生理学研究所年報 第29巻
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26.位相差電子顕微鏡から見た顕微鏡染色体構造と
ダイナミクス

2007年7月19日
代表・世話人:仁木 宏典(国立遺伝学研究所 系統生物研究センター)
所内対応者:永山 國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
はじめに−「核酸特異的電子顕微鏡観察と染色体構造」
永山 國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(2)
リボソームRNA遺伝子の増幅のダイナミクス
小林 武彦(国立遺伝学研究所細胞遺伝研究部門)
(3)
CaptureとTensionの分子感知システム
高橋 考太(久留米大学 分子生命科学研究所 細胞工学研究部門)
(4)
核内染色体テリトリーの3次元解析について
田辺 秀之(総合研究大学院大学先導科学研究科)
(5)
染色体を構築する分子メタボリズム
広田 亨(癌研究会癌研究所)
(6)
核小体の分離と均等分配
仁木 宏典(国立遺伝学研究所 系統生物研究センター)
(7)
染色体を「見る」−分裂期染色体のヒトゲノムの高次構造
前島一博(理化学研究所・中央研究所今本細胞核機能研究室)
(8)
キネトコアタンパク質複合体の機能解析と電子顕微鏡観察への展望
深川竜郎(国立遺伝学研究所分子遺伝研究部門)
(9)
Live CLEMを使った核膜形成ダイナミクスの解析
原口徳子((独)情報通信研究機構,未来ICT研究センター)
(10)
染色体研究において電子顕微鏡に期待するもの
平岡 泰((独)情報通信研究機構,未来ICT研究センター)

【参加者名】
小林武彦,仁木宏典,深川竜郎(遺伝研),高橋考太(久留米大・分子生命科学研),田辺秀之(総研大先導科学研),広田亨(癌研究所),前島一博(理研),原口徳子,平岡泰(未来ICT研究センター),大山隆(早大・教),加藤幹男(大阪府大・院理),金子康子(埼玉大・教),清水光弘(明星大・理),水田龍信(東京理科大・生命科学研),吉川祐子(環太平洋大・次世代教育),秋山芳尾,森博幸(京大・ウィルス研),田中雅嗣(老人研),橋本祥子,橋山一哉,近藤武史(基生研),喜多山篤(テラベース(株)),片岡正典(生理研),永山國昭,重松秀樹,新田浩二(統合バイオ)

【概要】
 染色体はDNAが様々タンパク質因子と共に作り上げた細胞の機能的な構造体である。遺伝子DNAの複製や分配といった遺伝維持はもちろんのこと,転写等を通じ発生や細胞分化など多彩な局面で生命現象に関わる。これまでの研究から,多種多様なタンパク質がDNAに作用して,染色体の機能を調整していることが明らかになっている。これは,また細胞周期によっても動的に変化し,細胞周期特異的な染色体の機能を作り出している。その一つにセントロメアDNAがある。セントロメアDNAは酵母からヒトまで共通する因子とさらに高等生物だけに見られる因子などがあり,複雑なタンパク質と核酸の構造体を構築し,微小管タンパク質を結合する染色体の部位,キネトコアを形成する。キネトコアでのタンパク質の構築は主に蛍光顕微鏡により,そのタンパク質のキネトコア局在を基に観察している。しかし,蛍光顕微鏡自体の解像度の問題もあり,分子レベルでの微細な構造の研究は困難である。染色体の凝縮過程における研究でも同じ問題に直面している。どのようにして長いDNAが折り畳まれ染色体構造を形成できるのか,これまでの電子顕微鏡観察では解明されておらず,大きな疑問として残っている。今回の研究会では,位相差電子顕微鏡の活用により,どのような点が明らかになると期待できるのか討議を行った。分子生物学研究方法を用いて染色体の研究を展開している国内の研究から最新の研究成果を紹介してもらうと同時に,どのような局面に位相差電子顕微鏡が応用可能なのか明らかにした。技術的に克服されていかなければならない点が明確に成ると共に,位相差電子顕微鏡の改良により解明の期待できる点も本研究会で見いだすことができた。ますます,複雑化する分子レベルの染色体研究分野への位相差電子顕微鏡の導入は,この染色体研究を革新的に発展させるであろうことを印象づける研究会となった。

 

