生理学研究所年報 第29巻
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22.体温調節,温度受容研究会

2007年9月26日−9月27日
代表・世話人:永島 計(早稲田大学人間科学学術院)
所内対応者:富永 真琴(細胞生理)

(1)
プショウジョウバエ温度感受性TRP チャネルの生理機能
曽我部隆彰(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(2)
小麦のmonoacylglycerolはTRPV1を活性化する
岩崎有作(静岡県立大学大学院 生活健康科学研究科食品栄養科学専攻)
(3)
TRPA1アゴニストのallyl isothiocyanateとcinnamaldehydeの
アドレナリン分泌促進効果
田辺学(静岡県立大学大学院 生活健康科学研究科食品栄養科学専攻)
(4)
食品による体温調節作用〜温度受容TRPチャネルのリガンドによる検討〜
正本有紀子(京都大学大学院 農学研究科 食品生物科学専攻栄養化学分野)
(5)
暑熱暴露によるラット前視床下部の神経細胞新生の可能性について
松崎健太郎(島根大学 医学部)
(6)
脱同調パラダイムによるヒト生物時計の構造解析
山仲勇二郎(北海道大学大学院 医学研究科)
(7)
絶食による休眠時の体温調節反応
時澤健(早稲田大学 人間科学学術院)
(8)
Effects of Ethanol on Temperature Regulation
Larry Crawshaw (Portland State University)
(9)
メスラットにおける視床下部へのエストロゲン投与が体温調節に与える影響
内田有希(早稲田大学 人間科学研究科)
(10)
体温調節性求心路と遠心路
中村和弘 (Oregon Health & Science University)
(11)
遺伝的高温耐性適応
古山富士弥(名古屋市立大学大学院 医学研究科)
(12)
AMPによるマウスの芯温低下
安田周平(京都大学情報学研究科知能情報学専攻)
(13)
終板器官周囲部でのGABA作動性伝達の抑制とPGE2発熱
大坂寿雅(国立健康・栄養研究所)
(14)
アラキドン酸による脳血管内皮シクロオキシゲナーゼ2の誘導機構
松村潔(大阪工業大学 情報科学部)
(15)
生体信号を用いた温冷感計測
仲山加奈子(株式会社東芝)
(16)
暑熱環境下における起立性ストレス負荷時の皮膚血流量調節
芝崎学(奈良女子大学 生活環境学部)
(17)
ヒト褐色脂肪:FDG-PETによる同定・機能評価と寒冷刺激の影響
斉藤昌之(天使大学大学院 看護栄養学研究科)
(18)
温熱的感覚の部位差
中村真由美(早稲田大学 スポーツ科学研究科)

【参加者名】
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター),福見知子(岡崎統合バイオサイエンスセンター),柴崎貢志(岡崎統合バイオサイエンスセンター),曽我部隆彰(岡崎統合バイオサイエンスセンター),望月勉(岡崎統合バイオサイエンスセンター),島麻子(岡崎統合バイオサイエンスセンター),内田邦敏(岡崎統合バイオサイエンスセンター),斉藤昌之(天使大学大学院看護栄養学研究科),水口暢章(早稲田大学スポーツ科学研究科修士課程),中村真由美(早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程),松村潔(大阪工業大学情報科学部),兼久智和(日本たばこ産業株式会社),前川竜也(日本たばこ産業株式会社),古山富士弥(名古屋市立大学大学院医学研究科,脳神経生理学),大坂寿雅(国立健康・栄養研究所),紫藤治(島根大学医学部生理学(環境生理学)),松崎健太郎(島根大学医学部生理学(環境生理学)),渡邊達生(鳥取大学医学部統合生理),仲山加奈子(株式会社東芝),宇野忠(山梨県環境科学研究所・生気象学研究室),中村和弘(Oregon Health & Science University),中村佳子(Oregon Health & Science University),小林茂夫(京都大学情報学研究科知能情報学専攻),細川浩(京都大学情報学研究科知能情報学専攻),田地野浩二(京都大学情報学研究科知能情報学専攻),安田周平(京都大学情報学研究科知能情報学専攻),芝崎学(奈良女子大学生活環境学部),山下均(中部大学生命健康科学部生命医科学科),楠堂達也(中部大学 生命健康科学部 生命医科学科),山仲勇二郎(北海道大学大学院医学研究科時間生理学分野),川端二功(京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻),正本有紀子(京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻),森村あかね(京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻),時澤健(早稲田大学人間科学学術院),岩崎有作(静岡県立大学大学院生活健康科学研究科食品栄養科学専攻),渡辺達夫(静岡県立大学食品栄養科学部),田辺学(静岡県立大学大学院生活健康科学研究科食品栄養科学専攻),内田有希(早稲田大学人間科学研究科修士課程),上條義一郎(信州大学大学院医学研究科・スポーツ医科学分野),狩野真清(早稲田大学人間科学研究科修士課程),安原祥(早稲田大学人間科学研究科修士課程),Larry Crawshaw (Portland State University),橋本公男(サンスター株式会社),八木章(江崎グリコ株式会社),松山佳世(江崎グリコ株式会社),辻田隆一(旭化成ファーマ),齊藤武比斗(ダイキン工業),中井定(中京女子大学),志内哲也(生理学研究所生殖内分泌),箕越靖彦(生理学研究所生殖内分泌),檜山武史(基礎生物学研究所統合神経),岡本士毅(生理学研究所生殖内分泌),張藍帆(基礎生物学研究所統合神経),戸田知得(生理学研究所生殖内分泌),永島計(早稲田大学人間科学学術院)

