2007年6月28日−6月29日
代表・世話人:高草木薫(旭川医科大学・生理学)
所内対応者:伊佐 正(生理学研究所・認知行動発達機構)
- (1)
- ヒトの倒立振子制御:仮想重力の変化が制御に及ぼす効果
澤畑博人(山形大・院・理工)
- (2)
- 小脳の平行線維−プルキンエ細胞シナプスLTPとAMPA型受容体のリサイクリング
戸高 宏(新潟大・院・生体機能)
- (3)
- ラットカー:ラット運動皮質の神経発火パターンに基づくオンライン車体制御
深山 理(東京大・院・情報理工)
- (4)
- 制御系と機構系の連関から創発するモジュラーロボットのアメーバ様ロコモーション
清水正宏(東北大・工)
- (5)
- 受動歩行時における皮膚反射の位相依存性
中島 剛(国立身障者リハ)
- (6)
- 熟練スポーツ動作に見られる巧みな多関節協調メカニズム
〜相互作用トルクの利用〜
平島雅也(東京大学・院・教育)
- (7)
- ヒトの受動歩行での皮質脊髄路興奮性に対する荷重の影響
上林清孝(国立身障者リハ)
- (8)
- 随意運動における脳の情報生成機構
冨田 望(東北大・電通研)
- (9)
- 淡蒼球内節ニューロン活動の異常から大脳基底核疾患の病態を考える
橘 吉寿(生理研・生体システム)
- (10)
- マウス脊髄歩行運動神経回路網の研究
西丸広史(産総研・脳神経情報)
- (11)
- 遺伝子変異マウスを用いた小脳性歩行失調の解析と歩行の適応制御における
小脳の役割
柳原 大(東京大・院・総合文化)
- (12)
- 霊長類の大脳皮質における歩行制御機序
中陦克己(近畿大・医・第一生理)
- (13)
- 脳幹・脊髄と筋緊張の制御
高草木薫(旭川医大・生理学)
- (14)
- 末梢神経信号における求心性感覚神経情報と遠心性運動神経情報の分離手法
伊藤孝佑(東京大・院・情報理工)
- (15)
- 動き易さの指標を用いた自律的な随意運動制御
吉原佑器(東北大・電通研)
- (16)
- 手首運動を利用した定量的運動機能検査システムの構築
李 鍾昊(都神経研・認知行動)
- (17)
- 下肢麻痺者の歩行補助ロボットにおけるセンサ・制御系開発
香川高弘(名大・院・機械理工)
- (18)
- 脳波筋電図コヒーレンスと筋力調節能
牛場潤一(慶應大・理工)
- (19)
- 視線移動を指標とするマウス行動実験課題の開発,
あるいは脳内多点電気刺激によるブレイン・プログラミングについて
坂谷智也(生理研・発達生理)
- (20)
- 歩行及び筋緊張調節機構に対するオレキシン入力の役割
高橋和巳(福島県立医大・医)
- (21)
- 3次元精密筋骨格モデルに基づくニホンザル2足・4足歩行の運動解析
荻原直道(京都大・院・理)
- (22)
- 随意運動を支える前頭葉内ネットワーク
星 英司(玉川大・脳研)
- (23)
- 経頭蓋磁気刺激と磁気共鳴機能画像同時計測による誘発脳領域間連関画像法の
基礎的検討
花川 隆(精神・神経センター研)
- (24)
- 多機能柔軟神経電極の開発とBMIへの応用
鈴木隆文(東京大・院・情報理工)
- (25)
- 神経科学とリハビリテーション医学―今後の展望―
大須理英子 (NICT/ATR)
- (26)
- 軌道計画を必要としない運動制御モデル
小池康晴(東京工大・精密工)
- (27)
- 大脳皮質運動領野への低強度高頻度経頭蓋磁気刺激による
手の運動技能低下克服の試み
内藤栄一(NICT/ATR)
- (28)
- 眼球反射の適応の運動記憶の固定化に対する小脳皮質不活性化の影響
岡本武人(理研BSI・運動学習)
- (29)
- 運動記憶の獲得と固定化に関与する小脳皮質由来の遺伝子群の同定
片桐友二(理研BSI・運動学習)
- (30)
- 頭頂葉の視覚−触覚バイモーダルニューロンによる自己と他者身体部位の表現
石田裕昭(近畿大・医・第一生理)
- (31)
- 空間位置と報酬に基づく補足眼野のニューロン活動
内田雄介(順大・院・神経生理)
- (32)
- 補足眼野・前頭眼野の神経活動に基づく眼球運動の開始時刻・振幅・方向の推定
大前彰吾(順大・院・神経生理)
- (33)
- 視覚情報を優先させた手の空間位置算出には上頭頂小葉後部領域が関与する
羽倉信宏(京都大・院・人間環境)
- (34)
- VOR運動学習の左右非対称性,周波数選択性,能動・受動運動学習
吉川明昌(中部大・院・工)
- (35)
- 運動視処理における二つの皮質経路−運動信号と知覚信号の分離―
林 隆介(京都大・院・認知行動)
- (36)
- 視野の動きに短潜時で誘発される視覚誘導性腕応答の視覚運動座標変換
西條直樹(NTT基礎研)
- (37)
- リーチング運動中の視覚ターゲットの移動により引き起こされる修正運動
渋谷 賢(杏林大・医・統合生理)
- (38)
- 標的刺激選択時の前頭連合野の神経細胞活動
井上雅仁(京都大・霊長研)
- (39)
- サルにおける短潜時で起こる視覚誘導性腕応答
(MFR: Manual Following Response)の時空間特性
竹村 文(産総研・脳神経情報)
- (40)
- 小さな誤差での視覚運動適応は長く続いた
山本憲司(放医研・分子神経)
- (41)
- 水平性・垂直性サッケードの出力系中枢神経回路の解析
伊澤佳子(東京医歯大・神経生理)
- (42)
- 大脳−基底核ループによる眼球運動の随意性制御
田中真樹(北海道大・医)
- (43)
- 追跡眼球運動の開始部の特性を決める外的な要因と内的な要因
三浦健一郎(京都大・院・認知行動)
- (44)
- 報酬獲得行動におけるDopamineとSerotoninニューロンの神経活動の比較
中村加枝(関西医大・第二生理)
- (45)
- 眼球運動の能動的抑制に関わる脳内機構
長谷川良平(産総研・脳神経情報)
- (46)
- 上丘頭側部と尾側部の機能の違いについて
杉内友理子(東京医歯大・神経生理)
- (47)
- 前庭動眼反射運動学習中の小脳Purkinje細胞複雑スパイク
平田 豊(中部大・工)
- (48)
- サッケードに伴う時間順序判断の逆転
北澤 茂(順大・院・神経生理)
- (49)
- 頭頂連合野における身体の認識機構
村田 哲(近畿大・医・第一生理)
- (50)
- リズム制御における神経機構
鴻池菜保(京都大・霊長研)
- (51)
- 左右指運動中における体性感覚情報の役割と腕姿勢に依存した運動の協調性
櫻田 武(東工大・院・総合理工)
- (52)
- 一次運動野(M1)への経頭蓋磁気刺激(TMS)による運動開始に対する妨害効果は
タスクに依存して変化する
中塚晶博(京都大・医・高次脳研)
- (53)
- 把持運動可能性判断の脳内神経機序
廣瀬智士(京都大・院・人間環境)
- (54)
- 把握運動の制御における脊髄神経機構の役割
武井智彦(京都大・院・人間環境)
- (55)
- 生体ノイズの影響下における上肢到達運動の消費エネルギーに基づく最適性
谷合由章(山口大・院・理工)
- (56)
- C3-C4脊髄固有ニューロンは皮質脊髄路切断後の手指の
巧緻性の回復に関与する
坪井史治(総研大・院・生命)
- (57)
- サル皮質脊髄路:一次運動野における手指制御領域から脊髄への
軸索投射の定量的解析
齋藤紀美香(生理研・認知行動)
- (58)
- 両手鏡像運動の開始は片手分のコストですむ?
荒牧 勇(NICT/ATR)
- (59)
- 両手運動遂行中の脳活動に視覚フィードバックのパターンが及ぼす影響
戸松彩花(都神経研・認知行動)
- (60)
- 低頻度反復経頭蓋的磁気刺激(rTMS)後の脳内変化:
拡散強調画像法による検討
阿部十也(京都大・医・高次脳研)
- (61)
- 到達運動中のターゲットおよび視野背景の運動が引き起こす
短潜時運動応答の特性
門田浩二(NTT基礎研)
- (62)
- 一次運動野は腕運動中の力場環境に対する予測的反射ゲイン調節に関与している
木村聡貴(NTT基礎研)
- (63)
- 小脳プルキンエ細胞複雑スパイクは筋肉座標系で運動をコードする
角田吉昭(都神経研・認知行動)
- (64)
- 第一次運動野損傷後の運動機能回復:行動学および組織化学的研究
肥後範行(産総研・脳神経情報)
- (65)
- 力出力とスティッフネス制御に関わる脳部位
春野雅彦(ATR・計算神経生物)
- (66)
- 随意運動時における末梢感覚入力の役割
関 和彦(生理研・認知行動)
- (67)
- 内力と運動の軌道を予測する力覚情報に基づいた運動規範
太田 憲(国立スポーツ科学センター)
- (68)
- 腕の運動学習・制御モデルの提案
神原裕行(東工大・精密工学研)
- (69)
- 社会的行動選択に伴う頭頂葉神経細胞の特性
藤井直敬(理研BSI・象徴概念)
- (70)
- 運動抑制の署名 Stop Signal課題遂行の成否はM1活動から予測できる
美馬達哉(京都大・医・高次脳研)
- (71)
- 両腕運動と片腕運動:同じ腕の運動学習に関わる脳内過程の違い
野崎大地(東京大・院・教育)
- (72)
- 脊髄運動系におけるGAP-43免疫陽性構造
大石高生(京都大・霊長研)
- (73)
- 一次運動野における到達運動の情報表現
宮下英三(東工大・院・理工)
- (74)
- 精密運動中の皮質脊髄路の興奮性および皮質内抑制について
遠藤隆志(順大スポーツ医科研)
- (75)
- 個性適応型筋電義手の開発とその適応機能評価のための脳機能解析
加藤 龍(東京大学・院・工)
- (76)
- 到達・把持運動における運動情報表現に関する情報論的アプローチ
阪口 豊(電通大・院・情報システム)
- (77)
- 複数の報酬関数を持つ環境のためのMOSAICモデル
杉本徳和(ATR・脳情報研)
【参加者名】
高草木薫(旭川医大・生理学),伊澤佳子,杉内友里子(東京医歯大・神経生理),荒牧勇,大須理英子,内藤栄一(NICT/ATR),春野雅彦(ATR・計算神経生物),杉本徳和(ATR脳情報研),木村聡貴,五味裕章,西條直樹,門田浩二(NTT基礎研),福士珠美(科学技術振興機構・社会技術研究開発センター),笹田周作(東芸大・院),中村加枝,雨夜勇作(関西医大・第二生理),小川正,三浦健一郎,稲場直子(京都大・院・認知行動),中塚晶博,阿部十也,美馬達哉(京都大・医・高次脳),林隆介(京都大・医・高次脳研),武井智彦,廣瀬智士,羽倉信宏,草野純子(京都大・院・人間環境),荻原直道(京都大・院・理),大木紫,渋谷賢(杏林大・医・統合生理),石田裕昭,中陦克己,村田哲(近畿大・医・第一生理),牛場潤一(慶応大・理工),上林清孝,門田宏,中島剛,中澤公孝,関口浩文(国立身障者リハ),太田憲(国立スポーツ科学センター),花川隆(精神・神経センター研),松山清治(札幌医大・生理学),竹村文,長谷川良平,肥後範行(産総研・脳神経情報),大前彰吾,内田雄介,北澤茂(順大・医・神経生理),遠藤隆(順大スポーツ医科研),戸松彩花,李鍾昊,角田吉昭,筧慎治(都神経研・認知行動),中山義久,星英司,山形朋子(玉川大・脳研),平田豊,吉川明昌(中部大・院・工),阪口豊(電通大院・情報システム),宮下英三,櫻田武(東工大・院・総合理工),神原裕行,小池康晴(東工大・精密工学研),伊藤孝佑,深山理,鈴木隆文(東京大・院・情報理工),山中健太郎,平島雅也,野崎大地(東京大・院・教育),加藤龍(東京大・院・工),柳原大(東京大・院・生命環境),清水正宏(東北大・工),冨田望,吉原佑器(東北大・電通研),宇野洋二,田中友浩,香川高弘(名大・院・機械理工),青木佑紀(奈良先端・大・院・情報科学),戸高宏(新潟大・院・生体機能),高橋真(広島大・院・国際協力),高橋和巳(福島県立医大・医),小山純正(福島大),山本憲司(放医研・分子神経),田中真樹,松嶋藻乃,吉田篤司,國松淳,田代真理(北海道大・医),澤畑博人(山形大・院・理工),森大志(山口大・農学),谷合由章(山口大・院・理工),長坂泰勇,藤井直敬(理研BSI・象徴概念),岡本武人,片桐友二(理研BSI・運動学習),纐纈大輔,宮地重弘,鴻池菜保,禰占雅史,井上雅仁,大石高生(京都大・霊長研),東島眞一,佐藤千恵,木村有希子,南部篤,鯨井加代子,小松英彦,林正道,牧陽子,村瀬未花,郷田直一,大鶴直史,中川直,坪井史治,橘吉寿,齋藤紀美香,関和彦,梅田達也,坂谷智也,高原大輔,伊佐正(生理研)
【概要】
我が国の運動制御に関する生理学的研究は歴史が古く,また世界をリードするような優れた研究成果が数多くあげられてきた。今後,これらの研究成果をいっそう発展させるためには,主に若手,中堅層に属する研究者による斬新な発想をもとにした研究連携が必須である。しかし我が国においてそのような研究者が集うことができる定期的研究集会はこれまで存在しなかった。そこで,本「Motor control研究会」では国内の様々なフィールドで運動制御研究を行っている主に中堅,若手研究者が集い,インフォーマルな雰囲気の中で議論を行う事によって,お互いの研究成果について相互理解する事を目的とした。
6月28-29日に開催された当該研究会には合計130人の参加者があった。今年度の世話人は生理学研究所の関和彦(助教)であった。参加者の平均学位習得後年は5±10年であり,また工学・体育・リハビリテーションなど学際分野からの参加者が大半をしめた。従って,若手・中堅中心の学際分野を含めた参加者が多数集まるという目的は達成されたと考えられる。また本研究会ではボトムアップ的な運営を行うという方針から,希望者には全員口演発表をしてもらうという新たな試みを行った。その結果,合計73の口演と40のポスター発表があり,活気のある議論が行われた。さらに,研究会以降も参加者同士のコミュニケーションや議論を活発化する意図で,統合脳5領域が口演している「神経科学者SNS」内の「生理研MotorControl研究会コミュニティ」を立ち上げた。その結果,参加者のほとんど(92人)がコミュニティメンバーとして登録があり,今後活発な交流が始まることが期待される。さらにベストプレゼンテーション賞などの新たな試みも好評であった。
以上のように,今年度の本研究会の目的は達成され,ほとんどの参加者から次年度以降の参加の意思表示があった。本研究会によって,これからの我が国の,学際分野としての運動制御研究の基盤となる研究者が一同に会することができた意義は大きい。今後,この交流を基盤に当該研究分野が飛 躍的に発展することが期待される。
澤畑博人,新島和隆,山口峻司
(山形大学大学院・理工学研究科・生体センシング機能工学専攻)
ヒトのバランス制御の一例として倒立振子の制御を取り挙げる。倒立振子のような視覚を用いた手の運動では,視覚入力から手の運動出力までの長い時間遅れ(約200ms)が問題になる。時間遅れに対して棒の倒れる速さが速いとき単純なfeedback制御では間に合わない。ヒトは棒が速く倒れるとき,どのように棒を立たせるのか?これを明らかにするために,コンピュータ仮想空間上に倒立振子の力学系を構築した。被験者は,画面上に表示された棒(振子)が倒れないようにマウスを用いて振子下端を操作した。仮想重力を変化させて棒の倒れる速さを変えた。十分に訓練すると,2G(G=9.8m/s2)の重力場で1mの棒を制御できるようになった。重力にかかわらず,倒立振子の制御において振子下端の動きは,静止している時間相("stop" phase)と急速に移動する時間相("go" phase)からなっていた。"go"による下端の移動量(変位X )は,その運動の開始時点での棒の角度(q)と角速度(dq/dt)の1次式(X=k1q+k2dq/dt)で表すことができ,Gが大きくなると角度の係数(k1)が増加し角速度の係数(k2 )は減少した。"go"の持続時間が短いことから(最短で約50ms),"go"はopen-loop制御で動かされている。その運動計画は,運動開始よりもずっと早い時点(少なくとも遅れ時間以前)の視覚情報に基づいていると考えられるが,その時点では前の"go"がしばしば完了していない(特にGが大きいとき)。このような場合,先行する"go"の結果に基づいて"go"を計画できない。おそらく先行する"go"の効果を予想してopen-loop制御していると考えられる。以上より,倒立振子制御では,open-loop制御による動作の連続が等価的にfeedbackを構成すると結論づけられた。
戸高宏1,2,立川哲也2,澁木克栄1,永雄総一2
(1新潟大院・生体機能調節・システム脳生理,2理研・脳センター・運動学習制御)
小脳の平行線維−プルキンエ細胞シナプスでは,SNAREタンパク質依存性のエクソサイトーシスとクラスリン‐ダイナミン依存性のエンドサイトーシスによるリサイクリングによって,AMPA型受容体の発現が制御され,それがシナプス伝達可塑性の源であることが示唆されている。本研究では,ラットの小脳スライス標本を用いて,プルキンエ細胞から,平行線維を電気刺激することによって誘発されるEPSCを記録し,一酸化窒素(NO)依存性長期増強(LTP)(Lev-ram et al., 2002)におけるAMPA型受容体のリサイクリングの役割を検討した。
エンドサイトーシスを阻害するペプチド(PePD15)をプルキンエ細胞内投与すると,EPSCは徐々に増強した。また別のスライスで,細胞外にNO供与剤(NOR3)を投与すると,同様にEPSCが増強した。EPSCの立ち上がり・減衰の過程とpaired pulse facilitation ratioは,PePD15とNOR3で誘発されたLTPにおいて,投与の前後に差がないことから,EPSCの増強は後シナプスに由来すると考えられる。次に,プルキンエ細胞内にPePD15を入れて,EPSCの増強が最大に達した後,NOR3を細胞外投与しても,さらなるEPSCの増強は生じなかった。
