2009年3月12日-3月13日
代表・世話人:宮田卓樹(名古屋大学大学院医学系研究科)
所内対応者:池中一裕(分子生理研究系分子神経生理研究部門)
【概要】
本研究会は,3月12日13時から13日15時にかけて行なわれ,165名の参加者を得た。内訳は,学部生9名(5.5 %),修士学生23名(14.0 %),博士学生38名(23.0 %,日本国外からの留学生4名を含む),ポスドク・研究員・助教などの若手56名(33.9 %),准教授・教授・ラボ長など39名(23.6 %)であった。交流促進の意図で大きな名札(5 cm角の太字で参加者名を予め記載)を全員に配った。
口演発表は21題(初日に11題,2日目に10題)で,内訳は,学部生1名,修士学生2名,博士学生9名,ポスドク・研究員・助教などの若手が9名であった。発表(日本語,ただしスライドの表記に英語を配してもらった)の時間は10分を厳守してもらい,10分間の質疑応答とした。なるべく多くの人に質問機会をとの意図で質問を原則一つずつと限った。どの発表に対してもマイクに列ができ,活発な討論が繰り広げられた。
ポスター発表は61題であった(英語表記)。内訳は,学部生2名,修士学生15名,博士学生17名,ポスドク・研究員・助教などの若手26名,教授1名であった。2日間を通じて貼りっぱなしとし,初日に奇数番号と偶数番号ごとに40分間の説明時間帯を設けたのに続き,2日目には1~34番(学生による演題,口演会場に掲示)と35番以降(廊下および別室)の2群に分けて,再び各40分間の説明とした。加えて,昼食・コーヒーブレイクや懇親会の時間を利用しての討論も盛んに行なわれていた。
本研究会を生理学研究会として開催するにあたり,「発生」研究と「生理学」研究間の両方向性の刺激と,さまざまな系で諸問題に取り組む若手研究者たちの交流とを大きな目的として掲げ,会の開催案内と演題の募集にあたっては,過去1年間の各種国内学会における発表状況を考慮して,幅広い知的集団からの参加を促した。結果として,参加者の多様性は,ほぼ期待通りに得られ,既存の学会ではなし得なかったであろう交流が果たされたように感じられた。
鈴木 歩(東北大学大学院生命科学研究科脳構築学分野)
Fgf8は中脳後脳境界で発現し,中脳胞背側からは視蓋を,後脳胞背側からは小脳を誘導するオーガナイザー分子である。一般的にFgf8は分泌因子として作用し,受容体を介して下流のRas-ERK経路を活性化すると考えられるが,実際ERKの活性化領域はFgf8の発現領域よりも広い。しかし,Ras-ERK経路自体によって誘導されると考えられているSprouty2の発現はFgf8と一致していることから,Fgf8には細胞自律的な働きもあるのではないかと考えられた。そこで,Fgf8を強制発現し,その細胞内局在を抗Fgf8抗体による免疫組織化学により観察したところFgf8は核内に局在しうることを発見した。またシグナルペプチドを欠失したコンストラクトを作成し,ニワトリ胚中脳胞に強制発現したところ,このフォームは殆ど核内に局在し,またSprouty2が異所的に誘導されていたため,Fgf8の細胞自律的経路が生体内に存在する可能性が示唆された。
柏木太一(熊本大学発生医学研究センター転写制御分野)
神経幹細胞は多分化能を有し,中枢神経系を構成する主な細胞であるニューロンとグリア細胞(アストロサイト,オリゴデンドロサイト)を生み出す。神経幹細胞はin vitro 培養系では,bFGFを培養液中に添加することにより,比較的多分化能を維持したまま培養を行うことができる。そこで,bFGFシグナルに着目し,神経幹細胞培養系を用いてbFGFの存在下,非存在下における遺伝子発現を網羅的に調べるためにマイクロアレイ解析を行ったところ,発現に大きな差があった遺伝子群の中で,Receptor tyrosine kinase経路の抑制因子であるSprouty4がin vitro培養系において神経幹細胞の増殖,未分化性を顕著に抑制することを見いだした。さらに,生体の神経系発生の役割を調べるためにSprouty4ノックアウトマウスの解析を行った。発生期でのSprouty4ノックアウトマウスの大脳皮質において神経幹細胞の未分化性が野生型と比較して維持されており,ニューロンおよびアストロサイトへの分化が抑制されていた。これらの結果は,Sprouty4が神経系の発生を制御していることを示唆するものである。