【概要】
 平成19年9月26〜27日にわたり研究会が行われた。今回で3回目になる研究会は体温をテーマに分子,神経,心理生理学に至るまで様々な分野の研究者が集まり,研究発表,情報交換,議論,新たな研究テーマの模索を行っている。

 T今回のテーマは大きく,TRPを中心とした体表の温度受容の分子機構の基礎的研究,およびその生理作用;暑熱,絶食,性周期など外部環境,内部環境の変化に体する体温調節反応の変化およびその神経機構;低体温,発熱などの病態生理学的な応答の神経機構:人での温度感覚,暑熱下での循環応答にわけられ,各々の項目についてセッションをもうけた。概略は下記の通りである。

 TRPについてはショウジョウバエをもちいた温度感受性チャンネルの基礎研究の発表を岡崎バイオサイエンスセンターの曽我部(以下敬称略)が行い,次いで静岡県立大,岩崎,田辺が食品科学の観点からTRPV1アゴニスト,A1アゴニストの生理作用について解説した。また京都大,正本はいくつかの食品成分からTRPチャンネルのリガントとなる物質を提示し,その体温への作用を示した。

 北大,山仲は運動と体温,生物時計の関係を示し,早大,時澤は摂食条件が体温リズムに与える影響を示した。早大,内田は女性ホルモンと体温の関係を示した。ポートランド大クローショーはアルコールの体温に対する作用を示した。島根大,紫藤ら,名古屋市大,古山は暑熱順化時の神経細胞新生,FOKラットの遺伝学的解析についてそれぞれ示した。オレゴン健康科学大,中村は暑熱暴露時の体温調節に関する神経機構について発表した。

 京大,安田はAMPがもたらす低体温について示し,栄養研,大坂,大阪工大,松村は,発熱の神経機構,生化学的な機構について発表をおこなった。東芝,仲山は温度感覚に関わる生体信号についての発表を行い,早大,中村は人の温度感覚の地域差について示した。奈良女,芝崎は運動後の起立性低血圧の原因を皮膚血管の調節の観点から示し,天使大,斉藤は成人の褐色脂肪の存在について発表した。

 

(1) ショウジョウバエ温度感受性TRPチャネルの生理機能

曽我部隆彰1,門脇辰彦2,富永真琴1
1岡崎統合バイオサイエンスセンター 細胞生理,2名古屋大学 生命農学研究科)

 最近,ショウジョウバエにおいて,侵害熱刺激応答に必要な因子としてPainlessが同定された。Painlessは,TRPチャネルのAサブファミリーに分類されており,哺乳類およびハエのTRPA1が温度感受性TRPチャネルであることから,Painlessもその一員と考えられているが,現在までに直接的な証拠は示されていない。そこで,我々はPainlessの熱刺激応答性について,Ca2+イメージング法とパッチクランプ法により検討した。

