生理学研究所年報 第30巻
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7.シナプス可塑性の分子的基盤

2008年6月5日-6月6日
代表・世話人:大塚稔久(富山大学医学薬学研究部)
所内対応者:深田正紀(生理学研究所)

(1)
SCRAPPER依存的なユビキチン-プロテアソームシステムによるシナプス可塑性の制御
矢尾育子(三菱化学生命科学研究所 分子加齢医学研究グループ)

(2)
傍シナプス膜領域に局在するセプチン・クラスターの同定と機能解析
木下 専(京都大学大学院医学研究科 生化学・細胞生物学グループ)

(3)
線虫C.elegansの匂い忌避行動の統合的解析
〜神経系が「系」として働くための原理解明を目指して
木村幸太郎(国立遺伝学研究所・構造遺伝学研究センター,さきがけ)

(4)
CIN85機能欠失は神経伝達物質受容体のエンドサイトーシスを低下させ
多動を引き起こす
下川哲昭(群馬大学大学院医学系研究科 器官機能学分野)

(5)
リーリンによる脳の層構造形成制御の分子機構
服部光治(名古屋市立大学大学院薬学研究科 病態生化学分野)

(6)
学習行動と関連したAMPA型グルタミン酸受容体の挙動
松尾直毅(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所)

(7)
シナプスのスケーリング発生機構の解明
井端啓二(理化学研究所 脳科学総合研究センター)

(8)
網膜神経節細胞の非スパイン性樹状突起におけるPSD95の分布を決める
小泉 周(生理学研究所 広報展開推進室)

【参加者名】
大塚稔久(富山大学 医学薬学研究部),矢尾育子(三菱化学生命科学研究所 分子加齢医学研究グループ),木下 専(京都大学大学院医学研究科 生化学・細胞生物学グループ),木村幸太郎(国立遺伝学研究所・構造遺伝学研究センター,さきがけ),下川哲昭(群馬大学大学院医学系研究科 器官機能学分野),服部光治(名古屋市立大学大学院薬学研究科 病態生化学分野),松尾直毅(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所),井端啓二(理化学研究所 脳科学総合研究センター),小泉 周(生理学研究所 広報展開推進室),野中美応(東京大学 医学系研究科),尾藤晴彦(東京大学 大学院医学系研究科),真鍋俊也(東京大学 医科学研究所),三國貴康(東京大学 大学院医学系研究科),高橋正身(北里大学 医学部),渡部文子(東京大学 医科学研究所),井ノ口馨(三菱化学 生命科学研究所),狩野方伸(東京大学 医学系研究科),安田圭一(北里大学 医療系研究科),菅谷大地(北里大学大学院 医療系研究科),谷村あさみ(東京大学 大学院医学系研究科),清中茂樹(京都大学 工学研究科),三木崇史(京都大学 工学研究科),瓜生幸嗣(京都大学 工学研究科),中島大志(京都大学 工学研究科),筒井秀和(大阪大学),瀬藤光利(浜松医大),梅田達也(生理研 認知行動発達機構),重本隆一(生理研 脳形態解析),深澤有吾(生理研 脳形態解析),長倉彩乃(基生研),稲村直子(生理研 分子神経生理),深田正紀,深田優子,岩永 剛,則竹 淳,堤 良平,高橋直樹(生理研 生体膜)


【概要】
 学習や記憶,情動などの脳の高次機能は複雑な神経回路網のシグナル伝達によって厳密に制御されている。神経回路網の基本ユニットは神経細胞間の接着装置であるシナプスであり,シナプス可塑性は細胞レベルでの学習・記憶のモデル系として精力的に研究が行われてきた。特にシナプス後部に存在する各種神経伝達物質受容体のシナプス可塑性に関する研究はかなり詳細な機構が明らかになりつつある。しかし,受容体以降のシグナル伝達機構(リン酸化,脂質修飾などの翻訳後修飾)やシナプス前部におけるシナプス可塑性についてはなおも不明な点が多い。本研究会はシナプス可塑性に関わりを持つ広い分野および世代の研究者が一同に集まり,分子レベルから個体レベルにいたる最新の研究成果を発表し,各発表に対し,十分な時間をかけて徹底的に議論するというスタイルをとった。結果として,様々な分子(受容体,翻訳後修飾酵素,細胞骨格蛋白質や足場蛋白質)を多彩な手法(電子顕微鏡,ライブイメージングを用いた分子細胞生物学,生化学,電気生理学,遺伝学,システム生物学)で研究している若手研究者が集まった。あらためて,シナプス可塑性を解析するためには様々な分野の研究者との情報,意見交換が極めて有用であることを再認識させられた。若手大学院生から神経科学分野の先導者に至るまで,十分に自由な雰囲気で意見が交わされた。日常取り組んでいる各々の研究を別の視点から見直し,別の切り口から発展させるきっかけとなることが期待された。さらに,今後のシナプス可塑性研究の方向性を模索するよい機会であったと実感できた。

