2008年10月2日-10月3日
代表・世話人:久野みゆき(大阪市立大学大学院医学研究科)
所内対応者:久保義弘(神経機能素子研究部門)
【参加者名】
金丸和典,中村直俊,久保田淳(東京大学・大学院医学系研究科・細胞分子薬理学教室),小島 至,長澤雅裕,中川祐子,山田聡子,小寺 力(群馬大学・生体調節研究所・細胞調節分野),高橋智幸,中村行宏,渡邊博康(独立行政法人 沖縄科学技術研究基盤整備機構),石井 優(大阪大学・免疫学フロンティア研究センター),森 泰生,三木崇史,加藤賢太,高橋重成,金子 雄,香西大輔,中島大志(京都大学大学院・工学研究科,合成・生物化学専攻・分子生物化学分野),廣瀬謙造,並木繁行,坂本寛和,滝川建司(名古屋大学・大学院医学系研究科・細胞生理),喜多村和郎,狩野方伸,橋爪 幹,谷村あさみ(東京大学・医学系研究科・神経生理学),黒崎知博(理化学研究所・免疫・アレルギー科学総合研究センター・分化制御研究グループ),河原克雅,安岡有紀子(北里大学・医学部・生理学),古谷和春(大阪大学・医学系研究科・薬理学講座),老木成稔(福井大学医学部・分子生理),尾藤晴彦(東京大学・大学院医学系研究科・神経生化学教室),最上秀夫(浜松医科大学・生理学),曽我部正博,古家喜四夫(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生物物理),毛利達磨(生理研・細胞内代謝),久野みゆき,納富拓也,川脇順子(大阪市立大学・大学院医学研究科・分子細胞生理学),古家園子(生理研生体情報解析室),稲村正子(生理研分子神経生理),佐竹伸一郎(生理研神経シグナル),釜澤尚美(生理研脳形態解析),植田禎史(生理研大脳神経回路論),田中謙二(生理研分子神経生理),加塩麻紀子(生理研細胞生理),久保義弘,立山充博,伊藤政之,長友克広,松下真一,Batu KECELI,石井 裕(生理研神経機能素子)
【概要】
細胞機能を制御するシグナリング機構(情報の流れ)の研究は,「機能」の多様性を反映して非常に広い分野を包括する。本研究会は,異なる分野で細胞シグナリングの研究に従事している研究者が自由に意見を交換する場を提供することを目的として企画された。本年も,神経,破骨細胞,尿細管,受精卵,乳腺,Bリンパ球,膵b細胞,マクロファージ,など多様な細胞を用いた独創的な16演題が集まり,触発されることの多い2日間であった。神経生理学入門ともいえるシナプス伝達や神経回路形成の機序については,蛍光イメージングの空間・時間解像度が飛躍的に向上するにつれて,かねてより推測されていたメカニズムがまさに「見えてきた」ことを実感させられた。また,中枢神経や骨へのin vovoイメージング法の適用は,培養細胞を用いた実験系で常にぶつかる「生体の中で細胞には実際に何が起こっているのか?」という問いに答えていこうとするこれからの研究方向のひとつであろう。プロトン,NO, ATP, Ca, Ras-Erkなどは普遍的なシグナリング因子であり,その制御には生命現象を支える本質的な問題が多く含まれている。それぞれ異なる機能に焦点をおいた発表から,シグナル応答の解明が裾野を広げつつより深く進行していることやカルシウムが多くのステージに深く関わっていることを再認識した。要となる機能分子のひとつであるイオンチャネルについても,TRPファミリーの関わる機能領域の広さや構造学的,生物物理学的なアプローチの重要性が示唆された。本研究会の特徴のひとつは,その話題の多様性にある。発表は,初めにバックグラウンドの紹介を付け加え,その分野を専門としない人々にも論点が理解されやすいように工夫されており,会場から若い人々の積極的な質問が多く飛び出したことは収穫である。
坂本寛和,並木繁行,飯沼 将,廣瀬謙造(名古屋大・医)
