生理学研究所年報 第29巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

11.シナプスの形成と成熟の分子機構:
細胞外環境と形態変化

2007年12月6日−12月7日
代表・世話人:竹居光太郎(横浜市立大学大学院・医学研究科・
分子薬理神経生物学教室)
所内対応者:重本隆一(自然科学研究機構・生理学研究所・脳形態解析研究部門)

(1)
樹状突起スパインの形態と可塑性を担うアクチン線維構築
本蔵直樹(東京大学大学院・医学系研究科・疾患生命工学センター)
(2)
細胞接着を介したシナプス誘導過程の生体内可視化
高坂洋史(東京大学大学院・理学系研究科・物理学専攻)
(3)
イオンチャネル型神経伝達物質受容体のシナプス上分布
深澤有吾(自然科学研究機構・生理学研究所・脳形態解析研究部門)
(4)
小脳シナプス可塑性におけるシグナル伝達の計算機シミュレーション
土居智和(大阪バイオサイエンス研究所・システムズ生物学部門)
(5)
スパイクタイミング依存シナプス可塑性のタイミング検知メカニズム
浦久保秀俊(東京大学大学院・理学系研究科・生物化学専攻)
(6)
シグナル伝達の拡散と局所性を利用したシナプス可塑性
作村諭一(奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科)
(7)
イオンチャネル型グルタミン酸受容体と会合分子群のパルミトイル化による制御
林崇(ジョンズホプキンス大学・医学部・神経科学教室)
(8)
AP-4によるAMPA受容体の細胞内輸送制御
松田信爾 (慶應義塾大学・医学部・生理学教室)
(9)
社会的隔離による経験依存的AMPA受容体シナプス移行阻害
宮崎智之(横浜市立大学大学院・医学研究科・生理学教室)

【参加者名】
竹居光太郎(横浜市大院・医),重本隆一(生理研・脳形態解析),北西卓磨(東大院・薬),山田麻紀(東大院・薬),山肩葉子(生理研・神経シグナル),浦久保秀俊(東大院・理),林崇(ションズホプキンス大・神経科学),宮田麻理子(生理研・神経シグナル),白尾智明(群馬大院・医),児島伸彦(群馬大院・医),竹田麗子(群馬大院・医),土居智和(大阪バイオサイエンス研・システムズ生物),井上英二(株カン研・シナプス形成),宮澤淳夫(理研・放射光センター),福永優子(理研・放射光センター),本蔵直樹(東大院・疾患生命センター),柚崎通介(慶大・医),松田信爾(慶大・医),中野高志(奈良先端大院・情報科学),真鍋俊也(東大・医科研),関野祐子(東大・医科研),渡部文子(東大・医科研),井ノ口馨(三菱化学・生命研),大久保−鈴木玲子(三菱化学・生命研),鈴木由有也(富山大・工),高橋琢哉(横浜市大院・医),高瀬堅吉(横浜市大院・医),実木亨(横浜市大院・医),宮崎智之(横浜市大院・医),重本和宏(東京都老人研・老化ゲノム),石川幸雄(株エーザイ・創薬研),畠中謙(株エーザイ・創薬研),池谷真澄(横浜市大院・医),山下直也(横浜市大院・医),丸尾知彦(東大院・医),田中慎二(東大院・医),申義庚(東大院・医),佐藤映美(東大院・医),多田敬典(横浜市大院・医),深澤有吾(生理研・脳形態解析),釜澤尚美(生理研・脳形態解析),作村諭一(奈良先端大院・情報科学),尾藤晴彦(東大院・医),玉巻伸章(熊本大院・医薬),松下正之(三菱化学・生命研),久保義弘(生理研・神経機能素子),石井裕(生理研・神経機能素子),武井延之(新潟大・脳研),丸山拓郎(阪大院・生命機能),能瀬聡直(東大院・新領域創成),高坂洋史(東大院・理),福井愛(東大院・理),岡田大助(三菱化学・生命研),大塚稔久(富山大院・医),所崇(富山大院・医),林謙介(上智大・理工),西野有里(理研・放射光センター),山口和彦(理研・脳センター),上窪裕二(阪大院・医),崎村建司(新潟大・脳研),西川光一(群馬大院・医),山崎真弥(新潟大・脳研),谷村あさみ(阪大院・医),西村陽(京府医大・医),川上良介(生理研・脳形態解析),他