 熱刺激によって,Painless発現細胞内のCa2+濃度は顕著に上昇し,細胞外Ca2+をキレートすると見られなくなった。パッチクランプ法においても,熱刺激依存的な活性化電流が生じ,活性化温度閾値は約44度であった。また,非常に高いCa2+透過性を示し,実際,熱活性化電流は細胞内外にCa2+が存在しない状態ではほとんど見られなかった。しかしながら,細胞内にCa2+を加えると,細胞外にCa2+が無くても大きな電流を生じた。細胞内Ca2+が存在する場合の活性化温度閾値は約42度で,これまでの報告に近い値となった。また,活性化電流を生じるための細胞内Ca2+濃度のEC50は約100 nMであった。これらの結果から,Painlessは生理的濃度の細胞内Ca2+存在下で機能的な熱感受性TRPチャネルであることが示された。

 

(2) 小麦のmonoacylglycerolはTRPV1を活性化する

岩崎有作1,斉藤織音2,田辺学3,古旗賢二1,守田昭仁1,渡辺達夫1
1静岡県立大院・生活健康,グローバルCOEプログラム,
2静岡県立大・食品栄養,3静岡県立大院・生活健康)

 トウガラシの辛味成分capsaicin (CAP) は,感覚神経に発現するTransient Receptor Potential Vanilloid 1 (TRPV1)の活性化を起点とし,体熱産生を亢進させる。本研究では,TRPV1を活性化させる食品成分の中に体熱産生亢進成分があると考え,19種の食品からTRPV1活性化成分を探索した。

 TRPV1を安定的に発現させたHEK293細胞の細胞内Ca2+濃度上昇を指標に,食品抽出物のTRPV1活性を測定した。小麦粉のヘキサン抽出物に活性がみられ,オレイン酸,リノール酸,a-リノレン酸が結合した1-monoacylglyceol (1-MG) が活性成分であることを決定した。これら1-MGのEC50と最大活性は,CAPの約60倍と1/2であった。これら1-MGのラット後肢足底皮下投与は嫌悪行動を誘発し,TRPV1アンタゴニストのcapsazepinを同時投与することで有意に抑制された。一方,ラットの目にこれら1-MGを滴下しても嫌悪行動を示さなかった。したがって,これら1-MGは低・無辛味のTRPV1アゴニストであり,食品成分として利用しやすい化合物と位置づけられた。

 

(3) TRPA1アゴニストのallyl isothiocyanateとcinnamaldehydeの
アドレナリン分泌促進効果

田辺 学1,岩崎 有作2,渡辺 達夫2
1静岡県大院・生活健康,2静岡県大院・生活健康,グローバルCOEプログラム)

 カラシ,シナモンは体を温める食品として利用されているが,その作用成分・機構は不明である。これら辛味成分のallyl isothiocyanate (AITC)とcinnamaldehyde (CNA)は感覚神経に発現するTRPA1 (Transient Receptor Potential A1)を活性化する。一方,トウガラシも体を温める食品であり,辛味成分capsaicin (CAP)が感覚神経に発現するTRPV1 (V:Vanilloid)を活性化させ,その刺激がアドレナリン分泌を促進し,最終的に体温上昇を引き起こすことが明らかである。そこで,TRPA1活性化成分にもTRPV1活性化成分同様,体熱産生亢進作用があると考えた。本研究では,ラットアドレナリン分泌促進効果を指標としたAITC,CNAの体熱産生効果について検討した。

 AITC (10 mg/kg),またはCNA (10 mg/kg)を,麻酔下ラット(SD系,雄)に血中投与したところ,アドレナリン分泌が促進された。この反応はアセチルコリン受容体阻害剤 (atropine + hexamethonium)投与により有意に抑制され,交感神経活動由来の副腎髄質性アドレナリン分泌であることが示唆された。また,CAP処理により求心性感覚神経を脱感作させたラットにおいてもアドレナリン分泌は抑制された。従って,AITCとCNAは,TRPA1に作用することで求心性神経を活性化させ,交感神経性に副腎からのアドレナリンを分泌させ,体温を上昇させている可能性が考えられた。

 

(4) 食品による体温調節作用
〜温度受容TRPチャネルのリガンドによる検討〜

正本有紀子,川端二功,伏木亨(京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻)

