生理学研究所年報 第30巻
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17.新たなコンセプトでシナプス伝達機構を考える

2008年9月19日-9月20日
代表・世話人:福田敦夫(浜松医科大学生理学第一講座)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構)

(1)
The lateral connections in the superficial layer of the mouse superior colliculus
Phongphanphanee Penphimon(総合研究大学院大学大学院生命科学研究科)

(2)
経頭蓋蛍光イメージングによるマウス高次視覚機能の解析
澁木克栄(新潟大学脳研究所システム脳生理学分野)

(3)
マウス新生児脊髄反回抑制回路におけるシナプス結合様式
西丸広史(筑波大学大学院 人間総合科学研究科)

(4)
2型リアノジン受容体による海馬苔状シナプス前カルシウム動態の増幅
神谷温之(北海道大学大学院 医学研究科)

(5)
Presynaptic phenotypeの基礎検討
桂林秀太郎(福岡大学薬学部)

(6)
グルタミン酸のシナプス小胞への取込機構
高森茂雄(東京医科歯科大学脳統合機能研究センター)

(7)
シナプス小胞エンドサイトーシス活動依存性加速メカニズムの生後発達
山下貴之(沖縄科学技術研究基盤整備機構大学院大学
先行研究プロジェクト細胞分子シナプス機能ユニット)

(8)
運動神経終末のCa誘起性Ca遊離の特性とそのシミュレーション
久場健司(名古屋学芸大学 管理栄養学部)

(9)
プルキンエ細胞におけるAMPA受容体双方向性トラフィッキングとモデルによる考察
山口和彦(理化学研究所脳科学総合研究センター)

(10)
コンピュータシミュレーションと生理学実験による小脳抑制性シナプス可塑性の
誘導閾値制御メカニズムの解析
北川雄一(京都大学大学院 理学研究科)

(11)
海馬スライス培養系における神経細胞生後新生の系譜解析
横瀬 淳(東北大学大学院 生命科学研究科)

(12)
頭部外傷後のシナプス可塑性障害に対するエダラボンの効果
蓮尾 博(久留米大学医学部)

(13)
慢性痛による扁桃体中心核シナプス伝達の増強機構
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター)

(14)
神経細胞体におけるCa2+誘起性Ca2+遊離の不活性化機構
秋田天平(生理学研究所機能協関研究部門)

(15)
網膜双極細胞間に存在する電気シナプスの性質と働き
荒井 格(東京大学大学院人文社会系研究科)

(16)
海馬CA1アストロサイトにおけるGABAカレントと細胞内Cl-濃度変化
江川 潔(浜松医科大学医学部第一生理学講座)

