生理学研究所年報 第30巻
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3.膜機能分子ダイナミクスの分子機構解明に向けて

2008年9月4日-9月5日
代表・世話人:老木成稔(福井大学医学部)
所内対応者:久保義弘(神経機能素子)

(1)
べん毛モーターの回転駆動力を生み出すイオンチャネル複合体
(PomA/PomB) におけるイオン透過経路の解析
須藤雄気1,北出祐也2,吉住 玲1,古谷祐詞2
小嶋 勝1,小嶋誠司1,神取秀樹2,本間道夫1
1名大院・理,2名工大院・工)

(2)
内向き整流性カリウムチャネル-ポリアミン相互作用の構造生物学的解析
大澤匡範1,村松隆宏1,横川真梨子1,木村友美1,嶋田一夫1,2
1東大・院薬系,2産総研・バイオメディシナル情報解析セ)

(3)
KCNEタンパク質によるKCNQ1チャネルの電位依存性ゲーティングの制御機構
中條浩一,久保義弘(生理研)

(4)
ゲーティングキネティクスから予想されたCFTR-NBDエンジンの四次構造変化サイクル
相馬義郎1,2,清水宏泰1,3,M.-F. Tsai, T.-C 1. Hwang 1
1米国ミズーリ大・ダルトン研究所,2慶大・医,3大阪医大)

(5)
Kチャネルのゲーティング構造変化について
老木成稔1,清水啓史1,岩本真幸1,今野 卓1,佐々木裕次2
1福井大・医,2SPring-8)

(6)
機械受容チャネルMscLのメカノゲーティング機構:実験とシミュレーション
曽我部正博(名大院・医)

(7)
一分子時系列情報から読み解く状態遷移ネットワーク-機械受容チャネルMscLを例に
小松崎民樹(北大・電子科学研)

(8)
モデルチャネルにおけるイオン透過のボトルネックとその起源
炭竈享司1,斉藤真司2,大峯 巌11名大院・理,2分子研)

(9)
電位依存性プロトンチャネルにおけるプロトン透過の温度依存性(Q10値)
久野みゆき1,安藤博之2,森畑宏一1,酒井 啓1
森 啓之1,清水啓史2,岩本真幸2,老木成稔2
1大阪市大院・医,2福井大・医)

(10)
分子認識とアクアポリン:RISM/3D-RISMによる研究
S. Phongphanphanee,吉田紀生,平田文男(分子研)

(11)
ロドプシンの特殊な水とプロトン化水クラスター
神取秀樹(名工大院・工)

(12)
内向き整流性K+チャネルKir2.1のゲーティングと細胞内pH
石原圭子,Yan Ding-Hong(佐賀大・医)

(13)
MotBのペリプラズムドメインの結晶構造から考察する細菌べん毛モーター固定子の機能
小嶋誠司1,佐久間麻由子1,須藤雄気1,児嶋長次郎2
南野 徹3,難波啓一3,本間道夫1,今田勝巳3
1名大院・理,2奈良先端大・バイオ,3阪大院・生命機能)

(14)
Inhibitor Cystine Knotモチーフのペプチドから
ムスカリン性アセチルコリン受容体リガンドを創る試み
小野世吾,木村忠史,久保 泰(産総研・脳神経情報)

【参加者名】
小松崎民樹(北大・電子科学研),清 一人(北大・電子科学研),大澤匡範(東大・院薬系),小嶋誠司(名大院・理),須藤雄気(名大院・理),石井孝広(京大・医学部),中島則行(京大・医学部),柳(石原)圭子(佐賀大・医学部),相馬義郎(慶應義塾大学・医学部),久野みゆき(大阪市立・大学院),老木成稔(福井大・医学部),清水啓史(福井大・医学部),岩本真幸(福井大・医学部),神取秀樹(名古屋工業大・大学院),川島崇睦(名古屋工業大・大学院),中妻亜弥(名古屋工業大・大学院),山田純也(名古屋工業大・大学院),渡邉彰英(名古屋工業大・大学院),久保 泰(産業総合研究所),木村忠史(産業総合研究所),小野世吾(産業総合研究所),瀬戸倫義(滋賀医科大学・医学部),曽我部正博(名古屋大・大学院),斉藤真司(分子研),炭竈享司(分子研),平田文男(分子研),吉田紀生(分子研),S. Phongphanphanee(分子研),澤田康之(名大院・医学部),辰巳仁史(名大院・医学部),古谷祐詞(名古屋工業大・大学院),浅井祐介(名古屋工業大・大学院),北出祐也(名古屋工業大・大学院),村瀬雅樹(名大院・医学部),野村健(名大院・医学部),吉田 明(生理研),小林千草(分子研),久木田文夫(統合バイオ),久保義弘(生理研),立山充博(生理研),中條浩一(生理研),伊藤政之(生理研),長友克広(生理研),松下真一(生理研),石井 裕(生理研)


