2008月9月18日−9月19日
代表・世話人:小林茂夫(京都大学 大学院情報学研究科)
所内対応者:富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター 細胞生理)
【参加者名】
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター),山中章弘(岡崎統合バイオサイエンスセンター),柴崎貢志(岡崎統合バイオサイエンスセンター),曽我部隆彰(岡崎統合バイオサイエンスセンター),小松朋子(岡崎統合バイオサイエンスセンター),梅村 徹(岡崎統合バイオサイエンスセンター),三原 弘(岡崎統合バイオサイエンスセンター),川口 仁(岡崎統合バイオサイエンスセンター),水野秀紀(岡崎統合バイオサイエンスセンター),内田邦敏(岡崎統合バイオサイエンスセンター),加塩麻紀子(岡崎統合バイオサイエンスセンター),常松友美(岡崎統合バイオサイエンスセンター),周 一鳴(岡崎統合バイオサイエンスセンター),高山靖規(岡崎統合バイオサイエンスセンター),斉藤昌之(天使大学大学院看護栄養学研究科),岡松優子(北海道大学獣医学研究科),山仲勇二郎(北海道大学医学研究科生体機能学専攻),時澤健(早稲田大学スポーツ人間科学学術院),内田有希(早稲田大学人間科学研究科修士課程),志水泰武(岐阜大学連合獣医学研究科),椎名貴彦(岐阜大学連合獣医学研究科),平山晴子(岐阜大学連合獣医学研究科),宮澤誠司(岐阜大学連合獣医学研究科)嶋 剛士(岐阜大学連合獣医学研究科),古山富士弥(名古屋市立大学医学研究科),岩瀬 敏(愛知医科大学学部生理学第2講座),西村直記(愛知医科大学学部生理学第2講座),山下 均(中部大学 生命健康科学部 生命医科学科),楠堂達也(中部大学 生命健康科学部 生命医科学科),小林茂夫(京都大学情報学研究科知能情報学専攻),細川 浩(京都大学情報学研究科知能情報学専攻),堀あいこ(京都大学情報学研究科知能情報学専攻),中島敏博(京都工芸繊維大学),二階堂義和(京都工芸繊維大学),黒田聡恵(京都工芸繊維大学),松村 潔(大阪工業大学情報科学部),鷹股 亮(奈良女子大学生活環境学部),紫藤 治(島根大学医学部生理学(環境生理学)),松崎健太郎(島根大学医学部生理学(環境生理学)),渡邊達生(鳥取大学医学部統合生理),上木史織(鳥取大学医学部統合生理),田村 豊(福山大学薬学部薬理学研究室),門田麻由子(福山大学薬学部薬理学研究室),兼久智和(日本たばこ産業株式会社),江崎秀範(本田技術研究所),仲山加奈子(株式会社東芝),橋本公男(サンスター株式会社),御子柴茂郎(ライオン株式会社),八木 章(江崎グリコ株式会社),中矢ゆり(大正製薬),井垣通人(花王株式会社),小田英志(花王株式会社),箕越靖彦(生理学研究所 生殖内分泌),岡本士毅(生理学研究所 生殖内分泌),井上-李 順姫(生理学研究所 生殖内分泌),戸田知得(生理学研究所 生殖内分泌),上條真弘(生理学研究所 生殖内分泌),江崎麻耶(生理学研究所 生殖内分泌),斉藤久美子(生理学研究所 生殖内分泌),松尾 崇(生理学研究所 生殖内分泌),藤野祐介(生理学研究所 生殖内分泌)
【概要】
平成20年9月18及び19日に研究会が行われた。今回で4回目になる研究会は,代表提案者が京都大学小林(以下敬称略)にかわり,体温をテーマに分子,神経,心理生理学に至るまで様々な分野の研究者が集まり,研究発表,情報交換,議論,新たな研究テーマの模索を行った。TRPチャネルを中心とした体表の温度受容の分子機構およびその生理作用の基礎的研究,外部環境,内部環境の変化に対する体温調節反応の変化およびその神経機構の研究等について発表され,最後に冬眠時体温に関する発表があった。各々の項目についてセッションをもうけた。概略は下記の通りである。
18日にはTRPチャネルに関連して,鳥取大上木がgingerolの影響を,中部大学楠堂がTRPV4,京都大細川がTRPM8について発表した。本田技術研究所の江崎がモデル可視化の試みを,東芝研究開発センターの仲山が生体信号を用いた温冷感計測を,京都工芸繊維大の二階堂がストレスと高体温について発表し,体温がヒトの快不快にどのように影響を及ぼしているかが議論された。脂肪組織における熱産生に関してUCPに焦点をあてて天使大学斎藤と北海道大学岡松からデータが示された。ヒトにおいても大きな関与があるらしい。島根大の松崎はラットの暑熱順化に視床下部神経細胞の分裂が関与するという興味深いデータを示した。生理研の戸田は同じ視床下部のメラノコルチン受容体の役割を発表した。続いて,大阪工業大の松村が脳内出血と発熱について,名古屋市立大の古山が遺伝的に高温耐性を示すラットモデルについて発表した。
19日には,体温概日リズムに関する発表が,早稲田大学時澤,北海道大学山仲,奈良女子大鷹股からなされ,鷹股はエストロゲンの影響を示した。続いて早稲田大内田が寒冷環境でのラットにおけるエストロゲンの影響について発表した。愛知医大岩瀬は寒冷曝露時の皮膚交感神経によるヒト体温調節メカニズムについて発表した。最後に,福山大田村と岐阜大志水がそれぞれ,冬眠時の体温制御におけるb-endorphinとアデノシンの関与を示した。
