生理学研究所年報 第29巻
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16.シナプス伝達ダイナミクス解明の新戦略
−シナプス伝達の細胞分子調節機構−

2007年11月21日−11月22日
代表・世話人:加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科研神経生理学)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構研究部門)

(1)
神経細胞内Cl濃度の分布調節によるGABA応答性制御
山田順子(静岡大学創造科学技術大学院)
(2)
カリウム−クロライド共役担体KCC2の機能発現制御
渡部美穂(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門)
(3)
GABAB受容体によるマウス上丘でのバースト発火の制御機構
金田勝幸(生理学研究所認知行動発達研究部門)
(4)
視覚野における抑制性シナプス可塑性のNMDA受容体による制御
堀部尚子(名古屋大学環境医学研究所視覚神経科学)
(5)
細胞内カルシウムシグナルを指標とした小胞体機能調節と記憶学習との関連性
森口茂樹(東北大学大学院薬学研究科薬理学)
(6)
交感神経―褐色脂肪細胞間伝達による細胞内シグナリングの可塑性:高脂肪食と胆汁酸の効果
早戸亮太郎(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理学研究室)
(7)
慢性神経因性疼痛モデルにおける扁桃体中心核シナプス増強とその固定化
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科研神経生理学)
(8)
小脳プルキンエ細胞におけるAMPA受容体トラフィッキングの制御機構
山口和彦(理化学研究所脳センター記憶学習)
(9)
マウスRenshaw細胞への脊髄運動中枢からのシナプス入力様式
西丸広史(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門脳遺伝子研究グループ)
(10)
養育行動の分子神経メカニズム
黒田公美(理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チーム)
(11)
Ca2+チャネルと短期シナプス可塑性
持田澄子(東京医科大学細胞生理学講座)
(12)
神経伝達物質放出におけるトモシンの全く新しい機能
匂坂敏朗(神戸大学大学院医学研究系研究科生理学・細胞生物学講座膜動態学)
(13)
グルタミン酸受容体d 2サブユニットはシナプス前終末の分化を誘導する
畔柳智明(京都大学大学院理学研究科生物科学専攻生物物理学教室)
(14)
海馬苔状線維シナプス前終末における小胞ダイナミクス
八尾 寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野)
(15)
TRPA1の活性化による興奮性シナプス伝達の増強
中塚映政(佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野)
(16)
神経終末端の膜電位変化によるシナプス伝達修飾機構
堀 哲也(同志社大学生命医科学部神経生理学研究室)

【参加者名】
高橋由香里(東京慈恵医大・総合医科学研究センター),平野丈夫(京都大・院・理),長谷川奈海(東京慈恵医大・医),武田健太郎(東京慈恵医大・医),和光未加(東京慈恵医大・医),高橋智幸(同志社大・生命医),齋藤直人(同志社大・生命医),中村行宏(同志社大・生命医),金子雅博(東京大学・院・医),持田澄子(東京医科大学・細胞生理),高鶴裕介(生理研),西巻拓也(生理研),山下慈朗(東大・院・医),中塚映政(佐賀大・医),稲田浩之(生理研),八尾寛(東北大・院・生命科学),畔柳智明(京大・院・理),和気弘明(生理研),田中洋光(京大・院・理),長崎信博(京大・理),鶴野瞬(京大・院・理),江口工学(沖縄科学技術研究基盤整備機構・大学院大学先行研究事業),神谷温之(北大・院・医),久場健司(名古屋学芸大・管理栄養),田村友穏(東京慈恵医大・総合医科学研究センター),山下貴之(沖縄科学技術研究基盤整備機構・大学院大学先行研究事業),藤井大祐(京大・理),堀哲也(同志社大・生命医科),榊原賢司(同志社大・工),堀部尚子(名大・環研),小松由紀夫(名大・環研),早戸亮太郎(名古屋学芸大・管理栄養),山口和彦(理研・脳センター),森口茂樹(東北大・院・薬),西丸広史(産総研・脳神経情報),金田勝幸(生理研),吉村由美子(名大・環研),山田順子(静岡大・創造科学技術大学院),福田敦夫(浜松医大・医),山本清文(東京慈恵医大・神経生理学研究室),渡部美穂(生理研),黒田公美(理研・脳センター),山口純弥(生理研),本橋詳子(沖縄科学技術研究基盤整備機構・大学院大学先行研究事業),加藤総夫(東京慈恵医大・総合医科学研究センター),井村泰子(東京慈恵医大・総合医科学研究センター),岩瀬彩乃(慈恵医大・院医),匂坂敏朗(神戸大・院医),山本泰憲(神戸大・院医),石橋仁(生理研),鍋倉淳一(生理研),田村泰基(京大・理),田中進介(京大・理),山嵜義人(京大・理),平尾顕三(生理研),江藤圭(生理研)

