生理学研究所年報 第29巻 | |
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20.電子顕微鏡機能イメージング法の展開2007年12月25日−12月26日
【参加者名】 【概要】 今年度は平成19年12月25日から26日に岡崎コンファレンスセンター小会議室で開催した。専門性を追求するために,平成19年度日本顕微鏡学会関西支部特別企画講演会「生物科学・材料科学におけるイメージングの統合化」,自然科学研究機構イメージングサイエンスと共催し,延べ約100人が参加した。浜松医科大学光量子医学研究センター 寺川進先生「顕微鏡の未来」の基調講演の後に1.材料系の光顕・電顕統合イメージング,2.生物系の光顕・電顕統合イメージング,3.生物系の光顕・電顕イメージング,4.生きた細胞の顕微鏡観察の主題について,それぞれ約5演題ずつ,総計19演題の講演があった。材料系・生物系の双方から新規の機能イメージング法の提案があった。さらに今後の新しい潮流となる生細胞観察に対し,特に電顕が備えるべき性能について議論が行われ,技術革新について個々の具体的に必要な新規技術が提案された。 本研究会と呼応する形で岡崎で開発されてきた位相差電子顕微鏡法は,無染色の生物試料観察に特に威力を発揮し,従来法では観察が困難であった様々な生物試料の微細構造を明瞭に提示してきたが,生物科学・材料科学におけるイメージングの統合化とともに生細胞観察においても基軸となる研究手法であることが理解された。
(1) 顕微鏡の未来寺川進(浜松医科大学 光量子医学研究センター) 顕微鏡の革新 光に印を付けること 分解能の追求 電子顕微鏡と光学顕微鏡
(2) SPMを用いた半導体からバイオまでの電気特性イメージング藤田 高弥((株)東レリサーチセンター 表面科学研究部 表面解析研究室) 走査型プローブ顕微鏡(Scanning probe microscopy:SPM)は,先端が鋭利な探針=プローブを用いる顕微鏡の総称であり,固体表面において10億分の1メートル(ナノメートル)の世界を観察できるイメージング技術である。分析・評価の技術開発の歩みを振り返ると,1990年代より,SPMは半導体産業の成長とともに発展していった。近年,シリコン(Si)や窒化ガリウム(GaN)などの基板をはじめ,大規模集積回路(LSI)を構成する電界効果トランジスタ(例えばMOSFET)など,SPMは半導体の様々な試料においてナノメータスケールの表面粗さや電気特性の評価に用いられるようになった。我々は,半導体の電気伝導を担う電子や正孔(キャリア)に関し,これまで難しいと言われてきた微小領域のキャリア濃度の定量化に取り組んできた1)。最近,SPMを用いてMOSFETのキャリア濃度をイメージングできるようになった。一方,バイオの分野では,タンパク質や細胞に電極を付けることは極めて難しく,SPMによる生体試料の電気特性イメージングはほとんど行なわれてこなかった。そこで,生きた細胞に入力電圧を加えられる環境をつくり,藍藻の光合成前後における電位変化を捉えることができた。本講演では,多岐にわたるSPM群の中から走査型キャパシタンス顕微鏡(SCM),走査型拡がり抵抗顕微鏡(SSRM),表面電位顕微鏡(SpoM)を取り上げ,それらの手法の特徴を解説し,半導体からバイオまでの電気特性イメージングの事例を紹介する。 参考文献
(3) SiCの結晶成長と格子欠陥のTEM評価一色 俊之(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科基盤科学部門) シリコンカーバイド(SiC)は,ワイドバンドギャップ,高電子移動度などの優れた電気的特性に加え高熱伝導性と化学的安定性を有することから,パワーデバイス応用を中心に研究開発が進められている。SiCデバイスの開発では基板の高品質化と大面積化が大きな課題である。現在の結晶育成技術では基板中の欠陥低減が不十分で本来の電気特性を発揮できておらず,サイズも4〜6インチと小口径の基板しか得られていない。低欠陥密度,大口径のSiC基板を低コストで製造するためには,欠陥の生成に密接に関連する結晶成長メカニズムの解明が不可欠である。この目的において,電子顕微鏡による欠陥のイメージングが重要な役割を果たすと期待される。この講演では透過型電子顕微鏡法を中心に行ったSiC結晶中の欠陥構造評価と成長メカニズムの考察について述べる。 1. 6Hバルク結晶中のグラファイト偏析 2. 非c 面成長4H基板中の転位対配列 3. Si基板上のヘテロエピタキシャル成長
