生理学研究所年報 第30巻
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18.病態と細胞外プリン-治療標的としての可能性を探る

2008年9月4日-9月5日
代表・世話人:加藤総夫(東京慈恵会医科大学)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構)

(1)
Vesicular ATP transport: update and perspectives
森山芳則(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)

(2)
インスリン開口放出のリアルタイム可視化解析
今泉美佳(杏林大学医学部)

(3)
Conductive release of ATP through the maxi-anion channel
Sabirov Ravshan(生理学研究所細胞器官研究系機能協関)

(4)
血管内皮細胞の流れずり応力依存的な内因性ATP 放出
山本希美子(東京大学大学院医学系研究科,科学技術振興機構さきがけ)

(5)
機械刺激によるATP放出のリアルタイムイメージング
古家喜四夫(科学技術振興機構細胞力覚プロジェクト)

(6)
アストロサイトのATP情報発信
小泉修一(山梨大学医学部薬理)

(7)
圧負荷による心臓の線維化におけるP2Y受容体の役割
西田基宏(九州大学大学院薬学研究院)

(8)
眼の発生に関わる転写制御因子ネットワーク
大隈典子(東北大学大学院医学系研究科創生応用医学研究センター)

(9)
甘味の受容・伝達・調節機構とATP
吉田竜介(九州大学大学院歯学研究院口腔機能解析学)

(10)
睡眠調節におけるアデノシンの役割
裏出良博((財)大阪バイオサイエンス研究所・分子行動生物学部門)

(11)
細胞外ATPによるASK1活性化が誘導する細胞応答
野口拓也(東京大学大学院薬学研究科)

(12)
脊髄におけるシナプス可塑性
池田 弘(福井大学大学院工学研究科)

(13)
神経因性疼痛発生におけるmatrix metalloproteaseの関与について
川﨑康彦(佐賀大学医学部生体構造機能学講座)

(14)
P2X4受容体のポア開閉及びポア拡大に関連する構造変化の観察
篠崎陽一(NTT物性科学基礎研究所生体機能)

(15)
Caオシレーションの同期化機構
山下勝幸(奈良県立医科大学医学部)

(16)
P2X2受容体活性化で発生するマウス網膜コリン作動性アマクリン細胞のコリン電流
金田 誠(慶應義塾大学医学部)

ポスターセッション

(1)
Vesicular nucleotide transporter (VNUT) in rodent:
Gene organization, transporter function and localization
日浅未来(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)

(2)
新生ラット摘出脊髄における高炭酸によるアデノシン放出と反射電位抑制効果
乙黒兼一(北海道大学大学院獣医学研究科)

(3)
アデノシンA1受容体によるNMDA受容体活性修飾
関野祐子(東京大学医科学研究所)

(4)
後根神経節P2X受容体を介した神経因性疼痛発症機構
長谷川茂雄,津田 誠,井上和秀(九州大学大学院・薬学府・薬理学分野)

(5)
In vivo gene silencing法による脳内シナプス前P2X受容体サブタイプの変換
田村友穏(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター)

(6)
マウス網膜P2X2受容体で見られる特異な生後発達様式
霜田幸雄(東京女子医科大学総研)

(7)
P2Y12を介したインテグリンb1活性化によるミクログリア突起伸長調節
大澤圭子(国立精神神経センター)

(8)
ミクログリアにおけるP2Y6受容体発現量増加に関わるメカニズムの解明
藤下加代子(山梨大学医学部)

(9)
マウスマクロファージJ774細胞におけるUDPによる
持続的な細胞内Ca2+濃度上昇に対するプロスタグランジンE2の作用
伊藤政明(高崎健康福祉大学薬学部)

(10)
マウスT細胞におけるP2X7受容体を介した形質膜ブレブ形成と細胞死誘導
三坂 恒(静岡県立大学薬学部)

(11)
ヒト肺由来肥満細胞のIgE受容体を介した脱顆粒に対する細胞外プリンの影響
西 晴久(東京慈恵会医科大学薬理学口座)

(12)
ラット骨髄間質細胞のP2Y2受容体活性化による増殖効果と血清
市川 純(関西医科大学医学部)

(13)
ミクログリアからのATP誘発MIP-2放出のメカニズム
吉武麻衣,白鳥美穂,齊藤秀俊,津田 誠,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院薬理学)

(14)
Up-regulation of cell surface P2X4 receptor by flow shear stress
小林 剛(名古屋大学大学院医学系研究科)

【参加者名】
小林希実子(兵庫医科大学解剖学講座),山下勝幸(奈良県立医科大学医学部),小泉修一(山梨大学医学部薬理),乙黒兼一(北海道大学大学院獣医学研究科),大澤圭子(国立精神・神経センター神経研究所),金田 誠(慶應義塾大学医学部),南 雅文(北海道大学薬学研究科大学院 薬学研究院),西 晴久(東京慈恵会医科大学薬理学講座),岩永ひろみ(北海道大学大学院 医学研究科),霜田幸雄(東京女子医科大学総合研究所),三坂 恒(静岡県立大学薬学部),原田 均(静岡県立大学薬学部),藤下加代子(山梨大学医学部),西田基宏(九州大学大学院薬学研究院),柴田圭輔(山梨大学大学院医学工学総合教育部),川﨑康彦(佐賀大学医学部生体構造機能学講座),篠崎陽一(NTT物性科学基礎研究所機能物質科学研究部),中塚映政(佐賀大学医学部生体構造機能学講座),日浅未来(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科),野口拓也(東京大学大学院薬学研究科),小澤哲朗(山梨大学医学部大学院),田中裕也(山梨大学医学部医学科),長谷川茂雄(九州大学大学院薬学府),市川 純(関西医科大学医学部),山本希美子(東京大学大学院 医学系研究科),吉武麻衣(九州大学大学院薬学研究院),小林 剛(名古屋大学大学院 医学系研究科),池田 弘(福井大学大学院 工学研究科),齊藤秀俊(九州大学大学院 薬学研究院),森山芳則(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科),今泉美佳(杏林大学医学部),今井利安(日本ケミファ創薬研究所),Sabirov Ravshan(生理学研究所細胞器官研究系),尾松万里子(滋賀医科大学医学部),和光未加(東京慈恵会医科大学),永瀬将志(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター),田村友穏(東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター),古家喜四夫(科学技術振興機構細胞力覚プロジェクト),関野祐子(東京大学医科学研究所),裏出良博(財団法人大阪バイオサイエンス研究所分子行動生物学部門),大隅典子(東北大学大学院 医学系研究科),吉田竜介(九州大学大学院歯学研究院),上條真弘(総合研究大学院大学大学院 生命科学研究科),LOPEZ-REDONDO Fernando(東京慈恵会医科大学慈恵会医科研究センター),高鶴裕介(生理学研究所),渡部美穂(生理学研究所),神谷明裕(小野薬品工業株式会社研究本部薬理研究所),鍋倉淳一(生理学研究所),津田 誠(九州大学大学院薬学研究院),加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター),桂木 猛(福岡大学医学部)


