2008年11月27日-11月28日
代表・世話人:南 雅文(北海道大学)
所内対応者:重本隆一(脳形態解析)
【参加者名】
西川 徹(東京医科歯科大学),岡本泰昌(広島大学),井上 猛(北海道大学),古屋敷智之(京都大学),福土 審(東北大学),柿木隆介(生理学研究所),南 雅文(北海道大学),加藤総夫(慈恵会医科大学),喜田 聡(東京農大),湯浅茂樹(国立精神・神経センター),小早川 高(東京大学),杉田 誠(広島大学),谷内一彦(東北大学),板坂典郎(専修大学),野村 洋(東京大学),豊田 雄(東京大学),高橋由香里(慈恵会医科大学),原 正道(慈恵会医科大学),池田和隆(東京都医学研究機構),三井克邦(小野薬品工業),伊早坂智子(国立精神・神経センター),村山美穂(武田薬品工業),成宮 周(京都大学),北岡志保(京都大学),廣中直行(科学技術振興機構ERATO),高野裕治(科学技術振興機構ERATO),田中智子(科学技術振興機構ERATO),田中崇裕(武田薬品工業),中道景子(大日本住友製薬),江里口義朗(大日本住友製薬),高田宜則(大日本住友製薬),田口良太(エーザイ),大河原美以(東京学芸大学)押淵英弘(東京女子医大),笠井慎也(東京都精神医学総合研究所),等 誠司(生理学研究所),檜山武史(基礎生物学研究所),深澤有吾(生理学研究所),片寄洋子(東北大学),辛 龍文(放射線医学研究所),西巻拓也(生理学研究所),阿部圭一(セレボス)
【概要】
発表は13題である。セッション1では,まず,西川が,脳の発達がある段階まで達した後に,統合失調症などの精神疾患発症や薬物依存形成が起こることを示唆する,ヒトでの統計的データおよび動物での実験結果を示し,臨界期前後での脳内遺伝子発現を比較することで,精神疾患や薬物依存に関与する遺伝子を単離する試みを紹介した。次に,岡本は,不快な言語の認知処理への前頭前野−辺縁系経路の関与,長期の報酬見通しにおける脳内セロトニン神経系の関与,社会的排斥により生じる「こころ」の痛みに対する情緒的サポートの効果などに関して,ヒトでの脳機能画像解析手法を用いた最新の研究成果について報告した。井上は,うつ病に加え,不安障害の治療薬としても用いられるSSRIの作用機序を,ラット恐怖条件付けストレスモデルで検討し,扁桃体基底外側核でのセロトニン神経情報伝達亢進が,SSRIによる不安抑制作用の機序であることを示した。古屋敷は,プロスタグランジンEP1受容体ノックアウトマウスを用いた研究により,プロスタグランジンがドパミン神経系の調節を介して情動制御に関与していることを初めて示した。
セッション2では,福土が,代表的な心身症である過敏性腸症候群 (IBS) の病態生理に関する研究を突破口として,内臓感覚から情動形成に至る脳内過程をヒト脳機能画像解析を用いて検討した研究成果を報告した。柿木は,Ad線維とC線維をそれぞれ選択的に刺激した際のヒト脳活動をMEGとfMRIで解析し,1次感覚野,2次感覚野,島,扁桃体,帯状回で順に活動が亢進することを示すとともに,「痛い」と感じそうな画像を見せることによっても,2次感覚野,島,帯状回の活動が亢進することを報告した。南は,条件付け場所嫌悪性試験を用いた行動薬理学的解析により,痛みによる不快情動生成に分界条床核でのノルアドレナリン神経情報伝達が重要な役割を果たしていることを示した。加藤は,神経因性疼痛モデル動物から作製した脳スライス標本を用いた電気生理学的研究において,慢性痛では,急性痛と異なり,腕傍核から扁桃体中心核外側外包部へのグルタミン酸神経情報伝達が可塑的に変化し,侵害受容と負情動を結ぶ情報伝達が亢進していることを報告した。
セッション3では,喜田が,恐怖記憶における「固定化」,「再固定化」,「消去」について説明し,CREBコンディショナル変異マウスを用いた解析により,CREBによる遺伝子発現誘導が再固定化および消去の過程に必要であることを示した。さらに,再固定化には海馬と扁桃体での,また,消去には扁桃体と前頭前野でのCREB活性化が重要であることを報告した。湯浅は,Fyn欠損マウスを用いた解析,およびFyn情報伝達経路における蛋白質リン酸化の生化学的な検討により,恐怖条件付け記憶の形成にFynが重要であることを示した。小早川は背側の糸球を除去することにより,腐敗物や天敵の匂いに対する忌避行動が消失することを報告した。さらに,脳内ストレス経路活性化やすくみ行動に着目することにより,「嫌悪」と「恐怖」とを区別できることを示すとともに,天敵の匂いに含まれる「恐怖を惹起する成分」を同定し,その化合物がより強い恐怖反応を引き起こすことも示した。杉田は,快および不快情動とそれぞれ結びつきが強い,甘味および苦味の受容体遺伝子を用いたtWGA-DsRedトランスジェニックマウスを作成し,甘味と苦味の情報伝達に関わる神経回路の同定について報告した。谷内は,PETを用いた,神経情報伝達イメージング手法について概説し,抗ヒスタミン薬による眠気と認知機能障害のイメージング,痒みのイメージング,アレキシサイミア性格傾向と脳機能に関するイメージングなどの研究成果について紹介した。