【参加者名】
久場健司(名古屋管理栄養学部),秋田天平(生理学研究所機能協関研究部門),山下貴之(沖縄科学技術研究基盤整備機構大学院大学先行研究プロジェクト),岩槻 健(味の素(株)ライフサイエンス研究所生理機能研究グループ),北村明彦(味の素(株)ライフサイエンス研究所生理機能研究グループ),荒井 格(東京大学大学院人文社会系研究科),田中雅史(東京大学大学院人文社会系研究科),神谷温之(北海道大学大学院 医学研究科),山口和彦(理化学研究所脳科学総合研究センター),畔柳智明(京都大学大学院 理学研究科),早戸亮太郎(名古屋学芸大学管理栄養学部),長井宏樹(名古屋学芸大学管理栄養学部),北川雄一(京都大学大学院理学研究科),西丸広史(筑波大学大学院人間総合科学研究科),山下愛美(京都大学大学院理学研究科),蓮尾 博(久留米大学医学部),桂林秀太郎(福岡大学薬学部),美藤純弘(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科),平野丈夫(京都大学大学院理学研究科),金田勝幸(生理学研究所認知行動発達機構),本橋詳子(沖縄科学技術研究基盤整備機構大学院大学先行研究プロジェクト),Phongphanphanee Penphimon(総合研究大学院大学大学院 生命科学研究科),江川 潔(浜松医科大学医学部),高森茂雄(東京医科歯科大学脳統合機能研究センター),加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター),関野祐子(東京大学医科学研究所),澁木克栄(新潟大学脳研究所),八尾 寛(東北大学大学院生命科学研究科),植田紘貴(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科),横瀬 淳(東北大学大学院生命科学研究科),江口工学((独)沖縄科学技術研究基盤整備機構大学院大学先行研究プロジェクト),上條真弘(総合研究大学院大学大学院生命科学研究科),中村行宏(沖縄科学技術研究基盤整備機構細胞分子シナプス機能ユニット),安藤 祐(名古屋学芸大学管理栄養学部),堀 哲也(沖縄科学技術研究基盤整備機構高橋ユニット),大塚稔久(富山大学大学院医学薬学研究部),川口真也(京都大学大学院理学研究科),高橋由香里(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター),山本清文(東京慈恵会医科大学大学院),熊田竜郎(浜松医科大学生理学第一講座),村越隆之(東京大学大学院総合文化研究科),持田澄子(東京医科大学),和氣弘明(生理学研究所生体恒常機能発達機構),稲田浩之(総合研究大学院大学大学院生命科学研究科),西巻拓也(総合研究大学院大学大学院生命科学研究科),渡部美穂(生理学研究所生体恒常機能発達機構),山口純弥(総合研究大学院大学大学院生命科学研究科),齋藤直人(同志社大学生命医科学部),鍋倉淳一(生理学研究所生体恒常機能発達機構),石橋 仁(生理学研究所生体恒常機能発達機構),高鶴裕介(生理学研究所生体恒常機能発達機構),成田和彦(川崎医科大学生理),前野 巍(島根医科大学生理学),平尾顕三(総合研究大学院大学大学院生命科学研究科),江藤 圭(生理学研究所生体恒常機能発達機構),Kim Sun Kwang(生理学研究所生体恒常機能発達機構),森島寿貴(浜松医科大学生理学第一講座),古川智範(浜松医科大学第一生理学講座),福田敦夫(浜松医科大学生理学第一講座)


【概要】
 シナプスは化学的情報と電気的情報が直接的に関わり合う重要な場であり,シナプス機能の解明は中枢神経機能の分子基盤の解明そのものである。すなわちシナプスの機構解明は神経科学の命題の一つである。シナプス伝達の研究は,遺伝子工学,パッチクランプ法,光学的測定法などの技術導入により大きく進展し,多くの知見が集積しつつある。しかし,今後さらに発展させるためには,多面的なアプローチと専門分野の境界を超えた共同研究が不可欠である。本研究会は,生理学,生化学,形態学の立場からシナプス研究の最先端にある研究者が一堂に会して情報交換を行うことを目的とし,平成20年9月19日(金)-20日(土)の2日間開催された。

 以下の5つのセッションが行われ,合計16題の発表があり,それぞれの座長のもと活発な討議が行われた。システム(加藤総夫)ではインビボイメージグとスライスパッチクランプの異なる手法で解析されたシナプス伝達機構が議論された。シナプス前機構(澁木克栄)では伝達物質放出のシナプス前調節とシナプス小胞への伝達物質取り込み,小胞の終末へのエンドサイトーシスとバラエティのある発表であった。シミュレーション・モデル(平野丈夫)では運動神経や小脳を用いた実験結果のモデル化の試みとシミュレーションによるモデルの妥当性についての検証が紹介された。発達・可塑性のメカニズム(八尾 寛)では神経細胞の生後新生あるいは傷害による誘発という新しい観点でのシナプスの発達・可塑性が議論された。シナプス伝達の新展開(関野祐子)ではCa2+誘起性Ca2+遊離の不活性化機構,電気シナプス,アストロサイトのCl-調節によるシナプス伝達を調整など,ユニークな研究が紹介され,まさに研究の新展開を予感させた。全体を通して,自由活発な討論と,若手研究者の積極的な姿勢が目立ち,新たな研究方向と共同研究の可能性が具体化した。

 

(1) The lateral connections in the superficial layer
of the mouse superior colliculus

Phongphanphanee Penphimon1,2, Robert Marino3, Katsuyuki Kaneda1,2,
Yuchio Yanakawa4, Douglas P. Munoz3, Tadashi Isa1,2,5
(1Department of Developmental Physiology, National Institute for Physiological Sciences,
2Department of Physiological Sciences, School of Life Science,
The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI), Hayama, Japan,
3Department of Physiology, Centre for Neuroscience Studies,
Canadian Institute of Health Research Group in Sensory-Motor Systems,
Queen's University, Kingston, Ontario, Canada,
4Department of Genetic and Behavioral Neuroscience,
Gunma University Graduate School of Medicine, Maebashi, Japan,
5The Core Research for Evolutionary Science and Technology (CREST),
Japan Science and Technology Agency (JST), Kawaguchi, Japan)