(4) AP-FIM,TEMの融合による高強度鉄鋼材料のナノ組織解析佐野 直幸(住友金属工業(株)総合技術研究所 厚板・条鋼研究開発部) 1. 緒言 2. 実験例
(5) TEM像,角度分解反射電子像を用いた粒界ナノ析出物の解析谷山 明(住友金属工業(株)総合技術研究所 物性・分析研究開発部) 鉄鋼材料中に存在するナノ析出物・介在物は,粒成長の起点や転位や粒界のピンニングポイントとして作用するため,材料の機械的性質をコントロールする上で,その形態や析出領域,大きさ,組成などを把握することは重要である。これまでナノスケールサイズの構造解析には一般的に透過電子顕微鏡(TEM)が用いられてきた。しかしながら,材料中の析出物量に不均一が生じている場合には比較的広い範囲を高倍率で観察する必要があり,3mm径のディスクの極一部を薄片化した試料を用いて観察を行うTEM観察では,材料の全体像を反映した結果を得られない可能性がある。したがって,材料全体の特徴を反映した結果を得るためには多数のTEM試料を作製し観察することが必要となり,多くの時間と労力を要する場合が多い。一方走査型電子顕微鏡(SEM)はこれまで比較的低倍率の観察に用いられ,ナノ析出物のような微小な観察には不適であると考えられてきたが,最近では電界放射型の電子銃を搭載したFE-SEMが広く用いられるようになり,10万倍以上の高倍率の観察も可能となってきた。特に,最近,極低加速電圧で観察できるものや反射電子の出射角度を自由に変化させて観察可能な装置も市販され,高倍率での極表面の形態や組成構造の観察が可能になってきている。また,SEMではバルク材を試料として用いることができることや試料調整が比較的容易なこと,広い視野を観察できることなど利便性が高いため,粒界ナノ析出物観察に利用できれば,非常に有効な手法として活用可能であると考えられる。本講演では,SEMの利便性に着目したナノサイズ粒子の解析事例として,角度分解反射電子像を用いた鉄鋼材料中の粒界ナノ析出物観察結果を紹介し,それらの結果をTEM観察結果と比較することでSEM観察の有効性を議論する。
(6) EPMAを用いたヒト細胞の微小部・微量金属元素分析副島啓義1),渡辺孝一2),森博太郎3) 人体のある部位の細胞には代謝由来の微量金属元素が異常濃度で存在していること,また部位によっては環境由来の微粒子が存在していることが知られている。しかし,体内組織の何処にどのように蓄積し,どのような影響が生じるかについては不明な点が多い。昨今話題のアスベストやナノ粒子も,一部では以前から問題視されていたが,細胞レベルでの具体的な影響プロセスの詳細は良く分かっていない。これらの理由の一つは,細胞組織と対応した微量金属元素分析法が確立していないからである。生体組織微小部元素分析を振り返ると,マイクロ電子ビームを照射し特性X線を検出して微小部の元素分析をするEPMAが実用化された1960年代に,金属や無機材料への応用にすぐ続いて生体への応用がはじまった。しかし硬組織(歯や骨)や植物への応用を除いて軟組織(タンパク質主体)への応用は続かなかった。EPMAに続いてTEM−EDSやSEM−EDSが出現し,軟組織への応用も行われたがこれも長続きしなかった。SIMSやPIXEによる分析も行われているがごく一部に限られている。問題点としては,手法・装置によっても異なるが,細胞組織の観察分解能不足,ビーム照射による組織ダメージ,元素分析感度不足,元素分析空間分解能不足,臨界点乾燥や染色による元素分析の信頼性低下,などが挙げられる。我々はEPMA技術をベースにして,人体組織と微量金属の関わり,特に細胞レベルでの関わりを明らかにするための分析技術・分析装置開発の研究を続けている。染色切片の光学顕微鏡像と対応した反射電子線像・窒素の特性X線像によるタンパク質像・微量金属元素の特性X線像を撮影している。現在,サブミクロン分解能,100ppmレベルの分析が一部で可能になってきている。 参考文献(一部)