【概要】
 細胞外プリンによる生理機能調節をテーマとした研究会として通算第13回を迎えた今回は,プリン作動性細胞間情報伝達の治療標的としての可能性を探る方向を見出すべくミニ・シンポジウムを構成した。第1のセッションでは,細胞外プリンの生理機能を解明しようとする研究において最も立ち遅れている領域である「ATP放出機構」に焦点を当てた。ATPはいつ,どのような刺激によって,どのような機構で細胞外に放出され,それはどのように制御されているのか。この問題に答えることなく細胞外ATPによるシグナル伝達の生理・病態生理的意義を解明することは不可能である。小胞性ヌクレオチド・トランスポーターを同定した岡山大・森山,TIRFによる生理活性物質開口放出のリアルタイム可視化を成功させた杏林大・今泉,分子実体未同定のマキシ・アニオン・チャネルからのATP放出を証明した生理研(タシケント大)・シャビロフ,細胞外ATP合成酵素によるATP遊離という可能性を提唱した東京大・山本,アストロサイトからのATP放出機構を詳細に解析した山梨大・小泉らの講演があり,白熱した討論が交わされた。次いで,高血圧誘発心筋繊維化におけるP2Y受容体の関与を巧みに証明した九州大・西田,近年,P2Y受容体の活性化が最上流にある事実が示された目の発生分子カスケードの第1人者東北大・大隈の報告があった。また,内因性ヌクレオチドの生理機能として,味覚(九大・吉田),睡眠(大阪OBI・裏出),活性酸素応答(東大・野口),痛覚(福井大・池田;佐賀大・川崎),Caオシレーション(奈良医大・山下),網膜(慶應大・金田)などの発表が,さらに,P2X受容体開孔機構に関する分子生理学的研究(NTT・篠崎)についての発表があり,それぞれ活発な討論がなされた。加えて,14題のポスター発表が行われ活発な意見交換が行われた。

 

(1) Vesicular ATP transport : update and perspectives

森山芳則(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)

 プリン性の化学伝達においてATPなどのヌクレオチドがどのような機構によりプリン作動性細胞から放出されるのかは積年の問題であり,複数のメカニスムが提唱されている。一部の神経分泌細胞においてはATPが分泌小胞に蓄積され開口放出されることから,分泌小胞への濃縮を司る小胞型ATPトランスポーターとでも呼ぶべきたんぱく質の存在が仮定されたが,その分子実体は不明であった。精製・再構成とは純化したトランスポーターをリポソームに組み込み輸送活性を測定することであり,20-30年前は頻繁に行われたが,現在では廃れているといってよい。私たちは,この精製・再構成法を徹底的に用いる事で仮想的な小胞型ATPトランスポーターの実体を手にすることに成功した。このトランスポーターはATPだけでなくADP, GTP, UTPなど小胞内に蓄積していることが知られているほとんどの(多分,全ての)ヌクレオチドを輸送することができることからvesicular nucleotide transporter (VNUT) と命名した。しかも,VNUTは神経やアストロサイトや血小板などヌクレオチドを分泌することが知られているほとんどの細胞に高発現していることがわかってきた。

 

(2) インスリン開口放出のリアルタイム可視化解析

今泉美佳(杏林大学医学部)

 インスリンは膵 b 細胞内の分泌顆粒に貯蔵され,開口放出によって細胞外へ分泌される。この開口放出機構の解明には,インスリン分泌顆粒動態の画像解析が有力なアプローチとなる。私達は,全反射蛍光顕微鏡を用いた画像解析システムにより,グルコース刺激による2相性インスリン分泌における分泌顆粒の動態すなわち,顆粒の形質膜への供給,ドッキング,フュージョン/開口を時間的空間的に解析することに成功している。このシステムにより,(1)インスリン分泌第1相はあらかじめ形質膜にドッキングしている顆粒からの放出であり,第2相は細胞内部に貯蔵されている顆粒からの放出により構成されていること,また,(2)インスリン分泌第1相は形質膜蛋白質Syntaxin 1A依存性であり,第2相はSyntaxin 1A非依存性であることから,分泌第1相と第2相におけるインスリン開口放出は共通のメカニズムではなく,空間的にまた関与する分子が異なる機構であることを明らかにした。現在,分泌第2相の機構解明に向けて,インスリン顆粒の細胞内トラフィックを詳細に研究する有力な手法として,入射角可変式全反射顕微鏡(レーザー入射角を高速に変化させることで,形質膜から約500nm細胞内部までを高速にZ scanさせながら経時蛍光測定する顕微鏡)を開発して解析を進めているので,合わせて報告する。

 

