生理学研究所年報 第30巻
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4.糖鎖機能研究会・・・分子レベルでの解明を目指して

2008年5月22日-5月23日
代表・世話人:辻 崇一(東海大学糖鎖科学研究所)
所内対応者:池中一裕(分子生理研究系分子神経生理研究部門)

(1)
放射光施設における糖鎖生物学
加藤龍一(高エネルギー加速器研究機構)

(2)
担癌状態におけるムチンの生物学的機能
中田 博(京都産業大学)

(3)
糖鎖の網羅的構造解析からシステム解析へ
長束俊治(大阪大学大学院理学研究科)

(4)
糖タンパク質品質管理機構~合成糖鎖を駆使した分子レベル解析
戸谷希一郎(成蹊大学理工学部)

(5)
糖鎖機能の分子的理解に有用な糖鎖合成法の開発
安藤弘宗(岐阜大学応用生物科学部)

(6)
フルオラス合成法による迅速糖鎖合成手法の開発
水野真盛(野口研究所)

(7)
プロテオグリカンの化学合成と生物活性
田村純一(鳥取大学地域学部地域環境学科)

(8)
コンドロイチン6-O -硫酸基転移酵素-1 過剰発現マウスを用いた
脳におけるコンドロイチン硫酸鎖の機能解析
宮田真路(神戸薬科大学)

(9)
血管・リンパ管新生におけるヒアルロン酸リッチ腫瘍微小環境と
腫瘍関連マクロファージの作用
三好征司(信州大学大学院医学系研究科)

(10)
ゴルジ体とタンパク質輸送:ライブイメージングによるアプローチ
中野明彦(東京大学・理系・生物科学)

(11)
二つのGDP-フコース輸送体の機能解析から明らかになったNotchのO -フコシル化の機能
松野健治(東京理科大学基礎工学部)

(12)
メダカ初期発生過程における糖鎖の機能解析
殿山泰弘(京都大学大学院医学研究科)

(13)
新生仔マウス小腸におけるスフィンゴ糖脂質の発現変化
米重あづさ(東海大学)

(14)
実験的自己免疫性脳脊髄炎における複合型ガングリオシドの役割
宮本勝一(近畿大学医学部 神経内科)

(15)
GM1ガングリオシドのエンドサイトーシス制御によるアルツハイマー病細胞モデルの構築
湯山耕平(国立長寿医療センター研究所)

(16)
べロ毒素中和活性を有するスフィンゴ糖脂質Gb3類似体の合成
三浦 剛(千葉科学大学・薬学部)

(17)
糖タンパク質の立体構造からみる糖鎖の機能
山口芳樹(理化学研究所・糖鎖構造生物学研究チーム)

(18)
糖タンパク質の細胞内運命を司るレクチンの分子認識
加藤晃一(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(19)
植物糖タンパク質糖鎖加水分解酵素の発現制御による生長制御
石水 毅(大阪大学大学院理学研究科)

【参加者名】
辻 崇一,松田純子,米重あづさ(東海大学糖鎖科学研究所),稲津敏行,高久博直,苫米地祐輔(東海大学工学部応用化学科,東海大学糖鎖科学研究所),鈴木邦彦(元)東海大学未来科学技術共同研究センター),梶本哲也(鈴鹿医療科学大学薬学部),長束俊治,石水 毅,稲本 基(大阪大学大学院理学研究科),田村純一(鳥取大学地域学部地域環境学科),加藤龍一(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科学研究施設構造生物学研究センター),中野明彦(東京大理系生物科学),山口芳樹(理化学研究所糖鎖構造生物学研究チーム),岡 昌吾,殿山泰弘(京都大学医学研究科),戸谷希一郎(成蹊大学理工学部),松野健治,鮎川友紀(東京理科大学基礎工学研究科),安藤弘宗(岐阜大学応用生物科学部),湯山耕平(国立長寿医療センター研究所アルツハイマー病研究部),中田 博(京都産業大学),三浦 剛(千葉科学大学薬学部),水野真盛((財)野口研究所糖鎖有機化学研究室),宮田真路(神戸薬科大学),加藤晃一,神谷由紀子,内海真穂,西尾美穂,良川須美,山口拓実(岡崎統合バイオサイエンスセンター),矢木宏和,大野恵里菜,山本雅洋,金子琢磨,平野貴志,文庫有志,富田礼子(名古屋市立大学大学院薬学研究科),板野直樹,三好征司(信州大学大学院医学系研究科分子腫瘍学講座),宮本勝一(近畿大学医学部神経内科),上条真弘(生理研生殖内分泌),深沢有吾(生理研脳形態),東 幹人(三菱化学),小野勝彦,等 誠司,竹林浩秀,田中謙二,後藤仁志,稲村直子,松下雄一,李 海雄,石野雄吾,臼井紀好,清水崇弘(生理研分子神経生理)


