生理学研究所年報 第29巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

18.グリア細胞による脳機能調節機構の解明
新しいグリア研究の手がかりを求めて

2007年4月26日−4月27日
代表・世話人:工藤 佳久(東京薬科大学生命科学部)
所内対応者:池中 一裕(分子生理研究系分子神経生理研究部門)

(1)
新しい分子プローブの創製とそれを用いた興奮性神経伝達系の研究
島本啓子(サントリー生物有機化学研究所)
(2)
アストロサイトの集合ダイナミクス
池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室)
(3)
ドーパミン神経におけるRet/GDNFシグナル経路の生理学的意義について
平田洋子(岐阜大学工学部生命工学科)
(4)
未成熟ニューロンによる胎生中期神経幹細胞のアストロサイト分化獲得機構
中島欽一(奈良先端技術大学院大学バイオサイエンス研究科)
(5)
ミエリン形成に関わるCaspr2と皮質形成異常を伴う症候性てんかん
武田泰生(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)
(6)
成体ラット脳NG2神経前駆細胞の新しい分離培養法と精神疾患研究
楯林義孝(東京都精神医学総合研究所)
(7)
中枢神経損傷後の機能回復と神経回路の再生
山下俊英(千葉大学大学院医学研究院 神経生物学)
(8)
The roles and regulatory mechanisms of reactive astrocytes'
migration after CNS injury
Francois Renault-Mihara (慶應義塾大学医学部)
(9)
Transcriptional regulatory networks governing neural stem cellmaintenance and
glial differentiation
田賀哲也(熊本大学発生医学研究センター)
(10)
Neuromyelitis opticaの脊髄病巣におけるアクアポリン4の欠落
三須建郎(東北大学病院神経内科)
(11)
多光子励起法による大脳皮質のin vivoイメージング
和気弘明(生理学研究所 生体恒常機能発達機構研究部門)

【参加者名】
山下俊英(千葉大学),Francois Renault-Mihara (慶應義塾大学),中島欽一(奈良先端技術大学院大学),島本啓子(サントリー生物有機化学研究所),平田洋子(岐阜大学),池谷裕二(東京大学),和気弘明(生理研),楯林義孝(東京都精神医学研究所),武田泰生(鹿児島大学),三須建郎(東北大学病院),田賀哲也(熊本大学),高坂新一(国立精神神経センター),工藤佳久(東京薬科大学),和田圭司(国立精神神経センター),馬場広子(東京薬科大学),加藤総夫(慈恵会医科大学),鹿川哲史(熊本大学),南雅文(北海道大学),宮川剛(京都大学),平瀬肇(理化学研究所),山本清二(浜松医科大学),浅井清文(名古屋市立大学),森寿(富山大学),山崎良彦(山形大学),山田真久(理化学研究所),平田晋三(名古屋大学),石橋智子(東京薬科大学),佐野坂司(奈良先端技術大学院大学),高田則雄(理化学研究所),井上和秀(九州大学),生田房弘(新潟脳外科病院),丸尾知彦(東京医科歯科大学),田中慎二(東京医科歯科大学),浜清(生理研),大橋憲太郎(岐阜大学),野村貢(東北大学),田中達英(岐阜大学),李順姫(生理研),桧山武史(基生研),青山峰芳(名古屋市立大学),根本知己(生体情報解析室),渡辺英治(基生研),金田勝幸(生理研),鍋島俊隆(名城大学),梅田達也(生理研),鍋倉淳一(生理研),高鶴裕介(生理研)