(7) 生体試料分析を目的とした顕微質量分析装置の開発出水秀明1),原田高宏1),竹下建悟1),古橋治1),小河潔1),吉田佳一1),瀬藤光利2) 細胞や生体組織の形態観察時に,生体分子を確度の高い質量分析により同定し,きわめて高い空間分解能で分布測定を行うことが出来る,「顕微質量分析装置」の開発を行っている。 この装置では顕微鏡による形態学観察と,質量分析による生化学情報を結びつけることができ,形態変化から見つかった異常部位が物質として何で構成されているかなどを明確に知ることが可能となる。これにより基礎医学・生物学の研究だけでなく,疾患の原因解明や創薬の研究などに大きく貢献できると考えている。 この装置では壊れ易い生体分子を壊さずにイオン化して質量分析するためマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI:MatrixAssistedLaserDesorption/Ionization) 法を用いる。この際にレーザを微小集光することで空間的に限られた領域中から生体分子をイオン化し,さらに高解像度の光学顕微鏡と高精度ステージを組み合わせることで顕微鏡レベルのイメージング分析を可能とした。また質量分析部にはイオントラップ−飛行時間型の構成を用いている。イオントラップでは,分子量だけでは特定できない分子イオンに対し,選別・分解して生成した断片の分子量から元の分子を同定する,MS/MS法を多段階でおこなうMSn分析が可能である。これに飛行時間法による高精度の分子量測定と組み合わせることで確度の高い生体分子の同定が出来る。さらにイオントラップとして矩形波駆動イオントラップ型(Ditital Ion Trap:DIT)を用いてデジタル回路技術による駆動波形生成により自在なイオン制御を可能にした。 本講演ではこれらの技術内容の詳細と,生体試料を用いた評価結果について報告する。
(8) 顕微質量分析による生体組織分析:応用瀬藤光利(岡崎統合バイオサイエンスセンター) ヒトを含む哺乳類中枢神経の興奮性シナプス伝達の8割はグルタミン酸作動性である。筆者はグルタミン酸受容体の動態12およびグルタミン酸小胞の輸送3と放出の機構4について新しい顕微鏡法56を開発しつつ研究してきた。今回,高分解能の顕微質量分析装置と手法,すなわち質量顕微鏡法を開発し,グルタミン酸シグナル伝達の可視化に成功したので報告する。 1. Setou, M., et al., Science 2000
(9) 生物電子顕微鏡の新しい展開永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター) 細胞生物学における各種光学顕微鏡の隆盛に引きかえ,生物電子顕微鏡はかつての輝きを失っている。解剖学,形態学自体が時代の先端に対応できないことと軌を一つにしており,学問的勢いがない。こうした学問的退潮は,構造生物学に依拠した米国,ドイツを中心とする新しい生物電顕の流れ(蛋白質の単粒子解析や細胞の低温トモグラフィー)で,様変わりしようとしている。しかし,日本の中では未だ新旧交代がうまく行っていない。本講演では,現在CRESTの枠組みで開発中の位相差電顕の可能性を提示し,これからの生物電顕の方向を考えたい。 1. 光顕電顕相関法−特に電子・光子ハイブリッド顕微鏡 2.位相差Live TEM
