生理学研究所年報 第29巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

21.筋・骨格系と内臓の痛み研究会

2007年12月6日−12月7日
代表・世話人:水村 和枝(名古屋大学環境医学研究所)
所内対応者:富永 真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
成体とは全く異なる発達期特異的な温度感受性TRPチャネルの役割
柴崎貢志1,2,3,村山奈美枝3,富永真琴1,2,3
1岡崎統合バイオサイエンスセンター,2生理学研究所,3総合研究大学院大学)
(2)
TRPA1 のアルカリによる活性化機構
藤田郁尚1,2,3,内田邦敏1,2,4,森山朋子5,柴崎貢志1,2,4,稲田仁1,2,富永真琴1,2,4
1岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理,
2生理学研究所,3株式会社マンダム,
4総合研究大学院大学・生理科学,5弘前大学・脳科学研究所)
(3)
後根神経節ニューロンにおける二つのタイプの持続型Na電流の生理機能
緒方宣邦,松冨智哉,鄭泰星,柿村順一,中本千泉
(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経生理学)
(4)
抗腫瘍薬による脊髄後根神経節細胞からのサブスタンスP遊離
宮野加奈子,唐 和斌,森岡徳光,井上敦子,仲田義啓
(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・薬効解析科学)
(5)
麻酔ラットにおける神経性炎症の部位差−関連痛研究の可能性を考えて
小山なつ(滋賀医科大学生理学講座統合生理学)
(6)
痛み刺激による脊髄の機能画像
上野雄文1,2,3,牛田享宏2,4,池本竜則2,谷口慎一郎2
村田和子2,森尾一夫2,Sean Mackey3,谷俊一2
1九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野,2高知大学医学部,
3Stanford大学医学部,4愛知医科大学・学際的痛みセンター)
(7)
ホスホリパーゼA2活性化を介したラット脊髄膠様質ニューロンのGABAと
グリシンによる抑制性シナプス伝達の促進
熊本栄一,柳涛,藤田亜美,岳海源,水田恒太郎,中塚映政
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座・神経生理学分野)
(8)
過酸化水素が脊髄後角膠様質細胞の神経伝達に与える影響
高橋亜矢子,井浦 晃,眞下 節
(大阪大学大学院医学系研究科酔・集中医学講座)
(9)
PACAPシグナル伝達を介したnNOSの機能調節の分子機構
大西隆之,芦高恵美子,松村伸治,伊藤誠二
(関西医科大学・医学部・医化学教室)
(10)
ギプス固定慢性痛症モデルにおける痛みの出現と脊髄グリア細胞の変化
大道美香1,2,5,大道裕介1,2,5,大石仁2,櫻井博紀1,3,5,森本温子1,5
吉本隆彦1,3,5,橋本辰幸1,江口国博1,4,牛田享宏5,山口佳子1,熊澤孝朗1,5
1愛知医科大学医学部痛み学講座,2愛知医科大学医学部解剖学講座,
3愛知医科大学医学部生理学第二講座,
4愛知学院大学歯学部生理学講座,5愛知医科大学学際的痛みセンター)
(11)
炎症性咬筋痛覚過敏に対する抗炎症性サイトカインとグリア阻害薬の影響
清水康平,岩田幸一(日本大学歯学部生理学教室)
Ronald Dubner,Ke Ren (Dept. of Biomed. Sci., Dental Sch.,
& Prog. in Neurosci., Univ. of Maryland)
(12)
IFN-g によるミクログリアの活性化と神経因性疼痛
増田隆博,津田 誠,井上和秀(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)
(13)
慢性疼痛治療標的としてのグリア型グルタミン酸トランスポーター
GLT-1に関する研究
中川貴之,前田早苗,河本 愛,金子周司
(京都大学薬学研究科生体機能解析学分野)
(14)
遅発性筋痛 (DOMS) におけるCOX-2およびNGFの関与について
妹尾詩織,片野坂公明,水村和枝(名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)
(15)
筋痛動物モデルにおけるイオンチャネルの関与
藤井優子,尾崎紀之,杉浦康夫
(名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座機能組織学分野)
(16)
腰部筋に起因する侵害受容の神経解剖学的,および電気生理学的研究
田口 徹1,2,ウルリッヒ・ホヘイセル1,水村和枝2,ジークフリート・メンゼ1
1ハイデルベルグ大学,解剖・細胞生物学III,
2名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)
(17)
腰部圧迫痛み刺激による疼痛関連脳活動について
−functional MRIを用いた研究−
小林義尊,倉田二郎,佐々木信幸,国分美加,
赤石沢孝,関口美穂,紺野慎一,菊地臣一
(福島県立医科大学整形外科,帝京大学麻酔科,南東北病院放射線科)
(18)
機械的侵害刺激による脳の活動部位の研究
柴田政彦1,前田 倫2,小山哲男3,大城宜哲4,中田まゆ2,住谷昌彦5,真下 節5
1大阪大学大学院医学系研究科疼痛医学講座,2市立西宮中央病院麻酔科,
3西宮協立脳神経外科リハビリテーション部,
4Neurobiology and Anatomy Wake Forest University School of Medicine,
5大阪大学大学院医学系研究科麻酔・集中治療医学講座)
(19)
GPR103のリガンドであるQRFP26髄腔内投与の効果
山本達郎(熊本大学大学院医学薬学研究部生体機能制御学)
(20)
オピオイドによるカエル坐骨神経の活動電位抑制とその化学構造との関連
水田恒太郎1,藤田亜美1,香月亮1,2,小杉寿文1,3,中塚映政1,熊本栄一1
1佐賀大学医学部生体構造機能学講座・神経生理学分野,
2独立行政法人国立病院機構嬉野医療センター麻酔科,
3済生会日田病院麻酔科)
(21)
mono-iodoacetate誘発関節炎モデルラットの痛み行動に対する温灸刺激の影響
瓜生典子,林 聖子,渡部正司,岡田 薫,川喜田健司
(明治鍼灸大学生理学教室)
(22)
痛みによる不快情動生成における腹側分界条床核内
protein kinase A活性化の役割
出山諭司1,2,片山貴博1,中川貴之2,金子周司2
山口 拓3,吉岡充弘3,南 雅文1
1北海道大院・薬・薬理,2京都大院・薬・生体機能解析,
3北海道大院・医・神経薬理)
教育講演(1)
内臓痛メカニズムの解析法
尾崎紀之,杉浦康夫
(名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座機能組織学分野)
特別講演(1)
内臓痛の病態生理
福土 審(東北大学大学院医学系研究科行動医学)
特別講演(2)
排尿反射における痛みの寛容
河谷正仁(秋田大学医学部生理学第二講座)

