生理学研究所年報 第29巻
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19.上皮膜機能活性化物質と上皮膜防御の最前線

2007年11月1日−11月2日
代表・世話人:中張隆司(大阪医科大学 生理学)
所内対応者:岡村康司(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター,
生理学研究所,神経分化研究部門)

(1)
[Cl-]i減少による胃幽門線粘液細胞Ca2+調節性開口放出の増強
中張隆司(大阪医科大学 生理学)
(2)
骨芽細胞におけるクロライド依存的な細胞周期調節
宮崎裕明1,牧昌弘1,2,新里直美1,丸中良典
(京都府立医科大学大学院 1生理機能制御学,2運動機能再生外科学)
(3)
神経突起伸長におけるクロライドイオン輸送体の役割
中島謙一,宮崎裕明,新里直美,丸中良典
(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学)
(4)
低浸透圧刺激による上皮型Na+チャネル(ENaC) の機能制御
樽野陽幸,新里直美,丸中良典
(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学)
(5)
アルドステロンにより促進されるナトリウム再吸収のクロライドイオン依存的な制御
新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学)
(6)
電位依存性ホスファターゼVSPは,ホヤ,ゼブラフィッシュの
消化管上皮細胞に発現する
岡村康司1,2,3,Mohammad I. Hossain1,2,木村有希子1,2
東島眞一1,2,3,小笠原道生4
1自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター,
2生理学研究所,3総合研究大学院大学,4千葉大学理学系研究科)
(7)
熱ショック転写因子による細胞の生と死の決定の機構
林田直樹,藤本充章,高木栄一,大島功,王倍倍,井上幸江,中井 彰
(山口大学大学院医学系研究科医化学分野)
(8)
嚢胞性線維症原因遺伝子CFTRの成熟化・分解を制御する分子機構
杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・
病態探究医科学講座(口腔生理学))
(9)
新規有機アニオントランスポーター分子の同定:
内因性有機酸の輸送特性および生理機能における重要性
安西尚彦1,金井好克2,遠藤 仁1,3
1杏林大学医学部薬理学教室,2大阪大学医学部情報薬理学教室,
3ジェイファーマ株式会社)
(10)
毛包幹細胞領域は,表皮・毛包・末梢神経と血管網の再生を行う
表皮バリア再生のための最前線基地として働いている
天羽康之1,狩野真帆1,勝岡憲生1,河原克雅2
1北里大学医学部皮膚科学教室 2北里大学医学部生理学教室)
(11)
浸透圧,静水圧とタイトジャンクションの機能調節
徳田深作,中島謙一,宮崎裕明,新里直美,丸中良典
(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学)
(12)
クローディン15ノックアウトマウスにおける小腸肥大化の解析
田村淳,北野由香2,秦正樹3,勝野達也,森脇一将4,佐々木博之5
林久由6,鈴木裕一6,野田哲生7,古瀬幹夫4,月田承一郎2,月田早智子
大阪大学大学院医学系研究科/生命機能研究科分子生体情報学,
2京都大学大学院医学研究科分子生体情報学,3兵庫医科大学病理学,
4神戸大学大学院医学系研究科細胞分子医学,
5慈恵医科大学DNA医学研究所分子細胞生物学,
6静岡県立大学食品栄養科学部栄養学科生理学研究室,
7癌研究会癌研究所細胞生物学)
(13)
食事性フラボノイドの吸収経路に関する検討
室田佳恵子,寺尾純二
(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野)
(14)
唾液腺AQP5のLPSによるdown-regulationとそのシグナル伝達経路姚
姚 陳娟,細井和雄
(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 口腔分子生理学分野)
(15)
マウス膵導管細胞におけるslc26a6 Cl--HCO3- exchanger
石黒 洋,山本明子(名古屋大学大学院医学系研究科 健康栄養医学)
(16)
2つの異なる胃酸分泌最終段階における胃プロトンポンプ複合体
酒井秀紀,藤井拓人,高橋佑司,森井孫俊,竹口紀晃
(富山大学大学院医学薬学研究部薬物生理学)