シナプス伝達の効率はプレシナプス特性に強く依存する。プレシナプス特性とその制御機構の解明にはシナプス伝達物質の直接的な測定が有効である。今回我々は,海馬神経細胞のシナプスが放出するグルタミン酸を蛍光イメージングによって測定した。このシナプスは通常一つのアクティブゾーンしか持たないが,グルタミン酸放出量は活動電位毎に大きく変動した。また,活動電位が伝播してもグルタミン酸を放出しない現象 (failure) が頻繁に見られた。平均放出量と分散及びfailure-rateとの間に見られる関係は二項モデルに適合し,単一シナプスが複数の放出単位を持つこと,つまり同時に複数の小胞を放出し得ることを示した。この結果を支持するように,細胞外液のCa2+濃度を上昇させると,failure-rateの減少と共にグルタミン酸放出量の増加が見られた。高頻度刺激とデコンボリューション解析によって推定した放出可能な小胞 (RRV: release ready vesicles) の個数は平均5個であり,放出単位の個数よりも多かった。これら結果は,RRV個々の放出確率は不均一であり,RRVのサブセットが見かけ上の放出単位として機能していることを意味する。また,小胞の放出確率を強固に制御する機構の存在を示唆する。
中村行宏,David DiGregorio,Angus Silver,高橋智幸(同志社大・生命医科学,OIST)
生後7日齢(P7)ラットの脳幹聴覚中継巨大シナプスcalyx of HeldのEPSCは,EGTAのシナプス前終末端内注入によって抑制されるが,生後発達に伴ってEGTAの効果は弱くなり,聴覚獲得後のP14には消失する。一方,100倍以上速いCa結合速度を持つBAPTAによるEPSC抑制作用はこの期間を通じて一定であることから,発達に伴ってシナプス前終末のCaマイクロドメインがナノドメインへ移行することが間接的に示唆されている。活動電位によって生じるcalyx前終末内のCa濃度変化の時空間的分布と,その生後発達変化を明らかにするため,Oregon Green BAPTA 5Nをcalyx内に注入し,共焦点顕微鏡スキャンによって,600 nm(半値幅)の解像度でCa transientsを記録した。前末端に活動電位を誘発すると,P7 calyxでは,放出側辺縁に沿って,サブミリセカンドで立ち上がる(10-90%)Ca transientが,一様に記録された。これに対してP14のCa transientは,その空間分布が疎になり,振幅が減少した。TEAによる活動電位幅増大の効果,w-AgatoxinによるCaチャネル密度減少の効果を検討した結果,生後発達に伴うCa transientの変化は,生後発達に伴う活動電位幅の短縮およびCaチャネル密度の減少によってもたらされると結論された。
尾藤晴彦,上田(石原)奈津美,竹本―木村さやか,奥野浩行(東京大・医)
神経細胞は遺伝的因子ならびに環境因子に基づき軸索と樹状突起を適切に発達させ,神経回路を形成する。神経活動や神経成長因子などのリガンド刺激は,細胞内Ca2+上昇を介して形態変化を引き起こすことが提唱されているが,Ca2+上昇と神経細胞形態変化が連動する一連の分子機構の詳細は未解明である。我々は近年,プレニル化により膜にアンカーする新たなCaMKアイソフォームCaMKIgamma/CLICK-IIIを同定し,同キナーゼがさらにパルミトイル化され,樹状突起に豊富な脂質ラフトへ集積し,樹状突起伸展に寄与することを見出した。さらに,類似CaMKによる軸索伸展制御機構の存在も明らかにしている。
これらの知見は,神経CaMキナーゼが,チャンネル活性制御,シナプス可塑性誘導や神経活動依存的遺伝子発現などに加え,神経アクチン骨格の直接的再編成を介しても神経回路形成・成熟過程に重要な影響を与える可能性を示唆するものである。
喜多村和郎,橋爪 幹,狩野方伸(東京大・医)
小脳皮質における複数プルキンエ細胞の登上線維応答は矢状面に沿って高い同期性を示す(微小帯域)。本研究では,微小帯域の生体内における詳細な活動パターンを明らかにすることを目的として,ラットおよびマウス個体における2光子励起カルシウムイメージングを行なった。自発の登上線維入力による個々のプルキンエ細胞の複雑スパイクの同期性は,側方に約200mmの距離定数で減衰し,過去の多電極細胞外記録の結果と一致した。また,自然刺激による登上線維応答の同期性の上昇が観察された。情報理論を用いた解析から,複数プルキンエ細胞における登上線維応答の空間パターンが,単なるスパイク数を考慮した場合と比較して,刺激に関するより多くの情報量を持つことを定量的に示した。このことは,オリーブ-小脳間の回路が,微小帯域内において集団として感覚情報を表現していることを強く示唆する。次に,微小帯域内の集団活動の生理学的意義を明らかにするために,重篤な運動失調を呈するGluRd2サブユニットのKOマウスを用いて,微小帯域の活動イメージングを行なった。GluRd2KOマウスでは,登上線維応答の同期性が異常に亢進しており,かつ,側方への同期性の減衰がほとんど見られなかった。これより,正常な運動機能の発現には,微小帯域の形成とプルキンエ細胞の集団としての活動パターンが必要であることが示唆された。