【参加者名】
南雅文(北海道大・薬),河谷正仁(秋田大・医),福土審(東北大・医),矢吹省司,関口美穂,小林義尊,佐々木信幸,小林洋(福島県立医大),小川明子),清水康平(日本大・歯),倉田二郎(帝京大・医),水村和枝,佐藤純,片野坂公明,田口徹,舟久保恵美,妹尾詩織,松田輝,那須輝顕,友利公彦,太田大樹(名古屋大・環医研),尾崎紀之,藤井優子,堀紀代美,安井正佐也,井上貴行(名古屋大・医),田辺光男,山本昇平(名古屋市立大・薬),肥田朋子,城由起子,下和弘,伊東佑太(名古屋学院大),熊澤孝朗,櫻井博紀,橋本辰幸,大道裕介,吉本隆彦,森本温子,大道美香,山口佳子(愛知医大痛み学),牛田享宏(愛知医大学際的痛みセンター),松原貴子(日本福祉大),富永真琴,柴崎貢志,稲田仁,曽我部隆彰,兼子佳子,内田邦敏,望月勉,周一鳴,藤田郁尚,柿木隆介,長友克宏,竹内雄一,大鶴直史(生理研),小山なつ(滋賀医大),中川貴之(京都大・薬),川喜田健司,瓜生典子,渡部正司,林聖子,久保恵梨香(明治鍼灸大),真下節,高橋亜矢子,柴田政彦(大阪大・医),伊藤誠二,大西隆之(関西医大),前田倫(西宮中央病院),緒方宣邦,仲田義啓,宮野加奈子(広島大・医歯薬),上野雄文(九州大・医),増田隆博,久保山和哉(九州大・薬),熊本栄一,水田恒太郎(佐賀大・医),山本達郎(熊本大・医),笠井聖仙(鹿児島大・理),林宏樹(武田薬品工業(株)),森江俊哉,峯幸子,志水勇夫(大日本住友製薬(株)),神代敏郎(日本ケミファ(株)),松下雄一朗(小野 薬品工業(株)),谷口嘉奈,渡辺修造,新庄勝浩(ファイザー(株))

【概要】
 痛みの中でも,筋・骨格系の痛みと内臓の痛みは頻度が非常に高く,臨床医学的な重要性が高い。皮膚表面痛とは異なった特徴,例えばストレスの影響が大,脊髄への入力系として皮膚よりも強力,他部位への放散,自律神経系への強い影響,などがあり,異なる神経機構も示唆されるにもかかわらず,その実験的研究は国内外ともに極めて少なく,疼痛研究領域のなかでも特に遅れている。そこで,本研究会では筋・骨格系及び内臓の慢性痛の発生・維持のメカニズムについての研究を促進するため,この研究者ばかりでなく,神経因性疼痛,炎症痛研究者など,幅広い痛み研究者の参加を要請して,分子基盤を軸に領域横断的に研究成果を交流しあい,意見・情報交換を行うことを目的とした。22題の一般発表があり,イオンチャネル・トランスジューサー・末梢神経に関する演題5題,脊髄における情報伝達機構に関して4題,疼痛状態における脊髄グリアの役割に関する演題4題が発表された。筋・骨格系における痛み(5題)については遅発性筋痛モデルや腰痛モデルにおける神経・解剖学的研究結果が報告されるともに,筋圧迫時の活動脳部位のfMRIによる解析も報告され,筋性疼痛に関する研究も進展しつつあることが実感された。痛みによる情動の機構や鎮痛機構の演題も計4題報告された。また,内臓痛実験方法についての教育講演,過敏性腸症候群と膀胱からの痛みについての特別講演は,ある臓器にとっての痛み刺激が必ずしも侵害刺激ではないこと,迷走神経と交感神経による二重支配と両者の疼痛における役割の違い,収縮要素の介在という問題,ストレスが影響するメカニズムなど,内臓痛における種々の問題点が非常にクリアーになった。いままで行われてきた皮膚表面痛との違いは参加者に強いインパクトを与え,その研究の必要性も参加者に広く認識される結果となった。

 

(1) 成体とは全く異なる発達期特異的な温度感受性TRPチャネルの役割

柴崎貢志1,2,3,村山奈美枝3,富永真琴1,2,3
1岡崎統合バイオサイエンスセンター,2生理学研究所,3総合研究大学院大学)

 温度感受性Transient Receptor Potential (TRP) チャネルは,成体の後根神経節 (DRG) 神経細胞の軸索終末において,痛み・温度受容に関わることが報告されている。しかしながら,発達期のどの段階でそれら温度感受性TRPチャネル発現が開始するのかに関しては研究されていなかった。これまでに,発達期に発現するイオンチャネルや受容体は,成体における役割とは全く異なる発達期特異的な役割を有することが報告されてきた。そのため,温度感受性TRPチャネルも,発現時期,発現場所により今までに報告されてきた機能以外にまったく未知の発達期特異的な生理機能を有している可能性が非常に高いと考えられた。しかも,発達過程においては侵害刺激温度センサーとして働くための熱・冷刺激が存在しないために,未知のリガンドが存在することも考察された。

 そこで,発達期のDRG・脊髄領域の温度感受性TRPチャネルの発現様式を詳細に解析し,胎生マウスDRG・運動神経において,TRPV1,TRPV2,TRPA1,TRPM8チャネルがそれぞれ全く異なる時期に発現を開始することを見いだした。また,細胞分裂,アポトーシス,細胞移動,軸索伸展と発達期に特異的な現象にこれらのチャネルが関与しているのかを検証し,今までに報告されていない温度感受性TRPチャネルの発達期特異的な役割を明らかとした。今発表では,温度センサーの機能が発達期と成体でダイナミックに変化する点を考察し,胎児期に発現する温度感受性TRPチャネルの生理的重要性を述べたい。

 

(2) TRPA1 のアルカリによる活性化機構

藤田郁尚1,2,3,内田邦敏1,2,4,森山朋子5,柴崎貢志1,2,4,稲田仁1,2,富永真琴1,2,4
1岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理,2生理学研究所,3株式会社マンダム,
4総合研究大学院大学・生理科学,5弘前大学・脳科学研究所)

 近年,痛みの知覚メカニズムの一部に温度感受性TRPチャネルが関与していることが明らかになってきた。その中でもTRPA1は低温(約17℃)で活性化する冷感受容体として報告されたものであるが,ワサビやカラシの主成分であるイソチオシアン酸アリルや,ニンニクの主成分であるアリシンなどの受容体として痛み刺激の受容に強く関わっていることが最近明らかになりつつある。また,痛みの受容メカニズムについても,アミノ末端のシステインがある種のリガンドによって共有結合修飾されることにより活性化されることが報告され,徐々に明らかになりつつある。我々は,TRPA1が痛み刺激を受容する分子センサーである新たな証拠を見出した。

 生命は非常に狭いpH領域にて生存しており,それらの狭い領域から逸脱した場合のための,生理学的な感知及び防御機能が生命には備わっている。酸性側の痛みについては,最近の研究によって,TRPV1やASICなどの特定のイオンチャネルによって感知されることが明らかになっている。しかし,アルカリ側の痛みの感知については,アンモニアなどによる痛みに関する報告はあるものの,受容メカニズムは見つかっていない。そこで,我々はアルカリがTRPA1を活性化するものであることをCaイメージング法,パッチクランプ法を用いて見出した。さらに,アンモニウムイオンの作用によって,細胞内pHを上昇させる効果がある塩化アンモニウムを用いて,細胞内pHがアルカリ化することでTRPA1は活性化することを見出した。また,アルカリによるTRPA1の活性化はTRPA1のブロッカーであるルテニウムレッドおよびカンファーによって抑制された。以上の結果から,アルカリの痛みの感知はTRPA1を介して伝達されることが強く示唆された。

 

(3) 後根神経節ニューロンにおける二つのタイプの
持続型Na電流の生理機能

緒方宣邦,松冨智哉,鄭泰星,柿村順一,中本千泉
(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経生理学)

