生理学研究所年報 第30巻
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11.大脳皮質―大脳基底核連関と前頭葉機能(第二回)

2008年12月15日-12月16日
提案代表者:宮地重弘(京都大学霊長類研究所)
所内対応者:南部 篤(生体システム研究部門)

(1)
行動計画の策定過程における前頭前野神経細胞活動
坂本一寛(東北大・電気通信研)

(2)
Local Field Potentialを用いた自由行動下でのサルの行動の予測
竹中一仁(東大・情報理工)

(3)
視床大脳経路による眼球運動の制御
田中真樹(北大・医)

(4)
運動課題遂行中のサル線条体における神経活動とそのGABA作動性調節
畑中伸彦(生理研・生体システム)

(5)
線条体のネットワークをパッチ・マトリックスの視点から
藤山文乃(京大・医)

(6)
サル扁桃核における種特異的情動情報の表現
倉岡康治(国立精神・神経センター・神経研究所)

(7)
セルフコントロールに関わる神経基盤の解明に向けて
―サル扁桃体における相対的価値の処理機構の解明
平井大地(京大・霊長研)

(8)
皮質下領域ニューロンによる社会的認知
堀 悦郎(富山大・医)

(9)
報酬獲得行動における内側前頭前野と側坐核の機能連関
石川晃教(山口大・医)

【参加者名】
丹治 順,鮫島和行,星 英司(玉川大学脳科学研究所),高田昌彦,桑島真里子(東京都神経科学総合研究所),宮地重弘,纐纈大輔,平井大地,鴻池菜保(京都大学霊長類研究所),藤山文乃,中村公一(京都大学),坂本一寛(東北大学電気通信研究所),田中真樹,國松 淳(北海道大学),堀 悦郎(富山大学),中村加枝,松崎竜一(関西医科大学),石川晃教(山口大学),竹中一仁(東京大学),倉岡康治(国立精神・神経センター・神経研究所),小高 泰(産業技術総合研究所),藤井直敬,一戸紀孝(理化学研究所 脳科学総合研究センター),西垣 誠(名古屋市立大学病院),廣川純也,渡我部昭哉,中村 徹(基生研),南部 篤,伊佐 正,窪田芳之,畑中伸彦,知見聡美,佐野裕美,高良沙幸,岩室宏一,高原大輔,太田 力,関 和彦,吉田正俊,池田琢朗,渡辺秀典,鯉田孝和,武井智彦,加藤利佳子,出馬圭世,高浦加奈,佐々木章宏(生理研)


【概要】
 大脳基底核は,大脳皮質の広い領域から入力を受け,大脳基底核内で情報処理を受けた後,一部,脳幹に投射するものの,大部分は視床を介して大脳皮質,とくに前頭葉に戻るというループ回路をなしている。大脳基底核内でどのような情報処理が行われているか不明であったし,今でも多くの謎があるが,それでも以下のような様々な研究から,徐々にではあるが着実に明らかになりつつある。

