生理学研究所年報 第31巻
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分子生理研究系

神経機能素子研究部門

【概要】
 イオンチャネル,受容体,G蛋白質等の膜関連蛋白は,神経細胞の興奮性とその調節に重要な役割を果たし,脳機能を支えている。本研究部門では,これらの神経機能素子を対象として,生物物理学的興味から「その精妙な分子機能のメカニズムと動的構造機能連関についての研究」に取り組み,また,神経科学的興味から「各素子の持つ特性の脳神経系における機能的意義を知るための個体・スライスレベルでの研究」を進めている。

 今年度,これまでに引き続き,神経機能素子の遺伝子の単離,変異体の作成,tagの付加等を進め,卵母細胞,HEK293細胞等の遺伝子発現系における機能発現の再構成を行った。また,2本刺し膜電位固定法,パッチクランプ等の電気生理学的手法,細胞内Ca2+イメージング・全反射照明下でのFRET計測等の光生理学的手法,細胞生物学的研究手法により,その分子機能調節と構造機能連関の解析を行った。また,外部研究室との連携により,精製レコンビナント蛋白を用いた単粒子構造解析,遺伝子改変マウスの作成も継続して進めている。以下に今年度行った研究課題とその内容の要約を記す。

 

スプライシングの違いにより同一遺伝子から作られる
新規代謝型受容体蛋白と分泌蛋白の発現解析

久保義弘,山本友美
中尾和貴,清成 寛(理研CDB)

 我々は,スプライシングの違いにより同一遺伝子から,オーファン受容体(Long-Prrt3)と,そのN末端の細胞外部分のみからなる分泌蛋白(Short-Prrt3)の両方がつくられる機能未知の新規分子Prrt3の解析に取り組んでいる。Long-Prrt3蛋白は小脳プルキンエ細胞層直下のbasket細胞のシナプス前終末がある部分(cerebeller pinceau)や,正中隆起の表面に存在する下垂体隆起葉において発現が見られ,Short-Prrt3蛋白は,脳室の脈絡膜上皮細胞にほぼ限定して発現が観察された。しかしながら,現時点でその機能に関する手がかりが全く得られていないため,遺伝子破壊マウスの作成に踏み出すこととした。Prrt3遺伝子のすべてのexonが破壊され,代わりにLacZ遺伝子が挿入される相同組み替えの起きたB6マウス由来のES細胞を受精卵に打ち込み,キメラマウスを得た。毛色から判断し,ES細胞の寄与率は充分高いと考えられた。今後,遺伝子改変ヘテロマウス,およびホモマウスを得,LacZ発現を指標とした遺伝子発現部位の機能,さらに種々の行動解析を行う計画である。

 

2量体構造に由来する代謝型グルタミン酸受容体の
マルチパス制御様式の解明

立山充博,久保義弘

 代謝型グルタミン酸受容体I型(mGlu1a)は,発現環境に応じて複数のG蛋白質(Gs,Gq,Gi)を活性化するマルチパス受容体として機能する。ホモ二量体で構成されるmGlu1は,リガンド結合サブユニットのみならず,他方のサブユニットを介してもGq経路を活性化することが知られていた。これに対し,我々は,このようなサブユニット間でのG蛋白質活性化様式ではGi/o経路やGs経路が活性化されないことを見出した。さらに,Gq経路とGi/o経路活性化における差異について検討を進めた結果,mGlu1サブユニットの一つにG蛋白質共役阻害変異を導入した場合,Gq経路活性化は影響を受けないが,Gi/o経路活性化が抑制されることが明らかとなった。同様なGi/o経路活性化減弱作用はmGlu2受容体でも確認されたことから,代謝型グルタミン酸受容体によるGi/o経路の十分な活性化には両方のサブユニットがどちらもG蛋白質と共役できる状態でなければならないということが示唆された。

 