(10) 経口投与アルミニウムの組織内蓄積の元素分析電子顕微鏡的解析亀谷 清和1),永田 哲士2) 分析電子顕微鏡は生物組織細胞の微細構造観察と同時に構成元素の定性・定量が行え,組織・細胞内に存在する元素の解析に有効な方法である。 我々は,通常の電顕試料(超薄切片)の10倍の1mm切片を用い,それを透過する高加速電圧電子顕微鏡HVTEM (high voltage transmission electron microscope)とエネルギー分散型X線微小部分析装置EDX(energy- dispersive x-ray microanalysis)により,生体内の微量金属元素を測定した。さらに,過剰蓄積した微量金属が生体に及ぼす影響と疾患の関係を解明するため,アルミニウム(Al)について検討を行った。 実験動物(ddYマウス)にAlを経口投与し,吸収・代謝に関与する組織細胞内のAl蓄積をHVTEM-EDXにより解析した。 その結果,過剰経口投与されたAlは小腸の吸収上皮細胞と肝臓の肝細胞の水解小体,肝臓内マクロファージ,腎臓の近位尿細管吸収上皮細胞の水解小体に取り込まれていることを明らかにした。 脳組織についてもHVTEM-EDXによりAl蓄積を検索した。しかし明確なAl蓄積を同定することは出来なかった。脳組織のAl蓄積量がHVTEM-EDXの検出限界より低い可能性が考えらるので,さらに元素分析の感度が高い電子エネルギー損失分光法EELS(electron energy-loss spectroscopy)や長時間の元素分析が可能な走査透過電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分析装置STEM-EDX (HAADF-STEM high-angle annular dark-field scanning transmission electron microscopy)を用いて詳細に検討した。しかし現在のところ脳組織については明確なAl蓄積は得られていない。 現時点における結果と今後の検討課題について報告したい。 デジタルホログラフィック顕微鏡による立体画像のリアルタイム表示と表面計測
(11) デジタルホログラフィック顕微鏡松田 知足((株)オムニセンスジャパン) ホログラフィは,光の波面のもつ位相情報を干渉によって強度に変換して媒体に記録する技術である。物理学者Denis Gabor(1971年にノーベル物理学賞)によって1948年に理論的に導かれ,コヒーレントなレーザー光の発明により,立体像を記録できる新しい光学技術となった。物体からの光と参照光を重ね合わせてできる干渉縞に,参照光を照らすと物体の3次元的な虚像(ホログラム)が表示される。ホログラムとはGaborが作った造語でギリシャ語のホロス(完全な)とグラム(メッセージ)の合成語である。 【顕微鏡の仕組み】ホログラムを利用して,リアルタイムで物体の3D画像を高分解能で表示する。測定対象物からの光と参照光にq(数度)の角度を持たせてホログラムを描く(Off-Axis)ことにより1枚のホログラムから3D画像を描くことができる光学系を使用している特徴がある。画像はPCに保存され,位相と振幅信号に分けられる。2種の信号を再構築し,振幅強度から通常の光学顕微鏡と同じ画像を得て,位相情報には波長と同じスケールの分解能で計測用の情報が含まれる。観察対象:反射型と透過型顕微鏡の2種類の顕微鏡が作成されており,前者では不透明な試料について,0.6nmの垂直分解能で表面状態を観察し,後者では透明な試料について,厚さと屈折率による位相のずれを観察する。 【適用例】材料系・生物系のいずれにおいても,他の顕微鏡では行えなかった特徴ある観察が実現している。材料系における適用:視野が広く,10,000fpsで画像が取得できるので,例えばベルトコンベアーの上の物体の表面の粗さ,ガラスの中の気泡を連続して計測することができる。生物系における適用:標本に非接触で無染色観察が可能であり照射されるレーザー光は微弱(1mW/cm2)であるため,生細胞の立体的・経時的観察に適する。
(12) デジタルホログラフィによるサブナノ変形計測技術藤垣元治(和歌山大学システム工学部光メカトロニクス学科) 1.はじめに 2.位相シフトデジタルホログラフィによる変形計測 3.窓関数を用いたスペックルノイズ除去手法 4.ひずみ分布計測への応用 5.おわりに 参考文献