上木史織,渡邊達生(鳥取大学医学部統合生理)
私たちは,ショウガとその辛味成分である[6]-gingerolの全身投与によるラット深部体温の変化について検討した。ラットにショウガ入りの餌を5日間与えた。しかし,体温と身体活動の日内サイクルに変化は認められなかった。一方,ラットの腹腔内に[6]-gingerol(2.5または25 mg/kg)を投与すると,身体活動は変化しなかったが,深部体温は [6]-gingerolの容量に依存して著しく低下した(図1)。[6]-gingerol (25 mg/kg) の腹腔内投与の直後に,代謝率の顕著な低下が起こったが,熱放散には変化が認められなかった。以上の結果から,[6]-gingerolは代謝を低下させて低体温を引き起こすものと推察される。また,ショウガに含まれる[6]-gingerol以外の活性成分が,[6]-gingerolの低体温誘導作用に拮抗したために,ショウガの投与では体温に変化が起こらなかった可能性が想定される。
楠堂達也1,水野敦子2,鈴木 誠2,山下 均1
(1中部大学 生命健康科学部,2自治医科大学薬理学講座分子薬理学部門)
【目的】Transient receptor potential (TRP)チャネルは全身に広く分布しているカルシウムチャネルであり,ヒトでは味覚や温度,痛みなどのセンシングに関与している。近年の盛んな研究により,各種センサーとしての役割については徐々に明らかにされてきているが,今なお不明な点が多く生体内における役割の解明が不可欠である。本研究では,温度,浸透圧受容体として知られているTRPV4を欠損するTRPV4遺伝子欠損マウスを用いてTRPV4とエネルギー代謝の関係について検討した。
【方法】TRPV4遺伝子欠損マウスと野生型コントロールマウスを通常食により飼育した後,4ヶ月齢より高脂肪食を摂食させ経時的に体重と摂餌量を測定した。また,耐糖能試験,インスリン負荷試験,間接的熱量測定を行なった。高脂肪食を12週間摂食させた後,マウスを屠殺し各種組織を採取し遺伝子発現解析を行った。
【結果と考察】TRPV4遺伝子欠損マウスはコントロールマウスと比較して体重増加の有意な抑制が認められ,総脂肪量及び内臓脂肪重量も有意に少なかった。TRPV4遺伝子欠損マウスの血中インスリン濃度は有意に低く,インスリン負荷試験の結果からコントロールマウスと比較して高いインスリン感受性を持つことが示された。両マウスで摂餌量に差は認められなかったが,呼気ガス分析の結果,TRPV4遺伝子欠損マウスにおいて酸素消費量の有意な上昇が認められた。代謝関連遺伝子の発現量を検討したところ,TRPV4欠損マウスの骨格筋において,脂質代謝に重要な役割を担っている核内レセプターPPARaや脂質及び糖代謝関連遺伝子の発現が上昇していることが示された。以上のことから,TRPV4の欠損によって骨格筋におけるエネルギー代謝の亢進が引き起こされる可能性が示唆された。
細川 浩1,田地野浩二1,前川真吾1,松村 潔2,小林茂夫1
(1京都大学報学研究科 知能情報学生体情報処理分野,2大阪工業大学 情報科学部)
末梢神経に発現しているTRPM8は,皮膚の冷受容器であると考えられている。恒温動物の芯部体温は,芯部温と,皮膚温による調節により一定に保たれていると考えられるが,TRPM8の芯部温調節への関与はは明らかではない。本研究では,TRPM8による芯部温の制御機構・及び体温調節応答について検討した。TRPM8のアゴニストであるメンソール塗布や低温暴露で引き起こされる芯部体温上昇が起こるが,この芯部体温上昇は,TRPM8ノックアウトマウスでは見られなかった。低温環境下での行動性・自律性体温上昇応答を調べたところ,TRPM8ノックアウトマウスでは,低温環境下での行動性体温調節は抑制されていた。低温環境下での末梢皮膚温度には変化がみられなかったが,低温環境への移行時の抹消皮膚温度低下応答がTRPM8ノックアウトマウスでは抑制されていた。以上のことからTRPM8は冷環境下での自律性・行動性体温調節応答に関与し,芯部体温を調節していることが示唆された。
江崎秀範1,中村真由美2,彼末一之2
(1本田技術研究所,2早稲田大学)
熱い,寒いといった温冷感を環境の等価温度で指標化しようとする試みが行われてきた。既存の温冷感を予測するモデル式の大部分は,均一で温度変化の限られた環境を適応範囲としている。しかしながら自動車内のように不均一で温度変化も大きく,さらに接触の影響を無視できないシートなど体温との相互作用で温度が決定される複雑な温熱環境に対して,等価温度で温冷感を予測する手法を敷衍する戦略は効率が悪い。その上,その温冷感が快または不快であるか予測することは更に困難である。そこで熱い,寒いといった温冷感や快,不快といった快適感は,温度受容器からの信号を中枢で処理した結果生じる心理量であることに着目すると,温度受容器への入力となる皮膚温や体温といった生理量で感覚を指標化する戦略の方が実用的な条件のほとんどに適応できて結果的に効率がよいと判断した。