全反射照明下FRET解析によるG蛋白質活性化の可視化

立山充博,久保義弘

 情報伝達において重要な役割を担うG蛋白質共役型受容体(GPCR)は,リガンドとの結合によりヘテロ三量体G蛋白質を活性化して細胞内に情報を伝達する。この過程を詳細に解析するために,受容体やG蛋白質に蛍光蛋白を付加し,それらの蛍光共鳴エネルギー遷移(FRET)を測定した。実験には,Gq蛋白質とGq共役型受容体であるムスカリン受容体(m1R)に蛍光蛋白質を付加したものを用いた。先ず,受容体刺激によるGaqとGb1サブユニットの解離は,i) Gaq-CFPとYFP-Gb1でのFRETの減少として検出された。次に,受容体とGq蛋白質の会合は,ii) C末にYFPを付与した受容体(m1R-YFP)とCFP-GbgでのFRET増加として検出された。このようなFRET変化は,Family Aに属するm3Rやプリン受容体でも再現されたが,Family Cに属する代謝型グルタミン酸受容体(mGlu1a)では再現できなかった。これには,mGlu1aの長いC末端の関与が示唆された。さらに,受容体とGq蛋白質の会合を,iii) m1R-YFPとGaq-CFPでのFRET変化としても検出するために,研究を進めている。

 

KCNQ1-KCNE1複合体中のKCNE1のサブユニット数を数える

中條浩一,久保義弘
Maximilian Ulbrich, Ehud Isacoff(カルフォルニア大学バークレー校)

 電位依存性カリウムチャネルのKCNQ1は,心臓においてKCNE1と複合体を構成し,心筋の興奮性制御に寄与している。KCNQ1は他の電位依存性カリウムチャネルと同様,四量体でひとつのイオンチャネルを構成していると考えられるが,それに対し何個のKCNE1サブユニットが結合するかについては長い間議論が続いていた。我々はカリフォルニア大学の研究グループと共同で,一分子レベルの蛍光(GFP)の退色ステップを観察することで,複合体中に含まれるKCNE1サブユニットの数を直接数えることを試みた。その結果,KCNE1サブユニットは1イオンチャネル複合体中に最大4個含まれることがわかった。またその数はKCNQ1とKCNE1の細胞膜上での相対発現密度に依存して0-4個の間で変化することもわかった。今回の結果は,KCNQ1チャネルの複合体構成が,相対発現密度などが変化することにより,細胞膜上で変化する可能性を示唆している。

 

KCNEサブユニットの種類に依存したKCNQ1機能調節機構の違い

中條浩一,久保義弘
西野敦雄(大阪大院理),岡村康司(大阪大院医)

 電位依存性カリウムチャネルのaサブユニットをコードするKCNQ1チャネルは,心臓ではKCNE1と複合体を構成し,非常にゆっくりとしたキネティクスを持つIKsと呼ばれる電流を担うが,腸においてはKCNE3と複合体を構成し,常時開状態のチャネルを構成する。

 我々は,ホヤのKCNQ1ホモログであるCi-KCNQ1がKCNEサブユニットによって修飾を受けないことを利用し,KCNQ1のどの部位がKCNEによる修飾に重要であるか同定することを試みた。するとKCNE1による修飾においては,KCNQ1のポア領域(S5-S6)のアミノ酸が重要な役割を果たしているのに対し,KCNE3による修飾においては,電位センサードメインの一部に相当するS1セグメントが重要な役割を担っていることがわかった。すなわち,KCNEはその種類によってKCNQ1の異なる部位に作用していることを示唆しており,KCNEによるKCNQ1の修飾機構の違いを理解するうえで,重要な知見となりうる。

 

代謝型グルタミン酸受容体の点変異E238Qを持つマウスの行動解析

山本友美,久保義弘
饗場 篤(東京大院医)