【参加者名】
岡村康司(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター),大河内善史(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター),M.I.Hossain(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター),高橋信之(自然科学研究機構機能協関),河原克雅(北里大学医学部生理学),天羽康之(北里大学大学院医療系研究科皮膚科学),狩野真帆(北里大学大学院医療系研究科皮膚科学),酒井秀紀(富山大学大学院医学薬学研究部),藤井拓人(富山大学大学院医学薬学研究部),丸中良典(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),新里直美(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),宮崎裕明(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),中島謙一(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),徳田深作(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),山田敏樹(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),樽野陽幸(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),石黒洋(名古屋大学大学院医学系研究科),遠藤仁(杏林大学医学部),安西尚彦(杏林大学医学部),古家喜四夫(科学技術振興機構・細胞力覚プロジェクト),細井和雄(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部),室田佳恵子(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部),中井彰(山口大学医学部),杉田誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科),田村淳(大阪大学生命機能研究科),鈴木裕一(静岡県立大学),林久由(静岡県立大学),中張隆司(大阪医科大学医学部生理学教室)

【概要】
 平成19年11月1−2日に研究会「上皮膜機能活性化物質と上皮膜防御の最前線」を開催した。最初のセッションで,細胞内Cl-イオンが種々の細胞機能を修飾していることが紹介され,Cl-が細胞容積調節と密接に関連した新たな細胞内情報伝達物質として紹介された。また,電位変化を感じて活性を変化させるイノシトールリン脂質の脱リン酸か酵素の上皮膜における発現の可能性に付いて紹介された。第2のセッションでは熱ショック蛋白転写因子による生と死の決定機構についての発表があった。第3のセッションではCFTRの成熟化と分解の調節,有機溶質トランスポーターとイオン輸送体がカップリングと新たな輸送蛋白について報告された。第4のセッションは表皮バリア機能に着目し毛包幹細胞が,表皮・毛包・末梢神経と血管網の再生により表皮バリア機能を維持していること,また,細胞レベルではタイトジャンクションが静水圧により変化していること,KOマウスにおける消化管の変化が紹介された。最後のセッションでは,上皮膜輸送の調節として,小腸のフラボノイド吸収における構造特異性,唾液腺における水チャンネルの調節,膵臓導管のHCO3-分泌機構,胃酸分泌の調節が発表があった。生体防御の最前線に位置する上皮膜の機能の活性化の重要性が議論され,上皮膜の機能とそれを制御する内因性,外因性生理活性物質の重要性が新ためて示された。

 

(1) [Cl-]i減少による胃幽門線粘液細胞Ca2+調節性開口放出の増強

中張隆司(大阪医科大学 生理学)

 細胞容積の減少は胃幽門線粘液細胞のCa2+調節性開口放出を増強する。細胞容積減少を増強するbumetanide あるいはCl- free solution はCa2+調節性開口放出をさらに増強した。また,Cl- free solution によるCa2+調節性開口放出の増強は,[Cl-]oの増加に従い濃度依存性に抑制された。一方,NPPBは細胞容積減少を抑制し,Ca2+調節性開口放出をわずかに減少させた,さらに,bumetanide あるいはCl- free solution によるCa2+調節性開口放出の増強を完全に抑制した。MQAEを用いた[Cl-]iの測定は,ACh刺激は[Cl-]i を減少させ,bumetanide あるいはCl- free solution はACh刺激による[Cl-]i 減少を増強すると同時に,それ自身が[Cl-]i 減少を引き起こした。さらに,bumetanide あるいはCl- free solutionは単独で[Ca2+]i を増加させた。また,Ca2+調節性開口放出の最終段階のATP-dependent priming反応が[Cl-]i減少により修飾され,Ca2+調節性開口放出が増強されることが明らかとなった。これらの結果から,[Cl-]iの減少がCa2+調節性開口放出を活性化することが示された。

 