今までにも部位の皮膚温とその温冷感または平均皮膚温と統合温冷感において高い相関があることは数多く報告されてきた.また皮膚温の上昇または降下の速さが温冷感に影響を与えることも報告されている。さらに同じ温冷感であっても快適かどうかは体温によって影響されることも報告されている。これらの結果に基づき,皮膚温や体温を入力として温冷感や快適感を予測できるモデル式の基となる被験者実験のために,皮膚温,熱流量,温冷感,快不快感を多点計測し,実験結果を可視化する技術,深部温を簡便確実に測定する技術を準備し実験を開始した。その後UCバークレーのZhangが皮膚温分布などを入力として局所および総合的な温冷感と快適感を予測するモデルを開発したことが判明した。このモデルは,カルフォルニア大学バークレー校の環境試験室における不均一で過渡的な状況で実行された109名の被験者実験の結果からZhangらが開発したものである。このモデル式を直観的に理解できるよう三次元グラフで表現し,部位による特徴をわかり易く整理した。また早稲田大学と行っていた日本人被験者による実験結果との比較も行った。
仲山加奈子(東芝研究開発センターヒューマンセントリックラボラトリー)
夏の暑さ,冬の寒さ,季節の変わり目など,不安定な温度変化が起こる環境をより快適に過ごす為に,家庭やオフィス,近年では小学校にも空調機が普及している。一方で,快適に過ごす為に導入した空調機の制御が不的確であることが原因で,自律神経失調症,睡眠中の中途覚醒などが起こっており,問題となっている。このような状態は,空調機利用者自身が空調機の制御ができない場合や,温度設定が不的確であることに気づかない場合に発生する。そこで,我々は,これまでに,不的確な温度設定を防ぐ空調機等の自動制御を目的とし,客観的に人の温冷感を計測する方法を検討してきた。前報では,人の温冷感適温域では,手の指先の皮膚温が,周期30[sec]~180[sec],振幅0.1℃程度の揺らぎを持ち,この揺らぎを用いた温冷感計測の可能性について報告した。この末梢の体温揺らぎ反応は,核心温をより精密に制御するための末梢血管運動の結果である考えられる。
前報では接触型のセンサによる温冷感計測を目指してきたが,日常生活下での利用においては,接触型センサの装着は,ユーザにとって負担となっており,センサ装着によるストレスなどもあり,センサの非接触化が求められている。そのため,動静脈吻合血管の密集する部位では同じような反応が起こるものと考え,顔部位での反応を計測し,非接触型センサによる温冷感計測の可能性について検討した。
二階堂義和,中島敏博(京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科)
ストレス性高体温 (stress-induced hyperthermia) は,情動性発熱(emotional fever)とも呼ばれるストレス刺激後に見られる一過性の体温上昇である。この体温上昇は,情動性のストレス刺激によって生じることが知られている。情動性のストレス刺激は,anticipatory anxiety stressとして実験動物の情動に影響を与え,stress-induced hyperthermiaのほかに視床下部―下垂体―副腎系 (hypothalamic-pituitary-adrenal axis; HPA axis) のストレス応答を引き起こす。これらのストレス応答は,PTSDやうつ病などに関係していると考えられており,stress-induced hyperthermiaやHPA axisのストレス応答の発生機序や沈静化を調べることは重要である。多くの研究で,5-HT1A receptorアンタゴニストやbenzodiazepine receptorアンタゴニストの脳内投与によって,anticipatory anxiety stress-induced hyperthermiaが減弱化されることが報告されている。しかし,これらの薬剤は,本来の作用とは別に,副作用による生体への影響があり,研究に用いることは出来ても,ヒトに応用することは簡単ではないといえる。そこで,我々は,より簡単にヒトに用いることができ,副作用も少ない方法として,におい物質に注目した。におい物質は嗅覚系から脳へ作用し,生体に影響を与えると考えられる。特に,ヒトにおいてP-300と呼ばれる脳波や快適感を示すみどりの香りを用いて研究を行ってきた。今回は,今までに行ってきたみどりの香りとanticipatory stress-induced hyperthermiaの研究について,現在までに得た結果とその考察を行う。
斉藤昌之1,岡松優子2,米代武司1,松下真美1,会田さゆり1,河合裕子1
(1天使大学大学院看護栄養学研究科,2北海道大学大学院獣医学研究科)