 後根神経節ニューロンにおいては,他の神経部位では見られない二つのタイプの持続型Na電流が観察される。一つは小型無髄ニューロンで観察され,NaV1.9によって引き起こされるものである。もう一つは,大型有髄ニューロンで観察され,恐らくNaV1.6によるものである。Tetrodotoxin (TTX) に対して,前者は抵抗性 (Resistant) であり,後者は感受性 (Sensitive) であるため,それぞれTTX-R持続型Na電流,TTX-S持続型Na電流とよぶ。今回は,これら知覚神経に特異的な持続型Na電流の生理学的役割について,これまでの研究をまとめ,報告する。

 TTX-R持続型Na電流は,生理的な細胞内環境では,小型無髄ニューロンにおける活動電位の発生・伝搬を背景的に調整している。また,この Na電流は細胞内ATP濃度の減少により著しくその活性が増大するATP-感受性Na電流であり,この性質は非常時に対処する機能として働いていると想像されるが,神経損傷時には,一転して,神経の病的可塑的変化を引き起こす一つの原因となると考えられる。

 TTX-S持続型Na電流は,TTX-R持続型Na電流を含め他のNa電流には見られない以下のような特徴的なカイネティクスをもっている。1) 浅い静止膜電位では容易に不活性化されるが,短時間の脱分極に対しては不活性化し難い,2) 活性化時定数が小さく,その電位依存性が小さい,3) 一旦活性化されると不活性化され難く,細胞の興奮性に大きな影響を及ぼす。これらの性質は,この電流が有髄神経のランビェー絞輪において,活動電位発生の安全率を高めるのに極めて効果的であり,大型有髄神経におけるインパスルスの発生・伝導の効率や特異性を高めていると考えられる。

 

(4) 抗腫瘍薬による脊髄後根神経節細胞からのサブスタンスP遊離

宮野加奈子,唐 和斌,森岡徳光,井上敦子,仲田義啓
(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・薬効解析科学)

【目的】パクリタキセル (paclitaxel;PTX) およびビノレルビン(vinorelbine;VRB)は,乳癌および非小細胞性肺癌などに用いられる代表的な抗腫瘍薬である。これらの薬剤は,抗腫瘍活性を示すだけでなく,痛覚過敏などの痛覚異常を引き起こすことが知られている。一方,サブスタンスP(SP) は,痛みの伝達物質として知られている神経ペプチドで,近年,痛覚過敏などの神経因性疼痛にも重要な役割を果たしていることが明らかにされつつある。しかしながら,これらの抗腫瘍薬が誘発する痛覚異常とSP遊離の関係は不明である。そこで,本研究では,PTXおよびVRBによる脊髄後根神経節細胞(DRG細胞)からのSP遊離およびその放出機構を検討した。

【方法】DRG細胞は,Wistar系成熟ラットよりDRGを単離し,酵素分散培養法により作製した。SPはラジオイムノアッセイにより測定し,細胞内[Ca2+]iはFura2蛍光法により測定した。

【結果】DRG細胞において,PTXおよびVRB処置によりSPが濃度・時間依存的に遊離された。PTXおよびVRBによるSP遊離は,細胞外Ca2+除去および電位依存性Ca2+チャネルブロッカーであるLa3+存在下により完全に抑制された。また,cPKC・nPKC阻害薬bisindolylmaleimide ⅠおよびcPKC阻害薬Gö6976によっても有意に抑制された。さらに,DRG細胞において,PTXおよびVRBは細胞内[Ca2+]iを上昇させ,この反応は細胞外Ca2+除去およびGö6976により抑制された。

【考察】本研究により,PTXおよびVRBはDRG細胞のcPKC活性化および電位依存性Ca2+チャネルを介した細胞外からのCa2+流入を介してSPを遊離させることが示唆された。

 

(5) 麻酔ラットにおける神経性炎症の部位差−関連痛研究の
可能性を考えて

小山なつ(滋賀医科大学生理学講座統合生理学)

 筋肉や内臓が傷害される時に,患部から離れた部位に関連痛が生じることがある。関連痛のメカニズムには,中枢説および末梢説の諸説があり,現在最も受け入れられている中枢説は,Ruchの収束投射説であろう。末梢説のSinclairの軸索反射説は,内臓を支配する求心性神経が皮膚にも枝分かれしているために,内臓に生じた傷害時に,皮膚に軸索反射性の神経性炎症が生じ,関連痛が生じるという可能性である。関連痛における軸索反射の関与を検討するために,体表面のあらゆる部位で同様に,軸索反射が生じる可能性を検討しようとした。

 ネンブタール麻酔ラットの皮膚温をサーモグラフィーで解析すると,体幹部有毛部の皮膚温は,足趾部無毛部の皮膚温よりも高かった。足趾にメリチン(ハチ毒主要成分)を皮下投与すると,体幹部と同程度まで皮膚温が徐々に上昇した。皮膚温上昇は注入部付近から始まり,足趾全体に上昇領域が広がった。しかし体幹部にメリチンを皮下投与しても,局所皮膚温の上昇はみられなかった。レーザースペックル法を使った血流計で血流量の2次元分布を解析すると,側腹部に血流量の高い部位があるものの,足趾の血流量よりも低い領域が,体幹部を占めていた。しかし皮膚を切開して展開すると,体幹部の皮下血流量は足趾の皮膚血流量よりも高かった。足趾へのメリチン注入により,注入直後から著しい血流上昇が生じたが,上昇領域は足趾全体には広がらなかった。体幹部への投与後の血流上昇は顕著ではなかった。今後手技の問題点,無毛部と有毛部におけるC線維の分布の違い,交感神経が関わる血管収縮反応を検討することによって,軸索反射による神経性炎症が麻酔ラットのあらゆる部位で生じるか否かを評価したい。

 

(6) 痛み刺激による脊髄の機能画像

上野雄文1,2,3,牛田享宏2,4,池本竜則2,谷口慎一郎2
村田和子2,森尾一夫2,Sean Mackey3,谷俊一2
1九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野,2高知大学医学部
3Stanford大学医学部,4愛知医科大学・学際的痛みセンター)

 温度刺激による痛みの脊髄における機能画像化を試みた。MEDOC社による温度の刺激装置を用いてGE3T のMRIスキャナーの中で3種類(低,中,高)の刺激を行い,その信号の変化を見た。画像はspiral sequenceを用いて撮像した。温度刺激に対してC5,C6付近の脊髄に賦活と思われる領域を認めた。このBOLD (Blood Oxygen Level Dependent Signal) の反応がどのような機構で起こっているかは分からないが,温度の変化で,賦活の広さ,およびBOLDの信号の変化も見られ興味深い。一般線形モデルでの賦活領野の探索ではVAS (visual analogue scale) を用いて検定を行ったものではより一般的に理解しやすい結果となっており,BOLDの自覚的な痛み感覚に関する一致はGate Controlという側面から考えても興味のある結果である。EPI (Echo Planar Imaging)での撮像は困難を極め,画像がMagnetic Distortionのために捉えられなかった。これはEPIでの動きに対する雑音の発生の影響のためかもしくは脊髄が気道と隣接しており,空気によるMagnetic Distortionの影響のためと考えられる。今後の検討を必要とするものと考えられる。

 

(7) ホスホリパーゼA2活性化を介したラット脊髄膠様質ニューロンの
GABAとグリシンによる抑制性シナプス伝達の促進

熊本栄一,柳涛,藤田亜美,岳海源,水田恒太郎,中塚映政
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座・神経生理学分野)