1) 主に霊長類を用いた研究から,大脳基底核は,適切な運動あるいは動作様式を選択,実行するのに関わっている。

2) また,工学的な手法によって解析したところ,大脳基底核の神経活動や神経回路は適切な行動の自立的な選択・学習に適している。

3) 霊長類の基底核回路を解剖学的に解析することにより,大脳基底核が運動機能ばかりでなく,認知機能や情動にも関わることが明らかとなってきた。

4) 遺伝子改変動物(げっ歯類)を用いることにより,大脳基底核に発現している受容体や神経伝達物質と機能との関係が,個体レベルで調べられるようになった。

5) ヒトの大脳基底核疾患や,様々な大脳基底核疾患モデル動物の解析により,このような疾患の病態およびその基礎となる基底核の生理が明らかになりつつある。

6) 脳深部刺激療法(DBS)や遺伝子治療など,大脳基底核疾患の新たな治療法も開発されてきた。

 このように,大脳基底核は,運動皮質とはもちろんのこと,連合皮質や辺縁系領域などと解剖学的にも機能的にも密接に連絡し,運動制御,認知,情動など,ヒトおよび動物の行動のさまざまな側面に重要な役割を果たしていることがわかってきた。しかし,脳の各領域の研究は個別になされており,基底核および関連する多くの脳領域の研究を横断的かつ統合的に捉え,相互理解を深める機会が少ない。そこで,本研究会では大脳基底核,連合皮質,辺縁系,さらにはその周辺の研究について,多岐にわたる専門分野の若手あるいは中堅の研究者が,最新の知見を紹介し,各分野における研究の趨勢,問題点,及び今後の展開に関する忌憚のない意見を活発に交換した。

 

(1) 行動計画の策定過程における前頭前野神経細胞活動

坂本一寛(東北大学 電気通信研究所)

 行動計画の重要な側面として,最終目標を達成するための具体的な行動を策定する過程が挙げられる。思考や問題解決に重要であると考えられてきた前頭前野は,行動計画の策定過程にも関与していると考えられる。そこで,われわれは,経路探索課題と呼ばれる一種の迷路課題をサルに学習させ,前頭前野から神経活動を記録した。その結果,ある細胞グループでは,行動計画期間の初期では,指示された最終ゴールの位置によって神経活動が選択的に変化したが,後期では,1手目どの方向にカーソルを動かすかに選択的な変化を示した。つまり,神経活動の選択性が,“最終ゴール”から“具体的な解決法”へと遷移した。さらに,そのような細胞を含み,かつ,よく同期発火する細胞ペアを集め解析したところ,神経活動の選択性が“最終ゴール”から“具体的な解決法”へと遷移する期間に同期発火が上昇することが確かめられた。ここで見られた現象は,行動計画の策定に前頭前野神経細胞が関与していること,また,その策定過程に同期発火現象が関係することを示唆している。

 

(2) Local Field Potentialを用いた自由行動下でのサルの行動の予測

竹中一仁(東京大学 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 博士課程)

 実験室の限られた環境のみならず,日常の予測困難な環境において,脳内の各領野の神経活動がどのように関連し,どのような構造をもつのか。さらにその中でどのような順序で情報伝達が行われ,行動が選択されているかを解き明かすことは,脳機能の本質的理解に重要である。また,脳内の情報の流れを理解することは,行動のより早い段階で行動の意図情報を取得することにつながり,ブレーンマシンインターフェースなどの開発において非常に有用である。

 そのような複数の領野間での神経活動の性質の違い,情報の流れを解析するため,本研究では,課題遂行中のニホンザルの大脳皮質および皮質下から複数の慢性電極によってLocal Field Potential (LFP)を計測した。課題は,二者択一のエサ獲得タスクと移動を伴うエサ獲得タスクの2種類である。これらの課題は特別な訓練期間を経ずともサルが即時的に行うことができた。記録されたLFPデータはウェーブレット変換により,各周波数帯域のパワーに変換し,上記課題遂行中に左のエサを取った場合と右のエサを取った場合で比較し,領野間の周波数帯域毎の情報表現の違いを解析した。その結果,扁桃体,尾状核といった部位で,他領域よりも早い時期から左右差が生じていることがわかった。

 さらに電極間の因果関係を,Granger Causalityと呼ばれる統計的な指標を用いて定量的に評価した。因果関係解析では,“ある電極の情報を用いることで,他の電極の自己回帰による予測性能が向上するか”という指標を用いることで,原因と結果という方向性のある関係を評価し,それが時間とともにどのように変化するかを解析した。その結果,行わせた2つのタスクのそれぞれの課題イベントの周辺で,扁桃体から尾状核へ向けての因果の強度が特徴的なパターンで変化することが観察された。

