生理学研究所年報 第31巻
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大脳皮質機能研究系

脳形態解析研究部門

【概要】
 脳形態解析部門では,神経細胞やグリア細胞の細胞膜上に存在する伝達物質受容体やチャネルなどの機能分子の局在や動態を観察することから,シナプス,神経回路,個体行動の各レベルにおけるこれらの分子の機能,役割を分子生物学的,形態学的および生理学的方法を総合して解析する。特に,各レベルや各方法論のギャップを埋めることによって脳の機能の独創的な理解を目指している。

 具体的な研究テーマとしては,1) グルタミン酸受容体およびGABA受容体と各種チャネル分子の脳における電子顕微鏡的局在を定量的に解析し,脳機能との関係を明らかにする。2) これらの分子の発達過程や記憶,学習の基礎となる可塑的変化に伴う動きを可視化し,その制御メカニズムと機能的意義を探る。3) 電位依存性カルシウムチャネルの脳内微細構造上の局在を明らかにし,カルシウムシグナルにより制御されている種々の生理現象の分子基盤を明らかにする。4) 脳におけるシナプスやグルタミン酸受容体局在の左右差とその生理的意義を探る。5) シナプス-グリア複合環境の動的変化による情報伝達制御のメカニズムを明らかにする。6) シナプス接着因子Neuroligin/Neurexinの機能を明らかにし,これらを標的とした自閉症モデル動物を確立する。

 

シナプスを取り巻く微細構造空間のシナプス伝達特性への影響

松井 広,Timotheus Budisantoso,深澤有吾,重本隆一

 脳内の情報処理は,細胞間を信号が次々と受け渡される過程を通して進むと考えられている。伝達物質がどのように放出されるのかといったシナプス前性の要因,及び,受容体がどのような伝達物質濃度に対して反応するのかといったシナプス後性の要因に関して,研究が進んでいる。しかし,薄い細胞間隙の複雑に入り組んだ迷宮を伝達物質が拡散し,細胞表面に発現している受容体が次々と活性化する様子は,直接可視化されていない。この狭い空間に,脳における情報処理の本質の多くが詰まっているわけであり,シナプス形態のわずかな違いや,発現している分子の数・分布等のほんの少しの揺らぎによって,信号伝達特性が大きく変わることが予想される。逆に,それぞれのシナプスの果たす生理的役割に従って,これらの構造が生体内で最適化されているとも考えられる。そこで,シナプスの微細構造が神経細胞間の信号伝達特性にどんな影響を与えるのか調べ,生理的機能を果たすのにどう役立っているのか明らかにすることを目的とし,研究を行っている。

 中枢神経系における主要な興奮性信号伝達機構としては,グルタミン酸作動性シナプスが挙げられる。我々は外側膝状体(LGN)中継細胞のグルタミン酸作動性シナプスに注目した。視覚情報は,網膜から大脳皮質に伝えられる途中で,LGNを経由する。網膜神経節細胞とLGN中継細胞間のシナプスは,神経信号の単純な中継ぎをしているわけではない。このシナプスでの顕著な短期性の可塑的な変化は,視覚情報処理の一端を担っていると考えられる。網膜神経節細胞はある程度の速い周波数で発火することがあるので,放出−応答連関は,発火毎の独立した事象ではなく,直前の履歴を引きずることになり,シナプス伝達の短期可塑性の一部は,細胞間隙における伝達物質の振る舞いに影響される可能性がある。我々はラット急性脳スライス標本を作製し,この短期可塑性のメカニズムを電気生理学的手法を用いて明らかにすることを目指した。また,超薄切片の電子顕微鏡像の三次元再構築や凍結割断レプリカ免疫標識法(SDS-digested freeze-fracture replica labeling, SDS-FRL)を用いて,このシナプスの微細環境を解析し,シナプス伝達に影響を与える構造的要素(個々のシナプスの間の距離,AMPA受容体の発現様式,シナプスに対するグリア細胞膜配置様式等)を明らかにした。これを元に,伝達物質の拡散およびシナプス後細胞に生じる応答をシミュレーションし,電気生理学的に記録される応答と照らし合わせた。このような研究を通して,伝達物質濃度推移の時空間特性を理解し,数ミクロン以内の狭い空間で,ミリ秒単位で制御される信号の受け渡し過程の全貌をつかむことを目指している。