 痛み伝達制御に重要な役割を果たす脊髄後角第II層(膠様質)ニューロンの興奮性や抑制性のシナプス伝達はホスホリパーゼA2 (PLA2) 活性化により促進されることを我々は以前明らかにしている。今回,痛み伝達制御におけるPLA2の役割を更に明らかにするために,PLA2活性化ペプチドであるメリチンによるGABAとグリシンによる抑制性シナプス伝達の促進作用の違いを調べた。実験は,成熟雄性ラットから作製した脊髄横断スライス標本の膠様質ニューロンにブラインド・ホールセル・パッチクランプ法を適用して行った。Na+チャネル阻害剤テトロドトキシン(0.5 mM),グルタミン酸受容体阻害剤のCNQX (10 mM) とAPV (50 mM),細胞外の無Ca2+a1アドレナリン受容体阻害剤WB-4101 (0.5 mM),マスカリン性とニコチン性のアセチルコリン受容体阻害剤であるアトロピン (1 mM) とメカミラミン (20 mM),の各々は,メリチンによるGABA作動性シナプス伝達の促進を抑制した。一方,これらの条件下でメリチンによるグリシン作動性シナプス伝達の促進は有意に影響を受けなかった。以上の結果は,メリチンはグリシン作動性のシナプス伝達を直接促進するが,メリチンによるGABA作動性シナプス伝達の促進は興奮性シナプス伝達の促進と活動電位発生を介するものであり,m1アドレナリン受容体,マスカリン受容体およびニコチン受容体の活性化が関与することを示している。前回,メリチンによるグリシン作動性シナプス伝達の促進にリポキシゲナーゼ代謝物が関与することを指摘したが,今回の実験結果から,この代謝物の作用は細胞外から細胞内へのCa2+流入を必要としないことが明らかになった。以上より,PLA2活性化はグリシンとGABAを介する抑制性シナプス伝達を異なった経路で促進すると結論される。

 

(8) 過酸化水素が脊髄後角膠様質細胞の神経伝達に与える影響

高橋亜矢子,井浦 晃,眞下 節(大阪大学大学院医学系研究科酔・集中医学講座)

 脊髄侵害受容伝達経路におけるシナプスの可塑性が,脊髄損傷後の痛みの悪化メカニズムに深く関与していることがこれまでの研究で明らかにされている。また,過酸化水素 (H2O2) は,主としてミトコンドリアで産生される内因性の活性酸素で,脊髄損傷後にその産生が増加すること,さらに大脳においてシナプスの可塑性に影響を及ぼすことが報告されている。脊髄後角膠様質 (SG)細胞は侵害受容伝達経路の中継核として重要な役割を持っている。そこで,本研究ではSG細胞のシナプス伝達に及ぼすH2O2の影響を,電気生理学手法を用いて検討した。

【方法】3-5週齢のマウスの腰部脊髄スライスを作成し,顕微鏡下にSG細胞をパッチクランプした。テトロドトキシンを灌流液 (ACSF) に加え0mVに電位固定し,微小抑制性後シナプス電流 (mIPSC) を記録した。H2O2をACSFに溶解し灌流投与し,mIPSCの頻度,振幅,減衰時間に対する影響を調べた。

【結果】H2O2は濃度依存的 (100mM-1mM) に,また可逆的にmIPSCの頻度を有意に増加した。薬理学的実験にて種々のブロッカーを投与した結果,シナプス前細胞の小胞体からのIP3受容体を介するカルシウムの放出が,H2O2によるmIPSCの頻度増加のメカニズムに関与することが明らかになった。さらにノックアウトマウスを用いた結果,IP3受容体のタイプ1アイソフォームがこのメカニズムに関与すると考えられた。

 

(9) PACAPシグナル伝達を介したnNOSの機能調節の分子機構

大西隆之,芦高恵美子,松村伸治,伊藤誠二(関西医科大学・医学部・医化学教室)
NMDA受容体を介したCa2+の流入による細胞内Ca2+濃度の上昇によって活性化される酵素の1つに神経型一酸化窒素合成酵素 (nNOS)がある。神経系株細胞であるPC12細胞においてnNOSは主に細胞質に存在するが,神経ペプチドであるPACAPとNMDAの共刺激下により,nNOSは細胞膜にトランスロケーションすることでNO産生が促進され,このnNOSのトランスロケーションにはPACAPシグナル伝達経路が重要であることを明らかになっている。nNOSはN末端に存在するPDZドメインとcatalyticドメインから構成され,nNOSはPDZドメインを介してPSD-95やNMDA受容体のNR2Bサブユニットと相互作用することでnNOSのトランスロケーションが起こると予想している。我々はnNOSのN末端に存在するPDZドメインを含む1-299aaのnNOS欠失変異体(nNOS NT) とYFPとの融合タンパク(nNOS NT-YFP) を作製し,PC12細胞において細胞膜へのnNOS NT-YFPのトランスロケーションを定量的に測定する系を構築した。PACAPは少なくともPKAとPKCのこの2つのシグナル系に関与することが明らかになっている。今回nNOSの細胞膜へのトランスロケーションには薬理学的な実験からPKAとPKCの両方の経路が必要であることを示唆する結果が得られた。PDZドメインはmain body とb-fingerから構成されている。nNOSの細胞膜へのトランスロケーションに重要な部位を決定するために更に5つの欠失変異体を作製し,これらの変異体が細胞膜へのトランスロケーションするのかを調べた。その結果,b-fingerを欠く変異体のみで細胞膜へのトランスロケーションが観察されなかった。

 

(10) ギプス固定慢性痛症モデルにおける痛みの出現と
脊髄グリア細胞の変化

大道美香1,2,5,大道裕介1,2,5,大石仁2,櫻井博紀1,3,5,森本温子1,5,吉本隆彦1,3,5
橋本辰幸1,江口国博1,4,牛田享宏5,山口佳子1,熊澤孝朗1,5
1愛知医科大学医学部痛み学講座,2愛知医科大学医学部解剖学講座,
3愛知医科大学医学部生理学第二講座,
4愛知学院大学歯学部生理学講座,5愛知医科大学学際的痛みセンター)

 我々は運動器障害性の慢性痛症のメカニズム解明のため,2週間の片側下肢不動化(ギプス固定)による慢性痛症モデルラットを開発し,これまでに報告してきた。今回,本実験モデルの痛みの出現において脊髄の可塑的変容機序の一つとして考えられているグリア細胞の変化に着目し,行動実験および免疫組織化学 (OX42,GFAP)を用いて検討を行った。固定部局所より離れた足底部の痛み行動が出現するギプス除去後1日目では,第4腰髄後角にミクログリアの活性化を示す所見が同側優位に確認された。さらに痛み行動が足底部で極大を示し,尾部にまで拡大を示すギプス除去後6週目においては,第4腰髄後角においてアストロサイトの活性化を示す所見が両側において認められ,ミクログリアの活性化が減弱を示していた。さらに尾髄ではミクログリアの活性化を示す所見が確認され,グリア細胞活性化の空間的広がりが示唆された。すべての痛み行動が減弱を示すギプス除去後13週目では,これまでに活性化を示していた両グリア細胞の所見は減弱傾向を示した。以上により本実験モデルにおける痛み行動および脊髄グリア細胞の空間的・時間的変化に関連性を認めた。このことから本実験モデルの痛み行動出現および維持には脊髄の可塑的変容におけるグリア細胞の関与の可能性が示唆されると考える。

 