 

(1) SCRAPPER依存的なユビキチンープロテアソームシステムによる
シナプス可塑性の制御

矢尾育子(三菱化学生命科学研究所 分子加齢医学研究グループ)

 神経細胞間の情報伝達時には,シナプス小胞はプレシナプスの細胞膜と“active zones”で融合する。引き続き,神経伝達物質が細胞外の空間に放出され,後シナプス側の細胞の“postsynaptic densities”に存在する細胞表面の受容体に結合することができるようになる。これら両側の特殊化された細胞内のサイトには,足場タンパク質,神経伝達物質の放出機構,受容体,イオンチャネル,シグナル伝達分子などの複合体が含まれている。これらのタンパク質複合体の量を調節することは,シナプス可塑性を調節する上で重要であるが,これらのシナプスタンパク質の量がどのように調節されているかは,まだ十分に解明されていない。我々はシナプスのタンパク質分解系に着目し,シナプスの活動性を調節する分解系の因子として,E3ユビキチンリガーゼSCRAPPERを同定した。

 SCRAPPERはプレシナプスの可塑性調節因子RIM1に結合し,ユビキチン化を行い,プロテアソームでの分解に誘導する。SCRAPPER欠損マウスの神経細胞ではRIM1の半減期は長く,ユビキチン化は減少し,mEPSCの頻度が増加する。さらに,RIM1の増加やmEPSCに与えるプロテアソーム阻害剤の効果は,SCRAPPERの欠損により阻害される。従って,SCRAPPERはRIM1のプロテアソーム依存的な分解を介したシナプスの活性の調節に重要であることが明らかとなった。これらの知見は,局所での蛋白質分解が神経シナプス可塑性の分子基盤の1つとなることを示唆するものである。

 

(2) 傍シナプス膜領域に局在するセプチン・クラスターの同定と機能解析

木下 専(京都大学大学院医学研究科)

 セプチン系は,アクチン系や微小管系と同様にヌクレオチド結合蛋白質ポリマーから成る細胞骨格系である。セプチン系は2-5種類のGTP結合蛋白質のオリゴマーが非極性短線維を構成し,これらが単独で,または既存の構造物を鋳型として高次集合し,多様な構造体を形成するユニークなシステムである (1)。古典的なセプチン集合体として知られる酵母のセプチンリングは細胞分裂関連分子群の集積や反応のための足場(スカフォールド)として細胞質分裂に必須の役割を果たす。また,分裂細胞間の膜蛋白質の非対称性分配のための拡散障壁の本体とも想定されている。しかし,脳などの非分裂細胞に大量に発現するセプチンの分子機能や制御機構には不明な点が多い。当グループは哺乳類セプチン系の構成原理,神経機能,疾患における意義の解明を目指して,1.逆遺伝学的手法,2.微細形態学的手法,3.蛍光分子イメージング手法,などを統合した解析を行っている。

1.マウスの13種類のセプチン遺伝子のうち成熟脳特異的に発現するSept4を破壊し,網羅的行動解析によってドパミン神経伝達が減弱していることを見出した。これらのことから,ドパミン神経終末のセプチン系がドパミントランスポーターやtSNAREを安定化するスカフォールドとして機能することと,その破綻がパーキンソン病の病態に深く関わることが示唆された (2)。

2.免疫電子顕微鏡(immunogold法)連続切片像から細胞形状と金粒子の分布情報を抽出してin silico3次元再構築を行い,シナプス近傍やグリア突起の特定の細胞膜ドメインの直下に集積する多様なセプチン・クラスターを同定した。これらの一部はシナプス近傍のグルタミン酸トランスポーターGLASTなどと共局在していた (3)。一方,樹状突起棘起始部にあるものは構造的支持や隣接シナプス間の区画化に寄与する可能性がある (4)。