【概要】
 脳機能の基礎細胞過程であるシナプス伝達の構造および機能に関する研究は神経科学の中心課題の一つである。本研究会では,生理学,生化学,分子生物学,および,形態学の立場から遺伝子工学,パッチクランプ,光学的測定などの技術を駆使してシナプス研究を進める最前線の研究者が一堂に会し,抑制性伝達,可塑性と特異的機能,および,シナプス前機構のサブテーマごとに,それぞれ,3,7および6演題の報告が行われた。1日目,抑制性伝達のセッションでは,Clイオン濃度の細胞内分布とその意義,それを制御するK-Cl共役担体のリン酸化による機能発現制御機構,および,局所回路活動における代謝型GABA受容体の役割について報告があった。可塑性と特異的機能のセッションでは,視覚野の抑制性シナプス伝達の可塑性,細胞内小器官の局在に関与する分子群の意義,褐色脂肪細胞の細胞内Ca2+濃度制御機構の栄養による可塑的変化,慢性痛における扁桃体中心核シナプス伝達増強の固定化,小脳シナプスにおけるAMPA受容体のトラフィッキング制御機構の差異,脊髄レンショウ細胞へのシナプス入力の特徴,および,養育行動を担う内側視索前野神経回路のシナプス構成に関する報告があった。2日目,シナプス前機構のセッションでは,短期シナプス可塑性におけるカルモジュリンによるカルシウムチャネルの制御の意義,シナプス小胞融合制御における放出関連分子トモシンの意義,グルタミン酸受容体d2サブユニットのシナプス形成における役割,苔状線維―CA3錐体細胞シナプスにおける即時放出可能小胞の利用効率,脊髄後角におけるシナプス前TRPA1チャネルによるシナプス伝達の促進機構,および,シナプス前終末の膜電位が放出に及ぼす影響と機構などに関する報告があり詳細な実験手法から研究の生理学・病態生理学的意義に至るまでの活発かつ建設的な討論が展開された。

 

(1) 神経細胞内Cl濃度の分布調節によるGABA応答性制御

山田順子(静岡大学創造科学技術大学院)

 脳における主要な抑制性伝達物質であるGABAは,細胞内Cl-濃度 ( [Cl-]i) の変化により興奮性にも抑制性にも変化しうる。

 今回我々は,ラット及びマウス海馬スライスの歯状回顆粒細胞を用い,単一細胞内における局所的なGABA応答を測定した。樹状突起におけるEGABAは細胞体より過分極方向にシフトしたが,神経軸索の起始部 (AIS;axon initial segment) におけるEGABAは細胞体より脱分極方向にシフトした。AIS−細胞体間の[Cl-]i勾配はNKCC1抑制薬bumetanideにより消失したが,樹状突起−細胞体間の[Cl-]i勾配は影響を受けなかった。NKCC1ノックアウトマウスでは,bumetanide の効果と同様に,AIS−細胞体間の[Cl-]i勾配のみが消失した。

 これより,NKCC1はAIS−細胞体間の[Cl-]i勾配に関わり,AISはGABAにより脱分極を生じていることが示唆される。

 

(2) カリウム−クロライド共役担体KCC2の機能発現制御

渡部美穂,和氣弘明,鍋倉淳一(生理研・生体恒常機能発達機構)

 発達に伴いKCC2の蛋白発現や機能発現が増加することにより,GABAは未熟期の細胞興奮性作用から,成熟動物における抑制性作用へスイッチする。しかし,成熟神経細胞におけるKCC2の機能発現の制御機構はほとんど明らかにされていない。KCC2は長いC末端領域を細胞内に持ち,チロシンキナーゼのリン酸化部位が一カ所存在することから,KCC2の機能発現におけるリン酸化の役割について検討を行った。リン酸化阻害剤やリン酸化部位の変異により,KCC2が機能しなくなり,KCC2の細胞体や樹状突起での発現パターンがドット状から細胞膜上における一様な分布に変化した。また,KCC2のC末端領域の欠失により,KCC2が機能しなくなった。KCC2の分布の変化についてさらに検討したところ,KCC2はリピッドラフトに存在し,リン酸化によりラフトとinteractionしやすくなることがわかった。また,KCC2はリン酸化によりC末端を介して,オリゴマーを形成することがわかった。以上の結果より,チロシンキナーゼによるリン酸化およびKCC2のC末端領域はKCC2の機能発現において重要な役割を持つことが示唆された。