 

小脳運動学習の記憶痕跡

王 文,Wajeeha Aziz,足澤悦子,深澤有吾,重本隆一

 ある種の運動の学習が行われる過程では,小脳における平行線維—プルキンエ細胞シナプスの長期抑圧現象が関与することが知られている。しかし,実際に学習した動物において,シナプスに存在するAMPA受容体数やシナプスの構造にどのような変化が起こるのかは知られていなかった。我々は,マウスの水平性視機性眼球運動をモデルとして一時間の学習で引き起こされる短期適応が,小脳片葉の平行線維—プルキンエ細胞シナプスにおけるAMPA受容体の密度減少を伴っていることを,凍結割断レプリカ標識法によって明らかにした。また,5日間連続の一日一時間の学習によって引き起こされる長期適応は,AMPA受容体ではなく平行線維—プルキンエ細胞シナプス自体の減少を伴っていることを明らかにした。これらの結果は,脳内に短期的に刻まれる記憶の痕跡が,長期的に安定化されるに従って,構造的な変化へと変換されることを示している。さらにこの変換に関わる分子メカニズムを解明することを目指している。

 

記憶・学習とグルタミン酸受容体の局在調節機構の役割

深澤有吾,重本隆一

 神経細胞はシナプスを介して機能的に結合し,情報伝達することで,脳の情報処理機構を担い,また,その機変化が学習・記憶の細胞レベルの素過程であると考えられている。グルタミン酸を介したシナプス伝達は,脳内の主要な興奮性シナプス伝達であり,シナプス前細胞から放出されたグルタミン酸がシナプス後細胞のグルタミン酸受容体に結合することで興奮が伝達される。従って,シナプス後に発現するグルタミン酸受容体の種類や量,また,その分布が個々のシナプスでの伝達特性の調節に深く関与し,これらの変化が記憶形成に重要な役割を持つと考えられる。本研究課題では,AMPA型グルタミン酸受容体を中心にグルタミン酸受容体の細胞膜上分布を凍結割断レプリカ標識法を用いて明らかにすると同時に,学習時や実験的シナプス可塑性(長期増強現象)誘導時の受容体局在を観察することで,記憶・学習現象と受容体局在との関連性や因果関係を明らかにすることを目的としている。これまでに海馬歯状回シナプスの長期増強現象誘導後にシナプス内AMPA受容体密度が一過性に増加することを見出し,現在,その生理的な意義について検討している。シナプスに発現するAMPA受容体密度変化が短期的な記憶痕跡であれば,AMPA受容体密度変化を可視化することで記憶形成領域を可視化できる可能性があるので,脳内の広範な領域で短期記憶痕跡をマップ化し,学習・記憶形成の場を明らかにできる可能性が有る。将来的にはシナプスの機能的変化と神経細胞のネットワーク活動との関連や,それがどのように記憶形成に関与するのかについて明らかにしたいと考えている。

 

海馬シナプスの左右差

篠原良章,川上良介,重本隆一

 脳の機能的な左右差はヒトでよく知られているが,その分子基盤はほとんど知られていない。我々は九州大学の伊藤功助教授らとの共同研究により,マウスの海馬NMDA受容体サブユニットNR2Bが左右の海馬の対応するシナプスで非対称に配置されていることを発見した。さらにシナプス形態や他のグルタミン酸受容体の左右差を調べたところ,CA1放射状層においては,右から入力を受けるシナプスが,左から入力を受けるシナプスに比べ,サイズが大きくmushroom typeのスパインが多く,AMPA型グルタミン酸受容体GluR1サブユニットの密度が高いことを発見した。NR1, NR2A, GluR2などその他のサブユニットは,これらのシナプスに同じ密度で分布しているが,サイズの違いから蛋白総量は右から入力を受けるシナプスの方で約1.5倍多くなっている。さらにこの非対称性の生理的意義を解明するために,左右の脳を分断したマウスで空間学習を調べたところ,右の海馬を用いた場合の方が,左の海馬を用いた時に比べ,学習能力が高いことが明らかになった。現在,これらの現象の因果関係を解明することを目指している。