これらの結果から,NO誘発性LTPは,AMPA型受容体のエンドサイトーシスの阻害によるEPSCの増強と同じメカニズムを共有している。すなわち,小脳の平行線維‐プルキンエ細胞シナプスLTPには,AMPA型受容体のリサイクリングが関与していることが示唆される。
深山 理,谷口徳恭,鈴木隆文,満渕邦彦
(東京大学 大学院情報理工学系研究科 システム情報学専攻)
本研究では,ラットを搭載し,運動中枢からの神経信号によって制御される車体「ラットカー」の開発を行っている。ラットの脳内には神経電極が刺入されており,覚醒下での神経信号計測が可能である。我々は,この信号と実際の身体動作との相関関係をモデル化することにより,ラットが意図した通りの車体動作の実現を目指している。また,ラットの四肢は車体下部に突き出して地面に軽く触れた状態となっており,視覚情報と併せ,車体動作はラットの感覚系にフィードバックされる。
これまでに我々は,微小ワイヤを用いた電極アレイを製作し,埋め込み手術から数日間にわたる計測技術を確立した。ここで計測された神経信号は,ノイズ環境下で複数のニューロンからの発火が入り混じったものであったため,テンプレート発火波形との相関値計算,混合正規分布を用いた発火弁別を経て,ニューロン毎の発火頻度を算出した。また一方,ベルトコンベアと光学式マーカトラッキングを用い,実際のラット歩行速度および方向変化が,神経信号と同時に計測可能な実験系を構築した。これらの実験系を用い,複数ニューロンの発火頻度パターンと実際の歩行との対応関係を表す線形モデルを仮定し,誤差最小化規範に基づくパラメータ同定,およびラット搭載車のオンライン制御を行った。
現在,これまでに行った歩行推定の解析を通じて,我々のシステムで推定できた運動指令の解釈と,その時間的変化の観察を試みている。本発表では,これまでに実現された車体制御の様子を示し,実験系の発展可能性について考察したい。
清水正宏,石黒章夫(東北大学 大学院工学研究科 電気・通信工学専攻 石黒研究室)
ロボティクスの分野では,その形態可変機能に起因する高い環境適応性,拡縮性,耐故障性といった優れた特性の発現を期待されているシステムとして,複数の機械ユニット(モジュール)から構成されるモジュラーロボットが注目されている。しかしながら,この分野における国内外の先行研究では,これら優れた特性を実現しうるモジュラーロボットがどのように設計されるべきかに関しては,依然として知見が得られていない。本研究では,優れた特性を実現するためには制御系,機構系,環境の相互作用ダイナミクスが調和することが重要であるとの観点に立脚し,アメーバ様ロコモーションを示す2次元モジュラーロボットSlimebotの開発を進めてきた。Slimebotを構成するモジュールは,非線形振動子のリズム生成に基づく周期的なアームの伸縮と接地摩擦制御により局所的に移動する。物理的に結合したモジュール群においては,互いの非線形振動子の間で引き込み現象が起り,モジュール個々の挙動が群として協調することによりアメーバ様ロコモーションが発現する。ロコモーションを通してモジュール間では着脱が起こるが,この着脱は明示的には制御されず,各モジュールの表面に機能性素材(無極性ベルクロテープ)を実装することで障害物等の外界との物理的干渉に依存するように行われる。以上のようにして,制御系(非線形振動子間の相互引き込み),機構系(状況依存的なモジュール間着脱),環境(外界との物理的干渉)の相互作用ダイナミクスが調和することでモジュラーロボットのアメーバ様ロコモーションを実現した。
中島 剛1,上林清孝1,高橋 真2,小宮山伴与志3,中澤公孝1
(1国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所,2広島大学,3千葉大学)
体重を部分的に免荷した状況下で麻痺肢である下肢の動作を補助し,正常な歩要を再現する免荷式歩行トレーニングが歩行機能再獲得に向けたリハビリテーションの主流となりつつある。しかしながらこのトレーニングの主運動である受動歩行運動の脊髄神経機構,特に律動運動のパターン発生に関わる脊髄神経回路の関与等については不明である。そこで本研究は,ヒトを対象とし,周期運動との組み合わせにより律動パターン発生に関わる脊髄神経回路の活動性を反映するとされている皮膚反射法を用いて検討した。
被験者は健常成人を対象とした。課題は動力型歩行補助装置(Lokomat)を用い,受動歩行運動(トレッドミル速度:2km/h)を行なった。特に,今回は自重負荷に関する感覚情報の関与に焦点を絞るため,トレッドミル上でのスッテッピング(TS)と完全免荷による空中スッテッピング(AS)の効果を検討した。皮膚反射は歩行周期を10位相に分割し,足部神経束(脛骨神経および浅腓骨神経)に電気刺激(感覚閾値の2倍,5連発刺激)し,全波整流した前脛骨筋の筋電図を加算平均することにより誘発した。
その結果,両神経束刺激時においてTS課題では顕著な歩行位相依存的な皮膚反射の変動が確認された。また,浅腓骨神経刺激時においては,歩行位相によって抑制性の反射反応から促通性の反射反応に切り替わる皮膚反射の逆転現象が確認された。
TS時において観察された皮膚反射の歩行位相依存性と反射逆転現象は,ヒト通常歩行においても同様の現象が確認され,除脳ネコfictive歩行においても運動ニューロン細胞内記録から観察されている。これらのことからも受動歩行運動に関連した求心性活動,特に負荷に関連した求心性活動が,通常歩行時と類似した脊髄神経回路を賦活させ,受動歩行時においてもヒト律動パターン発生に関わる脊髄神経回路の駆動を一部反映する可能性が考えられた。
平島雅也(東京大学大学院教育学研究科 日本学術振興会特別研究員(PD))
ヒトの身体運動では,多数の関節が同時に回転する。このような多関節動作では,関節回転を引き起こす力学的要因として,①筋トルク,②重力トルクだけではなく,③相互作用トルクも存在する。従来,相互作用トルクは脳による運動制御を難しくするものと考えられてきたが,本発表では,相互作用トルクを積極的に活用する仕組みがあることを投球動作,テニスサーブ,バドミントンスマッシュの分析を通して示す。各スポーツ種目の熟練者および未熟練者の動作をハイスピードビデオカメラで撮影し,3次元運動データを得た。3次元相互作用トルク分析を行うことによって,肩内旋,肘伸展,手屈曲に貢献する筋トルクと相互作用トルクを計算した。その結果,3つすべての関節回転において,熟練者は相互作用トルクを利用していることがわかった。特に,肘と手首においては,相互作用トルクの貢献が顕著であった。一方,肩では,筋トルクの貢献の方が大きかった。これらの結果は,近位部(肩,体幹)の筋トルクは,近位部の関節回転を生み出すだけではなく,遠位部(肘,手首)の関節回転にも相互作用トルクという形で貢献していることを示している。一方,未熟練者は,相互作用トルクを利用できない関節があることがわかった。以上より,熟練者は,相互作用トルクが有効に働くように多数の関節を協調させる能力に秀でていることが明らかとなった。
上林清孝1,中島剛1,高橋真2,赤居正美1,中澤公孝1
(1国立身体障害者リハビリテーションセンター・研究所・運動機能系障害研究部,
2広島大学大学院・保健学研究科)
脊髄不全損傷者では,免荷式歩行トレーニングによって歩行機能の再獲得が可能とされ,ニューロリハビリテーションとして昨今注目されている。この歩行訓練は,理学療法士が患者の足をアシストして動かすことで行われているが,近年ロボットによる免荷式動力型歩行補助装置(Lokomat®)が開発され,質的・量的にも安定したトレーニングが可能になった。この補助装置では,コンピュータ制御による駆動力で歩行動作をアシストするため,患者が随意的に動作を行わない場合にもステッピング動作が生じる。しかしながら,受動歩行の神経制御メカニズムは明らかでなく,トレーニング効果が生じるのか知られていない。そこで,本研究の目的は,ヒト健常者のLokomatによる受動歩行時に,下肢筋群に対する皮質脊髄路興奮性が変化するのか経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて調べることであった。脊髄損傷後,歩行様の筋活動が発現するためには,下肢への荷重による求心性入力が必要とされていることから,トレッドミル上でのステッピングと免荷による空中でのステッピングの荷重が異なった2条件で比較を行った。両条件で,大腿直筋,大腿二頭筋,前脛骨筋の筋活動は生じなかったが,運動誘発電位(MEP)はステップサイクルに依存した変化を示した。特に,前脛骨筋でのMEPは空中でのステッピングに比べてトレッドミル上でのステッピング時に有意な促通がみられた。また,経頭蓋電気刺激によっても同様のMEP変調が生じた。したがって,受動歩行でも,荷重情報を含めた歩行様の求心性入力によって皮質脊髄路の興奮性増加が生じ,その変調は皮質下での調節によるものと示唆された。
冨田 望(東北大学・電気通信研究所・矢野研究室)
随意運動は実世界で生物が生存していくために必要不可欠な制御様式である。随意運動はあらかじめ設定した目的を達成する行動であるから,生物は運動目的を満たしつつ環境変化へ対応するために多様な運動パターンを実現しなければならない。そのためには身体系・神経系の冗長性が必要不可欠である。しかしながら,冗長なシステムの制御問題には不良設定性が存在するため,運動パターンを一意に決定するための拘束条件が必要となる。実環境は予測不可能的に変化するため,拘束条件もまた環境適応的かつ即応的である必要がある。すなわち,柔軟且つ即応的な随意運動の実現には,冗長制御系に対する拘束条件をリアルタイムに生成することが必要となる。このような考えのもとで,我々は2足歩行や腕リーチングを題材として,随意運動に必要な情報の生成機構の解明を目指している。
2足歩行モデルでは,身体のダイナミックな特性を決定する「筋緊張レベル」を適切に制御することで,運動発現時に身体性を最大限に利用することが可能となった。「筋緊張レベル」は機械受容器からの力情報を元に大脳基底核で設定される。力情報は環境との相互作用によってしか得られないから,「筋緊張レベル」は身体に対してリアルタイムに生成された拘束条件といえる。
腕リーチングモデルでは,自己受容器や視覚系から得られるキネマティクス情報である「手先目標速度」という幾何学拘束を,各関節の運動効率を用いて自律分散的に配分することで環境変化にロバストな運動が実現できる。また,各筋肉のエネルギー効率という動力学的拘束を用いることで,冗長な筋肉系の最適収縮パターンを自律分散的に決定することができる。
橘 吉寿(自然科学研究機構・生理学研究所・生体システム研究部門)
外界の状況に適した行動を選択し,運動を正確なタイミングで実行することは,我々人間にとって必要不可欠な機能である。これらの行動企画・運動制御には,大脳皮質と共に小脳・大脳基底核・視床といった脳領域が関与している。なかでも,大脳基底核は,その機能異常によりバリスム,パーキンソン病,ジストニアといった運動障害が惹起されることから,運動発現に深く関与していると考えられる。
大脳皮質に端を発する運動情報は,大脳基底核に入力し情報処理された後,視床を介して,再度大脳皮質に戻る事が知られている。これらの回路のなかで,淡蒼球内節は,大脳基底核の出力部に位置し,視床下核からグルタミン酸作動性の興奮性入力を,また,線条体・淡蒼球外節からGABA作動性の抑制性入力を受けることで,そのニューロン活動は巧妙に制御されている。
これまで,大脳基底核疾患の運動障害に対する病態生理として,その本質的な要因を,淡蒼球内節ニューロンの発射頻度の増減に求める説(DeLong,Trends Neurosci. 1990)と発射パターンの変化に求める説(Bergman et al., Trends Neurosci. 1998)が提唱されてきた。今回,バリスムやパーキンソン病モデルサルの淡蒼球内節ニューロン活動を記録したところ,発射頻度の増減に加えて,burstingやoscillationといった淡蒼球内節ニューロンの異常な活動パターンが観察され,これらは視床下核や,線条体あるいは淡蒼球外節から淡蒼球内節への入力の異常に由来するとの結果を得たので報告する。今回示す淡蒼球内節ニューロンの異常な活動パターンによって運動障害の病態生理が説明できるとすれば,大脳基底核疾患に対する脳深部刺激療法(DBS)の作用メカニズムも,高頻度刺激によって発射パターンを変化させるということで説明可能であるかもしれない。
西丸広史(産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門・脳遺伝子研究グループ)
歩行運動の際には足のそれぞれの筋が各関節をリズミックかつスムーズに曲げ伸ばしすることが重要であるが,それはそれぞれの筋群を支配する脊髄の運動ニューロンがそれぞれ決まったタイミングでリズミックに発火することによって実現されている。このときの運動ニューロンの基本的な発火パターンを形成しているのは脊髄に局在する歩行運動神経回路網である。この回路は外部からのリズミックな入力なしにリズミックな出力パターンを形成することが可能で,このような性質をもつ回路は一般にCentral Pattern Generator(CPG;中枢パターン発生器)と呼ばれている。特に我々ヒトをはじめとする哺乳類では他に呼吸や咀嚼のCPGなどが知られているが歩行CPGも含めて,ほとんどのものでは作動機構は不明である。その一因としてこれまでこれらの神経回路の結合を保った状態で,あらかじめ同定された神経細胞の活動を体系的に測定することが困難であったことが挙げられる。私たちは現在,主に遺伝子改変マウスの脊髄摘出標本を用いて歩行運動神経回路網の神経機構を解明することを目指して研究を続けている。最近,私たちは抑制性神経伝達物質GABAの合成酵素であるグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)のアイソフォームGAD67を発現する細胞に蛍光タンパク質GFPを発現させたGAD67-EGFPノックインマウスの新生児脊髄摘出標本でGFP陽性細胞を微分干渉・蛍光顕微鏡を用いて可視下に同定し,ホールセル・パッチクランプ記録を行うことに成功した。これにより,脊髄神経回路網をほぼ正常に保ったままで極めて効率的に抑制性ニューロンのシナプス活動を記録できることを見いだした。今回は,特にこの標本を用いて運動ニューロンと反回的に結合していることが知られているRenshaw細胞から記録を行い,歩行運動様リズム活動の際の発火パターンやシナプス入力を調べた結果を報告する。
柳原 大(東京大学・大学院総合文化研究科・生命環境科学系)
小脳変性疾患における歩行失調を種々の遺伝子変異マウスを用いて調べている。例として,脊髄小脳変性症3型遺伝子変異マウスにおいては,ヒトにおける同疾患と同様に重篤な歩行障害が観察され,マウスにおいては後肢のintralimb coordinationの異常として顕著に観察される。小脳はまた,そのシナプス可塑性を利用して,歩行の適応制御に貢献している。ここでは,d2型グルタミン酸受容体,代謝型グルタミン酸受容体1型の歩行制御における寄与について簡単に紹介する。時間があれば,登上線維系入力のプルキンエ細胞の神経活動ならびに歩行制御における役割についても紹介する。
中陦克己(近畿大学医学部 生理学第一講座)
歩行運動において,四肢のリズム運動および体幹の姿勢を制御する基本的な神経機構は脳幹および脊髄内に分散的に配置される。サルの大脳皮質に存在する複数の運動関連領域は,脳幹・脊髄に対して直接投射する。皮質網様体路細胞と皮質脊髄路細胞の皮質内分布様式が領野間において異なることを考慮すると,各皮質領域が歩行にかかわる基本的な脳幹−脊髄神経機構を分担的に制御することが推察される。本研究の目的はサル大脳皮質運動領野における歩行運動の分担制御機序の解明である。そのために流れベルトの上を無拘束の状態で歩行するサルの一次運動野および補足運動野から神経細胞活動を記録した。四足歩行するサルの一次運動野・下肢領域から記録された神経細胞は,歩行周期に一致した相動的な活動様式を示した。またこれらの細胞の多くは,歩行速度の増加に対して発射頻度を増加させた。一方補足運動野の体幹・下肢領域から記録された神経細胞の多くは,持続的或いは持続的かつ相動的な活動様式を示した。以上の結果から,歩行運動においてサルの一次運動野は脊髄リズム生成神経回路網の出力を直接的/間接的に制御する,補足運動野は運動に伴う体幹の姿勢を制御する可能性が示唆された。
高草木薫(旭川医科大学・生理学・神経機能分野)
適切に運動を実行するためには,各々の骨格筋の緊張力(筋緊張)が適切に維持されていることが必要である。筋緊張の異常は様々な神経疾患で観察される。例えば,基底核疾患の一つであるパーキンソン病では伸筋と屈筋とに持続的な筋緊張の亢進状態(筋固縮)が誘発される。一方,小脳の障害では伸筋と屈筋の筋緊張は低下する場合が多い。また錐体路の障害では,上肢は屈筋,下肢は伸筋の筋緊張が亢進する(痙縮)。そして,これらの疾患の病態を理解するためには,「筋緊張はどの様な神経機構により制御されるのか?」という基本的な問題を解決する必要がある。筋緊張を制御する基本的神経機構は脳幹と脊髄に存在する。