褐色脂肪は,ミトコンドリア脱共役タンパク質UCP1によって熱産生を行い,寒冷暴露時などの体温調節に寄与する特異的組織である。マウスなどの実験動物と異なりヒトでは新生児期を除いて褐色脂肪は存在しないとされてきた。最近,fluoro-deoxyglucose (FDG)を用いた positron emission tomography (PET) による腫瘍診断法が普及しつつあるが,X線CTを組み合わせるとヒト褐色脂肪を検出することが可能である。我々は昨年,健常被験者57名を対象にFDG-PET/CTを行い,寒冷刺激の効果や年齢,体脂肪量との関係を検討し,1) 寒冷刺激により褐色脂肪が活性化・増生すること,2) 若年者(20~35歳)では半数以上に褐色脂肪が検出されるが壮年者(38~65歳)では激減すること,3) 体脂肪量と逆相関することなどを発表し,ヒト成人でも褐色脂肪が高頻度に存在し,体温や体脂肪量の調節に関与する可能性を示した。今回は,さらに被験者を増やし総計112名について,1) 褐色脂肪の消長・活性に関与する遺伝的要因を探る一環として,候補遺伝子(b 3アドレナリン受容体,UCP1)一塩基多型との関係について解析した。更に,2) 体全体のエネルギー消費における褐色脂肪熱産生の寄与を明らかにするために,呼気分析による酸素消費量を測定し寒冷刺激への応答を調べた。これらの成績について,マウスでの知見やヒト褐色脂肪の組織学的検索の結果と併せて報告する。
岡松優子(北海道大学大学院獣医学研究科)
斉藤昌之(天使大学大学院看護栄養学研究科)
【目的】食欲調節に関する求心性機序として,古くから4つの仮説が提唱されている。脂肪恒常説,消化管ペプチド説,糖定常説については,レプチンやグレリン,グルコース感受性神経などによりそれぞれの分子メカニズムが説明されている。一方,「体温がセットポイントより低下すると食欲が増し,セットポイントより上昇すると食欲が抑制される」とする温度定常説(thermostatic theory) に関しては,その実態や分子メカニズムは不明なままである。本研究では,代表的な摂食抑制因子であるレプチンの作用に,発熱分子であるUCP1が関与しているか否かについて,UCP1欠損マウスを用いて検討した。
【方法と結果】野生型マウスとUCP1欠損マウスにレプチンを単回投与すると,何れのマウスでも摂食量が減少したが,その作用に野生型マウスとUCP1欠損マウスの間で違いはなかった。しかし,レプチンの反復投与やアデノウイルスを用いて誘導した高レプチン血症など,慢性的なレプチン刺激を与えると,UCP1欠損マウスでは野生型マウスに比べて摂食抑制作用が小さかった。レプチンを慢性的に作用させると,褐色脂肪に加えて白色脂肪にもUCP1が誘導されるので,この異所性に発現したUCP1がレプチンの摂食抑制作用に関与する可能性が示唆された。そこで,野生型マウスにb3アドレナリン受容体作動薬を慢性投与し,白色脂肪でのUCP1異所性発現を誘導すると,レプチン単回投与による摂食抑制作用が増強した。更に,UCP1欠損マウスの白色脂肪にアデノウイルスを用いて人為的にUCP1を発現させても,レプチン作用の増強が認められた。
【結論】白色脂肪に異所性に発現するUCP1は,レプチンの摂食抑制作用(レプチン感受性)の調節に関与していることが明らかとなった。UCP1が熱産生分子であることを考え併せると,食欲調節の温度定常説の機構解明の手がかりとなるかも知れない。
松崎健太郎,片倉賢紀,丸山めぐみ,原 俊子,橋本道男,紫藤 治
(島根大学医学部環境生理学)
【目的】動物では,暑熱環境への持続的な暴露により,中枢および末梢に存在する温度受容器と効果器の機能的あるいは器質的変化が誘導され,耐暑熱性が亢進する。このような暑熱馴化の形成過程は,暑熱に暴露された期間により,長期暑熱馴化と短期暑熱馴化に分類され,それぞれ形成機構が異なることが知られている。ラットでは長期暑熱馴化は暴露開始から30日前後で形成される安定した位相の機構とされ,新たな体温調節機構の構築によって形成されることが示唆されている。しかし,その中枢における制御機構は解明されていない。本研究では,暑熱馴化形成の中枢機序解明を目指し,暑熱暴露されたラットの視床下部における神経前駆細胞の分裂と分化を解析した。
【方法】Wistar系雄性ラット(5 週齢)を明暗周期12:12時間,自由摂食・摂水下,環境温24℃で2週間飼育した後,32℃の高温環境に暴露した。暴露開始直後からBromodeoxyuridine (BrdU; 50 mg/kg/day) を腹腔内へ5日間連続投与した。暑熱曝露開始から6,13,33,43,53日目にラットをペントバルビタールで麻酔し,脳を摘出して切片を作成し,抗BrdU抗体および抗NeuN抗体を用いて免疫組織化学的に解析した。
【結果・考察】暑熱暴露により,ラット視床下部におけるBrdU陽性細胞数が顕著に増加した。さらに,暑熱暴露によって誘導されたBrdU陽性細胞の一部は抗NeuN抗体によって染色され,その数は暑熱暴露開始後33日から43日の間に顕著に増加した。これらの結果より,ラット視床下部の神経前駆細胞は暑熱暴露により分裂が促進されることが明らかになった。また,暑熱暴露によって分裂した神経前駆細胞は暴露開始30日以降に機能的な成熟神経細胞に分化することが推察された。ラット視床下部における神経細胞新生が長期暑熱馴化における体温調節機能の形成に関与する可能性を考えた。
松村 潔1,堀あいこ2,山本知子2,細川 浩2,小林茂夫2
(1大阪工業大学情報科学部,2京都大学情報学研究科)
