生理学研究所年報 第29巻
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23.TRPチャネルの機能的多様性とその統一的理解

2007年7月19日−7月20日
代表・世話人:森泰生(京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻)
所内対応者:富永真琴(生理学研究所 細胞生理)

(1)
新規酸受容チャネル複合体PKD1L3/PKD2L1の電気生理学的解析
稲田仁(自然科学研究機構生理学研究所細胞生理)
(2)
Anti-proliferative role of PKD1 in the human coronary smooth muscle cells
大場貴喜(秋田大学 医学部 機能制御医学講座)
(3)
TRPC3 channelの単粒子解析による構造解明とそこから推測される機構
佐藤主税(産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門)
(4)
Diacylglycerol-activated Ca2+ influx through TRPC3 mediates sustained
PKCb translocation and activation
沼賀拓郎(京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻)
(5)
エンドセリンA型受容体を介して活性化されるCa2+シグナリングの分子メカニズム
堀之内孝広(北海道大学大学院 医学研究科 細胞薬理学分野)
(6)
三量体G12ファミリー蛋白質を介したTRPC6発現増加の生理的意義
西田基宏(九州大学大学院 薬学研究院)
(7)
TRPC6と病的心筋リモデリング
桑原宏一郎(京都大学大学院医学研究科 内分泌代謝内科)
(8)
Functional analysis of TRP isoforms expressed in human colonic myofibroblast
cell line CCD-18Co
海琳(福岡大学 医学部 生理学教室)
(9)
TRPV4チャネルの神経細胞における高浸透圧感受の可能性
水野敦子(自治医科大学 医学部 分子薬理学部門)
(10)
TRPA1の関与する痛み感覚
細川浩(京都大学大学院 情報学研究科 知能情報学専攻)
(11)
TRPV1 mediates neurotoxicity induced by Gq-coupled receptor agonists
at slightly low pH
白川久志(京都大学大学院 薬学研究科)
(12)
Snapinを介するa1Aアドレナリン受容体の受容体作動性Ca2+
流入(ROC)増強メカニズム
森島繁(福井大学・医学部・薬理学領域)
(13)
Nitric oxide (NO) serves as a tonic brake via protein kinase G (PKG) for Ca2+
entry through vascular transient receptor potential (TRP) channel TRPC6
井上隆司(福岡大学 医学部 生理学教室)
(14)
ウシ毛様体筋におけるM3ムスカリン受容体作動性陽イオンチャネルと
TRPCチャンネル
高井章(旭川医大・生理・自律機能分野)
(15)
b細胞から分泌されるインスリンによるTRPV2のオートクリン調節
小島至(群馬大学生体調節研究所)
(16)
HUVECの伸展刺激感受性におけるTRPV2ノックダウンの効果
片野坂友紀(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 システム循環生理学)

【参加者名】
毛利聡(岡山大・医歯薬総合),桑原宏一郎(京都大・医),竹口紀晃(富山医科薬科大),三輪聡一(北海道大・医),堀之内孝広(北海道大・医),森泰生(京都大・工),沼賀拓郎(京都大・工),山本伸一郎(京都大・工),加藤賢太(京都大・工),大場貴喜(秋田大・医),金子周司(京都大・薬),白川久志(京都大・薬),中尾賢治(京都大・薬),杉下亜維子(京都大・薬),金野真和(京都大・薬),三平和明(京都大・薬),松谷一慶(京都大・薬),山口健太郎(京都大・薬),曽我部正博(名古屋大・医),井上隆司(福岡大・医),海琳(福岡大・医),山村寿男(名古屋市立大・薬),舩橋賢司(名古屋市立大・薬),村田秀道(名古屋市立大・薬),大野晃稔(名古屋市立大・薬),池田知佳子(名古屋市立大・薬),荻原和信(名古屋市立大・薬),木村拓哉(名古屋市立大・薬),水谷浩也(名古屋市立大・薬),加藤大樹(名古屋市立大・薬),谷口賢(名古屋市立大・薬),橋爪圭吾(名古屋市立大・薬),藤高啓右(名古屋市立大・薬),山本清司(名古屋市立大・薬),小林茂夫(京都大・情報),細川浩(京都大・情報),田地野浩司(京都大・情報),杉山麿人(京都大・情報),角康憲(京都大・情報),佐藤主税(産総研),三尾和弘(産総研),笹村崇(小野薬品工業),川原田宗一(小野薬品工業),水野敦子(自治医科大・医),大場愛(ポーラ化粧品),橋本公男(サンスター),高橋信之(生理研),沼田朋大(生理研),佐藤かお理(生理研),富永真琴(岡崎統合バイオ),柴崎貢志(岡崎統合バイオ),稲田仁(岡崎統合バイオ),曽我部隆彰(岡崎統合バイオ),兼子佳子(岡崎統合バイオ),松井誠(岡崎統合バイオ),内田邦敏(岡崎統合バイオ),島麻子(岡崎統合バイオ),藤田郁尚(岡崎統合バイオ),川端二功名(岡崎統合バイオ),望月勉(岡崎統合バイオ),広井理人(昭和大学),金子祐次(昭和大学),小池慎太郎(昭和大学),張藍帆(基生研),重枚秀樹(OIB),漆谷博志(岡崎統合バイオ),檜山武史(基生研)