(2) 骨芽細胞におけるクロライド依存的な細胞周期調節

宮崎裕明1,牧昌弘1, 2,新里直美1,丸中良典1
(京都府立医科大学大学院,1生理機能制御学,2運動機能再生外科学)

 近年,Cl-チャネルや輸送体の発現・活性調節を介した細胞内Cl-濃度変化が,細胞増殖のシグナルとして重要であることが示唆されるが,その詳細なメカニズムは現在も不明のままである。そこで本研究では,Cl-がMC3T3-E1骨芽細胞の細胞増殖に対する影響を検討した。MC3T3‑E1細胞の増殖は,培養液中のCl-濃度 ([Cl-]o) の減少に伴って有意に抑制された。また,[Cl-]oの減少は,細胞周期のG0/G1期とG2/M期における細胞数を増加させることが明らかとなった。G0/G1期の進行を亢進させるRbと,G2/M期の進行を亢進させるcdc2の活性と発現レベルの変化を調べたところ,[Cl-]oを減少させるとRbのリン酸化,cdc2の発現レベルが共に減少し,細胞周期の進行を抑制することが明らかになった。また,[Cl-]oの減少によって引き起こされる細胞増殖抑制とRbとcdc2の活性・発現レベルの低下は,2 mMのグルタミンの存在下では影響を受けなかった。従って,Cl-とグルタミンは,相同なメカニズムによって細胞増殖をコントロールしている可能性が示唆された。

 

(3) 神経突起伸長におけるクロライドイオン輸送体の役割

中島謙一,宮崎裕明,新里直美,丸中良典
(京都府立医科大学大学院 生理機能制御学)

 神経細胞における神経突起伸長には,微小管をはじめとする細胞骨格系の再構築が深く関わっていることが知られている。一方,細胞内Cl-濃度変化は,細胞増殖や細胞骨格系再構築を含む様々な細胞機能制御に関与していることが,近年の研究より明らかになってきた。本研究では,Cl-輸送体としてNa+/K+/2Cl-共輸送体 (NKCC1) に着目し,神経突起伸長に対するNKCC1の役割,および神経突起伸長のCl-要求性を調べた。

 ラット副腎由来PC12D細胞は,神経成長因子NGF処理により神経突起を伸長する。PC12D細胞をNGF処理する際に,NKCC1阻害剤bumetanideを同時に作用させ,伸長した神経突起の長さを測定した。また,Cl-濃度が低い培養液中でNGF処理を行い,同様に突起の長さを測定した。さらに,RNAi法を用いてNKCC1をノックダウンした際の突起の長さを測定した。Bumetanide処理,低Cl-濃度の培養液,およびRNAi法によるNKCC1のノックダウンにより,神経突起の伸長が有意に抑制された。NGF処理により,NKCC1の発現量増加が見られた。また,間接蛍光抗体法およびGFP標識法による観察より,NKCC1は神経突起先端に多く存在していた。これらの結果から,NKCC1を介した細胞内へのCl-の取り込みにより神経突起の伸長が促進するという結論を得た。

 

(4) 低浸透圧刺激による上皮型Na+チャネル(ENaC) の機能制御

樽野陽幸,新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)

 アフリカツメガエル由来の腎尿細管モデル細胞であるA6細胞において,血管側の低浸透圧刺激がENaCを介した経上皮Na+再吸収を亢進させる現象が,我々の研究室を含めた多くの研究室から報告されている。さらに,我々の先行報告により,このNa+再吸収の亢進には2つのメカニズムが関与していることが明らかにされている。一つはチロシンキナーゼ依存的な管腔側へのENaCトラフィッキングであり,これは刺激後10分以内に引き起こされる急性の反応である。もう一方は遺伝子発現(aENaCサブユニットとSGK1)に依存した反応で,刺激後1時間以降に始まる亜急性の反応である。しかし,これらの反応に関わる細胞内シグナルの詳細については不明であった。今回,我々は,電気生理学的手法と生化学的手法を用いて,低浸透圧刺激によるENaCの機能制御に関わるこの2つの細胞内シグナル経路の同定を試みた。その結果,急性のENaCトラフィッキングにおいてはEGFR-JNK-PI3Kカスケードが関与することを明らかにし,亜急性の遺伝子発現を介した反応には細胞内Ca2+シグナルが関与することを明らかにしたので,その詳細について報告する。