(3) Conductive release of ATP through the maxi-anion channel

Sabirov Ravshan1,2, Yasunobu Okada1
(1Department of Cell Physiology, National Institute for Physiological Sciences,
2Laboratory of Molecular Physiology, Institute of Physiology and Biophysics,
Acad. Sci. RUz and Department of Biophysics, National University)

 The maxi-anion channel is widely expressed and found in almost every part of the body. We found that this channel is closed in the resting state and opens in response to various ATP-releasing stimuli, such as osmotic, ischemic and hypoxic stresses. A weak ATP-binding site with Kd of 12-13 mM located in the middle of the pore together with a wide pore with a radius of ~1.3 nm provides suitable environment to accommodate and pass ATP4- and MgATP2- (~0.6-0.7 nm) with PATP/PCl and PMgATP/PCl of around 0.1. Thus the maxi-anion channel perfectly fits its physiological function as an ATP-conductive channel. This inference was supported by the pharmacological profile of the maxi-anion channel, which resembled that of the stimulated ATP release, and the coincidence of spatial distribution pf cardiac maxi-anion channel with that of ATP-releasing site.

 

(4) 血管内皮細胞の流れずり応力依存的な内因性ATP 放出

山本希美子1,2,古家喜四夫3,曽我部正博3,4,安藤譲二1
1東京大学大学院医学系研究科,2科学技術振興機構さきがけ,
3科学技術振興機構細胞力覚プロジェクト,4名古屋大学大学院医学系研究科)

 内皮細胞は血流の変化に伴い,細胞の形態を変化させ,生理活性物質を産生するなど,血管機能を維持する働きがあるが,内皮細胞が機械的刺激を感知する分子機構の詳細は明らかではない。本研究ではP2X4がずり応力により活性化される分子機構について検討した。HPAECsにずり応力を負荷すると,内因性ATPがずり応力の大きさに依存して,灌流液中に放出された。ATP合成酵素の中和抗体や阻害剤により,ずり応力依存的なATP放出が約20%に抑制されると共に,P2Xを介したCa2+流入反応が顕著に減少した。MbCDをHPAECsに作用させると,ATP合成酵素とcaveolin-1の局在が一致しなくなり,流れ依存的なATP放出及び,Ca2+反応も有意に抑制された。流れずり応力のCa2+シグナリングを介したトランスデューサーであるP2X4チャネルの活性化には,流れ誘発性ATP放出が関与し,内因性ATP放出反応には,カベオラ/ラフトに局在するATP合成酵素の働きが必須であると考えられる。

 

(5) 機械刺激によるATP放出のリアルタイムイメージング

古家喜四夫1,山本希美子2,古家園子3,安藤譲二2,曽我部正博1,4,5
1科学技術振興機構細胞力覚プロジェクト,2東京大学医学部,
3生理学研究所脳機能計測センター,4生理学研究所細胞内代謝,5名古屋大学医学部)

 ATPは普遍的な細胞外情報伝達物質として数多くの生理機能に関与していることが明らかになってきている。われわれは機械刺激によるATP放出の経路,制御機構を明らかにするため,放出ATPのイメージングを乳腺上皮細胞や小腸絨毛下線維芽細胞などの培養細胞や組織サンプルに適用し,タッチやストレッチといった機械刺激によるATP放出のイメージングを行った。その結果,放出濃度は各種機械刺激および自発性による放出ともに数mMから10mMであった。放出の持続時間は機械刺激によるものは10秒以下であり,自発性の放出の数十秒とは明らかに異なっていた。このことは同じ細胞でも刺激によって異なる放出機序が働いていることを示唆している。さらに空間解像度を上げるため,Luciferaseを溶液中ではなく細胞表面に局在化させATPをイメージングする方法を用い,血管内皮細胞に流れズリ応力を与えたときに放出されるATPのリアルタイムイメージングにも成功した。

 

(6) アストロサイトのATP情報発信

小泉修一,藤下加代子(山梨大学医学部薬理)

 アストロサイトは液性因子「グリア伝達物質」を放出することにより,周囲のグリア細胞,神経細胞,血管系と積極的にコミュニケーションをとる。本研究会では,アストロサイトのグリア伝達物質ATPによる即時的或いは長期的な脳機能制御,さらにATP放出の分子メカニズムについて述べ,アストロサイトの情報発信の重要性を改めて見直して見たい。先ずATP放出の分子メカニズムの検討する目的から,Ca2+ wave及び quinacrine陽性シグナルの消失を指標とした間接法,並びにluciferin-luciferase法による直接法,を指標としてアストロサイトのATP放出能を検出した。機械刺激,ionomycin及びthrombin刺激により,アストロサイトからCa2+ 依存的なATP放出及びqunacrine陽性小胞の開口放出様現象が観察され,開口放出機構の存在が示唆された。また,ATP含有小胞を染めるquinacrine陽性シグナルとも,共存が認められた。アストロサイトは自由拡散よりも調節性・積極性に富んだ開口放出によるATP情報発信機構を有しているようである。

 

(7) 圧負荷による心臓の線維化におけるP2Y受容体の役割

西田基宏,上村 綾,仲矢道雄,黒瀬 等(九州大学大学院薬学研究院)

 慢性的な高血圧や虚血によって生じる心臓の線維化(コラーゲンの蓄積)は,心機能不全を引き起こす要因の1つとして考えられている。心臓の病態形成における三量体G12ファミリー蛋白質 (G12/G13) の役割を調べる過程で,我々はGタンパク質共役型P2Y受容体が圧負荷による線維化形成のトリガーとなる可能性を見出した。マウスの横行大動脈を狭窄し,6週間の圧負荷を行ったところ,野生型マウスと同程度の心重量の増大(心肥大)が確認された。さらに,機械的伸展刺激によるRhoの活性化は,P2Y6受容体の阻害剤処置によって有意に抑制された。以上の結果から,機械的圧負荷により心筋細胞から放出されたヌクレオチドが心筋細胞のP2Y受容体を介してGa12/Ga13シグナリングを活性化し,線維化促進因子を産生することで線維化を引き起こす可能性が示された。