【概要】
 糖鎖が第三の生命鎖として脚光を浴びるようになって久しい。しかし,複合糖質糖鎖が直接的あるいは間接的に様々な現象に関与していることを示唆する知見が集積されてきてはいるが,糖鎖が実際に分子レベルでどのような機序で機能を発現しているのかという基本的かつ重要な問題に関しては,まだほとんど解明されてはいない。糖鎖が単独で機能を発現している場合が無いとは言い切れないが,多くの場合糖鎖と相互作用をする生体分子,特にタンパク質が介在しているはずである。これら生体分子の実態をも解明しなければ,糖鎖の基本問題が解けないということは明らかである。本研究会は,糖鎖のみならず相互作用をする相手の分子をも対象として検討を進め,現在抱えている問題点を顕在化し,問題解決への糸口を探ることにより,「糖鎖の持つ基本的な機能は何か,特に分子レベルでどのように機能しているのか」という問題を解くことを目標としている。

 今回は,最近の様々な学会・シンポジウムあるいは論文などで注目すべき発表をした方々を中心に多方面の研究者にお集まり頂き,糖鎖機能研究の現状と今後の問題点を探るとともに,それらの問題を克服するのに必要とされる技術開発のエキスパート,特に,放射光やNMRを用いた最新のタンパク質構造解析専門家,生きた細胞内の高感度観察を可能にしたバイオイメージングアナリストにも参加を頂き,様々な角度から検討ならびに情報交換を行った。結果として,研究者間の相互理解が深まり,研究の新たな展開や共同研究の可能性が十分に期待できる成果を得ることができた。

 

(1) 放射光施設における糖鎖生物学

加藤龍一(高エネルギー加速器研究機・構物質構造科学研究所・
放射光科学研究施設・構造生物学研究センター)

 高エネルギー加速器研究機構 (KEK)・放射光科学研究施設(Photon Factory)では,日本で最初の放射光を用いたタンパク質X線結晶構造解析用の実験ステーションを建設後,現在に至るまで国内外から多くの研究者を迎え,タンパク質およびその複合体の立体構造解析のためのデータ収集が行われている。Photon Factoryでは,2000年にインハウス研究の推進を目指して構造生物学研究グループを設置し,現在は構造生物学研究センターとして実験ステーションの建設運営から構造生物学研究まで行っている。

 我々のセンターでは,(1)細胞内輸送と(2)糖鎖修飾に関わるタンパク質群の立体構造解析を通じて生命現象を分子レベルで理解することを目的の1つとしている。本口演では,糖鎖修飾に関するタンパク質群の構造機能解析の一例として,ビフィズス菌由来のフコシダーゼ触媒ドメインのX線結晶構造解析の結果と,それから明らかになった水分子を介する新奇な酵素反応機構について紹介する。また,ガレクチン9と糖鎖との複合体のX線結晶構造から,マウスとヒトという近縁種でも異なる糖鎖認識機構について紹介する。

 

(2) 担癌状態におけるムチンの生物学的機能

中田 博(京都産業大学工学部生物工学科)

 上皮性癌細胞の産生するムチンの特徴として,癌関連糖鎖抗原の発現に加えて,分泌部位の変化が挙げられる。すなわち,上皮組織の極性を消失した癌組織において,ムチンは組織全体に分泌され,さらに血流中にも検出されるようになる。また,ムチンは癌関連糖鎖抗原も含めて多様なO-グリカンを発現している糖タンパク質であること,タンデムリピート及び糖鎖のクラスターをもつことを特徴とする。これらの性質は,様々なレクチンと相互作用する可能性と血清中に多く存在するN-グリカンより親和性が高い可能性を示唆している。我々は,ムチンとスカベンジャーリセプター (1-3),シグレックファミリー (4, 5)との相互作用とその生物学的意義について検討してきた。本研究会では,シグレック2, 9とそれぞれ分泌型ムチンと膜結合型ムチンとの相互作用に起因する生物学的作用について述べる。すなわち,前者については脾臓B細胞と分泌型ムチンの相互作用を通じて,B細胞における情報伝達の抑制,後者については,膜タンパク質であるMUC1へのシグレック9の結合によるMUC1へのb-カテニンのリクルートの亢進について述べる。

1) Inaba T et al. PNAS 100: 2736, 2003.
2) Yokoigawa N et al. Clin Cancer Res 11, 6127, 2005.
3) Sugihara I et al. Cancer Res 66, 6175, 2006.
4) Toda M et al. BBRC, in press.
5) Ishida A et al. Proteomics, in press.