3.培養神経細胞の細胞膜直下に集積したGFP-septinに対するFRAP(光退色後蛍光回復)法により,セプチン集合体の安定性が示された。このユニークな特性は細胞膜形状の保持や,膜蛋白質のスカフォールドないし拡散障壁としての役割に適したものと考えられる。RNAiでセプチンを枯渇させた細胞ではsyntaxin-1やGLASTのターンオーバーが亢進することから,2.で同定されたセプチン・クラスターの一部は特定の膜蛋白質の局在や安定化に寄与するスカフォールドないし拡散障壁と推測される (3)。また,1.のSept4欠損マウスのドパミン神経ではこの機構が破綻するためにsyntaxin-1やドパミントランスポーターが欠乏するのかもしれない。

 

(3) 線虫C.elegansの匂い忌避行動の統合的解析
~神経系が「系」として働くための 原理解明を目指して

木村幸太郎(国立遺伝学研究所・構造遺伝学研究センター)

 動物の感覚受容では,特定の刺激を経験した後にその刺激への応答性が低下する「慣れ」や「順応」が観察され,さまざまな実験系で詳細な研究が行われている。これに対して,刺激の経験による感覚応答の増強については,哺乳類の痛覚受容とアメフラシの鰓引き込み反射という物理的侵害刺激以外には,詳細な研究はほとんど行われていない。

 我々は,匂い物質2-ノナノンに対する線虫C. elegans の忌避行動が,事前刺激によって増強されて遠くまで逃げるようになることを見出した。この事前刺激の効果は1時間以上「記憶」された。また匂い忌避行動増強は,C. elegansの多くの行動の可塑性において無条件刺激として作用する餌または飢餓の影響を受けなかった。感覚応答の増強に関する実験系は極めて限られている事から,この匂い忌避行動増強を研究する事によって,神経機能の新たな制御メカニズムを明らかにできる可能性が高いと考えられた。

 遺伝学的および薬理学的解析を行った結果,C. elegansの匂い忌避行動増強にドーパミンが関与している事が明らかになった。ドーパミンは哺乳類において,認識・感情・報酬・薬物中毒といったさまざまな高次神経機能に関与しているが,in vivoでの受容体下流のシグナル伝達機構は不明な点が多い。C. elegansの匂い忌避行動増強に関わるドーパミンシグナル伝達機構を明らかにするために,逆遺伝学的解析を現在行っている。

 さらに本研究の次の段階として,匂いに対する適切な忌避行動とその可塑性がどのように実現されているかを明らかにしたい。すなわち,入力(匂い刺激)に対して適切に出力(忌避行動)を行うためには,どのニューロンとどのニューロンにどのような変化が起こり,その変化が行動の特定の側面にどう反映される事が必要なのか? 全神経回路網がすでに解明されているC. elegansの利点をいかしてこの問題を解決するために,匂い濃度変化のシミュレーション解析/軌跡追跡システムによる行動の経時変化解析/細胞内Ca++イメージングなどを進めている。

 

(4) CIN85機能欠失は神経伝達物質受容体のエンドサイトーシスを低下させ
多動を引き起こす

下川哲昭(群馬大学大学院医学系研究科 器官機能学分野)

 EGF受容体はリガンドとの結合後,二量体形成,自己リン酸化が引き起こされシグナルの伝達が開始する。その後エンドサイトーシスにより取り込まれエンドゾームを経てリソゾームでの分解やリサイクル過程に選別される。CIN85 (Cbl-interacting protein of 85 kDa) はRING型のubiquitin ligaseとして機能するCblと相互作用を持つアダプター蛋白質として同定され,現在その発現や機能が相次いで報告されている。我々はCIN85がEGFの刺激後,EGF受容体の膜輸送,特にEndocytosisによるDown-regulationに関与していることを報告した。さらにこの分子の個体における生理的意義を明らかにする目的でCIN85ノックアウトマウスを作製した。このマウスは行動学的解析(総移動量,移動速度,折り返し数,新規環境探索度等)のほぼ全ての項目において,野生型に比べて有意な行動量の上昇を示し表現型が「多動」であると認められた。現在,ドーパミン受容体のDown-regulationの異常に焦点をあてて解析を進めている。一方,CIN85はヒトX連鎖精神遅滞に関与するOligophrenin-1やscaffold proteinであるPSD-95とdendritic spineで共存していた。本研究会ではCIN85欠損における表現型の解析結果を示すとともに,この分子が持つシナプスでの機能について討論したい。

 

(5) リーリンによる脳の層構造形成制御の分子機構

服部光治(名古屋市立大学大学院薬学研究科 病態生化学分野)