 代謝型グルタミン酸受容体mGluR1は,小脳プルキンエ細胞に発現し,長期抑圧等のシナプスの可塑的変化に重要な役割を果たす。我々は,mGluR1が,グルタミン酸のみならず細胞外の多価陽イオンによっても活性化されることを見いだした。また,ホモ2量体の接触部にあるアミノ酸残基の点変異Glu238Glnにより,グルタミン酸に対する感受性は変わらず3価の陽イオンによる活性化が完全に失われることを観察した。3価の陽イオンに対する感受性の生理的意義を明らかにするためにGlu238Gln変異マウスを作成し,小脳機能解析の予備実験を行ったところ野生型と比して明確な変化は見られなかった。そこで,より厳密な解析を行うために,これまで,B6マウスに遺伝的背景を揃えるための交配を進めてきた。その交配がようやく10代を超えたので,E238Qヘテロのオスとメスを多数得るための交配を開始した。今後,ここから,同腹の野生型とE238Qホモマウスを多数確保し,来年度中に,網羅的行動解析を実施する計画である。

 

TRPA1チャネルの種特異的カフェイン応答に関する機能決定部位の同定

長友克広(弘前大院医),久保義弘

 我々は,これまでにマウス腸由来神経内分泌細胞STC-1のカフェイン応答に,TRPA1が関与していること,このTRPA1チャネルのカフェイン応答には,種差による違いがあり,マウスTRPA1はカフェインにより活性化され,ヒトTRPA1は抑制されることを見いだした。さらに,このカフェイン応答の種差を決定する部位を明らかにするために,種々のマウスとヒトのキメラチャネルを作成して解析を行い,重要な部位がアミノ末端細胞内領域の231-287A.A.にあることを明らかにした。今年度,マウスTRPA1を土台に,この領域内のマウスとヒトのアミノ酸残基が異なる箇所をひとつづつヒト型に置換した点変異体を網羅的に作成し,機能解析を行った。その結果,Met268をProに変異させたマウスTRPA1は,ヒトTRPA1と同様,カフェインによって抑制されることが観察された。この結果は,カフェインによる活性化にMet268が重要な役割を果たしていることを示すものである。同時に,カフェインによる抑制効果は,例えばポアブロックといったマウス・ヒトで共通の機構によっており,マウスTRPA1では,活性化効果によって抑制効果がマスクされているという可能性も示唆される。

 

FRET解析によるGABAB受容体の活性化機構の解明

松下真一,久保義弘,立山充博

 抑制性神経伝達を担うGABAB受容体は,G蛋白質共役型受容体でありFamily Cに属する。機能的に異なるサブユニット(GB1aおよびGB2)からなるヘテロ2量体であるGABAB受容体の活性化機構を検討するため,GB1aおよびGB2それぞれの細胞内ループに蛍光蛋白を付加し,それらの蛍光共鳴エネルギー遷移(FRET)について解析した。その結果,GB1aのループ2とGB2のループ1または2との間でのみサブユニット間FRETの減少を確認した。これに対して,リガンド投与によるサブユニット内FRETの変化は,GB1aおよびGB2において検出されなかった。この結果は,リガンド投与によるサブユニット内FRETの減少を示すFamily A受容体のムスカリン受容体とは異なるものであった。サブユニット内FRETは変化せずサブユニット間FRETが変化するという結果は,Family Cの代謝型グルタミン酸受容体で得られたものと同じであり,Family C受容体によるG蛋白質活性化にはサブユニット間の配置転換が重要な役割を占めることが示唆された。

 

P2X2チャネルの膜電位とATP濃度に依存したゲート機構の分子基盤の解析

Batu Keceli,久保義弘

 ATP受容体チャネルP2X2は,膜電位センサーを有しないが膜電位依存的活性化を示す。これまでに,その構造基盤を明らかにすることを目的として変異体解析を行い,ATP結合部位の変異(Lys308Arg)と,膜貫通部位の細胞外側端の変異(Thr339Ser)により,膜電位依存性ゲーティングが劇的に変化することから,ATP-ATP結合部位複合体と,膜貫通部位細胞外側端が複合的に寄与していることを明らかにした。最近報告されたP2Xチャネルの結晶構造によると両部域は大きく離れている。そこで,今年度,両者がどのようにして機能的に連結しているかにアプローチするため,両者を結ぶ,bシート構造をとるリンカー領域に着目して網羅的変異解析を行った。その中のAsn315Ala変異体は,[ATP]-応答関係において,EC50値の異なる二成分を示した。そして,低ATP濃度下では膜電位依存性が弱く恒常的に活性化しているのに対し,高ATP濃度下では過分極側でより活性化する明確な膜電位依存性を示した。このことから,[ATP]-応答関係でみられた二成分が,膜電位依存性の観点からも異なる性質を有することが示された。