【概要】
 学習,記憶,情動などの脳の高次機能は,複雑緻密な神経回路網の活動によって成され,その基盤を成す基本ユニットが”シナプス“である。シナプスは,外界環境や経験によりその構造と機能を変化させる可塑性を有する。発生・発達期と成熟期におけるシナプス形成と可塑性の分子機序を明らかにすることは,現代の神経科学における最重要課題の一つである。更に,この課題における科学研究は,基礎研究としての貢献のみならず,神経変性疾患などの神経系の病態発症機構の理解にも大きく貢献する。

 本研究会では,シナプス分子集積動態やAMPA受容体のトラフィッキングといったシナプスにおける分子動態と形態・機能の関連性に焦点を絞ったテーマで討議した[樹状突起スパインの形態変化(本蔵),神経筋接合部での接着分子動態(高坂),シナプスにおける受容体密度と機能の関係(深澤),AMPA受容体のパルミトイル化による分子会合(林),樹状突起特異的なAMPA受容体の輸送機構(松田),経験依存的なAMPA受容体の膜移行機構(宮崎)]。これらの報告を通し,分子の集積・会合・膜移行などを経て機能変化へと転換されるシナプス機能のダイナミズムに関する理解を深めることができ,非常に意義深いものであった。一方,新たな視点からシナプス研究を見つめる一環としてシステムズバイオロジーの話題を取り上げた[小脳LTDにおけるCa2+濃度変化(土居),スパイクタイミング検知機構(浦久保),Ca2+の局所的濃度変化と機能連関(作村)]。これらの報告は,実験科学とのタイアップによって成されたシミュレーション結果に基づく考察で,新たな実験デザインを提唱したり,予期させたりするものであった。その他,16演題から成るポスターセッションを行い,参加者の投票によって選出された上窪裕二氏(阪大院・医)と山口和彦氏(理研・脳センター)の口頭発表が行われた。

 

(1) 樹状突起スパインの形態と可塑性を担うアクチン線維構築

本蔵直樹(東京大学大学院・医学系研究科・疾患生命工学センター)

 大脳皮質において,興奮性シナプスの多くは樹状突起スパイン上に形成され,またその形態は非常に多様である。近年,スパイン頭部構造の大きさと機能的なグルタミン酸受容体の発現量が相関すること,長期増強 (LTP) に際してはスパイン頭部の体積増大が生じること,これら現象がアクチン線維に依存していることが示されている。スパインにはアクチン線維 (F-actin) が多く存在し,他の細胞骨格タンパク質はほぼ皆無であることから,F-actinが主要な細胞骨格と考えられている。しかし,これまでの研究では単一スパイン内でのF-actinの構築,即ちその配列や動態は未知であった。そこで我々は,スパインに存在するアクチン線維構築を調べ,異なる三種の性質を持つアクチン線維群を発見した。これらのアクチン線維群を調べた結果,F-actin動態がスパインの形態,安定性,構造可塑性を担うと,推察される結果を得た。

 

(2) 細胞接着を介したシナプス誘導過程の生体内可視化

高坂洋史(東京大学大学院・理学系研究科・物理学専攻)