 温度受容を担う機能分子であるTRPチャネル(温度受容TRPチャネル)はこれまでに9種が同定されており,その一部は温度だけでなく様々な食品成分を受容することが明らかとなっている。例えば,熱刺激受容体TRPV1はトウガラシの辛味成分カプサイシンを,涼冷刺激受容体TRPM8は薄荷の主成分メントールを受容する。これまでにTRPV1リガンドであるカプサイシンを消化管に投与すると熱の産生及び放散を惹起することを明らかにした。このことから消化管に発現している温度受容TRPチャネルを活性化させることで体温調節系が動員される可能性が考えられる。本研究では食品摂取によって積極的な体温調節が可能か検証するとともに,温度受容TRPチャネルと体温調節系との関連を検討することを目的とした。麻酔下のマウスに温度受容TRPチャネルのリガンドとなる食品成分を投与して体温変化を測定した結果,涼冷刺激受容体TRPM8のリガンドは熱産生を惹起すること,冷刺激受容体TRPA1のリガンドは熱産生を惹起し熱放散を阻害すること,温刺激受容体TRPV3のリガンドは熱産生も熱放散も惹起しない可能性が示された。温度受容TRPチャネルに作用する食品成分の中には体温を調節する作用を有するものがあることが明らかとなった。また,消化管に発現する涼冷刺激受容体TRPM8および冷刺激受容体TRPA1を活性化すると身体を温める方向に体温調節系が動員される可能性が考えられた。

 

(5) 暑熱暴露によるラット前視床下部の神経細胞新生の可能性について

松崎 健太郎,片倉 賢紀,原 俊子,紫藤 治
(島根大学医学部生理学講座(環境生理学))

【目的】暑熱順化により体温調節中枢の機能的変化が起こるが,その機序は解明されていない。本研究では,暑熱に暴露されたラットの前視床下部における神経前駆細胞の分裂と分化を解析した。

【方法】Wistar 雄ラットを明暗周期12:12時間,自由摂食・摂水下,環境温24℃で2週間飼育した後,32℃の高温環境に暴露した。暴露開始から1日後,11日後,21日後にそれぞれBromodeoxyuridine (BrdU; 50 mg/kg/day) を5日間腹腔内投与した。28日後,麻酔したラットから脳を摘出し,前視床下部切片を作成し,抗BrdU抗体および抗成熟ニューロン抗体を用いて免疫組織化学的に染色した。

【結果・考察】暑熱暴露により,ラット前視床下部におけるBrdU陽性細胞数が顕著に増加し,その数は暑熱暴露期間に依存していた。さらに,BrdU陽性細胞の一部は抗成熟ニューロン抗体により染色された。以上の結果より,暑熱順化によりラット前視床下部の神経前駆細胞が分裂し,その一部が神経細胞に分化することが示唆された。ラットの暑熱順化の中枢機序として,前視床下部における神経細胞の新生の可能性を考えた。

 

(6) 脱同調パラダイムによるヒト生物時計の構造解析

山仲勇二郎(北海道大学大学院 医学研究科 時間生理学分野)

 ヒトの生物時計は,明暗周期を同調因子としてメラトニンリズム,深部体温リズムを支配する振動体(視床下部視交叉上核)と社会的因子を同調因子とし睡眠覚醒リズムを支配する振動体の2振動体機構であることが推測されている。我々の教室では,社会的同調因子として運動に着目し,連続的な運動は23時間40分の強制的睡眠スケジュールへの血中メラトニンリズムの同調を促進することを報告した。しかし,運動のどの要因が振動体に影響しているのかは不明である。さらに,運動が2つの振動体に対してどのような機序で作用するのかは不明である。最近,私たちは健常男性を対象に,低照度環境下で就寝時刻をふだんより8時間前進させた強制睡眠覚醒スケジュールで4日間過ごした後,フリーラン環境へ移行する脱同調パラダイム実験を実施した。4日間の強制睡眠覚醒スケジュール時に運動を行う運動群と運動を行わない非運動群の間で,血中メラトニンリズムと睡眠覚醒リズムの位相変化を比較した。本研究会では,これらの結果と動物モデルを用いた実験結果の一部を紹介する。

 

(7) 絶食による休眠時の体温調節反応

時澤 健1,内田 有希2,永島 計1
1早稲田大学人間科学学術院,2早稲田大学人間科学研究科)