 

プルキンエ細胞におけるGABAB受容体により活性化される
Cs+透過性K+チャネルKCNK13の構造機能連関

石井 裕,中條浩一,久保義弘
柳川右千夫(群馬大院医)

 マウス小脳スライスにおいてプルキンエ細胞のGABAB受容体を活性化すると外向きK+電流が観察される。この電流は,Cs+やtertiapin-Qによって阻害されないこと等から,GIRKチャネル電流ではないことが示され,Cs+透過性を有するKCNK13チャネルが候補分子として同定された。今年度,KCNK13チャネルの持つ二つのユニークな性質,すなわちCs+透過性とGbgによる活性化の構造基盤を明らかにすることを目的として,種々の変異体の作成と機能解析を行った。その結果,ポア領域のSer109ThrとSer236Thrの二重変異によりCs+透過性がほぼ消失することから,このふたつのアミノ酸残基が,イオン選択性の決定に寄与していることが明らかになった。さらに,Gbg 結合モチーフに類似したアミノ酸配列がN端(EDNA)およびC端(SEMA)の細胞内領域に見いだされたので,このアミノ酸配列をAAAAに変異させたところ,どちらの場合もGbgの共発現による電流増加が消失した。このことから,この両方がGbgによる活性化に必要であることが明らかになった。

 

分子神経生理研究部門

【概要】
 分子神経生理部門では哺乳類神経系の発生・分化,特に神経上皮細胞(神経幹細胞)からどのようにして全く機能の異なる細胞種(神経細胞,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなど)が分化してくるのか,について研究を進めている。また,得られた新しい概念や技術は臨床研究への応用を視野に入れながら,病態の解析にも努力している。

 脳神経系では他の組織とは異なり多様性が大である。大げさに言えば,神経細胞は一つ一つが個性を持っており,そのそれぞれについて発生・分化様式を研究しなければならない程である。また,均一であると考えられてきたグリア細胞にも性質の異なる集団が数多く存在することも明らかとなってきた。そのため,他組織の分化研究とは異なり,細胞株や脳細胞の分散培養系を用いた研究ではその本質に迫るには限界がある。われわれはin vitroで得られた結果を絶えずin vivoに戻して解析するだけでなく,神経系の細胞系譜の解析や移動様式の解析をも精力的に行っている。

 近年,成人脳内にも神経幹細胞が存在し,神経細胞を再生する能力を有することが明らかとなった。この成人における神経幹細胞数の維持機構についても研究している。

 糖蛋白質糖鎖解析法を開発し極めて微量な試料からの構造解析が可能となった。脳内において,新しい糖鎖構造を発見し,その生理学的意義について検討している。

 

グリア細胞の発生・分化

等 誠司,後藤仁志,臼井紀好,池中一裕

 中枢神経系において,神経細胞の多様性は発生期に形成されることが知られている。その一方でグリア細胞の発生メカニズム,発生起源,及び発生期に規定付けられる機能的多様性については未だ不明な点が多い。

 本研究室ではグリア細胞の発生を規定する分子としてOlig2転写因子に着目し,グリア細胞の発生・分化機構の解明を試みている。グリア細胞においてOlig2がどのような分子機構で発生・分化を制御するかは未だ不明な点が多い。これらを解明するためにyeast two hybrid法やin vitro pull down法によりOlig2結合蛋白質の解析を進めている。

 また,昨年度に引き続き,前脳オリゴデンドロサイトの背側と腹側の境界領域に位置する発生起源についても解析を進めるとともに,小脳オリゴデンドロサイトの発生起源に関しても解析を行っている。