 

Calyx of Heldシナプス成熟過程における受容体配置の変化と機能

釜澤尚美,松井 広,重本隆一

 脳における情報処理が正常に機能するためには,シナプス伝達効率の最適化が必須である。聴覚系のシナプスでは特に,数百Hz以上の速度で送られてくる信号を正確に伝達する機能が必要である。ラットでは,生後3週間で聴覚系の機能が完成するが,それまでの間にシナプスの成熟が迅速に行なわれる。我々は,聴覚伝導路に位置するcalyx of Held(前蝸牛核神経終末端)とMNTB(台形体核)主要神経細胞が形成する巨大シナプスの発達過程に着目し,シナプス後膜における受容体配置,およびシナプス前細胞における伝達物質放出部位の最適化の過程を解析した。

 Calyx of HeldとMNTB細胞体上に形成されるグルタミン酸作動性シナプスは,凍結割断レプリカ像では,大きな細胞体とその周囲に密着した扁平な構造として観察されるため,細胞膜上に発現する受容体やチャネルの二次元的配置を解析するのに適している。Calyx of Held から放出されるグルタミン酸に対して,MNTB主要細胞のAMPA受容体・NMDA受容体が反応すると考えられているが,まずは,これらの受容体配置をレプリカ標識法により解析した。レプリカ標識法によるAMPA受容体・NMDA受容体に対する標識は,主要細胞の細胞体E-face上に存在する膜内粒子(IMP)のクラスターとその周辺に認められた。生後1週間の時点では,受容体標識が認められるIMPクラスターにおけるIMPの密度は低く,抗AMPA単独,抗NMDA単独で標識されるクラスターと,両者に対する標識が混在するクラスターが観察された。生後3週間では,クラスター内におけるIMPの凝集密度は上昇し,AMPA受容体標識のみが認められ,NMDA受容体に対する標識はほとんど存在しなくなった。生後14日のスライス標本で,MNTB主要細胞から電気生理学的記録を行ったところ,ひとつひとつのシナプス小胞の開口放出に対する応答(mEPSC)が検出され,AMPA受容体,NMDA受容体それぞれに由来する成分が,確認された。今後,生後発達に伴い,各成分がどのように変化するのかを解析する予定である。さらには,得られた構造的情報を基に,二次元的に広がる細胞間隙における伝達物質拡散,および,シナプス後膜上に分布する受容体応答をシミュレーションし,電気生理学的に記録される応答と照らし合わせることで,生後発達に伴う受容体分布変化の生理的意義を解明することを試みている。

 伝達物質を含んだシナプス小胞の開口放出は,電位依存性カルシウムチャネルによって,精緻に制御されていることが知られている。これらのチャネルがシナプス前膜上にどのように分布しているのかを調べることで,伝達物質放出を制御する重要な構造的基盤を解明できると考えられる。多くのシナプスでは,伝達物質放出には,P/Q型のカルシウムチャネル (a1a) が主要な役割を果たしていると考えられている。新規に得られた抗a1a抗体がレプリカ標識に適用できることを発見したので,これまで誰も見ることのできなかったシナプス前膜におけるa1aの二次元分布を可視化することに初めて成功した。解析の結果,生後1週目では細胞膜に散在していたカルシウムチャネルが,生後2週目に開口放出部位(アクティブゾーン)に局在する様子が明らかになった。シナプス前細胞におけるカルシウムチャネルの局在変化の過程は,シナプス後細胞における受容体の凝集過程とよく一致しており,聴覚系における正確で素早いシナプス伝達を実現するために,シナプス前後細胞が協調して構造のチューニングを行なっていることが解明された。

