生理学研究所年報 第29巻 | |
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12.大脳皮質機能単位の神経機構2007年11月28日−11月29日
【参加者名】 【概要】 毎回,この研究会の顕著な特徴となっているのが,講演中での活発な議論であり,1時間の講演時間に対して概ね1時間半を超す講演と議論になっていた。とくに今年は若年層の研究者による質問・議論が盛んであり,この研究会では話しを遮って質問して良いのだという姿勢が浸透してきているようであった。こうした「がちんこ」議論は,通常の学会等では行うことができないので,それを可能にする当生理研研究会は貴重な存在である。
(1) 外界に適応する感覚系視床小村豊(産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門) 私たちが難なく感じている外界のリアリティーは,どこで,どのようにして生まれるのでしょうか? 目や耳などの感覚器は,各感覚器に特化した物理情報を,外界から抽出し,その情報を,視床経由で,大脳に送り込んでいます。このような並列分散処理は,脳の初期知覚系の大きな特徴とされていますが,私たちの知覚像は,切り裂かれていません。これまで,異なる感覚情報を束ねるのは,連合野をはじめとする大脳皮質の役割と考えられてきました。しかし,個々のニューロン活動のふるまいを観察すると,すでに視床領域において,異種感覚間の相互作用が認められることが,分かってきました。さらに,視床ニューロンは,同じ感覚入力に対して,常に決まりきった応答をするわけではなく,生物が外界の中で置かれている状況に応じて,応答を変化させていることが,明らかになってきました。外界と大脳間をつなぐ視床に出現した,この計算機構が,生物にどのような意義をもたらすのか,議論していきます。
(2) 視覚野細胞の機能推定法:個々の細胞は何を伝えているか?大澤五住(大阪大学 大学院生命機能研究科 脳の機能についてのカジュアルな議論において,私たちはよく「この細胞は何をやっているのだろうか?」という問いを発する。この問いに対する答えを見つけるために,細胞がやっていそうな事の仮説をたて,それをテストするための実験をする。個々のテストは仮説と密接に結びついているため,あるテストからのデータで別の仮説を検証する事は一般には不可能である。例えば,一次視覚野の複雑型細胞の多くは,方位選択性,空間周波数選択性,運動方向とスピードに対する選択性,両眼視差選択性等,種々の機能を持つ。方位選択性のテストに使った実験データから,両眼視差選択性を推定することはできない。このような限界を超える方法はあるだろうか? 特に,高次視覚領域の細胞については,細胞が何をやっているか,どのような計算を行っているかについて簡単に仮説を立てる事は難しいし,多くの個々の仮説についての多数の計測を行う事も,細胞からの記録時間の制限により厳しい上限が存在する。 そこで,私たちは「細胞がやっていそうな事」に関する仮定をできるだけ含まない非常に汎用性の高い視覚刺激による,1回の実験データからできるだけ多くの仮説に対する答えを得るための手法を開発検討している。視覚刺激としては,両眼ダイナミック無相関ノイズを用い,様々な選択性に関する細胞の特性を推定する方法を提案する。細胞の機能に関する仮定はデータの解析過程に挿入されるため,1回の計測データから実験時には思いつかなかった細胞の機能に関する仮説も検証することが可能になる。このような解析を,簡単な実例を示しながら考察する。