 更に,アストロサイトにも発生する場所に応じてサブタイプが存在する可能性を想定し,脊髄をモデルとした解析系の確立をニワトリ胚を用いて行っている。

 

神経幹細胞の生成と維持

等 誠司,Akhilesh Kumar,石野雄吾,池中一裕

 神経幹細胞は全ての神経細胞・グリア細胞の供給源であり,脳の構築に非常に重要であるにもかかわらず,その生成の分子機構は不明な点が多い。本グループは早期胚のepiblastにおいて神経幹細胞の前駆細胞である未分化神経幹細胞の培養に成功し,神経幹細胞の誘導にNotchシグナルの活性化が必須であることを解明した。さらに,Notchシグナルの活性化の初期段階をglial cells missing 1/2 遺伝子が担っていることを明らかにし,詳細な分子機構の解明を進めている。そこで得られた知見をES細胞に適応し,試験管内でのES細胞から神経幹細胞の誘導を試みる。一方,神経幹細胞は成体脳においても一部の領域(海馬や嗅球など)に新生神経細胞を供給し,脳機能維持に必要であることが示唆された。特に,海馬における神経新生は,記憶や学習といった脳の高次機能と関係する可能性が指摘されている。本グループでは,躁うつ病の治療に用いられる気分安定薬が成体脳における神経幹細胞の自己複製能を高めること,それがNotchシグナルの活性化によることを明らかにした。今後は,気分安定薬のNotchシグナルにおける分子標的の同定や,神経幹細胞の増加が気分を安定させるそのメカニズムの解明に取組む。

 

神経細胞の移動・軸索ガイダンス

稲村直子,臼井紀好,池中一裕

 脊髄の組織構築形成をモデルとして,回路網形成と細胞移動の制御機構を解析するために,脊髄の回路網形成および視床網様核の細胞の移動について研究を行った。今までに,一次求心性線維の脊髄内における回路網形成においては,脊髄背外側部で一過性に発現するnetrin 1が抑制的に作用してwaiting periodを形成することを明らかにした。今年度,増田知之博士(福島県立医大)との共同研究から,一次求心性繊維が後根神経節から脊髄背側部まで向かう際にも(つまり脊髄に入る前の段階でも),netrin 1が反発性因子として作用していることを見出した。また,感覚神経の軸索ガイダンスについては,Olig2ノックアウトマウスで感覚ニューロンの軸索ガイダンスの異常がみられ,それが運動ニューロンの欠損によると推測され,詳しい解析を進めている。腹側視床の形成については,発生中の視床網様核において,Zona limitans intrathamica周囲のOlig2陽性細胞から分化したニューロンの局在が,発生が進むにつれて脳室側から外側方向(軟膜側)へと変化していた。このことは,発生中の腹側視床ではニューロンが脳室側から軟膜側へ移動して視床網様核を形成している可能性が考えられ,経時観察による解析を検討している。

 

グリア細胞の機能と病態

田中謙二,李 海雄,清水崇弘,杉尾翔太,Seung-Up Kim,Elior Peles,池中一裕

 グリア細胞の重要な機能の一つにシナプス伝達の調節がある。近年,グルタミン酸とATPがアストロサイトから放出され,シナプス伝達を調節することが提唱されているが,その放出部位,放出頻度など不明な点が多い。名古屋大学(現 東京大学)廣瀬教授の開発したプローブを用いて培養アストロサイトから放出されるグルタミン酸を可視化することに成功した。また名古屋大学 曽我部教授のグループと共同で,ルシフェリン発光を利用し,培養アストロサイトから放出されるATPの可視化にも成功した。これらのイメージングの解析から,ATP刺激によるグルタミン酸放出,グルタミン酸刺激によるATP放出が確認されたが,これらの放出は培養アストロサイトの1~10%の細胞だけで観察されること,その放出時間が数十秒あることなどが分かった。今後は,放出に関わる分子の同定,放出の観察されるアストロサイトの特徴抽出,ATPとグルタミン酸との同時測定が課題となった。

 