(13) コンフォーカル顕微鏡における理想的励起光技術と超解像技術伊集院 敏(ライカマイクロシステムズ(株)リサーチクリニカル事業部) コンフォーカル顕微鏡は現在さまざまな分野で普及しています。 特に医学・生物学の分野で利用される近年のレーザー走査型蛍光顕微鏡においては,検出波長の可変技術が発達し多重蛍光染色試料の観察がより効率良く正確に行うことが可能となってきました。 そのような中,コンフォーカル顕微鏡を更に大きく発展させる技術として期待されているのが励起波長の制約と光学顕微鏡分解能の制約からの解放です。 前者,励起波長の制約を解き放つ技術として白色光発振レーザーの実用化とその搭載のための応用技術があげられます。これにより可視光域においては1本のレーザー発振装置から得られるブロードバンド光から任意に複数波長を取り出し,同時照射することが可能となりました。 そして後者,分解能の制約を解き放つ技術として開発されたのは誘導放出と呼ばれる現象を応用した誘導放出制御(STED)顕微鏡です。この顕微鏡では容易に従来型光学顕微鏡のおよそ2倍以上の水平分解能を得ることが可能です。 間もなく一般の研究者が従来と同様にかつ容易に利用できる,これら革新的な技術を実用化した装置を紹介します。
(14) 蛍光相関分光法末永 佳代子(カールツァイスマイクロイメージング(株)プロダクトサポートディパートメン) 蛍光相関分光法(FCS:Fluorescence Correlation Spectroscopy)は,分子の動きや大きさの違いを,蛍光標識した分子のシグナル強度のゆらぎから解析する,単一分子計測法のひとつである。顕微鏡下で焦点面にレーザ光を集光させると,直径約0.3mm,高さ約1.5mmほどのごく微小な観察領域を作ることができる。これは E.Coli とほぼ同程度の大きさに相当し,その容量は約0.1〜1fLとなる。1モル濃度の溶液が1Lあれば,その中にはアボガドロ数(6.02x1023)個の分子が存在する。観察したい生体分子を蛍光標識し,その溶液を0.1mM以下に希釈すれば,この観察領域内にはわずか数個〜数十個の蛍光分子しか存在しないことになる。この領域内を標識した蛍光分子が出入りすると,得られる蛍光強度にはゆらぎが生じる。一定時間内に測定したゆらぎから自己相関関数を求めることで,分子の数(濃度)や拡散時間,分子の大きさなどを求めることができる。分子数の変化から分子の集合・解離の情報を,また拡散時間の変化から分子の大きさや形状の変化,あるいは溶液内の粘性の変化など,さまざまな情報を得ることができる。FCSは空間的・時間的に非常に分解能の高い手法であるといえる。 これらの測定は,溶液試料のみならず,生細胞内においても可能である。共焦点レーザ顕微鏡とFCS装置を組み合わせて使用することで,3次元的な細胞形態をとらえ,さらにそのなかの特定部位における分子の動きを追うことが可能となる。 本講演では,FCSの基本原理から,応用例として2分子間の相互作用を検出する蛍光相互相関分光法(FCCS:Fluorescence Cross-Correlation Microscopy)や,FCSにおいて検出器として使用している高感度APDによるイメージング技術なども紹介する。
(15) アポディゼーション位相差法大瀧達朗((株)ニコン コアテクノロジーセンター 研究開発本部 光学設計部) 見えないものを観る事は顕微鏡開発の夢である。生きた細胞は無色透明な位相物体であり,通常の検鏡法ではコントラストが付かずほとんど見えない。位相差法はゼルニケにより1930年代に発見された位相物体を可視化する方法だが,原理的にハロと云う現象を生じる。光学顕微鏡でハロは厚い細胞の像などに光のくまどりのように現れ微細構造を見えなくする欠点となる。ハロを低減した上に微細構造を強調して可視化する方法がアポディゼーション位相差法である。その光学原理を中心に述べる。 光波が位相物体を透過する際には位相差を生じると同時に回折を生じる。