【概要】
 本研究会ではグリア研究の新しい切り口と技術を掘り起こすための討論を展開した。講演はいずれも独創性に富み,今後のグリア研究に重要な手がかりを与えるものであった。島本啓子先生(サントリー生有研):グリア研究のための新しい薬理学的ツールとしての強力で選択性の高いグルタミン酸トランスポーターの阻害薬について解説。池谷裕二先生(東京大薬学):海馬スライス標本におけるアストロサイトの活動の集団としての機能を解析する新しい方法を提案。平田洋子先生(岐阜大工学):グリア由来の神経栄養因子 (GDNF) とその受容体のドーパミン神経におけるシグナル伝達系における意義を解説。中島欽一先生(奈良先端大バイオサイエンス):ニューロンとアストロサイトの発生過程におけるメチル化やNotchシグナルによる調節システムについて解説。武田泰生先生(鹿児島大医歯学):難治性症候性てんかんの原因遺伝子としてのCaspr2の発現特異性と細胞内分子相互作用について解説。楯林義孝先生(東京都精神医学研):NG2神経前駆細胞の新しい分離培養法を開発とその有用性を解説。山下俊英先生(千葉大医学研究科):脊髄損傷モデルおける神経回路再生に関わる要因の解析から治療法開発の可能性について解説。Francois Renault-Mihara 先生(慶應大医学):脊髄損傷後の神経回路の再生における障害因子としてのアストロサイト由来因子 (STAT3) の機能を解説。田賀哲也先生(熊本大発生医学):神経幹細胞からのニューロンとグリア細胞の発生に関わる分子群の機能を解説。三須建郎先生(東北大学病院神経内科):視神経脊髄炎におけるアストロサイトに発現するアクアポリン4の病理学的意義を解説。和気弘明(生理学研究所):二光子顕微鏡を利用して,非侵襲的に脳深部のニューロンやミクログリアの動態を解析する方法について最新の成果を報告。

 

(1) 新しい分子プローブの創製とそれを用いた興奮性神経伝達系の研究

島本啓子(サントリー生物有機化学研究所)

 グルタミン酸は哺乳動物の中枢神経系における代表的な興奮性神経伝達物質であり,記憶や学習といった高次の脳機能にも深く関与している。しかし高濃度のグルタミン酸が存在すると過剰な反応によって神経細胞の死が引き起こされるため,正常な状態ではシナプスにおけるグルタミン酸濃度は,主にグリア細胞に存在するグルタミン酸トランスポーターのはたらきによって厳密に制御されている。トランスポーターが脳の機能や神経疾患に与える影響を明らかにする研究には,その作用に選択的な阻害剤が必要である。しかし,これまでに知られていた阻害剤は競合基質として働き,グルタミン酸の取り込みは抑えるものの,代わりにその阻害剤自身が取り込まれてしまうために,それに伴うイオンの流れや細胞内外のグルタミン酸交換現象を止めることができなかった。このため,それらの阻害剤を用いた実験ではトランスポーターの機能を正確に観測することは原理的に困難であった。我々は基質分子の化学構造に輸送を遮断するような置換基を導入することによって遮断薬(ブロッカー)型阻害剤に変換することに成功した。このように見出された遮断薬 threo-b- benzyloxyaspartate (TBOA)を用いることにより,トランスポーターの働きを抑えた状態で細胞外グルタミン酸濃度が正確に測定できるようになった。その結果,トランスポーターが機能することによって,神経細胞がグルタミン酸に起因する細胞死から免れているという機構が初めて明確に証明された。選択的な遮断薬TBOAが得られたことによりグルタミン酸トランスポーターの研究は飛躍的に進歩し,特にグリアが神経伝達に果たす役割が明らかになりつつある。さらに化学修飾によってTBOAの活性を1000倍近く強力にすることにも成功した。光感受性保護基の導入や放射性標識化など,TBOAを基にして有機化学の手法で創出した分子プローブは,トランスポーターの機能解析や新規薬物検索に一層大きく貢献することが期待されている。

 

(2) アストロサイトの集合ダイナミクス

池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室)

 脳高次機能の発現においてグリア細胞が決定的な影響を持っていることが次第に明らかになってきている。しかし従来のグリア細胞の研究は,グリア細胞単独,もしくは,ごく少数のグリア細胞とニューロンの関連を調べているものが多く,膨大数のグリア細胞の統合的な活動が神経ネットワーク機能といかなる相互関係にあるのかは十分には解明されていない。ニューロン・グリアネットワークにおけるグリア細胞の役割とはどのようなものなのだろうか。