20年以上に渡る「筋緊張を制御する脳幹と脊髄の神経機構」についての研究により,主に,次の2点が明らかとなった。1.脳幹と脊髄には四肢の筋緊張を低下させる網様体脊髄路系が存在する。2.この網様体脊髄路系は,Rexed VII層に存在する脊髄介在細胞を介して,①伸筋或は屈筋を支配する脊髄a運動細胞の興奮性をシナプス後抑制機序により調節する。②Ia反射,Ib反射,屈曲反射,反回抑制などの脊髄反射を媒介する介在細胞群の活動をシナプス後抑制機序により調節する。③一次求心性神経線維の興奮性をシナプス前抑制機序により調節する。即ち,この網様体脊髄路系は,脊髄反射弓の入力部(一次求心性線維),統合部(介在細胞),そして出力部(運動細胞)の興奮性を並列的に制御することにより,筋緊張レベルを調節すると考えられる。
運動に適切な筋緊張レベルは,大脳皮質,大脳基底核,そして,小脳の出力が脳幹や脊髄の神経回路網の活動を介して提供される。従って,「筋緊張」とは「運動の実行に必要な脊髄反射弓のBackground excitability」と言い換えることができる。
伊藤孝佑,鈴木隆文,満渕邦彦
(東京大学 大学院 情報理工学系研究科 システム情報学専攻)
上肢切断患者の上肢運動機能を代行する義手はその入力情報として,従来筋電信号が用いられてきたが,損傷の程度により対象部位の筋自体が失われる事もある。こうした場合の解決策として,末梢の運動神経の情報そのものを利用した義手が考えられる。しかし末梢神経は感覚神経情報を含む求心性信号と運動神経情報を担っている遠心性信号が混在している為,運動情報を抽出するには遠心性信号のみを選択的に取得する事が望まれる。
そこで我々は,遠心性信号と求心性信号が混在する末梢神経信号を伝播方向別に分離する事を試みている。末梢神経の走行方向に複数の電極を配置し,神経信号を取得する場合,各電極における信号の間には伝播遅延が発生する。この遅延が伝播方向により異なる事を利用して,各電極で計測される信号から伝播遅延を推定し,伝播方向別に信号を弁別するアルゴリズムを考案した。
本発表では,本手法の詳細及び実際にラットの坐骨神経から取得したデータに対し本手法を適用し,得られた結果について報告する。
吉原佑器,冨田望,牧野悌也,矢野雅文(東北大学・電気通信研究所・矢野研究室)
生物が運動を行う際,その運動学と動力学は,外部環境や生体システム自身の内部的な性質の変化に伴って常に変動するが,生体システムは運動パターンを環境適応的に柔軟に変えながら,様々な目的を達成することができる。これまで生体の運動制御は,システムの運動学と動力学の学習,運動軌道の計画,運動実行という逐次的なプロセスをとると考えられてきた。しかし,学習が本質的に困難な動的な変化が起こった場合,どのように生体システムがリアルタイムに適応し,運動目的を達成しているのかについては良く分かっていない。近年,生物の運動実行は逐次的計算プロセスの結果として現れるのではなく,運動実行そのものが認知や制御に重要な役割を果たしているという仮説が提案され,歩行制御のモデルによって実証されてきた。しかし随意性の高い運動に対する実装的検証はまだ行われていない。我々は,腕到達運動を対象とし,この仮説の計算論的実装を行った。ここでは,腕の各関節を自律分散化した要素とみなし,各関節は瞬時の動き易さを評価しながら,これをよりよくするように相互作用を行う。本モデルを水平面内で3関節を持つ冗長腕の腕到達運動制御に適用した結果,運動途中の突発的な関節の故障に運動パターンを自律的に変化させて対応できることが分かった。また,人間の腕到達運動の特徴を良く再現するトルク変化最小モデル(Uno, et al. 1989)との比較を行ったところ,提案モデルのトルク変化の総和は理論的最小値と比較できる程度に小さく抑えられた。これらの結果は,生体システムが随意運動を行う際,環境への適応性を得る上で,運動実行を主体とする制御が有効に機能することを示唆していた。
李 鍾昊,筧 慎治
(東京都医学研究機構・東京都神経科学総合研究所・認知行動研究部門)
本研究の目的は,臨床の現場で簡便に使える定量的な運動機能検査システムを構築し,種々の神経疾患における運動機能を定量的に把握できる方法を確立することにある。特に,我々は各種神経疾患の異常運動とそれをもたらす筋活動の異常を同定し,異常運動のagonist selectionから病的運動の脳内メカニズムを解明することを試みた。実験タスクとして,被験者は8方向運動,追跡運動などさまざまな手首運動を行い,その際2自由度の手首関節の動きと手首運動に関わる4個の主動筋(Extensor Carpi Radialis (ECR), Extensor Carpi Ulnaris (ECU),FlexorCarpiUlnaris(FCU),Flexor Carpi Radialis(FCR))の活動を同時記録した。まず,手首の運動方程式から運動の際の手首のトルクを計算し,次いでその手首トルクを4個の筋活動の線形和で最適近似した。その結果,手首のトルクと4個の筋活動の線形和の間には極めて高い相関(相関係数0.9)があることが明らかになった。この結果は,我々が記録した4個の筋活動の中に,手首の位置・速度・加速を説明する十分な情報が含まれていることを示しており,神経疾患における個々の異常運動を個々の筋活動の異常に還元できることを意味する。このことから,この方法により正常運動におけるagonist selectionと異常運動におけるそれとを定量的に比較し,その違いから異常運動生成の中枢機序を推定できると考えられる。われわれは現在,このシステムおよび方法を用いて東京都立神経病院の入院患者を対象に,脊髄小脳変性症,パーキンソン病等の疾患における異常運動を解析中である。
香川高弘,宇野洋二(名古屋大学大学院・工学研究科・機械理工学専攻)
対麻痺者のADLを改善することを目的として,歩行再建に関する研究が盛んに行われている。ユーザー自身の随意制御と歩行再建システムのコントローラの協調を実現するためには,ユーザーの意図に従って歩幅を制御することが重要である。ユーザーの意図する歩幅は先行する腕運動における移動距離と等しいことを仮定して,我々は腕の移動距離を加速度センサにより推定するヒューマンインタフェースを構築した。ヒトの腕運動をよく再現する滑らかさの規範に基づいて,腕運動の移動距離は始点と終点の境界条件と多項式近似によって加速度データから推定される。歩行補助ロボットの制御では,推定された移動距離と歩幅が等しくなるように左右の股関節,膝関節,足関節の角度が制御される。
本研究では,加速度センサによる移動距離の推定精度と歩行補助ロボットの制御システムの動作検証実験について報告する。移動距離の推定精度の検証実験では,腕運動中の手先の位置と加速度が計測された。腕運動の加速度データに対して,単純な2回積分による推定と5次,7次,9次の多項式近似による推定を比較した。推定精度は計測された移動距離と推定された移動距離の間の回帰分析によって評価された。実験の結果,単純積分と5次多項式近似による推定と比較して,7次および9次の多項式近似による方法が高い線形性を示し,実際の移動距離とよく一致した。加えて,7次多項式による移動距離推定を用いたヒューマンインタフェースを歩行補助ロボットの制御系に実装し,健常者による動作試験を行った。その結果,腕の移動距離を調整することによって,歩幅を制御することが可能であることが確認できた。これらの結果は,提案するヒューマンインタフェースが対麻痺者の歩行再建に有用であることを示唆する。
牛場潤一,正門由久(慶應義塾大学理工学部生命情報学科)
ヒトの運動制御機構を知るためには,神経筋系に対して一過性の刺激を与えてその応答を計測する,いわばインパルス応答を基にした機能定量が一般的であった。しかしこの10年の間に,ヒトが自然な状態で運動を遂行しているときの皮質脊髄路活動を定量する脳波筋電図コヒーレンス解析が確立されつつあり,これまでの電気生理学に新たな視点を与える方法論として注目が集まっている。脳波筋電図コヒーレンスとは,随意運動中の筋放電が運動皮質近傍から導出した脳波と相関関係にあることを周波数領域で定量する手法であり,両信号の位相関係を求めたり,システム同定をおこなった上で入出力関係の合理性を検証したりする事で,因果関係をも推定することが可能である。このように脳波筋電図コヒーレンスは,運動皮質の筋駆動様式を非侵襲的に推し量るツールとして興味深い手法であるが,コヒーレンスの程度には大きな個人差が認められることから,その機能的意義に関する議論が必要とされていた。そこで我々は,若年層健常成人15名を対象として,等尺性収縮における発揮筋張力の安定性との関係について検討をおこなった。実験では被験筋を右前脛骨筋として表面筋電図を計測し,60sのあいだ最大随意収縮力の30%で背屈し続けるよう指示した。このとき運動皮質足部領域に近い頭頂部から脳波を計測した。解析の結果,脳波筋電図コヒーレンスの値が高い被験者ほど,脳波および表面筋電図が15-30 Hz帯域で同期的に強く律動し,その律動にあわせて発揮背屈力も大きく変動していた。コヒーレンス値と発揮筋張力の変動係数の間には有意な相関が認められたことから,運動皮質が筋を駆動する際に錐体路ニューロン群が強い同期活動を呈する被験者ほど,筋力調節の安定能が低いことが示された。このことから脳波筋電図コヒーレンスは,筋収縮中の発揮張力安定性を規定する神経活動を定量できる方法であると思われる。
坂谷智也(自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達機構研究部門)
マウスをもちいたin vivoでの神経生理学的研究基盤の開発は,遺伝子工学技術によりハードとしての神経回路の特性を改変することでソフトとしての正常脳の動作原理を解明する,あるいは行動異常マウス・精神疾患モデルマウスから具体的な神経メカニズムを明らかする上で極めて重要である。一般に,神経活動と行動・運動制御との関連を明らかにするためには,神経活動の時間解像度(ミリ秒)に近いオーダーで行動を計測・評価することが望まれる。
私はこれまでに,マウスの随意運動を定量的・高精度に評価することを目的に,高速度カメラによる視線移動(サッケード)測定システムを開発し,マウスにおけるサッケードの特性について調べてきた。
今後さらにサッケードの制御やそれに付随する脳機能と,神経発火活動とを関連づける上で,計測・評価に加えてトレーニングによる動物行動の人為的制御が課題となる。
サッケードは中脳上丘が出力・制御中枢と考えられており,実際マウスにおいても中脳上丘を電気刺激することで人工的なサッケードの誘発に成功した。中脳上丘は特徴的な層構造をもっており,網膜からの入力が直接投射している視覚入力層と,サッケード出力層が上下に対応する形で存在し,感覚入力・運動出力をあわせもつ。視線移動を指標とするマウス行動実験課題の開発を目的に,脳内報酬系の活性化や,中脳上丘の特徴的な構造を利用した感覚入力・運動出力の誘発などを組み合わせた脳内多点電気刺激による行動プログラミング(ブレイン・プログラミング)の可能性について紹介する。
高橋和巳1,高草木薫2,児玉 亨3,香山雪彦1,小山純正4
(1福島県立医科大学・医学部・神経生理学講座,2旭川医科大学・医学部,
3東京都神経総合科学研究所・心理学部門,4福島大学・共生システム理工学類)
脚橋被蓋核(PPN)のアセチルコリン(Ach)ニューロンは逆説睡眠(レム睡眠)中の筋緊張の消失(muscle atonia)を起こす。このAChニューロンは,黒質網様部(SNr)のGABAニューロンによって抑制性の制御を受けている。視床下部外側部に局在するオレキシン(Orexin)ニューロンは,SNrとPPNのいずれに対しても投射しているが,Orexinニューロンの活動が筋緊張にどのような影響を及ぼすのかは不明である。また,Orexinニューロンは歩行運動を制御する中脳歩行領域(MLR)にも投射が知られている。さらに,睡眠障害の一つであるナルコレプシーでは,Orexin系の障害によって情動性脱力発作(カタプレキシー)が起こることから,Orexinニューロンがmuscle atoniaと歩行運動の制御に関与していると考えられる。本研究では,除脳したネコのSNr,PPN,MLRにOrexinを微量注入し,歩行運動及び,後肢の筋緊張に対する影響を調べた。Orexin A(60〜500mM, 0.25m l)をMLRに注入すると,トレッドミル上での歩行を誘発するMLRへの電気刺激の閾値強度が下がるか,電気刺激をしなくても歩行を発現した。これに対し,Orexin A (60〜1000mM, 0.25ml)をPPNあるいはSNrに注入すると,muscle atoniaを誘発するPPNへの電気刺激の閾値強度は上昇した。この効果は,GABAA拮抗薬であるbicuculline(1mM, 025ml)をPPNに注入することで打ち消された。これらの結果は,SNrとPPNへのOrexin入力が,PPNのAChニューロンに対するGABAの効果を増強しmuscle atoniaを抑制する一方で,MLRへのOrexin入力は興奮性に作用し,歩行運動を維持していることを示している。
荻原直道(京都大学・大学院理学研究科・動物学教室・自然人類学研究室)
動物は,冗長で複雑な筋骨格構造を巧みに協調させ,多様な環境に適応的な歩行運動を生成することができる。こうした動物の優れた歩行生成知能の解明に向け,ニホンザルの2足・4足運動を対象とした歩行の構成論的研究を開始した。ニホンザルの筋骨格系は,CT撮影および屍体解剖により取得した解剖学的情報を元にモデル化した。構築したモデルを用いて,実歩行計測データの生体力学的分析と,神経制御系の数理モデルを統合した順動力学的な歩行生成シミュレーションを行うことにより,身体筋骨格系,神経系,環境の秩序だった力学的相互作用の中から発現すると予想される適応的歩行運動の生成メカニズムの理解を目指す。
星 英司,丹治 順(玉川大学・脳科学研究所)
随意運動を実現させる過程で,前頭葉が中心的な役割を果たしているが,これはネットワークを形成している複数の領野から構成されていることが明らかとなってきた。本研究では,前頭葉内の各領野の機能的特長を明らかにするために,行動課題を遂行している被験体(サル)から神経細胞活動を記録した。この課題では,使用する手の指示と標的の位置に関する指示が,この順,または,逆の順に与えられた。従って,動作に関連した情報を収集し統合する動作企画の過程と,企画された動作を準備•実行する過程を区別して検討することができた。
結果として,前頭葉には多彩な細胞活動が見出されたが,これらは4つのグループに分類できることが明らかとなった。第一グループの活動は,使用する手,または,到達する標的位置に関する情報を選択的に収集し,これらを統合していた。即ち,到達運動の企画過程を反映していた。第二グループの活動は,視覚刺激の位置や到達する標的の位置を選択的に反映しており,視覚空間情報を反映していた。第三グループの活動は,動作遂行に伴ってみられ,手を伸ばすという実際の動作を反映していた。第四グループの活動は,指示や動作の内容ではなく,動作の遂行に向かって課題の進行を反映していた。
これらの細胞活動の分布を前頭葉内で纏めたところ,各グループの活動はある特定の領野に選択的に見出されることが明らかとなった。第一グループの活動は,前頭前野と運動前野の背側部に,第二グループの活動は,前頭前野と運動前野の腹側部に見出された。また,前補足運動野には第一と第二グループ両方の活動が見出された。第三グループの活動は,前頭葉の後部領域(一次運動野,補足運動野,運動前野)に,また,第四グループの活動は帯状皮質運動野の吻側部に見出された。これらの結果を前頭葉内の解剖学的ネットワークと比較してみたところ,皮質−皮質間結合で結ばれている領野同士に類似した細胞活動が見出されることが明らかとなった。以上の結果は,前頭葉には構造的基盤によって支えられた複数の機能的ネットワークがあることを示している。
花川 隆(国立精神・神経センター・神経研究所・疾病研究第七部)
磁気共鳴機能画像(fMRI)と経頭蓋磁気刺激(TMS)の同時施行が可能となり,刺激部位と解剖学的に連絡のある脳部位を画像化する方法(誘発脳領域間連関画像)として注目されている。しかし,磁気刺激の刺激強度が,直接刺激される脳部位や遠隔部位の活動にどのように影響するのかを詳細に検討した報告はない。今回,15人の右利き健常被験者において,運動野出力を反映する運動誘発電位(MEP)の同時計測を行いながら,磁気刺激が直接・遠隔部位脳活動に与える刺激強度依存性の影響を検討した。3テスラMRIスキャナ上で,MRI用8の字TMSコイルを,専用器具にて被験者の頭皮に軽く触れる程度に固定し,拇指球筋からのMEPを測定するため筋電図の同時記録を行った。fMRIは脳波の同時測定を目的に開発されたエコープラナー撮像法を用いて行い,一回のfMRIセッション中に,一定強度のTMS刺激を2-3TR毎(約0.15 Hz)に,計20回与えた。TMS刺激強度は機械出力の30-110%の間でセッション毎に変化させた。信号変化は機械出力あるいはMEP振幅の関数として検討した。最大TMS刺激により,一次運動野に相当する中心前回を含め,高次運動皮質,聴覚野,基底核などに活動上昇が認められた。刺激に伴うクリック音の検知に関与する一次聴覚野では刺激強度に対応して線形の信号変化を認めたが,一次運動野や他の運動関連領域においては非線形な信号変化を呈した。誘発脳領域間連関研究における活動の解釈のため,信号の経時的変化を含めた,さらに詳細な基礎的検討が必要を行っているところである。
鈴木隆文*,竹内昌治**,満渕邦彦*
(*東京大学大学院情報理工学系研究科,**東京大学生産技術研究所)