 

(8) 眼の発生に関わる転写制御因子ネットワーク

大隈典子(東北大学大学院医学系研究科創生応用医学研究センター)

 眼の原基は,表皮外胚葉と神経外胚葉の相互作用によって形成されるが,さらに中胚葉および神経堤由来の間葉も眼の発生に貢献する。まず,器官形成のごく初期に神経外胚葉の前脳領域の一部が膨らんで眼胞となり,表皮外胚葉に接するようになる。応答能を有する表皮外胚葉は眼胞から分泌される誘導シグナルを受けて水晶体プラコードを形成し(組織間相互作用),やがて水晶体プラコードは陥入し表皮外胚葉から分離して水晶体胞 (lens vesicle) となる。眼の発生は,多数の転写制御因子が作用し合うネットワークにより進行する。中でも,Pax6はカスケードの上位にいて,Rx1, Six3, Six6, Lhx2, Hes1など多数の転写制御因子の発現に関わるために,「眼の発生のマスターコントロール因子」と呼ばれることもある。実際に,ショウジョウバエやアフリカツメガエルを用いた実験により,Pax6を強制発現させると,異所性に眼が形成されることが報告されている。本講演では,初期の誘導現象および網膜における神経幹細胞の維持と神経細胞のサブタイプ分化に関わる因子を中心にお話ししたい。

 

(9) 甘味の受容・伝達・調節機構とATP

吉田竜介,村田芳博,安松啓子,重村憲徳,二ノ宮裕三
(九州大学大学院歯学研究院口腔機能解析学)

 味覚は体内に取り込む物質を取捨選別するためのシグナルとして重要である。生体にとって必要なエネルギー源やミネラル(甘味,うま味,塩味),忌避すべき腐敗物や毒物(酸味,苦味)は味細胞により検出され,その情報は味細胞から味神経を介し中枢へと伝えられる。我々は,ヒトにおいてレプチンと甘味感受性の間に関連性があるかを調べるため,ヒトの味覚認知閾値と血漿レプチン濃度を比較した。その結果,甘味の認知閾値は朝に最も低く夜に最も高くなり,レプチンと同様の日内変動を示した。ヒト甘味閾値と血漿レプチン濃度の日内変動の同期は,マウスでレプチンが末梢の甘味感受性の減少を引き起こすことと一致し,ヒトにおいても末梢の甘味感受性がレプチンにより調節されている可能性を示唆する。このように味細胞レベルで調節を受けた味覚情報は味神経に伝達される。ATP受容体であるP2X2およびP2X3を共に欠損したマウスでは味刺激に対する味神経応答が消失することが報告されていることから,味細胞から味神経への情報伝達物質としてATPが関与することが示唆される。甘味感受性味細胞-味神経間でATPが情報伝達に関与するならば,味細胞のATP放出機構や味神経のATP受容体は甘味シグナルを調節する新たなターゲットとなりうる。

 

(10) 睡眠調節におけるアデノシンの役割

裏出良博((財)大阪バイオサイエンス研究所分子行動生物学部門)

 アデノシンの脳内投与は睡眠を誘発し,大脳皮質と前脳基底部での濃度が断眠時間に依存して上昇し,断眠解除後の睡眠中に減少する。これらの実験結果から,アデノシンは睡眠物質の有力な候補と考えられてきた。脳には4種類のアデノシン受容体 (A1, A2A, A2B, A3) が存在する。この中でA1受容体とA2A受容体が睡眠に関係すると考えられてきたが,それぞれの関与について議論が続いている。

 コーヒー,茶,コーラなどの覚醒作用の主成分であるカフェインは,様々な受容体やイオンチャンネルに結合するが,アデノシンA1受容体とA2A受容体に最も低濃度で結合して情報伝達を阻害する。我々は,カフェインの投与がA1受容体欠損マウスにも野生型マウスと同程度の覚醒を起こすが,A2A受容体欠損マウスの睡眠には全く影響しないことを証明した。この報告以来,A2A受容体説が有力になっている。我々がコーヒー3杯を飲んだ場合に摂取する量に相当する15 mg/kgのカフェインを腹腔内投与すると,野生型マウスは投与後2時間程度,一睡もできない完全な不眠状態になる。この事実は,アデノシン・A2A受容体系が生理的な睡眠の維持に必須であることも示している。

 

(11) 細胞外ATPによるASK1活性化が誘導する細胞応答

野口拓也,武田弘資,一條秀憲(東京大学大学院薬学研究科)

 ASK1はMAP3Kファミリーに属するセリン/スレオニンプロテインキナーゼである。ASK1は様々なストレスによって活性化され,下流のJNKおよびp38経路を選択的に活性化することで,さまざまな細胞応答を誘導している。今回我々は,マクロファージにおいて細胞外ATPがASK1を強く活性化することを見いだし,その分子機構および生理的役割について検討した。その結果,細胞外ATPによって誘導されるROS産生によりASK1-p38経路が活性化されることがわかった。さらに,NADPHオキシターゼファミリーのひとつであるNOX2のノックダウンによりASK1-p38経路の活性化が減弱するとともにATP誘導性アポトーシスに抵抗を示したことから,細胞外ATPはNOX2によるROS産生を介してASK1-p38経路を活性化し,アポトーシスを誘導していることが示唆された。本会では,細胞外ATPによるASK1活性化が誘導する細胞応答ついて最新の知見を交えて議論したい。

 

(12) 脊髄におけるシナプス可塑性

池田 弘(福井大学大学院工学研究科)

 シナプス可塑性は,入力線維への繰り返し刺激などの条件刺激をきっかけに,シナプス伝達の効率が長期的に増強(長期増強)あるいは低下(長期抑圧)する現象であり,脊髄における長期増強は,痛覚過敏の神経メカニズムの1つであると考えられている。