「感覚刺激・薬物による快・不快情動生成機構とその破綻」というテーマについて,大変興味深い発表と活発な討論が行われ,『従来の学会では,異なったセッションやシンポジウムで研究成果発表や討論が行われてきたものを,「快・不快情動」をキーワードとして一堂に集め,密度の濃い研究成果発表と討論を行うことにより,本邦における情動研究のレベルを一気に高め,我が国のこの分野での国際貢献に資する。』という研究会の目的は十分に達成された。突っ込んだ討論を行うため,1演者あたり40分としたが,それでも討論の時間が不足していたことが大変残念である。本研究会は今回が初めてであるため,どの演者も研究の背景から話を始めなければならなかったことに原因の1つがあると考えられる。次回からは,本研究会での2回目以降の発表は40分,初めての発表は50分とするなど,時間配分を工夫する必要がある。また,今回,分子生物学,生理学,薬理学,精神医学,心身医学,脳機能イメージングなどの多様な分野からの発表があったが,今後さらに,心理学やゲノム科学などの異なった分野の研究者も交えた研究会とすることにより,本研究領域がさらに推進されることが期待できる。
西川 徹(東京医科歯科大・医・精神行動医科学)
薬物依存患者においては,薬物および関連する刺激が引き起こす快・不快情動の適切な処理がなされない障害が認められることから,その発症の少なくとも一部には,快・不快情動生成機構の異常が関与すると推測される。一方,成人では容易に依存が形成されるmethylphenidateを,多動性障害の児童に投与した場合には,依存が生じにくいことが知られている。PTSDによる情動面での障害が小児と成人では異なること(DSMIV-TR)を考え合わせると,以上の所見は,依存性薬物の作用と関係する快・不快情動生成の分子細胞機構が発達によって変化することを示唆している。そこで,本シンポジウムでは,乱用の対象となっている,覚醒剤 (methamphetamine (MAP)),麻薬 (cocaine,phencyclidine (PCP) 等を投与したラットまたはマウスの脳における遺伝子発現の発達による変化を報告し,薬物による快・不快情動生成機構の破綻との関係を議論したい。
演者らは,依存性薬物に依存や精神病様症状およびその動物モデルが,一定の発達時期-臨界期-以降に明確に形成されるようになる現象に注目し,これらの異常に特異的に関係する神経回路と分子カスケードを探索している。MAPやPCPが薬物依存モデルと考えられる成熟期型の行動異常を引き起こすようになる生後3週頃の臨界期の前後で,脳の活動性の指標となるc-fos遺伝子発現をMAPやPCP投与後で比較したところ,大脳新皮質,線条体または視床において発現パターンが著しく異なり,薬物依存形成に関与する神経回路の生後発達を反映していると考えられた。さらに,大脳新皮質あるいは視床から,臨界期以降に依存性薬物に有意な反応変化を示すようになる遺伝子を見出し,MAP応答性遺伝子群 (mrts : MAP responsive transcripts)およびPCP応答性遺伝子群 (prts : PCP responsive transcripts)と名付け,各遺伝子の構造,コード分子,生理的機能,薬物による依存形成や精神症状発現における意義等を検討中である。
岡本泰昌(広島大学大学院精神神経医科学)
ヒトや動物が環境との相互作用の中で,過剰な環境の要求や苦痛な刺激にさらされたときに引き起こされるストレスの反応過程は,生理的反応とともに心理的過程を伴っている。特にヒトのストレスの反応過程を考える上では心理的な要因を抜きにしては考えにくく,その生成機構には個人の認知的な処理が関与している。一方,生体がストレスに暴露されると,ストレス反応が生じるが,これはストレスがなくなると反応もおこらなくなる一時的な性質のものである。しかしストレスが慢性的であったり頻繁に繰り返される場合や,さらに一時的な体験であってもストレスが強大である場合など,ストレスへの適応が困難な状態が引き起こされる。この脳での適応破綻の表現型が精神機能の障害と考えられる。このような観点から,われわれはストレス性精神障害の神経生理学的基盤や適応を強化するための方策を明らかにするために機能的磁気共鳴画像法(fMRI)と脳磁場計測法(MEG)といった脳機能画像解析手法を用いた検討を行っている。本発表ではこれらの研究成果について紹介する。
1) 心理社会的ストレスの認知機構
心理社会的ストレスは,それ自体が直接的にストレス反応を引き起こすのではなく,それがストレスとなるには,個人の認知的な処理過程が必要である。そこで不快な言語刺激に対する脳の活動を検討した。その結果,不快な言語の認知処理に前頭前野-辺縁系ネットワークが関与していること,さらに摂食障害ではこのネットワークの脳活動が変化し,症状形成に関与していることが考えられた。