 私たちはマウス海馬スライス標本のCA1放線層においてアストロサイトネットワークの挙動を大規模に解析した。アストロサイトの免疫組織化学染色およびCa2+イメージングを行った。免疫組織化学染色では,アストロサイトはほぼ規則的に,20-30mmの間隔で空間配置されていることを明らかにした。Ca2+イメージングはOregon Green 488 BAPTA1とsulforhodamine 101を同時に用いることで行った。ニポウ板共焦点レーザー顕微鏡と高開口率の低倍対物レンズを利用することでイメージングのクオリティを向上させ,蛍光退色を限りなく抑えたため長時間の観察が可能となった。この可視化法を用い,250個以上のアストロサイトの自発的なCa2+振動を60分に渡って観察した。すべての細胞ペアに対して相互相関を計算することで,アストロサイトはより近くに存在しているものペアほどCa2+振動が同期する傾向あることを明らかにした(解析中)。このような性質はニューロンとは明らかに異なるものである。相互相関から抽出された回路はグラフ理論で解析することが可能であるため,アストロサイトの機能的ネットワーク構造を数理的に追求することができる。こうした大規模なアプローチを続けることで,ネットワーク素子としてのグリア細胞の統合的挙動の解明に一歩近づくことができると期待している。

 

(3) ドーパミン神経におけるRet/GDNFシグナル経路の
生理的意義について

平田洋子(岐阜大学工学部生命工学科)

 グリア細胞由来神経栄養因子 (Glial cell line-derived neurotrophic factor, GDNF) は1993年にグリア細胞の培養液から中脳ドーパミン神経の神経栄養因子として単離された。その後,運動神経など幅広い神経に対してneurotrophic actionを持っていることが示され,現在ではneurturin, artemin, persephinの4種の神経栄養因子がGDNFファミリーのリガンドとして見つかっている。これらの神経栄養因子はGFRa1a4のリガンド結合部位を持った受容体に結合し,共通の受容体Retチロシンキナーゼと複合体を形成しシグナルを伝達することが知られている。中脳ドーパミン神経の栄養因子として報告されたGDNFではあるが,GDNFまたはRetのノックアウトマウスの知見からGDNF/Retは脳のドーパミン神経の発達・維持には必須ではないことが示されていた。しかし,最近ドーパミン神経でRetを欠失したコンディショナルノックアウトマウスが作製され,老年期になるとドーパミン神経が減少することが明らかにされGDNF/Retシグナル経路の重要性が示唆された。私たちはドーパミン神経におけるGDNF/Retシグナル経路の生理的意義を解明するために研究を進めている。パーキンソン病モデルMPTPマウスの線条体では,Retはドーパミン神経のマーカーであるチロシン水酸化酵素に先んじて減少したが,GFRa1,TrkB受容体は変化しなかった。Retはドーパミン神経が変性・脱落する前にdown-regulation されたと推察できる。Retのドーパミン神経毒によるdown-regulationの分子機構を明らかにするために,MPP+と同様complex Iの阻害剤でラットのパーキンソンモデルに使用されているロテノンを用いて培養細胞系で同様の現象がおこるかどうかを検討した。PC12細胞をロテノンで処理すると細胞死に先んじてRetのdown-regulationが認められた。この分解にはカスパーゼ経路およびカルパインは関与していなかったが,プロテアソームによりRet が分解されることが示唆された。一方,Ret mRNAも著しく減少したのでRetのdown-regulationにはプロテアソームによる分解系の亢進とともに合成系の抑制も寄与していると考えられる。また,Retは種々の細胞死誘導物質によってもdown-regulationされ,他のタンパク質に比べて各種ストレスに対し感受性が高いことが明らかとなった。Retが減少しGDNF/Retシグナル経路の働きが低下することはドーパミン神経の生存に少なからず影響を与えると考えられる。

 

(4) 未成熟ニューロンによる胎生中期神経幹細胞の
アストロサイト分化能獲得機構

中島欽一(奈良先端技術大学院大学バイオサイエンス研究科)