石井 優,Ronald Germain(大阪大・免疫学フロンティア研究センター)
破骨細胞は単球系血液細胞から分化する多核巨細胞であり,骨を融解・吸収する特殊な能力を有する。これまで,破骨細胞分化・成熟に関与する多くの分子・機構が明らかにされているが,生体内で破骨細胞前駆細胞がいかにして骨表面にリクルートされるのか,またその遊走(ケモタキシス)がどのように制御されているかについては全く不明であった。本研究で,多光子励起レーザー顕微鏡を駆使して,生きたマウス骨組織内での破骨細胞をin vivoイメージングすることにより,前駆細胞の遊走・接着が血中に豊富に存在する脂質メディエーターであるスフィンゴシン1リン酸(S1P)によって生理的に制御されていることが明らかになった。前駆細胞はS1Pの受容体であるS1P1を発現し,これにより血中へ再還流する。単球系細胞でS1P1を欠損したノックアウトマウスでは,前駆細胞の再還流が低下し,骨吸収が亢進することが分かった。また,S1Pアゴニストの投与により,骨粗鬆症モデルマウスでの骨塩低下が抑制され,新たな治療として有望であることが示された。本研究は,破骨細胞の前駆細胞の遊走・位置の制御が,破骨細胞分化調節における新規の,かつ臨床的に重要な作用点であることを初めて示したものである。本発表ではさらに,演者が開発・応用した骨組織内のin vivoライブイメージングの方法論や今後の応用についても,ムービーを紹介しながら概説した。
久野みゆき,納富拓也,川脇順子,森浦芳枝,酒井 啓(大阪市立大・医)
空胞型H+-ATPase(V-ATPase : H+ポンプ)は,リソゾーム,エンドゾーム,シナプトゾームなど細胞内小胞膜に存在するH+ポンプであるが,破骨細胞では骨に接する細胞膜(ruffled membrane)へPI3 kinaseの作用を受けてリクルートされ骨基質を融解する酸分泌経路となる。培養破骨細胞にホールセルクランプ法を適用するとH+電流から細胞膜V-ATPase活性を,また膜容量から細胞表面積の増減を定量的かつリアルタイムに測定することができる。骨基質から溶け出した高濃度のCa2+に暴露されると破骨細胞による骨吸収が抑制されることが知られており,V-ATPase電流もCa2+によって可逆的に抑制される。私達は,このCa2+-sensing応答におけるV-ATPaseの細胞内-細胞膜間のturnoverを検討した。Ca2+刺激でV-ATPase電流と細胞面積は同時に減少した。この過程はV-ATPaseのブロッカーやPI3 kinaseのインヒビターで抑制され,functionalなV-ATPaseの存在が必要と推測された。定量的な検討から,endocytosis/exocytosisによるV-ATPaseのturnoverは常時生じており,Ca2+は細胞膜V-ATPaseのendocytosis/internalizationを促進し破骨細胞の酸分泌を抑制すると考えられた。
安岡有紀子,小林瑞佳,川田英明,河原克雅(北里大・医)
腎臓は,近位尿細管(PT)におけるHCO3-再吸収と,集合管間在細胞(CD-IC)のH+分泌によってHCO3-新生を行い,血漿の酸塩基バランスを維持している。我々は,尿細管におけるHCO3-の再吸収/新生に不可欠な炭酸脱水酵素(CA)のネフロン内局在と,代謝性アシドーシスによる発現量の変化を調べ,管腔膜NHE3(髄質太い上行脚MTAL)との機能的関連性を調べた。
【方法】10-12週齢のマウス(C57Bl/6J,52匹)を,コントロール(C) 群(2%スクロース溶液飲水)と代謝性アシドーシス誘導群(0.28 M NH4Cl/2%スクロース溶液飲水)に分け,尿・血液の各種電解質濃度・pH変化を測定した(0, 1, 3, 6d)。CA (CAII, CAIV, CAXII, CAXIV) mRNAsのネフロン内局在 (0d) とNH4Cl負荷 (6d) による発現量変化は,高感度In situ hybridization (ISH) 法で調べた。