【概要】
 生理研研究会「膜機能分子ダイナミクスの分子機構解明に向けて」も3年目を迎えた。この間,トピックスの変転に伴いメンバーも変化してきた。本年度の研究会は膜機能蛋白質分子研究のひとつの到達点を探ることを目指し,明快な2つのトピックスに話題を絞った。膜蛋白質の構造変化ダイナミクスとイオン輸送機構である。理論計算から分光学,構造生物学,電気生理学,1分子測定,計算機科学,新規の解析法,スクリーニング法など,さまざまな領域の研究者が集い,レベルのきわめて高い研究会であった。特にチャネル分子研究に対するアプローチが多彩となり,膜蛋白質という範疇を越えて,蛋白質分子研究の先端を走る領域であることを実感することができた。チャネルの発表以外にも,モーター蛋白などの知見が話題に広がりを与えた。イオン透過機構の研究に関しては様々な手法が出揃い,研究の流れは定まったように思える。一方,蛋白質の構造変化問題(チャネルではゲーティング問題)は未だ模索状態であるとはいえ,新しい実験手法,計算機実験,解析理論が開発されつつあり,近い将来大きな展開が期待できる。ゆったりとスケジュールを組んだので議論の時間をたっぷりとることができ,活発な議論が噴出した。MacKinnonのKチャネルの結晶構造決定から10年,ようやく日本でもこの成果を生かし,次のステップに踏み出す体制の核が出来上がりつつある。特に生理学領域以外の若い研究者が参入しつつある。ただ分野間で相互の理解が未だ十分でないのも事実である。今後この領域の研究をさらに発展させるには,基本的な知識を補い,物理化学的な言語の共有化をはかるための教育的機会や相互乗り入れの研究会の機会を増やすことが不可欠である。研究のリソースとして世界に伍する十分なポテンシャルを持つことは明白であり,多くの人材を引き込むような魅力的な研究会として発展することを期待したい。

 

(1) べん毛モーターの回転駆動力を生み出すイオンチャネル複合体
(PomA/PomB) におけるイオン透過経路の解析

須藤雄気1,北出祐也2,吉住 玲1,古谷祐詞2
小嶋 勝1,小嶋誠司1,神取秀樹2,本間道夫1
1名大院・理,2名工大院・工)

 膜蛋白質は全蛋白質の約30%を占め,生命活動に重要な役割を持つ。我々は膜蛋白質間の相互作用・構造変化・集合に興味を持ち研究を行っている。具体的には,外界からの情報入力部位(光受容体)と出力部位(べん毛モーター)それぞれで重要な役割を果たす膜蛋白質複合体を研究対象としている。本発表では後者についての最近の成果を報告した。

 細菌はべん毛モーターを回転させ運動能を得る。回転駆動力は固定子複合体(PomAB)のNa+チャネル機能に伴う電気化学ポテンシャル差により生み出される。Na+透過経路の解明は機能理解に重要で,Asp24がNa+結合部位を形成することが示唆されているものの,それ以外の情報は乏しい。本研究では,Asp24のヘリックス2ターン分イオン取り込み側に位置するアミノ酸(Cys31)に着目し,Na+透過への役割を解析した。また,ATR-FTIR分光法を用いた解析から,長年の課題であった「Asp24-Na+の直接結合」を検出することに成功した。これらの結果からNa+透過と構造変化について報告した。また,入力部位(光受容体)における最近の成果についても報告した。