【背景】体温の概日リズムは調節された生理現象であることを我々は明らかにしている。しかし絶食時には,非活動期に特異的な体温の低下が生じる。この時間特異的な体温低下がいかなるメカニズムで生じるかは明らかではない。

【方法】9〜13週令のICR系統の雄マウスを,27℃の環境温において12時間の明暗サイクルで飼育した。体温と活動の概日リズムが確認されたのちに,2日間の絶食を行った。絶食開始時刻は午前9時もしくは午後9時とし,各この時間の48時間後,午前8時(明期)と午後8時(暗期)に,20℃,180分間の中程度寒冷暴露を行い,この間の体温をテレメトリーにて測定した。

【結果】明期寒冷暴露時には,深部体温は30分目以降に有意に低下した(5.5 ± 2.0℃)。一方,暗期寒冷暴露時には,130分目以降に有意に低下した (2.0 ± 0.5℃)。深部体温の低下は明期が暗期と比較して有意に大きかった(p<0.05)。自由摂食時には,寒冷暴露による深部体温の低下は認められなかった。

【総括】摂食条件は体温調節に大きく関わっており,絶食時には寒冷時の体温調節を時間特異的に抑制することが明らかになった。体温調節には食餌および時間の2つの要因が大きく関与していることが予想された。

 

(8) Effects of Ethanol on Temperature Regulation

Larry Crawshaw (Department of Biology, Portland State University)
依田珠江(獨協大学国際教養学部)
彼末一之(早稲田大学スポーツ科学学術院)

 Initially, unique aspects of the pharmacology of ethanol will be covered. Next, the thermoregulatory responses to ethanol in fish, mice, and humans will be shown. Finally, commonalities and differences in the responses will be discussed.

 

(9) メスラットにおける視床下部へのエストロゲン投与が体温調節に与える影響

内田有希1,時澤健2,永島計2
1早稲田大学人間科学研究科,2早稲田大学人間科学学術院)

【目的】耐寒反応時のエストロゲンの作用機序を明らかにすることが目的である。

【方法】成熟メスラットの腹腔内に体温測定ラジオテレメトリーデバイスを埋め込み,卵巣を摘出した。術7日後,脳の視床下部内側視索前野 (MPO),視床下部背内側部(DMH),対照実験として大脳基底部 (HDB)にガイドカニューレを設置し,エストロゲン(E+)またはコレステロール (E-) に4時間局所暴露した。暴露後48時間後,2時間室温10℃で寒冷暴露した。

【結果】MPO群において,E+試行では暴露開始後30‾40分に体温変化量に有意な上昇がみられた。E-試行では有意差はなかった。寒冷暴露時の体温変化量は,E-試行と比べてE+試行において有意に高かった。DMH群,HDB群では,E-試行とE+試行ともに体温変化量に有意差はなかった。寒冷暴露時の体温変化量は,E+試行とE-試行の間に有意差はなかった。寒冷暴露時の体温変化量を投与箇所別に比較すると,E-試行では投与箇所によって有意差はなかった。E+試行では,MPO群はDMH群と比べて有意に高かった。

【考察】脳視床下部MPOへのエストロゲン投与は耐寒反応に影響していることが示唆され,エストロゲンは少なくとも中枢へ作用し体温調節反応を引き起こしていると考えられる。

 

(10) 体温調節性求心路と遠心路

中村 和弘,Shaun F. Morrison
(Neurological Sciences Institute, Oregon Health & Science University)

 ヒトを含めた恒温動物の体深部温は,めまぐるしく変動する環境温の下においてもほぼ一定に保たれている。これは,環境温変化の情報が皮膚の感覚神経から脳にある体温調節中枢である視索前野に伝達され,環境温変化によって体温が変動してしまう前に即座に末梢効果器における体温調節反応を引き起こすことによって実現されている。しかし,その一連の情報伝達を担っている神経回路は解明されていない。最近私達は,皮膚からの温度情報を視索前野へ伝達するフィードフォワード経路を同定した。これは,皮膚からの温度情報が脊髄の二次体性感覚ニューロンを介して外側結合腕傍核に入力され,そこから視索前野に直接伝達されるというもので,温度知覚を担う脊髄視床皮質路とは独立した,体温調節性の新たな体性感覚経路であった。また私達は,皮膚冷却による褐色脂肪組織熱産生を引き起こすための,視索前野からの遠心性神経経路も明らかにした。これは,視索前野ニューロンによる視床下部背内側核ニューロンの抑制が,皮膚から視索前野への冷温度情報入力によって解除され,視床下部背内側核ニューロンの興奮性信号が延髄縫線核ニューロンを介して交感神経出力の亢進を引き起こすというものであった。