 

(5) アルドステロンにより促進されるナトリウム再吸収の
クロライドイオン依存的な制御

新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)

 アルドステロンがNa+再吸収を亢進するメカニズムとして,genomic な作用とnon-genomic な作用が知られている:1) genomic な作用は,核内レセプター依存的な遺伝子発現を介して,ナトリウム再吸収に寄与する上皮型Na+チャネル (ENaC) やNa+/K+ポンプなどを新たに産生するもの;2) non-genomic な作用は,多様なシグナル分子がENaCの局在や活性制御に関与することが示唆されている。我々は,これまでに細胞内クロライド濃度 ( [Cl-]i) がシグナル分子としての役割を担っており,Na+再吸収制御にも深く関わっていることを報告してきた。アルドステロンを腎尿細管由来上皮細胞であるA6細胞に作用させる際,クロライドチャネル阻害剤やNa+/K+/2Cl- cotransporterを活性化するフラボノイドを添加すると,[Cl-]i上昇を介して,Na+再吸収阻害を引き起こすことを見出した。さらに,我々は,[Cl-]iの低下がアルドステロンによるNa+再吸収の亢進をさらに増強することを見出した。これらの研究成果を基盤として,[Cl-]iがアルドステロンによるNa+再吸収亢進機構の制御因子として機能している可能性について報告する。

 

(6) 電位依存性ホスファターゼVSPは,ホヤ,ゼブラフィッシュの
消化管上皮細胞に発現する

岡村康司1,2,3,Mohammad I. Hossain1,木村有希子1,2,東島眞一1,2,3,小笠原道生4
1自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター,2生理学研究所,
3総合研究大学院大学,4千葉大学理学系研究科)

 Ci-VSP (Ciona intestinalis Voltage-Sensing Phosphatase) は,電位依存性チャネルの電位センサーとPTEN様ホスファターゼの構造を併せ持つ膜蛋白であり細胞膜の脱分極によりイノシトールリン脂質のPI (4,5) P2を脱リン酸化する。

 VSPの生理機能を理解する目的でカタユウレイボヤにおいてin situ hybridization法により発現を調べたところ,これまでに発現が確認されていたtestis以外に,血液系細胞と消化管上皮細胞に発現が見られることがわかった。さらに分子遺伝学的なアプローチが可能なゼブラフィッシュからオルソログ分子のクローニングを行った。ゼブラフィッシュのVSP (Dr-VSP) はCi-VSPと高い相同性を示し発現系細胞での電気生理学的計測で顕著なゲート電流を示すことからCi-VSPと同じように膜電位感知機能をもつことがわかった。更に細胞内ドメインのホスファターゼは,in vitroでPI(4,5)P2およびPI (3,4,5) P3を基質として脱リン酸化能をもっていた。アフリカツメガエル卵母細胞を用いた実験から,この酵素活性は脱分極により活性化することが示された。Dr-VSPの発現をin situ hybridizationにより調べたところ,受精後3日胚から消化管上皮細胞での発現が確認された。現在ゼブラフィッシュVSPに対する抗体を作成してその発現を蛋白レベルで解析中である。

 これらの知見は上皮細胞の形成や機能に,膜電位に応じたイノシトールリン脂質代謝が関与している可能性を示唆している。

 

(7) 熱ショック転写因子による細胞の生と死の決定の機構

林田直樹,藤本充章,高木栄一,大島功,王倍倍,井上幸江,中井 彰
(山口大学大学院医学系研究科医化学分野)