 

(2) 内向き整流性カリウムチャネル-ポリアミン相互作用の構造生物学的解析

大澤匡範1,村松隆宏1,横川真梨子1,木村友美1,嶋田一夫1,2
1東大・院薬系,2産総研・バイオメディシナル情報解析セ)

 内向き整流性カリウムチャネル (Kir) は,静止膜電位,K+恒常性,心拍数,ホルモン分泌などを制御している。Kirは四量体を形成し,K+選択フィルターを有する膜貫通ポアと,一次配列上,膜貫通ポアドメインのNC両末端の領域からなる細胞内ポアドメインにより長いK+透過路が形成されている。Kirの内向き整流性には細胞内ポリアミンあるいはMg2+が重要な役割を果たしている。これまでに部位特異的変異体を用いた電気生理学的研究から,脱分極時にはポリアミンが膜貫通ポアを塞ぐことにより外向き電流を遮断する機構が提唱されている。一方,分極時にはポリアミンは細胞内領域の酸性残基と結合しており,Kirの内向き整流性における細胞内領域でのポリアミン結合の重要性が示されている。しかしながら,ポリアミンの結合部位・結合様式が直接解析された例は無い。そこで本研究では,Kir3.1細胞内ドメインとポリアミンとの相互作用様式を各種物理化学的手法により解析し,Kirの内向き整流性発現の分子機構を解明することを目的とする。

 本研究会では,等温滴定型カロリメトリーにより明らかにした相互作用の熱力学的パラメータ,NMRにより同定した結合部位,スペルミン結合に伴うKir3.1の構造変化について報告した。これらの結果に基づき,スペルミンとKir3.1との相互作用様式と内向き整流性発現機構について,考察・意見交換を行った。

 

(3) KCNEタンパク質によるKCNQ1チャネルの電位依存性ゲーティングの制御機構

中條浩一,久保義弘(生理研)

 電位依存性カリウムチャネルのKCNQ1は共発現するKCNEタンパク質によって,その電流の性質をさまざまに変化させる。特に有名なのは心臓や耳で共発現するKCNE1による制御であり,電流量の増大,活性化・脱活性化のキネティクスの遅延,G-Vカーブの脱分極側への大きなシフト(>50mV)などドラスティックな変化が引き起こされる。

 今回我々は,ゲノム上にKCNE1に相当する遺伝子を持たない原索動物ユウレイボヤのKCNQ1オーソログであるciKCNQ1遺伝子を利用し,KCNE1によるKCNQ1チャネルの制御メカニズムについて検討をおこなった。KCNE1とciKCNQ1をアフリカツメガエル卵母細胞に共発現させると,G-VカーブはciKCNQ1単独のものに比べるとむしろやや過分極側にシフトしており,KCNE1による制御が正常に機能していないことが示唆された。次にヒトのKCNQ1とciKCNQ1のキメラ変異体を作成し,S5-S6領域がKCNE1によるG-Vカーブのシフトに重要であることを示唆する結果を得た。さらに絞り込んだ結果,S5-Pリンカー領域と,S5上の272番目のグリシン,S6上の324番目と334番目のバリンが特に重要であることが明らかとなった。本研究会では,電位依存性のカリウムチャネルの結晶構造を参照しながら,KCNE1がどのようにKCNQ1チャネルに結合し修飾するのかを討論した。

 

(4) ゲーティングキネティクスから予想されたCFTR-NBDエンジンの
四次構造変化サイクル

相馬義郎1,2,清水宏泰1,3,M.-F. Tsai, T.-C 1. Hwang 1
1米国ミズーリ大・ダルトン研究所,2慶大・医,3大阪医大)

 ABCトランスポータスーパーファミリーをメンバーであるCFTRチャネルは2つのNucleotide Binding Domain (NBD) を持ち,この2つのNBDはATP 2分子を挟み込んだ形での二量体の形成とその内のATP 1分子の加水分解に続く二量体の解離を繰り返して,二量体形成によってチャネルが閉から開状態に遷移し,二量体の解離に伴って閉状態に戻るという“NBDゲーティングエンジン”仮説が提唱され認められている。