 

(3) GABAB受容体によるマウス上丘でのバースト発火の制御機構

金田勝幸,Penphimon Phongphanphanee(生理研・認知行動発達機構,総研大)
柳川右千夫(群馬大・医)
小幡邦彦(理研・BSI)
伊佐 正(生理研・認知行動発達機構)

 中脳上丘ニューロンのバースト発火は興味の対象にすばやく視線を向けるサッケード運動の制御に重要である。本研究では,マウス脳スライス標本を用いてGABAB受容体のバースト発火に対する役割を検証した。GABAA受容体アンタゴニストの存在下,上丘浅層を単発刺激すると中間層ニューロンにおいてバースト発火が誘発された。GABAB受容体アンタゴニストCGP52432 (CGP) の追加適用は,バースト発火の持続時間を顕著に増大させた。同様の効果はCGPを浅層に局所投与することでも観察された。以上の結果は,浅層に発現するGABAB受容体がシナプスから遊離されたGABAにより活性化されることを示している。浅層ニューロンでは,ポストシナプスGABAB受容体を介した過分極とshunt効果,プレシナプス受容体を介したグルタミン酸遊離の制御が認められた。以上の結果は,上丘浅層のGABAB受容体は上丘局所回路でのバースト発火の持続時間を制限する機能を持ち,サッケード運動を適切に終了させる上で重要な役割を果たす可能性を示している。

 

(4) 視覚野における抑制性シナプス可塑性のNMDA受容体による制御

堀部尚子,任 鳴,ベグム・タハミナ,吉村由美子,小松由紀夫
(名大・環研)

 発達期視覚野の抑制性シナプスでは,長期増強 (LTP)あるいは長期抑圧 (LTD) が起きる。本研究では,興奮性シナプス活動が抑制性シナプスの可塑的変化に及ぼす影響とその機構を調べた。マウスの視覚野スライス標本を用いて,ホール・セル記録法により,2/3層錐体細胞から抑制性シナプス後電流 (IPSC) を記録し,4層の高頻度刺激により可塑的変化を誘発した。高頻度刺激が記録細胞に大きな脱分極と活動電位を引き起こす場合には,LTDが生じ,小さな脱分極のみを引き起こす場合には,逆にLTPが起こった。さらに,LTD発生にはシナプス後部の,LTP発生にはシナプス前部のNMDA受容体の活性化が必要であることがわかった。また,微小IPSCの解析と免疫組織化学により,抑制性シナプス前終末にNMDA受容体が存在する結果も得た。以上より,シナプス後細胞のNMDA受容体の活性化状態が可塑性の方向を制御することが示唆された。

 

(5) 細胞内カルシウムシグナルを指標とした小胞体機能調節と
記憶学習との関連性

西 美幸,竹島 浩(京都大院・薬)
森口茂樹,福永 浩司(東北大院・薬)
八尾 寛(東北大院・生命)

 本研究ではジャンクトフィリンのIII,IV型遺伝子の同時欠損したマウスを利用して小胞体機能の記憶・学習における役割を電気生理学,免疫組織化学,行動薬理学的手法を用いて検討した。ジャンクトフィリン遺伝子欠損マウスにおいて記憶・学習の有意な低下がY迷路および受動回避学習試験による行動解析により認められ,電気生理学的手法により海馬CA1領域におけるLTPの有意な減弱が認められた。また,免疫ブロット法の解析では,ジャンクトフィリン遺伝子欠損マウスの海馬CA1領域におけるCaMキナーゼIIの恒常的な活性上昇が認められた。スライスパッチクランプ法による海馬の錐体細胞の解析においても,活動電位発生時に認められる後過分極 (AHP) の消失が確認された。これらの結果によりジャンクトフィリン遺伝子欠損マウスではAHPの形成が抑制されていることが明らかとなった。NMDA受容体より流入するカルシウムがryanodine受容体の活性化を介して小胞体より放出されたカルシウムによるSKチャネルの開口が海馬CA1領域錐体細胞におけるAHPの形成に重要であることが示された。本研究結果は,Moriguchi et al. PNAS, 103, 10811-10816 (2006) に掲載され,新しい海馬におけるAHPの記憶・学習における機能を明らかにした。