 哺乳類中枢神経系に存在するニューロンとアストロサイトは共通の神経幹細胞から分化・産生される。しかし発生過程において,神経幹細胞は胎生中期にはニューロンへのみ分化する一方,胎生後期において新たにアストロサイトへの分化能を獲得し,多分化能を有する成熟した神経幹細胞となる。我々はこれまでに,胎生中期神経幹細胞ではメチル化を受けているアストロサイト特異的遺伝子群(GFAP 等)の転写調節領域が,発生の進行に伴い脱メチル化されることで神経幹細胞がアストロサイトへの分化能を獲得することを報告した。しかし,このような発生段階依存的なDNAメチル化変化を誘導する機構については不明であった。神経幹細胞は胎生中期にはニューロンを盛んに産生し,その後,アストロサイト分化能を獲得することから,早期に産生された未熟なニューロンが神経幹細胞の多分化能獲得に関与している可能性が考えられた。そこで我々は,未熟なニューロンと胎生中期神経幹細胞を共培養した結果,アストロサイト誘導性サイトカイン (LIF) 刺激に応じた早期GFAP陽性アストロサイトの出現を観察した。さらに我々は,この現象は未熟なニューロンが胎生中期神経幹細胞のNotchシグナルを活性化することにより,神経幹細胞の多分化能獲得を誘導した結果であることを明らかにした。また,Notchシグナルの活性化を模倣するためNotchの細胞内ドメインを強制発現させた胎生中期神経幹細胞は,未成熟なニューロンと共培養した場合と同様に,LIF刺激に応じて早期にGFAP陽性アストロサイトへと分化すること,およびそれらの細胞群ではアストロサイト特異的遺伝子プロモーターにおける領域特異的なDNA脱メチル化の促進も観察された。以上の結果は,神経幹細胞から分化した隣接する未熟なニューロンにより,神経幹細胞のNotchシグナルが活性化されることでDNAメチル化状態が変化し,神経幹細胞はアストロサイトへの分化能を獲得することを示唆している。

 

(5) ミエリン形成に関わるCaspr2と皮質形成異常を伴う症候性てんかん

武田泰生(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)

 皮質形成異常を伴うある種の難治性症候性てんかんの原因遺伝子として,これまでにCaチャネルやKチャネル等のいくつかのチャネル遺伝子が同定されている。このような中,アメリカ合衆国のアーミッシュ人集落において,同型のてんかん発作を頻発する親族患者が見つかり,解析の結果,ミエリン形成に関わる神経接着分子の一つコンタクチン関連蛋白質 (contactin-associated protein, Caspr) 2の遺伝子異常に起因していることが明らかにされた (Strauss et al., New England Journal of Medicine, 2006)。

 一方,我々は免疫グロブリンスーパーファミリーに属するGPIアンカー型神経接着分子のコンタクチン分子群(現在,哺乳動物で6種同定),ならびにそれらとシス型に結合するCaspr分子群(現在,5種同定)に焦点をあて,分子間相互作用およびこれら分子の機能に関する検討を進めてきた。これまでにcontactin, NB-3がオリゴデンドロサイトの分化を誘導すること,NB-2, -3遺伝子欠損により,各々,聴覚異常,運動機能協調性の異常が起こることなどを明らかにしてきた。

 本研究では,特に,上記てんかんの原因遺伝子であり,ミエリンのjaxtaparanode領域にKチャネルと共に局在し,そのクラスター形成に重要な役割を果たすと考えられているCaspr2の発現特異性と細胞内分子間相互作用について発表する。前半では,Caspr2と上記てんかんとの関係について紹介し,後半で,現在展開中のCaspr2細胞内部分をbaitとした酵母two-hybridスクリーニング系で抜擢したcarboxypeptidase Eとの相互作用について,その概略を紹介する。

 

(6) 成体ラット脳NG2神経前駆細胞の新しい分離培養法と精神疾患研究

楯林義孝(東京都精神医学研究所)