 すべての生物にとって,温度変化に適応する能力はその生存にために必須のものである。細胞が高温にさらされることで最も有害な影響は蛋白質の変性である。この蛋白質の変性を抑制するために,分子シャペロンとして働く一群の熱ショック蛋白質 (Hsp) が誘導される。この応答が熱ショック応答であり,進化の過程で保存された,普遍的な生体防御機構である。この応答を制御するのが熱ショック転写因子HSF1である。HSF1は,Hspの構成的ならびに誘導性の発現を制御することで,温熱ストレスをはじめとする様々なストレスに対する耐性の獲得に働いている。また,Hsp以外のターゲット遺伝子の発現を介して細胞生存に働くことも強く示唆されている。一方,HSF1が細胞死を導く働きがあることが示唆されてきた。その分子機構を明らかにするために,DNAマイクロアレイを用いたHSF1のターゲット遺伝子の検索を行った。その中で,細胞死促進因子 TDAG51 (T-cell death associated gene 51) を同定した。蛋白質変性にともなう細胞運命の決定は,ともにHSF1によって制御されるHspとTDAG51の発現のバランスによることが示唆された。以上の結果をもとに,ストレスを受けた細胞の生存と死の制御の意義について議論する。

 

(8) 嚢胞性線維症原因遺伝子CFTRの成熟化・分解を制御する分子機構

杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・
病態探究医科学講座(口腔生理学))

 CFTRの遺伝的機能不全症(嚢胞性線維症)は,全身性外分泌腺機能障害・呼吸器感染を誘発する致死率の高い疾患である。嚢胞性線維症を引き起こすCFTR変異の70%は,508番目の一アミノ酸欠損 (ΔF508) であり,その変異型CFTRを有する患者においては,細胞内のERでCFTRが異常分解され,結果として粘膜上皮細胞の腺腔側細胞膜にCFTR Cl-チャネルが存在しないために疾患が誘発される。本研究においては,ERで翻訳されたCFTRの成熟型コンフォメーションへの移行および分解を制御する分子基盤を解明することを目的とした。

 上皮系培養細胞での成熟型CFTRの生成は,butyrateの添加により顕著に促進された。しかしRドメインを欠損するCFTRにおいてはbutyrateの効果は微弱であった。ButyrateはERK/MAPKの活性化レベルに依存して,CFTRのRドメインを介して成熟型CFTRの生成を促進し,その促進にはbutyrateにより発現制御・機能制御される未知分子が関与することが示唆された。Yeast two-hybrid systemによりRドメインに接着する分子を検出し,その結合分子に関して分子複合体の構築様式および細胞内局在制御様式を解析した。さらにRドメインに対する結合分子およびその変異体を過剰発現させた際,およびsiRNAを用いて結合分子の発現を低下させた際に生じる成熟型CFTRの生成量の変化を比較解析した。

 

(9) 新規有機アニオントランスポーター分子の同定:
内因性有機酸の輸送特性および生理機能における重要性

安西尚彦1,金井好克2,遠藤 仁1,3
1杏林大学医学部薬理学教室,2大阪大学医学部情報薬理学教室,
3ジェイファーマ株式会社)

 SLC22に分類される有機アニオントランスポーターOATsは主として腎尿細管に存在し,薬物や毒素など生体異物の解毒・排泄に関与するだけでなく,抗酸化作用を持つ尿酸などの内因性物質の再吸収等を介して生体の防御に重要な役割を果たしている。最近我々は新規有機アニオントランスポーターOAT7,Oat8, OATN1の分子同定を行った。OAT7は肝臓sinusoidal membraneに局在し,エストロン硫酸やDHEA硫酸などの硫酸抱合体を輸送する。OAT7による硫酸抱合体取込みは,細胞内の短鎖脂肪酸により増強され,特に炭素数4の酪酸と交換輸送が行われることを明らかにした。OAT7は腸管から門脈を介し肝臓へと到達した短鎖脂肪酸の肝臓でのクリアランスへの関与が推測される。Oat8は腎臓の集合管に発現を示し,TCAサイクル中間代謝体であるaケトグルタル酸との交換輸送を行う。Oat8はa間在細胞の管腔側膜とb間在細胞の基底側膜に存在し,体内での酸塩基平衡の変動と連動した何らかの腎臓の生理機能に関与することが推測される。OATN1はPAHなどの典型的な有機アニオンではなく,ニコチン酸,サリチル酸,プロスタグランジンなどを運ぶことからOATのnovel typeとして名付けられた。このOATN1のノックアウトマウスを作成し,野生型との間でのマウス尿中の化合物のメタボローム解析を行うことにより,ケトン体のb-hydroxybutyrateの排泄量が異なることを見出し,さらに同物質がOATN1の輸送基質となることを明らかにし,ケトン体の腎臓での再吸収を担うと考えられる。