 この結果は,領域間の因果関係を見るという新しい解析手法により,今まで連携させる事が難しかった各個別領域の脳機能に,情報の出入力という動的な情報を付け加えることで,それらを一つのネットワークシステムとして理解出来る可能性を示唆している。今後のさらなる解析手法の検討により,関係性を元に脳認知機能を理解する可能性を探りたい。

 

(3) 視床大脳経路による眼球運動の制御

田中真樹,國松 淳,吉田篤司
(北海道大学医学研究科・認知行動学分野,PRESTO・JST)

 大脳・基底核ループには機能ごとのサブループがあり,眼球運動に関係した経路の存在は20年以上も前から指摘されているが,その具体的な機能は明らかではない。眼球運動系に関しては,黒質から上丘への投射経路が重要であると考えられ,この系の中で大脳基底核はフィードフォワード経路を構成するとされている。最近の研究により,随意性眼球運動の発現に視床が関与することが示され,状況によっては基底核から視床を介した上行性の経路が重要な役割をはたすものと考えられる。本講演では,それらの研究の一部を紹介する。

1) 代表的な基底核疾患であるパーキンソン病では,自発的に運動を開始することが困難になることが知られており,こうした機能には基底核-視床大脳経路が関与すると考えられる。視覚刺激提示後,一定のタイミングで眼球運動を行なうようにサルを訓練し,視床VA/VL核の神経活動を調べたところ,視覚刺激提示から徐々に活動を上昇させるニューロン群がみつかった。神経活動の上昇率は運動の潜時と逆相関し,運動直前の発火率は,運動のタイミングにかかわらず,ほぼ一定であった。記録部位を不活化したところ,反対側にむかう自発性サッカードの開始が遅れ,視床の信号が眼球運動のタイミング調節に重要であることが示された。また,同様の課題中に,これらの信号の投射先のひとつと考えられる補足眼野に電気刺激を与えると,自発性課題の際に自発運動の開始時間に変化が生じた。これらのことから,基底核―視床―前頭葉内側部は自発性の眼球運動のタイミング調節に関与していると考えられる。

2) 日常生活の中では一定の刺激に対する反応を状況に応じて変化させる必要があるが,その神経機構を調べるための眼球運動課題としてAntisaccade課題がよく知られている。固視点の色によって視標に対する運動方向(AntisaccadeとProsaccade)を切り替えるようにサルを訓練した。課題の種類によって活動を変化させるニューロンが淡蒼球と視床から多数記録され,両者いずれの不活化によっても課題の成功率が低下した。上丘ではAntisaccadeの際に神経活動が減弱することが知られているが,これらの部位では神経活動の増大がみられ,基底核の眼球運動信号の一部は視床を介して大脳皮質に送られていると考えられる。

 

(4) 運動課題遂行中のサル線条体における神経活動とそのGABA作動性調節

畑中伸彦1,高良沙幸1,高田昌彦2,南部 篤1
1生理学研究所 生体システム研究部門 2東京都神経研 統合生理研究部門)