 The superior colliculus (SC), a layered midbrain structure, functions as a crucial integrative center for orienting behaviors such as saccadic eye movements. Lateral connections within this map have been proposed to mediate temporal and spatial competition among multiple visual stimuli that can simultaneously appear within different locations of the visual field. Furthermore, they propose that short-range excitation and a long-range inhibition shapes the distribution of neural activity in the SC map in a winner-take-all fashion. We have found short-range excitation surrounded by long-range inhibition in the local circuits of the SGS layer. When excitatory and inhibitory interactions were separated and compared with voltage-clamp recordings at different holding potentials, inhibition exhibited a delayed onset and longer duration than the excitation. The differences in the temporal characteristics of the excitatory and inhibitory responses contributed to a center-surround receptive field map in the superficial layer. We conclude that local lateral interactions in the SGS layer play a key role in the competition of visual input in the SC local circuit proposed by the models for target selection process of saccadic eye movements.

 

(2) 経頭蓋蛍光イメージングによるマウス高次視覚機能の解析

澁木克栄(新潟大学脳研究所システム脳生理学分野)

 遺伝子改変操作は高次脳機能の分子メカニズムを研究する上で重要な手段である。しかし遺伝子改変操作が容易に出来るマウスの高次脳機能の解析は限定的であり,高次脳機能が詳しく解析されている霊長類の遺伝子改変操作は困難である。このジレンマを解決するため,我々は活動依存的な緑色フラビン蛋白蛍光シグナルを利用した経頭蓋蛍光イメージングによってマウスの皮質活動を可視化し,高次脳機能の解析に取り組んでいる。この研究会では,霊長類において詳細に解析が進んでいる高次視覚機能が,マウスでどこまで解析できるのか,我々のデータを紹介したい。眼優位性変化を起こすもう一つの操作として,斜視が知られている。そこでマウスの片目に約30度光を屈曲させるプリズムを装着させ,実質的な外斜視状態を作り出し,視覚野応答への影響を解析した。4週齢のマウスに5-7日間片眼プリズムを装着させると,斜視眼を介する視覚野の応答が,健常眼を介する視覚野応答と比較して有意に抑圧された。視覚野の応答が抑圧されるには,生後4週齢程度が効率が良く,6週齢のマウスでは観察されなかったので,この可塑性には臨界期が存在すると思われる。マウスで実験する意義の一つは,冒頭で述べたように遺伝子改変技術が使用できることである。そこで遺伝子改変マウスを用いた我々の最新の知見についても紹介したい。

 

(3) マウス新生児脊髄反回抑制回路におけるシナプス結合様式

西丸広史(筑波大学大学院人間総合科学研究科)

 哺乳類の脊髄においてRenshaw細胞が運動ニューロンの軸索側枝から興奮性シナプス入力を受け,運動ニューロンを反回性に抑制することはかなり以前より知られている。しかし,この反回抑制回路を構成する二つのニューロン群の結合様式にはまだ不明な点が多い。脊髄内の神経結合をほぼ正常に保ったままでRenshaw細胞をホールセルパッチクランプ記録し,複数の腰髄髄節の前根をガラス吸引電極により電気刺激することで,異なる運動ニューロン群からのシナプス入力様式を調べた。運動ニューロンのホールセルパッチクランプ記録で前根を刺激すると中潜時 (6-8 ms) のIPSPが観察されるが,細胞体が局在する髄節の前根だけではなくその前後の髄節の前根の電気刺激によってもほぼ同じ振幅のIPSPが観察された。以上の結果から,Renshaw細胞は興奮性入力を受ける運動ニューロン群とは異なる運動ニューロン群をも抑制していることが示唆された。この運動ニューロンとRenshaw細胞の結合の非対称性はこの回路の機能的意義を探る上で非常に重要な知見と考えられた。

 

(4) 2型リアノジン受容体による海馬苔状シナプス前カルシウム動態の増幅

神谷温之(北海道大学大学院医学研究科神経生物学分野)