【概要】
 細胞外からのCa2+流入は,多くの細胞応答において必須であることがこれまでに明らかにされている。それらは神経伝達物質の放出や筋収縮といった組織特異的なものから,細胞増殖・分化あるいは細胞死といった全ての細胞において普遍的なものまでである。神経伝達物質の放出や筋収縮には,電位依存性Ca2+チャネルやリガンド作動性Ca2+チャネルが主として機能するのに対し,細胞増殖等の普遍的細胞応答においてCa2+流入を担っていると考えられているのが,TRPチャネル群である。ここ数年でTRPチャネルの研究は目覚ましい進展を見せている。またその多様性や活性化機構の複雑さに対する統一的な理解の必要性が近年高まっている。そのため,平成17年度から日本国内においてTRP研究を精力的に進めている多くの研究者が集まり,最近の知見や個々の考えを紹介し議論を通して,今後のTRP研究の新たな展開を促すべく研究会を開催している。本年度の第3回の研究会においては,その活性化機構にとどまらず,構造や細胞内シグナル伝達系におけるscaffolding機能,あるいは急性のCa2+応答への関与だけでなく,細胞応答におけるTRPチャネルの発現レベルの変化といった新たな研究展開が多く紹介された。ますます,TRPチャネルの機能の多様性が明らかにされつつあるが,より研究成果を確かなものにするための定量的な解析手法等も紹介され非常に有意義な研究会となった。

 

(1) 新規酸受容チャネル複合体PKD1L3/PKD2L1の電気生理学的解析

稲田仁(自然科学研究機構生理学研究所細胞生理)

 動物において,酸味受容は傷んだ食物や刺激の強い液体を避けるために必須な感覚である。酸味受容の分子機構は長年不明のままであったが,近年,PKD1L3/PKD2L1チャネル複合体が有力な酸味受容体候補として同定された。PKD1L3およびPKD2L1は,嚢胞性腎臓疾患(Polycystic Kidney Disease:PKD)の原因因子とされるpolycystin-1およびpolycystin-2のホモログとして同定された膜タンパク質で,PKD2L1はTRPチャネルファミリーとして分類されている。マウスにおいて,PKD1L3およびPKD2L1の発現は一部の味細胞で観察された。HEK293細胞を用いた強制発現系において,PKD1L3およびPKD2L1は複合体を形成し,膜表面へ移行することが組織化学的・生化学的に確認された。PKD1L3およびPKD2L1を共発現させたHEK293細胞では,酸刺激特異的に細胞内Ca2+濃度の上昇が観察されたが,他の味物質(甘味・旨味・苦味・塩未物質)では,細胞内Ca2+濃度の上昇は引き起こされなかった。パッチクランプ法を用いた電気生理学的解析によって,PKD1L3/PKD2L1チャネル複合体を発現させたHEK293細胞において,pH 3.0以下の酸刺激によって一過性の膜電流が引き起こされることが確認された。

 

(2) Anti-proliferative role of PKD1 in the human coronary
smooth muscle cells

大場貴喜(秋田大学 医学部 機能制御医学講座)