(1) はじめに−「核酸特異的電子顕微鏡観察と染色体構造」

永山 國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 通常の核も染色体もその大きさと高密度故に,電子顕微鏡にとっては極めて手ごわい対象である。過去何度か無染色のクライオ電顕を試みたが,いずれも多重散乱と非弾性散乱の壁にはばまれ,内部構造を同定するまでにいたらなかった。本研究会では,果たして核構造,染色体構造の研究に電顕が有効な手段となり得るかが焦点の1つである。バクテリアなどを用いて無染色電子顕微鏡法開発してきた経験から,DNAの細胞内局在について,位相差低温電顕が有望だとわかってきた。特にシアノバクテリア,大腸菌という小さな細胞について,DNAの局在観察を行った。1つは,シアノバクテリアDNAへのBrdU取り込みによる,Br化DNAの電顕観察,もう1つは大腸菌DNAへのBodipy-Uの取り込みによるBodipy化DNAの蛍光−電顕相関イメージングである。特に後者はBodipy中のホウ素(B),フッ素(F)の電子分光イメージング(ESI)を試みた。これらの結果を専門家に紹介し,電顕の新手法が染色体構造,核構造研究に有効かどうか見極めたい。

 

(2) リボソームRNA遺伝子の増幅のダイナミクス

小林 武彦(国立遺伝学研究所)

 リボソームRNA遺伝子(rDNA)はゲノム中で最も多量に存在する遺伝子であり,真核細胞では100コピー以上がタンデムに連なった巨大反復遺伝子群を染色体上に形成している。通常このような反復遺伝子はリピート間で組換えによりコピーが欠落し徐々に減少していくが,rDNAは独自の遺伝子増幅作用を有し,減った分のコピー数を絶えず回復させ,変動しながらもほぼ一定のコピー数を常に維持している。遺伝子の増幅はrDNAに存在する複製阻害活性により引き起こされたDNA2本鎖切断末端がスイッチバックすることで一度複製された領域が再複製され進行していく。また最近,増幅作用の調節にnoncodingな転写活性が関わっていることが判明した。この転写活性はコピー数減少時に上昇し,スイッチバック反応を活性化することで増幅を誘導することが判ってきた。さらに100コピー以上が存在する増幅ユニットの全てで,このような調節機構が独立に起こっているとは考えにくく,ミクロな調節に加えマクロな構造も増幅調節に寄与していると考えられる。rDNAダイナミクス研究における電子顕微鏡観察の有効性を議論したい。

 

(3) CaptureとTensionの分子感知システム

高橋 考太(久留米大学 分子生命科学研究所 細胞工学研究部門)

 遺伝情報が過不足なく次世代へと伝達されるためには,染色体分配過程において動原体(キネトコア)と紡錘体(スピンドル)が正しく相互作用しなければならない。キネトコアとスピンドルの結合状態はM期チェックポイントとよばれる細胞周期制御機構によって監視されている。すべてのキネトコアがスピンドルと正常に結合するまで,M期後期の開始はM期チェックポイントによって抑制される。M期チェックポイントを構成する蛋白質の一つであるMad2は,M期になると「スピンドルと正しく結合していない」キネトコアを特異的に識別して局在化するが,その局在制御については不明な部分が多い。M期初期においてキネトコアは,まず,1) 一方の紡錘体極から伸びる微小管に捕らえられ(capture),次いで,2) 他方の極からの微小管とも結合し,スピンドルとの二方向的(bi-oriented)な結合を確立する。二方向的に結合した姉妹キネトコア間には「張力(tension)」が発生する。我々は,分裂酵母bューブリン変異体を顕微鏡下で許容条件に移してM期進行を再開させることにより,上述のM期初期過程を詳細にライブ観察し,局在化したMad2がキネトコアから離脱する過程に,「capture」と「tension」がどのように影響するかを解析した。これまでの結果をもとに,それぞれの素過程を監視しMad2局在を促進する分子機構について議論したい。

 

(4) 核内染色体テリトリーの3次元解析について

田辺秀之(総合研究大学院大学先導科学研究科

 真核細胞の核内染色体は無秩序に入り混じった状態ではなく,個々の染色体ごとに高度に区画化された「染色体テリトリー」として一定の空間配置を占めている。その構造的な特性や動態において,ゲノム機能発現やゲノム進化と重要な関わり合いを持つ。染色体テリトリーの3次元核内配置を決定付けるパラメータとして,個々の染色体の物理サイズ,遺伝子密度やGC含量,複製時期,転写活性,遺伝子発現状態などが挙げられているが,細胞周期や核形態の影響,細胞の種類や生物種間,発生,分化段階で異なる特性を持つことなども報告されており,その生物学的意義については未知な部分が多く残されている。我々は3D-FISH法と生細胞蛍光観察系を組み合わせ,次の2つの側面からのアプローチを行っている。