 

(6) 交感神経―褐色脂肪細胞間伝達による細胞内シグナリングの
可塑性:高脂肪食と胆汁酸の効果

早戸亮太郎,日暮陽子,久場雅子,久場健司(名古屋学芸大・管理栄養学)

 褐色脂肪細胞は密な交感神経支配を受けている熱産生器官であり,エネルギーバランスの調節において重要な役割を担っている。近年,胆汁酸が褐色脂肪細胞に作用し,肥満の防止に寄与する事が明らかになっているWatanabe et al., Nature, 439:486, 2006。この事は,交感神経を介する熱産生機構が胆汁酸により促進される可能性を示している。

 そこで私たちはマウスを3群に分け,普通食 (Chow),高脂肪食 (HF),胆汁酸添加高脂肪食 (HF+CA) により飼育し,肥満発症とその阻止時において,褐色脂肪細胞のアドレナリン受容体活性剤や脱共役剤FCCPによるCa2+応答と,ミトコンドリア−滑面小胞体 (ER) 間のカップリングがどのように変わるかを調べた。その結果,b活性剤,a 活性剤,FCCPによる[Ca2+]i上昇は,HFマウスで小さく,HF+CAマウスで大きい事がわかった。また,ミトコンドリアからERへのCa2+カップリングは,HFマウスで弱く,HF+CAマウスで強い事が示唆された。

 

(7) 慢性神経因性疼痛モデルにおける扁桃体中心核シナプス増強と
その固定化

加藤総夫,高橋由香里,池田 亮,岩瀬彩乃,井村泰子
(東京慈恵会医科大・総合医科研)

 慢性痛における侵害受容と情動を結ぶ神経回路の可塑的変化を解析するために,脊髄神経結紮神経因性疼痛モデルを作成し,異痛症応答を定量評価した後,脳スライスを作成して脚傍核−扁桃体中心核 (CeLC) ニューロン間の興奮性シナプス後電流を解析した。その結果,(1) 異痛症の強度に依存してシナプス伝達が増強される,(2) これはnon-NMDA受容体成分の増加による,(3) これは放出確率の変化を伴わない,(4) 両側性に生じる早期増強(術後1.5日目まで)に続き,片側性の遅期増強が生じ,7日後以降まで持続する,そして (5) 急性痛を改善させてもシナプス増強は残存する,という事実を見出した。以上より,持続的な疼痛入力によって誘発された扁桃体中心核シナプス伝達の増強が早期増強から遅期増強へと固定化されることが,慢性痛における持続的情動障害の構造的基盤を構成しうると結論した。

 

(8) 小脳プルキンエ細胞におけるAMPA受容体トラフィッキングの
制御機構

山口和彦(理研・脳センター・記憶学習)

 AMPA型グルタミン酸受容体(AMPA-R)のシナプス膜発現はエクソ/エンドサイトーシスのバランスにより調節され,バランスの活動依存性シフトがシナプス後膜における可塑性メカニズムと考えられる。しかし小脳プルキンエ細胞AMPA-Rの構成性と活動依存性トラッフィキングの関係は明らかではない。テタヌス毒素 (TeTx) を細胞内投与すると構成性エクソサイトーシスは阻害され,EPSC振幅は約半分に減少し定常状態となるが,この定常状態からさらにLTDが生じた。Latrunculin (Lat)はTeTx抵抗性の定常状態を減少させ,Jasplakinolide (Jas)はこれを増大させた。またJasはLTDを阻害し,LatはLTDを増強させたことから,LTDにはアクチン脱重合が関与していることが示された。

 

(9) マウスRenshaw細胞への脊髄運動中枢からのシナプス入力様式

西丸広史(産総研・脳神経情報)