松田 賢(慶応義塾大学医学部生理学)
Sox21はHMB boxを含む転写因子であり,Sox2と同様に神経幹細胞に局在している。両者のDNA結合ドメインの相同性が高いことから,Sox21も神経発生に何らかの影響を及ぼしていると予想されるが,依然として不明な点が多い。
そこで,Sox21ノックアウト(KO)マウスを作成し,成体海馬におけるニューロン新生へのSox21の寄与をin vivoで解析した。増殖性細胞の標識と,マーカー蛋白の発現解析の組み合わせにより,Sox21-KOマウスにおいては成体海馬でニューロン新生の効率が著しく低下していること,transient amplifying細胞より先への分化が抑制されていることが明らかとなった。また,成体ラット由来神経前駆細胞株を用い,レトロウイルスベクターによってSox21を過剰発現した結果,前駆細胞の未分化性が解除されることを見出した。
以上の結果より,Sox21は成体海馬に存在する幹/前駆細胞からの分化を促進する役割を担っていると考えられる。現在はメカニズムを解明する目的で,ChIP-シークエンシング法を用い,Sox21の標的遺伝子の探索を網羅的に行っている。
田村 誠(東京大学大学院薬学系研究科)
胎生期の環境は,成体期における行動や疾病の発症に影響を与える。特に,妊娠中にストレスに曝された母体から誕生した新生児では,将来的にうつ病に罹患する確率が高まるが,その原因は不明である。私は,母体ストレスが胎生期の神経発生に与える影響が,細胞形態の異常として胎児の脳内に刻印されることで,将来的に脳機能の異常につながるとの仮説を立てた。そこで,うつ病において異常な萎縮が観察される「海馬」に着目し,海馬の発達への胎生期ストレスの影響について,個体動物(ラット)及びその培養切片を利用した実験によって検証した。
その結果,胎生期ストレスが海馬顆粒細胞の樹状突起の形態成熟を阻害することを発見した。さらに,同細胞におけるストレスホルモンの受容体(ミネラルコルチコイド受容体)の発現量が胎生期ストレスにより減少すること,そして,この減少が樹状突起の成熟異常の原因であることを明らかにした。本研究は,胎生期ストレスによるうつ病の発症機構を知る上で重要な基礎知見となるだけでなく,顆粒細胞を標的とした新規抗うつ薬の創製につながる有用性も秘めている。
澤田雅人(名古屋市立大学大学院 医学研究科再生医学分野 博士課程1年)
成体哺乳類の嗅球では,介在ニューロンである傍糸球細胞及び顆粒細胞の入れ替わりが常に生じており,これが嗅覚の可塑性に関わっていると考えられている。近年,嗅球に供給された幼若な顆粒細胞の生存には嗅神経からの入力が重要であることが報告され,ニューロン新生の過程には嗅覚入力依存性の制御が関与していることが示唆されているが,傍糸球細胞については詳しく分かっていない。傍糸球細胞は,ドーパミン産生酵素であるtyrosine hydroxylase (TH),Ca2+結合タンパク質であるcalbindin (CB) またはcalretinin (CR) を発現する細胞として三種類に分類できる。我々は,脱着可能な外鼻孔閉塞プラグを用いて入力を変化させた時の傍糸球細胞ターンオーバーの変化について,これらの細胞マーカーの抗体染色による固定切片の解析と二光子顕微鏡を用いたin vivoイメージングを行っている。
これまでの結果から,通常のターンオーバーではCB陽性細胞とCR陽性細胞がサブタイプレベルで入れ替わっているのに対し,嗅覚入力の遮断及び再開過程ではTH陽性細胞の数が可逆的に変化することが明らかになった。
野々村恵子(東京大学大学院薬学系研究科遺伝学教室(東大・薬・遺伝))
アポトーシスは神経胚期の脳で多く観察されるが,その役割は脳の細胞数を調節することであると考えられてきた。アポトーシス実行因子(カスパーゼ3,9及びApaf-1)欠損マウスでは,神経上皮の細胞数増加を想起させる脳室の狭小や神経上皮の変形といった形態異常が認められたからである。我々は神経胚期の脳におけるアポトーシスと細胞数の関係をより詳しく調べるために,Apaf-1欠損胚の脳全体に対し定量的形態解析を行った。胎生10.5日Apaf-1欠損胚の脳全体の形態は正常胚と大きく異なっていたが,連続切片上の神経上皮の断面積と細胞密度は正常であり,胎生10.5日Apaf-1欠損胚の神経上皮の細胞数は正常であることが示唆された。脳室の狭小は同発生ステージおいて既に顕著であり,神経上皮の細胞数増加に起因するものではないことが判明した。Apaf-1欠損胚では,胎生9.5日から胎生10.5日に生じるべき脳室拡大が不全であったが,この異常は胎生9.5日から認められる神経管の閉鎖異常に関係している可能性が考えられる。これらの結果は脳の発生におけるアポトーシスの役割を問い直すものである。