生体の神経系と人工機器との間で直接の情報入出力を行うBrain-Machine Interfaceシステムの開発が国内外で活発に行われ,義手などの機器の神経情報による制御,あるいは人工感覚生成への期待が高まっている。こうしたシステムの実現には,神経系に対する多チャンネルかつ長期間安定した信号入出力が可能な神経プローブの開発が不可欠である。我々は主に柔軟な高分子材料であるパリレンCを基板として,様々なアプローチからこうした課題に取り組んで来たので紹介する。
一つは従来シリコンで開発されてきた神経プローブ針の,パリレンによる柔軟化の取り組みである。柔軟なプローブはその刺入方法が課題となるが,我々はポリエチレングリコール(PEG)でコートすることで刺入時には固く,刺入後には再び柔軟にする方法を提案した。さらに神経プローブの多機能化への取り組みの一つとして,微細な流路構造の神経プローブへの統合を行った。これによって薬液注入やサンプリングと神経信号の計測が統合化され,BMIシステムとの接続後の可塑性の観察,あるいはその制御のためにも重要なツールとなることを期待している。また上述のPEGを流路内に注入することでコート法よりも良好な再現性を得た。こうした流路構造の別の応用として,末梢神経の再生能力を利用した神経再生型電極への応用についても紹介する。末梢神経系を接続対象とすると中枢神経系の場合に比べて,万が一の事故の影響が限局的になり得る上,計測した神経信号の解釈もより容易であることが期待できる。本プローブは複数の電極を内部に備えた多数微細流路を束にした構造である。各流路には薬液を注入することが可能であり,軸索再生の促進・誘導を図ることを検討している。こうした多機能型の神経プローブはBMIだけでなく脳科学のツールとしての意義も大きいと考えられるため,こうした観点からの議論も期待したい。
大須理英子(独立行政法人情報通信研究機構/
株式会社国際電気通信基礎技術研究所脳情報研究所)
大高洋平(東京湾岸リハビリテーション病院)
神経科学研究の進展と脳機能イメージング研究の蓄積により,人間の脳機能の様々な側面が明らかになりつつある。一方,リハビリテーションの現場でも,このような基礎研究の成果を活かした,神経リハビリテーションへの期待が大きい。しかし,実際には,基礎研究現場と臨床現場にあるギャップは大きく,真の意味で神経科学の成果がリハビリテーションに生かされているとは言いがたい。リハビリテーションの現場では,脳画像よりも実際に現れた機能障害症状に基づいて訓練を処方することに重きが置かれており,その背景には,損傷部位から予測される機能障害と実際に現れる機能障害は一致しないという暗黙の了解がある。本発表では,リハビリテーションを計算論的観点から理解するため,その現場を長期的に訪問し,特に脳卒中による運動機能障害について,臨床と研究の現状と今後の展望を検討した結果を報告する。機能回復においては,「痙縮」のコントロールが重要であること,にもかかわらず,痙縮の発生機序や損傷部位とのかかわり,さらには健常時のインピーダンス制御とのかかわりは明らかになっていないこと,さらに,発生確率が高く,重篤な片麻痺および痙縮を起こすのは内包や被殻周辺の損傷である場合が多いこと,しかし,内包や被殻周辺の損傷については,十分にコントロールされたサルによる損傷回復実験が実施されていないこと,といった点を議論する。
小池康晴(東京工業大学)
Bizziの終端位置制御仮説を否定する実験以来,仮想軌道制御仮説のように,運動軌道をあらかじめ計画してから実行する様々な計算論的モデルが提案されている。しかし,どのモデルも運動時間をあらかじめ決めなければ最適な運動軌道を計算できないモデルであり,どれだけの情報を用いて軌道を計画しているのかという簡単なことさえも分かっていない。また,実際の脳が本当に最適な軌道を毎回計画しているかは定かではない。
我々は,運動学習により内部モデルを獲得し,獲得した内部モデルを用いて,軌道計画をしなくても2点間到達運動が実現できるモデルを提案している。本発表では,運動の滑らかさがどうして実現されるのか,また,軌道を計画しないでどのように運動を実現するのか,さらには,力の制御も同じモデルを用いて実現できることを示し,運動計画とは何かを計算機シミュレーションの結果と実際の人の軌道データを比較しながら議論する。
内藤栄一1,2,大内田裕2,越野八重美3,大高洋平4,大須理英子1,2,5
(1独立行政法人 情報通信研究機構 未来ICT研究センター
バイオICTグループ 計算神経サブグループ,
2ATR脳情報研究所,3大阪大学大学院医学系研究科
総合ヘルスプロモーション科学講座,
4東京湾岸リハビリテーション病院,
5慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室)
ヒトの運動機能は低下する。例えば,加齢など長期間で起こる機能低下もあれば,我々が日常経験する短時間で集中的に運動を行った場合の一時的な機能低下もある。近年,大脳皮質感覚−運動領への電気および磁気刺激がヒトの感覚-運動機能を向上させることが明らかになりつつあるが,これに基づき,運動領野への低強度高頻度経頭蓋磁気刺激が手運動技能の一時的な低下を克服できるかを検証した。
7名の健常被験者が掌で二つの球を回す。6秒の休憩をはさんで10秒間できるだけ多く回すことが要求され,1条件で70試行が繰り返された。便宜的に10施行毎を1セッションとし,2および5セッションのみで運動閾80%,20Hzの磁気刺激が運動開始直前の2秒間に与えられた。先行研究より運動前野の活動がこの運動の技能向上と関係することがわかっている。そこで,手と反対側運動前野(hot spotの約2cm前方)への磁気刺激の効果を検討した(運動前野条件)。統制条件では反対側感覚領野(hot spotの約3cm後方)が刺激された。
刺激はいずれの被験者にも有害な効果を及ぼさなく,不随意運動の誘発や運動障害も観察されなかった。実験に先行した十分な練習により実験開始時には回転数が安定していた。統制条件では,セッション数が増えるにつれ,参加者は次第に手の疲れを覚え,平均回転数が減少した。これに対して,運動前野条件では,2および5セッションで,統制条件でみられた回転数低下の有意な改善が認められた。この効果は特にセッション5で顕著になり(p < 0.0005),左右の手で観察された。この効果は1名の参加者では明瞭でなかったが,4名は運動前野刺激に関連して手が軽くなる,手指が円滑に動くなどの主観を経験した。
磁気刺激に伴う運動改善を裏付ける脳内神経機序に関しては不明な点が多いが,本研究は大脳皮質運動領野への非侵襲的磁気刺激が,内因性の生理学的変化による時間依存性運動機能低下の克服に効果的である可能性を示した。
岡本武人1,2,白尾智明1,永雄総一2
(1群馬大・院・高次細胞機能 2理研・脳センター・運動学習制御)
運動学習の記憶の形成と保持に,小脳は必須である。私達は,水平性視機性眼球反応(HOKR)の適応のパラダイムを用いて,運動記憶の固定化の神経機構を調べた。マウスに1時間,チェック模様のスクリーンの正弦波状の高速回転による視覚訓練を行うと,適応が生じHOKRの利得が増加する(短期適応)。さらに,1日1時間の視覚訓練を4日間続けるとHOKRの利得に長期適応が生じる。長期適応が生じたマウスの両側小脳片葉の出力を薬理学的に遮断すると,4日目の訓練により生じた短期適応は消失したが,4日間の訓練で形成された長期適応は影響を受けなかった(Shutoh et al., 2006)。この結果は,運動学習の記憶痕跡が,訓練の時間経過に依存して,小脳皮質から前庭核へ転移し固定化されることを示唆する。本研究では,訓練期間のどの時期で記憶痕跡の固定化が生じるかを,ムシモールによる小脳皮質の不活性化の実験により調べた。以下の4実験群のB6マウスを用いた。①群には4日間毎日1時間の訓練を行い,訓練直後にイソフルランによるガス麻酔を20分間行った。②群には毎日の訓練直後にガス麻酔下,両側片葉にムシモール(0.25%,0.2ml)を投与した。③群には毎日の訓練直後にガス麻酔下,両側片葉に同量のリンゲル液を投与した。④群には訓練をせずに,毎日ガス麻酔下,両側片葉にムシモールを投与した。①と③群には長期適応が生じたが,②と④群には長期適応は生じなかった。これらの結果は,訓練直後の数時間の間に,小脳皮質の神経活動に依存して運動記憶の固定化が生じることを示唆する。
片桐友二1,2,柳原 大2,永雄総一1
(1理研BSI・運動学習制御,2東大院・総合文化・生命環境・運動適応)
運動記憶の獲得と固定化に,小脳は重要な役割を演じる。マウスの水平視機性眼球反応(HOKR)の短期と長期適応を用いた先行研究により,運動記憶の獲得の場が小脳皮質(片葉)であるのに対して,長期記憶への固定化の場は皮質の出力先の前庭核であることと,記憶の獲得と固定化には,ともにプルキンエ細胞のシナプス伝達可塑性の長期抑圧(LTD)が必須であることが報告されている(Shutoh et al. 2006)。これらの所見は,小脳皮質に生じたシナプス伝達の変化が,経シナプス的に何らか影響を前庭核に与える可能性を示唆する。LTDを含むシナプス伝達の可塑的変化に遺伝子発現の変化が伴うことが知られている。本研究では,HOKRに短期または長期の適応が生じたマウスの片葉プルキンエ細胞で,適応の運動記憶の形成に相関して発現が修飾される遺伝子群を検索した。まず,マウスの小脳皮質全域から,レーザーマイクロダイセクションを用いてプルキンエ細胞層と顆粒細胞層を切り出し,両細胞層からRNAを抽出した。RNAをマイクロアレイ(GeneChip, Affymetrix)解析し,プルキンエ細胞に特徴的な遺伝子を2000-4000個同定した。次に,HOKRの短期適応と長期適応が生じた実験群と対照群のマウスから摘出した片葉と傍片葉のブロックからそれぞれRNAを抽出し,GeneChipによって遺伝子発現のパターンを比較した。これらの実験結果から,HOKRの適応における運動記憶の獲得および固定化に相関して,片葉のプルキンエ細胞ではそれぞれ90-160個程度の遺伝子の発現が修飾されると推定した。
石田裕昭,村田 哲(近畿大学医学部第一生理学講座)
他個体の行為やその意図を認識する能力は,霊長類の生存にとって重要である。この認知の脳内表現には,自己身体の表象と他者の身体像を脳内でマッチングするという仮説が提案されている。サルの脳では下頭頂小葉(7b)や頭頂間溝底部(VIP)で,視覚と体性感覚情報の両方に反応するバイモーダルニューロンが記録でき,こうしたニューロンが自己身体とその周辺空間の認識に関与していることが知られている。そこでわれわれは,これらの領域の視覚-触覚バイモーダルニューロンの中から他者の身体周辺空間の表象に関わるニューロンを探索した。まず触覚と視覚刺激に反応するニューロンを探索し,受容野の広がりを調べた。次にサルの前に実験者が対面し,サルの身体部位上にある受容野の位置と同じ実験者の身体部位を,実験者自身が触るか,第三者に触られているところをサルに観察させ,その時の単一ニューロンの活動を記録した。その結果,サルの身体付近に受容野を持つVIP野や7b野のニューロンのいくつかは,サルの身体上の受容野の位置に対応する実験者の身体部位への視覚刺激に反応した。たとえば,サルの受容野が右頬にある場合,実験者が右頬を触るか,第三者が実験者の右頬付近に視覚刺激を提示したときに反応し,左頬では反応が弱まった。このようにサルと実験者の受容野はミラーイメージに空間的配置するニューロンが多かった。さらに興味深いことにこれらのニューロンの視覚反応は,サルとヒトの身体周辺(〜50cm)で強まり,両者間の空間上に刺激を提示したときは弱まった。本研究の結果は予備的だが,頭頂葉の視覚‐触覚バイモーダルニューロンが自己と他者の身体部位とその周辺の空間情報を同時に処理している可能性を明らかにした。
内田雄介,陸暁峰,大前彰吾,高橋俊光,北澤茂
(順天堂大学大学院医学研究科神経生理学)
補足眼野は重要な大脳皮質眼球運動関連領野のひとつであり,その活動は視覚目標の位置や眼球運動の方向などの運動方向依存性をもつことが知られている。一方,最近の研究では,報酬依存性の活動を示すことも報告されている(Amador et al., 2000; Roesch and Olson, 2005)。本研究では,補足眼野の報酬依存性の活動が運動の空間的パラメータの修飾を受けるかどうかを調べた。2頭のニホンサルを用いて,サッケード眼球運動課題を行わせた。45度ずつ8方向からランダムに選択,呈示された視覚刺激に対して中心点からサッケードを行わせ,正しく課題を遂行した場合には,報酬を与えた。報酬の量は16試行ごとに切り替えた(基本量または倍量)。この課題遂行中の補足眼野の活動を単一微小電極によって記録し,ニューロン活動の性質を調べた。その結果,補足眼野の約4割のニューロンが報酬期間の活動を示した。また,その内の約7割が方向依存性を持つ活動を示した。これら運動方向選択的に報酬期間応答を示すニューロンのおよそ6割は報酬量と相関する応答を示した。これらの運動方向選択的に報酬量に応じた報酬期間応答を示すニューロン群は,それぞれの運動の価値を表現している可能性がある。
大前彰吾,陸暁峰,内田雄介,高橋俊光,北澤茂
(順天堂大学大学院医学研究科神経生理学)
補足眼野と前頭眼野の脳表に露出した領域は,マルチ電極を埋め込んで眼球運動の意思を取り出す標的として理想的である。本研究では,それらの神経活動から眼球運動の開始時刻・振幅・方向を推定した。2頭のサルに,モニタの中央の固視点から8方向と2振幅の位置にある16箇所の標的へ固視点が消えた直後にサッカードするように訓練した。単一電極を用い,1頭の右補足眼野から115個,もう1頭の左補足眼野から120個,左前頭眼野から54個得た。これを用い擬似同時記録データを作成した。更に2つのマルチ電極を両側の補足眼野に埋め込こんで27個の神経細胞の同時記録データを得た。記録した試行の50-65%を学習試行として300msの発火頻度のテンプレートを作成し,残りの試行をテスト試行とした。テスト試行の300msの発火頻度をテンプレートにマッチングさせて眼球運動の開始時刻・方向・振幅を推定した。最初に,擬似同時記録データから一定の推定精度に必要な細胞数を見積もった。右補足眼野115個を用いた推定では,運動開始時刻の正解率(誤差100ms以内)は97%,運動標的の正解率(16標的のうち1つ)は48%となった。115個からランダムに30個を選ぶと時刻正解率は59%,標的正解率は23%となった。2頭目の左補足眼野の結果も同様だった。左前頭眼野の54個では,時刻正解率は98%,標的正解率は48%となった。多くの神経活動に基づくほど推定は正確になり,前頭眼野の方が補足眼野より少数(約50%)の細胞で同程度の精度を得た。次に,27細胞の同時記録データでは,時刻正解率は45%,標的正解率は38%だった。擬似同時記録データに比べ,時刻正解率はやや悪かったが標的正解率は改善した。これらの結果は比較的少数の前頭眼野・補足眼野の神経活動の同時記録を用いることで眼球運動を正しく予測できる可能性を示唆している。
羽倉信宏1,2,武井智彦1,廣瀬智士1,2,荒牧勇4,5,松村道一1,定藤規広5,内藤栄一1,3,4
(1京都大学大学院人間・環境学研究科 2日本学術振興会
3ATR 4NICT 5生理学研究所)
我々は自己身体位置を視覚情報と運動感覚情報を統合することによって把握している。多くの場合,視覚の方が運動感覚よりも正確に空間位置を伝えるので,この異種感覚統合の際,脳は視覚からの空間情報を優先させて身体位置を算出する。これを「身体位置知覚における視覚の優位性」という。本研究では,脳のどの領域で視覚を優先させた身体位置算出がなされているのかを調査した。
行動学実験では,22名の被験者が右手,もしくは左手の屈曲する運動錯覚(手首伸筋の腱への振動刺激)を経験しながら,錯覚を経験しているが実際には静止している自分の手のライブ画像(同側条件),もしくは錯覚を経験していない反対側の静止している手のライブ画像(反対側条件)を観察した。同側条件では視覚と運動感覚は同じ手の情報を伝えているが,反対側条件では両感覚はそれぞれ無関係な手の位置情報を伝えている。統制条件として,被験者は閉眼状態で運動錯覚を経験した。fMRI(機能的磁気共鳴画像法)実験では,8名の被験者の脳活動を同側条件,および反対側条件で測定した。
行動学実験では,被験者の手の屈曲経験は同側条件で統制条件よりも有意に減弱したのに対し,反対側条件では有意な減弱は観察されなかった。これは視覚情報と運動感覚情報が同じ手の情報を伝えているとき(同側条件)にのみ,視覚を優先させた手の空間位置算出が行われることを示している。fMRI実験では,同側条件のとき特異的に,上頭頂小葉後部領域が活動することが明らかになった。さらにこの領域の活動は,各被験者の手の屈曲経験の減弱度(視覚を優先させる強さ)と強く相関することが分かった。
以上の結果から,視覚情報を優先させた手の空間位置算出には上頭頂小葉後部領域が関与することが示された。この領域の機能によって,多感覚からの身体情報がある状況でも,統合された“身体像”が知覚できると考えられる。
Ref. Hagura N, Takei T, Hirose S, Aramaki Y, Matsumura M, Sadato N, Naito E (2007). Activity in the posterior parietal cortex mediates visual dominance over kinesthesia. J Neurosci (in press).