(11) 炎症性咬筋痛覚過敏に対する抗炎症性サイトカインと
グリア阻害薬の影響

清水康平,岩田幸一(日本大学歯学部生理学教室)
Ronald Dubner,Ke Ren (Dept. of Biomed. Sci., Dental Sch.,
& Prog. in Neurosci., Univ. of Maryland)

 これまでの研究で,三叉神経脊髄路核の中間亜核/尾側亜核移行部 (Vi/Vc) および三叉神経脊髄路核尾側亜核 (Vc) は,口腔顎顔面領域に発症する深部痛あるいは表在痛発症に関して重要な役割を担っていることが報告されている。本研究では,抗炎症性サイトカインの1つであるinterleukin(IL)-10,グリア阻害剤であるfluorocitrateあるいはminocyclineをこれら二領域にそれぞれ微量注入し,口腔顔面痛に対する影響を系統的に比較検討した。SD系ラットの片側咬筋あるいはそれを覆う皮内にCFAを注入し,深部炎症痛モデルあるいは表在炎症痛モデルを作製し,CFA誘導性痛覚過敏に対する機械的逃避閾値をvon Frey filamentsをもちいて計測した。CFAを片側咬筋に注入すると,顎顔面領域咬筋相当部に両側性に痛覚過敏を誘導する,一方,咬筋を覆う片側皮内に注入すると,注入側相当部に同側有意に痛覚過敏を誘導した。痛覚過敏により誘導される閾値の低下は注入30分後より始まり24時間後にピークを示し,約14日後まで持続した。IL-10 (0.006-1 ng),fluorocitrate (1 mg),あるいは minocycline (0.1-1 mg) をVi/Vc腹側部に微量注入すると,片側咬筋に注入した場合に誘導される痛覚過敏は両側性に有意に減少したが,片側皮内注入による痛覚過敏に対する影響は認められなかった。同薬剤をVcに注入すると,咬筋内あるいは皮内へのCFA注入により誘導性される同側性痛覚過敏は有意に減少されたが,咬筋内CFA誘導性の対側痛覚過敏には影響が認められなかった。以上より,Vi/Vc移行部は口腔顔面深部痛に選択的に関与していること,また,中枢におけるサイトカインカスケードやグリア活性の阻害は炎症性疼痛に対して鎮痛作用を引き起こす可能性が示された。

 

(12) IFN- g によるミクログリアの活性化と神経因性疼痛

増田隆博,津田 誠,井上和秀(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)

 激烈な痛みを呈する神経因性疼痛は,近年その発症メカニズムの解明に向けて数多くの研究がなされているが未だ不明な点が多い。我々は,神経損傷後の脊髄後角において,ミクログリアが活性化状態(増殖,肥大化など)となり,ミクログリアに過剰発現したP2X4受容体などの分子を介して放出された因子により神経の異常興奮が引き起こされていることを明らかにしてきた。しかし,ミクログリアがどのように活性化状態へとシフトするのかという点は依然謎である。本研究では,末梢神経損傷後に損傷側脊髄内で発現量の増加が報告されているインターフェロンg (IFN-g)に着目し,脊髄内ミクログリアの活性化への関与について検討した。IFN- g を脊髄くも膜下腔内に投与することにより,用量依存的かつ持続的なアロディニアが発現し,それと同時にミクログリアの活性化が観察された。これらの変化はminocyclineの投与によりほぼ完全に抑制された。さらに,神経因性疼痛における役割を解析するため,IFN- g 受容体欠損マウスを用いて検討した。神経損傷後に野生型マウスで見られるアロディニアおよび脊髄後角内でのミクログリアの活性化は,IFN- g 受容体欠損により著明に抑制された。また,IFN- g を初代培養ミクログリアに処置したところ,濃度依存的なミクログリアの増殖が認められた。以上の結果より,IFN- g 受容体を介するIFN- g のシグナルが神経損傷後に誘発するミクログリアの活性化と神経因性疼痛に重要な役割を有していることが示唆された。

 

(13) 慢性疼痛治療標的としてのグリア型グルタミン酸トランスポーター
GLT-1に関する研究

中川貴之,前田早苗,河本 愛,金子周司(京都大学薬学研究科生体機能解析学分野)

 脊髄内のグルタミン酸は,痛覚情報伝達物質としてだけでなく,慢性疼痛の基盤となる中枢感作にも関与しており,グルタミン酸受容体は重要な創薬標的とされてきた。しかしながら,NMDA受容体拮抗薬ケタミンが鎮痛補助薬として用いられてはいるが,精神作用等の副作用も多く,満足のいくものは未だ得られていない。一方,グルタミン酸トランスポーターのうち,特にアストロサイトに存在するGLT-1は,その発現量が他の膜蛋白質と比較して圧倒的に多く,またアストロサイトはグルタミン酸代謝酵素を特異的に有しているため,細胞外グルタミン酸除去の大部分を担っているとされている。そこで本研究では,ラットおよびマウスを用いて,モルヒネ鎮痛耐性および慢性疼痛発症への脊髄内GLT-1の関与について検討した。その結果,GLT-1活性化作用を有するMS-153,あるいはGLT-1発現を特異的に増加させるbラクタム系抗生剤セフトリアキソンをモルヒネと併用あるいは前処置することにより,モルヒネ反復投与による鎮痛耐性の形成は有意に減弱された。さらに,炎症性疼痛モデルや神経因性疼痛モデル動物の脊髄において,GLT-1発現量が減少しており,組換えアデノウイルスベクターによる脊髄内へのGLT-1遺伝子導入により,慢性疼痛の発症が緩解されることを見出した。これらの結果から,我々は,GLT-1が慢性疼痛治療標的として有望であると考えている。

 

(14) 遅発性筋痛 (DOMS) におけるCOX-2およびNGFの関与について

妹尾詩織,片野坂公明,水村和枝(名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)

 当研究室ではこれまでに,伸張性収縮 (LC) 負荷前に選択的COX-2 inhibitorであるcelecoxibやzaltoprofenを経口投与すると,LC後に生じる筋機械痛覚過敏(遅発性筋痛,DOMS)の発現が抑制されることを明らかにしている。また人における最近の研究で,NGFの筋注が持続する圧痛を発現させることが報告されている。そこで本研究では,LC負荷後の筋におけるCOX-2およびNGFの筋肉内発現を調べた。また,抗NGF抗体の筋注がDOMSの発現を抑制するか調べた。

 雄性SDラット長指伸筋にLCを負荷し,DOMSモデルを作成した。ラットの長指伸筋をLC負荷前,負荷直後,3,6,12時間後,1,2,3および5日後に取り出し,RT-PCRによりCOX-2およびNGF mRNA発現変化を,またWestern blottingによりCOX-2タンパク発現変化を調べた。その結果LC負荷側の筋において,COX-2 mRNAおよびタンパクの発現は負荷直後から12時間後まで有意に増加し,DOMSが発現する1日後にはLC負荷前値に戻っていた。COX-2 inhibitorをLC負荷前に投与した場合はDOMSの発現を抑制したが,2日後に投与した場合は効果がなかったという過去の研究結果を考え合わせると,COX-2はDOMS発現の引き金を引いていると考えられる。一方,NGF mRNAの発現はLC負荷側において12時間後から2日後まで増加し,3日目にはLC負荷前値に戻った。これは報告されているDOMS発現の時期と重なっていた。さらにNGFがDOMSを引き起こしているかどうかを調べるために,LC負荷6時間後のラットの長指伸筋に抗NGF抗体を投与し,筋圧痛閾値の変化を調べた。抗NGF抗体投与群ではLCによる圧痛閾値の低下がLC負荷後1日目から有意に抑制された。これらの結果から運動筋由来のNGFがLC後の筋機械痛覚過敏を引き起こしている可能性が示唆された。