 シナプス形成過程における細胞接着の役割を明らかにするために,ショウジョウバエ胚の神経筋結合をモデル系として,生体内でのシナプス可視化を行なった。シナプス前膜と後膜の両方に存在する細胞接着分子ファシクリン2 (Fas2)に着目して,シナプス後細胞上のFas2-GFPのシナプス形成過程における挙動を解析した。シナプス後膜部へのFas2の集積には,軸索上の細胞接着分子Fas2との細胞外相互作用が必要であることが分かった。蛍光消光回復法を用いた解析により,神経支配に伴って後シナプス部のFas2の可動性が低下することが明らかになった。またfas2欠失胚では,足場タンパク質や神経伝達物質受容体の後シナプス部への集積が低下した。以上の結果は,生体内において細胞接着分子Fas2の経シナプス的相互作用による集積が,後シナプス部への分子局在を誘導することを示唆する。

 

(3) 神経伝達物質受容体のシナプス上分布

深澤有吾(自然科学研究機構・生理学研究所・脳形態解析研究部門)

 神経伝達物質受容体及び関連分子の細胞膜上局在を2次元的且つ定量的に解析することが出来る,凍結割断レプリカ標識法を用いて行ってきた。これまでにグルタミン酸受容体として,NMDA型,AMPA型グルタミン酸受容体,グループI代謝型グルタミン酸受容体,GABA受容体としてGABAA受容体の局在を幾つかの脳領域で解析を行い,それぞれの受容体がシナプス結合の種類に応じて特徴的な局在様式をとることが明らかになってきた。そこでこれらを概説し,受容体局在の調節機構について考察する。またシナプス内AMPA受容体局在の差異がシナプス伝達特性にどの様に影響するかについて解析したので報告する。

 

(4) 小脳シナプス可塑性におけるシグナル伝達の計算機シミュレーション

土居智和(大阪バイオサイエンス研究所・システムズ生物学部門)


 小脳LTDシグナル伝達経路を生化学方程式に基づいて計算機シミュレーションを試み,以下の2つの小脳LTDの現象を再現・説明した。小脳プルキンエ細胞は平行線維と登上線維から入力を受けている。平行線維入力の後に登上線維という入力順序で,プルキンエ細胞スパインのCa2+濃度が著しく上昇し,LTDが誘導される。シミュレーションにより,平行線維入力下流の代謝系経路に時間遅れがあり,細胞内Ca2+ストア上のIP3受容体が,平行線維入力によるIP3産生と登上線維入力によるCa2+流入の同時性を検出しうることを示した。また,共同研究により,ケージドCa2+光分解と小脳LTD誘導のシグモイド状の定量的関係を,シミュレーションで再現した。シグモイドの関係はPKCとMAPKの正のフィードバックループが影響していることを実験とシミュレーションの両方から明らかにした。

 

(5) スパイクタイミング依存シナプス可塑性のタイミング検知メカニズム

浦久保秀俊(東京大学大学院・理学系研究科・生物化学専攻)

 スパイクタイミング依存シナプス可塑性 (STDP: Spike-timing-dependent synaptic plasticity) は脳の記憶や学習に重要な役割を果たしている。しかし,STDPのスパイクタイミング検知メカニズムには未だ謎の部分が多い。そこで,我々は Froemke and Dan (Nature 416, pp 433, 2002) および Froemke et al. (Nature 434, pp 221, 2005) をもとに詳細なシミュレーションモデルを構築し,スパイクタイミング検知メカニズムを検討した。その結果,NMDA受容体の新規なアロステリック効果を仮定すると,複雑なタイミング発火による可塑性における実験結果を全て説明でき,またNMDA受容体性EPSP に見られる抑圧を説明することができることが分かった。これらの発見はNMDA受容体の単純なアロステリック効果が,脳のスパイク活動を長期可塑性へコードするカギとなっている可能性を示唆する。

 

(6) シグナル伝達の拡散と局所性を利用したシナプス可塑性

作村諭一(奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科)