N-結合型糖鎖の構造決定と機能解析

吉村 武,等 誠司,Akhilesh Kumar,Salma Jasmine,
Jan Sedzik,伊藤磯子,小池崇子,池中一裕

 糖鎖を有する分子は細胞表面や細胞外に存在し,細胞間相互作用やシグナル伝達に深く関わっている。これまでに我々は(1)脳内糖鎖発現パターンが発生時期に劇的に変化すること,(2)いくつかの糖鎖の発現量が顕著に変化すること,(3)シアル酸付加糖鎖の構造解析から,大脳皮質の発達過程において劇的に変化する新規シアル酸糖鎖が存在することを明らかにした。本年度はHPLCを使ったN-結合型糖鎖の微量解析法を開発し,この解析法を用いて生検資料や精製した中枢神経や末梢神経由来の髄鞘の糖鎖構造を決定した。また,ゲルから単一糖蛋白質を切り出し,高回収率で糖鎖を解析する技術を開発した。

 我々はN-結合型糖鎖解析過程でLewis X糖鎖構造の合成に関わる新規フコース転移酵素FUT10を見出した。そして,糖蛋白質糖鎖にフコースを転移することや神経細胞移動に関与することを明らかにした。

 

ナノ形態生理研究部門

【概要】
 「構造と機能」という分子生物学のパラダイムは生物の機能が生体高分子,特に蛋白質の独自の構造によって支えられていることを明かにして来た。本部門では細胞内超微小形態を高分解能,高コントラストで観察する新しい電子顕微鏡の開発を背景に細胞の「構造と機能」を研究している。

 永山グループは位相差電子顕微鏡の開発と,その応用として,DNA1分子の塩基配列直読法開発,チャネルを中心とした蛋白質の電子線構造解析,“複雑な”生物試料へのZernike位相差法の応用,低温トモグラフィーの生物応用を行った。

 物質輸送に関する研究が主眼である村上グループは,唾液分泌における傍細胞水輸送の駆動力と細胞内信号による調節機構を研究し,唾液中に血液側から種々の化学物質が出現する基本機構を明らかにした。また漢方薬の顎下腺に対する水分泌促進機構研究を開始した。

 大橋グループはエンドソーム−ゴルジ細胞内膜系の選別輸送のメカニズムと生理機能の研究を行った。

 

Aharonov-Bohm効果を応用した位相差電子顕微鏡用位相板の開発

Radostin Danev,永谷幸則,永山國昭
伊藤俊幸,喜多山篤(テラベース(株))

 昨年に続き,薄膜位相板を用いた場合の電子線損失問題を解消できる,Aharonov-Bohm(AB)効果を応用した位相板の開発を行った。AB効果位相板は極めて細い一本の棒磁石を絞り孔に橋かけし,磁石が作り出すベクトルポテンシャルを利用する。10mm直径の白金線から刀様の極細線をFIBで切り出しその刃の上に永久磁石材料を蒸着する方法で製作した。500nm幅×10mm厚×50mm長の刀様極細線を作る技術が確立し,その刃の上に10~20nm厚の磁石材料(コバルト,ニッケル)を蒸着できた。このAB効果位相板の性能テストを120kV位相差専用電顕で行い,位相変化を計測した。結果的に2つの難点が見つかった。1つは細線表面の寄生帯電。もう1つは細線近傍の漏れ磁場。前者は厚めの炭素膜コーティングで解決することが分かった。後者は細線磁石の新規デザインで対応することとなり次年度に持ち越された。

 

DNA/RNA塩基配列の電子顕微鏡1分子計測法の開発

香山容子,永田麗子,永山國昭
片岡正典(計算科学研究センター)
新田浩二(テラベース(株))