 哺乳動物の脳には類似した神経細胞からなる「層構造」が存在し,その破綻は滑脳症,統合失調症,難読症などの神経疾患の一因である。リーリンは分子量430kDa以上という極めて巨大な分泌蛋白質であり,脳における神経細胞の移動および神経細胞層構造の形成を最上位で司ると考えられている。しかし,その発見から10年以上たった今も,リーリンの具体的な機能についてはほとんどわかっていない。我々は,リーリンとその関連分子について詳細な生化学的・細胞生物学的解析を行うことで,リーリンの機能及び層構造形成の分子機構を理解することを目指している。

 リーリン蛋白質は3,461アミノ酸からなり,三つの領域に分けられる。N末端領域は多量体化に関与すると考えられており,また,機能阻害抗体CR-50が結合する。中央部分にはリーリンリピートと呼ばれる特徴的な繰り返し構造が8回存在する。このうち,5番目と6番目のリピートが受容体(後述)に結合する領域である。C末端領域(CTR)は塩基性アミノ酸に富み,その一次構造は魚類を除く全ての脊椎動物において一残基の違いもなく完全に保存されている。CTRは従来,リーリンの分泌に関与すると考えられてきたが,我々はこれが間違いであることを証明した。そして,CTRは受容体への結合には直接関与しないにもかかわらず,下流シグナルの活性化には必須であることを発見した。さらに,CTRを特異的に欠損するノックインマウスを作製し,リーリンの機能にはCTR依存的なものと,そうではないものがあることを見いだした。CTRは何らかの細胞外マトリックスに結合し,シグナル強度・拡散・局在等の制御に関与していると考えられた。

 リーリンの受容体は,血清リポ蛋白質のそれと同一(アポリポ蛋白質E受容体2:ApoER2,及び超低比重リポタンパク質受容体:VLDLR)である。リーリンが,いつ,どの細胞に対して機能を発揮するのかを知るために,リーリンの受容体結合部位とアルカリホスファターゼの融合プローブを利用して,野生型マウスおよびリーリン欠損マウス脳におけるリーリン受容体の総和を定量的に解析した。その結果,リーリンの標的細胞には少なくとも二つあること,「表層側へ移動してきた神経細胞が,その最終段階で,カハール・レチウス細胞から分泌されるリーリンを受け取る」というモデルは,おそらく正しくないことが示唆された。これらは,近年他のグループから出された結果の多くとも符合するものであり,リーリン機能の多面性・複雑性を表している。今後これを解き明かしていくためにどのような実験が必要かについて議論したい。

 

(6) 学習行動と関連したAMPA型グルタミン酸受容体の挙動

松尾直毅(藤田保健衛生大学 総合医科学研究所)

 グルタミン酸は哺乳類の中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質であり,その速いシナプス伝達はAMPA受容体により担われている。近年,主にスライス標本を用いたin vitroの解析により,GluR1サブユニットを含んでいるAMPA受容体が神経活動依存的にシナプスへ移行することが,シナプス可塑性に重要な役割を果たすことが示唆されている。しかし,in vivoにおけるAMPA受容体の動態に関しては,ほとんど明らかにされていない。特に,長期記憶が安定に保持されるためには,神経活動依存的な新しいタンパク質合成が必要であることが知られているが,細胞体で新しく合成されたAMPA受容体の脳内での挙動に関しては全く不明である。そこで我々は,神経活動依存的に発現する最初期遺伝子群のひとつc-fos遺伝子のプロモーター及び,テトラサイクリン誘導系の制御下でGFP融合GluR1タンパク質 (GFP-GluR1) を発現するトランスジェニックマウスを開発した。このマウスを用い,恐怖条件付け学習刺激により活性化した海馬CA1錐体細胞内で新しく合成されたGFP-GluR1の挙動の解析を行った (Matsuo et al., Science 2008)。本研究会では,学習後のGFP-GluR1の挙動と樹状突起スパインの形態,synaptic tag仮説との関連について議論したい。

 

(7) シナプスのスケーリング発生機構の解明

井端啓二(理化学研究所 脳科学総合研究センター)