2) ストレス制御の機構(報酬の見通しとセロトニン)
ラットの研究から,“報酬の見通し”がセロトニンによって調整されることが示唆されているが,ヒトにおいては明らかになっていない。そこで,健常者を対象に,セロトニンの前駆物質であるトリプトファン枯渇を行った上で,すぐに得られる小さな報酬と,時間をおいてもらえる大きな報酬のいずれかを選択している際の脳活動を測定した。その結果,“報酬の見通し”機能には前頭前野-線条体のネットワークが関与し,セロトニン機能低下により,短期報酬予測の関連した回路の活動が主となり,報酬の見通しが低下し,短期の小報酬選択が増加すること,またうつ病では長期の報酬予測に関連した回路が活動していないことが明らかになった。
3) 情動による痛み制御の機構
痛みと情動は互いに密接な関係があるとされる。そこで,痛み刺激として電気刺激を,情動として顔表情を用いて情動が痛み知覚に与える影響について検討した。その結果,悲しく感じている時に同じ強度の痛みをより強く感じていると考えられた。次に,社会的排斥によって生じる“こころの痛み”対して情緒的サポートはいかなる脳領域を介して苦痛を軽減するかを検証した。その結果,情緒的サポートは,側頭葉により相手の意図を読み取り,前頭前野における感情制御処理が促進され,それが前帯状回の活動を抑制することで心理的痛みを軽減する効果をもつと考えられた。
井上 猛(北海道大学医学研究科座精神医学分野)
選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI) はうつ病のみならず,不安障害のほとんどの亜型に対して有効であり,抗不安薬として広く用いられている。しかし,SSRIの抗不安作用の作用機序はこれまで十分に解明されてこなかった。我々は恐怖条件付けストレスconditioned fear stress(CFS; 以前に逃避不可能なフットショックを四肢に受けたことのある環境への再曝露)を不安・恐怖の動物モデルとして用い,恐怖とセロトニンの関連について検討してきた。
すくみ行動を恐怖の指標として用いると,ベンゾジアゼピン系抗不安薬やセロトニン1A受容体アゴニストと同様にSSRIはラットのCFSで抗不安作用を示す。フットショックによる条件付けの前にSSRIを投与しても,またショック箱への再曝露(テスト)の前にSSRIを投与しても,すくみ行動は抑制される。一方,これまでの脳局所破壊実験によって,CFSにおいては扁桃体が必須かつ中心的な役割をはたしていることが明らかになってきた。我々の研究でも両側の扁桃体破壊はCFSによる恐怖発現をほぼ完全に抑制した。以上のことから,SSRIが扁桃体のセロトニンに作用してCFSで抗不安作用を惹起するという仮説を我々は立ててその検証を行った。
フットショックを負荷した翌日にSSRIあるいはセロトニン1A受容体アゴニストを両側扁桃体基底核周辺に局所投与し,CFSによるすくみ行動発現を解析したところ,両薬剤はいずれも抗不安作用を示した。さらに,CFSによって扁桃体基底核のc-Fos蛋白発現は亢進し,SSRI全身投与はCFSで抗不安作用を示すと同時に,CFSによるc-Fos蛋白発現を抑制した。なお,CFSでc-Fos蛋白が発現する細胞はグルタミン酸作動性神経であることが免疫組織学的実験で明らかになった。これらの実験結果は,恐怖によって亢進した扁桃体(特に基底核)の神経活動をSSRIが抑制して抗不安作用をもたらすことを示唆している。
CFSのときの扁桃体の細胞外セロトニンとすくみ行動の関連を検討する目的で,CFSの際の扁桃体細胞外セロトニン濃度を脳内微小透析実験によってモニターして,SSRI局所投与の効果を検討した。その結果,扁桃体(外側核・基底核周辺)の細胞外セロトニン濃度はCFSで増加しなかったが,灌流液を介してSSRIを局所投与すると細胞外セロトニン濃度は顕著に増加すると同時に,すくみ行動発現を有意に抑制した。したがって,脳内微小透析実験からも扁桃体のセロトニンは恐怖を抑制する機能的役割を有していることが示唆された。
古屋敷智之(京都大学医学研究科神経細胞薬理学)
社会的関係や新規環境といった心理的刺激や組織侵襲や感染症といった物理的刺激は生体の恒常性を破綻させる。このような恒常性の破綻はストレスと称され,自律神経系や内分泌系の制御に加え,社会行動の抑制や不安の亢進,快感感受性の低下など情動行動の変化を惹起する。非ステロイド系抗炎症薬の作用および種々の薬理実験から,プロスタグランジン(PG)E2が疾病時の発熱,内分泌応答に重要であることが知られてきた。一方,心理ストレスによる生体応答,特に情動行動の変化にPGE2が関与するかは全く不明であった。PGE2はアラキドン酸から生成される生理活性物質であり,EP1, EP2, EP3, EP4と呼ばれる七回膜貫通型受容体を介して作用を発揮する。