 今後は,calyx of Heldにおけるカルシウムイメージングデータと照らし合わせることで,カルシウムチャネルの局在と,チャネルを通してシナプス前細胞内に流入したカルシウムイオン濃度の広がりとの関連を明らかにするとともに,アクティブゾーン内でのシナプス小胞融合部位とカルシウムチャネルの位置関係等の詳細な形態学的情報を追究することを検討中である。これらの情報が得られて初めて,ひとつひとつのカルシウムチャネルの開閉が,シナプス小胞の開口放出をいかに制御しているのかを明らかにすることが可能になる。具体的な手法としては,スライス標本に対する薬剤処理などによって,開口放出過程の各段階を制御することを試み,電気生理学的に検討した後,スライス標本を用いたレプリカ標識法を工夫することで,カルシウムチャネルの開閉と開口放出との連関を支える構造的基盤をさらに追求する予定である。

 

シナプス-グリア複合環境の動的変化による情報伝達制御

松井 広

 シナプス前終末部から放出された伝達物質は細胞外空間を拡散し,その広がり方に従って,神経細胞間の情報伝達の特性は決定される(Matsui and von Gersdorff, 2006)。伝達物質の拡散を制御し,学習や記憶に重要とされるシナプス辺縁の受容体の活性化を制御できる格好の位置に,グリア細胞が存在する。我々は,シナプス-グリア複合環境の動的変化が,伝達物質濃度の時空間特性にどう影響するのか調べている。これまで,シナプス前細胞からグリア細胞のほうに向けて異所性のシナプス小胞放出があり,これがニューロン-グリア間の素早い情報伝達を担っていることを示してきた(Matsui and Jahr, 2006)。この情報伝達によってグリア細胞の形態や機能が制御されている可能性を,二光子励起イメージングによって解析している(Matsui, 2006)。グリア細胞によるシナプスの包囲率の相違が,シナプス伝達にどんな影響を与えるのかを,電気生理学・電子顕微鏡法も組み合わせて解明する。

 

シナプス接着因子Neuroligin/Neurexinを標的とした
自閉症モデル動物の評価・確立

江頭良明,原田春美,田渕克彦

 Neuroligin/Neurexin は異なるファミリーに属する細胞接着因子で,Neuroliginはシナプス後終末,Neurexin はシナプス前終末に局在し,これらがカルシウム依存的に結合することにより,シナプスの形成及び機能的成熟に寄与していると考えられている。近年,NeuroliginおよびNeurexinの遺伝子異常が自閉症患者から発見されたことから,これらの分子の機能異常が自閉症の原因と関係しているのではないかと考え,ヒトの自閉症患者から見つかったこれらの変異を再現した遺伝子改変マウスを作成し,自閉症の病態と関連づけて解析を行っている。我々は以前の研究で,Neuroligin-3の細胞外のアセチルコリンエステラーゼ様ドメイン内の451番目のアルギニンをシステインに置換した変異(R451C変異)は,マウスにおいても自閉症特有の社会行動の異常と,空間学習記憶能力の増強を引き起こすことを見出している。現在進行中の研究として,このマウスのシナプス機能を調べたところ,R451C変異は大脳皮質においては抑制性シナプス機能の増強を引き起こすのに対し,海馬では興奮性シナプス機能の増強を引き起こすと言う,脳の領域ごとに異なる効果を示すことを見出した。さらなる詳細な電気生理学的解析により,大脳皮質ではGABA受容体機能,海馬ではNMDA受容体機能に異常が見られることがわかってきた。また別の自閉症患者から見つかった,細胞内領域の704番目のアルギニンがシステインに置換された変異(R704C変異)を再現したNeuroligin-3のノックインマウスでは,R451C変異マウスとは異なり,海馬においてAMPA受容体機能の減弱が認められた。今後,これらの受容体の局在を電顕レベルで解析すると同時に,Neurexin との相互作用を含めた分子メカニズムについても解析していく予定である。

 