 

(10) 毛包幹細胞領域は,表皮・毛包・末梢神経と血管網の再生を行う
表皮バリア再生のための最前線基地として働いている

天羽康之1,狩野真帆1,勝岡憲生1,河原克雅2
1北里大学医学部皮膚科学教室 2北里大学医学部生理学教室)

 ネスチンは神経系幹細胞に発現するclass VI の中間径フィラメント(神経前駆細胞のマーカー)である。我々は,ネスチン遺伝子のsecond intronにGFPを組み込んだトランスジェニック(ND-GFP-Tg)マウスを用い,毛包幹細胞とそれに連結する真皮の血管網がネスチンを発現しており,さらに,ネスチンを発現する毛包幹細胞が多分化能を有していることを報告した(PNAS 101, 2004, PNAS 102, 2005ほか)。

 近年,創傷治癒における毛包幹細胞の役割が注目されている。我々はND-GFP-Tgマウスを用いて,移植皮膚生着や創傷治癒におけるネスチンを発現する真皮血管網の役割を検討した。ND-GFP-Tgマウスの休止期毛包を有する背部皮膚をヌードマウスに移植すると,移植皮膚の毛包が成長期に移行するのに伴ってネスチンを発現する真皮血管網は増殖を始め,18日後までには移植片下床のヌードマウスの血管網と再結合して血管網を再構築した。また,ND-GFP-Tgマウスに2 mm biopsy punchで皮膚欠損を作ると,bulge areaの毛包幹細胞に連結するネスチンを発現する真皮血管網は,創傷部位へ向かって増殖を始め,15日後までには血管網を再構築した。

【結論】毛包幹細胞に連結するネスチンを発現する真皮血管網は,創傷治癒や移植皮膚の生着のために重要である。

 

(11) 浸透圧,静水圧とタイトジャンクションの機能調節

徳田深作,中島謙一,宮崎裕明,新里直美,丸中良典
(京都府立医科大学大学院 医学研究科 生理機能制御学)

 細胞間隙はイオンなどの物質を選択性に透過させることが知られており,その透過性は主にタイトジャンクションによって調節されている (barrier function)。腎遠位尿細管におけるイオン輸送は,体内のイオン環境・血圧維持にとって重要な役割を果たしており,特に細胞経由イオン輸送は浸透圧による調節を受けることが知られている。しかし,浸透圧変化の細胞間隙イオン輸送に対する影響については不明である。そこで,我々は,浸透圧の細胞間隙コンダクタンスに対する影響についての検討を行った。その結果,血管側・管腔側間に浸透圧勾配を与えることにより,イオン選択的な細胞間隙コンダクタンスが増大することを見出した。さらに,血管側の静水圧増加が細胞間隙コンダクタンスの上昇およびタイトジャンクション構成タンパク質であるclaudin-1の局在変化をもたらすことも明らかとなった。これらの結果より,タイトジャンクションが有するbarrier functionは,血管側・管腔側間の浸透圧および静水圧の勾配により,claudin-1局在変化を伴うダイナミックな制御を受けることが判明した。

 

(12) クローディン15ノックアウトマウスにおける小腸肥大化の解析

田村淳,北野由香2,秦正樹3,勝野達也,森脇一将4,佐々木博之5
林久由6,鈴木裕一6,野田哲生7,古瀬幹夫4,月田承一郎2,月田早智子1
1大阪大学大学院医学系研究科/生命機能研究科分子生体情報学
2京都大学大学院医学研究科分子生体情報学
3兵庫医科大学病理学
4神戸大学大学院医学系研究科細胞分子医学
5慈恵医科大学DNA医学研究所分子細胞生物学
6静岡県立大学食品栄養科学部栄養学科生理学研究室
7癌研究会癌研究所細胞生物学)