 

(3) 糖鎖の網羅的構造解析からシステム解析へ

長束俊治(大阪大学大学院理学研究科)

 生体が持つ糖鎖分子の最も際立った特徴は,構造の微小不均一性である。その存在は,古くから知られているものの,その意味については,未だ誰も解答を得ていない。我々はこれまでに,糖鎖の多様性を網羅的に観察する手法を開発し,個体発生や系統発生における多様性の変遷を解析してきた。その結果,系統発生上の近縁と糖鎖構造の類似性は相関しないこと,また個体発生において形態形成時期に糖鎖の多様性が生じていることを発見した。糖鎖多様性の意味に対するもう一つのアプローチとして,糖鎖とその関連タンパク質を含めた「糖鎖システム」という概念を仮定し,摂動を加えた際にそのシステムがどのように振舞うかを観測することを始めている。つまり,「糖鎖システム」の動態解析である。我々はこれまでに,糖鎖生合成酵素阻害剤による撹乱実験から,「糖鎖システム」がロバストである可能性を見出している。「糖鎖システム」は,現在のところあくまでも仮説であり,存在証明も未だ成されてはいないが,糖鎖に意味を求める研究者にとって,今後中心的な標的になると予想される。本発表では,私達の研究過程を軸に「糖鎖システム」解析に向けた内外の動向についても概説する。

 

(4) 糖タンパク質品質管理機構~合成糖鎖を駆使した分子レベル解析~

戸谷希一郎(成蹊大学・理工)

 リボソームで合成されるタンパク質は,高マンノース型糖鎖修飾を受け粗面小胞体内に送り込まれる。一方,小胞体内にはタンパク上の特定糖鎖構造を認識するレクチンシャペロンや糖加水分解酵素,糖転移酵素が存在する。これらの糖鎖認識タンパク質は新生糖タンパク質に協奏的に働き,その折り畳み状態によって分泌経路への輸送小胞体内での保持分解系への輸送の三経路に分別することが分かってきた。この機構は糖タンパク質品質管理と呼ばれ,生体がタンパク合成過程で複雑な糖鎖を付加する現象の合理的解釈として注目を集めている。

 しかしながら本機構の分子レベル解析は,基質となる糖タンパク質の糖鎖不均一性によって妨げられてきた。そこで我々は構造が確実な合成糖鎖プローブによって糖タンパク質品質管理機構を網羅的に解析することを目指し研究を行っている。

 本講演では糖タンパク質品質管理の主要構成メンバーであるUDP-Glc:glycoprotein glucosyltransferase (UGGT),CRTおよびGlucosidase IIの定量的基質特異性解析を通じて,本質管理機構の基質の流れを分子レベルで明らかにした最近の成果 [K. Totani et al. Angew. Chem. (2005) 44, 7950; JBC (2006) 281, 31502; JACS (2008) 103, 2101] について報告する。

 

(5) 糖鎖機能の分子的理解に有用な糖鎖合成法の開発

安藤弘宗(岐阜大学応用生物科学部,京都大学物質―細胞統合システム拠点)

 糖鎖機能の分子理解には,化学と生物学の有機的な連携が不可欠である。特に糖質分子の構造多様性という障壁を乗り越える上で,糖鎖化学は,構造均一な糖鎖およびその複合体の供給という大きな役割を担っている。我々の研究室では,長年にわたりガングリオシドを中心とした機能性複合糖質の精密合成法の確立に専心し,700種に迫る糖質分子の化学合成およびそれらの生物学的機能解明への応用を展開してきた。本講演では,近年我々が新たに確立した,効率的シアル酸グリコシル化反応を基軸とするシアル酸含有糖鎖の合成法とムチン型糖鎖,ガラクトシルセラミドに代表されるa-ガラクトサミン,ガラクトースを含有する糖鎖の高立体選択的合成法を中心とした話題とともに,合成された糖鎖プローブが学際研究で活かされた事例を紹介し,新しい糖鎖プローブの可能性を提案させていただく。

 

(6) フルオラス合成法による迅速糖鎖合成手法の開発

水野真盛(財団法人 野口研究所・糖鎖有機化学研究室)