【結果】血漿pHは,C群(7.37±0.02)に比べ,NH4Cl負荷群で一時低下し(7.17±0.01, 1d),徐々に正常域に復した(7.26±0.03, 3d; 7. 34±0.02, 6d)。この間,尿pHは,6.52±0.04から5.87±0.04に低下し(1d),6日間持続した。CAII-CAXIV mRNAs(C群)は,近位曲尿細管(PCT),細い下行脚(DTL),MTAL,皮質TAL (CTAL),遠位曲尿細管(DCT),CDに発現していた。NH4Cl負荷で発現が増加したのは,CAII(PCT),CAIV(PCT, MTAL),CAXII (PCT, CD-IC)であり,CAXIVは変化しなかった。
【結論】NH4Cl負荷によるNHE3の発現量増加部位に一致したのは,MTALのCAIVのみであった。MTAL管腔膜のNHE3は,細胞内CAcと協調的に働き,尿中への酸分泌と血漿pHの恒常性に貢献していると考えられる。
毛利達磨,曽我部正博,経塚啓一郎
(生理研,名古屋大・医,東北大・院生命・浅虫海生研センター)
ウニは古くから受精研究の代表的なモデル実験動物だが,受精時のシグナリングについてはまだ不明な点が多い。ウニ卵受精時にはカルシウム増加と同様に一酸化窒素(NO)の増加も起こるが,その機能やシグナル伝達についてはまだほとんどわかっていない。受精時の一酸化窒素(NO)増加について卵活性化の引き金なのか,どんな働きがあるのか検討した。NO増加と内外イオンの関係を調べるために電位固定法とNO感受性蛍光色素によるイメージングとの同時測定を行った。NO増加は受精の引き金ではなく細胞内カルシウム増加の後に起きることを確認した。受精時のNO増加の役割を調べるためにNO吸収剤PTIOやNO増加の阻害剤を用いて,NO増加を抑制した時とそうでない時とで酸素消費,Redox変化(NADH/NADPH),H2O2産生を測定した。酸素消費を酸素電極を用いて測定したところ,PTIO存在下では全体の酸素消費量はコントロールに比べて減少していた。NO増加を阻害するとNADH/NADPHの自家蛍光シグナルもその増加が抑制された。酸素消費の原因であるH2O2の産生は蛍光試薬Amplex Redで測定した。NO増加を阻害するとH2O2の産生は抑制された。また,PTIO存在下では化学的機械的刺激により受精膜はコントロールに比べて遥かに弱くなっていた。これらのことからNO増加は受精膜の硬化を促進する働きがあることが結論された。
古家喜四夫,曽我部正博(名古屋大・医)
ATPは普遍的な細胞間情報伝達物質として数多くの生理機能に関与していることが明らかになってきている。ATPを用いるメリットは,すべての細胞が情報発信できることと,ほとんどの細胞がATP受容体(代謝型P2Yとイオンチャネル型P2Xファミリー)を持ち,情報の受け手にもなりうることである。ATP受容体に関してはかなり分かってきたが,ATP放出経路については,Ca2+細胞内情報伝達系におけるCa2+チャネルにも相当する,情報伝達系の根幹部分にもかかわらずほとんど分かっていない。多くの細胞や組織においてATP放出は伸展や流れなどの機械刺激によって起こり,メカノシグナリングとの深い関わりが示唆されている。われわれは機械刺激によるATP放出の経路,制御機構を明らかにするため,Luciferin-Luciferase反応によるATPルミネッセンスを顕微鏡下で高感度カメラによってリアルタイムにイメージングできるシステムを構築した。この方法は現在100msの時間分解能で10nM程度の放出ATPのイメージングが可能であり,実際,タッチやストレッチといった機械刺激によって,乳腺上皮細胞や小腸絨毛下線維芽細胞などの培養細胞や組織からのATP放出の様子が明らかとなった。またLuciferaseを細胞表面に局在化させることにより,血管内皮細胞からの流れズリ応力によるATP放出のイメージングも可能となった。
黒崎知博(大阪大・WPI 免疫フロンティア研究センター・理研)
モデルBリンパ球DT40を用いて,先ず,私たちは,Rasの活性化に従来考えられていたGEFファミリーであるSosとは異なり,主としてRasGRP3が用いられていることを明らかにした。更に,RasGRP3, Sosが協調的に働き,Ras/Erk活性化の迅速性を制御していることが明らかになった。