 では,次の疑問としてNBDエンジンは二量体状態と解離状態の2つの状態の間をどのような経路を辿って行き来しているのであろうか。今回,我々はPyrophosphate (PPi) のCFTRゲーティングに対する開口増強効果を用いて,CFTRチャネルが閉状態から開状態へ移る場合と開状態から閉状態へ戻る場合とではそれぞれの異なった経路を辿り,それぞれに経路の途中にPPiによって再開口される中間的閉口状態の存在が確認できた。このことはNBDエンジンが,二量体状態と解離状態の2つの状態を単に行き来しているのではなく,行きと帰りは異なる経路を辿るサイクルを回っていることを示唆している。このサイクリックなゲーティングキネティクスにおける4つの状態は,それぞれ異なるNBDの四次構造と対応していると考えられた。

 

(5) Kチャネルのゲーティング構造変化について

老木成稔1,清水啓史1,岩本真幸1,今野 卓1,佐々木裕次21福井大・医,2 SPring-8)

 10年前にKチャネルの結晶構造が得られ,その後も着々とチャネルの構造データが蓄積している。これら静的な像からチャネルの機能する姿が具体的にイメージできる状況になってきた。特に,イオン透過については選択性フィルタの立体構造をもとにイオン透過機構に関する多くの知見が得られた。一方,ゲーティング機構に関しては,異なるチャネル種であるとはいえ,開状態と閉状態の結晶構造が得られている。従ってゲーティングの分子機構を明らかにするために現在求められている情報は構造変化のダイナミクスである。ゲーティングに際して起こる構造変化の遷移状態はどのようなものか,どのような構造変化の軌跡を辿るのか。私達はX線回折点追跡法によりチャネルがゲーティングを行う際の構造変化を1分子レベルで捉えることに成功した。チャネル分子は長軸のまわりに大きくねじれる構造変化を起こす。この構造変化では膜貫通ドメインが起源となり,細胞質ドメインまで伝播することが明らかになった。単一分子運動軌跡から得られるダイナミック情報として,構造変化のエネルギー地形について検討した。

Shimizu et al.: Global Twisting Motion of Single Molecular KcsA Potassium Channel Upon Gating. Cell 132: 67-78, 2008.

 

(6) 機械受容チャネルMscLのメカノゲーティング機構:実験とシミュレーション

曽我部正博(名大院・医)

 最も研究が進んでいる機械受容チャネルである細菌MscLの活性化機構に関する最新知見を紹介する。MscLの高次構造(閉状態)はX線回折法で解明され,膜の伸展(張力)のみで活性化(開口)することが分かっている。MscLはヘアピン状の膜2回貫通型のサブユニット(136残基)がやや斜めに傾いて円筒状に会合したホモ5量体で,内側へリックス同士が脂質膜内葉で交差接触してポアの最狭部(ゲート)を構成する。問題は,脂質と接触する外側へリックスのどこで膜張力を感知し,それが如何にして蛋白質の構造変化を引き起こしてゲートを開くかである。膜面に接する外側へリックスの疎水性アミノ酸を逐一親水性アミノ酸に置換して伸展感受性に欠陥が生じるアミノ酸を同定することで,張力感知部位が脂質膜外葉のグリセロール基近傍に位置するいずれかのアミノ酸であることが分かった。膜伸展によって,これらのアミノ酸が脂質に引っ張られて堅い膜貫通部位全体が膜面方向に引き倒されることでゲートが開くことが予想された。常時開口するMscL突然変異体蛋白質の電子顕微鏡による一分子構造解析を行い,この予想と一致する結果が得られた。さらに分子動力学計算によって,脂質と最も強く結合する張力感知アミノ酸 (F78) が,膜張力の増大に応じて膜面方向に牽引され,内側へリックスが倒れながら交差部位がチャネル外周方向にずれることでゲートが開く過程が明らかとなった。

 

(7) 一分子時系列情報から読み解く状態遷移ネットワーク
-機械受容チャネルMscLを例に

小松崎民樹(北大・電子科学研)