 糖鎖の機能を分子レベルで明らかにするためには構造明確な糖鎖標品の十分な量の供給が必須であることから,その化学合成が必要とされている。そこで当研究室では効率的かつより実用的な糖鎖合成法を確立するために,近年注目を集めているフルオラス合成法に着目した。フルオラス(fluorous)とは「親フルオロカーボン性」のという意味の用語である。ペルフルオロヘキサン(FC-72) 等のフルオラス溶媒は水およびほとんどの有機溶媒とは混ざらずに分離層を形成し,さらに通常の有機化合物からフッ素含量の高い化合物を分配操作のみで選択的に抽出できる。フルオラス層への効率的な抽出には分子サイズの大きな(heavyな)フルオラスタグが必要になることから,本手法は「ヘビーフルオラス法」とも称される。当研究室ではヘビーフルオラス法を用いた効率的な糖鎖合成,およびその原料となる単糖ユニット合成について研究を行っているので,今回はそれらの成果について報告する。

 更に最近の研究成果として,マイクロリアクターとヘビーフルオラス法を組み合わせ,反応時間と精製時間の両方を迅速化することに成功したので,あわせて報告する。

 また,分子サイズの小さな(lightな)フルオラスタグを導入し,フルオラスシリカゲルを用いた固―液抽出により精製を行う「ライトフルオラス法」を糖鎖のコンビナトリアル合成等に応用したので,これらについても報告する。

 

(7) プロテオグリカンの化学合成と生物活性

田村純一(鳥取大学 地域学部 地域環境学科)

 プロテオグリカン(PG)は,コアタンパクに一つ以上のグリコサミノグリカン(GAG)が結合した分子である。一方,GAGは,コアタンパクに共有結合した共通四糖領域と繰り返し二糖領域からなり,後者のヘキソサミンの種類により,ヘパラン型とコンドロイチン型に類別される。これらは,分子レベルでの微細構造の違いにより,異なる生物活性をもつ。精密化学合成では,複雑な構造をしたGAGやPGを作成できるので,特異タンパクとの相互作用や糖鎖の機能を調べることができる。ここでは,最近当研究室で合成されたPGやGAGについて述べる。

【GAG生合成プライマー】
 GAG結合領域オリゴ糖が等間隔に配置された小型PGをGAG生合成プライマーとして合成した。PGには単一のGAGが結合していないことが多いため,クラスター化したGAGの正確な機能調査に利用できる。

【コンドロイチン硫酸オリゴ糖】
 コンドロイチン硫酸の多彩な生化学的機能の多くは,繰返し二糖領域の分子構造に起因する。コンドロイチン硫酸の中でも,GalNAc4, 6位が硫酸化されているE型は,特異な生化学的機能をもつ。種々の活性に対する最適な糖鎖長を探索するため,鎖長の異なる一連のコンドロイチン硫酸Eオリゴ糖の効率的合成を行ない,六糖の大量合成や最長十糖の合成に成功した。合成したコンドロイチン硫酸E六糖を関節炎マウスに投与したところ,関節炎の治癒効果が確認された。

 

(8) コンドロイチン6-O -硫酸基転移酵素-1 過剰発現マウスを用いた
脳におけるコンドロイチン硫酸鎖の機能解析

宮田真路(神戸薬科大学生化学研究室)

 コンドロイチン硫酸 (CS) を構成するGlcAとGalNAcの二糖繰り返し構造は種々の硫酸基転移酵素によって修飾され,多様な構造を示す。近年,in vitro の研究からCSが神経突起形成に関与すること,その作用は特定のCS硫酸化構造が担うことが示唆されているが,in vivo での脳におけるCSの機能はよく分かっていない。そこで我々は,二糖繰り返し構造のGalNAcの6位の硫酸化を担うコンドロイチン6-O -硫酸基転移酵素-1(C6ST-1) を過剰発現するトランスジェニック(Tg)マウスを用い,脳におけるCS硫酸化の機能を検討した。C6ST-1 Tgマウス脳のCSは,野生型マウスと比べて,GlcA-GalNAc(6S)およびGlcA(2S)-GalNAc(6S) 構造が増加し,それに伴い,GlcA-GalNAc(4S) およびGlcA-GalNAc(4S,6S) 構造が減少していた。C6ST-1 Tgマウス脳から単離したCSは,野生型のCSと比べ,初代培養神経細胞に対して樹状突起様の神経突起形成を促進させる作用が強かった。さらに,C6ST-1 Tgマウスの大脳皮質では層構造に異常があり,野生型に比べアポトーシス細胞が増加していた。これらの結果から,C6ST-1によるCS硫酸化構造の合成が適切に制御されることが,正常な脳の発生に必要であると考えられた。

 

(9) 血管・リンパ管新生におけるヒアルロン酸リッチ腫瘍微小環境と
腫瘍関連マクロファージの作用

三好征司,小林宣隆,板野直樹(信州大学大学院医学系研究科分子腫瘍学講座)