 

(15) 筋痛動物モデルにおけるイオンチャネルの関与

藤井優子,尾崎紀之,杉浦康夫
(名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座機能組織学分野)

 筋痛の分子メカニズムを解明する為,筋痛動物モデルを作製し,筋の知覚神経におけるイオンチャネルの発現を調べた。SDラットの腓腹筋 (GM) に,4%カラゲニンを投与 (CI) あるいは伸長性収縮(ECC)を行った。GMの圧痛閾値をRandall-Selittoテストで,GM表面の皮膚の痛覚をvon Freyテストを用いて計測した。筋の知覚神経細胞体における,ASIC3,TRPV1,TRPV2,P2X3の発現を免疫組織染色で調べた。これらのイオンチャネルに対するアンタゴニスト〔ASIC3: Amiloride (AM),TRPV1: Capsazepine (CA),TRPV1,2: Ruthenium Red (RR)〕を投与し,GMの圧痛閾値の変化を計測した。CI群では,投与後6〜24時間で,ECC群では,ECC後1〜3日目にかけて,GMの圧痛閾値が低下し,痛覚過敏が見られた。両群ともGM表面の皮膚の痛覚に有意な差はなかった。両群とも筋の知覚神経におけるイオンチャネルの発現に変化はなかったが,AMおよびRRの投与により,CI群では部分的に,ECC群では完全に閾値が回復した。CA投与ではECC群でのみ閾値が回復した。CIは急性,ECCは遅発性筋痛のモデルとして有用と思われた。また,CIではASIC3およびTRPチャネルが,ECCではASIC3とTRPV1を含むTRPチャネルが,筋の痛覚過敏に関与していることが示唆された。

 

(16) 腰部筋に起因する侵害受容の神経解剖学的,
および電気生理学的研究

田口 徹1,2,ウルリッヒ・ホヘイセル1,水村和枝2,ジークフリート・メンゼ1
1ハイデルベルグ大学,解剖・細胞生物学III,
2名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)

 腰痛は臨床的に極めて重要であるが,その神経機構はよくわかっていない。本研究では腰部筋に起因する痛みの神経解剖学的研究,および腰部に受容野をもつ脊髄後角ニューロンの電気生理学的記録を体系的に行い,以下の所見を得た。神経解剖学的研究では,1) 神経トレーサー (True blue) をラット多裂筋(L5椎体レベル)に投与して,標識される後根神経節 (DRG) 細胞の腰部髄節レベルを調べた結果,標識されたDRG細胞はL3をピークに分布した。すなわち,L3 DRGに細胞体をもつ多裂筋を支配する求心性神経はL5椎体レベルに主として分布することがわかった。2) 多裂筋(L4/5椎体レベル)に5%フォルマリンで痛みを惹起し,脊髄後角に発現するc-Fos陽性細胞の分布を調べた。その分布はTh12〜L5髄節の後角表層最外側部にみられ,多裂筋からの痛み伝達経路は脊髄内で頭尾方向に広く分布しているが,一方では,その経路が脊髄内で整然と構築されていることがわかった。3) 5%フォルマリンで惹起した多裂筋からの痛みの上脊髄投射を,視床外側と腹側外側中脳中心灰白質において調べた。その結果,後者は腰部筋からの侵害受容に重要な中枢神経部位であることがわかった。電気生理学的な記録では,1) 腰部に受容野をもつ脊髄後角ニューロン(以下,LBニューロン)はnon-LBニューロンに比べ,自発放電を示す割合と放電頻度が有意に高かった。2) LBニューロンの大部分は収束入力をもち,その受容野の中心が位置する椎体レベルは,記録脊髄分節より常に2〜3分節尾側に位置していた。3) 多裂筋への神経成長因子の前投与や完全フロイントアジュバントによる慢性炎症により,LBニューロンは機械刺激に対して顕著に感作されることがわかった。以上の所見は,腰痛の神経機構を理解する上で重要であると考えられる。

 

(17) 腰部圧迫痛み刺激による疼痛関連脳活動について
−functional MRIを用いた研究−

小林義尊,倉田二郎,佐々木信幸,国分美加,
赤石沢孝,関口美穂,紺野慎一,菊地臣一
(福島県立医科大学整形外科,帝京大学麻酔科,南東北病院放射線科)

【目的】近年,functional magnetic resonance imageを用いた研究が注目されている。体性感覚の脳賦活部位は多く報告されているが,腰痛に特異的な脳賦活部位はほとんど分かっていない。我々は,腰部圧迫刺激を加えることにより腰痛を生じるモデルを用い,腰痛に関連する脳活動について検討した。

【対象と方法】慢性腰痛患者7人と正常ボランティア5人を対象とした。MRIは,3.0テスラ高速MRIスキャナーを使用した。腹臥位とし,第4,5腰椎椎間で正中から5cm左外側を圧迫刺激した。圧迫装置は,注射用20mlシリンジを用いた。撮像前に,圧迫刺激の程度をvisual analogue scale (VAS) 3と5の痛み刺激に設定した。圧迫刺激時間は30秒間,安静期30秒とし,その間に高速エコープランナー法による脳のT2強調MRIスキャンを行いblood-oxygenation-level dependent signalを3回繰り返して捉えた。撮像時の刺激に対する痛みと不快感をVASで記録した。解析ソフトウェアBrain voyagerを用いて解析した。

【結果】慢性腰痛患者ではVAS3と5の疼痛域値は30% (p<0.05) 小さく,不快感はより大きな値を示した(p<0.01)。脳賦活は,主に右半球の前頭皮質,島皮質,補足運動野,運動前野,また腹側後帯状皮質や前帯状皮質で認められ,正常ボランティアと比較して増大していた。

【考察】慢性腰痛患者では,腰部圧迫痛み刺激に対しより高い不快感を示し,痛みに関連する脳皮質の賦活が増大している。また,腹側後帯状皮質の賦活は我々の腰部圧迫刺激モデルに特有で,更なる検討が必要である。

 

(18) 機械的侵害刺激による脳の活動部位の研究

柴田政彦1,前田 倫2,小山哲男3,大城宜哲4,中田まゆ2,住谷昌彦5,真下 節5
1大阪大学大学院医学系研究科疼痛医学講座,2市立西宮中央病院麻酔科,
3西宮協立脳神経外科リハビリテーション部,
4Neurobiology and Anatomy Wake Forest University School of Medicine,
5大阪大学大学院医学系研究科麻酔・集中治療医学講座)

【目的】ヒトの痛みの認知機構の脳機能画像による研究が進んでいる。多くの研究の痛み刺激は熱であり臨床上最も多い機械的刺激による研究は少ない。当研究では,下腿の骨膜・筋への圧刺激で被験者に痛みを与え,脳の活動部位をfMRIで調べた。

【対象】正常成人12名(男性7,女性5)