 上皮細胞は多細胞生物において体内のコンパートメントを形成し,体内のホメオスターシスを維持するという重要な役割を担っている。そのためには,上皮細胞間に形成されるタイトジャンクション (TJ) によるバリアー機能が必須である。TJを構成する主要なタンパク質であるクローディンは少なくとも24種からなるファミリーを形成し,これらの発現の組み合わせでバリアー機能の特性が規定されると考えられているが,分子レベルでの詳細は明らかではない。

 今回我々は,クローディン15のノックアウトマウスを作製し,表現型の解析を行った。クローディン15は,多種類の臓器に発現するクローディンの1つである。このマウスは外観上正常な成長を示したが,離乳後に腸管とくに小腸の肥大化が認められた。この肥大化は,陰窩と絨毛の伸長を伴っていた。ポリープが形成されたり癌化することはなく,正常な小腸細胞の増殖が促進しているように思われた。フリーズフラクチャー法によると,ノックアウトマウスではTJストランドが量的に顕著に減少しており,またその性状もより曲線状で,ところどころ途切れた部分が認められた。この所見からは,バリアー機能の障害が予測されたが,ビオチン(約400Da)やデキストラン (4kD,20kD) 透過試験では,変化は認められなかった。一方,電気生理学的な試験では,conductanceの低下が認められた。

 

(13) 食事性フラボノイドの吸収経路に関する検討

室田佳恵子,寺尾純二
(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野)

 食事性フラボノイドは摂食後,小腸および肝臓で抱合代謝を受け,血中には第二相抱合代謝物として存在している。これまでに,フラボノイドは摂取後糖鎖が加水分解され生じたアグリコンが腸管細胞へ取り込まれて最初の代謝過程を経て門脈へと輸送され,肝臓でさらに代謝されて胆汁中へ排出されるか,あるいは血中へと移行する経路が知られている。一般的にフラボノイドは水相と脂質相の界面に局在しやすく両親媒性物質として知られている。すなわち,フラボノイドは実質的に水難溶性物質であり,そのような分子が小腸管腔溶液から循環系へ至る経路としては,腸管からのリンパ輸送がある。我々はこれまでに,胸管リンパカニュレーションラットを用いて,代表的なフラボノイドであるケルセチンおよびゲニステインを胃あるいは十二指腸へ投与すると一部がリンパへと輸送されることを明らかにした。末梢血濃度に比較してリンパ液中の濃度は1/4程度であった。フラボノイドのリンパ輸送経路の存在は,高脂肪食とともにケルセチンを摂取すると吸収が促進されることや,ラットにおけるケルセチンの生体内局在を調べると肺に比較的多量のケルセチンの蓄積が見出されるなどの他の研究グル—プの報告によっても支持されるものである。本研究会ではこれまでに得られた成果を報告するとともに,フラボノイドの腸管上皮細胞内輸送経路について考察したい。

 

(14) 唾液腺AQP5のLPSによるdown-regulationとそのシグナル伝達経路

姚 陳娟,細井和雄
(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 口腔分子生理学分野)