 我々はヒアルロン酸 (HA) を過剰産生する乳癌自然発症モデルマウスを用いて,血管やリンパ管新生に対するHA細胞外マトリックスと腫瘍関連マクロファージ(TAM) の作用を検討した。HA過剰産生群の乳癌組織では,腫瘍間質における血管・リンパ管新生が顕著であった。そこで,これら脈管新生への間質細胞の関与を解明するため,乳癌組織より癌細胞と腫瘍関連線維芽細胞(TAF) を樹立して,癌細胞単独あるいはTAFとの共存下でヌードマウスに移植癌を形成した。TAF存在下に形成された移植癌では,間質の形成とリンパ管の新生が促進されており,また,マクロファージのマーカーによる組織染色の結果,腫瘍間質へのTAMの動員が顕著であった。そこで,TAM動員に働く機構を解明するために,癌細胞およびTAFに対するマクロファージの接着性を検討し,マクロファージがTAFに対して優先的に接着すること,そしてその接着にHA細胞外マトリックスが部分的に関与していることを見出した。一方,マクロファージを枯渇させたマウスにおいて上記移植実験を施行し,TAM動員の低下が血管・リンパ管新生を抑制すること,さらに驚くべきことに,間質の形成も顕著に抑制することを明らかにした。

 以上の結果は,TAMやTAFの間質細胞とそれらが形成する腫瘍微小環境が,血管やリンパ管の新生に重要であり,腫瘍間質を標的とした癌治療の有用性を示唆している。

 

(10) ゴルジ体とタンパク質輸送:ライブイメージングによるアプローチ

中野明彦(理化学研究所 基幹研究所/東京大学 大学院理学系究科)

 昨今の光学顕微鏡技術の進歩は著しく,蛍光タンパク質技術の進歩と相まって,生きた細胞や組織の中で起こっている現象を,高い時空間分解能で観察することが可能になってきた。ライブセルイメージングという言葉も,細胞生物学だけでなく,さまざまなライフサイエンスの分野で定着しつつある。

 時空間分解能を向上させるために,私たちはNEDOの委託を受け,横河電機のスピニングディスク方式の高速度共焦点スキャナとNHKと日立国際電気の超高感度HARPカメラを組み合わせたシステムを開発し,デコンボリューションと組み合わせて,ライブ観察で3D分解能50 nmという,回折限界をはるかに越える性能を達成した。

 さて,ゴルジ体は,糖鎖修飾の重要なオルガネラであると同時に,細胞内膜交通における選別センターとしての役割をもっていることはご存じの通りであるが,その機能の分子基盤はまだまだ多くが謎に包まれている。cis からtrans へどのように積み荷が運ばれるかという問題については,上記の超高分解能共焦点顕微鏡を用い,槽成熟が起こっていることを証明して,とりあえずの論争には決着をつけた。しかし,この槽成熟の観察の過程でさらに次々に新しい謎が生じ,挑戦をそそられている。さらにどのようなアプローチで攻めていくか,最近の取り組みを紹介したい。

 

(11) 二つのGDP-フコース輸送体の機能解析から明らかになった
NotchのO -フコシル化の機能

松野健治(東京理科大学 基礎工学部 生物工学科)

 Notch受容体 (Notch) を介する情報伝達系は,細胞間の接触を解した細胞間情報伝達で機能し,細胞運命決定や形態形成などを制御している。Notchの細胞外ドメインのEGF-様リピートには,O -フコースグリカンが付加されている。O -フコシル化には,GDP-フコースが必要である。GDP-フコースは,細胞外で合成され,GDP-フコース輸送体によって,ゴルジ体や小胞体の内腔に輸送される。本研究では,ショウジョウバエNotchのO -フコシル化で機能するGDP-フコース輸送体の同定を試みた。

 その結果,ゴルジ体に局在するGolgi GDP-fucose transporter (Gfr) と,小胞体に局在するER GDP-fucose transporter (Efr) のGDP-フコース輸送体が,NotchのO -フコシル化に重複した機能をもつことがわかった。Efr, Gfr, Gmd などの突然変異体を用いた解析から,NotchのO -フコース単糖そのものが,DeltaリガンドによるNotchの活性化に必須であるが,Serrateリガンドの機能には不必要であることが示唆された。このO -フコース単糖の修飾は,細胞自律的に機能しており,また,リガンドの下流,活性化型Notchの上流で作用していた。したがって,O -フコシル化の標的は,Notchやその補助受容体であると予測できた。

 

(12) メダカ初期発生過程における糖鎖の機能解析

殿山泰弘(京都大学大学院/医学研究科/人間健康科学系専攻/基礎検査展開学)