 海馬苔状線維シナプスにおける長期増強 (long-term potentiation:LTP) は,NMDA受容体活性化を必要とせず,テタヌス刺激によるシナプス前部でのカルシウム上昇が可塑的な変化を誘発し,持続的な伝達物質放出の増大を引き起こすと考えられている。本研究では,軸索標識法によるシナプス前カルシウム動態測定と免疫組織学的解析を併用して,苔状線維シナプス前部のリアノジン受容体の活性化機構と分子局在について調べた。2型(心筋型)リアノジン受容体 (RyR2) は海馬に高密度に発現し,中でも苔状線維の走行するCA3野透明層および歯状回分子層に強い発現を認めた。各種マーカー分子との二重免疫染色により,CA3野透明層におけるRyR2の細胞内局在を解析したところ,RyR2の標識は苔状線維終末のマーカーである小胞型グルタミン酸トランスポーターVGLUT1や樹状突起マーカーの微小管関連タンパクMAP2とは共存せず,軸索マーカーであるニューロフィラメントNF160と強い共局在を示した。苔状線維軸索に発現するRyR2がカルシウム誘発カルシウム放出 (CICR) の機構を介してシナプス前カルシウム動態を増幅する可能性が考えられた。

 

(5) Presynaptic phenotypeの基礎検討

桂林秀太郎(福岡大学 薬学部 臨床疾患薬理学教室)

 シナプスに関連する遺伝子改変動物のSynaptic phenotypeを解析する際,標的遺伝子のDysfunctional phenotypeだけなのか,シナプスの発達異常 (Abnormal Synaptogenesis) を含むphenotypeなのか判断することはシナプスの機能を理解する上で重要な課題である。Quantum sizeもしくはAMPA受容体の感受性は培養初期から中期には変化を認めず,培養後期に増大した。加えて,活動電位発火に同期的なSynchronous release成分と非同期的なAsynchronous release成分も発達とともに増加したが,両者の比率に発達変化は認められなかった。また,シナプス数は培養初期から中期にかけて急増し,中期から後期は微増する傾向が予測できた。以上の結果から,単一ニューロンの各種パラメーターの発達変化にはタイミングのズレがあることが分かった。これらの結果は遺伝子改変動物のSynaptogenesisとSynaptic phenotypeの区別に有用であると考えられる。

 

(6) グルタミン酸のシナプス小胞への取込機構

高森茂雄(東京医科歯科大学脳統合機能研究センター)

 酸性アミノ酸であるグルタミン酸は,哺乳類中枢神経系で最も主要な興奮性神経伝達物質として働く。ニューロンがグルタミン酸を神経伝達物質として用いるためには,グルタミン酸を分泌小胞であるシナプス小胞へと濃縮する必要がある。この過程を担うのが,小胞型グルタミン酸トランスポーター (VGLUT) である。他の神経伝達物質と同様に,グルタミン酸のシナプス小胞への輸送は,液胞型プロトンATPase (V-ATPase) によって形成されるプロトン電気化学勾配によって駆動されるが,そのエネルギー要求性や塩素イオンによる二層性の依存など,VGLUTの分子同定後も依然として多くの疑問を残したままである。本口演では,シナプス小胞のグルタミン酸輸送機構に関する現在までの歴史的な知見を総括するとともに,シナプス小胞膜の塩素イオン透過性の解明を契機として,最近我々が提唱するに至った「VGLUTの新しい輸送制御機構」に関して議論したい。

 

(7) シナプス小胞エンドサイトーシス活動依存性加速メカニズムの生後発達

山下貴之1,江口工学1,高橋智幸1,2
1(独)沖縄科学技術研究基盤整備機構細胞分子シナプス機能ユニット,
2同志社大学生命医科学部)