 口腔は生体の防御系における最初の関門であり,その中で唾液・唾液腺は重要な働きを担っている。唾液腺の外分泌活動に関しては,外分泌腺型水チャネル蛋白質,アクアポリン5の働きが重要である。本研究では内毒素,LPSによる唾液腺AQPs発現制御を雄性C3H/HeNマウス及びそのTLR4変異型,C3H/HeJマウスを実験動物として調べた。まず,RT-PCRおよびWestern blottingによって解析し,LPS腹腔投与後6-24時間後,C3H/HeNマウス耳下腺においてAQP5 とAQP1のmRNA及び蛋白質は減少すること(down-regulation)を見出した。LPSによるAQP5 mRNAのdown-regulationは培養耳下腺において,NF-kB経路の阻害剤であるPDTC,MG132,およびMAPK下流のERK1/2ならびにJNKの阻害剤であるAG126およびSP600125(それぞれc-fosおよびc-Junのりん酸化阻害)により完全に解除された。上記down-regulationはp38MAPK阻害剤であるSB203580によっては部分的にのみ解除された。他方,AQP1 mRNAのLPSによるdown-regulationはAG126とSP600125によってのみ,しかも部分的にのみ解除された。Gel shift解析結果から,NF-kBはAQP5 プロモーターの2種のNF-kB応答配列へ結合し,そのレベルはLPS刺激により上昇した。AQP5の転写活性はこれにより抑制されたと考えられた。更に,Western blot解析および免疫組織化学により,NF-kBのsubunit,p65およびp-c-Junならびにc-fosはLPS刺激により増幅され,核へ移行することが確認された。

 結論として,LPSによるAQP5 mRNAのdown-regulationにはNF-kB及びMAPK経路が関与し,NF-kBおよびAP-1がクロスカップリングする可能性が考えられた。一方,AQP1 mRNAのdown-regulationにはMAPK系が部分的に関与していると推定された。

 

(15) マウス膵導管細胞におけるslc26a6 Cl--HCO3- exchanger

石黒 洋,山本明子(名古屋大学大学院医学系研究科 健康栄養医学)

 膵臓の導管系は,高濃度のHCO3-を含む等張液を分泌する。管腔膜を介するHCO3-分泌は,CFTRのHCO3-コンダクタンスと,SLC26 family輸送体によるCl--HCO3-交換が担っているとされている。slc26a6ノックアウトマウスの膵から小葉間膵管を単離し,管腔内にBCECF-dextranを注入して,溶液分泌速度(管腔容積の変化率)とともに管腔内のpH(HCO3-濃度)を測定した。表層,管腔内ともHCO3--free,150 mM Cl-の条件で測定を開始した。forskolin刺激下に,表層灌流液を25 mM HCO3--5% CO2-125 mM Cl-溶液に切り替えると,管腔内pHは一時的に低下(CO2の流入による)した後に上昇した。その時,ワイルドタイプでは一過性の溶液分泌の増加が見られたが,slc26a6 (-/-)では逆に一過性の吸収が半数以上の膵管に見られた。HCO3-濃度とCl-濃度の和が常に150 mMであると仮定し,管腔膜を介するHCO3-およびCl-輸送を算出したところ,slc26a6は1 Cl-⇔2 HCO3-交換を担っていると推定された。

 

(16) 2つの異なる胃酸分泌最終段階における胃プロトンポンプ複合体

酒井秀紀,藤井拓人,高橋佑司,森井孫俊,竹口紀晃
(富山大学大学院医学薬学研究部 薬物生理学)

 胃酸分泌細胞において酸分泌休止状態では,胃プロトンポンプに富む細管小胞は細胞内に存在しているが,刺激に伴い細管小胞は分泌膜につながりプロトンポンプが活性化され管腔へ胃酸が分泌される。我々は,分泌膜の基礎胃酸分泌(休止時)と,細管小胞膜の胃酸分泌(刺激時)におけるトランスポーターの役割について検討した。

 ブタ胃より細管小胞膜由来のベシクル (TV) と分泌膜由来のベシクル (SA) を調製した。TVおよびSAにおける胃プロトンポンプの機能について比較すると,特異的阻害剤 (SCH 28080) 感受性はTVのプロトンポンプが有意に高く,コンフォメーションのK+感受性 (E1→E2K)もTVのプロトンポンプが高かった。TVにはCLC-5が選択的に,SAにはKCC4が選択的に発現しており,いずれも胃プロトンポンプと分子会合していることがわかった。胃ベシクルおよび細胞株において,これらのタンパク質とプロトンポンプが機能的に関連していた。したがってTVとSAにはそれぞれ異なった胃プロトンポンプ複合体が存在しており,胃プロトンポンプは2つの異なる機構により調節されていることが示唆された。

 


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