬信号」であるということを報酬予測逆転実験,ROC,相互情報量,多変量解析によって多面的に検証した。これらの解析より,PPTNのニューロン活動が「報酬の予測」と「実際に与えられた報酬」の両方の情報に関与することが明らかになった。さらに,PPTNで見られた持続的な報酬予測信号は報酬予測誤差計算に必要な「報酬予測のワーキングメモリー」であり,PPTNの実報酬信号を組み合わせるとPPTNのニューロン活動で報酬予測信号が計算できることが示唆される。

 以上の結果から,報酬予測誤差信号計算,あるいはDAcellに対する報酬予測信号,実報酬信号の最終共通路としてのPPTNの重要性が確かめられた。

 

(7) 線条体のコリン作動性細胞の同定と行動課題における情報表現

井之川 仁,山田 洋,松本 直幸,榎本 一紀,木村 實
(京都府立医科大学生理学教室神経性理学部門)

 大脳基底核線条体には電気生理学的に同定される相同的放電型細胞(Phasically Active Neuron, PAN)と持続放電型細胞 (Tonically Active Neuron ,TAN) があり,PANは淡蒼球や黒質への投射細胞,TANはコリン作動性の介在細胞であると考えられている。更にTANにはほぼ一定で規則的な放電間隔を持つものと,間隔の長い放電と短い放電パターンを持つものがあることが知られている。これまでに,ラット脳切片標本を用いて持続放電型の細胞がアセチルコリン含有の,大型で樹状突起に棘のない細胞であることが示されているが,in vivo でPANとTANを記録し,TANがアセチルコリン含有細胞であることを直接証明する研究はなされていない。我々は,in vivoで記録されるTANの形態的特長,アセチルコリン含有の有無を明らかにし,さらに,動機づけや学習,行動選択などの行動課題におけるTANの機能的役割を明らかにすることを試みた。

 Juxtacellular labeling 方法を用い麻酔下ラットの線条体から持続放電神経細胞を記録し,ChAT染色により同細胞がAch含有細胞であることを明らかにした。また持続放電パターンはサル線条体でみられるTANとよく似た性質を持っており,TANがコリン作動性であることをより強固に支持する結果を得た。サル線条体TANは,報酬や行動結果に重要な意味をもつ感覚刺激に対して一過性の抑制応答を示し,応答は報酬との連合学習により獲得されドーパミン依存性がある。また,報酬関連のみならず行動文脈に依存した応答性を持つ。さらに,報酬・報酬の予測誤差や動機付けの信号を線条体に送るとされるドーパミン細胞 (DAN) と同調した応答を示すがTAN応答は予測誤差を反映しないといった性質が明らかになってきている。これらの結果はTANがDANと協調して働く,報酬に基づく学習信号の一端を担うことを示唆している。

 報酬に基づく行動選択の学習におけるTANの役割を調べるため,3個のボタンの中から試行錯誤しながら1つの正解ボタンを探し,正解発見後にはもう一度同じボタンが正解となる課題を行わせた。TANは課題開始を知らせるLEDの点灯と強化信号(ビープ音)に対して選択的応答した。負の強化信号に対しては一過性の抑制が主であったが,正の強化信号に対しては一過性の興奮応答を示しており,正負の強化信号を応答の時間的パターンにより区別していた。正の強化信号に対して,試行錯誤期には強く応答したが繰り返し期では非常に弱い応答であった。この応答は2個のボタンから正解を探す2択課題から3択課題に変えた初期には増強した。また,2択の繰り返し期ではほとんど応答しなかったにもかかわらず,3択の繰り返し期では応答するようになりこの応答は学習経過に伴い減弱した。行動開始を知らせるLEDに対する応答は試行錯誤期でも繰り返し期でも同様に応答していた。

 これらの結果は,報酬に基づく行動選択の学習において強化信号に特異的なTANの役割を示唆する。またTANがアセチルコリンを介した強化信号の調節作用を考えさせるものである。さらに同じ課題を用いて記録されたDANの活動と比較して考察する。

 

(8) 両手順序動作課題を用いて明らかになった
前補足運動野細胞活動の新たな側面

中島 敏1,保坂 亮介2,丹治 順3,虫明 元1
1東北大・院・医・生体システム生理学分野,
2科学技術振興機構・ERATO・合原プロジェクト,
3玉川大・脳科学研究所・脳科学研究施設)

 我々が行動を行って目的を達するためには,いくつかの動作を時間的に正しい順序で遂行することが求められる。さらに,複数の効果器を用いる(例えば左右の手)場合には,これらを適切に組み合わせて使うことが必要である。これまでの研究から,前補足運動野 (Pre-SMA),補足運動野(SMA)が順序動作の遂行に重要な役割を果たしていることが明らかにされているが,順序動作が両手で行われたときのPre-SMA,SMAの細胞活動の詳細は明らかにされていなかった。