 線条体は大脳基底核内部回路の起始部であり,線条体投射ニューロンの活動様式が大脳基底核全体の活動に大きく影響していると考えられている。大脳皮質運動野-線条体投射の体部位再現は背腹側方向に完全に別れているが,内外側方向に分布する補足運動野領域,一次運動野領域は一部が重なり情報統合の可能性があることが知られている。しかし,情報の統合がどのような様式なのか明らかにされていない。また,線条体の大部分を占める投射ニューロンの活動は,少数ではあるが様々な種類の介在ニューロンから修飾を受けると考えられている。なかでもパルブアルブミン陽性GABA作動性介在ニューロンは,齧歯類のin vitro実験で投射ニューロンの興奮性に強く影響することが示唆されている。しかし,運動課題遂行中に,投射ニューロンの活動にどのようにGABA性抑制入力が関与しているのかの報告はない。これらの問題を解明するために以下のような実験を行った。ニホンザルに3方向への遅延期間付きの上肢到達運動課題を習得させ,一次運動野上肢近位領域(MIp),同上肢遠位領域(MId),補足運動野上肢領域(SMA)を電気生理学的に同定し慢性刺激電極を埋入した。線条体から単一ユニット記録を行い,皮質刺激への応答から入力様式を決定した後に運動課題遂行中の活動を記録した。一部の実験では,薬物注入用チューブを貼り付けた電極をもちいて,記録中のニューロンの周囲にGABA受容体やグルタミン酸受容体の遮断薬を微量注入し,注入前後の活動の違いを観察した。記録した線条体ニューロンは皮質刺激に対する応答と発火パターンから,線条体投射ニューロンと思われるPhasically Active Neuron (PAN),コリン作動性介在ニューロンと思われるTonically Active Neuron (TAN),パルブアルブミン陽性GABA作動性介在ニューロンと思われるFast Active Neuron (FAN)に分類し解析した。その結果,PANの活動様式は入力源であるMIやSMAに類似しており,両者から入力を受けるPANは両者の中間的な性質を示した。TANは運動皮質から入力があっても,運動開始点などの課題イベント直後に活動の停止が観察された。FANは運動期間中に方向に依存せずに高い発火頻度を示した。また,GABA受容体遮断薬によってPANの皮質刺激に対する応答潜時は変化しなかったが,応答の強度は増強した。また,コントロールでは応答しなかった皮質刺激にたいする応答も出現した。一方,運動課題遂行中の活動様式においては,GABA受容体遮断薬局所投与によって単純に活動性が上がるだけでなく,応答のなかったイベントに対しても活動増加が観察された。これらのことから,PANは複数の領域から入力を受けているが,GABA性の抑制性入力によって不必要な活動が抑えられるなど,微細に調節されている事が示唆された。

 

(5) 線条体のネットワークをパッチ・マトリックスの視点から

藤山文乃(京都大学大学院医学研究科 高次脳形態学教室)

 大脳基底核の玄関口である線条体にはパッチ・マトリックスという生化学的なコンパートメント構造が存在するが,この二つのコンパートメントにどのようなネットワークの違いが存在しているのかは明確にされていない。また,パーキンソン病やハンチントン病など基底核変性疾患の理解の礎として直接路・間接路という概念が使われているが,この概念と,パッチ・マトリックス構造との関係も解明されていない。我々はこれらを明らかにするために以下のことを解析している。

A. 線条体パッチ・マトリックスへの入力

A-1. 視床線条体グルタミン酸入力
 視床線条体投射はパッチとマトリックスとで量・質ともにどのような違いがあるか。各々の領域に特異的に投射する視床亜核は存在するのか。あるとすればそのニューロンの樹状突起や軸索の形態学的特徴はどのようなものか。

A-2. 黒質線条体ドーパミン入力
 一つの黒質緻密部のドーパミンニューロンは線条体にどのように投射するのか。パッチ・マトリックス領域に対する投射様式の違いは存在するか。

B. 線条体パッチ・マトリックスからの出力

B-1. シングルニューロントレースによる出力形態の解析
 “パッチ領域は黒質緻密部に投射する”という教科書的な記述を検証する。パッチ領域には間接路ニューロンはいないのか,パッチの直接路ニューロンはどのような投射様式を持つのかをマトリックスのそれと比較する。

B-2. パッチ・マトリックスにおけるエンケファリンの発現の違い
 間接路ニューロンに特異的に発現するエンケファリンのBACトランスジェニックマウスを用いて見えて来たパッチ・マトリックス領域とエンケファリンの関係を提示する。

C. 線条体の局所回路

 パルブアルブミンの樹状突起を特異的に可視化するトランスジェニックマウスを用いて,パルブアルブミン内在性ニューロンの局在がパッチとマトリックス領域のクロストークの役割を果たせそうかを調べる。また,パルブアルブミン内在性ニューロンに対する,大脳皮質および視床からのグルタミン酸入力様式,さらにアセチルコリン内在性ニューロンからの入力様式についても調べる。