 1分子のDNA/RNAの塩基配列決定の高速化を図るため,電子顕微鏡技術を基軸に新しい方法論を開発している。この方法はi)全核酸塩基の化学修飾による体積・電子密度差の増幅とDNA/RNAの一本鎖への解離,ii)完全伸長した多数の一本鎖DNA/RNA分子の一方向整列によるアレイ作成,iii)アレイ化した一本鎖DNA/RNAの電顕による観察と識別,iv)修飾塩基間のコントラスト差から塩基配列の解読,の4つの要素技術により成り立っている。昨年TとUを除く3種の構成塩基全てを塩基選択的に化学修飾することに成功し,各塩基間の体積と電子密度差の増幅が可能となった。今年はこの手法の修飾効率向上のための条件検討をおこなった。検討結果から修飾効率がDNAの鎖長に依存し,とくに1Kbを超えるものでは鎖の切断といった副反応が生じることが明らかとなった。高度に修飾される反応条件と鎖長を最適化し,修飾DNAをカーボンナノホーンまたはグラフェンを基板として担持することで,電子顕微鏡観察時の背景信号を限りなく少なくして一本鎖DNA分子の電子顕微鏡観察を試みた。

 

膜タンパク質の構造解析

重松秀樹,細木直樹,曽我部隆彰,富永真琴,永山國昭
飯田秀利(統合バイオ客員教授),本間道夫(名古屋大学大学院理学系研究科)

 結晶化の困難な膜蛋白質の構造を電子顕微鏡像から決定する手法として単粒子解析に取り組んでいる。2種類(TRPV4,MCA2)の膜蛋白質については,組み換え発現系を構築し,精製蛋白質の構造を界面活性剤可溶化状態で構造解析を行った。その結果TRPV4については35Å分解能の立体構造が得られ,J. Biol. Chem. に投稿し受理された。またMCA2についても24Å分解能の立体構造が得られ,学会発表行い,論文投稿を行った。また,昨年度に続き,Vibrio菌由来のモータ蛋白質基部複合体HBBについて,位相差低温トモグラフィーを開始し,立体構造が得られた。結果をJ. Str. Biol. に投稿した。

 

位相差低温トモグラフィーの開発と応用

Radostin Danev,福田善之,細木直樹,永山國昭

 CRESTの経費で導入された200kV位相差電顕(JEM2200F)を用いて低温トモグラフィーの開発を行い半自動化計測システムを構築した。このシステムをDNA・脂質複合体,各種蛋白質(Vibrio菌由来のHBB,DicerおよびDicer/RNA複合体),各種ウィルス(TMV,ファージエプシロン15,ファージT4,インフルエンザウィルス),培養細胞系(神経細胞)に適用し高いコントラストと高分解能の立体構造を得ることができた。通常法に比べ同一解像度で比較した場合1/3の粒子数で立体構造を起こせることがわかった。TMV(タバコモザイクウィルス)を用いた位相差低温トモグラフィーの結果はJ. Str. Biol. に投稿した。

 

電子・光子ハイブリッド顕微鏡の開発

飯島寛文,永山國昭
箕田弘喜(東京農工大学工学部)

 CREST研究の一環として2007年より同一サンプル,同一視野を同一時間に観察可能な蛍光顕と電顕が完全に一体化されたハイブリッド顕微鏡を200kV電顕を基体に開発している。市販の長尺用対物レンズを側方から試料ステージ下部にはめ込み穴開き(1mm径)ミラーを試料下部に設置し,試料を下方から光照射しその蛍光像を得ることができた。一方試料通過後の電子線は穴開きミラーの穴を通り通常の電顕像が得られる。こうして同一サンプルにつき同一視野同時観察するシステムが完成した。Qdotや蛍光染色シアノバクテリアを用いその性能が確かめられた。

 