 個体形成過程において糖鎖の発現は,時期特異的または組織特異的に厳密な制御を受けている。近年の分子遺伝学的なアプローチにより,いくつかの糖転移酵素をコードする遺伝子欠損マウスが作製されており,GnT-I 欠損マウスでは心臓発達,神経管形成,血管新生における異常を伴う胎生致死 (E9.5) がみられるという報告もある。これらのことは,糖タンパク質上に存在する糖鎖が発生過程で必須の機能を果たすことを強く示唆している。しかし哺乳動物は,体内で発生が進むために詳細な解析を行うには困難が伴うことから,これまで発生と糖鎖の関連性は強く示唆されてきたものの,その機能に関しては未だ不明な点が多い。そこで演者は,個体発生における糖鎖の役割を明らかにすることを目的として,発生生物学のモデル動物であるメダカ (Oryzias latipes) を用いて,糖鎖の機能解析を行っている。本講演では,主に複合型糖鎖の合成に必須であるb1-4ガラクトース転移酵素2 (b4GalT2),及びHNK-1糖鎖の合成に必須である二種のグルクロン酸転移酵素 (GlcAT-P, GlcAT-S) について得られた最新の知見を紹介し,発生過程における糖鎖の機能解析にメダカが有用なモデル動物となりうることを提案したい。

 

(13) 新生仔マウス小腸におけるスフィンゴ糖脂質の発現変化

米重あづさ,鈴木明身,松田純子(東海大学 糖鎖科学研究所)

 スフィンゴ糖脂質は生体膜のミクロドメインを形成する重要な脂質成分である。小腸上皮細胞は極性細胞で,その頂端側では活発な物質輸送が行われており,小腸は膜輸送や細胞の極性形成におけるスフィンゴ糖脂質の機能を解明する上で有用なモデルといえる。

 今回我々は小腸におけるスフィンゴ糖脂質組成の発達変化をTLC- MSを用いて解析し,スフィンゴ糖脂質代謝酵素および各種トランスポーターの発現変化との関連を検討した。生後2週齢までの小腸ではGlcCer, GM3, GM1, GD1aが主要な糖脂質であるのに対し,生後3週齢以降はGlcCer, GA1 (asialo GM1) となり,生後2-3週齢の間にGM3, GM1, GD1aからGA1への変換が起こることが判った。代謝酵素の発現変化を解析したところ,GM1 b-galactosidase とGM3 synthase の発現が生後2-3週齢の間で急激に減少しており,複数の酵素によりGA1発現が調節されていた。小腸の免疫組織染色ではGM1が生後2週齢の小腸上皮細胞内に存在するのに対し,GA1は生後4週齢の小腸上皮頂端側膜に局在しており,これらの糖脂質は存在量だけでなく局在も変化していることが示唆された。更に,小腸上皮細胞膜に存在する各栄養素のトランスポーターの発現も生後2-3週齢を境に発現変化が観察された。

 マウスにとって生後2-3週齢は母乳から通常の餌への転換期であり,この時期に小腸上皮細胞膜は発達を遂げる必要がある。以上の結果はGA1をはじめとする特定のスフィンゴ糖脂質の膜を介する物質輸送における重要性を示唆している。

 

(14) 実験的自己免疫性脳脊髄炎における複合型ガングリオシドの役割

宮本勝一,楠 進(近畿大学医学部 神経内科)

 急性の四肢筋力低下を主徴とする末梢神経障害であるギラン・バレー症候群およびその亜型では複合型ガングリオシドに対する抗体が血清中で上昇し,抗体が標的抗原の末梢神経における局在部位に結合して病態に直接関与すると考えられている。一方,免疫性中枢神経疾患の病態とガングリオシドの関係については十分な検討は行われていない。我々はGM2/GD2合成酵素欠損マウス(GM2/GD2-KO) とGD3欠損マウス (GD3-KO) に対して,多発性硬化症の動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎 (EAE) をMOG 35-55 (MOG) を用いて誘導し,ガングリオシドの意義を検証した。

 GM2/GD2-KOにactive immunization EAEを誘導すると野生型マウス (Wt) と比較して,症状の重症度は同じだが発症が約5日間遅延した。Wtへのadoptive transfer EAE (AT-EAE) では,Wt由来T細胞移入とGM2/GD2-KO由来T細胞移入とでは差がなかったが,同じWt由来T細胞を移入されたGM2/GD2-KOはWtよりも発症が遅延したことから,複合型ガングリオシドは活性Tリンパ球の血液脳関門 (BBB) 透過やミエリン接着などに影響している可能性があると考えた。EAE感作後11日目(Wtのみ発症,GM2/GD2-KOは未発症)に脳脊髄を取り出し,中枢神経内のCD4陽性細胞数を比較したところ,GM2/GD2-KOではWtに比べて有意に少なかった。血清中接着分子は両群で差がなく,MOG反応性T細胞のrecall responseも細胞増殖反応や各種サイトカイン産生能ともに差がみられなかった。また抗原提示細胞がGM2/GD2-KO由来でもWt由来でも反応に差はなかった。なお,GD3-KOではEAEにおいてWtと差がみられなかった。