 現在,報告されているほとんどの生体分子系のキネティクスは,多様な時間・空間スケールに渡り複雑に絡み合った個々の分子ダイナミックスの集団平均として観測されている。近年,1分子計測技術等の飛躍的な進展により,「観測」の在り方が大きな変貌を遂げようとしている。しかしながら,時系列情報から我々は何を学ぶことができるのであろうか? 時系列データの観測値に対するヒストグラムを正規分布の線形結合でフィットする状態推定が(古典的に)よく用いられているが,局所平衡の成立を陰に前提としており,かつ,一般に「正規」分布の重ね合わせで表わされる保証はどこにもない。一方,多次元空間において定義されるべき「状態」を一次元に射影した時系列データの各時刻における数値から単純に定義すると,状態遷移過程において見掛け上の履歴現象を引き起こすことも知られている。それゆえ,分布関数の形状,状態数,ならびに系についての性質を予め規定するのではなく,状態および状態間遷移を“時系列情報からできるだけ自然な形で学びとる”方法論が必要となる。本発表では,我々が近年開発した時系列情報から階層的なエネルギー地形および状態遷移ネットワークを再構成する新しい時系列解析理論 (Baba and Komatsuzaki, PNAS (2007), Li, Yang and Komatsuzaki, PNAS (2008) ) を概説するとともに,パッチクランプ法による機械受容チェネルMscL系の電位時系列データに適用した研究結果を報告した。本研究は名古屋大学曽我部正博氏,辰巳仁史氏らとの共同研究である。

 

(8) モデルチャネルにおけるイオン透過のボトルネックとその起源

炭竈享司1,斉藤真司2,大峯 巌11名大院・理,2分子研)

 我々は分子動力学法によるシミュレーションにより,モデルチャネルにおけるK+イオンの透過のダイナミクスを調べた。その結果,イオン透過の律速段階はイオンがチャネルにどのように入るかであることが分かった。チャネル入口に到達したイオンのうちチャネルを透過できたのは約10%であり,すなわち,チャネル入口には自由エネルギー障壁が存在する。このモデルチャネルでは,K+チャネルにおけるそれのように,イオンと水が交互に一列に透過しており,したがって,近づいてきたイオンがチャネル内の水分子(WAT1)へ配位することがイオン透過の必須条件になる。すなわち,元々WAT1に配位していた水分子(WAT2)と近づいてきたイオンとの配位の交換がイオン透過に重要であることを示している。実際,自由エネルギーをエネルギーとエントロピーに分解した結果,チャネル入口の自由エネルギー障壁はエントロピーに由来することが明らかになった。さらに,このエントロピー障壁は近づいてきたイオンとの相互作用により,WAT2の配向が制限されることにより生ずることを解明した。

 我々はまた,イオンの透過しやすさがモデルチャネル上の電荷とどのように関わっているのかも調査した。その結果,エネルギーとエントロピーの均衡が取れた場合に,最大のチャネルコンダクタンスが得られることを明らかにした。

 

(9) 電位依存性プロトンチャネルにおけるプロトン透過の温度依存性(Q10値)

久野みゆき1,安藤博之2,森畑宏一1,酒井 啓1
森 啓之1,清水啓史2,岩本真幸2,老木成稔2
1大阪市大院・医,2福井大・医)

 電位依存性プロトンチャネル(voltage-gated H+ channel) は脱分極によって開口しプロトン(H+)を選択的に透過させる。多様な細胞に発現し強力なH+排出(分泌)を担うが,そのH+透過メカニズムは未だ解明されていない。私達は高密度にH+channelを発現するマイクログリアを用いて,透過機構に関わる重要な特性と考えられる温度に対する応答を検討してきた。ホールセルクランプ下,数ミリ秒以内に温度変化を与えることのできる温度ジャンプ法によって得たopen-state H+電流のQ10値は25℃では1.5であったが,4℃から49℃の範囲で温度が高くなるほど徐々に上昇した。更に電流振幅のアレニウスプロットは湾曲を示し,チャネル内透過過程以外の要因がH+電流の温度依存性に関与することが示唆された。そこでチャネルを介するH+流出に伴う細胞内でのH+枯渇や細胞膜近傍で発生する濃度分極,チャネルポアへのアクセス抵抗の寄与を検討した。アクセス抵抗は高抵抗外液ジャンプ法により推定した。その結果,ホールセルH+電流から得られたQ10値はチャネルのH+透過とアクセス抵抗の温度依存性の総和であることが判明した。アクセス抵抗を差し引くと,チャネルにおけるH+透過の正味のQ10値は2.6と推測された。