吉川明昌,平田 豊(中部大学 工学研究科 情報工学専攻 平田研究室)
生体の筋肉系の特性は,加齢や病気などにより生涯にわたり変化する。筋肉の特性変化に対し適応的に運動指令を修正しパフォーマンスを維持する運動学習機能は,生体の精緻な運動制御を実現する上で必須となる。前庭動眼反射(Vestibulo-ocular Reflex :VOR)は,頭部運動時に眼球を補償的に動かすことで視覚の安定化を図る反射性眼球運動であり,他の運動学習と同様,小脳を介して実現される。VOR運動学習は頭部運動刺激と,被験者の周囲に提示した視覚刺激を同相或いは逆相の組み合わせで与えることで数時間のうちに成立し,暗闇で測定されるVOR gain(眼球速度/頭部速度)は,同相刺激後は減少し,逆相刺激後は増大する。近年,このVOR gain増大・減少における学習・記憶メカニズムの違いが示唆されている。我々は,左右頭部運動方向を区別してVOR gainの調整が必要となるようなVOR運動学習課題を用い,この違いについて検討した。その結果,gain増大は頭部運動方向を区別して調整できるが,gain減少はそれができないことが分かった。この結果はVOR gain増大と減少が異なるメカニズムで実現されていることを裏付けている。一方,VOR運動学習においても,短期学習から長期学習に移行するにつれ,記憶部位が遷移することが示されている。しかしながら,これまでの両学習の誘発方法は,前者では人工的に与えられる受動的な頭部運動,後者では被験動物自らの動きによる能動的な頭部運動を用いるものであり,含まれる周波数成分も異なるなど,本質的に刺激の性質が異なっている。そこで,受動・能動学習の学習特性,記憶保持特性を定量的に評価する為の実験セットアップをデザインし構築し,両者の比較を進めている。
林 隆介,三浦健一郎,田端宏充,河野憲二
(京都大学大学院 医学研究科 認知行動脳科学)
運動視には少なくとも二種類の処理システムが並列的に働いていると言われている。一つは一次運動視と呼ばれる輝度変調を検出するメカニズムであり,もう一つは二次運動視と呼ばれ,コントラスト変調など一次運動検出器では検出できない刺激特徴を検出するメカニズムである。一次運動視はさらに単眼性と両眼性のシステムに分けられ,両眼性一次運動視のシステムは両眼分離運動視(dichoptic motion)刺激を使うことで選択的に調べることができる。そこで,本研究では視覚刺激に対し反射的に誘発される追従性眼球運動応答(Occular Following Responses, OFR)が,1) 単眼性一次運動視,2) 両眼性一次運動視,3) 二次運動視によってそれぞれどのように誘発されるか検証した。その結果,両眼性一次運動視は単眼性一次運動視と比べ,応答利得の低下や潜時の遅れはあるもののOFRを誘発することが確認された。両眼性一次運動視刺激には一切の単眼性運動視手がかりが含まれず,皮質下経路の働く余地がないことから,OFRが皮質由来の運動応答であることが示唆された。一方,二次運動視は,その運動方向が知覚されていたにも関わらず,OFRを全く誘発しなかった。このことから,皮質における運動視処理は,反射的な眼球運動応答に関わる経路と意識的な運動視知覚に関わる経路に分けることができ,前者は一次運動視だけが寄与することが示唆された。本研究ではさらに,単眼に提示された刺激の運動方向と両眼情報の統合後に知覚される運動方向が逆転する全く新しい錯視を開発し,単眼性一次運動視と両眼性一次運動視がどのように統合され眼球運動応答に影響するか調べた。実験結果から,二つの一次運動視の統合は非線形なwinner-take-all型ではなく,単純な加算型であることが示唆された。
西條直樹,五味裕章(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)
腕の到達運動中に突然の視野の動きを与えると,短潜時で視覚誘導性腕応答(Manual Following Response: MFR)が生じる。MFRは,ほぼ視野の動きの方向へ誘発されるが,視覚運動と手先応答の方向がどの程度外界で一致しているのかについては明らかでない。本研究では,MFRにおける視野の動きから運動指令への座標変換メカニズムについて報告する。
平面上の上肢到達運動中,平面上の8方向いずれかの方向へ視覚運動が与えられるとMFRが誘発され,視覚運動方向の変化に従ってMFRが生じる方向も変化した。この視覚刺激に対し,到達運動の向きを変化させMFRが生じる時刻での腕の姿勢を変化させると,肩と肘の主働筋において最大の筋活動応答が現れる視覚刺激方向(preferred direction: PD)が変化しており,その結果,MFRの方向に現れる腕の姿勢変化の影響は小さくなっていた。これは,MFRを生成する上で,腕の姿勢が考慮されていたことを示唆する。一方で,MFRが生じる時刻での腕の姿勢を一定に保ったまま,到達運動の方向を変化させてMFRを誘発すると,肘関節主働筋のPDのみが変化し,その結果,MFRの方向も変化した。PDの変化は背景筋活動量とは無相関であったことから,このPD変化は到達運動方向の変化に伴う複数の筋活動パタンの組み合わせの変化の影響を受けて生じたものと予想される。
以上の結果から,MFRを生成する過程において,最終的なMFRの運動指令は随意運動の影響を受けて変化するものの,外界での視野の動きを,腕の姿勢を計算し,外界での手先運動へ変換するメカニズムの存在が示唆される。
渋谷賢1,五十嵐一峰2,佐野秀仁2,高橋雅人2,里見和彦2,大木紫1
(1杏林大学医学部・統合生理学教室,2杏林大学医学部・整形外科学教室)
リーチング運動中の視覚ターゲットの移動は,短潜時の修正運動を引き起こすことが知られている。我々は病態における運動の変化を調べるため,まず正常被験者の修正運動の詳細を検討した。右利き正常被験者の眼前40cmの位置に,3つのLEDを水平方向に10cm間隔で固定し,被験者の示指の3次元位置とEOGを記録した。被験者は中央の点灯するLED(ターゲット)に向かって出来るだけ素早く腕を伸ばし,示指で正確にターゲットに触れるよう要求された。また運動開始後に中央のLEDが消え同時に左右いずれかのLEDが点灯した場合(確率50%)は,出来るだけ素早く新しいターゲットに触れるよう指示された。従来の報告通り,視覚ターゲットの移動はリーチング運動の素早い修正を誘発した(onset latency ≥ 120ms)。しかし修正運動には非対称性が見られ,水平内転方向への修正(右腕の場合,左側への修正)の方が逆方向よりも運動修正の潜時が短く,かつ到達位置も正確であった。腕の修正とほぼ同時に新しいターゲットへの急速眼球運動が生じたが,この運動も水平内転方向の修正の方が潜時が短く(≥ 120ms),また腕の運動修正潜時との相関が高かった。この傾向は,利き手の方が顕著であった。修正運動の非対称性と視覚的注意の関連性を検討するため,ターゲットの移動直後に液晶シャッターを用いて視覚入力を完全に遮断し,短時間呈示された新しいターゲットの検出力とその時の修正運動を解析した。その結果,被験者はやはり水平内転方向に移動したターゲットをより正確に検出した。この結果は,正常被験者はリーチング運動開始前後からターゲット周辺の非対称な空間に注意を向け,これが修正運動にも影響していることを示唆する。腕の修正運動と眼球運動の潜時の相関は,前者が急速眼球運動と共通の機構で駆動される可能性を示すと考えられた。
井上雅仁,三上章允(京都大学・霊長類研究所・行動発現分野)
複数の視覚刺激から標的となる視覚刺激を選択するときの前頭連合野のニューロン機構を明らかにするために,serial probe reproduction(SPR)taskの反応期の前頭連合野外側部のニューロン活動を解析した。このSPR taskでは,サルは2個の連続して提示された図形刺激を記憶し,その後提示された色刺激に基づいて2個の記憶した図形刺激から1個の標的となる図形刺激を想起し,反応期に提示された3個の図形刺激(array)から標的となる図形刺激を選択し,その標的刺激に対して眼球運動を行わなければならない。前頭連合野外側部から記録した611個のニューロンのうち,74個のニューロンが視覚応答を示した。39個のニューロンがarray選択性を示し,このうち27個のニューロンが標的刺激に依存したニューロン活動を示した。これらのニューロンの多くは前頭連合野腹外側部(VLPFC)から記録された。一方,56個のニューロンがpresaccadic活動を示した。このうち,9個のニューロンは標的刺激に依存した(target-selective)活動を,17個のニューロンは標的刺激と眼球運動の方向の両方に依存した(target- & direction-selective)活動を,23個のニューロンは眼球運動の方向に依存した(direction-selective)活動を示した。VLPFCからはすべてのタイプのニューロン活動が記録されたが,前頭連合野背外側部(DLPFC)からはdirection-selective活動が記録された。これらの結果は,VLPFCは標的刺激を選択する過程に関与し,VLPFCとDLPFCは標的刺激の空間的位置を決定し,眼球運動を実行する過程に関与していることを示唆している。
竹村 文,安部川直稔,河野憲二,五味裕章
((独)産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門・システム脳科学)
腕の到達運動中に,突然,視野が動くと,非常に短潜時で腕の修正運動(視覚誘導性腕応答)が生じる(Saijo et al. 2005, Gomi et al. 2006)。この修正運動は,身体が動いたときに生じる視野のブレをつかって,到達運動を素早く修正し,日常生活において機能的に働いていると考えられる。本研究では,ヒトと同様な視覚誘導性腕応答がサルにおいても生じることを明らかにした。頭部を固定したサルの目の前33cm前に置いたCRTに視覚刺激を呈示し,CRT上の視標に上肢の到達運動を行わせた。視覚刺激は,62º x 50º のGrating pattern(空間周波数0.05c/degと0.2c/deg)を用いた。サルがスイッチを押すと,CRTの中心に赤い視標が呈示され,遅延(800-1,300ms)の後,到達運動の開始を指示する緑に変わった。サルが600ms以内にスイッチを離し,800ms以内にCRT上に呈示された緑の視標に向かって到達運動を行ったとき,報酬としてジュースを与えた。トレーニング中,その試行におけるサルの到達位置と実際の視標との誤差距離が近いほどジュースの量を多くした。到達運動の実験では,MFR課題,ターゲットジャンプ(TJ)課題,コントロール課題を行った。MFR課題では,サルがスイッチを離して約30ms後にGrating Patternを左右どちらかに一定速度で500ms間動かした。TJ課題では,サルがスイッチを離して約30ms後に左右どちらかに視標を7度ジャンプさせた。コントロール課題では,サルの到達運動中,視覚刺激は静止していた。その結果,サルにおいても,明らかな視覚誘導性腕運動が誘発され,その潜時は約60msだった。一方,TJ課題における修正運動の潜時は約100msだった。さらに,視覚誘導性腕運動の時空間周波数特性は,ヒトの特性と似ていた。
山本憲司,ドナホフマン,ピーターストリック
(独立行政法人・放射線医学総合研究所・分子神経イメージング研究グループ,
ピッツバーグ大学医学部神経生物学部)
短期間しか練習していない運動はすぐに忘れる。繰り返し練習した運動は忘れにくい。我々のもつこれら常識は真実ではないかもしれない。3人のヒトと2頭のマカクサルは手首運動用manipulandumのバーを右手で握り動かした。手首の運動方向とカーサーの運動方向は同じだった。被験者はモニター上の中心に提示されるターゲットから周辺8方向のうちランダムに1方向に提示されるターゲットにカーサーを入れるため手首のcenter-out到達運動を行った。ヒト被験者は1.5時間,サルは9年あるいは3年間このタスクを訓練した。訓練後のある日,ターゲットはある一方向へのみ現れた。この間,30試行に10度づつ手首運動の方向とカーサーの提示方向の間に差を作った。30,60,90,120試行で視覚と運動の差は10,20,30,40度になった。各30試行の間に被験者は運動を補正しカーサーをターゲットにいれるように適応したため,最後まで視覚と運動の差は10度程度より大きくなることはなかった。このため,視覚と運動の間に差があることに気づいたヒト被験者はいなかった。サルの適応は7-14日後に92%(9年間訓練したサル)あるいは52%(3年間訓練したサル)残っていた。ヒトは1年後に59-91%の適応が残っていた。これら結果は,視覚と運動の誤差を徐々に与えた場合,9年間行った訓練(〜100万試行)での視覚と運動の関係はたった120試行の練習で変えられ,変えられた関係は永遠に残る可能性があることを示唆する。
伊澤佳子,杉内友理子,篠田義一
(東京医科歯科大学・医歯学総合研究科・システム神経生理学)
動物は興味のある対象物が目の前に現われると,そちらに注意を向けて急速な眼球運動(サッケード)を起こす。サッケードの発現には上丘が重要な働きをしていることが知られているが,上丘から水平性および垂直性眼球運動ニューロンに至る神経回路の詳細は明らかにされていなかった。我々はまず水平眼球運動系において,上丘から外眼筋運動ニューロンに至る神経回路を,ネコin vivo標本での細胞内記録とWGA-HRPのtransneuronal labelingを用いて解析した。その結果,上丘から外直筋運動ニューロンへ至る経路は,従来想像されていた3シナプス性ではなく,対側上丘から傍正中橋網様体(PPRF)を経由する2シナプス性の興奮性経路,同側上丘から傍正中橋延髄網様体(PPMRF)を経由する2シナプス性の抑制性経路であること,またこれらの系の興奮性・抑制性介在細胞の脳幹内分布を明らかにした。また最近,水平眼球運動系で行った解析を垂直眼球運動系に発展させ,垂直眼球運動ニューロン(上斜筋運動ニューロン)にも水平眼球運動系と同様に上丘から2シナプス性の興奮性および抑制性入力があり,それぞれ中脳のフォレル野およびカハール間質核を介していることを明らかにした。これまで水平眼球運動系における抑制性バースト細胞に相当するものが垂直眼球運動系では明らかにされていなかったが,本研究により垂直眼球運動系にも抑制性バースト細胞が存在することが明らかになった。
田中真樹,吉田篤司,國松 淳(北海道大学医学研究科・認知行動学分野)
基底核は大脳からの入力を受けるとともに,その出力の大部分を視床大脳経路に送ることによって,大脳,とくに前頭葉皮質での情報処理を調節している。これに加え,基底核には大脳から送られた信号を上丘につたえるフィードフォワード経路の存在も知られており,眼球運動系では主として後者の機能が調べられてきた。最近の研究により,眼球運動の随意性調節に視床大脳経路が関与することが示唆されており,それらの研究の一部を簡単に紹介する。
①代表的な基底核疾患であるパーキンソン病では自発的に運動を開始することが困難になることが知られており,こうした機能には基底核−視床大脳経路が関与すると考えられる。視覚刺激提示後,一定のタイミングで眼球運動を行なうようにサルを訓練し,視床を不活化したところ,反対側にむかうサッカードの開始が遅れ,視床の信号が眼球運動の発現に重要であることが示された。
②日常生活の中では一定の刺激に対する反応を状況に応じて変化させる必要があるが,その神経機構を調べるための眼球運動課題としてAntisaccade課題がよく知られている。固視点の色によって視標に対する運動方向(AntisaccadeとProsaccade)を切り替えるようにサルを訓練した。要求された課題の種類によって活動を変化させるニューロンが淡蒼球と視床から多数記録され,前者の不活化によって課題の成功率が低下した。上丘ではAntisaccadeの際に神経活動が減弱することが知られているが,これらの部位では神経活動の増大がみられ,基底核の眼球運動信号の一部は視床を介して大脳皮質に送られていると考えられる。
三浦健一郎1,2,田端宏充1,河野憲二1
(1京都大学・医学研究科・認知行動脳科学,2京都大学・ナノメディシン融合教育ユニット)
追跡眼球運動の開始部は追跡視標の視覚刺激としての特性(外的な要因)や追跡を始める前の先行条件(内的な要因)の影響を受ける。本研究では,視標の視覚刺激としての特性と視標追跡の先行条件がヒトの追跡眼球運動の開始部に与える影響について,より詳細に調べることを目的としていくつかの実験を行った。実験課題には,全ての実験に共通して,追跡眼球運動研究で良く用いられる実験課題(静止視標を注視した後,一定速度で動く視標を追跡するという課題)に一工夫加えたものを用いた。視標(ここではランダムドットパッチ)が一定速度で動き出す直前に,視標を短時間,左右に動かした(三角波,10Hz,一周期,±20deg/s)。視標をこのように一過性に動かすと,それに応じて一過性のステレオタイプな眼球運動反応が起こる。この反応の波形を解析することで,追跡眼球運動システムの特性(遅延やゲイン)を明確に反映した特徴を抽出できる。この実験課題を用いて,視標サイズと視標コントラストといった視覚刺激特性の影響,追跡視標をその動き出しに先行して呈示するか否かといった先行条件の影響について調べた。その結果,①視標サイズが大きくなるにつれて眼球運動反応が早く大きくなる,②視標コントラストが高くなるにつれて反応が早く大きくなる,③追跡視標をその動き出しに先行して呈示した時には,動き出す直前に呈示される時よりも反応が大きくなることがわかった。この結果は,追跡眼球運動を起こす時の視覚―運動変換の遅れ(システムの遅延)は視覚刺激の特性によって決まり,視覚―運動変換の効率(システムのゲイン)は外的な要因と内的な要因の両方によって決まることが示唆する。
中村加枝(関西医科大学 第二生理学教室)
報酬の期待量や得られる確からしさは,我々の行動決定の重要な要素である。近年の神経生理・行動薬理学実験によって,期待報酬量により行動の選択や運動の速さが変化する神経メカニズムが基底核線条体とドパミンの作用を中心として明らかにされ,さらにreinforcement learning(RL)による計算論の適応も成功した。しかし,この基底核線条体とドパミンを主体とした既存のRL理論には限界がある(Doya 2002; Daw et. al., 2002)。たとえば,単純なRL理論では,行動を起こしてその直後に報酬を得る,という単発的な状況に適用できるが,現実の世界では,報酬が行動の後ある期間待ってから得られる場合が少なくない。この待ち時間は報酬を得るためのコストといえる。このコストと報酬の情報が脳内のどのような神経メカニズムで表現され,行動に影響を及ぼしているのかほとんど分かっていない。
近年の動物実験とヒトを被験者とした非侵襲的画像診断により,セロトニンが従来のRL理論では説明しきれない長期的な報酬予測に関係している可能性が指摘された。セロトニン欠乏状態にある被験者や動物が,コストと報酬の両方を考慮して行動を選択する課題において,適切な行動の選択が障害されることが報告された(Rogers et al. 1999; Mobini et al., 2000 Wogar et.al 1993)。また,被験者が長期的な報酬を予測する場合にセロトニン放出細胞がある縫線核の周囲の活動が高まった(Tanaka et al., 2004)。しかし,同じ課題,同じ個体で,ドパミンとセロトニンニューロンの発火パターンを比較する必要がある。
我々は,与えられる報酬量を操作した眼球運動課題である1DR(one-direction rewarded)saccade taskを試行中のサルの黒質緻密部ドパミンニューロンと脳幹の縫線核から単一細胞外記録を行い,両者の発火パターンには大きな違いがみられることを確認した。
(1) タスク関連性:ドパミンニューロンは例外なくターゲットのオンセットに反応するが報酬そのものには反応しない。一方,縫線核ニューロンは報酬の後に発火することが多かった。
(2) 報酬関連性:ドパミンニューロンは例外なく多くの報酬が期待できるターゲットのオンセットに反応するが,縫線核ニューロンは多くの報酬に選択的なもの,少ない報酬に選択的なもの,さらにどちらにも選択性のないもの3分の1ずつ見られた。
(3) 発火パターン:ドパミンニューロンは例外なく短期間の発火パターンで発火するが,縫線核ニューロンは規則的でときには2秒以上も続くtonicな発火パターンが典型的であった。
以上より,縫線核ニューロンも報酬の情報処理にかかわっているが,ドパミンとは異なるメカニズムによることが予測された。
長谷川良平(産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門)
動眼系をモデルにした研究によって「どの方向に眼を動かすか」というような,何らかの行動を起こすための意思決定に関わる脳内機構の研究が進んできた(例:Hasegawa et al.J Neurophysiol 1998, 2000)。その一方,「ある方向へは眼を動かさない」というような,特定の行動を抑えるための意思決定もしばしば必要となるが,その脳内機構に関しては不明な点が多い。そこで本研究では特定の行動の抑制を誘導する空間的非見本合わせ課題を考案し,従来的な特定の行動の実行を誘導する空間的見本合わせ課題とペアでサルに訓練した(Hasegawa et al. Neuron 2004)。課題遂行中のサルの前頭眼野およびその周辺領域からニューロン活動を記録した結果,見本合わせ課題で特定方向の眼球運動の準備に関わるときに活動するニューロン(“Look neuron”)のみならず,非見本合わせ課題で特定方向への眼球運動を抑制しなければならないときに活動するニューロン(“Don’t look neuron”)を発見した。これらの結果から,前頭眼野およびその周辺領域が,特定の不適切な行動を抑えることに関わっていることが示唆された。
杉内友理子,伊澤佳子,高橋真有,篠田義一
(東京医科歯科大学・医歯学総合研究科・システム神経生理学)
上丘は,従来,サッケードの発現に関与することが知られているが,近年,上丘頭側部には,固視に際して活動し,サッケードの間に活動を休止するニューロンが存在することが知られるようになり,上丘頭側部に固視機能が存在し,尾側部のサッケ−ド領域と異なる機能をもつことが提唱されるようになった。しかし最近,この考え方に否定的で,「頭側部に固視領域は存在しない」とする報告がなされ,この考えが主流となりつつある。サッケードのトリガ−神経機構のメカニズム解明にあたり,この問題の解決が重要と考えられる。もし,上丘の頭側部と尾側部に,異なる機能を持ったシステムが存在するのであれば,それぞれの部位から脳幹のsaccade generatorへの結合のしかたは異なると考えられる。そこで本研究では,上丘頭側部と尾側部から,脳幹のsaccade generatorへのシナプス入力の性質を解析し,さらに上丘頭側部の固視領域にある細胞の,交連性入力および出力の性質について解析し,上丘頭側部の機能の特殊性を裏付けた。
平田 豊(中部大学工学部情報工学科)
Pablo M. Blazquez,Stephen M. Highstein
(Washington University School of Medicine, Vestibular Research Lab.)