 シナプス小胞エンドサイトーシスにおける神経終末端細胞内Ca2+の役割については,不明な点が多く残されている。今回我々は,聴覚中継シナプスであるcalyx of Heldシナプスを用いてこの問題を検討した。聴覚獲得前の生後7-9日のラットcalyx of Heldシナプス前末端からホールセル記録を行い,脱分極パルス (20 ms) を連続的に与えて (1 Hz x20) Ca2+電流を誘発すると,膜容量測定法によって記録されるエンドサイトーシスの初速度が加速する。この加速は,細胞外Ca2+のSr2+による置換もしくはカルモジュリン (CaM) 阻害ペプチド(MLCKペプチド)の神経終末内注入によって,著しく抑制された。Ca2+のSr2+置換およびMLCKペプチドは,単一脱分極パルスで誘発されるエンドサイトーシスには作用を示さなかった。これらの結果は,連続刺激に伴うシナプス前末端内Ca2+の集積によってCaMが活性化されエンドサイトーシスを加速するメカニズムの存在を示唆する。

 

(8) 運動神経終末のCa誘起性Ca遊離の特性とそのシミュレーション

久場健司(名古屋学芸大学,管理栄養学部)
蘇我(榊原)聡子(豊橋市民病院)
久保田正和(京都大学医学部保健学科老年科)
鈴木慎一(元名古屋大学医学部助手)
秋田天平(生理学研究所,細胞器官系,機能協関研究部門)
成田和彦(川崎医科大学生理)

 カエル運動神経終末でのアセチルコリン(Ach)の放出は,電位依存性Ca2+チャンネルを介する細胞外からのCa2+によると信じられていたが,10年程前よりAch放出がCa2+誘起性Ca2+遊離 (CICR)により大きく促進されることが解ってきた。すなわち,CICRは,運動神経の低頻度の活動下ではAch放出に寄与しないが,高頻度活動下では流入するCa2+により神経終末のリアノジン受容体 (RyR)が活性化しうる状態に変化(プライミング)し,直ちに活性化され,更なるCa2+流入により不活性化されることが明らかになった。従って,リアノジン受容体では,プライミング,活性化,不活性化の三つの状態への変化がCa2+により制御されることになる。細胞外Ca2+濃度依存性とCa2+チャンネル密度依存性を調べ,実験データと比較した。シミュレーションは,実験による結論「RyRの活性化部位はCa2+マイクロドメイン内にあり,プライミングと不活性化の制御部位はbulk相にあること」を証明した。

 

(9) プルキンエ細胞におけるAMPA受容体双方向性トラフィッキングと
モデルによる考察

山口和彦(理化学研究所脳センター記憶学習)

 記憶や学習の基礎メカニズムにシナプス可塑性があり,海馬や小脳の興奮性シナプスでは,AMPA受容体の双方向性トラフィッキングにより,シナプス伝達が制御されている。海馬CA1錐体細胞では長いC末を持つサブユニットGluR1/4を含むAMPA受容体が活動依存的にシナプス膜に挿入されることにより,長期増強 (LTP) が生じる。エクソサイトーシスを介したIMPからSMPへの速度定数は0.15/min,エンドサイトーシスを介したSMPからIMPへの速度定数は0.3/minであった。SMPとSSP間の移動の速度定数は0.0005/minと大変小さい。構成性および活動依存性増強では最大増強を約180%に制限する“枠”の存在が推定された。LTDにおいては安定化プールからの脱安定化とエンドサイトーシス側への平衡のシフトが生じていることが想定された。小脳プルキンエ細胞におけるAMPA受容体発現の双方向性可塑性ならびに構成性トラフィッキングは統一的なモデルを用いて理解することが可能となり,どの酵素がどのサブステップの調節に関与しているのかを今後,解明していく。

 

(10) コンピュータシミュレーションと生理学実験による小脳抑制性
シナプス可塑性の誘導閾値制御メカニズムの解析

北川雄一,平野丈夫,川口真也(京都大学大学院理学研究科)

 小脳プルキンエ細胞に形成される抑制性シナプスでは,プルキンエ細胞が脱分極するとGABAA受容体を介する応答が長時間にわたり増強される。この現象はRebound Potentiation (RP) と呼ばれる (Kano et al, 1992)。RP誘導には細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+] i) 上昇とCaMKII活性化が必要である。私たちは以前,プルキンエ細胞の脱分極時にシナプス前抑制性介在ニューロンが活性化すると,シナプス後GABAB受容体を介してRPが抑制されることを見出した。シミュレーション解析により,CaMKII長期活性化をもたらすのに必要な [Ca2+] i上昇の閾値は,主にcAMPを分解する酵素であるPDE1により制御されることが示唆された。この理論予測をホールセルパッチクランプ法により検証し,RP誘導に必要な [Ca2+] i上昇の閾値はCa2+依存性脱リン酸化酵素のカルシニューリンやCa2+非依存性のPDE4ではなくPDE1により調節されることが確認できた。以上から,コンピュータシミュレーションと電気生理学実験を組み合わせて適用することで,RP誘導に必要な [Ca2+] i上昇の閾値はPDE1により決定されることが明らかになった。