脳内出血にはしばしば体温上昇がともなう。しかしその機構は不明である。本研究の目的は次の2つである。(1)脳内出血による体温上昇の動物モデルを確立する,(2)脳内出血による体温上昇にプロスタグランジンE2 (PGE2)が関与しているという仮説を検証する。
(1)動物モデル ラットをフォーレンで麻酔し,脳定位装置に装着した。片側の視索前野に30ゲージの注射針でコラゲナーゼ(タイプ4)を注入した。コラゲナーゼは50 units/mlで生理食塩水に溶かし,1.4 mlを7分間で持続注入した。ラットを飼育ケージに戻し,あらかじめ腹腔に留置しておいた温度計で体温を記録した。体温はコラゲナーゼ投与後3時間から上昇をはじめ,24時間以上,38℃から39℃の高値を維持した。投与側の視索前野には明瞭な出血が認められた。これと比較して生理食塩水投与群では体温上昇は少なく,出血も全くなかった。熱処理して不活性化したコラゲナーゼでは,体温上昇も出血も認められなかった。この結果は出血が体温上昇の原因であることを示唆する。これを脳内出血による体温上昇の動物モデルとした。
(2)プロスタグランジン系の関与 ジクロフェナック(非選択的COX阻害剤)の腹腔内投与はコラゲナーゼ脳内注入による体温上昇をほぼ完全に抑えた。またNS398(COX-2選択的阻害剤)も体温上昇を抑えた。コラゲナーゼ注入後4時間,脳脊髄液と脳実質のPGE2含量は有意に増加した。以上の結果から,本実験モデルにおける体温上昇にはPGE2が関与していることが明らかとなった。
本実験モデルにおける体温上昇は,感染や炎症によるそれと同様に,調節された発熱であることが示唆された。
戸田知得,志内哲也,李 順姫,大和麻耶,藤野裕介,鈴木 敦,岡本士毅,箕越靖彦
(生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構)
【目的】レプチンを視床下部腹内側核(VMH)に投与すると,骨格筋,褐色脂肪組織(BAT),心臓において選択的にグルコースの取り込みが増加する。近年,レプチンによる摂食・代謝調節作用にメラノコルチン受容体(MC)が重要な調節作用を営むことが報告された。そこで本研究では,レプチンをVMHに投与した時の末梢組織でのグルコース取り込み促進作用に,視床下部MC受容体がどのような調節作用を営んでいるかを調べた。さらに,視床下部のどの神経核に発現するMC受容体が関与しているかを調べた。
【結果】レプチンをVMHに投与すると,6時間後に骨格筋,BATおよび心臓においてグルコースの取り込みが増加した。MC受容体のアンタゴニストSHU9119を脳室内に投与すると,レプチンによるグルコース取り込み促進作用が消失した。MC受容体アゴニストMT-IIを脳室内に投与すると,骨格筋,BATおよび心臓でグルコースの取り込みが増加した。次に,MT-IIをVMH,背内側核(DMH),室傍核(PVH)に各々投与して末梢組織におけるグルコースの取り込みを調べた。VMHにMT-IIを投与すると,骨格筋,BATおよび心臓においてグルコースの取り込みが増加した。PVHにMT-IIを投与した場合にはBATにおいてのみグルコースの取込みが増加する傾向を示した。DMHではグルコースの取り込みは全く変化しなかった。さらに,SHU9119をVMHに投与してレプチンによるグルコース取り込み促進作用を調べた。すると,骨格筋,BAT,心臓におけるレプチンのグルコース取り込み促進作用は何れも抑制された。
【結論】以上の実験結果から,末梢組織でのグルコースの取り込み促進するレプチンの作用は,主にVMHにおけるMC受容体を介すると考えられる。
古山富士弥1,大岩隆則2,山本晶子1,西野仁雄1
(1名古屋市立大学大学院医学研究科脳神経科学,
2名古屋市立大学大学院医学研究科同口腔外科)
我々は,先天的な高温耐性のメカニズムの解明を目指して,代々高温環境に適応して先天的に高温耐性を有する近交系FOKラットを開発した。今回は,最初にFOKラットの唾液分泌による蒸発性熱放散の調節に対する交感神経の役割を調べた。次いで,唾液腺のHSP70発現,血中脂質組成,視床下部に発現する遺伝子の特徴を高温非耐性の対照系(WKAHラット)と比較した。
【方法】ラットは,つねに25℃で飼育した。FOKラットをketaral麻酔し,自律神経薬または遮断薬を投与後に,体温を連続記録しながら40℃に暴露して,唾液分泌量を逐次記録した。次いで,唾液腺のHSP70発現を組織化学的に対象ラットと比較した。次いで,25℃で飼育中の血中脂質組成を対象系と比較した。次いで,視床下部に発現が増えている遺伝子と減っている遺伝子を探索した。
【結果】FOKラットだけが体温上昇につれて唾液分泌による蒸発性熱放散が高進する。その分泌は,atropineでほぼ完全に抑制された。体温39℃以上における分泌量は,a-blocker単独投与で一部抑制された。FOKラットの顎下腺では細胞質にもHSP70が発現していた。FOKラットの血中脂質濃度は,トリグリセリドが著しく低く,リン脂質は高かった。リン脂質中の脂質組成はDHAが増加していた。トリグリセリド中ではアラキドン酸とDHAが増加していた。視床下部において発現が増えていた遺伝子はAIM-1,aldosterone receptor,IREBPなど,減少していた遺伝子はserine protease inhibitor,bennzodiazepane receptor,IGF-BP3,12-lipoxygenazeなどであった。