 抗高血圧薬であるamlodipineはCDK inhibitorであるp21の発現上昇を介して冠状動脈平滑筋細胞(CASMC)増殖を抑制することが知られている。またPKD1(TRPP1)の発現はp21を介して,CASMC増殖に関与していることが知られている。演者らはこれら知見に基づき,amlodipineがPKD1の関与する経路を制御することでCASMC増殖抑制に関わると予測し,そのメカニズムの解明に乗り出した。amlodipineはdoseおよび時間依存的にp21の発現量を増加させるが,PKD1のPKD2の発現量には影響を与えなかった。PKD1の過剰発現はそれのみでCASMCの増殖を抑制したが,PKDの原因変異体であるR4227Xの過剰発現は逆の効果を示した。さらに演者らは,PKD1は下流のSTATシグナル経路に関与することを明らかにした。以上からPKD1はJAK/STAT経路を介してp21の発現を調節し,CASMCの増殖を制御していることを明らかにした。またamlodipineはPKD1に対して何らかの影響を与え,CASMCの増殖抑制を引き起こすと予測されるが,詳細は現在検討中である。

 

(3) TRPC3 channelの単粒子解析による構造解明とそこから
推測される機構

佐藤主税(産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門)

 TRP channelのsuper familyは,温度感受や酸化ストレスおよび浸透圧の検知,発生・分化,アポトーシス,味覚等々,様々のセンサー的な役割を担っている。しかし,その構造は全くの未知であった。本研究では単粒子解析法を用い,このファミリーの中で最も生理学的な研究の積み重ねの多いTRPC3の構造解析を,クライオ電子顕微鏡で撮影した画像を用いて行った。TRPC3はホスホリパーゼC g が産生するDiacylglycerolにより,またホスホリパーゼC g の直接的結合により活性化する。さらには細胞内小胞膜からのCa放出チャンネルであるであるIP3受容体もTRPC3に結合し,活性を調節する。今回分解能15Åで決定された構造から,このTRPC3は,高さ240Å幅200Åの隙間だらけの膨れあがった構造を持つことが分かった。外側はワイヤー状の構造で中心にはイオンが入り込むと思われる小部屋状になっていた。外側のワイヤーが3次元的な結合スペースをつくり出し,そのアンテナの様な張り出しが様々な制御タンパク質を同時に結合することを可能にしていると思われる。これはマルチセンサーであるTRPチャンネルとしては極めて理にかなった構造であると言える。本報告はTRP superfamilyの中で初めての構造解明であると共に,そこから得られた表面構造からは,IP3受容体と1:1の比率で結合する可能性が示唆された。

 

(4) Diacylglycerol-activated Ca2+ influx through TRPC3
mediates sustained PKCb translocation and activation

沼賀拓郎(京都大学大学院 工学研究科 合成・生物化学専攻)

 免疫B細胞において,B細胞受容体(BCR)刺激に惹起される細胞内Ca2+ 濃度上昇は,細胞内ストアからの放出による一過的な上昇と,それに引き続く細胞外からの流入による持続的なオシレーションにより構成される。演者らは今回,DT40に内在的に発現するTRPC3のノックアウト(KO)細胞株を作製し,その解析から,内在的TRPC3が,ジアシルグリセロール(DAG)活性化チャネルを構成していることが示唆された。またTRPC3-KO細胞において,PLCg 2の膜集積が抑制され,この結果と一致してCa2+ オシレーションおよびNFATの活性化も抑制されていた。一方,PLCg 2のもうひとつの産物であるDAGについて,シグナル経路の解析を行った結果,TRPC3チャネルの欠損によりPKCbの持続的な形質膜への移行も抑制されることを明らかにした。PKCbの持続的な膜移行は下流のシグナルとしてERKの持続的な活性化に重要であることを明らかにした。さらにこの持続的なERKの活性化は従来よく知られたRas依存的な経路ではなく,Rap1依存的な活性化経路を経ていることを明らかにした。以上からTRPC3はB細胞においてCa2+およびDAGを中心としたシグナル経路の中枢においてそれらの持続的な活性化に重要であることを明らかにした。

 

(5) エンドセリンA型受容体を介して活性化されるCa2+シグナリングの
分子メカニズム

堀之内孝広(北海道大学大学院 医学研究科 細胞薬理学分野)