 NG2陽性細胞は成体脳内に豊富に存在し,アストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリアとは別の第4のグリアといわれている。オリゴデンドロサイト前駆細胞 (OPCs) とも呼ばれるが,KondoとRaff (2000) はP6ラットの視神経より分離培養されたOPCsが,特殊な条件下で,神経細胞に分化する能力を獲得する事を報告した。その後も同様の報告が相次ぎ,OPCsがある種の神経前駆細胞であることが指摘されている。またNG2陽性細胞は,それ自体,成体脳において何らかの生理的機能を持っている事が推測されているが,その詳細についてはほとんどわかっていない。NG2陽性細胞 (OPCs) は,難治性の気分障害や統合失調症の治療で用いられる電気けいれん療法において海馬や扁桃体で増殖することが最近報告され,精神疾患の病態機序に関与する可能性がある。成体脳におけるNG2陽性細胞の研究には,成体脳からの簡便で効果的なin vitroの細胞培養系の確立が欠かせないが,われわれが知る限り,そのような方法は報告されていない。今回,われわれは成体ラット脳のさまざまな部位から細胞を分離・培養し,その大部分(約90%以上)がNG2陽性になる培養条件があることを発見した。この方法では,ほぼあらゆる月齢の成体ラット脳のほとんどの部位から,セルソーターなどを使用せずに簡便,高純度かつ比較的大量にNG2陽性細胞を無血清培地で分離・培養する事が可能である。また,これらの細胞の一部は培養条件によってGAD67陽性の神経細胞様に分化したり,GFAP陽性のアストロサイトに分化する。今回,それらの培養法を用いて,われわれの研究室で得られた最近の知見と,精神疾患研究への発展の可能性を議論したい。

 

(7) 中枢神経損傷後の機能回復と神経回路の再生

山下俊英(千葉大学大学院医学研究院神経生物学)

 中枢神経回路は脳虚血,外傷,脊髄損傷などにより深刻な打撃を受ける。傷害のために多くの神経細胞は死滅し,神経細胞死を免れることができたとしても,軸索の損傷により神経ネットワークは破壊される。これらの病態により神経回路網の機能は失われ,運動機能や感覚機能の脱落症状があらわれ,生涯にわたって後遺症が残る。脊髄の完全損傷の場合,損傷部で感覚経路と運動経路の軸索が離断され,損傷レベル以下の感覚と運動機能は失われる。また不完全損傷の場合は,部分的に神経機能は保たれるが,それらは不完全で,慢性疼痛などの合併症を伴うこともある。中枢神経疾患による神経脱落症状を緩和する有効な治療法はなく,新たな治療法の開発が待ち望まれている。そのためには,なぜ中枢神経回路が再生しにくいのかという問題を解決しなければならない。

 中枢神経回路の再形成という課題に取り組むにあたって,脊髄損傷動物モデルがよく使われる。脊髄の完全損傷の場合,軸索は全て離断される。したがって神経機能を取り戻すためには,損傷した軸索が損傷部を超えて,長い距離にわたって伸展し,2次ニューロンにシナプスを形成しなければならない。しかしヒトなどのほ乳類では損傷された中枢神経の軸索は極めて再生しにくい。原因としては中枢神経細胞を取り巻く環境が再生に適していないこと,そして中枢神経自体の再生力が弱い事があげられる。これまで特に前者が注目され,中枢神経系には軸索の再生を抑制する蛋白質が複数存在することが明らかになってきた。ここ数年で,それらの再生阻害因子がどのように神経細胞に働きかけ軸索再生が阻害されるのかという分子メカニズムが明らかになり,治療的な展望も開けてきた。いまだ研究は途上であるが,おそらく複数の分子ターゲットに対する治療法を時間的空間的に組み合わせることで,機能的な中枢神経機能の再生を導くことが将来的に可能になるのではないかと期待される。

 

(8) The roles and regulatory mechanisms of reactive astrocytes' migration after CNS injury

Francois Renault-Mihara(慶應義塾大学医学部)

 Spinal cord injury (SCI) is a two-step process involving a primary mechanical injury followed by an inflammatory process and appearance of reactive astrocytes. Interdigitation of astrocytic processes lead to chronic formation of the glial scar which is believed to hinder axonal regeneration, thus preventing further satisfying functional recovery.