Ras/Erkシグナルの生理的意義を検索する目的で,ERK1/ERK2 double knockoutマウスを樹立解析した。B細胞分化は,このマウスではpro-Bからpre-Bステージで停止しており,pre-BCRを介する増殖シグナルにErkは必須であった。このpre-BCRを介する増殖シグナルにはErkによってリン酸化されたElk, CREBが,そのターゲット遺伝子である,c-Myc, ilF2, Mef2c, Mef2dの発現を介しておこなわれていることが強く示唆された。
中村直俊,山澤徳志子,大久保洋平,飯野正光(東京大・医)
近年,遺伝的に同一な細胞集団を同じ環境に置いた場合にも,個々の細胞が多様な表現型を示しうることが報告されている。微生物を用いた研究で,転写・翻訳過程での微小なノイズの増幅が異なる表現型をもたらすという機構が示唆されているが,分化した哺乳類細胞にも同様の現象が存在するかはよくわかっていない。我々は,ヒト胎児腎由来のHEK293細胞を限界希釈法でクローン化し,リアノジン受容体依存性Ca2+放出を観察した。これらの細胞でリアノジン受容体発現レベルの細胞間不均一性は観察されなかったが,約4割の細胞だけがCa2+放出を示すという表現型の分離現象が見出された。これを担う細胞内過程として,リアノジン受容体のCa2+によるCa2+放出メカニズムにより,Ca2+応答が小胞体のCa2+放出および取り込み活性に対して閾値的な特性を示すことを明らかにした。この2つの活性の微小なノイズレベルの差が,2つの表現型をもたらすことが強く示唆された。我々はさらにHEK293細胞の長時間経時的Ca2+イメージングを行い,個々の細胞が平均約60時間で「Ca2+応答陽性」と「Ca2+応答陰性」を示す状態間を遷移するスイッチ現象を明らかにした。以上により,分化した哺乳類細胞においても遺伝的に同一な細胞が異なる表現型を示す現象が存在し,異なる表現型の間の経時的スイッチ現象によって細胞間不均一性がもたらされることが示された。
小島 至,山田聡子,小寺 力,中川裕子,長澤雅裕(群馬大・生体調節研究所)
インスリンを分泌する膵b細胞の分化誘導因子として,EGFファミリーに属する増殖因子ベータセルリン(BTC)が知られている。BTCは分化誘導作用とともに強力な増殖促進作用をもつため,臨床応用の観点からは不利である。我々はBTC前駆体遺伝子の第4エクソンを欠くスプライス変異体BTCd4を同定した。BTCd4は,増殖促進活性をもたないがBTCと同様に分化誘導作用を発揮することから,臨床応用の観点から有望な因子である。そこでBTCd4のシグナル伝達経路について検討した。BTCd4はBTCと異なりErbB1, ErbB4に結合せず,これらの受容体やShcをチロシン燐酸化しない。一方BTCd4は,分子量約75Kdaの受容体に結合して緩徐にErkを活性化し,これにより分化誘導作用を発揮する。Erkの上流を検討したところ,BTCd4により緩徐にRasが活性化されることが判明した。そこでBTCd4受容体によりRasが活性化される経路を検討したところ,BTCd4によりCa2+流入が惹起され,Pyk2を介してRasが活性化されることが明らかになった。実際,Ca2+流入を抑制することによりBTCd4によるErk活性化は抑制された。BTCd4はCa2+透過性チャネルを活性化し,Ca2+流入を惹起して分化誘導作用を発揮するものと考えられる。
山本伸一郎,清中茂樹,高橋重成,森 泰生(京都大・工)
炎症部位において集積した血球細胞はサイトカインなど炎症性たんぱく質を放出する。そのサイトカインの主な産生源として単球/マクロファージが知られており,そのサイトカインの中で好中球などといった血球細胞を遊走させるサイトカインを特にケモカイン言う。炎症部位においては,様々な細胞から活性酸素種が産生されており異物除去に働くのと同時に,ケモカイン産生などを誘導するシグナル伝達物質としても機能している。
今回,活性酸素種によって活性化されるTRPM2チャネルが単球/マクロファージにおいて活性酸素種によるケモカイン産生に必須であることを明らかにした。さらにマクロファージにおけるTRPM2依存的なケモカインの産生が好中球の炎症部位への浸潤を惹起し,炎症組織の損傷を引き起こしていることが明らかになった。本研究でTRPM2が単球/マクロファージにおいてケモカイン産生を引き起こし,好中球の浸潤を介して炎症を悪化させるメディエーターとして機能していることを明らかにした。
以上,本研究では活性酸素種と炎症とを仲介する分子実体としてTRPM2を明らかにし,TRPM2が新規抗炎症薬の創薬ターゲット分子になる可能性を提示できた。