 本研究では,P2X受容体のアゴニストであるab-methylene ATP (abmeATP) の還流によって引き起こされる長期増強のメカニズム,および炎症ラットに見られる神経興奮の増強へのグリア細胞の関与について調べることを目的とした。脊髄神経興奮の増強が,炎症動物で見られるかを,ノーマルラットと,CFAを注入した炎症ラットの脊髄スライス標本で見られる神経興奮の大きさを比較することによって調べた。その結果,CFAを注入してから1時間後,1日後,3日後のラットの神経興奮が脊髄膠様質の外側を中心にノーマルラットの神経興奮に比べて増大していることがわかった。さらに,CFAを注入してから早い段階での増大には,ギャップ結合が関与しており,遅い段階の増大には,ミクログリアが関与していることを示唆する結果が得られた。

 

(13) 神経因性疼痛発生におけるmatrix metalloproteaseの関与について

川﨑康彦,中塚映政,藤田亜美,熊本栄一,Ji Ru-Rong
(佐賀大学・医学部生体構造機能学講座・神経生理学分野,
ハーバード医科大学疼痛研究所)

 アロディニア症状など神経因性疼痛を呈する種々の難治性疼痛疾患があるが,神経因性疼痛に対する治療法は未だ確立していない。最近の知見により,脊髄での活性化されたグリア細胞が神経因性疼痛の発生に重要な役割を果たしていることが明らかになった。しかしながら,どのようにしてグリア細胞が活性化されるかは不明である。MMP-9は神経因性疼痛の誘導に,MMP-2は主に神経因性疼痛の維持に重要な役割を果たし,これらMMPの阻害により神経因性疼痛の異なる段階を対象とした新たな治療の可能性が示唆された。すなわち,神経因性疼痛の機序として疼痛発生初期にはMMP-9発現が上昇し,炎症性のサイトカインであるIL-bやTNF-aの断片化を行い,このサイトカインにより脊髄においてミクログリア細胞の活性化が起こる。また疼痛発生後期においては後根神経節のサテライト細胞でMMP-2発現が上昇し,同様にサイトカインは断片化を受けて活性化し,脊髄のアストロサイト細胞の活性化を引き起こす。さらに,これら活性化されたサイトカインは脊髄後角神経細胞でのシナプス伝達の増幅に影響を及ぼしていることが推察された。

 

(14) P2X4受容体のポア開閉及びポア拡大に関連する構造変化の観察

篠崎陽一1,住友弘二1,津田 誠2,小泉修一3,井上和秀2,鳥光慶一1
1NTT物性科学基礎研究所生体機能,2九州大学大学院薬学府,3山梨大学医学部)

 ATPは中枢神経系における重要な情報伝達物質であり,ATP受容体は生理条件下及び病態時において多様な機能を発揮する事が知られている。ATP受容体の機能的な重要性が明らかとなってきている反面,構造情報については不明な部分が多い。我々はP2X4受容体の構造及び機能を原子間力顕微鏡 (AFM),カルシウムイメージング及び色素取り込みイメージング法を用いて明らかとする事を本研究の目的とした。AFM観察では無刺激時にはP2X4受容体は丸,もしくは三角形の形状であった。高速AFMを用いてタイムラプスイメージングを行ったところ,カルシウム非存在下ではP2X4受容体はATP刺激後速やかに三量体構造へと変化し,その後各サブユニット間の距離が大きくなっていった。カルシウム存在下ではATP刺激後にfluo-3蛍光の増加が観察されたものの,EtBr取り込みは観察されなかった。一方,カルシウム非存在下ではEtBr取り込みが観察された。以上,本研究より単一P2X4受容体の構造及びATP刺激による構造変化の直接観察とこの変化に相当する機能解析からカルシウム非存在下のP2X4受容体のサブユニット間の距離の大きな増加は色素透過性の巨大ポア形成に相当する事が明らかとなった。

 

(15) Caオシレーションの同期化機構

山下勝幸(奈良県立医科大学医学部)

 Caオシレーションは,細胞増殖,細胞運動,分泌など様々な細胞機能の制御に関与する。Caオシレーションが多細胞で生じる場合,細胞間にATPなどの伝達物質を放出して伝播する時はCaウェーブとして観察される。一方,多細胞間で同期してCaオシレーションが生じることが,発生初期の脳や網膜で観察されている。このような同期化の説明として,もし興奮性細胞であれば活動電位が同期し,電位依存性Caチャネルを介するCa流入が同期化すると考えられる。しかし,細胞外からのCa流入に非依存的にCaオシレーションが多細胞間で同期して生じることが報告されている。この場合,細胞内CaストアからのCa放出が多細胞間で同期していると考えられ,その同期化メカニズムは不明である。今回,Caストアの膜電位変化にともなう蛍光強度変化をフォトマルチプライアによって高時間分解能で測定したところ,高周波数の変動がバースト状に繰り返し生じ,この時に一致してCa上昇が生じることが明らかになった。従来カメラで捉えていた蛍光強度の周期的上昇は,このバースト状変動を反映すると思われた。これらの結果から,Caストアの膜電位の高周波数変動が容量性結合により細胞間で同期することが,Caオシレーションの同期化メカニズムと考えられる。

 

(16) P2X2受容体活性化で発生するマウス網膜コリン作動性アマクリン細胞の
コリン電流

金田 誠(慶應義塾大学医学部)