 

(11) 海馬スライス培養系における神経細胞生後新生の系譜解析

横瀬 淳,八尾 寛,石塚 徹(東北大学大学院生命科学研究科)

 海馬歯状回顆粒細胞層下部で生後に起こるニューロン新生は,学習・記憶を始めとした海馬依存的な機能に寄与していることが示唆されてきている。本研究では,海馬スライス培養とレトロウイルスによる新生細胞標識法を組み合わせることにより,単一の前駆細胞がニューロンやグリア細胞へと分化する系譜を解析した。海馬スライス培養には生後7日齢のWister系ラットを用いた。培養14日目のスライスにEGFPを組み込んだレトロウイルスを歯状回顆粒細胞層上脚部に感染させた。その後,EGFP標識された子孫細胞を4週間追跡した。海馬スライス培養で新生細胞に関するCritical periodは,新生後1~2週間目で細胞消失が高まり,その後残存した細胞は成熟ニューロンへと発達していく傾向が示唆される。神経細胞の新生系譜に関しては数的に制御が働いており,その過程で他の細胞種より細胞死の影響が強く現れている可能性がある。生体内の研究では,新生細胞の生存に関するCritical periodはシナプス発達期である新生後2~3週間目に認められるので,海馬スライス培養においても入出力シナプスの形成が生存の要因になっている可能性がある。

 

(12) 頭部外傷後のシナプス可塑性障害に対するエダラボンの効果

蓮尾 博(久留米大学医学部生理学講座)
山下 伸,重森 稔,赤須 崇(久留米大学医学部)

 頭部外傷後の外傷性脳損傷 (traumatic brain injury: TBI)による後遺症として長期にわたる記憶・認知障害,外傷性てんかんなどがあるが,その発症機序や治療法についてはまだ不明な点が多い。TBIモデル動物/標本を用いたin vitroの研究でフリーラジカルが主な障害因子の一つであることが報告されている。本研究で,我々はTBIモデルラットから得られた脳スライス標本におけるシナプス可塑性障害に対する,フリーラジカル消去剤であるエダラボンの効果を検討した。NONOate灌流投与によりEPSPが増大した後に,高頻度刺激を与えてもLTPは観察されなかった。一方,エダラボン (100 mM) 存在下でNONOate灌流投与した標本ではEPSPの増大は見られなかったが,エダラボンを60分以上洗い流した後で高頻度刺激を加えたときはLTPが観察された。これらの結果から,海馬歯状回顆粒細胞における長期増強はNOに依存性であり,フリーラジカル消去剤であるエダラボンにより抑制されることが示唆された。TBI後に投与したエダラボンがシナプス可塑性障害を減弱するのに有効でることが示唆された。

 

(13) 慢性痛による扁桃体中心核シナプス伝達の増強機構

加藤総夫,高橋由香里,岩瀬彩乃(東京慈恵会医科大学総合医科研)

 「痛み」の本質的な生物学的意義は警告信号としての働きにある。この「警告信号」としての機能は,痛み受容器由来の求心信号が中枢神経系で処理されて付与されると想定されるが,生体が「何か悪いことが起こっている」ことを認知する際に主要な役割を担う脳内表現は情動,特に,負情動であると考えられている。我々は,脊髄後角膠様質および三叉神経脊髄路核膠様質から扁桃体中心核外側外包部 (laterocapsular part of the central nucleus of amygdala, CeLC) への直接的投射路の最終シナプスであるPB→CeLCシナプスでのシナプス伝達が,慢性神経因性疼痛動物において痛み応答依存的に増強している事実を見出した。モデル作成の7日後,スライスを作成し,PB由来経路刺激による誘発興奮性シナプス後電流を測定した。EPSC振幅およびpaired-pulse ratioとその [Ca2+]o依存性,NMDA受容体成分比の測定,Sr2+投与による非同期的シナプス後電流振幅の測定,および,qピペットを用いたminimal刺激とそれにおよぼすアデノシンA1受容体活性化の影響などの解析結果は,本モデルにおけるPB→CeLCシナプス伝達の増強が,主として単1求心神経終末における1活動電位誘発の同期的放出小胞数の増大によって生じているという解釈を支持した。