リスザルの短期的(〜3時間)水平方向前庭動眼反射(VOR)運動学習中,小脳片葉Purkinje細胞から連続的に単純ならびに複雑スパイクを計測した。従来,複雑スパイクを発生させる感覚刺激として考えられている網膜像のスリップに対する応答から,これらの複雑スパイクは3つのタイプに分類できた。そのうち最も多かったものは,電位記録側と対側方向に生じる網膜像スリップに対して発火確率を増すものであった。これらの複雑スパイクは,同側に生じる網膜像スリップに対しては逆に発火確率を減少させた。こうした網膜像スリップの方向変化に対し,複雑スパイクは非常に敏感に発火確率を変化させた。VORのスピード増加ならびにスピード減少学習中,網膜像スリップの量は学習進行に伴い徐々に減少したが,これらの複雑スパイクは,いずれの学習時にも,その発火確率を殆ど変えなかった。以上の結果から,小脳片葉Purkinje細胞複雑スパイクは,VORパフォーマンスの誤差の向きを高感度でコードし,その量に関しては殆ど情報を持っていないことが示唆された。また,これらの複雑スパイクは,暗所での頭部運動負荷時にも発火確率を変化させることが確認され,網膜像スリップ以外の情報もコードしているようであった。情報理論の適用により,これらの複雑スパイクは,眼球運動に関する情報をコードしていることが示唆された。
高橋俊光,茂泉俊次郎,奥住文美,斎藤史根,北澤 茂
(順天堂大学大学院・医学研究科・神経生理学)
Morroneら(2005)は,サッケード開始直前に50msの時間差で提示された2つの視覚刺激の時間順序判断が逆転することを報告した。我々は,サッケードが皮膚刺激の時間順序判断にも影響を与えるのかどうかを調べた。右利き被験者(5名)に対し,固視点が消えると同時に提示される目標に向かって24度の振幅の右向きサッケードを行うとともに,サッケード前後の様々なタイミングで左右の手に加えた皮膚刺激の順序を判断するように求めた。手は水平方向のサッケードに対して中立の位置になるように,正中矢状面内で左手を右手の上20cmの高さに置いて刺激した。サッケード開始から100ms以上経過した後に皮膚刺激を加えた場合には,上(左手)が先という判断の確率は刺激時間差に対してシグモイド曲線で近似され,刺激時間差50msに対する正解率は約75%だった。しかし,サッケード開始直前の100ms以内に刺激が加えられた場合には,判断の曲線はN-字状となり,刺激時間差50msに対して判断が逆転する傾向を示した(正解率45%)。これらの結果はサッケード直前の時間順序判断の逆転効果は皮膚刺激の時間順序判断にも及ぶことを示す。サッケードに関する情報と視覚,触覚の信号が収束する領域が時間順序判断に関与していることが示唆された。
村田 哲 石田裕昭(近畿大学・医学部・第一生理)
身体意識は,自己の認識,他者の認識のベースになっていると考えられている。頭頂連合野の障害では,身体失認,身体部位失認,運動の主体の認識の障害など身体に関わる症状が知られており,また神経生理学的にいくつかの視覚や体性感覚などの多種感覚領域が知られている。頭頂葉のこれらの多種感覚領域が身体感覚に関わる領域であると思われる。我々は現在,頭頂葉を中心に,身体や身体表現に関わるニューロン活動を記録している。とくに,我々は感覚運動制御に関連する領域が体性感覚と視覚,運動の遠心性コピーを統合し,自己の運動の主体の認識に関わると考えている。我々の実験では,頭頂葉のPFG野のニューロンが手の運動に関わる活動を示すが,これらのニューロンの一部には自己の運動の動画を観察しているときに反応するものが見つかり自己の運動の主体の認識に関わると推測される。またこれらのニューロンの一部は,腹側運動前野や下頭頂小葉のPFG野で記録されているミラーニューロンの性質を示した。一方,脳内には自己とともに他者の身体像も表現されていると考えられる。こうした他者身体像は,自己の身体像の上にマップされていると推測する。最近,我々は多種感覚領野の一つであるVIP野やPFG野において自己の身体と他者の身体の両方に関連するニューロン活動を記録した。自己と他者の区別,及び自己と他者の身体像の比較に関連した脳内システムについて頭頂葉を中心に考察する。
鴻池菜保,宮地重弘(京都大学霊長類研究所 行動神経研究部門行動発現分野)
運動リズムの制御の脳内機構を明らかにする目的で,一定のリズムで点滅するボタンを押す課題をサルに訓練した。これは,ヒトの心理実験で用いられるリズム同期タッピング課題をサル用に改変したものである。ボタン点滅のパターンは①ランダム,②等間隔リズム(750, 1000, 1500ms),③3分の2拍子(750/1500ms=1:2間隔),④変則3分の2拍子(750/1000ms=1:1.33間隔)の4条件である。また,それぞれについてボタン点灯とともにブザー音が鳴る「音あり条件」と,点灯のみの「音なし条件」がある。刺激呈示からボタン押しまでの反応時間に注目して行動学的解析を行った。750ms/1000msの「等間隔リズム条件」での反応時間は「ランダム条件」と比較して非常に短く,一方,1500msでは反応時間は短縮しなかった。「音あり条件」では,「音なし条件」と比較して反応時間が短縮していた。また,「規則的な3分の2拍子」は「変則3分の2拍子」と比較して,より忠実にリズムを再現できた。これらの結果より,①サルは,少なくともインターバル1秒以下の等間隔リズムを学習できる,②聴覚刺激がリズム運動を容易にする,③長さの異なるインターバルを含むリズムでは,含まれるインターバルの長さが整数比である「規則的リズム」の場合,「変則的リズム」に比べ,再現が容易であることが示唆された。
櫻田 武1,2,五味裕章2,伊藤宏司1
(1東京工業大学・大学院総合理工学研究科・知能システム科学専攻・伊藤宏司研究室
2NTT コミュニケーション科学基礎研究所・人間情報研究部・感覚運動研究グループ)
日常生活における運動では,左右の指を協調的に動作させる場合が多い。このような左右両側の体部位を用いた運動は,それぞれの制御器である脳半球間における情報処理系を考える上で重要な課題である。本研究ではこのような協調運動制御メカニズム解明を目指し,左右の人差し指による同相と逆相のリズム運動により検証を行った。実験課題において,被験者の正面に置かれたモニター上には,上下に配置された二点のターゲットと被験者の左指位置を示すカーソルが提示される。このターゲット間を結んだ直線軌道を運動目標とし,一定のリズム(0.5Hz)で両指運動を行った。運動中,モニター上の左指カーソルの振幅を変化させる課題と,左人差し指への力場課題により,モニター上の運動誤差に対する適応課題を設定した。結果から,振幅変化課題において同相運動では対側への強い影響を及ぼし,逆相運動では対側への影響を比較的抑えられていることが確認された。また,力場課題では対側への影響が見られなかったことから,これら左右間の相互関係を生み出す運動情報として運動部位の体性感覚情報が強く働いていることが示唆された。次に,腕姿勢による左右協調性への影響を検証するために,異なる指先間距離において同様のモニター上の振幅変化に対する適応課題を行った。結果から,より指先間距離が近いほど対側への影響が強くなるような,協調関係に関する空間特性が確認された。これは腕姿勢などの内因的な座標系で表現された情報が協調運動制御系に影響を与えていることを示すとともに,左右の運動部位間の距離変化という点から,外部座標系で表現された情報が協調運動制御系を修飾している可能性を示唆している。
中塚晶博,美馬達哉,福山秀直
(京都大学医学研究科付属 高次脳機能総合研究センター)
【目的】3種類の異なる運動タスクを用いた選択反応時間課題において,運動開始前にM1に与えられたTMSのvirtual lesion効果の違いを検討する。
【被験者】6人の正常な右利き成人
【方法】被験者は右手の第2〜5指を用いて,スクリーンの中央にランダムに5−7秒おきに呈示される3種類のCueに従い,それぞれのCueに対応したタスクを可能な限り迅速に行う。タスクの内容は,第2指(示指)でキーを一回押す(simple),第2指でキーを4回押す(repetitive),第2指→第4指→第3指→第5指の順でキーを押す(sequential),の3種類である。
Cueの呈示後100ms,200ms,300ms,400ms,あるいは500msのタイミングで,左M1領域にTMSを1回与え,反応時間と誤答率を計測する。
【結果】TMS刺激を行わない場合の平均反応時間は,simple課題で480ms,repetitive課題で550ms,sequential課題で530msだった。反応時間の延長は,300-400msで認められ,simple課題では10%,repetitive課題では3%,sequential課題では9%だった。
【考察】repetitive課題においては,他の2つの課題に比べ,TMSによる反応時間の延長効果が小さかった。この結果から,repetitiveな指の動きは,simpleあるいはsequentialな動きに比べ,M1領域へのTMSの介入に対し抵抗性を有する可能性が示唆された。
廣瀬智士1,2,羽倉信宏1,2,松村道一1,内藤栄一3,4
(1京都大学大学院人間・環境学研究科 2日本学術振興会 3ATR 4NICT)
我々がある視覚対象に対して運動を行おうとしたとき,運動に先立ってその運動が可能か否かを判断することができる。これは,運動の対象の情報(e.g.位置,大きさ)と,自己の運動可能範囲(e.g.片手ではどの程度の大きさのものをつかめるか)を比較することで実現されていることが知られている。本研究では,視覚対象と自己の手運動の運動可能範囲が脳内でどのように比較されているのかを,心理物理学的手法および脳機能画像法(fMRI)を用いて調査した。17名の右利き被験者が実験に参加した。心理物理実験では,被験者は自己の右手のライブ映像と同時に手の前に呈示される様々な大きさの箱の映像を見て,呈示された箱が右手で掴めるか否かを判断する課題を行った(運動判断課題)。また統制課題として,被験者は同じく自己の手と箱を見るが,握った手と箱の視覚的な大きさを比較する課題を行った(視覚判断課題)。運動判断課題では運動可能範囲と対象の大きさの比較が必要となるが,視覚判断課題ではその必要はない。被験者の両課題での判断のばらつきを比較すると,運動判断課題の方が視覚判断課題よりも有意にばらつきが大きくなることが分かった。これは運動判断課題において,単なる大きさの比較ではなく,自己の関節可動域から計算された運動可能範囲と対象の大きさとを比較していたことを示唆する。fMRIを用いて両課題で被験者の脳活動を測定すると,背側運動前野前部領域が運動判断課題で特異的に活動することが分かった。さらに,この領域の活動は各被験者の運動判断課題時の応答時間と有意な正の相関を示した。これらの結果から自己の運動可能範囲と対象の大きさの比較には背側運動前野前部領域が関与することが分かった。この比較計算によって,我々は実際の運動に先立って様々な運動プログラムの持つ運動可能範囲と視覚対象の関係性を理解し,その状況に適した運動プログラムを選択することができると考えられる。
武井智彦,関和彦
(京都大学大学院人間・環境学研究科/
自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達機構研究部門)
我々人間は手先を器用に使って,物を握ったり操作したりすることが出来る。このような把握運動を制御するためには,視覚や体性感覚の情報に基づいて適切な運動指令を作り出し,それにより39種類にも及ぶ手の筋活動の時空間パターンを生成することが必要である。従来,サルの単一ニューロン活動記録や脳機能イメージングなどの研究によって把握運動に関わる大脳皮質や小脳の機能的役割が詳細に調べられてきた。しかしこれらの神経機構によって作られた運動指令は,脊髄へと送られた後でどのような感覚および運動情報の処理が行われて最終的な筋出力が実現されているのかは全くの不明であった。脊髄に存在する介在ニューロンには,大脳皮質,脳幹などの運動中枢からの下降性運動指令と末梢からの求心性感覚入力が収束しており,これらの情報が統合されて脊髄運動ニューロンへの出力が行われていることが知られている。つまり脊髄介在ニューロンは,中枢神経機構における最終的な運動指令決定の座であると考えることができる。そこで我々は,脊髄介在ニューロンが把握運動中にどのような活動を示しているのか,それらがどのような下降性・求心性の入力を受けて運動ニューロンへの出力を行っているのかを明らかにすることで,把握運動における脊髄での感覚運動処理の機構を明らかにすることを研究の目的としている。現在まで,把握運動中のサルの頸髄から単一神経活動を行った結果,1) 把握運動の様々な局面で活動の変化を示す神経細胞が存在すること,2) 一部の神経細胞は運動ニューロンへの投射を持ち筋活動の制御に関わっていることが明らかとなった。これらの結果は,脊髄神経機構が把握運動制御における感覚運動処理に関与していることを示唆するものである。今後,電気刺激の手法を導入することで脊髄神経細胞の入出力パターンを同定し,把握運動の制御における脊髄神経機構の役割を明らかにすることを計画している。
谷合由章,西井淳(山口大学大学院 理工学研究科 自然科学基盤系専攻)
ヒトの上肢到達運動の軌道を決定する最適化規範に関する計算論的研究の多くは,1秒程度までの比較的短い運動時間の運動軌道に注目して行われてきた。このような運動における手先の速度波形はベル型の形状をとる,すなわち運動の開始後なめらかに増加し,運動時間の約半分で最大となり,その後なめらかに減少していくことが知られている。一方,運動時間が1秒を越える到達運動の場合は,手先の速度形状がやや台形になることが多く,その最適化規範の検討は行われてこなかった。そこで本研究では,さまざまな運動時間における上肢到達運動に関して,生体ノイズの影響下で総消費エネルギーの期待値を最小とする運動軌道を求め,その結果を計測実験によるヒトの到達軌道と比較した。その結果,運動時間が長くなるにつれて,いずれの速度波形もベル型から台形型になることがわかった。すなわち本研究結果は,ゆっくりとした到達運動も速い運動と共に消費エネルギー最小化基準によって説明可能であることを本研究結果は示唆している。
坪井史治1,西村幸男1,3,斎藤紀美香1,高橋雅人2,伊佐正1,3
(1自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達機構研究部門,
2杏林大学・整形外科学教室,3科学技術振興機構・CREST)
霊長類の皮質脊髄路(CST)は脊髄運動ニューロンに直接結合があり,それが手指の巧緻性を支えていると考えられている。またネコ・霊長類において,第3-4頚髄(C3-C4)に細胞体を持つ脊髄固有ニューロン(C3-C4 PN)が存在し,CSTからこのC3-C4 PNを介して脊髄運動ニューロンへ投射する間接経路がある。
本研究では,マカクサルにおいてC3-C4 PNが霊長類でのみ観られる精密把持のような手指の巧緻運動に関与しているか検討するために,①C3-C4 PNを介する間接経路を残し,更にCSTから脊髄運動ニューロンへの直接結合を遮断するために,手指の脊髄運動ニューロンがある髄節の吻側のC4とC5境界でCSTが通る脊髄背側側索部を切断したサル(C5 lesion, N=2)と,②C3-C4 PNを介する間接経路を遮断するために,その吻側のC1とC2の境界でCSTを切断したサル(C2 lesion, N=2)で精密把持の回復過程を比較した。
C5 lesionは切断後2ヶ月以内で精密把持の成功率は切断前の水準にまで回復した。一方,C2 lesionでは切断後4ヶ月経っても切断前の40%の水準までしか回復しなかった。更にC5 lesionでは個々の指の独立した運動が回復したのに対し,C2 lesionでは回復が観られなかった。
これらの結果は,CST切断後の手指の巧緻性の回復に,C3-C4 PNを介するCSTから脊髄運動ニューロンへの間接経路が関与していることを示唆している。
齋藤紀美香1,西村幸男1,3,大石高生1,2,伊佐正1,3
(1生理学研究所・認知行動発達機構研究部門,2京都大・霊長類研究所・器官調節分,
3科学技術振興機構・CREST)
これまでの一次運動野(M1)における手指制御領域から脊髄への軸索投射の研究の多くは,白質での軸索走行の分布や灰白質内への投射分布を定性的に解析しているに過ぎなかった。本研究では2頭のアカゲザルで,M1の手指制御領域に感度の高い順行性神経トレーサーであるbiotinylated dextran amine (BDA)を注入し,それによってラベルされた軸索のC1-Th2レベルにおける脊髄内分布の定量的解析を行った。
BDAでラベルされた皮質脊髄路(CST)の軸索は,C2-T2において93±6%が注入部位と対側の脊髄の背側側索に分布し,それに対して同側では4.2±4.0%分布していた。また同側の腹側前索では2.8±2.6%分布していたが,対側では確認されなかった。後索では両側ともにラベルされた軸索を確認できなかった。
CSTは全ての脊髄分節において,主に対側の脊髄灰白質のVII層に終止していた。また頸髄膨大部C6−T1においてはIX層に終止する軸索が確認された。同側の灰白質においては,軸策の分布は髄節により異なり,C1-C4ではVII層に多く,C5-Th1ではⅧ層に多くみられた。更に頸髄膨大部(C6-C8)では対側の背側側索を通り脊髄中心管を越えて,BDA注入側に対して同側のVII-IX層に終止するものが多く確認された。同側の脊髄に投射する軸索は,対側背側側索,同側背側側索,同側腹側前索を通るものが確認された。