柴田幹士(神戸理化学研究所CDB,ボディプラン研究グループ(相沢研))
発生における脊椎動物の脳には様々なmicroRNAが多く発現していることが知られているが,in vivoでのそれらの機能については不明な点が多い。我々は,発生段階におけるマウスの端脳に発現する遺伝子スクリーニングを行った結果,microRNA-9 (miR-9)が皮質(cortex)から皮質正中部(medial pallium)にかけて高発現していることを見いだした。miR-9の標的遺伝子の一つとして,Foxg1が予想された。さらに我々は,miR-9のノックアウトマウスを作成し,その表現型を解析した。その結果,miR-9-2のシングルノックアウトマウスでは,初期の神経分化に大きな影響はみられなかったが,miR-9-2とmiR-9-3のダブルノックアウトマウスでは,1) Reelin, p73といった初期に分化するCajal-Retzius 細胞のマーカーの減少2) 細胞増殖の亢進3) Foxg1タンパク質の増加。が見られた。以上のことから,microRNA-9は発生においてFoxg1の発現制御を介して初期の神経分化において機能することが示唆された。
小曽戸陽一(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター)
胎生期脳の神経前駆(上皮)細胞からの神経新生に影響を与える主な要素として,個々の細胞の内因性因子,細胞間のシグナル伝達,また細胞の空間的配置などが重要であることが示唆されている。特に空間的要素について神経上皮細胞が持つ大きな特徴として,その細胞核が「細胞周期」に従って組織内の上皮極性軸を往復運動することが知られている(「エレベーター運動」)。エレベーター運動の機構は,その現象の発見以来70年以上明らかにされていない。私は多角的な解析技術を用いて,本現象の分子メカニズムの解明を試みている。
エレベーター運動のG2期細胞核の基底膜→アピカル方向への移行には,微小管・中心体が関わることが近年報告されているものの,最も鍵となる点であるアピカル方向への核移行が「G2期に限定されて起こる」機構は不明である。この点について私は,微小管及びダイニン等のモーター蛋白質による細胞核の運搬能力が細胞周期特異的に増大することで,アピカル方向への核移行能力が増加する機構を提案しており,本討論会では最近の解析結果を報告する。
伊藤靖浩(東京大学分子細胞生物学研究所 情報伝達分野 後藤由季子研)
大脳新皮質は脳の高次機能を担う器官で,形態や機能の異なるニューロンからなる緻密な層構造をしています。大脳新皮質発生において,ニューロンは脳室帯と呼ばれる脳の内側の領域に存在する神経系前駆細胞から産生され,それから目的地である脳の表層側に向かって細胞体の何十倍以上にも及ぶ距離を移動します。このニューロン移動は大脳新皮質の層構造形成に必須の過程で,その制御機構の解明を目的とした研究が現在数多く行なわれています。しかし,分化したニューロンがどのようにして移動を開始するかは不明でした。我々は,ニューロン移動の開始を制御する分子の候補を同定し,神経発生討論会で発表をさせて頂きました。質疑応答では非常にするどい質問やコメントを頂き,更に飲み会の席においてもシニアな先生や若手の研究者と忌憚なく話をする機会を得ることができ,非常に有意義な時間を過ごす事が出来ました。このような素晴らしい討論会が今後も続いてゆくことを切に願っています。
錦見満暁,大石康二,仲嶋一範(慶應義塾大学医学部解剖学教室 医学部3年生)
脳梁を通過する交連ニューロン軸索は,高等動物において大脳の複雑な神経ネットワークを形成するのに重要な役割を果たしている。大部分の交連ニューロン軸索は反対側の同一の領域に投射しており,その形成過程は非常に厳密な制御を受けているものと考えられる。これまでに,交連ニューロンの軸索伸長やガイダンス機構など,その基本的な性質についての研究は数多く行われてきた。特に,交連ニューロン軸索のガイダンス機構として,軸索が脳梁を通過する際の制御が重要であることが明らかにされつつある。しかしながら,交連ニューロン軸索の最大の特徴である,ある特定の領域間での投射のメカニズムに関しては,ほとんど明らかにされていない。