 以上より,複合型ガングリオシドが欠損すると活性Tリンパ球のBBB透過が遅延することが示された。複合型ガングリオシドは接着分子の発現には影響がなく,複合型ガングリオシド自体が接着に関与している可能性が示唆された。一方GD3等はEAEの発症機序に関与しないと考えられた。今後,さらなる検証が必要である。

 

(15) GM1ガングリオシドのエンドサイトーシス制御による
アルツハイマー病細胞モデルの構築

湯山耕平,柳澤勝彦(国立長寿医療センター研究所・アルツハイマー病研究部)

 アルツハイマー病 (AD) の主要な病変である老人斑は,主に,分子量約4KDaのアミロイドbタンパク質 (Ab)の重合体によって構成されている。我々は以前に,脳内におけるAbの重合開始機構の解明を目指して研究を進めた結果,初期AD病変を示す脳にGM1ガングリオシドと結合したAb (GM1-bound Ab, GAb) が選択的に形成されることを発見した。これまでの研究から「AbはGM1ガングリオシド(ドメイン)と結合して構造変化し,その結果Abの重合を促進するシードとなる」という仮説を支持する研究結果が得られている。

 今回,我々は脳内でのGAbの形成機構を検討するため,弧発性AD脳で観察されるエンドサイトーシス障害に注目し検討を行った。PC12細胞において薬剤処理およびエンドソーム輸送タンパク質の発現制御によって,GM1の細胞内輸送を阻害した結果,細胞表面とエクソソーム(エンドソーム由来の細胞外顆粒)上でGM1集積が起こった。これらにAbを添加すると,GAb依存性のAb重合が促進された。一方,エンドサイトーシスの開始過程を阻害すると細胞表面でのGM1集積は起こったが,Ab重合は促進されなかった。これらの結果から,GAb形成に関与するGM1集積ドメインの形成は,GM1量の増加だけでは不十分であることが示唆された。今回構築したエンドサイトーシス障害によりAb重合を誘導する細胞は,ADの細胞病態の解明および治療薬の開発のための研究の有効なモデルになると期待される。

 

(16) べロ毒素中和活性を有するスフィンゴ糖脂質Gb3類似体の合成

三浦 剛(千葉科学大学・薬学部)

 発病原性大腸菌O-157の産生するベロ毒素はヒト細胞表層に存在するスフィンゴ糖脂質Gb2およびGb3を認識接着し,細胞内に侵入してその毒性を発現する。従ってGb2およびGb3の類似体はベロ毒素の細胞内への進入を食い止める中和剤として期待できる。発表者はこれまでに,セラミドの代用ユニットとして入手容易なPhosphatidylethanolamine (PE) が糖脂質類似体の開発に有効であることを明らかにしてきた。1-3)そこで,Gb3のセラミド部分をPEで代用したGb3類似体の合成を検討した。

 時間と労力を要するGb3の糖鎖ユニットの合成には,パーフルオロヘキサンと有機溶媒で分配抽出するだけで目的生成物を精製できるフルオラス合成法を利用し,Gb3糖鎖誘導体1を迅速かつ簡便に調製した。4)Gb3糖鎖誘導体1をオゾン酸化し,続くPEとの還元的アミノ化,接触還元によって目的とするGb3類似体2を合成することに成功した。Gb3類似体2は1型と2型のベロ毒素両方に対して中和活性を示した。5)

[文献]
1) C.-T. Guo, C.-H. Wong, T. Kajimoto, T. Miura, Y. Ida, L. R. Juneja, M. J. Kim, H. Masuda, T. Muramatsu, T. Suzuki, Y. Suzuki, Glycoconjugate J., 15, 1099 (1998).
2) Y. Inoki, T. Miura, T. Kajimoto, M. Kawase, Y. Kawase, Y. Yoshida, S. Tsuji, T. Kinouchi, H. Endo, Y. Kagawa, T. Hamamoto, Biochem. Biophys. Res. Commun., 276 (3), 1210 (2000).
3) Y. Higuchi, T. Miura, T. Kajimoto, Y. Ohta, FEBS Lett., 579 (14), 3009 (2005).
4) T. Miura, S. Tsujino, A. Satoh, K. Goto, M. Mizuno, M. Noguchi, T. Kajimoto, M. Node, Y. Murakami, N. Imai, T. Inazu, Tetrahedron, 61 (27), 6518 (2005).
5) P. Neri, S.Tokoro, S. Yokoyama, T. Miura, T. Murata, Y. Nishida, T. Kajimoto, S. Tsujino, T.Inazu, T. Usui, H. Mori, Biol. Pharm. Bull., 30 (9), 1697 (2007).