 Here we will present evidences that the biological role of reactive astrocytes is positive in the sub-acute phase of SCI, i.e. in the first two weeks when a limited functional recovery naturally occurs. During this phase astrocytes migrates to compact the lesion and seclude inflammatory cells. Since we observed that Signal Transducer and Activator of Transcription 3 (STAT3) is activated only in reactive astrocytes surrounding lesion site, we wondered about the effect of specific deletion of STAT3 in these cells. Use of a conditional KO mice targeting STAT3 (Nes-Stat3-/-) allowed observing that Stat3 signaling in astrocytes is required for compaction of lesion center. In agreement with the hypothesis that this compaction of the lesion by astrocytes is beneficial, Nes-Stat3-/- mice, which present few developmental defects, display a reduced recovery after SCI. Thereafter, we observed that Nes-STAT3-/- astrocytes presents in vitro a reduced migration, a phenomenon that seems to drive compaction of lesion observed in vivo, because BrdU incorporation experiments have showed that STAT3 signaling does not modulate astrocyte proliferation. Finally we will present current results of ongoing research that aims at identifying downstream targets of STAT3 in the control of astrocyte migration.

 

(9) Transcriptional regulatory networks governing neural stem cell maintenance and glial differentiation

田賀哲也(熊本大学発生医学研究センター)

 Neurons, astrocytes, and oligodendrocytes differentiate from neural stem cells that reside in the neuroepithelium during development. We have previously demonstrated that leukemia inhibitory factor (LIF), a member of the interleukin-6 family of cytokines, and bone morphogenetic protein 2 (BMP2), a member of the BMP family of cytokines, synergistically act on neuroepithelial cells to induce differentiation of mature astrocytes which express glial fibrillary acidic protein (GFAP). In the neuroepithelial cells stimulated by LIF and BMP2, their respective downstream transcription factors STAT3 and Smad1 form a complex in the nucleus with a transcriptional co-activator, p300. This complex is suggested to be important for astrogliogenesis and lead to transcriptional activation of the gene for GFAP.

 Our recent study has demonstrated that LIF induces, via STAT3 activation, expression of its cooperative partner cytokine BMP2 and consequent activation of Smad1 to efficiently promote astrogliogenic differentiation of neuroepithelial cells. The results suggest the presence of a novel LIF-triggered positive para-regulatory loop that functions as a signal-booster to enhance astrogliogenic differentiation.

 Basic fibroblast growth factor (bFGF) promotes proliferation of neural precursors while it inhibits their differentiation. We have recently found that FGF signaling and Wnt signaling cooperate together, via inactivation of glycogen synthase kinase 3beta (GSK3beta) and subsequent induction of cyclin D1 expression, to induce proliferation of neural precursor cells and to inhibit their astrogliogenesis. Interestingly, the inactivation of GSK3beta is involved in the inhibition of neurogenesis from neural precursor cells by cooperating with a Notch pathway. In conclusion, our findings suggest that cross-interactions among transcriptional regulatory mechanisms are important for the cell-fate determination in the developing brain.

 

(10) Neuromyelitis opticaの脊髄病巣におけるアクアポリン4の欠落

三須建郎(東北大学病院神経内科)

研究目的視神経脊髄炎Neuromyelitis optica (NMO) は,視神経と脊髄が選択的に障害される炎症性疾患であるが,長い間多発性硬化症(MS)との異同が問題となってきた。近年,NMOの患者血清には中枢神経系の微小血管や軟膜に特異的に反応するNMO-IgGが見出され標的抗原がアクアポリン4 (AQP4)であることが報告された。AQP4は水チャンネルの一つで生体の水輸送に重要な働きをしており,中枢神経系では主にアストロサイトの足突起に好発現している。しかし,抗AQP4抗体がどのように疾患の発症に関わるかは不明であり,病理学的に解析する必要があると思われた。