 以上preliminaryなデータを含む所見を提示し,ご意見を伺う。

 

(6) サル扁桃核における種特異的情動情報の表現

倉岡康治(国立精神・神経センター・神経研究所 日本学術振興会)

 ヒトを含めた霊長類は,種特異的な情動の伝達において,おもに表情や音声を用いている。伝達された情動を認識する際には,異なる感覚種(視覚や聴覚)の情報からも同じ意味の情動を受け取ることができる。本演題では,このような情動情報の認識に注目し,情動情報に対するサル扁桃核ニューロンの応答について考察する。

 他個体の情動表出に対して適切に反応するためには,「どのような種類の」という情報だけでは不十分で「誰の」という情報も不可欠である。そこで,3個体を撮影した3種類の表情刺激(合計9種類)を用いてこの問題に取り組んだ。サルが注視課題を行っている間に1秒のビデオ刺激が提示される。このときの扁桃核ニューロンの応答性を調べた。記録した227個のニューロンのうちおよそ50%(116個)がサルのビデオ刺激に対して応答した。詳細に調べることができた77個のニューロンのうちおよそ4分の3のニューロン応答は「どのような種類の」という情報の影響を受けた。また3分の2のニューロン応答は「誰の」という情報の影響を受けた。一方で全体のおよそ2分の1のニューロン応答は,「どのような種類の」と「誰の」という両方の情報の影響を受けた。この結果から,サル扁桃核は単に「どのような種類の情動であるか」という処理を行っているだけではなく「誰の表出したものであるか」という処理も同時に行っていることが明らかになった。

 つぎに,表情や音声といった感覚種を越えた情動情報の認識におけるサル扁桃核ニューロンの応答について検討した。表情や音声の刺激を3つの条件を設定して提示した。すなわち,表情動画と音声が同時に提示される視聴覚条件,表情動画のみが提示される視覚条件,音声のみが提示される聴覚条件である。視覚刺激を提示中のサル扁桃核ニューロンの応答に対して,聴覚情報がどのような影響を与えるかを検討するために,視聴覚刺激に対する応答が視覚刺激に対する応答とどの程度異なるかを比較した。その結果,視覚刺激に応答するサル扁桃核ニューロンのうち約半分(39/77, 51%)は,視覚刺激と同時に聴覚刺激を提示することで,応答が有意に増強することが明らかになった。視聴覚刺激によって応答が増強する扁桃核ニューロンの活動は,多感覚種を用いて情動情報の検出をより確実なものにすることを反映しているのだろう。また,視覚情報および聴覚情報の処理に関わっていたニューロンの大部分は(88%,14/16),感覚種を超えて,同じ意味を伝達する種特異的な情動刺激に対して強い応答を示した。このような扁桃核ニューロンの活動は,視覚や聴覚といった感覚種を越えた情動情報の認識に役立つものと考えられる。視覚情報および聴覚情報の処理に関わっていたニューロン群は(20%,16/79),おもに中心核に分布していた。中心核は視床や視床下部,脳幹といった,情動反応を引き起こす他の脳領域へ神経投射していることが知られた核である。よって中心核で記録された感覚種を超えて情動刺激に応答するニューロンの活動は,感覚種を越えた情動情報に対する適切な反応を行うために役立っていると考えられる。

 このようにサル扁桃核は,単にどんな情動かだけでなく誰の情動か,あるいは視覚だけでなく聴覚を通して,というように様々な情報を合わせて,コミュニケーションにおける種特異的情動情報に対して動物が適切に対応するために,情報の意味の処理に関わっていると考えられる。

 

(7) セルフコントロールに関わる神経基盤の解明に向けて
-サル扁桃体における相対的価値の処理機構の解明

平井大地(京都大学 霊長類研究所)