 

(11) 遺伝的高温耐性適応

古山富士弥(名古屋市立大学大学院 医学研究科 脳神経生理学分野)

 われわれは,選抜交配によって遺伝的高温耐性FOKラットを開発し,その耐性を解析している。FOKラットは,急性高温暴露に対して既存ラット系統の数倍の耐熱時間を示す。この耐性は多遺伝子遺伝であった。既存ラットの2-3倍の脱水(体重14%減まで)に耐えながら唾液によって熱放散をおこなった,しかし,摘出唾液腺では対象系統と唾液分泌量に差がなかった。これは,FOKラットの耐性が体温調節系にあることを明確に示している。その視床下部には,抗酸化ストレス関連遺伝子,およびaldosterone関連遺伝子が発現していた。aldosteroneは,水・Na平衡,脂質代謝,血管上皮apoptosisに関係がある。FOKラットはまた寒冷耐性であり,急性寒冷曝露によってNSTが高進した。FOKラットの血中中性脂肪は顕著に低く,そのアラキドン酸値が高かった。血中リン脂質はやや高く,そのDHA値が高かった。これらの結果は,高温耐性のメカニズムを示唆するもの考えられる。(なお,この度FOKラットをNational BioResource Projectにて受精卵保存し,107表現型と356遺伝子型を測定し,登録する運びとなった)

 

(12) AMPによるマウスの芯温低下

安田周平,細川浩,松村潔,小林茂夫
(京都大学情報学研究科 知能情報学専攻 生体情報処理分野)

 マウスは絶食させると,呼吸・心臓の拍動を抑えてエネルギーを節約する休眠状態へ移行する。このときマウスの体内ではアデノシン一リン酸 (AMP) 濃度の上昇が見られる。また,AMPをマウスの腹腔内へ投与すると芯温低下を引き起こすことから,AMP投与時のマウスの体温調節反応に着目して実験を行った。生後2〜3ヶ月のマウスを,熱産生に関わる褐色脂肪細胞 (BAT) の燃焼が見られる20℃の環境温度下におき,生理食塩水に溶かしたAMPを体重1gあたり5mmolだけ腹腔内投与した。注射後のマウスの様子をサーモグラフィでモニターし,尻尾の温度と背中の皮膚温度を測定した。その結果,AMP投与後の背中の皮膚温度は,BATに相当する部位も含めて一様に環境温度付近にまで低下することが見られた。この結果から,AMPはBATの活性を抑制して熱産生を阻害していると推察される。また尻尾の温度も環境温度まで低下したことから,尻尾からの熱放散は生じていないことが明らかとなった。さらに,AMPをマウスの脳室に投与すると,腹腔内投与と同様に芯温低下が見られたことから,AMPは脳に作用して体温調節反応を阻害していると考えられる。

 

(13) 終板器官周囲部でのGABA作動性伝達の抑制とPGE2発熱

大坂寿雅(国立健康・栄養研究所)

 プロスタグランジン (PG) E2は視床下部の吻側部にある終板器官 (OVLT )の周囲部でEP3受容体に作用して発熱をおこすとされている。発熱時には全身での熱産生促進,熱放散抑制,心拍数増加等の反応が同時に誘起されるが,EP3受容体からこれらの全身性反応に至る脳機構は分かっていない。PGE2は前視床下部の温度感受性ニューロンへのGABA入力をシナプス前抑制することが報告され,また交感神経系ではEP3受容体が前シナプス終末に存在してPGE2による伝達抑制をしていることが知られている。そこで,OVLT周囲部でのPGE2による発熱誘起におけるGABAの関与を検討した。この部位へPGE2を局所注入すると57 fmol - 2.8 pmolの範囲で用量依存性に酸素消費率,心拍数,結腸温度が上昇した。GABA-A受容体拮抗薬であるbicucullineやgabazine を5-20 pmol注入したときにもPGE2投与時と同様な反応が誘起された。GABA-A受容体作動薬であるmuscimol (4-10 pmol)の投与では酸素消費率や体温等に通常は影響しなかったが,10分後に投与したPGE2による反応は大きく減弱した。溶媒である生理食塩水の前投与はPGE2発熱に影響しなかった。これらの結果から平熱時にはOVLT周囲部において常時放出されているGABAにより体温上昇が抑制されており,PGE2はこのGABA作動性シナプス伝達を抑制することによって発熱が誘起されると考えられる。