 エンドセリンA型受容体(ETAR)を強制発現させたCHO細胞において,エンドセリン-1(ET-1; 0.3 nM)による一過性及び持続性の[Ca2+]i上昇反応は,YM-254890(Gq/11阻害薬)及びU-73122(PLC阻害薬)を前処理することによって,完全に消失した。また,細胞外Ca2+の除去,SK&F 96365(ストア作動性Ca2+チャネル/受容体作動性Ca2+チャネル阻害薬)前処理,La3+(TRPCチャネル阻害薬)前処理,Krebs-HEPES溶液中のNa+とLi+との等張性置換により,著しく減弱した。さらに,持続性の[Ca2+]i上昇反応は,EIPA(Na+/H+交換体(NHE)阻害薬),SEA0400(Na+/Ca2+交換体(NCX)阻害薬),の前処理により抑制された。NHEの活性を制御するp38MAPKの阻害剤であるSB203580の前処理により,ET-1による持続性の[Ca2+]i上昇反応はほぼ消失し,p38MAPKのリン酸化量は経時的に増加した。

 これらの結果から,TRPCチャネルといったカチオンチャネル及びNHEを介した細胞外Na+の流入により,細胞内Na+濃度が上昇し,その結果,NCXがリバースモードに駆動することによって,[Ca2+]i上昇反応が生じていると考えられた。興味深いことに,p38MAPKのリン酸化量は,ET-1処理後,経時的に増加した。

 

(6) 三量体G12ファミリー蛋白質を介したTRPC6発現増加の生理的意義

西田基宏(九州大学大学院 薬学研究院)

 演者らは以前,心線維芽細胞においてアンジオテンシン(Ang) II 刺激によるnuclear factor of activated T cells (NFAT)の活性化が,三量体G12ファミリー蛋白質(G12/G13)を介して引き起こされることを報告した。さらに,恒常的活性型Ga13を発現させた心線維芽細胞では,[Ca2+]i上昇が起こることを最近見出している。しかし,その詳細なメカニズムは依然として明らかでない。そこで本研究では,受容体作動性TRPCチャネルに着目し,G12/G13蛋白質を介したCa2+シグナリング活性化の分子メカニズムを解析した。

 Ga12/Ga13を介したTRPC6の発現増加がエンドセリン(ET-1)刺激によるCa2+シグナリング活性化に関与することが明らかとなった。心線維芽細胞にET-1刺激を行うと,a-smooth muscle actin (SMA)が発現し,筋線維芽細胞へと変化する。ET-1刺激によるa-SMAの発現増加はGa12/Ga13の機能阻害により抑制された。この結果から,Ga12/Ga13シグナリングはET-1刺激による線維化を仲介することが示された。ところが,TRPC6 siRNAまたはcyclosporin Aの処置は,ET-1刺激によるa-SMAの発現を逆に増強させた。以上の結果から,Ga12/Ga13は線維化促進と抑制の2つのシグナル経路を活性化しうること,およびGa12/Ga13を介したTRPC6発現増加とNFATの活性化はET-1刺激によるa-SMA発現に対して抑制的に働くことが明らかとなった。Ga12/Ga13を介したTRPC6の発現増加は,過剰なET-1刺激に対する心臓のネガティブフィードバック制御機構として働いているのかもしれない。

 

(7) TRPC6と病的心筋リモデリング

桑原宏一郎(京都大学大学院医学研究科 内分泌代謝内科)

 筋リモデリングの課程においてカルシウム依存性の細胞内シグナルが様々な心筋遺伝子発現を引き起こすことが知られており,Ca/カルモジュリン依存性phosphataseであるcalcineurinは転写因子NFATを介してそうした遺伝子発現変化ひいては心筋のリモデリングに関わることが報告されている。しかしどのようなCaソースがcalcineurin-NFAT系の活性化に関わるかはまだ明らかでない。著明な心肥大を示すcalcineurin TgマウスにおいてTRPC familyの遺伝子発現を検討したところ,TRPC6の発現が選択的に有意に亢進していることを見出した。TRPC6はマウスの圧負荷肥大心,ヒトの負全心においても発現が亢進していた。そこでTRPC6の発現亢進機序を探るためにそのプロモーター解析をしたところ,TRPC6遺伝子上流に2箇所のNFAT結合サイトの存在を同定し,そのNFATがTRPC6の病的刺激による発現亢進に重要であることを突き止めた。さらに培養細胞においてTRPC6の過剰発現はcalcineurin-NFAT経路を活性化させることを見出した。そこでTRPC6を心筋に過剰に発現するマウス(TRPC6 Tg)を作製したところ,これらマウスは心機能の低下および心不全発症を起こしやすいことが明らかとなった。またこれらマウスでは心筋胎児型遺伝子であるbeta-MHC遺伝子発現の亢進が認められ,実際beta-MHCのプロモーター領域にはNFATおよびNFATと会合することが知られるGATA因子の結合サイトが認められた。以上よりTRPC6はcalsineurin-NFAT経路のpositive circuit loopを形成し,心筋の病的リモデリングに関与している可能性が示唆された。