 セルフコントロールとは,狭義では,待つという行為とそれにより得られる利得との関係を評価したうえで,自己の行動を制御することである。近年,依存症,ADHD,人格障害がこの機構の障害に起因することが明らかとなったが,その詳細な神経機構は解明されていない。そこで,サルの細胞外活動記録の手法により,セルフコントロールに関わる大脳辺縁系ネットワーク(扁桃体,前頭眼窩回,側座核)の神経基盤を解明する。本研究は大きく2部に分かれる。まず初めに,報酬および嫌悪刺激を用いた学習課題遂行中のサル扁桃体から神経活動記録を行い,先行研究の前頭眼窩回のデータ(Hosokawa, 2007)と比較することで,状況に応じた価値評価における両者の役割と相違点を検討した。その結果,扁桃体は強化子の相対的な好ましさを表現することが明らかとなった。しかし,扁桃体では,前頭眼窩回で見られたような,ジュースあるいは水が予告される条件では水に,水あるいは電気刺激(回避)が予告される条件では電気刺激に選択性を示し,報酬と嫌悪という特徴を超えた強化子一般(より好ましくない強化子)を表現するような,より高次の価値評価に寄与する細胞は殆どなかった。待つことが一種の嫌悪であることを考えると,セルフコントロールを要する選択場面においても,報酬と嫌悪に対する同様の作動原理が働くと予測され,扁桃体は報酬量の比較に,前頭眼窩回は報酬までの待ち時間の比較に重要な役割を果たしていると期待される。そして両者の比較の結果が側座核で統合されることで,状況に応じた適切な行動選択が可能となる。そこで次に,セルフコントロール事態における神経機構を明らかにするため,2頭のサルに眼球運動による選択課題を訓練した。サルが中央の注視点に視線を向け1秒経過すると注視点の両側に2つの色刺激を提示する。色刺激の色は報酬量(報酬の回数: 0回,1回,2回)を予告し,サイズは報酬までの待ち時間 (0.3,1,2,3,4,5,6,7秒)を予告する。大きい報酬あるいは小さい報酬を選択する条件(報酬大小条件)と,報酬有りあるいは報酬無しを選択する条件(報酬有無条件)を用意した。報酬大小条件では,課題に正答すると報酬が1回,もしくは連続2回獲得できる。一方,報酬有無条件では,正答により報酬が1回,もしくは報酬が与えられずに次の試行が開始する。各条件について報酬量と待ち時間の組み合わせの違いによる選択率を測定した。行動実験では,報酬量と待ち時間の相対価値に基づいて,サルが大きい報酬を待つ選択(セルフコントロール選択)と待たずに小さい報酬を取る選択(衝動的選択)を,柔軟に切り替えることを明らかにした。細胞活動記録実験では,課題遂行中のサル扁桃体から細胞記録を行い,眼球運動に先立って選択結果を反映して応答する細胞の存在を明らかにし,衝動的選択やセルフコントロール選択との関連性を調べることで,扁桃体の機能的役割を検討した。

 

(8) 皮質下領域ニューロンによる社会的認知

堀 悦郎,西条寿夫(富山大学 大学院医学薬学研究部 システム情動科学)

 ヒトを含めた霊長類は,高度に発達した社会構造の中で生活している。この中にあって,他者の心的状態,すなわち情動を認知し,状況に即した適切な反応をする事は重要である。他者の情動を理解するためには,言語のみならず非言語的なコミュニケーション技術が必要となる。非言語的コミュニケーションには,顔表情,視線方向,ジェスチャーなどが含まれるが,中でも顔に含まれる情報はコミュニケーションにおいて中心的役割を果たす。最近の神経心理学的研究により,顔情報から他者の情動を推測するためには,前頭葉や頭頂葉とともに扁桃体が関係していることが示唆されている。