我々は各種PGE受容体サブタイプを欠損した遺伝子改変マウスとサブタイプ特異的作用薬を用い,疾病・心理ストレスにおけるPGE受容体の役割を解析してきた。その結果,EP1受容体が疾病や心理ストレス下における情動行動に関与することが明らかとなった。すなわちEP1欠損マウスでは,野生型マウスで見られる疾病による社会行動の抑制が起こらない。またEP1欠損マウスの行動異常は疾病ストレスの非存在下でも認められ,新規幼若マウスに対する攻撃性の亢進と社会行動の減少,高所における断崖回避反応の消失といった「衝動性」が観察された。これらの行動異常の多くはPGE2-EP1によるドパミン系制御の破綻によって引き起こされると考えられている。本口演では疾病・心理ストレス下における情動行動制御に関するPGE2-EP1の作用とそのメカニズムについて報告する。心理ストレスに対する適応の破綻は,うつ病やPTSDなど精神疾患の病態と深く関わる。最近我々はこれら精神疾患の小動物モデルにおけるプロスタノイドの作用を解析しており,その最新の知見も併せて紹介する。
福土 審(東北大学大学院医学系研究科行動医学)
内臓痛は,限られた特殊な問題と捉えられて来た。しかし,内臓感覚,特に内臓痛は,重大な疾患を示唆する警告症状として多くの内科疾患患者の受診動機になるだけでなく,児童・思春期の不登校,青年期の社会不適応の重要な契機となり,そのquality of lifeの低下,臨床検査に際しての苦痛の要因,医療費高騰の一因となる。また,疼痛制御の上でも,慢性で原因を特定することが困難な腹痛を除去し,また,癌性の腹痛を便通異常を起こさずに除去することは,必ずしも容易ではない。過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)の病態生理に関する研究を契機として,その普遍性と重要性が明らかにされつつある。IBSは,腹痛もしくはその軽度の感覚である腹部不快感が一定期間持続し,それが便通異常(下痢もしくは便秘)に関連しているという機能性消化管障害である。われわれは,代表的な心身症でもあるIBSの病態生理を追求することにより,身体(内臓)感覚から情動形成に至る脳内過程の正常像と異常像を抽出できると考えて来た。大腸にバロスタットバッグを挿入し,伸展刺激を加え,同時にH215Oを静注した時のpositron emission tomography (PET)にて局所脳血流量(rCBF)を測定すると,視床,前帯状回,前頭前野の活性化が認められる。この時,同時に内臓感覚と不快情動が惹起される。健常者とIBS患者にはrCBFの賦活化様式に差が認められる。IBSの治療法として有効性が証明されている催眠により,内臓刺激下の前頭前野と前帯状回機能が変化し,内臓知覚も修飾される。また,corticotropin-releasing hormone (CRH)拮抗薬はIBS患者の大腸運動,腹痛,不安を改善し,CRH-R1拮抗薬はIBSモデルラットに同様の効果をもたらす。健常者とIBS患者の双方において,CRH拮抗薬は辺縁系と前頭前野の賦活状態を修飾した。IBSには消化管由来信号の脳内処理過程の異常が存在し,少なくともその一部にCRHの関与が示唆される。内臓痛の形成機序が明らかにされれば,IBSをはじめとする関連病態全ての問題を解決できる可能性があり,その意味でも,内臓知覚は普遍性の高い医学的問題である。IBSで見出された現象の脳科学と疼痛の生理学における普遍性が注目される。
柿木隆介(生理学研究所・感覚運動調節)
ヒトでの脳内痛覚認知機構を,高い時間分解能(ミリ秒単位)を有する脳磁図(MEG)と,高い空間分解能を有する機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いて解析した。近年の科学技術の進歩により,小径有髄のAd線維(first pain)と無髄のC線維(second pain)を選択的に刺激することが可能となってきた。
MEGは初期認知機構の解明に適している。Ad線維刺激,C線維刺激共に,左右の上下肢いずれの部位を刺激しても刺激対側の第1次感覚野(SI)と両側の第2次感覚野 (SII),島,扁桃体,帯状回が順に,しかし時間的にオーバーラップしながら活動する事が明らかとなった。対側SIと両側のSII,島はほとんど同時に活動しており,これは触覚などの他の感覚とは明らかに異なる所見であった。
fMRIは視床,島,帯状回における活動部位の詳細な解析に適している。Ad線維刺激,C線維刺激共に,両側の視床,SII,島,帯状回に有意な活動上昇が見られた。島前部,帯状回の一部,pre-SMAでは,C線維刺激により特異的に活動が上昇しており,second pain認知に特異的な部位である可能性が示唆された。このように,MEGとfMRIを用いる事により,痛覚認知の古典的な仮説であるLateral systemとMedial systemの反応時間や反応様式の相違が明らかになってきた。