 

(14) アラキドン酸による脳血管内皮シクロオキシゲナーゼ2の誘導機構

松村 潔1,堀あいこ2,山本知子2,細川浩2,小林茂夫2
1大阪工業大学情報科学部,2京都大学大学院情報学研究科)

【背景】アラキドン酸 (AA) をラット脳室内に投与すると,2相性に深部体温が上昇する。第1相の体温上昇はシクロオキシゲナーゼ-1 (COX-1) 依存性に産生されたPGE2により,第2相はCOX-2依存性に産生されたPGE2による。この第2相で働くCOX-2はAA投与により新たに脳血管内皮細胞に誘導されたものである。すなわち,AAはPGE2の原料であると同時に,COX-2の誘導因子でもある。今回はAAがCOX-2を誘導する分子機構について検討した。

【実験1】COX-2の誘導はAAの代謝産物によるか? AAはCOX経路,リポキシゲナーゼ経路,エポキシゲナーゼ経路により様々な生理活性物質に転換される。AA代謝産物のCOX-2誘導への寄与を明らかにするために,ラットをAA代謝酵素の阻害剤で前処置し,脳室にAAを投与した。どの阻害剤もAAによるCOX-2誘導を抑制しなかった。すなわち,AAのCOX-2誘導作用はAAの代謝産物によるものではなく,AA自体によることが示唆された。

【実験2】AA以外の脂肪酸はCOX-2を誘導するか? AA以外の不飽和脂肪酸(オレイン酸,リノール酸,エイコサペンタエン酸)を,ラット脳室に投与すると,脳血管内皮細胞にCOX-2が誘導された。それに対応して体温も上昇した。一方,飽和脂肪酸(ラウリン酸)にはこれらの作用はなかった。

【考察】以上の結果は,細胞内でホスホリパーゼA2が活性化され,不飽和脂肪酸濃度が上昇することが,COX-2の誘導に促進的に作用している可能性を示唆する。

 

(15) 生体信号を用いた温冷感計測

仲山加奈子(株式会社東芝 研究開発センター)

 特に四季のある日本では,夏の暑さ,冬の寒さ,季節の変わり目の不安定な温度変化など,温度に左右されることが多い。しかし,そのような温熱環境も,昨今,空調機等の普及により大幅に緩和されてきた。一方,温熱環境の不適切な制御から,オフィス等では冷やしすぎによる自律神経失調症の人が増加し,睡眠中は温度が原因で中途覚醒を発生するといったような問題も起きている。このような問題を解決するためには,個人の感覚に適応した環境温度制御が重要となり,そのため,客観的な温冷感計測方法が求められている。人体には,生命を守るため様々な温度調節機構が備わっており,体温調節の結果は生体信号として現れる。末梢(指先)の皮膚温度は,環境温度が人にとって快適である場合,微少な揺らぎを生じ,暑さ・寒さを感じる場合には揺らぎが無くなる。本研究では,このことに着目し,末梢皮膚温度と環境温度より温冷感を計測する方法を考案した。環境温度一定環境における実験を行い,提案手法により算出された温冷感と,実際の被験者の温冷感申告値を比較した結果,平均二乗誤差は70%の場合で1以内となり,申告値と一致した。少ないセンサ情報での温冷感計測の可能性が示された。

 

(16) 暑熱環境下における起立性ストレス負荷時の皮膚血流量調節

芝崎 学(奈良女子大学生活環境学部)