 P2X2型プリン受容体陽イオンチャネルは,巨大陽イオンに対してもイオン透過性を有することが報告されている。本研究では,コリン作動性アマクリン細胞に存在するP2X2型プリン受容体チャネルが,細胞外コリンに対する透過性を有するかどうかについてパッチクランプ法を用いて検討した。実験にはGFPがコリン作動性アマクリン細胞特異的に発現する遺伝子改変マウス網膜の単離網膜神経細胞標本を用いた。ATPで誘発されるコリン電流の濃度反応曲線はEC50が46mM,Hill係数が1.9の曲線でフィットできた。これらの値はNaCl溶液を用いたときにATPで誘発される陽イオン電流のEC50 (36mM),Hill係数 (1.8) に近い値を示した。これらの薬理学的性質はマウス網膜P2X2型プリン受容体の薬理学的性質と一致するものであった。コリンはアセチルコリン合成の前駆体であることからOFF型コリン作動性アマクリン細胞では,P2X2型プリン受容体の活性化にともなってコリンが細胞内に取り込まれる機構が存在する可能性が示唆された。

 

ポスターセッション

(1) Vesicular nucleotide transporter (VNUT) in rodent:
Gene organization, transporter function and localization

日浅未来,澤田啓介,森山芳則(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)

 ATPは生体内のエネルギー代謝に関わるだけでなく,細胞間における情報伝達物質として機能し,細胞表面にあるプリン受容体を介して様々な生理作用を現す。細胞外ATPの由来は損傷細胞からの遊離だけでなく,神経終末からの神経伝達物質としての放出,種々の分泌細胞の脱顆粒等によるものが知られている。しかし,ATPが小胞に蓄積されるシステムは不明であった。我々はこのトランスポーターをvesicular nucleotide transporter,VNUTと命名した。RNA干渉によりVNUTの発現を特異的に抑制するとATP分泌が低下することから,VNUTはATPの放出に重要であると考えられる。今回我々はrodent VNUTの発現と機能について解析した。rodent VNUTのヌクレオチド輸送機能はヒトのそれと同じであった。また,rodent VNUTはプリン作動性の分泌細胞や神経に高発現している。

 

(2) 新生ラット摘出脊髄における高炭酸によるアデノシン放出と
反射電位抑制効果

乙黒兼一,伴 昌明,太田利男,伊藤茂男(北海道大学大学院獣医学研究科)

 二酸化炭素は麻酔作用を持っており,素早い鎮静・鎮痛効果が得られるため動物の安楽殺に幅広く使用されている。最近,高炭酸が中枢神経系でアデノシンの蓄積を生じることがわかってきた。本研究では,高炭酸が脊髄の情報伝達経路に与える影響と,アデノシン放出のメカニズムについて検討した。新生ラットから摘出した脊髄の腰部後根を刺激し,対応する前根から脊髄反射電位を記録した。高炭酸は細胞内のアデノシン濃度を上昇させ,これが細胞外に放出されていると考えられる。アデノシンA1受容体の活性化が,高炭酸による脊髄情報伝達経路の抑制に関与していることが示され,脊髄レベルでの麻酔作用をもたらしていることが示唆された。

 

(3) アデノシンA1受容体によるNMDA受容体活性修飾

関野祐子(東京大学医科学研究所)

 アデノシンは細胞間隙に存在し神経活動を強力に抑制する神経調節因子である。シナプス前終末のA1アデノシン受容体 (ADOA1R) は伝達物質放出を抑制するが,シナプス後部のADOA1Rの機能は不明である。本研究では,シナプス後部ADOA1RによるNMDA受容体機能修飾を検証する。さらに,CA3-CA1間をCutしSchaffer-CA1シナプスの光学応答をピクロトキシン存在下で調べると,NMDA受容体由来の光学応答の立ち上がり時間が遅くなり,持続時間が長くなった。ホールセルパッチクランプ法により,+40 mVに電位固定したCA1錐体細胞からNMDA電流を測定したところ,ADOA1R阻害薬の8-cyclopentyltheophylline (1 mM)により振幅の増加のみならず,タウ値の増加が認められた。これらのデーター,NMDA受容体活性がアデノシンA1受容体から直接または間接的に修飾を受けている可能性が示唆された。

 

(4) 後根神経節P2X受容体を介した神経因性疼痛発症機構

長谷川茂雄,津田 誠,井上和秀(九州大学大学院薬学府)

 近年,末梢の一次求心性神経に発現しているP2X3およびP2X2/3受容体と神経因性疼痛との関連が示唆されているが,その詳細なメカニズムは不明である。本研究では,Ca2+透過性を有するP2X3/P2X2/3受容体を介したCa2+依存性カスケードの活性化が痛覚伝達に変化を引き起こす可能性を想定し,痛覚修飾を担う脂質メディエーターの産生に重要なCa2+依存性酵素である細胞質型ホスホリパーゼA2 (cytosolic phospholipase A2: cPLA2) の役割に注目した。cPLA2活性化の下流に存在する脂質メディエーターとして,血小板活性化因子 (platelet-activating factor: PAF) を候補に挙げて,神経因性疼痛との関連を検討した結果,PAF受容体欠損マウスでは,神経損傷によるアロディニアが抑制されるとともに,損傷側DRGにおいて,炎症性サイトカインであるTNFa およびIL-1b の発現上昇が抑制された。以上の結果より,P2X3/P2X2/3受容体により活性化されたcPLA2はPAF/PAF受容体シグナルを介して神経因性疼痛に関与している可能性が考えられる。

 

(5) In vivo gene silencing法による脳内シナプス前P2X受容体
サブタイプの変換

田村友穏,加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター)

 脳内におけるP2X受容体の重要な機能の一つはシナプス前における伝達物質放出の制御である。しかし,P2X受容体には異なるサブユニット構成からなるそれぞれ異なる性質を持つサブタイプが存在し,各シナプスにおいて特定のP2X受容体サブタイプが発現することの機能的意義は大部分未解明である。TS-NTSシナプス前P2X受容体のサブタイプはP2X2/3と想定されているが,そのサブユニット構成の人工的変換がグルタミン酸放出に及ぼす影響を検討した。幼若Wistarラット右頸部節状神経節 (rNG) にP2X3サブユニットに対するsiRNAを導入した。導入7-15日後,孤束核における抗P2X3サブユニット免疫活性は導入側においてのみ顕著に減少した。導入約15日後,孤束核を含む急性脳スライス標本を作成し,興奮性シナプス後電流頻度に及ぼすP2X受容体アゴニストの効果を解析したところ,導入側の孤束核ではP2X2 homomeric受容体に近い薬理学的特性を示すニューロンが多く記録された。以上,in vivoにおける特定のサブユニットのgene silencingによってシナプス前P2X受容体の薬理学的表現型の変換に成功した。