痛覚認知は,「注意」などの情動によって大きく影響される。瞑想中には痛みを全く感じないというヨガの達人を対象としてMEGを記録したところ,瞑想中ではアルファ波が非常に増加している事,また通常の痛覚誘発反応が全く記録されない事がわかった。fMRIでは同様に,瞑想中には視床,SI,SII,島,帯状回の活動が全く見られず,前頭葉,後頭葉,中脳などの血流増加が見られ,下行性抑制系の関与が示唆される所見を得た。
私達は,実際に痛み刺激を与えられなくても痛いと感じる時がある。それは「心の痛み」と称される場合が多い。そのメカニズムを調べるため,注射をされている時の写真や歯の治療をされている時のように,痛いと感じそうな写真を見せ,心の中で「痛い」と感じるように被験者に御願いしてfMRIを記録した。すると,SII,島,帯状回などに,実際に物理学的な痛み刺激を与えた時と非常に良く似た部位の活動が見られた。「心の痛み」は実際に存在することが示唆された。
南 雅文(北海道大学薬学研究院薬理学)
痛みは,侵害刺激が加わった場所とその強さの認知に関わる感覚的成分と侵害刺激受容に伴う不安,嫌悪,恐怖などの負の情動(以下,不快情動と呼ぶ)の生起に関わる情動的成分からなる。痛みによる惹起される不快情動は,私たちを病院へと赴かせる原動力であり,生体警告系としての痛みの生理的役割にとって重要である。しかしながら,慢性疼痛では,痛みにより引き起こされる不安,抑うつ,恐怖などの不快情動が,患者のQOLを著しく低下させるだけでなく,精神疾患あるいは情動障害の引き金ともなり,また,そのような精神状態が痛みをさらに悪化させるという悪循環をも生じさせる。北米での調査によると,慢性的な痛みを有している人では,気分障害,不安症,うつ状態などの精神疾患・情動障害を患う割合が有意に高くなることが示されており,持続的・反復的な痛みによる情動機構の可塑的変化がその根底にあるものと考えられる。しかしながら,慢性疼痛による情動機構の可塑的変化のメカニズムはおろか,痛みによる不快情動生成の神経機構についてもほとんどわかっていないのが現状である。
我々は,痛みによる不快情動生成機構について,これまでに,情動との関連が強く示唆されている扁桃体(amygdala),および扁桃体中心核た無名質とともに「extended amygdala」を構成する脳領域である分界条床核に着目して研究を進めている。これまでに,分界条床核において痛み刺激によりノルアドレナリン遊離が促進され,このノルアドレナリンによるb受容体-アデニル酸シクラーゼ-PKA系活性化が,痛みによる不快情動生成に重要であることを報告している。さらに,コルチコトロピン放出因子(CRF)による神経情報伝達が,同様に,アデニル酸シクラーゼ-PKA系の活性化を介して,痛みによる不快情動生成に関与していることを示す知見も得つつある。今後,これらの情報伝達系がどのように関連しあって,不快情動生成につながるのかを明らかにしていきたいと考えている。
加藤総夫(東京慈恵会医科大学・神経生理学)
「痛み」の本質的な生物学的意義は警告信号としての働きにある。なぜ条件恐怖反応で,ある聴覚刺激の後に電気ショックの痛みを与えられたラットがその聴覚刺激を「悪い知らせ」と受けとめたかのような恐怖反応を示すのか。なぜ鍛え上げた筋骨隆々の大男プロレスラーが関節を痛めつけられたくらいで「ギヴ・アップ」してしまうのか。なぜ体罰が教育手段として有効な場合があるのか。また,それが生徒の心に傷を残してしまうことが往々にしてあるのか。なぜ耐えがたい拷問によって友情も信念も裏切ってしまうようなことがありうるのか。なぜそれは人道的によくないことである,と我々は直感的に感じるのか。
それはすべて,侵害受容器からの痛みシグナルが,単なる感覚を超えて,生命体にとってきわめて強烈な,耐え難いまでの「負の情動」をひきおこすことによって「警告信号」としての機能を果たすからだと考えられる。これらのエピソードは,この「痛み」と強烈な負情動とを結ぶ神経回路が脳内に存在し,これが「痛み」を強い「苦痛」にしていること,しかもその苦痛が長期にわたり記憶されることを意味している。
一方,負情動は,痛みのみならず,嗅覚や,味覚あるいは内臓感覚によっても誘発される。また,条件恐怖反応のように,視床・皮質系による感覚処理や海馬などによる場所認識の結果が痛み刺激と連合されても負情動は誘発される。前者の痛み・嗅覚・味覚・内臓感覚による負情動と後者の視床・皮質系による感覚情報処理を経た後の負情動との重要な違いの一つは,前者がいずれも視床・皮質系を介さずに,直接,もしくは腕傍核(nucleus parabrachialis, PB)のシナプスを介して扁桃体および拡張扁桃体に投射する経路を持っていることである。この事実は,これらの感覚に関与するメカニズムが,単なる内・外環境の分析ではなく,直接負情動を生成して,生体に緊急事態を警告するという機能的役割を担って進化してきた可能性を示唆する。