このような片側のM1から脊髄への両側性の投射は,CST損傷後の機能回復過程に重要な役割を果たす可能性が示唆された。
荒牧 勇1,2 定藤規弘1
(1情報通信研究機構 バイオICTグループ 計算神経サブグループ
2自然科学研究機構生理学研究所)
「両手鏡像運動は片手運動のように1ユニットとしてプログラムされている」という仮説を支持する行動実験は多い。一方で,脳活動からこの仮説の補強に成功した研究はない。
両手運動を対象とした脳イメージング研究は「到達運動」や「周期運動」などを対象として数多く報告されているが,その殆どは「両手非鏡像運動は鏡像運動よりも困難であるため,ある脳部位の活動が大きい」という結論にとどまっている。その理由として,運動プログラムの問題を扱うならば,運動パラメータの初期入力過程が反映されるであろう「開始時」の脳活動に注目するのが効果的であるにもかかわらず,(1) 到達運動研究では運動の「開始」と「持続」に関わる脳活動が区別しにくいこと,(2) 周期運動研究では運動の「持続」に関わる脳活動に注目し,「開始」に関わる脳活動は無視していたこと,さらに (3) 冒頭の仮説を検証する上でもっとも重要な片手運動との比較が行われていないこと,等が考えられる。
本研究では,fMRIを用いて周期運動の「開始」と「持続」に関わる脳活動を分離し,両手鏡像運動,両手非鏡像運動,片手運動の比較を行った。注目する脳部位は,パーキンソン氏病患者に歩行の開始障害が観察されることから大脳基底核とした。
すべての条件で運動開始時には被殻吻側に,持続時には被殻尾側に賦活が確認された。また,運動開始時の被殻吻側の賦活は,両手鏡像運動において両手非鏡像運動よりも顕著に小さかった。さらに,両手鏡像運動での同部位の賦活量は,両手運動であるにもかかわらず,片手運動時の賦活量と同程度に過ぎなかった。この結果は,両手鏡像運動では左右の同名筋に対して同じ運動パラメータが利用できるため,運動開始時のパラメータ初期入力にかかる負荷が両手非鏡像運動よりも著しく減少することを示唆しており,両手鏡像運動が1ユニットとしてプログラムされているという仮説を強く支持する。
戸松彩花,筧 慎治
((財)東京都医学研究機構・東京都神経科学総合研究所・認知行動研究部門)
両手をリズミカルに動かす場合,動作は左右対称になり,非対称動作は行いにくい。しかし,左右非対称動作を行いながら,あたかも左右対称動作を遂行しているかのように感じられる視覚情報が得られると,動作の正確性が増す。このような視覚情報とともに左右非対称動作を遂行するときの脳活動を,fMRIを用いて検証した。
被験者はfMRI装置内で両手の位相ずれが90度になるように,両手によるタッピングを行った。このとき左右それぞれのタッピングに応じて,コンピュータ画面の中で左右2つの光点が動いた。要求された動作が正確に行われると2つの光点の位相ずれが90度になる条件(以下FB90条件とする)と,位相ずれが0度(=左右対称)になる条件(FB0条件)を設けた。
この実験より導かれた結果および考察は以下の通りである。(1) FB90条件では一次感覚運動野,補足運動野,視覚野,小脳下部の活動が認められた。(2) FB0条件では一次感覚運動野,背側運動前野,頭頂連合野,島皮質の活動が認められた。 (3) FB0条件ではFB90条件よりも島皮質の活動が有意に減少した。補足運動野は記憶誘導性の運動遂行に関わると報告されており,一方,運動前野は視覚誘導性の運動で活動が報告されている。つまり,FB0条件では,視覚フィードバックを用いて運動したにもかかわらず,通常の視覚誘導性運動として処理されなかったことになる。また,島皮質は多数のモダリティを統合する座といわれていることから,FB0条件では,視覚情報と固有感覚情報をともに参照(=感覚情報統合)しながら現行の運動を修正する一連のフィードバックループの情報処理負荷が軽減していたことが示唆された。
阿部十也1,美馬達哉1,福山秀直1
(1京都大学医学研究科付属高次脳機能総合研究センター)
【目的】rTMSは脳可塑性を誘導し,運動異常症,うつ病などの治療として応用されているが,その作用機序は明らかでない。我々は水分子拡散運動を測定するMRI拡散強調画像(DWI)を用いて低頻度rTMSによる脳内変化を検討した。
【方法】健常人7人に対して左一次運動野に安静時運動閾値下の強度で10分間,1HzのrTMSを行った。刺激前,直後,10,20分後にDWI画像と運動誘発電位(MEP)を記録した。DWI信号変化(ADC値)はSPM2で評価した。
【結果】刺激直後にMEP振幅の減少が認められ,MRIでは,両側一次感覚運動野,前頭前野,運動前野でADC値増強が認められた。
【結語】DWIの信号変化はrTMSによる神経ネットワークの可塑性変化を表している可能性がある。
門田浩二1,五味裕章1,2
(1JST-ERATO下條潜在脳機能プロジェクト,2NTTコミュニケーション科学基礎研究所)
我々が活動する環境には多様な変動が含まれているにもかかわらず,我々は特に強く意識することなく日常的に安定した運動を行っている。このことは身体運動を制御している感覚−運動システムに,種々の変動を補償する自動的かつ高速の処理機構が備わっていることを示唆している。例えば,到達運動中に突然ターゲットがジャンプしたり視野背景が移動すると,ごく短潜時(>170ms)で腕の運動軌道が修正されることが知られている。この運動応答は意図的な制御を必要としない反射的なものであるが,両者の応答の違いは十分に明らかにされていない。そこで本研究では,到達運動中のターゲットジャンプおよび視野背景運動が引き起こす運動応答(TJR,MFR)の特性を幅広い年齢層で比較検討し,応答特性の差異からそれぞれの応答の生成メカニズムを検討した。その結果,TJRとMFRのどちらの応答においても応答規模と年齢との間には関係性が認められないこと,さらに高齢者(〜79歳)においても応答潜時の大幅な遅延は生じないことが明らかとなった。つまり,これまでに数多くの運動で報告されているような,加齢による低速化はMFRやTJRのような短潜時の運動応答に必ずしも当てはまらないことが示された。さらに,すべての年齢層においてMFRの応答潜時がTJRよりも短いことが明らかとなった。これはMFRの運動指令の生成がTJRと比較して情報処理の負荷がより少ない単純な系が担っている可能性を示すものと考えられる。
木村聡貴1,五味裕章1,2
(1NTTコミュニケーション科学基礎研究所・人間情報研究部,
2JST・ERATO下條潜在脳プロジェクト)
運動中の反射ゲインは遂行する課題や環境に応じて機能的かつ予測的に調節されることが知られている。しかしながら,そのような調節がどういった神経メカニズムで実現されているのかについては不明な点が多い。そこで本研究では,この問題に迫る端緒として,伸張反射調節に対する大脳一次運動野(M1)の関わりについて検討した。被験者はマニピュランダムを用いて既知の力場(左右いずれかの方向への一定力,運動後半に設けた)に対する腕運動を行った。腕が力場に至る前に機械摂動を与えたところ,誘発された肩筋群の反射応答の大きさは力場方向に応じて変化した。すなわち,力場環境に対する予測的な反射ゲイン調節が観察された。しかしながら,反射処理が行われる時間帯(摂動から反射が生じるまでの時間帯)のM1活動が乱されるように経頭蓋磁気刺激(TMS)を摂動に先行して加える(厳密には,TMSによって筋に生じる筋活動停止区間(サイレントピリオド,M1抑制性介在ニューロン活動が起源と考えられている)がこの時間帯にオーバーラップするようにTMSを加える)と,反射応答自体は残るにも関わらず,反射ゲインの変化(反射ゲイン調節)は減弱した。この反射調節の低下は,TMSによって生じる末梢性の影響(筋収縮,あるいはそれに伴う筋紡錘感度の変化)では説明できないことを追加実験により検証した。したがって,反射調節の低下は,主にTMSによるM1介在ニューロン網活動の変化に起因すると考えられた。以上の知見より,M1介在ニューロン網は,反射生成というよりむしろ,環境に応じた予測的な反射ゲイン調節に関与していると示唆された。
角田吉昭,筧 慎治(財)東京都神経科学総合研究所・認知行動研究部門)
小脳皮質プルキンエ細胞は手首運動中に複雑スパイクを発射する。その発火頻度は約1Hz程度と非常に低い。例えば手首を屈曲する運動の間に発火するとは限らない。低頻度の発火にも関わらず,複雑スパイクが手首運動開始時のタイミングに発火確率が上昇することが報告されてきた。我々は,運動開始時の複雑スパイクが空間,関節,筋肉座標系のどの座標系で運動をコードしているか調べた。サルに8方向への手首運動を3つの前腕姿勢で行わせ,その際の小脳プルキンエ細胞の活動を記録した。Mano等の報告と同様に運動開始時に複雑スパイクの発火頻度の上昇が確認された。複雑スパイクの活動を運動開始時刻と運動開始指示時刻との2つのタイミングでそれぞれ揃え,活動を比較した。その結果,発火は運動開始を指示する視覚刺激の変化よりも,運動開始時刻に相関が強いことが示された。さらに,複雑スパイクの発火頻度の方向選択性を調べ,最適方向を計算した。前腕姿勢を回内位から回外位に変化させたとき,最適方向が回転する細胞が存在した。最適方向の回転角度は180度より小さく,筋肉座標系に分類された。これらの結果は,複雑スパイクが運動開始時に筋肉座標系で運動をコードしていることが示唆された。
肥後範行,村田 弓,大石高生,山下晶子,松田圭司,林 基治
(産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門・システム脳科学研究グループ)
マカクザルの第一次運動野手領域をイボテン酸により不可逆的に破壊した後,積極的な運動訓練を行わせるグループと行わせないグループに分け,運動機能の回復過程を比較した。訓練群では,小さい球状の物体を円筒状の窪みから取り出す把握運動課題を1日1時間,週5日行わせた。これらの個体では損傷直後は重篤な運動麻痺があるものの,その後把握課題の成功率が一時的な下降を伴いながら徐々に上昇し,1−2ヶ月の訓練期間を経て損傷前と同程度にまで回復した。課題遂行時の手指の動きを解析したところ,課題成績の変動にともなって,把握方法の変化が見られることが明らかになった。すなわち,回復の途上では指の独立した動きが不十分なため手掌全体を用いた把握を行っていたが,指の動きの自由度の回復にともなって拇指と示指を対立した精密把握への切り替えが見られるようになった。損傷後に把握運動訓練を行わせなかった個体群においても,課題成績の回復が見られたが,損傷後数ヶ月経った後も成績は損傷前よりも有意に低かった。非訓練群では損傷後数ヶ月の時点においても手掌全体を用いた把握が多く見られ,精密把握はほとんど見られなかった。以上のことから,第一次運動野損傷後の精密把握の回復には積極的な把握運動訓練が必要であると考えられる。さらに,第一次運動野損傷後の機能回復の背景となる神経回路の再組織化を明らかにするため,神経回路の変化にかかわる遺伝子発現に着目した。第一段階として,軸索終末に存在する神経成長関連タンパクであるGAP-43の,運動関連領野におけるmRNA発現を調べた。組織化学的解析の結果,運動前野腹側部の錐体細胞において,GAP-43mRNAの発現亢進が見られることが明らかになった。この結果は,第一次運動野損傷後に,運動前野腹側部からの投射終末において構造変化が生じた可能性を示すものである。
春野雅彦(ATR脳情報研究所 計算神経生物学研究室 室長代理)
スポーツや道具使用などの日常行動において,手足の力出力とスティッフネスを巧みに制御することが求められる場面が多い。我々が筋の冗長性により力出力とスティッフネス制御を独立にしかも容易に行えることは脳においても両者は部分的には別々に表現されていることを示唆する。我々は手首のisometric課題を用いてこの仮説を検証するfMRI実験を行った。
FORCE条件では被験者は左右ランダムに提示されるターゲットに合わせて3秒間左右に力を出力することを求める(手首は動かさない)。1回のFORCE条件は10回の試行を含み,その間被験者の主動筋と拮抗筋からEMGを同時計測する。続くCOCONTRACT条件ではFORCE条件における主動筋と拮抗筋の平均EMGの和をターゲットとして,主動筋と拮抗筋の同時活性を行ってもらう(手首は動かさない)。FORCE条件と同様に1回のCOCONTRACT条件は10回の試行を含む。全体の課題はREST, FORCE, COCONTRACTを8回繰り返すものである。課題のデザインからFORCE条件とそれに続くCOCONTRACT条件では平均の意味での筋活動は同じであり,両条件では視覚刺激も同じである。また,被験者は撮像の前に外部で十分な課題練習を行ったので,撮像中に学習効果や条件間のパフォーマンス差は見られなかった。
この課題を遂行中の14名の被験者に対してMRIの撮像を行った。解析はFORCE条件中の力,COCONTRACT条件中のEMGの和とBOLD信号が有意に相関する脳の部位をSPMにより探索した(P<0.001, uncorrected)。その結果,FORCE条件では背側運動前谷の後部,COCONTRACT条件では腹側運動前野の活動が見られた。それに対してMIは両条件で共通の活動を示した。これらの結果は我々の仮説を支持するものである。
関 和彦,武井智彦(自然科学研究機構・生理学研究所・認知行動発達機構研究部門)
動物は,自分をとりまく外部環境に関する必要な情報を得るために運動を行う。随意運動によって目的としている外部環境に到達し,その情報を感覚受容器を用いて抽出し,中枢神経系によって認知されるのである。その際,感覚情報の抽出は動的な運動の最中になされており,さらに末梢感覚受容器からの情報と運動指令に関わる情報は中枢神経系の様々なレベルで合流している事が知られている。古典的な生理学的研究ではこの感覚系と運動系の相互作用のうち,感覚→運動という情報の流れに焦点が当てられていた。例えば感覚入力が直接運動を引き起こす,脊髄反射や姿勢反射などはそのよい例である。しかし最近になって,運動→感覚という情報の流れ,つまり運動指令が感覚入力を制御している事を示唆する神経生理学的知見が多く報告されるようになった。この場合,感覚入力はもはや受動的なものでなく,行っている運動によって強調されたり抑圧されたりといった制御の対象となる。つまり「動く」という行為自体がすでに感覚抽出の初期段階になっているという考えである。しかし,このような運動指令によって求心感覚入力が動的に修飾される仕組みについてはよくわかっていない。そこで我々は,一次求心神経へのシナプス前抑制によって,随意運動中の状況依存的な感覚入力の動的制御がおこなわれていると考えて,サルを対象とした電気生理学的実験を行っている。これまでに,末梢神経へのシナプス前抑制が随意運動の動的局面で増大すること,筋神経と皮膚神経を比較した場合その増大パターンに相違があること,そのシナプス前抑制は下降性及び求心性両方の入力において引き起こされている可能性のあることを示してきた。今後はこのシナプス前抑制を引き起こす上位中枢の同定,また抑圧される感覚神経が伝達している情報の詳細な解析から,運動時における感覚入力抑圧現象の機能的意義に迫りたい。
太田 憲1,Rafael Laboissiére2
(1国立スポーツ科学センター・スポーツ情報研究部,
2Espace et Action U864, INSERM, France)
我々の日常生活では,手先と外部環境(物体や道具)との物理的な相互作用を避けて生きていくことが出来ないと言っても過言ではない。このようなタスクでは,手と物体の間には力の相互作用が生じ,ヒトは手先からの力覚情報に基づいて巧みに物体を操作しており,この体性感覚の情報が重要な役割を果たしていることが予想される。しかし,近年,外部環境と相互作用するヒトの腕運動の研究が盛んであるものの,外部環境は単なる外乱として扱われることが多く,ヒトが手先の力覚情報に基づいて如何に巧みに道具を操作し,運動を遂行しているかという観点からの生体の研究は多くはない。ところで,ハンドル回しのような幾何学的拘束のあるタスクや,両手で道具を操作するタスクでは,手先に内力が生じ,上手にタスクを遂行するために内力の制御も重要となる。この内力は物体の操作力とは独立に決定される力で,任意に決定することが出来る。したがって,運動の目標軌道のみならず,適切な内力の目標軌道を設定することは,運動の効率のみならず,物体の破壊を防ぐという観点からも重要である。
そこで本研究では,手先に内力の発生するクランク回転タスクを用いて,内力を含めて運動を良く再現する「力覚変化最小規範」を用いて,手先の力覚情報がどのように利用されているかを,ヒトの心理物理実験と最適化によるシミュレーションとの比較によって検討した。この力覚変化最小規範は制御入力(関節トルク,または筋力)と手先力の両方を滑らかにする複合型規範であり,多くのヒトの実験結果を良く再現することから,ヒトが手先の力覚情報を用いて運動を遂行していることを裏付けている。また,この規範は,両手で行うタスク等,環境との相互作用のある多くのタスクの運動を予測できるだけでなく,手先力が作用しない自由空間でのリーチング運動も予測する。
神原裕行,小池康晴(東京工業大学 精密工学研究所 知能化工学部門)