我々はまず,大脳皮質の内側・外側で交連ニューロン軸索の蛍光標識を行い,その軸索の走行について詳細な解析を行った。その結果,内側の軸索が脳梁において背側を,逆に外側の軸索が腹側を通過することを見出した。本討論会ではこの特徴的な軸索の走行が,何らかの分子的なメカニズムによるものでないか,さらにはこの内側,外側の脳梁での相互排他的な軸索の走行が最終的な投射先に関与しているのではないかといった可能性について議論する。
佐藤泰史(三菱生命研・脳梗塞)
マウスの嗅索 (Lateral olfactory tract: LOT) は嗅球ニューロンの軸索束で,終脳器官培養下で生体と同様に形成させることができるため,神経回路形成の良いモデルである。一方,FITCラベルした抗体と光照射を用いて抗原分子の機能を阻害できるFALI法という技術がある。我々はLOTを抗原として網羅的に作製したモノクローナル抗体を用いてLOT形成に関わる分子を探索した。MAb H24G11を用いたFALI法により,その抗原の機能を終脳器官培養で阻害すると,LOTの形成異常を引き起こした。そこで我々はMAb H24G11の抗原を同定し,この分子をLOT usher substance,LOTUSと名付けた。LOTUSはそのほとんどの部分が細胞外に位置する細胞膜分子と予想された。次に,LOTUSと細胞外で相互作用する分子としてNgR1(Nogo receptor 1)を同定した。FALI法を用いて,終脳器官培養でNgR1の機能を阻害すると,LOTUSを阻害した時と同様なLOTの形成異常が見られた。これらの結果は,LOTUSとNgR1がLOT形成に関わることを示唆する。
金丸和典1,大久保洋平1,廣瀬謙造2,3,飯野正光1
(1東京大学大学院 医学系研究科 細胞分子薬理学,
2東京大学大学院 医学系研究科 神経生物学,
3名古屋大学大学院 医学系研究科 細胞生理学)
【サマリー】アストロサイトは自発的な細胞内Ca2+濃度変化(Ca2+シグナル)を示す。我々はこれまでに,このCa2+シグナルが神経突起伸長の促進作用に寄与し,アストロサイトのN-カドヘリン発現量維持が,その分子基盤の一つであることを示した。最近の研究から,このパスウェイの仲介因子を同定したので報告する。イノシトール三リン酸の特異的分解酵素の導入により自発Ca2+シグナルを抑制したアストロサイトでは,因子PのmRNA量が増大することをDNAマイクロアレイ解析により確認した。この因子はN-カドヘリン発現を特異的に抑制する可能性が考えられたため,因子Pをアストロサイトに発現させたところ,内因性N-カドヘリン発現量の有意な減少が確認された。さらに,Ca2+シグナル抑制アストロサイトで起こるN-カドヘリン発現量の低下は,shRNAを用いた因子Pのノックダウンによりほぼ完全に消失し,通常の発現レベルまで回復した。これらの結果は,因子Pが,自発Ca2+シグナルによるN-カドヘリン発現維持機構のネガティブ制御因子であることを示す。
森川 麗(国立遺伝学研究所 神経形態研究室(榎本研))
ニューロンは発生時に,それぞれ固有な経路と標的を選択しながら神経回路を構築する。例えば,DRGの皮膚感覚ニューロンと自己受容感覚ニューロンの求心性の軸索は,脊髄にたどり着くまでは同じ経路を進むが,その後の側枝形成のパターンは全く異なる。このような軸索パターニングの分子機構は,初期の軸索誘導が様々なガイダンス因子によって制御されることが明らかになっている一方で,それぞれのニューロンがなぜ固有の軸索パターン示すのかという問題については未解明な点が多く残されている。我々はこの問題に対し,軸索パターンの可視化が容易で,かつ分子遺伝学的手法が可能なショウジョウバエ感覚ニューロンを用いて研究を行った。ショウジョウバエ感覚ニューロンは,樹上突起の形態から4つのクラスに分類されるが,そのうちクラスⅣのみが腹部神経節内で左右方向の軸索末端を形成する。そこで我々はこのような軸索パターニングに異常を示す変異体を探索,同定し,asap1 (Anomalies in Sensory Axon Patterning) と名付けた。asap1遺伝子は新規ユビキチンリガーゼをコードすることが判明した。また,遺伝的解析の結果,asap1は軸索ガイダンス因子Netrinとその受容体frazzledを介する経路と相互作用することが明らかとなった。