老木成稔,清水啓史,岩本真幸,今野 卓,佐々木裕次(福井大・医)
イオンチャネルの本質的機能であるイオン透過とゲーティングについて,10年前に解かれたKチャネルの結晶構造は何を教えてくれたのだろう。イオン透過については選択性フィルタの立体構造をもとにイオン透過機構に関する多くの知見が得られた。一方,ゲーティング機構に関しては,そもそもダイナミックな現象であり,結晶構造という静的イメージからゲートが開閉する様子を推測することは難しい。ゲーティングに際して起こる構造変化の遷移状態はどのようなものか,どのような構造変化の軌跡を辿るのか。私達はX線回折点追跡法をKcsAカリウムチャネルに適用し,チャネルがゲーティングを行う際の構造変化を1分子レベルで捉えることに成功した。KcsAチャネルはpH依存性であり,酸性pHでゲートが開く。この時,チャネル分子は長軸のまわりに大きくねじれる構造変化を起こすことが明らかになった。ねじれ運動は膜貫通ドメインが起源となり,細胞質ドメインまで伝播することが明らかになった。多くのチャネル分子がaヘリックス束構造をもっており,ヘリックスのねじれ運動はチャネルゲーティングに共通する機構と考えられる。
Shimizu et al.: Global Twisting Motion of Single Molecular KcsA Potassium Channel Upon Gating. Cell 132: 67-78, 2008.
古谷和春,大野行弘,稲野辺厚,日比野浩,倉智嘉久(大阪大・医)
イオンチャネルは蛋白質,脂質,あるいは薬物などの小分子化合物との相互作用によりその機能が修飾される。これはイオンチャネルの生理・病理・薬理学的制御において必須であるが,その構造的理解は十分進んでいない。近年我々は,代表的な三環系抗うつ薬及び選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRIs) がグリア細胞に発現しK+緩衝作用を担う内向き整流性K+ (Kir) チャネルKir4.1を阻害することを示してきたが,詳細な作用機序は不明であった。今回我々は,電気生理学的手法と計算科学的手法を用い,チャネル側の薬物受容部位と薬物側の相互作用部位の両方の構造基盤を調べることにより,薬物相互作用を双方向性に解析した。今回の我々の結果は,Kir4.1チャネルのcentral cavityに面しているThr128およびGlu158と抗うつ薬の間でおこる水素結合およびイオン結合による相互作用が,チャネル機能阻害に必須であることを示している。Kir4.1チャネルの薬物による阻害機構を構造学的に理解することは,選択性と阻害作用の強い薬物の論理的ドラックデザインを可能にし,Kir4.1チャネルの生理機能及び病態への関与解明のための有効なツールの開発に繋がる可能性がある。さらに,Kirチャネルの生理的制御機構の理解も進める可能性がある。
長友克広,久保義弘(生理研)
我々は,Masuhoら (2005) により報告された「マウス消化管由来のSTC-1細胞に,カフェインを投与した時に見られる[Ca2+]iの増加」が,細胞外Ca2+を除くと消失することを見いだし,「カフェインによって活性化されるCa2+透過性を持つチャネル」の存在を想定した。そして,in vitro 発現系を用いて種々の機能スクリーンを行い,マウスのTRPA1チャネルがカフェインによって活性化されることを明らかにした。
次のステップとして,この知見が神経細胞や個体においても観察されるか否かを明らかにするために,まず,TRPA1が内在的に発現しているマウスのDRG neuronを急性単離培養し,Ca2+iイメージングを行った。野生型マウス (WT) のDRG neuronでは,カフェイン投与により[Ca2+]iの上昇が起きたが,TRPA1ノックアウト(KO)マウスのDRG neuronでは,応答は観察されなかった。
次に,個体レベルでも,マウスがTRPA1チャネルを介してカフェインを認識しているか否かを明らかにするために,二瓶法を用いて,水,およびカフェイン水の飲水量を測定する実験を行った。WTマウスではカフェイン水の消費量が有意に少なかったが,TRPA1-KOマウスでは違いは観察されなかった。
以上の結果から,マウスの神経細胞や個体においても,TRPA1チャネルがカフェインによって活性化されることが示された。