我々は,脊髄後角膠様質および三叉神経脊髄路核膠様質から扁桃体中心核外側外包部(laterocapsular part of the central nucleus of amygdala, CeLC)への直接的投射路の最終シナプスであるPB→CeLCシナプスでのシナプス伝達が,慢性神経因性疼痛動物において痛み応答依存的に増強している事実を見出した(Ikeda et al., 2007)。CeLCはin vivoにおいて選択的に侵害刺激に応答するため「疼痛受容性扁桃体」とも呼ばれており(Gauriau & Bernard, 2002; Neugebauer et al., 2005),このシナプス伝達増強が,慢性痛動物における痛み誘発情動応答増強の主要な基礎過程であるとの想定のもと,そのシナプス伝達増強機構を解析した結果,慢性痛においては,急性痛と異なり,侵害受容と負情動を結ぶ神経連絡における可塑的変化が機能的・形態学的に固定化consolidateしている可能性が示唆された。
喜田 聡(東京農業大学 応用生物科学部 バイオサイエンス)
恐怖記憶はトラウマやPTSD(心的外傷後ストレス)などの精神障害の原因となる。恐怖記憶制御は本来ヒトを含めた動物の本能的な防御機構であるため,動物に共通する恐怖記憶制御基盤を解明することは,PTSDの発症メカニズムの解明及びその治療方法開発に大きく貢献できるものと期待される。不安定な短期恐怖記憶は遺伝子発現依存的な「記憶固定化」のプロセスを経て安定な長期記憶へと移行する。一方,最近の研究から,恐怖記憶が想起されると,短期記憶と同様に不安定な状態となり,再び安定化されて貯蔵されるために,固定化と類似した「記憶再固定化」が必要とされることが明らかとなった。また,恐怖記憶想起後には恐怖記憶から引き起こされる恐怖反応を軽減させる「記憶消去」のプロセスも存在する。以上の記憶想起後のプロセス群の存在は,恐怖記憶を人為的に軽減する,あるいは,破壊できる可能性を示すものである。我々は,マウスにおける恐怖条件付け文脈記憶(Contextual fear memory)の再固定化及び消去制御のメカニズムの解明に取り組んでおり,本発表では,我々の最近の研究成果を紹介する。恐怖条件付け文脈学習課題を用いた解析では,恐怖条件付け24時間後に,条件付けした電気ショックチャンバーにマウスを再度3分間戻して恐怖記憶を想起させると再固定化が誘導されるのに対して,30分戻した場合には消去が誘導される。この想起後の恐怖記憶制御のメカニズムを明らかにするために,再固定化あるいは消去が誘導される際に活性化される脳内領域の同定を試みた。CREBコンディショナル変異マウスを用いた解析から,CREBによる遺伝子発現誘導が再固定化及び消去に必要であったことから,CREBの133番目のセリン残基のリン酸化とCREBの標的遺伝子であるArcの発現を指標にして,脳内活性化領域を解析したところ,再固定化が誘導される際には海馬と扁桃体,消去が誘導される際には扁桃体と前頭前野において,CREBを介する遺伝子発現が誘導されることが示された。さらに,これらの領域の役割を解析するために,タンパク質合成阻害剤アニソマイシンをこれらの領域に直接注入して,その影響を解析したところ,海馬あるいは扁桃体の遺伝子発現を阻害すると再固定化が阻害され,一方,扁桃体あるいは前頭前野の遺伝子発現を阻害すると消去が阻害されたことから,再固定化には海馬と扁桃体,消去には扁桃体と前頭前野の機能が必要であることが明らかとなった。
湯浅茂樹,伊早坂智子(国立精神・神経センター神経研究所 微細構造研究部)
恐怖情動記憶は条件刺激と電気ショックのような恐怖を引き起こす無条件刺激の連合によって形成される。この恐怖条件付けパラダイムを用いて,記憶形成後に実験動物に条件刺激のみを提示したときに引き起こされるfreezingの程度により,記憶を定量的に計測することができる。情動記憶形成過程で海馬,扁桃体においてシナプス伝達の可塑的変化(長期増強現象)とグルタミン酸受容体の活性変化が起こり,このような電気生理学的ならびに生化学的変化が記憶形成のメカニズムと密接な関連があると考えられている。長期的記憶の形成には新規の遺伝子発現,蛋白質合成が関わり,シナプス伝達機構の長期的変化が関与する。これに対して,記憶形成の初期過程では既存の蛋白質の修飾やこれと関連したシナプス伝達効率の変化が関わる。したがって記憶形成の初期過程の分子機構には細胞内情報伝達系が関わると考えられるが,恐怖記憶形成にかかわる生化学的機構の解明は未だ十分にはなされていない。我々はFyn チロシンキナーゼ欠損マウスが海馬依存性の空間記憶障害を示すこと,海馬におけるLTP形成が低下していることとFynがNMDA受容体イオンチャネル活性を修飾することに着目し,海馬が関わる文脈的恐怖条件付けにFynシグナル伝達系がどのように関わるかを解析した。