ゼルニケ位相差法では位相板と呼ぶ光学フィルタにより回折光と直接光に相対的な位相差を加え,像面で干渉させて明暗のコントラストとして可視化する。コントラスト強調のために通常は直接光を減光するが,高感度を求め減光を大にするとハロも大となり生きた細胞の微細観察に不向きになる。アポディゼーション位相差法では,回折角が位相物体の大きさで異なる点に着目して,ハロを低減し微小物体のコントラストを選択的に高めることに成功した。光学的な構成は従来の位相板に換えてアポディゼーション位相板と名付けた光学フィルタを用いる。これは輪帯形状の位相板と,その内外周に沿った減光帯であるアポディゼーション帯で構成される。この減光帯は像の周波数フィルタとして作用し,選択された回折光の強度を弱める。減光帯の幅は選択する位相物体の大きさから求められる。アポディゼーション帯で大きな物体からの回折光を弱めると低コントラスト像になるのでハロが低減され,逆に小さな物体は回折光の大部分がアポディゼーション帯以外の開口を透過して減光されずに直接光と干渉して高コントラスト像となる。結果,生きた細胞の微細構造を高コントラスト像で観察できる。また高開口数の対物レンズを用いて高感度のアポディゼーション位相差法も開発した。
(16) 軟X線顕微鏡による生細胞の観察手法有澤 孝((株)アライドレーザー JAEA関西光科学研究所) 生きた細胞を観察することは通常の光学顕微鏡で行われているが,より精細に内部構造観察を行う目的ではX線顕微鏡が活用されている。また,レーザー蛍光顕微鏡は特定の蛋白質などを観察する上で便利であるが,実体構造を知るには電子顕微鏡など別の手段を用いる必要がある。X線顕微鏡は波長,輝度,ビーム特性などから放射光がもっぱら使用されているがコンパクトでスタンドアローンで利用しやすいものが実現すれば多くの場所や分野において活用され,生物学や医療診断などで新たな知験が得られ,これにより新たな利用分野が誘起されることが期待できる。このような観点から利用しやすい顕微鏡を開発し,そのプロトタイプを実現した。本装置は,Schwaldschild型で波長4nmの光を用いて細胞の骨格であるカーボンを主体としたCT像を構築することが出来る,また,運動する細胞をレーザー光でトラップ・操作し長時間にわたって観察できるようになっている。表面に付着して培養される細胞用並びに自由に浮遊する細胞を観察できる観察セルが用意されている。さらにオプションによりレーザー励起された分子像を同軸で見ることの出来るデュアルイメージングシステムが可能である。現在幅広い分野での利用をしていただくために受託計測等を行うバイオセンターでのサービス提供を進めている。
(17) 環境制御・透過電子顕微鏡の進展と応用竹田 精治(大阪大学大学院理学研究科物理学) TEMはさまざまな物質構造と特性を評価できる重要な観察装置だが,この特徴に加えて,物質が形成されるプロセスを原子スケールで比較的高速で観察できる唯一の計測装置でもある。従来から,TEMによる結晶の照射効果の観察や結晶成長過程の観察例も多いのだが,その大半は試料を真空中において得られたものであった。最近,気体中の試料を,その場で観察できる環境制御TEM(ETEM)が急速に普及しようとしている。 ETEMの応用分野は多い。例えば,金属ナノ粒子は,気体と反応して触媒作用を示すことがある。しかし,原子スケールでのメカニズムは未解明である。金属ナノ粒子表面における気体反応プロセスが実空間で解明できれば,基礎科学のみならず実用にも多いに貢献する。よって,気体が金属ナノ粒子の周りに充満した状態で観察できるETEMは必須である。 ETEMは,電界放射型電子銃などを高真空に保ったままで,一方では試料の周囲をできるだけ高い圧力のガスで充たすという相矛盾する要求を両立させている。さらに,ETEMの像形成過程を詳しく分析すると未だ多くの困難が予想される。使いこなしには相応の技術と知識が必要である。しかし,物質科学に携わるものから見ればETEMは極めて魅力的な装置であり,今後,さらなる普及と発展が期待できる。