【考察】これらの結果から,遺伝的に高温耐性を獲得したラットが各種の生体防御法を獲得した事が示唆される。
時澤 健,内田有希,永島 計(早稲田大学人間科学学術院統合生理学研究室)
【背景】われわれは,体温の概日リズムは調節された生理現象であることを明らかにしている。しかし絶食時には,非活動期に特異的な体温の低下が生じる。この時間特異的な体温低下がいかなるメカニズムで生じるかは明らかではない。
【方法】野生型およびClock変異マウス(雄2-3ヶ月令,ICR系)を,環境温27℃において12時間の明暗サイクル(午前7時lights-on)で飼育した。絶食開始時刻は午前9時もしくは午後9時とし,各この時間の47時間後,午前8時(明期)と午後8時(暗期)に,20℃,180分間の中等度寒冷暴露を行い,この間の深部体温(Tc)および酸素摂取量(VO2)を測定した。また寒冷暴露直後に屠殺し,褐色脂肪組織および脳を採取した。
【結果】寒冷暴露時に野生型マウスにおいて,明期ではTcは有意に低下し(6.4±1.5 ℃),VO2は変化しなかった。一方,暗期のTc低下は明期と比較して有意に小さく(2.0 ± 0.5℃),VO2は有意に増加した。Clock 変異マウスにおいては,Tcは有意に低下したものの(明期1.8± 0.6 ℃,暗期2.4± 0.9 ℃),明期と暗期の間に有意差は認められず,またVO2は明期と暗期ともに増加した。褐色脂肪UCP1mRNAは,野生型マウス暗期およびClock 変異マウスでは有意に増加したが,野生型マウス明期では変化は認められなかった。視索前野および室傍核におけるFos発現は,野生型マウス暗期およびClock 変異マウスの増加と比較して,野生型マウス明期では顕著に少なかった。野生型マウス明期の視交叉上核Fos発現は,絶食によって増加し,絶食状態の寒冷暴露でさらに増加した。
【総括】摂食条件は体温調節に大きく関わっており,絶食時には寒冷時の体温調節を時間特異的に抑制することが明らかになった。そのメカニズムとして,視交叉上核から視索前野および室傍核への情報伝達が関与している可能性が示唆された。
山仲勇二郎,橋本聡子,本間さと,本間研一
(北海道大学大学院医学研究科生理学講座時間生理学分野)
ヒトの概日システムは,外界の明暗周期を同調因子として深部体温リズム,血中メラトニンリズム等を駆動する振動体I(視床下部視交叉上核,t≒25h)と社会的因子を同調因子として睡眠覚醒リズム等を駆動する振動体Ⅱ(局在不明,t≒34h or 20h)の2つの振動体により構成される(2振動体機構)ことが想定されているが,その科学的根拠はまだ十分ではない。我々は,成人男性被験者を対象に振動体Iの同調が困難な明暗周期環境下において,通常の就寝時刻を8時間位相前進させる強制的睡眠覚醒スケジュール (Forced Sleep/Wake Schedule: FSWS)を用いて強制的に2つの振動体を脱同調させる脱同調パラダイム実験から2振動体機構の構造解析を行ってきた。そして,現在までにFSWSを8日間与えると血中メラトニンリズム(振動体I)のFSWSへの同調は認められないが,睡眠覚醒リズム(振動体II)はFSWSへは同調が認められることを報告した (Hashimoto et al., 2006)。さらに,強制的睡眠スケジュールを4日間与えた際に被験者に自転車運動を負荷すると睡眠覚醒リズムの再同調は促進されるが,運動を行わなかった被験者ではFSWSへの再同調は認められないことを報告した(体温温度受容研究会2007年9月; Yamanaka et al., 2008, in submission)。これらの結果から,社会的同調因子であるFSWSや身体運動は振動体Ⅱ対して作用することが明らかとなった。しかし,振動体Ⅱから振動体Ⅰへのフィードバックの有無については今後のさらなる研究が必要である。本研究会では,4日間のFSWS時の深部体温リズムと睡眠脳波の解析結果について紹介する。
鷹股 亮(奈良女子大学 生活環境学部)
女性ホルモンであるエストロゲンは,生殖機能以外の様々な生理機能に影響することが明らかになってきている。エストロゲンは,摂食,飲水量を減少させる。摂取行動は明確な日内リズムを示すが,エストロゲンがこれら摂取行動と活動量,体温の日内リズムに及ぼす影響について検討した。また,日内リズム形成には光は最も重要な同調要因である。そこで,エストロゲンによる日内リズム変化における光の影響を明らかにすることを目的として,明期における光照射を行なわないDD条件がリズムの及ぼす影響についても検討した。7週齢のメスラットの卵巣を両側摘出し,エストロゲンを補充するエストロゲン補充群(E2群)とvehicleのみの補充によりエストロゲンが欠乏したエストロゲン欠乏群(Veh群)の2群に分けた。