Fyn欠損マウスを用いて文脈的恐怖条件付けを行なうと,短期記憶,長期記憶の形成がともに障害されており,Fynが恐怖記憶形成に必要であることが明らかになった。そこで,野生型マウスで文脈的恐怖条件づけを行ない,背側海馬におけるFynシグナル伝達系の変化をWestern blot, 免疫沈降により生化学的に解析した。その結果,恐怖条件づけ後に一過性にFynの特異的な活性化が起こり,NMDA受容体NR2Bサブユニットのチロシンリン酸化も同様に一過性の上昇を示した。これらのリン酸化の上昇は条件刺激と無条件刺激の連合に依存していた。さらに,Fyn, NR2B以外にも条件づけに依存してチロシンリン酸化が亢進する蛋白質がいくつか認められた。これらの知見から,短期恐怖記憶の形成にはFynチロシンキナーゼのシグナル伝達系が関与し,これがNMDA受容体活性化を引き起こしてシナプス伝達効率の変化を引き起こすことが強く示唆された(Isosaka et al., Eur J Neurosci 2008)。一方,恐怖条件付けをおこなったのち,条件刺激のみを提示すると形成された恐怖記憶が消去される。この消去過程における背側海馬のFynシグナル伝達系を調べると,記憶形成過程とは逆に活性化型Fynが低下した。しかし,NR2Bのチロシンリン酸化の減少は認められなかった。これらの知見から恐怖記憶の消去過程にはFynシグナル伝達系の活性抑制が起こり,脱リン酸化酵素の活性化が関与することが推測される。また,消去過程におけるFyn下流分子は記憶形成過程と異なっていることが示唆された。今後,このような恐怖記憶の形成と消去の細胞内情報伝達系の分子的差異を明らかにすることにより,消去過程の障害による精神疾患治療の分子標的を見出すことが可能であると考えられる。
小早川高(東京大学・理・生物化学)
匂い分子は鼻腔の奥に存在する嗅細胞によって感知され,その情報は脳の嗅球の表面に存在する糸球とよばれる構造体を活性化させる。脳は鼻腔内の匂い分子の情報を,匂い地図と呼ばれる糸球の活性化パターンの図形情報に変換して認識していると考えられている。しかし,匂い地図の情報を脳が読み解いて特異的な情動や行動を引き起こすメカニズムは解明されていなかった。私たちは,嗅覚情報を処理する神経回路の中から,自ら狙った神経細胞のみで,ジフテリア毒素が作り出されるように巧妙にデザインした遺伝子操作マウスを作成した。このマウスでは,ジフテリア毒素が作り出された神経細胞のみが細胞死によって除去され,脳や体の他の組織には直接的な影響が及ばない。私たちの実験方法によって,哺乳類の脳の中の特定の神経細胞を正確に除去した際の,情動や行動への影響を調べるという新しい研究を行えるようになった。
腐敗物や天敵の匂い分子は,背側と腹側の糸球を同時に活性化する。従って,背側の糸球を除去したミュータントマウス(背側除去マウス)は,腹側の糸球を使うことで,これらの匂い分子を感知することができたし,微妙な化学構造の違いを区別することもできた。しかし,背側除去マウスは,驚くべきことに,腐敗物や天敵の匂いを嫌なもの或いは危険なものと判断して忌避行動を示すことが全くできなかった。但し,後天的に学習させれば,背側除去マウスであっても匂いに対して忌避行動を示すことができた。逆に,腹側の糸球を除去したミュータントマウス(腹側除去マウス)は腐敗物の匂いを嫌なものと判断して先天的な忌避行動を示した。これらの実験結果から,同じ匂いによって活性化される糸球であっても,嗅球の背側に位置するものは先天的な忌避反応を引き起こしているのに対して,腹側に位置する糸球は後天的な匂いの学習などの全く別の機能を担っていることが初めて明らかになった。腐敗物の匂いは嫌悪,天敵の匂いは恐怖という異なる種類の情動を引き起こすと考えられる。しかし,これらの匂いは共に忌避行動を引き起こすので,単に忌避行動を指標にした行動実験では両者の情動を区別することができない。しかし,脳内のストレス経路の活性化や,すくみ(freezing)行動に着目することで嫌悪と恐怖とを異なる神経回路によって引き起こされる別々の情動として捉えられることが明らかになった。天敵の匂いを嗅がせると,野生型マウスにおいて分界条床核の中央領域と側方領域が同時に活性化されるが,背側除去マウスでは,側方領域のみが活性化されることが判明した。また,天敵の匂いによって野生型マウスではストレスホルモンの一種であるACTHの血中濃度が10倍程度上昇するのに対して,背側除去マウスでは変化がなかった。これに対して,腐敗物の匂いを嗅がせた際には,野生型と背側除去マウス共に分界条床核の側方領域のみが活性化され,ACTHの血中濃度の上昇は起こらなかった。
これまでの実験で,匂いに対する嫌悪や恐怖の情動や行動を引き起こす神経回路の開始点を糸球ドメインのレベルまで絞り込むことができた。現在,これらの情動や行動を引き起こす神経回路を機能的な最小単位まで絞り込む実験を行っており,その最新の研究成果についても報告する。
杉田 誠1,2(1広島大学医歯薬学・病態探究医科学講座口腔生理 2PRESTO, JST)