・放射状核内配置(radial positioning):核の中心付近から核膜周辺部にかけて,放射状のどの領域に分布するのかを示す核内配置。

・相対核内配置(relative positioning):個々の染色体テリトリーの相互関係を示す相対的な核内配置。

 本研究会では,霊長類リンパ球を用いた解析例を中心とし,最新知見を踏まえた関連するトピックスを紹介し,核内染色体テリトリーの3次元解析を通じて得られる,ゲノム進化,腫瘍化,あるいは個体発生における細胞分化との関連について核内環境という観点から関連分野への議論の場を提供したい。

 

(5) 染色体を構築する分子メタボリズム

広田 亨(癌研究会癌研究所)

 細胞分裂期において,クロマチン線維は凝縮して「染色体」に変換される。近年,その分子背景が明かされつつあり,染色体の形成に伴って,コンデンシンなどの染色体に取り込まれる分子群と,コヒーシンのように染色体から取り除かれる分子群とが存在することが分かってきた。これらの染色体構成因子をGFPで標識すると,生細胞において分子の振る舞いを検討することができるが,私たちは,ヒトの細胞に存在する2種類のコンデンシン−IおよびII−子動態とその制御機構を検討した。その結果,細胞周期を通じて核に存在するコンデンシンIIは前期に入ると安定してクロマチンと結合するのに対して,細胞質に分布するコンデンシンIは核膜崩壊後に染色体に取り込まれるが,その染色体への移行は,活発な分子のターンオーバーに基づいていることが示唆された。さらに,コンデンシンIのダイナミックな分子動態は,分裂期キナーゼAurora Bによって調節されていることを見出した。また,Aurora Bの活性は,染色体凝縮の進行に伴うコヒーシンの除去に必要であることが知られているが,ヘテロクロマチンタンパク質HP1aやShugoshinといった分子群も,Aurora B依存性に染色体から解離することが分かった。総じて,染色体の形成は,“分子のメタボリズム”を基盤として進行し,Aurora Bがこれら分子の動態の制御において重要なはたらきを担うと考えられる。

 

(6) 核小体の分離と均等分配

仁木 宏典(国立遺伝研・系統生物,総研大・遺伝学専攻)

 核小体は,真核細胞の核に中に見られる分子密度の高い領域で,この内部ではrDNAの転写が行われている。一般に核分裂に際して,核膜が消失する細胞では同時に核小体も消える。一方,核膜の消失を伴わない酵母では,核小体は核分裂と同時に分離・分配されている。出芽酵母では,娘細胞へその一部しか分配されない不均等分配型である。分裂酵母では,核分裂時に均等分配される。分裂酵母Schizosacchamyce. japanicus の核分裂時において,核小体蛋白質であるGar2pを指標に核小体が分離・分配される過程を追った。核小体は,染色体を骨格としてまとわり付き,染色体の分配と共に分離・分配されている。また,核小体が分離するとき,その一部は核から取り除かれ,これは細胞中央に捨てられるということがわかった。

 

(7) 染色体を「見る」−分裂期染色体のヒトゲノムの高次構造

前島 一博(理化学研究所・中央研究所今本細胞核機能研究室)

 全長2mにも及ぶヒトゲノムDNAは人体の設計図であり,間期では直径10mmの細胞核に納められている。また,細胞が分裂する際,ゲノムDNAは,わずか数十分のうちに長さ数µmの46本の染色体に束ねられる。直径2nmのゲノムDNAはまず,塩基性蛋白質のヒストンに巻かれて,ヌクレオソームと呼ばれる直径約10nmの構造体になる。このヌクレオソームが折り畳まれて直径約30nmのクロマチン繊維になるとされてきた。このクロマチン繊維がどのようにして,直径約0.7mmの分裂期染色体を作るのかについては全くの謎であり,長年に渡って生物学者たちの興味を集めてきた。古くから提唱されているモデルでは,「30nmのクロマチン繊維が,100nm,200-250nmと,らせん状の階層構造を形成しているのではないか」と予想している。

 この分裂期染色体に内在する規則性構造の全体像を捉えるため(高次構造解明),私たちはX線散乱解析(SAXS)をおこなっている。X線散乱は計測したい試料にX線を照射し,その散乱パターンからその試料に内在する構造や規則性を知る手段であり,染色体中の規則性構造の検出に非常に適していると考えられる。実際,X線散乱はゲルなどの高分子構造解析にも盛んに用いられてきた。