 暑熱負荷によって核心温度が上昇すると,発汗量や皮膚血流量が増加する。皮膚血流量は,アドレナリン作動性の皮膚血管収縮神経とコリン作動性の皮膚血管拡張神経によって支配されており,暑熱負荷時には後者の血管拡張神経系が主に皮膚血流量を制御している。高体温時には心拍数が増加し,心拍出量は増加するが,そのほとんどが皮膚循環へ配分されている。すなわち,暑熱環境下での皮膚血流量調節は血圧を維持するために非常に重要である。起立性ストレスを負荷すると,血圧を維持するために皮膚をはじめ多くの臓器の血管は収縮するが,暑熱環境下ではPre-syncopeの状態にあっても,暑熱負荷によって増加した皮膚血流量が暑熱負荷前のレベルまで収縮することはないことが報告されている。なぜ,血圧を維持するために十分な収縮反応を示さないのか。皮膚血管の神経支配の特殊性に着目して検討している。今回,暑熱環境下における起立性ストレス時の血管収縮反応に関する神経性および局所性のメカニズムについて,最近の実験結果をまとめて報告する。

 

(17) ヒト褐色脂肪:FDG-PETによる同定・機能評価と寒冷刺激の影響

斉藤昌之(天使大学大学院看護栄養学研究科)
松下真美,渡辺久美子,岡松優子,辻崎正幸

 褐色脂肪はミトコンドリア脱共役タンパク質UCP1によって熱産生をする特異的組織であるが,マウスなどの実験動物と異なりヒトでは新生児期を除いて褐色脂肪は存在しないとされてきた。しかし最近,fluoro - deoxyglucose (FDG) を用いた positron emission tomography (PET)とX線CTを組合わせたPET-CTにより,ヒト褐色脂肪の検出が可能になってきた。本研究では,健常被験者を対象に寒冷刺激の効果や年齢,体脂肪量との関係を検討した。

 健康な男女57名(24〜65歳)を被験者とし,寒冷期(1-3月)に急性寒冷刺激を与えた後,FDGを投与し30分後にPETとCT撮影を行ったところ,若年者(24〜35歳)の60%に肩部および傍脊柱領域の脂肪組織に左右対称性のFDG集積が認められた。同一被験者について寒冷刺激をせずに同様に撮影したところ,これらのFDG集積は全く認められなかった。同様の急性寒冷刺激を,温暖期(8-10月)に与えた場合には,FDG集積は減弱ないしは消失した。これらの結果はこのFDG集積が褐色脂肪の活性化によることを示している。壮年者(38〜65歳)に同様の寒冷刺激を与えた場合には,28名中2名しか検出できなかった。更に,褐色脂肪量と体脂肪率とが逆相関することが判明した。

 これらの結果は,マウスでの成績と一致しており,ヒト成人でも褐色脂肪が高頻度に存在し,体温や体脂肪量の調節に関与する可能性を示唆している。

 

(18) 温熱的感覚の部位差

中村真由美1,依田珠江2,斉藤恭世3,安原祥3,春日桃子1
Larry I. Crawshaw4,永島計3,彼末一之1
1早稲田大学スポーツ科学学術院,2獨協大学国際教養学部,
3早稲田大学人間科学学術院,
4Department of Biology, Portland State University)

 温度感覚,温熱的快・不快感の部位差を調べるため,暑熱・寒冷環境下で頭部,胸部,腹部,大腿部の局所的な加温,冷却実験を行った。暑熱環境下では頭部の冷却による快適感は特に強く,腹部の冷却による快適感は弱かった。また頭部の加温は他部位の加温と比べて不快感が強い傾向が認められた。寒冷環境下では,冷却により生じる不快感は頭部において特に弱かった。加温による快適感は胸部,腹部において強く,頭部では低かった。以上の結果をまとめると,頭部には熱放散に都合がよく「脳を熱による障害から守る」,体幹部,特に腹部には冷えを予防するために都合がよく「冷えによる内臓機能の失調を防ぐ」為に役立つような感覚の特徴があると言える。暑熱環境下で頭部の温度刺激により,快・不快感が強く生じたことは,顔に温点・冷点が多く分布しており,末梢から中枢への温度情報の入力が多いことで説明がつくかもしれない。しかし寒冷環境下では,頭部の加温・冷却による快・不快感は他部位と比べて弱かったことから,末梢の温度受容器分布だけでは説明できない温熱的快・不快感の部位差があるといえる。温熱的快・不快感の部位差が生じるメカニズムには中枢神経系も関与しているのではないかと考える。

 


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