(3) 大脳嗅皮質における左右嗅覚入力の切り替え柏谷英樹(東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 左右嗅粘膜は生理的条件下であっても交互に腫脹を繰り返し,腫脹側では鼻腔流量が低下することが知られている。鼻腔流量が低下すると嗅上皮への匂い分子の到達量が減少し,外界の匂い情報のモニタ能力が低下する。嗅上皮で検出された匂い情報は同側の嗅球,さらに同側の大脳嗅皮質へと伝えられ,同側性に情報処理される。では,嗅粘膜腫脹時のように片側の匂い入力が遮断されている時,遮断側の大脳嗅皮質では匂い情報処理は行われないのだろうか? 本研究では,大脳嗅皮質の中でも左右間線維連絡が発達している前嗅核(Anterior Olfactory Nucleus: AON)に注目し,AONニューロンの左右鼻腔への匂い刺激に対するスパイク発火応答を調べた。左右鼻腔の分離刺激を行ったところ,およそ62%のAONニューロンは左右両側の刺激に応答することが明らかになった。また,同側刺激に対する応答は対側刺激に対する応答より強い傾向が見られた。 次に,対側刺激に対するAONニューロンの発火応答の,同側鼻腔閉鎖前後での変化を経時的に調べた。同側鼻腔閉鎖前,AONニューロンは対側刺激には弱い応答しか示さなかったが,同側鼻腔閉鎖から数分の遅延の後,対側刺激に対する応答は著しく増強した。 これらの結果から,大脳嗅皮質では同側性嗅覚系からの入力が遮断されると,対側嗅覚系の感覚入力を短時間で増強し,入力系を切り替えることで外界の匂い情報をモニタしていることが示唆された。
(4) 聴覚同時検出の神経回路機構久場博司(京都大学大学院 生命科学キャリアパス形成ユニット) 動物は両耳に到達する音の時間差(両耳間時間差:ITD)を手がかりとして,正確に音の方向を知ることができる。ITDは脳幹の神経細胞が左右からのシナプス入力の同時検出器として働くことにより検出され,トリでは層状核(NL)神経細胞がこの役割を担う。NLには音の周波数に対応した機能局在があり,ITDは特徴周波数(CF)領域毎の同時検出回路により検出される。 最近のヒヨコを用いた我々の研究から,NLではCF領域に応じて神経細胞の形態と機能が異なり,分子・細胞レベルで極めて精巧な制御が行われていることが明らかとなってきた。特に,中間CF領域ではKv1.2チャネルの発現が高いことにより,最も正確な同時検出が行われる。また,高CF領域ではHCN2チャネルの発現が優位であることにより,同時検出の精度はノルアドレナリンにより繊細に調節される。さらに,CF領域に応じた軸索におけるNaチャネル局在は各CF領域において正確なITDの検出を可能にする。このように,聴覚同時検出の神経回路では処理する音の周波数毎にチャネル分子の発現と細胞内局在が異なり,この違いが音の周波数に応じた細胞の同時検出,さらには動物の音源定位能力の違いに関わると考えられる。
(5) 線条体パッチ・マトリックスを巡るネットワークを再検討する藤山文乃(京都大学大学院 医学研究科高次脳形態学教室)
線条体にはパッチ・マトリックスという解剖学的なコンパートメントがあり,近年,強化学習や報酬系における機能的な役割分担の面でも注目されている。しかしながら,大脳基底核の中でこのパッチ・マトリックスを巡るネットワークはどのように違うのか,ということに関しては解明されていない点が多い。まず入力の点から考えると,線条体は大脳皮質と視床から興奮性のグルタミン酸入力を受けているが,皮質線条体入力に比べると,視床線条体入力とパッチ・マトリックス領域との関係はほとんど論じられてきていない。一方,出力に関しては,直接路・間接路という概念とパッチ・マトリックスという解剖学的な構造が同じ線条体内でどのように共存しているのかは未だコンセンサスがない状態である。例えば,パッチのニューロンは本当に黒質緻密部に投射されるのだろうか,パッチにも直接路・間接路ニューロンともに存在しているのだろうか。また,直接路・間接路の投射形式にはどの程度バリエーションがあるのだろうか。大脳基底核ネットワークをパッチ・マトリックスという視点で再構成するために,シナプス小胞性グルタミン酸トランスポーター,遺伝子組み換えウイルストレーサー,エンケファリントランスジェニックマウス等を用いて解析しているのでこれを報告し,大脳基底核ネットワークの検証を議論する。
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