 

(17) 糖タンパク質の立体構造からみる糖鎖の機能

山口芳樹(独立行政法人理化学研究所・糖鎖構造生物学研究チーム)

 タンパク質に結合している糖鎖は,そのタンパク質の溶解性や安定性を決定するばかりでなく,タンパク質機能部位の立体構造の構築に関与していることが明らかとなりつつある。糖鎖の役割を高次構造の観点から解明することは,糖鎖の様々な機能を解明するうえでも重要な課題となっている。しかしながら,糖タンパク質の立体構造解析数は,糖鎖の修飾を受けていない単純タンパク質の解析数と比較して圧倒的に少ないのが現状である。

 こうした状況において,私たちは主に核磁気共鳴(NMR) 法を利用した糖タンパク質の構造生物学研究の方法論の開発に取り組んできた。特に安定同位体標識技術を利用したNMR法により,糖タンパク質の立体構造,ダイナミクス,相互作用様式を原子レベルの分解能で解析する方法を切り拓いてきた。本研究会では,糖タンパク質糖鎖の立体構造解析の現状と今後解決すべき課題について発表する予定である。

 

(18) 糖タンパク質の細胞内運命を司るレクチンの分子認識

加藤晃一1,2,神谷由紀子1,2,神谷大貴2,西尾美穂1,2
1岡崎統合バイオサイエンスセンター,2名古屋市立大学大学院薬学研究科)

 細胞内におけるタンパク質社会の秩序を維持するうえで,N結合型糖鎖が本質的に重要な役割を演じていることが明らかとなってきている。小胞体内に生み出された糖タンパク質の立体構造形成を助ける分子シャペロン,小胞体-ゴルジ体間における糖タンパク質の選別輸送にかかわる積荷受容体,あるいは立体構造不全の糖タンパク質を小胞体から細胞質に逆行輸送してプロテアソームによる分解へと導く一連のタンパク質。これらはいずれも,高マンノース型糖鎖のプロセシング過程に現れる様々な中間体を認識するレクチンとしての活性を有しており,それにより糖タンパク質の細胞内における運命決定のプロセスに深くかかわっている。

 私たちは,糖鎖ライブラリーを活用した分析を通じてこれらの細胞内レクチンの糖鎖認識における特徴を詳細に比較するとともに,構造生物学的なアプローチによって糖タンパク質の細胞内における品質管理の制御機構の解明を目指す研究を行ってきた。本研究会では,こうした研究成果をもとに,糖タンパク質の細胞内運命を決定するメカニズムの分子基盤について議論する。

 

(19) 植物糖タンパク質糖鎖加水分解酵素の発現制御による生長制御

石水 毅,榎本瑞希,稲本 基,長谷純宏(大阪大学大学院理学研究科)

 N -配糖体の代謝において,植物では特有の分解経路が存在する。ハイマンノース型糖鎖の分解には,a1,3結合を優先的に加水分解するa-マンノシダーゼとエンド-b-マンノシダーゼが関わる。ハイマンノース型糖鎖のMana1-3Manb 結合をa-マンノシダーゼが加水分解し,次いでエンド-b-マンノシダーゼが作用して,キトビオースにまで分解する(1,2)。エンド-b-マンノシダーゼは液泡に局在しているので,この分解過程は糖タンパク質が液泡に輸送された後に起こる。これら生化学的イベントがどのような生理現象に関わっているか調べるため,エンド-b-マンノシダーゼ遺伝子を発現制御したシロイヌナズナ変異体を作成し,機能解析を行っている。

 強制発現体およびRNAiノックダウン変異体を作成した。それらの変異体には植物体の生長に異常が見られた。現在,これらの表現型とN -配糖体糖鎖の構造変化の対応関係を調べている。当研究会では,これまでに得られた対応関係を発表し,議論の対象とさせていただきたい。

1. Ishimizu, T., Sasaki, A., Okutani, S., Maeda, M., and Hase, S. J. Biol. Chem. 279, 38555-38562 (2004)
2. Ishimizu, T. and Hase, S. Trends in GlycoSci. Glycotechnol. 18, 39-47 (2006)

 



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