【方法】デジタル式圧痛計にて,右脛骨前面(骨膜痛)と,内側約3cmの腓腹筋(筋痛)に圧刺激を加えた。疼痛は,NRSで3(痛みと認識できる最低の刺激)と8(20秒間の刺激で体動なく我慢できる最大の痛み)の痛みを与える刺激強度を実験直前に測定し,5回計測の中間3回の平均値を疼痛刺激とした。これら4種類の刺激を20秒間,40秒の間隔をあけてそれぞれ3回与えるのを1タスクとした。この1回3分のタスクをランダムに,1分の間隔をあけて12回(4種類X3回)繰り返し,各回の痛みをNRS(11段階)で評価した。各タスク中fMRIで測定し,SPM99を用いて解析した。

【結果】骨膜痛では左側の視床,前障に,筋痛では右側の被殻,視床,左側の帯状回(Broadman24野),両側のBroadman 40野で認められた。強い筋痛・骨膜痛ではNRSに有意差を認めなかったが,機能画像では両側の尾状核,右側の被殻,前帯状回に脳活動の差が認められた。

【考察】筋痛は骨膜痛と比べると,辺縁系に関与し,感覚だけでなく情動が関与している可能性が示唆された。

 

(19) GPR103のリガンドであるQRFP26髄腔内投与の効果

山本達郎(熊本大学大学院医学薬学研究部生体機能制御学)

 GPR103(SP9155, AQ27とも呼ばれる)は,orexin受容体,neuropeptide FF受容体,cholesystokinin受容体に類似のorphan GPCRである。近年,GPR103の内因性作動物質としてQRFP26,QRFP43が報告された。ラット脊髄での検討では,脊髄後角の浅層でGPR103 mRNAの強い発現が見られ,しかもQRFP26が脊髄浅層に結合していることが示されている。従って,GPR103-QRFP26 systemが侵害刺激伝達を調節する役割があることが想定される。今回の研究では,QRFP26をラット髄腔内投与し,炎症性疼痛モデルであるホルマリンテストとカラゲニンモデルを用いて鎮痛効果を検討したので報告する。

 髄腔内投与のため,腰膨大部にカテーテルを挿入した。ホルマリンテストは5%ホルマリン50mlをラット後肢に皮下注することにより作製した。カラゲニンモデルは,ラット後肢にカラゲニン2mgを皮下注して作製した。QRFP26髄腔内投与により,ホルマリンテストでは0.01〜10mgの範囲で,またカラゲニンテストでは0.1〜10mgの範囲で,投与量依存性の鎮痛効果を示した。GRFP26を10mg腹腔内投与しても鎮痛効果は得られなかった。QRFP26の鎮痛効果はナロキソンにより拮抗されることもなかった。

 今回の結果から,QRFP26を髄腔内投与すると脊髄を介した鎮痛効果が得られ,その効果はGPR103を介していることが示唆され,GPR103-QRFP26 systemが侵害刺激伝達を調節している可能性が示された。

 

(20) オピオイドによるカエル坐骨神経の活動電位抑制と
その化学構造との関連

水田恒太郎1,藤田亜美1,香月亮1,2,小杉寿文1,3,中塚映政1,熊本栄一1
1佐賀大学医学部生体構造機能学講座・神経生理学分野,
2独立行政法人国立病院機構嬉野医療センター麻酔科,
3済生会日田病院麻酔科)

 オピオイドは,その受容体活性化を介して1次感覚ニューロンの中枢端では脊髄後角ニューロンへのグルタミン酸放出を抑制し,また,末梢端では活動電位発生を抑制して鎮痛に働くことはよく知られている。一方,神経線維に対するオピオイドの作用について,活動電位の伝導を抑えることは古くから知られているが,この作用にオピオイド受容体が関与するかどうかは不明である。我々は,以前,非麻薬性オピオイドであるトラマドールとその代謝物モノ-O-デメチル-トラマドールがオピオイド受容体の活性化とは無関係に神経線維の活動電位を抑制し,その作用にはこれらのベンゼン環の置換基である-OHと-OCH3の違いが重要であることを明らかにした。これを更に検討するために,カエル坐骨神経にair gap法を適用して,化学構造の異なる一連のオピオイド(モルヒネ,コデイン,エチルモルヒネ,ジヒドロコデイン)が複合活動電位 (CAP) に及ぼす作用を調べた。いずれのオピオイドも非選択的オピオイド受容体阻害剤ナロキソンに非感受性にCAPの振幅を減少させ,その効果はエチルモルヒネ (IC50 = 4.6 mM),コデイン,ジヒドロコデイン,モルヒネの順に小さくなった。エチルモルヒネ,コデイン,モルヒネのCAP抑制作用とそれらの化学構造の違いを比較した結果,オピオイドのベンゼン環の置換基が大きくなるほどCAPの抑制作用が強いことが明らかになった。以上より,オピオイドによる神経伝導遮断にはオピオイド受容体の活性化は無関係である一方,その化学構造の違いが重要であることが示唆された。

 

(21) mono-iodoacetate誘発関節炎モデルラットの痛み行動に対する
温灸刺激の影響

瓜生典子,林 聖子,渡部正司,岡田 薫,川喜田健司(明治鍼灸大学生理学教室)

【目的】変形性関節症 (osteoarthritis : OA) の痛みに対する灸刺激の鎮痛効果を検討するために,モノヨード酢酸(mono-iodoacetate : MIA) 誘発関節炎モデルラットに対する温灸刺激の影響を検討した。

【方法】Wistar系雄性ラット(n=20, 296-421g)を用い,Pentobarbital麻酔下でMIA溶液(90mg/ml, 生理食塩水)50mlを片側の膝関節内に注入して関節炎を誘発した。関節炎ラットは灸刺激群 (n=14) と無刺激群 (n=17) に分け,灸刺激群は誘発した翌日から隔日で4週間,誘発側の膝関節外側部に温灸1壮を行った。無処置群は灸刺激の際に使用する布製のホルダーに5分間の拘束のみとした。痛み行動は後肢の荷重の左右差を指標に,誘発3日前から誘発後7日間と14,21,28日目の灸刺激前に測定を行った。一部のラットでは,灸治療前後の荷重変化や薬物投与についても検討を行った。

【結果】無刺激群ではベースラインに対して誘発後1日目から28日目まで誘発側の有意な荷重減少が認められた。一方,灸刺激群では荷重減少の早期回復が観察されたが,どの時点でも灸刺激前後の荷重に変化はみられなかった。また誘発側の荷重がほぼベースラインまで回復した灸刺激群ラットに対してナロキソン (3mg/kg i.p.) を投与すると,荷重はふたたび減少する傾向がみられた。モルヒネ投与 (5mg/kg i.p.) では,誘発側の荷重減少は回復した。

【考察および結語】今回の実験では,灸刺激による急性鎮痛が起こっていないにも関わらず時間経過と共に後肢の荷重が徐々に回復した。さらにその効果はナロキソンで拮抗されたことから,作用機序には内因性鎮痛物質の関与が示唆された。これは従来の鍼灸刺激によって誘発される急性のオピオイド鎮痛とは異なる機序の存在を示唆するものであった。

 

(22) 痛みによる不快情動生成における腹側分界条床核内
protein kinase A活性化の役割

出山諭司1,2,片山貴博1,中川貴之2,金子周司2,山口 拓3,吉岡充弘3,南 雅文1
1北海道大院・薬・薬理,2京都大院・薬・生体機能解析,3北海道大院・医・神経薬理)