高橋輝明,田所竜介,高瀬悠太,高橋淑子
(奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 分子発生生物学講座)
血管ネットワークは,脳や脊髄といった中枢神経系の組織内において酸素や栄養素をくまなく供給するために,正しく確立される必要がある。しかしながら,中枢神経内でどのようにして血管の3次元パターンが確立され,機能的な器官へと発達するのかという研究は,これまでほとんど行われていない。そこで本研究では,中枢神経の中でもシンプルな構造をもつ脊髄に注目し,脊髄の発生過程における血管の形成機構を明らかにすることを目的とする。
所属研究室が最近確立したトリ胚内血管ラベル法を用いて脊髄内の血管パターンの形成過程を詳細に調べたところ,血管網が存在する領域と存在しない領域が明瞭に区別できるという全く新しい知見を得た。同じ脊髄内でも,血管形成が起こる領域と起こらない領域では,何が異なるのだろうか? 本発表では,血管網の形成領域が脊髄のパターニングによって規定されるかを調べるために,脊髄のパターン形成に関わる転写因子を用いて解析した結果について報告する。
井上 武(京都大学理学研究科 分子発生学講座(阿形研))
脳が神経回路を形成して機能する機構の研究について「Brain regeneration and function in planarian」というタイトルで,プラナリアの脳が再生および機能(光を認識して逃避行動をとる)を回復する過程をモデルとした研究について口頭発表をおこなった。具体的な内容としては,(1) 頭部を切断したプラナリアの視神経および脳が神経回路を形成して再生するだけではなく機能を回復するために必要な新たな機構が存在することを発見し,(2) その過程に必要な視神経の投射先の脳の神経細胞に発現する新規液性因子 (Dj_1020HH) を同定し,(3) この新規分子は光刺激依存的に発現が誘導され,視神経と脳の神経細胞との間のネットワーク形成を強固なものとする働きをしている可能性を見いだした。
発表においては,回路形成と神経機能の解析にはプラナリアを用いた発生神経科学的なアプローチの有用性と今後の展望についても説明させていただいた。質疑応答中に指摘を受けた,Dj_1020HHが再生過程に必要な分子なのかまたは再生後の神経の機能維持に必要な分子なのかについては現在解析を進めている。
鈴木郁夫(国立遺伝学研究所 脳機能研究部門(平田研)
遺伝情報分析研究室(五条堀研))
大脳皮質の層構造は哺乳類に特異的であり,爬虫類や鳥類ではその相同領域に層構造は見られず,哺乳類大脳皮質層構造の進化的起原は未だにわかっていない。本研究では,層構造のないニワトリ大脳皮質相同領域(外套)の発生を調べ,哺乳類大脳皮質の発生プロセスと比較することで,どのような発生プロセスの違いが大脳皮質相同領域の構造の違いを作るのかを明らかにした。ニワトリ外套においても哺乳類大脳皮質の上層タイプの細胞と下層タイプの細胞が同様の順序で分化することがわかった。また,ニワトリ外套においては哺乳類大脳皮質の上層タイプの細胞と下層タイプの細胞が正中線側と側方に分かれて存在していて,それぞれは脳室帯上の異なる領域に由来することがわかった。このことから,ニワトリと哺乳類の間で神経新生の大部分は共通しているが,脳室帯上の位置によって神経分化の制御のされ方が異なることが示唆される。実際,ニワトリ外套領域の脳室帯では神経新生が時空間的に制御されていて,時間的に制御されている哺乳類大脳皮質の神経新生とは異なっていた。哺乳類と鳥類の神経幹細胞ダイナミクスの違いと,最終的な脳構造の違いには強い相関が見られる。
喜多善亮(大阪大学大学院生命機能研究科脳システム構築学研究室(村上研))
中枢神経系において,膨大な数のニューロンとグリア細胞が突起を伸ばし,結合することで複雑な回路網を形成している。中枢神経系の中でも小脳には,限られた種類のニューロンとグリア細胞しかなく,個々の形態学的特徴が詳細に分かっている。