 

(6) マウス網膜P2X2受容体で見られる特異な生後発達様式

霜田幸雄,重松康秀(東京女子医科大学総研)
金田 誠(慶應義塾大学医学部)

 網膜における各種受容体は生後開眼前に基本的な情報伝達経路の発生が終了する。これらの情報伝達経路は成長期には可塑性を持っており,開眼後の視覚入力に依存して情報伝達経路の組替えが起こることが報告されている。われわれはマウス網膜においてP2X2型プリン受容体がOFF型コリン作動性アマクリン細胞に存在すること,またATPがP2型プリン受容体を活性化しOFF型網膜神経節細胞における情報伝達を制御することを報告してきた。本研究では免疫組織化学的手法を用いて,P2X2型プリン受容体の生後発達を検討した。また視覚入力がP2X2型プリン受容体の生後発達にどのような影響を与えるか検討した。マウス網膜P2X2型プリン受容体は,1) 開眼前には存在せず開眼後に情報伝達経路の形成が起こること,2) 開眼後の形成初期にはON型アマクリン細胞にもP2X2受容体が多く発現すること,3) OFF経路特異的なP2X2型プリン受容体の分布は視覚入力依存的な調節を受けないことが明らかとなった。

 

(7) P2Y12を介したインテグリンb1活性化によるミクログリア突起伸長調節

大澤圭子1,中村泰子1,入野康宏2,鈴木恵理1,佐栁友規1,井上和秀3,高坂新一1
1国立精神神経センター神経研,2神戸大大学大学院医学研究科,
3九州大学大学院薬学府)

 ミクログリアは,正常脳では長く多数に分岐した突起を持つラミファイド型であるが,脳障害時にはいち早く反応して形態を変化させ,障害部位へ移動・集積する。我々は三次元コラーゲンゲルを用いたラット初代培養ミクログリアの突起伸長アッセイ系を作成し,突起伸長を調節する分子について解析をおこなっている。今回,ATPがP2Y12を介してミクログリアのコラーゲンゲルに対する細胞接着性を高めたことから,細胞接着分子であるインテグリンの関与について検討を行った。RGDペプチドと抗インテグリンb1機能阻害抗体の影響を調べたところ,細胞接着および突起伸長の活性化は両者により抑制された。以上のことから,P2Y12を介して引き起こされるinside-outなインテグリンb1の活性化が,細胞-細胞外マトリックス間接着を亢進することにより突起伸長を制御することが強く示唆された。

 

(8) ミクログリアにおけるP2Y6受容体発現量増加に関わるメカニズムの解明

藤下加代子1,中尾篤人2,小泉修一11山梨大学医学部薬理,2山梨大学医学部免疫)

 私達はこれまでに,カイニン酸 (kainic acid : KA) 投与ラットの海馬障害領域において,ミクログリア特異的にP2Y6受容体発現が亢進すること,ミクログリアは傷害部位から放出されるUDPをこのP2Y6受容体で認識し,貪食作用を呈すること,を報告してきた。今回,ミクログリアのP2Y6受容体発現亢進におけるTGFb-Smadシグナル経路の関与を検討した。ラット脳由来ミクログリアをTGF-b1に暴露すると,処置時間及び濃度依存的にP2Y6受容体mRNA発現量が増加した。TGF-b1によるこの効果はTGFb I型受容体キナーゼ (TbRI) 阻害剤により抑制された。また,KA処理後の神経細胞–グリア細胞共培養系上清中でミクログリアを培養するとP2Y6受容体mRNA発現量が増加し,この効果はTbRI阻害剤により抑制された。以上より,KA障害を受けた神経細胞−グリア細胞由来のTGF-b1が,その後に惹起されるミクログリアP2Y6受容体発現亢進を担う液性因子の一つである可能性が示唆された。

 

(9) マウスマクロファージJ774細胞におけるUDPによる
持続的な細胞内Ca2+濃度上昇に対するプロスタグランジンE2の作用

伊藤政明,松岡 功(高崎健康福祉大学薬学部)

 我々はこれまでにマウスマクロファージJ774細胞においてUDPがP2Y6受容体を介して持続的に細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+]i) を上昇させること,さらにはプロスタグランジン (PG) E2がその上昇を強力に抑制することを見出しており,今回はそのメカニズムを検討した。PGE2によるCa2+抑制の作用点は,P2Y6受容体から小胞体までのシグナルの間にある可能性が考えられた。UDPは持続的にホスファチジルイノシトール(PI)を加水分解し,PGE2はCa2+の抑制と同様に,後処理によってこのPI加水分解を抑制したことから,その作用点はPLCよりも上流であると考えられた。J774細胞にはPGE2受容体としてEP2とEP4の発現が認められた。以上のことから,UDPによる持続的な[Ca2+]i上昇に対するPGE2の抑制は,EP2/EP4受容体を介するPLC抑制の関与が示唆された。

 

(10) マウスT細胞におけるP2X7受容体を介した形質膜ブレブ形成と
細胞死誘導

三坂 恒,前畑真知子,原田 均,出川雅邦(静岡県立大学薬学部)