唾液分泌における傍細胞輸送の駆動力と細胞内信号による調節

村上政隆

 傍細胞輸送がどのような駆動力で維持されるのか,またいかなる細胞内信号で制御されるかを明らかにするため,摘出血管灌流ラット顎下腺を用い実験した。2009年度に実施した内容は,1) 灌流動脈圧を計測する測定系により,流速を6ml/minから25ml/minの間で変化させ,80-250mmHgの間で流入圧が線形的に変化することを測定し,流速と流入圧の関係から入力抵抗とゼロフローでの圧力(毛細管圧)を求めた。種々のカルバコール濃度に対して入力抵抗は用量依存的に減少したが,ゼロフロー抵抗は一定であった。このデータを基に分泌刺激中に流速を変化させることで静水圧が変化することになる。この静水圧変化は唾液分泌速度を変化させた。灌流圧に応じて,水分泌も蛍光マーカー(細胞内を通過しないLucifer Yellow, mw=520)分泌も変化し,傍細胞輸送の駆動力に静水圧が寄与することが判明した。2) 灌流液から唾液中への色素移行とCaの関係を種々の分泌刺激薬で調べた。その結果,傍細胞輸送はCa依存性であることが判明した。3) ムスカリン受容体刺激でNOが産生され血管抵抗が低下し血流を増加させる機構が提示されていた。L-NAME=0.3mMを与えると圧は140mmHg から180mmHgに上昇したが,CChにより111±9mmHgに低下し,L-NAMEがない場合の103±5mmHgに対し有意差はなく,分泌刺激中の動脈圧はNOには依存しないことが判明した。4) 連携研究者/海外の研究協力者と共同研究を進め,タイト結合の凍結割断標本観察/SEM観察,細胞内Ca測定,傍細胞輸送の静水圧による駆動の可能性を検討し,国内で開催の国際学会で発表した。

 本研究により,唾液腺細胞の血液側から種々の溶質が唾液中に出現する基本機構が明らかになった。このことは唾液化学分析により血液化学組成を予測するための実験的な裏付けとなる。

 

漢方薬-丹参-の灌流ラット顎下腺に対する水分泌促進機構

村上政隆,魏 飛
魏 睦新(南京医科大学第一付属医院 中医内科)

 唾液腺の水分分泌を増加させる漢方薬のうち,この漢方薬のみで傍細胞経路の開閉を起す丹参(DS)について,小さい分子を通す傍細胞経路がより活性化されることが見つかっていたが,水分泌反応の用量依存性を調べると,用量が大きくなると反応の潜時が短くなり,受容体が唾液腺細胞の表面ではないことが示唆された。DS水溶液のHPLCパターンを検討すると,水溶性有効成分として報告されているSalvianolic acid Bがもっとも大きなピークとして測定された。今後このピークを注目し,経口投与により血液中に出現する濃度を検討し,摘出灌流腺の結果と対応させ,生体内でのDS用量依存性を推定する。

 

エンドソーム−ゴルジ細胞内膜系の選別輸送のメカニズムと生理機能

大橋正人
木下典行(基生研)

 エンドソーム−ゴルジ系などの細胞内膜系が,極性細胞の形態形成シグナル制御において果たす役割を解析している。上皮系細胞のエンドソーム−ゴルジ細胞内膜系分子の,FL-REX (fluorescence localization - based retrovirus - mediated expression cloning) 法による探索をすすめ,エンドソーム−ゴルジ系に局在することの判明した膜蛋白質の中から,初期発生シグナルに関与する新たな機能分子の候補を挙げることに成功した。

 これまでに過剰発現やモルフォリーノオリゴなどの手法により解析を進めた結果,平面細胞極性 (planar cell polarity, PCP) シグナル経路との関連が分かってきた。PCPシグナルはWnt受容体Frizzledや細胞質蛋白質DishevelledをはじめとするコアPCPタンパク質の作用によって伝達される。例えば内耳の蝸牛管のステレオシリアが同じ方向性を示すように,組織全体のグローバルな極性を感知して個々の細胞の極性を生み出す役割を果たしている。PCPシグナル作用において,シグナル分子の細胞内での動的局在,例えば,細胞膜での非対称な分布や,細胞内メンブレントラフィックによる制御が重要な役割を持っていることが示唆されている。

 そこで現在,哺乳動物モデル細胞培養系とアフリカツメガエルの胚発生実験系による解析を相互にフィードバックさせながら利用し,上記のエンドソーム−ゴルジ細胞内膜系に局在するPCPシグナル制御分子の作用が,メンブレントラフィックとどのように関係しているかについて解析を進めている。

 



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