これらの小脳の細胞の発生については,近年の転写因子を利用した細胞系譜解析によりその起源が明らかになりつつある。GABA作動性ニューロンとアストロサイトが小脳脳室帯付近のPtf1a陽性細胞に由来し,グルタミン酸作動性ニューロンが菱脳唇付近のMath1陽性細胞に由来することが示唆されている。しかしながら,小脳を構成するすべての細胞の起源は未だ明らかにはなっていない。
本研究では,子宮内エレクトロポレーション法を用い,小脳脳室帯と菱脳唇の細胞に直接遺伝子を導入し標識することで,これらの部位に由来する小脳の細胞を明らかにすることを目的として研究を行った。
本研究会ではこれまでに得られてきた結果について報告した。討論の時間において,建設的なご意見を数多く頂くことができた。頂いたご意見を参考にして,今後研究より発展させていきたい。
田辺光志(理研CDB 体軸形成研究チーム)
小脳のプルキンエ細胞は細胞体から1本の樹状突起のみを伸ばす,高度に極性化した形態をとる。ゼブラフィッシュを用いて,プルキンエ細胞がどのようなメカニズムによって1本の一次樹状突起のみを持つようになるかを研究した。プルキンエ細胞は発生初期においては複数の突起を細胞体から伸ばすが,受精後4日目位までに1本の一次樹状突起を残して他は退縮させる。この形態的な極性化に対応して,ゴルジ体が一次樹状突起の根元に非常に限局して存在することを見出した。また,ゴルジ体は,多数の突起をもつ若いステージのプルキンエ細胞においても,既に偏った局在を示した。この結果から,ゴルジ体が局在することで,局所的な樹状突起の形成が誘導されることが示唆された。極性を持った樹状突起形成を制御する分子的なメカニズムに関して,atypical PKC (aPKC) の変異体において,プルキンエ細胞が多数の一次樹状突起を保持することを見出した。また,この変異体ではプルキンエ細胞において,ゴルジ体が細胞質中に均一に分布しており,aPKCがゴルジ体を局在させることで局所的な樹状突起の形成を制御していることが示唆された。
藤山知之(京都大学医学研究科腫瘍生物学講座国立精神・
神経センター神経研究所診断研究部)
哺乳類の聴覚を司る蝸牛神経核は,背側核と腹側核により構成され,それぞれが様々な種類の神経細胞を含んでいる。しかしながら,それらの神経細胞が生み出される正確な位置と,発生の分子機構については良く知られていなかった。本研究では,まず,bHLH型転写因子 Ptf1aおよびMath1が中央部後脳の特定の神経上皮領域で発現していることを見いだした。Ptf1aCreノックインマウスを用いて遺伝学的に細胞系譜を標識したところ,蝸牛神経核の抑制性神経細胞はPtf1aを発現する神経上皮(Ptf1aドメイン)に由来することが明らかになり,加えてMath1-Cre (Tg) マウスの解析より,興奮性神経細胞はMath1ドメイン由来であるという結果が得られた。さらに,Ptf1aヌル変異体においては抑制性神経細胞の多くが失われており,Math1ヌル変異体においては興奮性神経細胞の多くが消失していた。以上から,蝸牛神経核の主要な抑制性神経細胞および興奮性神経細胞は,中央部後脳のPtf1aおよびMath1を発現する神経上皮から生み出されること,そしてその発生にPtf1aおよびMath1が関与していることが示唆された。
谷本昌志(名古屋大学理学研究科)
われわれ脊椎動物の聴覚は,音の振動を内耳の有毛細胞で電気信号へ変換し,聴神経を経て脳へ伝達して音として知覚する。本研究では,脊椎動物のモデルとしてゼブラフィッシュの胚や稚魚を用いて,動物がいつ・どのように聴覚を獲得するのかという問題へのアプローチを行った。緑色蛍光タンパク (GFP) を用いた胚のライブイメージングによって,受精後27時間に既に有毛細胞から聴神経を経てマウスナー細胞(聴覚入力を受けて逃避運動を駆動する後脳ニューロン)への聴覚回路は形成されていることを明らかにした。また,マウスナー細胞からのin vivoホールセル記録によって,この時期の聴覚回路は機能しうることも明らかにした。一方,マウスナー細胞が聴覚応答を獲得するのは受精後40時間以降であり,内耳の有毛細胞の音に対する応答の獲得に伴うことを示した。以上は米国神経科学会誌The Journal of Neuroscience, March 4, 2009, 29(9):2762-2767に発表している。神経発生討論会における口頭発表において活発な討論の機会を与えていただき,今後の研究展開に大きな指針を得ることができた。