我々が普段行っている運動は,脳が実際に体を動かしながら複雑な制御対象である身体の巧みな制御方法を学ぶことによってはじめて実現される。脳の運動制御機構を説明する計算論的なモデルがこれまでにいくつか提案されてきたが,それらは習熟された運動の制御方法を説明するものであり,脳がどのようにしてそれを学ぶかを説明してはいない。本研究の目的は,制御だけでなく学習機構を説明できる脳の運動学習・制御モデルを提案することにある。具体的には,強化学習とフィードバック誤差学習を組み合わせて用いることにより,実際に腕を制御しながら試行錯誤的にフィードバック及びフィードフォワード制御器を獲得する運動学習・制御モデルを構築した。このモデルを重力の作用する矢状面における腕の姿勢保持運動の学習シミュレーションに適用した。その結果,制御対象である腕のダイナミクスに関する知識が無い状態から,様々な目標位置に正確に姿勢を保持できるようになることが確認できた。また,姿勢保持運動学習によって獲得された制御器を用いることによって,目標軌道を計画することなく人間の様々な二点間到達運動の軌道が再現できることが確かめられた。
藤井直敬(理化学研究所・脳科学総合研究センター・象徴概念発達研究チーム)
社会的文脈が私達の行動選択に様々な修飾を与えることは日々経験することである。つまり,私達は“空気を読む”ことで社会的文脈を読み取り,社会的適応行動を行っていると言える。社会的文脈が私達の行動選択に与える影響は大きく,条件によっては指一本動かすことも出来ないこともある。しかしながら社会的脳機能に関する神経生理学的研究は殆どなく,それがどのように実現んされているのかは不明であった。そこで,今回「多次元生体情報記録手技」という新しい記録手法を開発し,2頭の日本サルが社会空間を共有しているときの頭頂葉神経細胞活動を2頭から同時に記録した。サルの行う課題は「社会的餌とり課題」と呼ばれる単純な課題である。2頭のサルは,3種類の相対位置に配置された。両者の間に餌をめぐる競合関係が無いときは,どちらのサルも相手のことを無視していた。しかしながら同じ空間を共有するようになると,共有空間に置かれた餌に関して競合が生じる。そのような場合,2頭の間に明確な上下関係が観察され,競合空間内では殆どの場合で上位のサルが餌を獲得した。このような社会的行動選択を見せるサル達の頭頂葉細胞の特性は以下の通りであった。まず,両者が社会的に繋がりを持たない場合,左頭頂葉の運動関連細胞は,その殆どが自分の右手の運動にのみ反応を示した。ところが,両者の間に双方向的な社会関係が確立した場合,頭頂葉の神経細胞は自身の右手に関しての反応性を優位に低下させ,他者の運動へも反応を示すようになった。この反応特性の変化は上位,下位の両方のサルにみることができ,個体間に社会的繋がりが確立されることにより,頭頂葉における環境認知の様式が大きく切り替わることが明らかになった。これは,頭頂葉の神経細胞が社会文脈依存的な行動選択に関与していることを示しており,社会的脳機能を実現するための一部を担っていると考えられた。
美馬達哉,Reda Badry(京都大・医・高次脳研)
運動コントロールの中でも運動抑制は重要なメカニズムだがその詳細は知られていない。運動抑制がたんに運動準備の停止なのかM1を能動的に抑制するプロセスであるかを解明し,運動抑制が実行される以前にその成否を予測することが可能かを知るために,M1に対して経頭蓋的磁気刺激法(TMS)をStop Signal課題中に施行した。
Stop Signal課題では,被験者は視覚的に提示されたGO刺激に対して左か右かのボタンをできるだけ早く押すように指示されている。そのうち20%ではGO刺激から一定の時間差でStop刺激が提示され,その場合に被験者はボタン押しを抑制しなければならない。時間差はコンピュータによって調整され正答率はおよそ50%を保っている。TMSをM1に対して与え,手内筋に誘発された筋電図振幅を計測してM1興奮性の指標として用いた。
平均反応時間はGO刺激後500msであったが,TMSが400msで与えられた場合に,成功したStop課題ではM1の抑制が認められた。一方で,失敗したStop課題ではGO刺激後300msに開始するM1興奮性の上昇が認められた。
こうした結果は,TMSによるM1活動性の評価によって,実際に運動抑制が行われる100-200ms前に被験者が運動抑制課題に成功するか失敗するかを予測することが可能であることを示している。
野崎大地(東京大学大学院教育学研究科身体教育学コース)
外見上,両腕運動はそれぞれの腕の運動が組み合わされたものである。実際,例えば左腕の運動を片腕だけで行おうと,右腕の運動を付け加えて両腕運動として行おうと,左腕の運動自体に特別な違いがあるわけではない。我々は,「運動学習」を切り口として,片腕運動としての左腕運動と,両腕運動時の左腕運動が行動レベルで異なっていることを以下の通り明らかにした。
新奇な力場の存在下でリーチング運動を行うと,手先の軌道は大きく曲げられてしまう。しかし,試行を繰り返すと,円滑で直線的な軌道を再獲得する。このとき,腕が力場に適応した度合い(運動学習効果)は,力場を切った試行(キャッチ試行)で生じる,力場と反対方向への手先の動き(後効果)の大きさによって評価することができる。まず,被験者は,左腕だけで行うリーチング動作によって力場を学習した。十分な学習後,左腕だけで行うキャッチ試行,両腕を一緒に動かすキャッチ試行の二つを行ってもらったところ,両腕運動時に左手が示す後効果の大きさは,片腕運動時の6〜7割に留まった。つまり,片腕運動によって獲得した左腕の運動学習効果は,両腕運動時の左腕には6〜7割しか活用されない。
しかしながら,両腕運動では注意がもう一方の腕の運動に分散されるので,発揮される運動学習効果が低下したとも考えられる。そこで今度は,最初から両腕を一緒に動かしながら,左腕への力場を学習してもらった(右腕に力場は課さない)。この場合にも,両腕運動によって左腕が獲得した学習効果は,片腕だけで行う左腕運動時には6〜7割しか転移しなかった。
こうした同じ腕が獲得する運動学習効果の片腕運動−両腕運動間の部分的転移は,図1に示すように,同じ左腕が学習効果を獲得するといっても,それに関与する脳内過程が片腕運動時と両腕運動時で一部異なっていると考えることによって自然な説明が可能である。この単純な図式が妥当である証拠として,さらに我々は,ここから導かれる二つの予測,①片腕運動で左腕への力場を学習した後,力場を切り両腕運動を繰り返すと左手が示す後効果が徐々に減少し左腕は学習効果を失ってしまうかのようにみえるが,片腕運動に切り替えると直ちに隠れていた後効果が出現すること,つまり,片腕運動時の左腕のみ学習効果を保持しているという奇妙な状況が実現できること,②従来,同時に適応することが極めて困難だとされてきた全く反対の方向を向いた二つの力場に,片腕運動時の左腕と両腕運動時の左腕のそれぞれに別々の力場を割り当てることによって,同時にかつ容易に適応できること,を実証した。
大石高生,肥後範行,山下晶子,村田 弓,西村幸男,松田圭司,林 基治,伊佐 正
(京都大学霊長類研究所,産業技術総合研究所,日本大学,筑波大学,生理学研究所)
皮質脊髄路を頚髄C4/C5レベルで損傷したサルは,延髄レベルで損傷したサルとは異なり,指の麻痺後に訓練を経て精密把握機能が回復する(Sasaki et al., 2004)。この回復の神経回路機構を知る一環として,代表的な成長関連タンパクであるGAP-43の損傷個体の脊髄での局在を免疫組織化学法で調べた。損傷から3ヶ月経った個体の側索では,損傷部位の吻側尾側の両方で損傷と同側に反対側よりも強いシグナルを持つ陽性構造が見られた。また,前角では第IX層の運動ニューロン周辺などに線維状のGAP-43陽性構造が見られた。脊髄で軸索の再構成が起こっていることが示唆される。これらの免疫陽性構造がどのような細胞に由来するものかを明らかにするため,損傷個体及び正常対象個体でGAP-43とさまざまなマーカー分子との二重染色を行った。現在までにGAP-43陽性構造がグリア細胞由来ではなくニューロン由来であることは確認できたので,vGluT1, vGluT2, vGAT, vAchT, 5-HTとの二重染色を用いて,どのような伝達物質を持つニューロンであるかの解析を進めている。
宮下英三1,阪口 豊2,小松三佐子1
(1東京工業大学・大学院総合理工学研究科・知能システム科学専攻
2電気通信大学・情報システム学研究科・情報メディアシステム学専攻)
脳による情報の符号化は科学的に興味深い問題であると同時に,応用的に利用価値のある脳情報の復号化とは表裏一体となっている。到達運動における情報の符号化と復号化はGeorgopoulosらによって提案された“preferred direction”と“population vector”といった概念に象徴されている。この概念が導入されて以来,それまでは力の大きさを符号化していると考えられていた一次運動野が手先の運動方向をも符号化していると考えられるようになった。しかしながら,これら二つの変数は互いに相関するため,どちらを符号化しているのかを明らかにするためには同一の神経細胞活動に対する変数による説明の良さを比較する必要がある。我々は一次運動野の視覚誘導性到達運動の情報表現に着目し,同一の時系列神経細胞活動に対する運動学的な変数(加速度,速度,位置)と運動力学的な変数(慣性力,コリオリ力+遠心力,関節周りの粘性)による説明の良さを線形重回帰により比較した。その結果,肩関節あるいは肘関節の受動的な動きに応答する189個のユニットの内180個の解析対象ユニットの85%が,運動学変数よりも運動力学変数の線形和によってより良く説明できることが分かった。さらに説明変数の係数を解析すると,関節トルクあるいは手先力そのものを符号化しているのではないことが明らかになった。
遠藤隆志(順天堂大学スポーツ健康医科学研究所)
これまで経頭蓋磁気刺激法(TMS)を用いて,精密把握運動および強力把握運動時の皮質運動野の興奮性および皮質内抑制を比較し,課題依存的変化を報告したものは多い。しかしながら,両把握課題間で物体把握の方法が大きく異なるために共同筋活動および発揮筋力において大きな差が認められ,課題遂行時の精密さの違いで皮質運動野の興奮性および皮質内抑制が変化するかどうかは明らかにされていない。そこで本研究では,精密さを必要とする精密把握課題において皮質脊髄路の興奮性および皮質内抑制はどのような修飾を受けるかについて明らかにすることを目的とした。被験者は物体を普通に第一指と第二指で摘む課題(NP)およびNP課題と同じ把握方法で物体を落とさない必要最小限の把握力で物体を摘む課題(MS)を行い,これらの課題遂行中にTMSを被験者の皮質運動野に与え,第一背側骨間筋の表面筋電図より誘発される運動誘発電位(MEP)の振幅値,MEP後に現れる筋電図消失期間(SP)および背景筋電図量を解析した。また,課題遂行中の把握力も記録した。重量負荷は50,100,200,400および600gの5種類であった。全ての重量負荷において,NP課題の把握力はMS課題の約2倍あり,また背景筋電図量もNP課題に比して有意にMS課題で少なかった(ともにP<0.01)。しかしながら,全ての重量負荷においてMEPおよびSPは両課題間で有意な差が認められなかった(P>0.05)。背景筋電図量で標準化したMEPおよびSPは全ての重量負荷においてMS課題でNP課題に比して有意に大きかった(ともにP<0.01)。これらの結果は,皮質脊髄路の興奮性および皮質内抑制は運動課題の精密度に関係して変化すること,およびこれらが精密な運動制御時において重要な役割を果たしている可能性を示唆する。
加藤 龍,横井浩史
(東京大学大学院・工学系研究科・精密機械工学専攻・
知能システム分野・認知発達機械研究室)
当研究室では,前腕切断者のための個性適応型筋電義手の開発を行ってきた。この筋電義手は,①ヒトの手指構造を模した干渉駆動関節により多自由度・軽量・高出力を実現するロボットハンド,②ヒトの義手への適応能力を考慮することで長期安定的に動作意図推定が可能な方法論,③手指の触圧を使用者に伝達する表面電気刺激による触覚フィードバック,という3つの特徴を持つ。
本研究では,これら筋電義手が使用者へどのような影響を与えるかを検証するため,機能的磁気共鳴画像(fMRI)による脳機能解析を行った。健常者と切断者との脳賦活状態の差異からその機能と賦活部位の関係を明らかにし,自然な操作感を有する義手開発を目指す。
しかしfMRIの計測環境は高磁場下にあるため,①義手を計測室に入れることができない,②誘導電流が微弱な筋電位信号に対してノイズとなる,という問題がある。そこで,義手を操作室に設置し,筋電位信号を計測するセンサ・ケーブルの静電遮蔽化,及び義手のビデオ映像をプロジェクタでスクリーン投影した像を使用者に提示することで義手の遠隔操作を可能とした。
このような計測環境の下,(I)義手操作の習熟,(II)触覚フィードバックの有無についての検証を行った。義手使用(握る・開く)開始時には,右前腕切断者の脳には特徴的な賦活がみられなかったが,3時間の訓練後には左側M1に賦活が特定され,1か月の訓練後にはその賦活強度がより高いものとなった。この適応速度は,従来の義手研究の報告より早く,長期安定的な動作推定法によるものと考えられる。また触覚を左上腕にフィードバックした場合,左側M1・S1(右前腕部)の賦活状態が認められた(感覚としての電気刺激が左上腕に付与しているのにも関わらず,右手に相当する部位が反応した)。この錯覚現象は,筋電義手を随意的に制御して物体把持することにより“能動的”に感覚刺激を感じたことにより起こったのではないかと考えられる。
阪口 豊1,清水崇司1,石田文彦1,村田 哲2,池田思朗3
(1電気通信大学・大学院情報システム学研究科,2近畿大学・医学部,
3統計数理研究所・数理・推論研究系)
運動制御に関わる情報神経系においてどのように表現されているかという問題は,運動メカニズムを理解する上で重要な問題である。本発表では,運動情報表現について情報理論や計算モデルの観点から行なっている筆者らの研究を二つ紹介する。
一つは,3次元物体の手操作運動中にAIP野で観察された神経活動の情報量解析の研究である。AIP野には,把持対象の3次元形状特性に対して特異的に反応する細胞が見られるが,本研究では,対象の3次元形状による分類と神経活動との間の相互情報量を一定の時間ごとに計算することにより,神経活動に含まれる対象形状に関する情報が課題遂行中の時間区間に応じてどのように変化するかを分析した。その結果,対象をどのような群に分類して情報量を計算するかに依存して情報量がピークを迎える時間区間が異なることが明らかになった。ある細胞では,粗い分類に対する情報量のピークが固視区間に生じたのに対し,より細かな分類に対する情報量のピークは手操作運動区間に現れた。このことは,AIP野における情報表現が階層的な構造を有することを示唆する。
もう一つは,スパース表現に基づく運動指令生成モデルの研究である。このモデルでは,筋に対する運動指令を,あらかじめ定められた基本的指令パタンの線形荷重和で表現する。その上で,ある時刻に目標で正しく静止するという制約条件の下で,各基本的パタンにかかる荷重の総和を最小化する最適化問題を解くことによって運動指令を求める。この方法により得られる運動指令は,結果として,ごく少数の基本的パタンだけの組み合わせとして表される(つまり,大多数の荷重はゼロになる:スパース表現)。数値実験の結果,スパース表現規範の下で生成された運動指令が人間の到達運動軌道の特徴を再現することがわかった。この結果は,「コンパクトな表現を求める」という規範が運動系においても機能している可能性を示している。
杉本徳和,春野雅彦,銅谷賢治,川人光男(ATR脳情報研究所)
我々の日常活動の多くは報酬信号によって動機付けられている。報酬信号は課題の達成状況に応じて与えられ,自律的な活動を行うためには様々な種類の報酬をバランスよく獲得しなければならない。強化学習理論は報酬にもとづいた行動の解析や計算モデルの構築に有用な学習理論であり,多くの実験的,理論的研究成果が報告されている魅力的な研究分野である。しかし,強化学習分野における最も大きな問題は複数の報酬関数と環境のダイナミクスの両方が変動する状況への対処方法であり,この問題を解決する理論やモデルは未だ提案されていない。我々が以前に提案したMOSAIC理論は環境のダイナミクスを予測し,その変動に応じて複数の制御器を切り替える手法である。今回我々はMOSAIC理論における制御器を強化学習の枠組みへ拡張し,ダイナミクスの変動と報酬信号の変動の両者に応じて制御器を切り替える手法“MOSAIC for Multiple-Reward environment (MOSAIC-MR)”を提案する。MOSAIC-MRは複雑な環境を2つの基準(ダイナミックスと報酬)によって小環境へ分割し,分割された各小環境を複数の強化学習器が制御する。通常,複数の基準を用いて環境を分割すると組み合わせ爆発が起きてしまうため,タスク達成にとって重要な小環境にのみ強化学習器を動的に割り当てる機能を備えている。我々はMOSAIC-MRの性能を検証するため,風の強さ(ダイナミックス)と複数のゴール(報酬)が複雑に切り替わる環境下で,振子の制御課題をシミュレーションした。さらに,提案手法の実用性を検証するため二足歩行ロボットの制御課題を行い,スムーズな歩行運動が実現できる事を示した。