 

(10) 分子認識とアクアポリン:RISM/3D-RISMによる研究

S. Phongphanphanee,吉田紀生,平田文男(分子研)

 数年前,我々は蛋白質中の空孔に束縛された水分子をRISM/3D-RISM理論に基づき「検出」することに成功した。[1,2]これは極端な不均一場に置かれた流体に対して統計力学が適用可能であることを証明した最初の事例である。一方,この「発見」は生命活動における最も重要な素過程である「分子認識」を解明する上で強力な理論的武器を提供したことを意味する。

 この方法のその後の展開において,我々は分子認識が本質的役割を演じる生体内分子過程に焦点を当ててきた。蛋白質による選択的イオン結合,酵素反応,水チャネル(アクアポリン),蛋白質による不活性気体の選択的結合,蛋白質の圧力変成,などがその例である。

 本講演では上に述べたいくつかのトピックス,特に,アクアポリンのイオン透過可能性に関する最近の研究成果を紹介した。

References
[1] T. Imai, R. Hiraoka, A. Kovalenko, F. Hirata, J. Am. Chem. Soc. (Communications), 127 (44), 15334 (2005).
[2] F. Hirata, ed., Molecular Theory of Solvation, Springer - Kluwer, 2003.

 

(11) ロドプシンの特殊な水とプロトン化水クラスター

神取秀樹(名工大院・工)

 イオンチャネルやポンプの機能発現において,水分子が重要な役割を担うことは自明であるが,これを実験的に捉えることは容易ではない。多くの膜輸送体においては,X線結晶構造解析が唯一の実験手法であり,静的な水の位置情報をもとにしたシミュレーションなどが活発に行われている。

 光をエネルギーや情報へと変換する光受容蛋白質においては,機能発現過程を光駆動できるので,さらに特殊な解析が可能となる。我々は光駆動プロトンポンプであるバクテリオロドプシンに対する低温赤外分光解析を行い,X線結晶構造解析に先がけて内部結合水の存在やポンプ過程における重要性を明らかにしてきた。最近では,プロトンポンプ活性をもつロドプシンには必ず強い水素結合を形成した水分子が存在することを発見し,ロドプシンのプロトンポンプ活性は1個の水分子が決定すると提唱している。

 一方,バクテリオロドプシンのプロトン輸送経路に関して,細胞外側へのプロトン放出基が最後の未解明課題であったが,過去の時間分解赤外スペクトル信号をもとにプロトン化水クラスターであることが示唆されていた。我々は最近,注意深い水の同位体効果の実験から,この信号が水分子の振動情報を含むことを明らかにした。これにより永年の疑問に決着がついたわけであるが,蛋白質内部という疎水環境において,プロトンが2個のグルタミン酸ではなく水に存在するのは興味深い。

 

(12) 内向き整流性K+チャネルKir2.1のゲーティングと細胞内pH

石原圭子,Yan Ding-Hong(佐賀大・医)