 私たちはこれまで理研播磨SPring-8のSAXSビームラインを用いて,単離した染色体と細胞核のX線散乱測定を繰り返してきた。その結果,染色体中に6nm, 12nm, 30nmの散乱ピークを検出した。それぞれ,コアヒストンの幅,ヌクレオソームの直径,30nm繊維に相当すると考えられている。これまでのところ,大きな構造は検出していない。このことから,古くからのモデルが提唱するような階層構造(高次構造)は存在しないのではないだろうか? 本研究で得られた知見の意味を,私たちがおこなっているクライオ電子顕微鏡観察の結果もあわせて議論したい。

 

(8) キネトコアタンパク質複合体の機能解析と電子顕微鏡観察への展望

深川 竜郎(国立遺伝学研究所分子遺伝研究部門)

 生物が生命を維持するためには,全ゲノム情報を包括する構造体である染色体は安定に保持・増殖されなければならない。正常な細胞では,ほぼ決まった時間周期で染色体の複製と分配が正確に行われる。染色体の複製・分配といった基本的な生体反応に狂いが生じると染色体の異数化,癌化など細胞に対する悪影響が生じる。我々は,染色体分配に本質的な役割を担うセントロメアの分子構築機構についての研究を行っている。特に,セントロメアクロマチンが形成され,機能的なキネトコア構造が構築される過程に注目しており,キネトコアを構成するタンパク質複合体の同定と構成タンパク質因子の機能解析を通じたキネトコア構造形成の分子機構の理解を目指している。本研究会では,我々の研究成果とともに,私たちの研究に電子顕微鏡観察がどのように活用されるべきか,最近の報告を紹介しながら展望を語ってみたい。

 

(9) Live CLEMを使った核膜形成ダイナミクスの解析

原口徳子((独)情報通信研究機構,未来ICT研究センター)

 細胞の核膜を構成する生体因子のほとんどは,生化学的に高度に不溶性であり,生化学的な解析が困難である。その上,細胞分裂周期の分裂期では,disassemblyとassemblyが短時間に起こることによって著しい構造変化を起こす。そのために,核膜の形成過程を解析には,個々の細胞内の核膜構造の「その場」観察が必要不可欠である。そのため,我々は,生きた細胞で核膜構成分子の分子動態や分子間相互作用を解析するための方法として,蛍光顕微鏡を用いた方法を開発した。蛍光観察は,分子特異性が高く,シグナルのS/N比が高い鮮明な画像を得ることができ,生きた細胞での観察ができるために,核膜再形成過程の解析には有用であったが,一方,核膜の膜構造の有無や,蛍光が局在する領域の微細構造の観察ができないという問題があった。その問題を解決するために,我々は,生きた細胞での分子動態と超構造情報の2つが得られるLive CLEM(live correlative light and electron microscopy)を考案した。この方法は,まず蛍光顕微鏡を用いて,生きた細胞で生体分子の挙動を検討し,次ぎに生細胞観察した同一細胞の微細構造を,電子顕微鏡を用いて検討するものである。これにより,蛍光顕微鏡法が持つ生細胞での時間変化の解析と分子特異性という2つの特長を生かしながら,電子顕微鏡法の持つナノメートルオーダーの高い分解能を達成することが可能となる。本講演では,この方法の有用性と問題点について,核膜形成過程の解析を例にとり議論したい。

リボソームRNA遺伝子の増幅のダイナミクス

 

(10) 染色体研究において電子顕微鏡に期待するもの

平岡 泰((独)情報通信研究機構 未来ICT研究センター 生物情報プロジェクト)

 DNAは段階的な構造形成を経て,染色体に収納される。これは,ヌクレオソームに始まり,30nmクロマチン線維から,さらに数段階の構造形成を経て,最も凝縮した中期染色体に至る。教科書には,このすべての段階が,見てきたように描かれているが,実は,確証が得られている構造は,ヌクレオソーム,30nmクロマチン線維と中期染色体であって,30nmクロマチン線維と中期染色体の間をつなぐ構造がどのように形作られるかについては,いまだ議論の分かれるところである。染色体の構造については,実に多くの電子顕微鏡による観察が為されてきたにもかかわらず,さまざまな構造が観察され,すべてを説明する統一されたモデルはない。この混沌の意味するところを考え,背後に隠された秩序を見いだすために,電子顕微鏡に何が期待できるかについて議論したい。

 


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