味覚感覚は,脳内の特定の神経回路を活性化し,対照的な嫌悪性・嗜好性の行動的反射や,快・不快の情動を惹起する。苦味感覚は嫌悪性行動と不快感を,甘味/うま味感覚は嗜好性行動と快情動を惹起する。ゆえに,嫌悪性・嗜好性行動の惹起,快・不快の情動の惹起が,脳内のいかなる細胞機能・分子基盤のもとに遂行されているかを解明するために,さらに快・不快の情動がいかに生得的行動(摂食等)を調節するかを解明するために,味覚感覚は非常に有効な感覚であると考えられる。本研究では特定の味覚情報を伝導するニューロン群の脳内での回路様式を,トランスジェニックマウスの作製を通して可視化することを試みた。苦味受容体もしくは甘味/うま味受容体を発現する味細胞に,それぞれ特異的に味覚受容体-GFP融合タンパク質と経シナプス性トレーサー (tWGA-DsRed) を発現させ,味細胞から経シナプス性に輸送されるtWGA-DsRedにより標識されるニューロンの局在を可視化することにより,苦味および甘味/うま味情報を伝導する脳内神経回路を明らかにすることを試みた。tWGA-DsRedにより標識される脳内ニューロンの局在は前頭断連続切片より検出し,前頭断連続切片像の三次元立体再構築を行うことにより,二種の味覚伝導路を可視化した。味細胞から移行したtWGA-DsRedは延髄孤束核,橋結合腕傍核,視床後内側腹側核,大脳皮質味覚野,扁桃体中の一部のニューロンと,嗅皮質および大脳皮質体性感覚野(顎・上唇領域)の一部のニューロンで観察された。延髄孤束核・視床後内側腹側核において,甘味/うま味受容味細胞からのtWGA-DsRedを受けとるニューロン群は,苦味受容味細胞からのtWGA-DsRedを受けとるニューロン群に比べ,より前方に配置しており,大脳皮質味覚野と扁桃体においては,前後軸的に部分的重複と分離がみられた。したがって可視化された二種の神経回路の異なりは,苦味・甘味の識別,嫌悪性・嗜好性の行動の惹起,不快・快情動の惹起を可能にする脳内神経基盤の一端を示していることが考えられた。可視化された二種の神経回路の異なりが,苦味・甘味の識別,嫌悪性・嗜好性の行動の惹起,不快・快情動の惹起にいかに関与するかを明らかにするため,tWGA-DsRed標識ニューロンの細胞体・樹状突起の三次元的空間配置と,tWGA-DsRed標識ニューロンが保有する細胞機能の連関を比較することを,現在遂行しています。延髄孤束核内において,甘味/うま味伝導路構成ニューロンに比べ後方に分離して集積する苦味伝導路構成ニューロンには,樹状突起をrostral側に伸張するニューロン,caudal側に伸張するニューロン,rostral・caudal両側に伸張するニューロンが分類観察された。免疫組織化学的解析の結果,延髄孤束核内の苦味伝導路構成ニューロンはtyrosine hydroxylaseを発現するカテコールアミン作動性ニューロンであることが示唆された。
谷内一彦(東北大学・院医学系研究科・機能薬理学)
Positron emission tomography(PET)は消滅g 線を用いて正確な微量3次元情報を得ることからART(Annihilation Radiation Tomography)とも呼ばれている。例えば,18F-フルオロデオキシグルコース([18F]FDG)は生体内のグルコース代謝量を画像化する。腫瘍細胞や心筋,骨格筋など活発に活動する細胞はたくさんのグルコースを消費するため,18F-FDGの高い集積を示す。[18F]FDGを用いたPET検査で数ミリ程度の極早期のガンでも発見することが可能であるため,最近ではさまざまな医療施設でPET装置が導入されている。PETが特に威力を発揮するのはドパミン,アセチルコリン,ヒスタミン,オピエートなどの神経伝達物質やアミロイドAbタンパクなどの異常タンパク質の分子のイメージングであり,各種脳疾患の機序解明や中枢を標的とした薬剤開発への応用が活発に行われている。
[15O]H2O(半減期2分)もPETに用いられる放射性標識薬剤で,その拡散性を利用して脳血流を画像化する。脳内の神経細胞が活動するとその周辺の局所脳血流量が増加するので脳機能イメージングが可能である。ヒトの脳機能イメージングでは現在fMRIや近赤外光イメージングが主流になっているが,我々はPETによる脳賦活研究も必要と考えている。その理由は,(1)重要な研究テーマについては異なる測定方法で比較研究をする必要性がある。(2)脳の基底部などの血管の多い部位では[15O] H2O- PET法のほうがfMRIと比較してノイズが少ないことである。
我々は[15O]H2O-PET法を用いて,抗ヒスタミン薬による眠気と認知機能障害のイメージング,痒みのイメージング,アレキシサイミア性格傾向と脳機能,運転シミュレーション・ゲームを遂行中の脳活動,2重干渉課題における前頭前野の役割,音の美的印象の脳内基盤などの認知神経科学的研究を行っている。本シンポジウムでは,最近の我々の脳機能・分子イメージングによる情動のメカニズム研究を主に紹介したい。