研究方法NMO 12例(平均59.3才,経過8.0年,女性8例,男性4例),MS 6例(平均36.7才,経過10.3年,女性3例,男性3例)の剖検脊髄を用い,正常対照との比較検討を行った。各症例の脊髄標本を用いて,病巣における免疫グロブリン (IgG, IgM) や活性化補体 (C9neo) の発現を免疫組織学的に検討した。またAQP4, ミエリン塩基性蛋白 (MBP),グリア繊維細胞酸性蛋白(GFAP) の発現を免疫組織学的に検討した。

研究結果健常者脊髄では,灰白質にAQP4の発現が認められ,また白質の微小血管や軟膜に発現が認められた。NMOの病変は,壊死・脱髄を伴い,血管の増生と肥厚性変化,マクロファージの浸潤を伴う特徴を有していた。NMO全例において病巣におけるAQP4の発現低下・欠落が認められた。特に活動期には脊髄中心部を含む広範なAQP4発現の低下が認められた。一方,活動期病巣において髄鞘の構成蛋白MBPが比較的保たれる傾向が認められた。特に,補体・免疫グロブリンの証明される活動期病巣の血管周囲ではAQP4欠損が明らかで,GFAPも低下していた。一方,MSではNMOで見られる広範なAPQ4欠損は証明されず,AQP4はGFAP陽性の反応性グリアに高発現していた。

考察今回,NMOでは病巣部位でAQP4は発現が低下し,MSでは発現が亢進していることから,NMOはアストロサイトに発現するAQP4の低下に起因するMSとは異なる疾患であることが示唆された。また,AQP4とGFAPの発現パターンは比較的一致しており,アストロサイトの何らかの障害が病態に関与していると推察される。これらの結果は,病変が脊髄中心部に多く血管周囲に多いなど,臨床・病理学的に矛盾のない結果であった。

結論NMO病巣のAQP4およびGFAPの発現低下は,NMOがアストロサイトに起因するMSとは異なる病態を有する疾患であることを示唆している。

 

(11) 多光子励起法による大脳皮質のin vivoイメージング

和気弘明(生理学研究所 生体恒常機能発達機構研究部門)

 近年多光子励起過程を用い,細胞機能の可視化解析(2光子顕微鏡)が様々な組織の細胞生理学的研究に用いられるようになってきた。ここでは本顕微鏡法の特徴と大脳皮質のin vivo イメージングへの応用について,最近我々の構築した個体用in vivo 2光子顕微鏡のデータを交え,議論する。この2光子顕微鏡の利用の著しい増大の理由は,組織的標本深部において高い空間分解を維持したまま断層イメージングが可能なことにある。これは,多光子励起過程では励起光が近赤外領域にあるため,生体標本に対し低吸収低散乱性であることに原因する。さらに,この低吸収性は生体試料に対する侵襲性が低いことをも意味し,長時間に渡って安定的なライブイメージングを可能たらしめている。この高い組織透過性と低い侵襲製を活用し,最近,我々は特定の細胞種に蛍光蛋白を発現するtransgenic mouseを用い,生きた個体においてin vivo imagingを行い,レーザー拡散角を脳内各深度で最適化することにより脳内深部解像度の向上を行い,大脳皮質第5層の錐体細胞にEYFPを発現したマウスにおいて,表面から0.9mm以上もの大脳新皮質深部の可視化に成功した。さらに我々はこの技術を用い中枢神経系において生きた個体を用いて,個体の表現型と細胞の生理活性および微細構造の関係を検討した。

 発達期と同様,脳障害後の回復過程において様々な過疎的な変化が起こることがこれまで知られている。特に神経筋接合部などにおいては,障害前後のイメージングで特徴的な変化が起こることが知られている。しかし,これまでは技術的な制限のため,中枢神経系の脳障害後の変化についてはほとんど知られていない。我々はクリプトンレーザーによる脳血管内血栓形成およびYAGレーザーによる再灌流技術を利用して脳障害を作成し,同一個体において脳障害後の変化を経時的に観察するモデルを作成し,この技術を利用し,脳障害後における神経微細構造およびグリアの可塑的な変化を生きた個体を用いて検討した。さらに様々な障害モデルを作成するためのフェムト秒パルスレーザーの生体への応用についてわれわれの試みを紹介する。

 


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