(18) 隔膜型雰囲気試料室の開発石川 晃(日本大学文理学部物理学科) 生物試料などの含水試料を乾燥させることなく,自然の状態で観察するために,雰囲気試料室(Environmental Cell;EC)が用いられる。隔膜型ECは,鏡筒外部とECを結ぶガス通路を備え,観察中に水蒸気を含む任意のガスを還流させることにより試料の乾燥を防ぐもので,上下に開けられた電子線通過用の窓孔に「隔膜」を貼りつけて環境ガスの漏れを塞ぐ。EC内にはガスだけでなく液体試薬の注入も可能で,試料の薬品との化学反応や生体試料の動的観察に必要な液層環境も設定でき,広範囲な試料環境の制御が可能である。隔膜型ECの性能と操作性は隔膜の電子線透過性と耐圧性能に左右されるが,厚さ20nm以下の真空蒸着カーボン膜で0.1MPa以上の耐圧性を持つ隔膜を開発しており,広い環境範囲での観察と,通常の操作での試料交換が可能となっている。 ガス通路を備えた隔膜型ECは,観察中に電顕外部から環境制御できることが大きな特長であるが,ガス漏れが生じた場合の対策や試料交換時の予備排気制御のために,電顕の改造が必要となる。一方,試料環境の制御を必要とせず,単にガス環境あるいは液体環境での試料観察だけが目的なら,外部とのガス通路を無くしてガスあるいは液体を密閉するだけの密閉型ECで十分である。0.1MPa以上の高耐圧性の隔膜を用いれば,大気圧下で密閉して通常の操作で電顕に挿入でき,隔膜が破損してガスが漏れた場合でも,密閉されるガス量が微少なため電顕の真空を損なうことは無いので,通常の電子顕微鏡でそのまま使用できる。密閉型ECは簡単な構造で実現でき,透過電顕用だけでなく走査電顕用にも容易に応用できるので,使用目的によっては十分な実用性を持つものと考えている。
(19) ガス雰囲気試料室による筋収縮の分子的機構の研究杉 晴夫1),箕田弘義2),稲吉悠里2),宮川拓也3),田野倉優3),秋元 剛4) 我々は1986年以来,日大の深見章教授らが開発した隔膜型ガス雰囲気試料室(EC)を使用して筋収縮の分子的機構の研究を行い成果をあげている。骨格筋の収縮はアクチンフィラメントとミオシンフィラメント間の滑りによって起こるが,この滑りはミオシンフィラメントから側方に突き出たミオシン分子頭部がアクチンフィラメントとATPの加水分解と共役した結合・変形・解離サイクルを行うことによると考えられる。しかしミオシン頭部の変形の実体は,間接的な証拠から推論されているに過ぎない。このATP加水分解をともなうミオシン頭部の変形(運動)を明らかにする最もstraightforwardな方法は,電子顕微鏡下に生きたミオシンフィラメントに於けるミオシン頭部の運動を記録することである。我々は骨格筋から抽出したミオシン分子を重合させ,電顕観察に適した太い双極性ミオシンフィラメントを作製し,さらにミオシン頭部の位置標識として,ミオシン頭部に抗体を介し筋粒子(直径20nm)を付着させた。このミオシンフィラメント試料はECの炭素隔膜上で位置を変えることはない。試料の電子線損傷を防止するため,電顕観察倍率1万倍以下としtotal incident electron doseが10-5C/cm2以下の条件で実験を行った。試料像はイメージングプレート(画素数千二百万)に記録した(シャッター速度0.1s)。主な結果は以下のようである。(1)ミオシン頭部の位置は時間とともに変化せず一定である。(2)ATPを電気泳動的に試料に与えると,ミオシン頭部が7- 8nmフィラメントの長軸にそって運動する。ミオシンフィラメントの中央部(bare region)の両側でフィラメントの極性は互いに逆であることを反映し,ATPによりミオシン頭部はbare regionから遠ざかる方向に運動する。我々の実験系にはアクチンフィラメントが存在しないので,このミオシン頭部の運動は,ミオシン頭部がアクチンフィラメント結合しこれを動かすパワーストロークに先行する”準備ストローク“と考えられる。
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