補充開始2週間後,摂食量,飲水量,活動量,および腹腔内温度を測定した。その後,DD条件でこれらの測定を行なった。更に,明期の初期と暗期の初期である10:00と22:00に灌流固定を行い,視交叉上核(SCN)におけるc-Fos発現を免疫組織化学的方法で検討した。E2群では,摂食量はVeh群に比べて明期にのみ有意に低い値を示した。しかし,DD条件では,明期に相当する時間の摂食量がE2群でのみ有意に増加し,両群間での差が消失した。飲水量についてもほぼ同様の変化をした。活動量は,明期,暗期ともに両群間差が認められなかったが,DD条件では両群で増加し,更にE2群では,DD条件で暗期に相当する時間での活動量が有意に低下し,明期と暗期の差が小さくなった。体温は,E2群ではVeh群に比べ,明期の後半から暗期の前半にかけて低かった。DD条件で,Veh群では明期の始まりに相当する時間帯に体温が通常の光条件と同程度低下したが,E2群では低下の程度が小さくなった。SCNにおける明期のc-Fos発現細胞の数は,E2群でveh群よりも有意に多く,暗期では両群の差がなく,c-Fos発現細胞数の明暗差は,E2群で大きかった。DD条件では,E2群において明期に相当する時間におけるc-Fos発現が減少したが,veh群では変化無く,両群間の差が消失した。暗期の相当する時間におけるc-Fos発現は,光照射条件の変化の影響を受けなかった。以上より,エストロゲンは主に光に対するSCNの感受性を変化させることにより日内リズムに影響していることが示唆された。
内田有希(早稲田大学人間科学研究科)
時澤 健,永島 計(早稲田大学人間科学学術院)
【序論】我々の研究室では,寒冷環境において卵巣摘出ラットの体温調節反応が減弱すること,また,この減弱した体温調節反応は,エストロゲン投与により回復することを報告している。またエストロゲンの投与は,寒冷時にみられる脳視床下部内側視索前野(MPO),背内側部 (DMH) でのcFOS発現を有意に増加させ,褐色脂肪組織のUCP1mRNA発現量も増加させる。これらのことから,寒冷環境においてエストロゲンが体温調節反応に重要であることが示唆された。
【目的】寒冷環境の体温調節に関与するエストロゲンの作用機序を明らかにすることである。エストロゲンは中枢性に作用し,体温調節反応に影響するという仮説をたて,エストロゲンの脳視床下部局所投与が寒冷環境での体温調節反応に影響を与えるか否かを検証した。
【方法】9週令卵巣摘出ラットのMPO,DMHに設置したガイドカニューレを用い17-bエストラジオール (E2(+)),対照としてコレステロール(E2(-))を4時間局所投与した。投与48時間後,室温10℃,対照として25℃の環境に2時間おき,その間の体温をテレメトリーにて測定した。屠殺後,脳,褐色脂肪,血液を採取した。脳はcFOS免疫組織化学法で染色し,免疫陽性細胞数を数えた。褐色脂肪は全RNA抽出後RT-PCRにてUCP1mRNA発現量を定量した。
【結果】寒冷暴露時の体温はMPO群においてのみE2(+)試行で有意な上昇がみられた。しかし,寒冷暴露時のcFOS陽性細胞数,褐色脂肪のUCP1発現量はE2(+)試行とE2(-)試行で有意差はみられなかった。
【結論】MPOへのエストロゲン局所投与は寒冷環境における体温調節に影響を与えることが示唆された。エストロゲンは中枢性に作用し体温調節反応に関与すると考えられたが,具体的な作用機序は未だ明確ではない。
岩瀬 敏(愛知医科大学生理学第2)
皮膚交感神経活動(SSNA)は,末梢神経の皮膚神経束からマイクロニューログラフィーにより記録される。その性質として,不規則で,心拍には同期しないが,呼吸性変動を有し,覚醒刺激に反応して,一定潜時をおいて反射性にバースト発射を生ずる,遠心性の神経発射活動であることがあげられる。その神経活動の中には,血管収縮性神経活動(VC),発汗神経活動(SM),血管拡張性神経活動(VD)を含む。VCとSMは,独立してバーストを発射するが,VDはSMと同じ神経活動で,末梢の神経伝達物質が異なると考えられている。VCとSMの分離には,末梢効果器である皮膚血流(レーザードプラー皮膚血流量計)と発汗(皮膚電位)を測定することにより,可能となる。SSNAの役割は,体温調節にあるが,ストレスによっても誘発される。環境温を低下させるとVCが増加し,上昇させるとSM(同時にVD)が増加する。そのため中立温においては,活動は最低となる。体温調節において,SSNAの果たす役割は,発汗による蒸散作用,血管拡張による放熱促進,血管収縮による放熱抑制である。SSNAの調節は,おそらく皮膚表面から暖められた,あるいは,冷やされた血液が,脳に対流し,視床下部を介して行われる。これを対流性feedback系と呼ぶなら,暑熱あるいは寒冷ストレスにより皮膚温冷受容器→末梢神経→脊髄→視床→皮質→辺縁系→SSNAの賦活化の経路は,神経性feedforward系の体温調節とも言えるだろう。対流性と神経性の体温調節系の相互作用を,時系列手法を用いて,検討する。
田村 豊(福山大学薬学部)