 脊髄のRenshaw細胞は運動ニューロンの軸索側枝から興奮性シナプス入力を受け,運動ニューロンを反回的に抑制することが知られているが,その機能やシナプス入力様式の大部分は依然として不明である。私たちは,GABA作働性ニューロンがGFPを発現するGAD67-GFPノックインマウス新生児の脊髄摘出標本において脊髄内の神経回路網をほぼ正常に保ったままで極めて効率的に抑制性ニューロンを同定できることを見いだした。これらのニューロンのうち,腰髄腹側に細胞体が局在するものからホールセル記録し,近傍の腰髄前根の電気刺激に対して単シナプス性EPSPが観察されるものをRenshaw細胞として生理学的に同定できる。これまでに軸索側枝からのシナプス入力はアセチルコリン受容体の他にグルタミン酸受容体を介していることを明らかにしたが,今回,このシナプスにおいて,グルタミン酸受容体の役割を検討した結果を報告した。また,Renshaw細胞は,歩行運動中枢および脊髄反射経路から強い抑制性のシナプス入力を受けることを報告した。

 

(10) 養育行動の分子神経メカニズム

黒田公美(理研・脳センター)

 養育本能は哺乳類すべての種の生存に必須であるため進化的に保存されており,その基礎は性行動や摂食・飲水と同様,遺伝的に組み込まれた本能的欲求である。私共は,養育行動異常をきたす遺伝子改変マウスなどを手がかりに,養育行動の中枢である内側視索前野 (MPOA) においてERK-FosBシグナル伝達系が養育行動の開始に重要な役割を果たすことを明らかにした (Kuroda K. O. et al., 2007)。現在は,これまでほとんど研究されてこなかったMPOAの解剖学的・神経化学的解析を行い,MPOA内の微小神経回路を明らかにすることを試みている。具体的には,子からの知覚入力と自らの状況に関する情報を統合し,養育するか否かの意思決定を行う過程に,種々のMPOA内ニューロンがどのように関与しているかを,MPOAに発現するニューロペプチドのノックアウトマウスやGFPによる可視化トランスジェニックマウスなどを用いて解析している。

 

(11) Ca2+チャネルと短期シナプス可塑性

持田澄子(東京医科大学・細胞生理学講座)

 ラット培養上頸交感神経節胞に脳由来P/Q型Ca2+チャネル,カルモジュリン (CD) 結合domain欠損ミュータントP/Q型,IQ domainポイントミュータントP/Q型,両doubleミュータントP/Q型Ca2+チャネルを発現させ,Ca2+チャネル活性化パターンの違いによる神経伝達物質放出の変化を電気生理学的手法を用いて解析した結果,1) CD結合domain欠損ミュータントP/Q型Ca2+チャネル (DCBD) ではPPDは起こらず,IQ domainポイントミュータントP/Q型Ca2+チャネル (IM-AA) ではPPFが起こらない,2) 頻回刺激時(1秒間)のシナプス伝達depressionはDCBDでは起こりにくい,3) AugmentationはIM-AA Ca2+チャネルでは強く抑制されるが,Post-tetanic potentiation (PTP) はP/Q型Ca2+チャネルの活性に依存しないことが判明し,Ca2+結合蛋白質によるCa2+チャネルの可塑的変化に起因したCa2+流入量の変化が短期シナプス可塑性に寄与することが示唆される。

 

(12) 神経伝達物質放出におけるトモシンの全く新しい機能

匂坂 敏朗,山本 泰憲(神戸大院・医)
高井 義美(阪大院・医)

 私共は,これまで,神経伝達物質の放出にSNARE系の活性制御タンパク質であるトモシンが抑制的に働くことを明らかにしている。トモシンがt-SNAREとトモシン複合体を形成し,小胞融合に必須なSNARE複合体の形成を抑制することにより,神経伝達物質の放出を制御している。最近,私共は,トモシンが神経伝達物質の放出に抑制的だけでなく,促進的に働くことを見い出した。培養ラット上頸交感神経細胞でトモシンをノックダウンすると,アセチルコリンの分泌を抑制した。一方,小胞融合には,SNARE複合体のオリゴマー形成が重要であることが示唆されている。そこで,トモシンのSNARE複合体のオリゴマー形成における効果を生化学的に検討したところ,トモシンがSNARE複合体のオリゴマー形成を促進した。また,その促進効果には,N末端側のWD40リピート配列を含む領域が関与していた。以上の結果から,トモシンはSNARE複合体のオリゴマー形成を介して,神経伝達物質放出を促進的にも調節していると考えられた。

 

(13) グルタミン酸受容体d2サブユニットは
シナプス前終末の分化を誘導する

畔柳智明,平野丈夫(京大院・理)