 P2X7受容体は,免疫担当細胞を含む多くの細胞・組織に発現する。マウスT細胞においては,分化・成熟に伴って発現が上昇し,その活性化はカチオンチャネルの開口/小孔の形成/形質膜のブレブ形成等を伴った細胞死を誘導する。今回,マウス脾臓由来T細胞におけるP2X7受容体を介した細胞の形態学的変化と細胞死誘導との関連について検討した。マウス脾細胞におけるATPによるエチジウムイオンの取り込み促進を小孔形成活性としてフローサイトメーターを用いて解析したところ,ATP (0.1mM) 10分間処置により小孔形成が認められ,1mMでは前方散乱光の低下を伴うより強い小孔形成が認められた。以上の結果より,P2X7受容体活性化による細胞死誘導の初期過程では,比較的弱い小孔が形成し,その後前方散乱光の低下・形質膜ブレブ形成を伴う強い小孔形成が認められるようになることが明らかとなった。今後,前方散乱光の低下と形質膜ブレブ形成との関連とそれらの細胞死誘導への役割を調べることが重要と考えられる。

 

(11) ヒト肺由来肥満細胞のIgE受容体を介した脱顆粒に対する
細胞外プリンの影響

西 晴久1,Amir Pelleg2,Manfred Thile3,Edward S. Schulman2
1東京慈恵会医科大学薬理学講座,
2Pulmonary & Critical Care Medicine, Drexel University College of Medicine, Philadelphia,
3Anästhesiologie, Klinikum Großhadern,
Ludwig-Maximilians-Universität München, München)

 今回我々はcHLMCのFcåRI活性化を介したHRに対する種々の細胞外プリンの作用を比較し,各種細胞外プリンが及ぼす呼吸器系アレルギー疾患への影響の可能性を検討した。ヒト肺組織を細切し,エルトリエータ細胞分離システムとpercoll濃度勾配法を用いてMCを単離後,5-8週間初代培養してcHLMCを得た。FcåRIの活性化には抗FcåRIモノクロナール抗体である22E7を用い,脱顆粒の指標としてHRを定量した。cHLMCでは,複数種のプリン受容体の発現が認められたが,P2Y11受容体の発現は認められなかった。22E7刺激によるcHLMCのHRに対し,adenosine, inosine,およびP2Y11受容体阻害薬のAMPSは,それぞれ促進と抑制の二方性,促進,そして著明な抑制を,いずれも濃度依存的に示した。5’-AMPは明らかな作用を示さなかった。AMPSはMCのプリン受容体に作用してI型アレルギーを抑制する可能性が示唆された。これは気管支喘息の緩和・発作軽減といった臨床上の観点からも着目に値する。

 

(12) ラット骨髄間質細胞のP2Y2受容体活性化による増殖効果と血清

市川 純(関西医科大学第二生理)

 ラット骨髄間質細胞はP2Y2受容体を発現している。骨髄間質細胞は体性幹細胞としての性質を持ち,再生医療への応用課題の一つとして,より増殖効率の高い培養方法の開発が求められている。そこでP2Y2受容体活性化が増殖に及ぼす影響について調べた。ATPやUTPは増殖因子としての働きはないものの,血清による増殖を促進する効果を持つことがわかった。さらに,蛍光色素を用いた細胞内Ca2+濃度測定において,UTPとFCSで同時刺激した際にCa2+オシレーションの発生が観察された。UTPあるいはFCS単独の刺激では一過性のCa2+上昇しか起こらず,またUTPと無血清培地添加剤の同時刺激でもCa2+オシレーションは起こらなかった。以上の結果から,通常培地においてP2Y2受容体活性化がもたらす増殖促進効果は,Ca2+オシレーション発生と密接に関わるのではないかと推測される。

 

(13) ミクログリアからのATP誘発MIP-2放出のメカニズム

吉武麻衣,白鳥美穂,齊藤秀俊,津田 誠,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院薬理学)

 ミクログリアは中枢神経系においてサイトカインやケモカインの放出及び産生ネットワークを制御する中心的な役割を担っている。本研究では,ATP刺激がマウスミクログリア細胞株BV-2よりCXCケモカインの一つであるMIP-2 mRNAの増加及びMIP-2の放出を誘発することを新たに見出した。BV-2細胞において全てのサブタイプ(NFAT 1-5) のNFAT mRNAが確認され,その1つであるNFAT1 (NFATc2) はATP 1mM刺激後30分での核内移行が観察された。さらに,MIP-2産生増加・放出促進はカルシニューリン阻害薬により抑制されたことから,MIP-2産生・放出にはカルシニューリン依存性NFATが関与していることが示唆される。以上のことから,P2X7受容体を介したMIP-2産生増加及び放出誘発にNFATが関与することが示唆された。

 

(14) Up-regulation of cell surface P2X4 receptor by flow shear stress

小林 剛1,Fernando Lopez-Redondo1,武田美江1,田中瑞奈1
古家喜四夫2,山本希美子3,安藤譲二3,曽我部正博1,4,5
1名古屋大学大学院医学系研究科,2科技振・ICORP/SORST・細胞力覚プロジェクト,
3東京大学大学院医学系研究科,4科学技術振興機構細胞力覚プロジェクト,
5生理学研究所細胞内代謝)

 血管内皮細胞に発現したP2X4チャネルは,shear stress変化に応じて誘起されるCa2+流入に中心的な役割を果たす。この反応では細胞外ATPを必要とすることから,P2X4は細胞膜上に局在し機能すると考えられた。GFP融合P2X4を細胞に発現させ,P2X4を含む細胞内小胞が細胞膜と融合する様子を全反射蛍光顕微鏡により観察したところ,リガンド刺激やshear stress負荷直後に融合頻度が顕著に上昇することがわかった。さらに,刺激後に細胞膜上へ移行したP2X4が機能していること,すなわち,チャネル電流が増加することが,電気生理学的にも確認された。以上の結果から,P2X4による血量感知において,膜移行の亢進により細胞膜上のP2X4分子の数を増加させる正のフィードバック調節機構の存在が示唆された。

 



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