 「痛み」は感覚的成分と情動的成分よりなるが,情動的成分を担う物質的基盤に関する研究は未だ緒についたばかりである。我々はこれまでに腹側分界条床核 (vBST) におけるbアドレナリン受容体を介したノルアドレナリン神経情報伝達亢進が,痛みによる不快情動生成に重要であることを示唆する結果を報告している。そこで本研究では,b受容体を介した細胞内情報伝達の下流に位置するprotein kinase A (PKA) の活性化が,痛みによる不快情動生成に関与するか否かについて検討した。実験には雄性SD系ラットを用い,条件付け場所嫌悪性 (CPA) 試験により不快情動の評価を行った。b受容体作動薬isoproterenolのvBST内投与による条件付けを行った結果,用量依存的にCPAが惹起された。このCPAはPKA阻害薬Rp-cAMPSのvBST内同時投与により消失した。次に,ホルマリン後肢足底内投与により惹起されるCPAおよび侵害受容行動に対するvBST内Rp-cAMPS投与の効果について検討した。その結果,ホルマリン投与10分前にvBST内にRp-cAMPSを投与することにより,ホルマリン誘発CPAは用量依存的に減弱されたが,侵害受容行動は影響を受けなかった。以上の結果から,侵害刺激によるvBST内PKA活性化が痛みによる不快情動生成に重要な役割を担っていることが示唆された。

 

教育講演(1) 内臓痛メカニズムの解析法

尾崎紀之,杉浦康夫
(名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座機能組織学分野)

【目的】内臓の痛みは,疾患に伴って頻度が高く臨床的に重要であるが,対象が深部にありアプローチが難しく適切な動物モデルが無かったこともあり,メカニズムの解明は遅れている。本発表では内臓痛のメカニズムを解析する方法を概説しながら,それを応用して実験的胃潰瘍や機能性胃腸症の動物モデルにおける痛覚過敏のメカニズムを解析した結果を報告する。

【材料と方法】胃の痛みを定量化するためにラットの胃をバルーン伸展したときの行動を筋電図の変化として記録した。胃の知覚神経の活動を調べるため,迷走神経,大内臓神経より単一神経記録,Naチャネルの記録を行った。胃における神経線維の分布,胃や知覚神経におけるメディエイターの発現を免疫組織学的に調べた。また実験的胃潰瘍やストレスによる胃の痛覚の変化を調べ,各種拮抗薬や中和抗体の効果を行動薬理学的に調べた。

【結果】バルーン伸展による筋電図の変化はバルーンの圧に伴って増大した。単一神経記録より,胃の知覚神経は炎症性メディエイターや,神経成長因子 (NGF) で感作されることがわかった。胃潰瘍では胃の痛覚過敏が見られ,潰瘍の組織にはNGFが発現し,潰瘍周辺部で神経線維が増加した。NGFの中和抗体は,胃潰瘍における痛覚過敏を抑えた。またストレスにより胃の痛覚は亢進し,CRF(副腎皮質刺激ホルモン放出因子)やASIC(酸感受性イオンチャネル)の拮抗薬で抑制された。

【結論】胃潰瘍における胃の痛覚過敏の発現にはNGFが重要な役割を果たしていると考えられる。また機能性胃腸症へのCRFやASICの関与が示唆された。

 

特別講演(1) 内臓痛の病態生理

福土 審(東北大学大学院医学系研究科行動医学)

 内臓痛は,限られた特殊な問題と捉えられて来た。しかし,過敏性腸症候群 (irritable bowel syndrome: IBS) の病態生理に関する研究を契機として,その普遍性と重要性は日に日に高まっている。IBSは,腹痛もしくはその軽度の感覚である腹部不快感が一定期間持続し,それが便通異常(下痢もしくは便秘)に関連しているという機能性消化管障害である。われわれは,代表的な心身症でもあるIBSの病態生理を追求することにより,身体(内臓)感覚から情動形成に至る脳内過程の正常像と異常像を抽出できると考えて来た。大腸にバロスタットバッグを挿入し,伸展刺激を加え,同時にH215Oを静注した時のpositron emission tomography (PET) にて局所脳血流量(rCBF)を測定すると,視床,前帯状回,前頭前野の活性化が認められる。この時,同時に内臓感覚と不快情動が惹起される。健常者とIBS患者にはrCBFの賦活化様式に差が認められる。IBSの治療法として有効性が証明されている催眠により,内臓刺激下の前頭前野と前帯状回機能が変化し,内臓知覚も修飾される。また,corticotropin-releasing hormone (CRH) 拮抗薬はIBS患者の大腸運動,腹痛,不安を改善し,CRH-R1拮抗薬はIBSモデルラットに同様の効果をもたらす。健常者とIBS患者の双方において,CRH拮抗薬は辺縁系と前頭前野の賦活状態を修飾した。IBSには消化管由来信号の脳内処理過程の異常が存在し,少なくともその一部にCRHの関与が示唆される。内臓知覚,特に内臓痛は,重大な疾患を示唆する警告症状として多くの内科疾患患者の受診動機になるだけでなく,そのquality of lifeの低下,臨床検査に際しての苦痛の要因となる。また,疼痛制御の上でも,慢性で原因を特定することが困難な腹痛を除去し,また,癌性の腹痛を便通異常を起こさずに除去することは,必ずしも容易ではない。内臓痛の形成機序が明らかにされれば,これら全ての問題を解決できる可能性があり,その意味でも,内臓知覚は普遍性の高い医学的問題である。IBSで見出された現象の脳科学と疼痛の生理学における普遍性が注目される。

 

特別講演(2) 排尿反射における痛みの寛容

河谷正仁(秋田大学医学部生理学第二講座)

【背景および目的】膀胱は,排尿を誘発する仙骨副交感神経と,排尿を調整し蓄尿を促進する腰椎交感神経の支配を受ける。最近,尿路上皮細胞がニューロンに類似した特性(神経伝達物質を分泌したり受容体を持つ)をもつことから,膀胱感覚神経系を調節すると思われる尿路上皮細胞の機能が予測された。この研究では,ラット膀胱の尿路上皮での1Dアドレナリン受容体の発現と,下部尿路機能制御におけるこの受容体の生理的役割を調べた。

【方法】Wistar系雌ラットの全膀胱組織および尿路上皮細胞層の抽出物を用いて,ウエスタンブロット法と免疫組織染色により,尿路上皮および全膀胱組織の1D受容体の発現を評価した。受容体活性化の作用は,意識のある動物を用いた膀胱内持続灌流によっておこる膀胱内圧測定,膀胱におけるATP放出および膀胱求心性神経の神経放電記録により検討した。1D受容体拮抗薬のナフトピジル (0.75〜1.66mg/kg) は外頸静脈内に投与した。酢酸の膀胱内投与により急性膀胱炎症モデルを作製した。

【結果】ナフトピジルの静注は,膀胱求心性神経活性,および膀胱拡張に誘発されるATPの膀胱内腔への放出を抑制し,膀胱内持続灌流によっておこる膀胱収縮間隔を延長した。ナフトピジルは,膀胱拡張によって生じる膀胱求心性神経活性と尿中ATP量を抑制した。さらに,酢酸による膀胱内投与により生じる膀胱収縮の短縮,求心性神経放電の増強を酢酸投与前の状態に抑制した。

【結論】この結果は,正常状態または病的状態では,血中または神経から放出されたカテコールアミンによる尿路上皮の1D受容体の持続的な活性化が,蓄尿時の膀胱の感覚神経性機序に関与する可能性を示唆した。

 


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