 グルタミン酸受容体d2サブユニット(d2) は小脳平行線維−プルキンエ細胞間シナプス後膜に特異的に局在している。d2欠損マウスでは平行線維−プルキンエ細胞間シナプス数が減少していることから,d2がこのシナプスの形成及び維持に関与していると考えられている。免疫染色法およびホールセルパッチクランプ法によって,d2欠損マウス由来の小脳培養細胞では顆粒細胞−プルキンエ細胞間シナプスが形態的にも機能的にも異常であることを見出した。d2を遺伝子導入したHEK293T細胞と小脳細胞との混合培養下では,HEK293T細胞上に顆粒細胞がシナプス前終末を形成していることが,免疫染色法,FM 1-43イメージング,そしてHEK293T細胞からのホールセル記録により明らかになった。このシナプス形成にはd2の細胞外ドメインが必要だった。以上の結果は,d2の細胞外ドメインがシナプス前終末の分化を誘導できることを示唆している。

 

(14) 海馬苔状線維シナプス前終末における小胞ダイナミクス

八尾 寛,引間卓弥,石塚 徹(東北大・生命)
須山成朝(自治医大・統合生理)
阪上洋行(北里大・医)

 マウス海馬苔状線維終末における,シナプス伝達安定性の基盤となるメカニズムについて,以下の3つの仮説を検証した。(1) 易放出性小胞プール(RRP) が大きい。(2) RRPへのシナプス小胞の補充速度が大きい。(3) シナプス小胞が速やかにリサイクルされる。電子顕微鏡画像からRRPの大きさを推定したところ,小胞総数の10%に満たかった。シナプトフルオリン法により,全体の約半数の小胞が開口放出可能な小胞プールに属していたが,開口放出されない休小胞プールが存在することが示された。開口放出可能な小胞の移動時定数は,12-16 sであるのに対し,再利用時定数は,約50 sであった。すなわち,連続刺激により,あらかじめドックされていた小胞が速やかに枯渇し,予備小胞プールからRRPへの補充が伝達安定性を維持していること,伝達安定性を維持するに十分な速いリサイクル成分がないことが示唆された。補充速度が大きいことが安定性を維持している主要なメカニズムであると結論される。

 

(15) TRPA1の活性化による興奮性シナプス伝達の増強

中塚映政,小杉雅史,藤田亜美,熊本栄一(佐賀大・医)

 TRPA1の中枢神経系における役割は全く知られていない。今回,成熟雄性ラットから作製した脊髄横断スライス標本の膠様質ニューロンにパッチクランプ法を適用し,TRPA1活性化が脊髄後角における興奮性シナプス伝達にどのような作用を及ぼすか検討した。TRPA1は膠様質の興奮性シナプス前終末に発現しており,その活性化に伴って,電位依存性カルシウムチャネルの開口なしにシナプス前終末へカルシウムが流入し,グルタミン酸含有シナプス小胞の放出が誘発された。その結果,シナプス下膜のAMPA受容体のみならず,spill overしたグルタミン酸によってシナプス外のNMDA受容体が活性化され,膠様質ニューロンにおける興奮性シナプス伝達は増強することが明らかとなった。これらのことから,脊髄におけるTRPA1は,生理的な痛みの調節あるいは病態時の難治性疼痛に関与している可能性が示唆された。

 

(16) 神経終末端の膜電位変化によるシナプス伝達修飾機構

堀哲也,高橋智幸(同志社大・生命医科)

 マウスcalyx of Heldシナプスでホールセル記録を行い,前末端膜電位変化によるシナプス修飾機構を検討した。前末端脱分極に伴ってEPSCが増強した。脱分極が進むと前末端活動電位振幅が減少し,EPSCが減弱した。電位固定下に前末端Ca2+電流 (IpCa) とEPSCを同時記録した。脱分極に伴い前末端内Ca2+濃度が上昇し,IpCaとEPSCの振幅が増大した。前末端細胞内EGTA導入実験により,IpCaとEPSCの増強は細胞内Ca2+に依存すると推論された。しかし,10mM EGTA 単独によるEPSC増強抑制効果は極めて弱く,このことから,残存Ca2+依存性伝達物質放出促進の主要なメカニズムはCa domain内にあると推測された。次に,前末端脱分極に伴うIpCa増強を人工的にキャンセルしたところ,EPSCの増強程度が約半分 (40-60%) に減少した。シナプス前末端の脱分極は前末端内のCa2+濃度上昇をもたらし,IpCaの増強およびIpCa非依存性機構の両方を介して伝達物質の放出を増強させると結論される。

 


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