 

(8) Functional analysis of TRP isoforms expressed in
human colonic myofibroblast cell line CCD-18Co

海琳(福岡大学 医学部 生理学教室)

 腸管上皮下筋繊維芽細胞株であるCCD-18Coはcyclooxigenaseを発現し,PGE2の産生する能力を保持している。PGE2の分泌は細胞外Ca2+依存的であり,さらにTNFaやIL1bにより増強される。演者らは,PGE2分泌に関わるCa2+流入経路を同定するため,CCD-18Co細胞におけるTRPC,TRPV,TRPMの発現をRT-PCR法により解析した。またいくつかのTRPを活性化する試薬により,非選択的カチオン電流が観察されることを電気生理学的解析により明らかにした。またTNFa刺激も同様に非選択的カチオン流入を惹起した。演者らは24時間のTNFa刺激はTRPC1の発現を誘導し,ストア作動性Ca2+流入の増強が引き起こされることを見出した。これらの現象が,TNFaによるPGE2産生の誘導に必須であると演者らは推測していた。

 

(9) TRPV4チャネルの神経細胞における高浸透圧感受の可能性

水野敦子(自治医科大学 医学部 分子薬理学部門)

 演者らは,TRPV4欠損マウス(TRPV4-/-)への高張食塩水投与による血中浸透圧の上昇時にはバソプレッシン(AVP)分泌が昂進していることから,TRPV4はAVP抑制に働いていると報告した。一方,Liedtkeらは,TRPV4-/-での断水実験では,正常より血中浸透圧がより高く飲水量は少なくAVP分泌は低下すると報告しており,生体内におけるTRPV4の役割には議論がある。そこで今回,TRPV4-/-での断水による血中浸透圧変化を再確認するとともに,神経細胞において高浸透圧下で反応するTRPV4の存在の可能性について検証した。

1) TRPV4-/-マウスを約96時間の断水条件に置いたが,飲水量に野生型マウスとの差は無く,血清浸透圧は72時間断水群でわずかに低下しているのみであった。

2) 培養神経細胞株Neuro2Aから,TRPV4が発現し高浸透圧に応答する細胞をサブクローニングし,高浸透圧に応答するTRPV4が存在し,その応答は,高浸透圧感受性チャネルとして最近報告されたTRPV1 splice variantの有無とは無関係であった。また,その活性化の機序には,低浸透圧と同様にPLA2を経由するアラキドン酸カスケードの関与が明らかとなった。以上の結果から,生体内の浸透圧調節において,脳内で高浸透圧に応答して抑制的に微調整に働くTRPV4の存在の可能性が示唆される。

 

(10) TRPA1の関与する痛み感覚

細川浩(京都大学大学院 情報学研究科 知能情報学専攻)

 感覚神経細胞に発現しているいくつかのTRPチャネルは,温度や化学物質に応答し,特定の感覚神経を興奮させることで,感覚の惹起を引き起こすと考えられている。この中でも,TRPA1は,炎症や刺激性物質による痛み感覚に関与すると考えられている。本実験では,他にどのような痛み感覚にTRPA1が関与するかを明らかにする目的で,さまざまな化学物質や物理刺激に対するTRPA1の応答を検討した。温度刺激に関する活性化を検討したところ,冷刺激によりTRPA1の活性化が見られた。この活性化は,細胞膜表面で起こっていた。化学物質による活性化を検討したところ,いくつかのTRPA1を活性化させる物質を見出した。このうち過酸化水素による活性化について解析を行ったところ,TRPA1は,過酸化水素による細胞内領域の酸化により,直接的に活性化されることを見出した。また,過酸化水素によって誘発される痛み行動にTRPA1が関与していた。これらのことから,TRPA1は過酸化水素を介した様々な痛み感覚に関与する可能性が示唆された。

 

(11) TRPV1 mediates neurotoxicity induced by Gq -coupled
receptor agonists at slightly low pH

白川久志(京都大学大学院 薬学研究科)