 シナプスのスケーリングと呼ばれる現象は培養神経細胞を用いた実験で発見された。

 その実験では,培養液にナトリウムチャネルの阻害剤であるTTXを添加し,培養神経細胞のネットワーク活性をストップさせると,経時的に興奮性シナプスの強度が上昇し,逆にGABA受容体の阻害剤であるBicucullineを添加し,ネットワーク活性を上げると経時的に興奮性シナプスの強度は下降する事が明らかにされた。また,LTPやLTDは一部のシナプス強度を変化させるのに対して,シナプスのスケーリングは神経細胞全体の興奮性シナプスの強度を上下させる事によって,各シナプス間の強度の差を維持しながら,神経細胞の発火頻度を一定に保つ働きをする事が示唆された。

 現在までに,シナプスのスケーリングは培養細胞や個体レベルにおいて観察されているが,その発生機構は詳しく調べられていない。そこで本発表では,最近明らかになったシナプスのスケーリング発生機構について報告する。

 シナプスのスケーリングによるシナプス強度の変化が発生する部位を明らかにするために,神経細胞の活動を阻害するTTXを培養神経細胞に添加後,AMPA受容体に対する抗体で免疫染色した実験,および,YFPを連結したGluR2を発現させた培養神経細胞のタイムラプスイメージングの実験を行った。その結果,AMPA受容体の数がポストシナプス側で増加する事が明らかになった。これまでのTTX添加による神経細胞の活動阻害実験では,シナプスのスケーリングには神経細胞の発火を阻害する事が重要であるのか,入力を阻害する事が重要であるのかが区別出来ない。そこで,シナプスのスケーリングにはどちらがより重要であるかを明らかにするため,神経細胞の発火および神経細胞への入力をそれぞれ選択的に阻害し,興奮性シナプスの強度の変化をタイムラプスイメージングにより観察した。その結果,シナプスのスケーリングは神経細胞の発火を阻害した際に生じたが,一方,神経細胞への入力を阻害した際には生じなかった。これらの結果から,TTX添加によるシナプスのスケーリングは,神経細胞の発火が阻害される事によって誘導される事が明らかになった。

 このシナプスのスケーリングによって神経細胞は発火頻度に応じて全体の興奮性シナプスの強度を上下させ,神経回路の特性を維持していると考えられる。

 

(8) 網膜神経節細胞の非スパイン性樹状突起におけるPSD95の分布を決める

小泉 周(自然科学研究機構 生理学研究所 広報展開推進室)

 網膜において視覚情報を最終処理し活動電位列に変換して中枢に送っている網膜神経節細胞は,興奮性細胞であるにもかかわらず樹状突起上にスパインをもたず,双極細胞からグルタミン酸による興奮性シナプス入力をうけとっている。この網膜神経節細胞は,形態と機能別に大きく12種類以上のサブタイプがあることが知られているが,グルタミン酸受容体が非スパイン性樹状突起上にどのように分布しているのか,サブタイプごとに違いがあるのか,明らかとなってはいなかった。

 小泉らは,網膜神経節細胞の非スパイン性樹状突起におけるグルタミン酸作動性シナプスの分布を明らかとするために,PSD95-GFPを,新たに開発した網膜組織培養系に導入し (ref 1),網膜神経節細胞上のおける分布をサブタイプごとに明らかとした。

 その結果,PSD95は,一定のルールをもって分布していることが明らかとなった。一定のルールとは,(1) 樹状突起上に非ランダムに規則的に分布している,(2) nearest neighborの距離は,約3 mm間隔である,(3) 樹状突起分岐点が特異点として一定間隔のスタートポイントとなっている,である。また驚くべきことに,この一定ルールは,別々の機能をもつ網膜神経節細胞のサブタイプごとに違いはなく,網膜の内網状層におけるグルタミン酸作動性シナプスの分布に共通にみられた。さらに,BDNF投与など,PSD95を過剰に産生させる状況であっても,この共通ルールに変化はみられなかった。

 以上より,非スパイン性の樹状突起であっても,網膜神経節細胞の樹状突起上では,グルタミン酸作動性シナプスの位置は,共通ルールに従って「決められて」いることがわかった。また,こうした一定間隔でシナプスが整列する仕組みは,網膜の神経細胞の“モザイク”状分布(一定間隔の整列)を連想させる結果であり,統一的なメカニズムの存在を示唆している (ref 2)。

参考文献
Ref 1: Koizumi A, Zeck G, Ben Y, Masland RH, Jakobs TC. PLoS ONE. 2007 Feb 21;2(2):e221
Ref 2: Fuerst PG, Koizumi A, Masland RH, Burgess RW. Nature. 2008 Jan 24;451(7177):470-4.

 



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