 Kir2.1内向き整流K+チャネルは,内向き電流に比べて外向き電流が小さく,これは生理的な状態では細胞内液中のポリアミン(有機陽イオン)やMg2+がチャネルを膜電位依存性にブロックするためであると考えられる。Kir2.1チャネルが細胞内イオン・分子のブロックによらないチャネル固有の電位依存性ゲーティング機構を有するかどうかについては議論がある。我々は最近,インサイドアウトパッチクランプ法を用いた実験において,細胞膜内側液のpHを酸性にすると,Kir2.1チャネルが非常にゆっくりとした膜電位依存性ゲーティングによって強い内向き整流性を示すことを見出した。このpH依存性の遅いゲーティングは細胞膜内側液に加えたイオン・分子によるブロックによるものとは考えられなかった。細胞質内領域のイオン透過孔内面に位置する酸性アミノ酸残基 (E224, E299) を中性アミノ酸に置換した変異体では,遅いゲーティングの膜電位依存性は負電位側にシフトし,内向き整流性がむしろ強くなった。しかし膜貫通領域のイオン透過孔内面に位置し,ポリアミン結合部位として知られている酸性アミノ酸残基 (D172) を中性化した変異体では遅いゲーティングは消失した。これらのことから,酸性pHで誘発される遅いゲーティングには,細胞膜内面にトラップされた未知の細胞内分子(アミン)によるブロックが関与するのではないかと推測した。

 

(13) MotBのペリプラズムドメインの結晶構造から考察する
細菌べん毛モーター固定子の機能

小嶋誠司1,佐久間麻由子1,須藤雄気1,児嶋長次郎2
南野 徹3,難波啓一3,本間道夫1,今田勝巳3
1名大院・理,2奈良先端大・バイオ,3阪大院・生命機能)

 サルモネラ菌べん毛モーターでは,MotA/MotB固定子複合体中をプロトンが流れる際に起こる,固定子-回転子間の相互作用によりトルクが発生する。固定子はMotBのC末端ペリプラズム側ドメインに存在するペプチドグリカン結合 (PGB) モチーフを介して,適切な位置に固定されると考えられている。我々はMotBのペリプラズム側可溶性断片(MotBC6)を作成してその機能や生化学的性質を解析し,結晶構造を決定した。MotBC6のN末側にシグナル配列を付加し野生株で発現すると,MotBC6はペリプラズムに輸送され菌の運動能を阻害した。Hisタグを付加したMotBC6を精製し,ゲルろ過クロマトグラフィー及び超遠心分析を行ったところ,MotBC6は安定なホモダイマーを形成していた。我々はMotBC6の結晶化に成功し,SeMet置換体の結晶を用いてSPring-8のビームラインBL41XUにおいてX線回折データを回収し,分解能2.0Åで構造を決定した。MotBC6は1つのドメインで構成され,二量体を形成していた。PGBドメインを含むコア部分は,これまでに報告されたPal, RmpM, MotYといったPG結合蛋白質の構造と非常に良く似ていた。コア部分のN末端側にはb シートに続いてPGBドメインから長く突き出るようなa ヘリックスが存在し,その先がMotBのN末膜貫通部位へとつながって行くと考えられる。

 

(14) Inhibitor Cystine Knotモチーフのペプチドから
ムスカリン性アセチルコリン受容体リガンドを創る試み

小野世吾,木村忠史,久保 泰(産総研・脳神経情報)

 ある種の生理活性ペプチドでは,その同属間でアミノ酸配列を比較した時,共通の分子骨格 (scaffold) を保持する一方,ループ部分では積極的にアミノ酸置換が導入される。このようなペプチドでは,様々な物理化学的特性を持つアミノ酸側鎖の空間提示が可能になり,それに伴って広範な標的分子の認識が可能になると考えられる。前回は試験管内分子進化技術を使い,alpha - bungarotoxinを代表とするthree-finger (3F) scaffoldのペプチドを鋳型とするランダムペプチドライブラリから,可溶性interleukin-6受容体を標的とするペプチドを単離し,それらが同受容体のアンタゴニストやアゴニストになることを示した。

 我々は新たにクモ毒液からT型Ca2+チャネルをブロックするペプチドA4-1を同定した。このペプチドはInhibitor Cystine Knot (ICK)とよばれる特徴的なモチーフを有する。ICKペプチドは種々の生物に存在し,その機能は酵素阻害やイオンチャネル阻害など多様である。現在,我々は膜タンパク質を標的とするペプチドを選択する系の開発を行なっている。今回,ペプチドA4-1を鋳型とするランダムペプチドライブラリから,細胞膜表面に発現したムスカリン性アセチルコリン受容体m2サブタイプを標的とするICK型ペプチドを新たな分子進化技術により取得し,それらの特性解析を行った。

 



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