Syrian hamster(Mesocricetus auratus ; 以下ハムスター)は,寒冷環境下,短日周期で飼育すると冬眠行動をとる。ハムスターの冬眠は,その体温変化により導入期,維持期,および覚醒期の3期に分類できる。これまでの研究により,冬眠導入期の体温下降は,A1受容体を介する中枢アデノシン系が,維持期の低体温はm受容体を介する中枢オピオイド系が,そして,覚醒期の体温上昇にはthyrotropin-releasing hormone系が重要な役割を果たしていることを明らかにしている。本研究では,オピオイド系による冬眠維持期の体温制御機構について検討を行った。冬眠維持期のハムスターに抗b-endorphin抗体を側脳室投与すると,冬眠は中断されハムスターは覚醒した。しかし,抗endomorphin-1,-2抗体の投与では冬眠は中断されなかった。免疫組織化学的手法により,冬眠期間中のb-endorphinの動態変化を検討したところ,弓状核において,冬眠開始直後に細胞体におけるb-endorphinの免疫反応性の増加が観察され,冬眠開始17時間後の時点では,神経線維における免疫反応性の上昇が観察された。さらに,real-time PCR法によりb-endorphinの前駆体であるproopiomelanocrtin (POMC)のmRNA発現量を調べたが,冬眠前後で有意な変化は観察されなかった。しかし,POMCからb-endorphin産生に関わるprohormone convertase-2 (PC-2) のmRNA発現量は,冬眠導入期で有意に上昇していた。また,western blotting法によりm 受容体蛋白の発現量を検討したところ,冬眠維持期では有意に減少していた。以上の結果は,冬眠維持期の低体温は,冬眠直後に弓状核で産生されたb-endorphinが軸索輸送により脳内各部位に運ばれ,m受容体を活性化することで制御されていることを示唆する。
土肥まどか(早稲田大学人間科学研究科)
内田有希,時澤 健,永島 計(早稲田大学人間科学学術院)
【背景】我々は卵巣摘出ラットにおいて,視床下部内側視索前野のエストロゲン局所投与が,寒冷暴露時の体温を上昇させることを報告した。この際,熱産生の指標として測定した褐色脂肪組織のUCP1(uncoupling protein 1) mRNAレベルに変化はなかった。
【目的】卵巣摘出ラットの視床下部内側視索前野エストロゲン局所投与が熱放散抑制に与える影響を明らかにすることである。
【方法】9週令メスラットを卵巣摘出し腹腔内に体温測定ラジオテレメトリーデバイスを留置した。術7日後,視床下部内側視索前野(MPO)にガイドカニューレを設置し,エストロゲン(E2(+))またはコレステロール(E2(-))を4時間局所投与した。投与2日後,10℃もしくは26℃の環境に2時間おいた。この間,サーモグラフィで尾表面皮膚温を計測した。
【結果】寒冷暴露時,室温と尾皮膚温の差はE2(-) 試行よりE2(+)の方が小さかった。また,ラットが体の下に尾を隠す行動はE2(-)試行よりE2(+)試行で多くみられた。
【考察】脳視床下部内側視索前野へのエストロゲン局所投与は寒冷暴露時の尾部熱放散反応を抑制する作用があると考えられた。
宮澤誠司,椎名貴彦,武脇 義,志水泰武
(岐阜大学大学院連合獣医学研究科 獣医生理学教室)
ハムスターやリスなどの小型齧歯類の一部は,冬季の厳しい環境を乗り越えるために冬眠を行う。冬眠中のハムスターにおいては,体温が10℃以下にまで低下し,心拍数は覚醒時の350回/分程度から20回/分以下に減少するが,心停止や細動,不整脈が発生することはない。すなわち,低体温下で心臓が障害を回避するメカニズムを解析するモデルとして冬眠動物は有用であるといえる。しかしながら,冬眠動物とラットやマウスなど非冬眠動物の比較をしたとしても,種差がつきまとうため具体的なメカニズムの解明には至らないと思われる。本研究では,冬眠中のハムスターが特殊な機序で心拍動を健常に維持しているのであれば,強制的に低体温を誘発しその機序が働かないようにすれば,心臓は障害を受けるはずであると考え,実験を行った。低体温を誘発する方法として,ネンブタール麻酔を用いた。ネンブタール麻酔後は,室温近くまで体温が低下すること,体温が30℃付近にまで低下しても褐色脂肪組織を支配する交感神経活動が亢進しないことから,体温調節中枢が抑制されていると判断した。ネンブタール麻酔下でハムスターを2℃の環境に放置すると,冬眠状態と同等の低体温が誘発できた。人工的な低体温の場合には,冬眠時と同様の心拍数低下が認められたが,心電図上にJ波と呼ばれる異常な波形とともに完全房室ブロックの波形が記録された。J波が低体温時に起こる心筋の異常を反映することを考えると,ハムスターの心臓も,致死的ではないにせよ,極度の低体温下では障害を受けると言える。すなわち,冬眠中に規則正しい拍動を維持するために,何らかの機序が働くということである。脳内のアデノシン系が冬眠の誘導に関与するという報告があるので,脳室内にアデノシンA1受容体アゴニストを投与して低体温を誘発したところ,J波や不整脈の発生は認められなかった。これらの結果より,冬眠動物の低体温に対する抵抗性は脳内アデノシン系により賦活化されると考えられる。