 海馬シナプスのLTP/LTDが,情報の送り手側の状態,つまりシナプス前神経の活動に依存的であることは良く知られている。近年の研究では,情報の受け手側の都合,つまりシナプス後神経のNMDA受容体のサブタイプに依存することも分かってきた。後者の機能について,NMDA受容体の下流の分子シグナルを想定することができるが,果たして新しく発見された機能に対して必ずしも新しいシグナル経路が必要なのだろうか。本研究では,上記の可塑性が新たなシグナル経路を用いることなく説明できる可能性を計算機実験により調査した。主に導入した仮定は,シナプス後膜直下のタンパク質高密度領域では分子拡散が抑制されるため,シグナル伝達に局所性が発生するというものである。我々の結果は,既知のシグナル経路だけでも上記の可塑性(送り手依存,受け手依存)が両立して説明できることを示す。

 

(7)イオンチャンネル型グルタミン酸受容体と会合分子群の
パルミトイル化による制御

林崇(ジョンズホプキンス大学・医学部・神経科学教室)

 グルタミン酸は,哺乳類の中枢神経系における主要な興奮性の神経伝達物質である。速い興奮性シナプス伝達を担うAMPA型グルタミン酸受容体の翻訳後修飾による制御は,学習・記憶の分子基盤として重要な役割を果たすと考えられる。我々は,従来知られていたリン酸化による可逆的な制御に加え,AMPA受容体自体のパルミトイル化により,受容体の局在や膜輸送過程が調節されている事を新たに見出した。AMPA受容体には多くの結合分子が存在し,その内GRIP1b/2b,PSD-95,PSD-93等はパルミトイル化修飾を受ける事が知られている。今回,AMPA受容体を含むグルタミン酸受容体とその会合分子群のパルミトイル化による制御機構に関して,最新の知見を報告する。

 

(8) AP-4によるAMPA受容体の細胞内輸送制御

松田信爾 (慶應義塾大学・医学部・生理学教室)

 神経細胞は,樹状突起と軸索という,機能的・構造的に大きく異なった領域をもった極性細胞である。AMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)は主に樹状突起にゆそうされ,軸索ではわずかしか存在しないことが知られているが,この極性輸送を制御する分子機構は明らかにされていない。我々は小胞輸送に関与するヘテロ4両体アダプタータンパク質であるAdaptor Protein Complex-4 (AP-4) がTransmembrane AMPA receptor Regulatory Protein (TARP)を介して間接的にAMPA受容体に結合することを明らかにした。またAP-4のサブユニットのひとつであるAP-4bのノックアウトマウスの神経細胞ではTARPおよびAMPA受容体が樹状突起のみならず軸索にも存在していた。これに対して代謝型のグルタミン酸受容体mGluR1aやNMDA受容体は樹状突起にのみ局在していた。さらにAMPA受容体には結合するがAP-4には結合しない変異TARPを発現させた神経細胞ではAMPA受容体が軸索にも存在するようになった。これらの結果からAP-4がAMPA受容体の樹状突起特異的輸送を制御することが示唆された。

 

(9) 社会的隔離による経験依存的AMPA受容体シナプス移行阻害

宮崎智之(横浜市立大学大学院・医学研究科・生理学教室)

 経験依存的な脳の可塑的変化に関わる分子−細胞のメカニズムは未だ不明な点が多い。近年の研究により,AMPA受容体のシナプスへの移行がシナプス可塑性における重要な分子機構であることが示唆されている。高橋らはラットのバレル皮質において,経験依存的にAMPA受容体がシナプスへの移行することを示した (Takahashi et al. Science 2003)。そこで我々は,生後の早い段階における社会的隔離が,シナプス可塑性にどのような影響を及ぼすかを検討した。その結果,社会的隔離はバレル皮質におけるAMPA受容体のシナプスへの移行を阻害し,ヒゲによる知覚機能を障害した。また,一連の影響は,ストレスにより副腎皮質から分泌されるグルココルチコイドの作用を阻害することにより改善した。このことは,社会的隔離がグルココルチコイド受容体を介して,脳の可塑的変化に影響を及ぼすことを示唆するものである。

 


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