 

(14) 神経細胞体におけるCa2+誘起性Ca2+遊離の不活性化機構

秋田天平1,2,久場健司1
1名古屋学芸大学管理栄養学部,2生理学研究所機能協関研究部門)

 あらゆる種類のシナプス後ニューロンにおいて,シナプス入力後に発生する細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+] i) 上昇が種々の機能発現に重要であることは周知の事実である。最近我々は,多くのニューロンで普遍的に認められる細胞内小器官構造を持つウシガエル交感神経節ニューロン細胞体において,細胞膜脱分極により引き起こされる[Ca2+] i上昇の実はほぼ全てが,小胞体膜上のライアノジン受容体 (RyR) を介するCa2+誘起性Ca2+遊離 (CICR)に由来することを明らかにし,またそのCICRがCa2+依存性の不活性化 (inactivation) 機構を通じて制御されることにより,[Ca2+] i上昇が極めて厳密且つ巧妙に調節されていることを確定したので報告する。以上のことから,ニューロン内CICR inactivationはCa2+流入中の過剰な[Ca2+] i上昇を防止するのみならず,Ca2+流入終了後もその低値に抑えられた [Ca2+] i上昇の継続時間を事前のCa2+流入継続時間に応じて延長させる役目も持っており,またそれらの調節は分子間の極めて至近距離内(数十nmオーダー)でなされていることが判明した。

 

(15) 網膜双極細胞間に存在する電気シナプスの性質と働き

荒井 格,間嶋沙知,田中雅史,立花政夫(東京大学大学院人文社会系研究科)

 網膜双極細胞は光受容器である視細胞と網膜の出力細胞である双極細胞を繋ぐ介在神経細胞であり,網膜における情報処理に重要な役割を担っている。キンギョ網膜のスライス標本を作製し,オン型のMb1型双極細胞(Mb1-BC) と神経節細胞からホールセルクランプ法による同時記録を行い前者に短い脱分極パルスを与えたところ,後者から時間経過の非常に長い誘発性シナプス後電流が観察された。このような長い誘発性シナプス後電流は,抑制性シナプス伝達の阻害剤を投与しても影響を受けず,ギャップ結合の阻害剤であるmefloquineを投与することによって消失したことから,網膜内の電気シナプスによって生成されていることが示唆された。Mb1-BCは明順応よりも暗順応下においてCa2+スパイクによってより広い範囲で情報伝達を可能にしていることが示唆された。また,双極細胞がCa2+スパイクを,時間遅れをもって次々と発生させることによって,非常に長い誘発性シナプス後電流を神経節細胞に発生させるということが示唆された。

 

(16) 海馬CA1アストロサイトにおけるGABAカレントと細胞内Cl- 濃度変化

江川 潔1,山田順子2,古川智範1,福田敦夫1
1浜松医科大学医学部第一生理学講座,2弘前大学医学部脳神経生理学講座)

 アストロサイトはシナプスをタイトに包み込み,イオンあるいは伝達物質の自身への流入出を介して細胞外環境を変化させシナプス伝達を調整する。GABA作動性シナプス伝達におけるアストロサイトの関与を検討するため,アストロサイトのGABA応答currentと[Cl-]i変化を評価した。GABA (1mM) pressure applicationによる検討では,picrotoxin存在下でより電位依存性の低いinward currentが残存した。このpicrotoxin insensitive currentはGABA transporter (GAT)3 inhibitor (SNAP5114 20mM) 投与により著明に減弱し,GAT currentであることが示唆された。生理的に[Cl-]iの高いアストロサイトにおいて,GABAはGABAA receptorを介してCl-の流出を,2Na+,1Cl-,1GABAを共輸送するGATを介してCl-の流入を来たすことが示された。これら両方向性のCl- flowはGABA作動性シナプスにおける[Cl-]oの変化を介してシナプス伝達を調整している可能性が考えられる。

 



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