 扁桃体へは,大きく分けて2系統で視覚情報が入力される。第1の経路は,大脳皮質の視覚領野を介する経路である。一方,第2の経路として,大脳皮質を介さずに,上丘から視床枕を介して扁桃体へ入力される経路も知られている。しかし,これまでの情動的視覚情報処理および社会的認知に関する神経生理学的研究は,主に大脳皮質各領域が対象とされており,扁桃体,視床枕および上丘と言った皮質下経路に関する神経生理学的研究は少ない。そこで,本研究では,表情あるいは視線方向識別課題遂行中のサル扁桃体,視床枕および上丘からニューロン活動を記録した。

 サルに,顔表情あるいは視線方向に関する遅延非見本合わせ課題を行わせた。視覚刺激には,様々な表情および視線方向のヒトやサルの顔写真などを用いた。顔刺激の対照として,円形,四角形,十字形,三角形などの単純な図形を用いた。本課題を遂行中のサル扁桃体,視床枕あるいは上丘より,単一ニューロン活動を記録し,解析した。

 その結果,扁桃体には,顔表情や視線方向に識別的に応答するニューロンが存在した。それらのニューロンは,顔写真のモデルによって応答性が異なり,実際に社会的な接点のあるモデルの顔に対してより識別的な応答性を示した。一方,扁桃体へ情報を送る視床枕でも,顔表情に識別的なニューロン活動が記録された。しかし,顔写真のモデルに対する明らかな選択的応答性は見られなかった。さらに,視床枕へ情報を送る上丘においては,顔刺激と顔以外の視覚刺激の間に弁別的な応答性が見られた。

 これらの結果から,社会的認知過程における皮質下領域(扁桃体,視床枕および上丘)の役割を考察してみたい。

 

(9) 報酬獲得行動における内側前頭前野と側坐核の機能連関

石川晃教(山口大学大学院医学系研究科 高次神経科学領域システム神経科学分野)

 動物がその個体の生命を維持するためには,外部環境刺激に基づいて,これから起こる出来事を予測して行動する能力が必要である。外部環境刺激が報酬を予測させるものであるとき,動物はその刺激をおぼえ,報酬獲得のための適切な行動をおこさなければならない。そのような報酬獲得行動には,側坐核,内側前頭前野,扁桃体,腹側被蓋野などの脳領域からなる神経回路が関与すると考えられている。これまでの研究から,二つの異なる音を弁別して,一方の音のときにレバーを押すことで報酬が得られる二音弁別報酬獲得課題の遂行には,報酬を予測させる音に対する側坐核ニューロン活動の興奮性・抑制性反応が重要であることがわかっている。そこで私たちは,側坐核に興奮性入力を送っている内側前頭前野に注目して,内側前頭前野がどのように二音弁別課題の遂行と,そのときの側坐核ニューロン活動の変化にかかわっているかを調べた。二音弁別課題遂行中に内側前頭前野の背側を不活性化しておくと,報酬を予測させる音に対するレバー押し反応が強く減少したのに対し,内側前頭前野の腹側の不活性化では,報酬と関係しない音に対するレバー押し反応が逆に増加した。このことは,内側前頭前野の背側が,報酬を予測させる音に対する報酬獲得行動の発現に強く関与するのに対し,内側前頭前野の腹側は,報酬に関連しない音に対するレバー押し反応の抑制にかかわっていると考えられる。また,背側内側前頭前野の不活性化は,報酬を予測させる音に対する報酬獲得行動と同時に,側坐核ニューロン活動の興奮性及び抑制性応答を弱めた。さらに,片側の背側内側前頭前野の不活性化は報酬を予測させる音に対する報酬獲得行動と同時に,同側の側坐核ニューロン活動の興奮性応答および対側の側坐核ニューロン活動の抑制性応答を抑えた。これらの研究結果は,報酬を予測させる外部感覚刺激の情報が,背側内側前頭前野から側坐核に入力して,側坐核ニューロン活動を変化させることで,報酬性獲得行動の発現を引き起こすことを示唆する。

 



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