 演者らは,培養大脳皮質神経細胞におけるTRPV1の生理的機能を研究した。培養神経細胞に,カプサイシンを処置することにより神経細胞死が惹起され,TRPV1のアンタゴニストであるカプサゼピンおよび細胞外Ca2+の除去により細胞死が阻害された。またL型電位依存性 Ca2+チャネルの阻害薬であるnifedipineによっても神経細胞死は抑制された。さらに,活性酸素種のscavengerも神経細胞死は抑制された。それ自身では細胞死を惹起しない低pH条件に細胞を置き,TRPV1を活性化することが知られる細胞外刺激(カプサイシン,N-arachidonoyl dopamineおよびヒスタミンやブラジキニンなどのGq- coupled receptorアゴニスト)を与えた場合,TRPV1を介した細胞死が誘導された。これら細胞外刺激も通常のpH条件においては細胞死を誘導しない。またヒスタミン刺激により惹起される細胞死はアラキドン酸代謝経路やプロテインキナーゼCの阻害薬により抑制された。以上から,TRPV1は一過的虚血などの神経変性疾患において引き起こされる穏やかな酸性条件での細胞死の重要な原因因子と考えられた。

 

(12) Snapinを介するa1Aアドレナリン受容体の受容体作動性Ca2+
流入(ROC)増強メカニズム

森島繁(福井大学・医学部・薬理学領域)

 主として小胞体膜上に存在するSnapin蛋白はSNARE複合体に結合する蛋白として知られている。我々は,two-yeast hybrid法や免疫共沈降法などにより,a1Aアドレナリン受容体(a1A-AR)にSnapinが結合していることを明らかにした。Snapinはa1AARのC末端近くの細胞内領域に結合する。その結合は,a1A-ARをアゴニスト刺激により活性化すると,促進され,Snapinは細胞膜近傍に移動した。Snapinとa1A-ARを共発現させたPC12細胞を,a1A-ARのみを発現させたPC12細胞と比較すると,a1A-ARを刺激後,sustained phaseにみられる細胞外Ca2+の流入による[Ca2+]iの上昇が著しく増強された。Snapinとa1A-ARを共発現させたPC12細胞にSnapinに対するsiRNAを導入すると,これらの増強作用は消失した。また,a1A-ARのみを発現させたPC12細胞にSnapinに対するsiRNAを導入し,内在性のSnapinを抑制すると,細胞外Ca2+の流入はほとんど消失した。また,a1A受容体活性化により,SnapinはTRPC6チャネルとも相互作用し,細胞膜表面上のTRPC6の発現を増加させることが明らかになったことから,このCa2+流入の増強は,a1A受容体−Snapin−TRPC6の三量体形成によるものであることが示唆された。

 

(13) Nitric oxide (NO) serves as a tonic brake via protein kinase
G (PKG) for Ca2+ entry through vascular transient
receptor potential (TRP) channel TRPC6

井上隆司(福岡大学 医学部 生理学教室)

 TRPC6は血管組織における主要なTRPチャネルであり,vascular tone generationやremodelingに関与する非選択的カチオンチャネルを構成している。これまでにTRPC6はCaMKIIやPKCによる制御を受けていることが明らかにされている。演者らは,新たにNO/cGMP/PKGを介した経路によりTRPC6が持続的な抑制を受けていることを見出した。HEK293細胞にTRPC6を発現させるとmuscarinic receptor刺激やGTPgSの投与によりTRPC6依存的な非選択的カチオン電流が観察される。これらの電流はNO供与体であるSNAPの処置により強く抑制された。免疫細胞染色により,このTRPC6の抑制は形質膜での発現を抑制されることに起因しないことが明らかにされた。また膜透過性のGTPgSアナログである8-bromo cGMPによっても同様にTRPC6は抑制された。SNAPと8-bromo cGMPによるTRPC6の抑制は,PKGの阻害薬およびPKGによるリン酸化部位のアラニン置換により完全に消失した。血管平滑筋においては,隣接する内皮細胞から放出されるNOに構成的に曝されていることから,このPKGによるリン酸化を介したTRPC6抑制機構は,生理条件下において血管収縮物質に引き起こされるCa2+流入に対する持続的なブレーキとして働いていると推測された。

 

(14) ウシ毛様体筋におけるM3ムスカリン受容体作動性陽
イオンチャネルとTRPCチャンネル

高井章(旭川医大・生理・自律機能分野)