 そこで我々は,両手順序動作遂行中におけるPre-SMA,SMAの細胞活動を比較するため,ニホンザル2頭を訓練し,両手順序動作課題を行わせた。課題は9試行を1ブロックとする単位で構成され,同一のブロック内では,1種類の順序動作が連続して行われた。ブロックの最初の3試行では,行うべき順序動作が視覚信号を用いて指示され,残りの6試行では,直前に行った順序動作を記憶に基づいて行うことが求められた。1回の試行の中では,右腕あるいは左腕の回内,もしくは回外を含む2回の動作が,遅延期間をはさんで行われた。課題全体で行われた順序動作は,合計16通りであった。

 課題遂行中のサルのPre-SMA,SMAから細胞活動を記録し,両手順序動作を記憶に基づいて行っているときの,1番目の動作実行直前の細胞活動を解析した。

 はじめに,直後(1番目)に行う動作,2番目に行う動作それぞれが細胞活動に及ぼす影響を調べた結果,1番目の動作開始前に,すでに2番目の動作に選択性を持つ細胞活動がPre-SMA,SMAで多数記録された。このような細胞集団について更に解析を行うと,2番目の動作のみに選択的な細胞の割合はPre-SMAで有意に高かった。また,Pre-SMAでは,2番目の動作選択的な細胞活動は,実際に2番目の動作を実行する直前には減衰する傾向であった。

 次に,直後の動作で用いる腕(右腕か左腕)と,行う運動の種類,それぞれが細胞活動に及ぼす影響を比較検討した。ここで,運動の種類は,対称座標系(回内・回外),平行座標系(右回し・左回し)の2通りで定義できる。Pre-SMAにおいては,使用する腕によらず,行う運動の種類を対称座標系で表現したと考えられる細胞活動が多数記録されたのに対し,SMAではこのような細胞は少数であった。

 以上の知見より,両手順序動作課題遂行中において,Pre-SMAでは,①2番目に行う動作に関連する情報が,1番目の動作実行前に表現されていることが明らかになり,②運動の種類が,効果器に関わらず,主に対称座標系でカテゴリー化されていることが示唆された。

 

(9) 認知と運動を統合する神経基盤

星 英司(玉川大学 脳科学研究所)

 視覚認知情報を動作制御情報に変換する神経基盤を解明すること目標に一連の研究を行ってきた。特に,構造的側面と機能的側面に注目して解析を行ってきているが,大変興味深い知見が得られつつあるので,本研究会で紹介したい。

 神経解剖学的研究は,下側頭皮質から運動前野に至る経路を解明することを目標に行われた。まず,運動前野に逆行性に運搬される蛍光物質を注入して,この部位へ直接投射する細胞の分布を解析した。その結果,前頭葉の内側部と背側部に,標識された細胞が多数見出された。しかし,下側頭皮質や前頭前野の腹側部には標識された細胞は見出されなかった。この知見を踏まえた上で,狂犬病ウイルスをトレーサーとして実験を行った。このウイルスは軸索終末から取り込まれて逆行性に運搬されるが,シナプスを越えてシナプス前細胞に運搬される特徴がある。また,ウイルス注入後の生存期間を調節することによって,シナプスを越える回数を調節することができる。運動前野にウイルスを注入した後に,一段階の経シナプス性の伝搬を許したところ,前頭前野の腹側部に標識された細胞集団が現れた。しかし,この段階でも下側頭皮質には標識された細胞は殆ど見られなかった。そこで,生存時間を延ばし,二段階の経シナプス性の伝搬を許したところ,下側頭皮質に標識された細胞の集団が現れた。また,この部位は前頭前野の腹側部に投射することが示されている領野に相当していた。総合すると,下側頭皮質は,前頭前野の腹側部を経由して運動前野に経シナプス性の投射を送っていることが示唆された。

 神経生理学的研究では,視覚認知情報に基づいて動作制御をする行動課題を遂行している被験体の前頭葉の領域から神経細胞活動を記録した。Apraxiaという病態では,概念的な指示を言葉で与えられると,これに従って正確な動作を行うことが難しくなることが分かっている。そこで,認知と動作の橋渡しをする重要な要素として「動作概念」があるという作業仮説を設定して,この要素も詳細に検討できる課題を設定した。従って,視覚認知-動作概念-動作の準備実行という一連の情報変換過程を細胞活動レベルで検討することが可能であった。運動前野から記録された細胞活動を解析したところ,視覚認知情報は殆ど反映されていない一方で,動作概念や動作の準備・実行の過程が強く反映されていることが明らかとなった。加えて,動作概念や動作自体を反映する細胞活動は数100msという短潜時で始まること,細胞活動全体で動作概念から動作自体への情報変換過程が反映されていることが明らかとなった。以上の結果は,運動前野が視覚認知情報に基づいて生成された動作概念情報を受け取り,これを動作制御情報に変換していることを示唆した。

 二つの手法で得られた結果を総合すると,下側頭皮質から前頭前野を経由して運動前野に至る経路があり,このネットワークが視覚認知情報に基づく動作の発現過程において重要な役割を果たしていることが示唆される。

 


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