 視覚遠近調節を司る毛様体筋は副交感神経支配の平滑筋であり,ムスカリン受容体の刺激の続く限り一定の張力を保持し続け,安定な焦点調節を可能にしている。最近われわれはM3ムスカリン受容体刺激に応じて開口する2種類の非選択性陽イオンチャネル(NSCCLとNSCCS)を同定し,それらが持続的な筋収縮に必要な細胞外からのCa2+流入の主要経路として機能することを示す知見を得た。

 ウシ毛様体筋単離細胞において,カルバコール(0.5-2 mM)はNSCCL/NSCCS電流の活性化と,[Ca2+]iの上昇を起した。Gq/11阻害剤であるYM-254890(3-10mM)の細胞外投与により,それらの初期相,持続相とも完全に抑制された。一方,多くのTRPチャネルにも抑制効果を示すLa3+,Gd3+およびSKF-96365は1-100mMの濃度範囲で持続相のみを濃度依存性に抑制した。TRPC6電流を増強するfulfenamateは,10-100mMの濃度でNSCCL電流にも増強作用を示した。免疫染色による実験では,細胞膜標本のaアクチン陽性領域に集中して,M3R,Gq/11,TRPC1,TRPC3,TRPC4およびTRPC6に特異的な抗体の結合を示す蛍光スポットが,いずれも1mm2以上という高密度で検出された。まだ検討すべき点は多いが,TRPCはNSCCL and/or NSCCSの有望な分子候補といえる。

 

(15) 膵b細胞から分泌されるインスリンによるTRPV2のオートクリン調節

小島至(群馬大学生体調節研究所)

 最近の研究により,膵b胞から分泌されるインスリンがb細胞の増殖や分化機能維持に重要であることが明らかになっている。カルシウム透過性チャネルTRPV2は,インスリンを分泌するb細胞に高発現している。b細胞株MIN6細胞にGFP-TRPV2を導入し,その細胞内局在の変化を検討した。非刺激時,TRPV2の多くは細胞内に存在し,一部は細胞膜上に発現していた。血清刺激を行うと細胞内のTRPV2は細胞膜上に移行した。MIN6細胞を低密度に培養しインスリンを添加すると,TRPV2は細胞膜上に移行した。またインスリン受容体をノックダウンすると抑制された。さらにTRPV2の細胞膜移行はインスリン分泌を刺激するグルコースやフォルスコリンによっても惹起され,インスリン分泌を抑制すると細胞膜上のTRPV2発現量も減少した。インスリンにより細胞外からのCa2+流入が増加し,このCa2+流入はTRPV2を抑制するtranilastにより抑制された。MIN6細胞の増殖はtranilastにより抑制され,またTRPV2のノックダウンにより抑制された。インスリン分泌もまたtranilastにより抑制された。以上の結果から,膵b細胞に発現するTRPV2は分泌されたインスリンによるオートクリン制御を受け細胞膜上に移行し,これがインスリンによるb細胞の増殖や分化機能維持に関与していると考えられた。

 

(16) HUVECの伸展刺激感受性におけるTRPV2ノックダウンの効果

片野坂友紀(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 システム循環生理)

 演者らは,ヒト臍帯内皮細胞(HUVEC)の伸展刺激受容メカニズムを明らかにしたいと考えている。これまでに,HUVECは,(1) 外部からの伸展刺激に対して細胞内のCa2+を上昇させるという一過的な伸展刺激に対する応答を示すこと,(2) 伸展軸に対して垂直方向にストレスファイバーを配向させるという長期的な周期的伸展刺激に対する応答を示すことを報告している。これらの反応には,細胞外からの伸展刺激依存的Ca2+流入が必要であるものの,現在までにHUVECの伸展刺激依存性Ca2+流入経路が明らかにされていない。HUVECにおける伸展刺激センサーの一部として,TRPV2が関与している可能性が考えられると同時に,細胞の伸展刺激受容には,単にこのような伸展刺激センサーが発現しているだけではなく細胞膜直下に細胞骨格の適切な構造を備えていることが必要であることを示唆する結果を得ている。HUVECにおいて,TRPV2をモルフォリノオリゴによりノックダウンした場合の伸展刺激感受性について報告する。TRPV2ノックダウン細胞では,一過的伸展刺激に対しても,長期的な周期的伸展刺激に対しても細胞応答が大きく変化したことから,HUVECの伸展刺激感受性に対するTRPV2の役割は大きいことが考えられた。

 


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