大脳神経回路論研究部門

【概要】
 大脳皮質は多くの領域から構成され,それぞれが機能分担をすることで知覚,運動,思考といった我々の知的活動を支えている。大脳皮質がどのようにしてこのような複雑な情報処理をしているかは未だに大きな謎になっている。この仕組みを知るためには,皮質内神経回路の構造と機能を明らかにする必要がある。新皮質回路を構成するニューロンは形態的に極めて多様であることが知られているが,この多様性を理解することが皮質機能の解明には不可欠であると考えている。本部門では,皮質出力がどのように作られるという観点から, 皮質局所回路の構築原理を解明することを目標としている。そのために,多様な皮質領域や皮質下構造に投射する前頭皮質を構成する錐体細胞野,GABA作働性介在細胞のニューロンタイプを,分子発現・生理的性質・軸索投射・樹状突起形態など多方面から同定した上で,これらの神経細胞間のシナプス結合を電気生理学・形態学の技術を組み合わせて調べている。皮質振動現象におけるニューロンタイプの発火様式や,皮質外シナプス入力パターンの解析も併せて行うことで,大脳システムでの前頭皮質局所回路の機能的役割を理解したいと考えている。現在は主に,各ニューロンタイプの樹状突起分枝ルール,その上のシナプス配置,錐体細胞投射サブタイプ間のシナプス結合特性,非錐体細胞サブタイプから錐体細胞サブタイプへの神経結合選択性,徐波におけるニューロン活動様式を定量的に解析している。

 

新皮質抑制性細胞におけるニューロペプチドYの発現特異性

川口泰雄,山口 登

 新皮質GABA細胞の多くは,パルブアルブミン,カルレチニン,ソマトスタチン,VIP,CCK,アルファアクチニン2の内,少なくとも一つを発現する。これらの発現と形態・発火特性には相関があるが,GABA細胞が限られた数の基本的クラスからなるのか,連続分化した極めて多様な細胞群からなるのかには未だに議論がある。GABA細胞には基本的マーカーの他に,ニューロペプチドY(NPY)と副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)が発現する。以前にCRFがGABA細胞の特異的グループに発現することを明らかにした。今回,NPY細胞と基本的クラスとの関係を免疫組織化学で検討したところ,NPYはアルファアクチニン2とソマトスタチン細胞に含まれる特定のサブグループに発現していた。CRF発現解析結果と合わせると,新皮質GABA細胞は限られた数の基本的クラスからなり,その中が更に階層的に組織化されていると考えられる。

 

大脳皮質非錐体細胞の樹状突起の形態解析

窪田芳之,苅部冬紀,畑田小百合,川口泰雄

 大脳新皮質の代表的な4種類の非錐体細胞の樹状突起の形態特性を計測した。ラットの大脳皮質を使った電気生理スライス実験で単一の非錐体細胞の生理的な特性を抽出した後,染色し,Neurolucidaで3次元的に樹状突起を再構築した。そして,電子顕微鏡観察によりその樹状突起を再構築し,その形態を詳細に測定した。その結果,樹状突起の太さは,細胞体からの距離には相関せず,むしろその部分から遠位部の樹状突起の総延長に相関して太さが決まる事がわかった。また,樹状突起の分岐部分の前後でその形状を測定したところ,下記の2つの法則が同時に成立する事がわかった。(1)親樹状突起の断面積は2つの娘樹状突起の断面積の和に等しい。(2)Rall model(親樹状突起のコンダクタンスは2つの娘樹状突起のコンダクタンスの和に等しいという法則)が成立する。さらに,樹状突起の断面は楕円形であるということもわかった。

 

前頭皮質における交連性投射ニューロンの性質と結合特異性

大塚 岳,川口泰雄

 大脳皮質は左右の半球間で情報交換・統合しており,半球間の結合が阻害されると知覚欠損などが起こる。従って,対側の皮質への情報出力が皮質内でどのように処理されるのかを知ることは重要である。今回,対側の皮質に投射する交連性細胞(COM)を逆行性蛍光トレーサーを用いて同定し,細胞の性質と結合特異性について脳切片を用いて解析した。その結果,5層COM細胞は発火特性が3種類に分類され,形態にも違いがみられた。5層細胞間の結合は,同じ細胞サブタイプペアで多くみられた。また,2/3層から5層COM細胞への結合特異性を共通入力を受ける確率で比較した結果,同じサブタイプ間で共通入力が多く見られた。さらに,特定のサブタイプでは,同側の橋核に投射する細胞とのペアにおいても共通入力が多くみられた。以上から,COM細胞は細胞サブタイプに依存してサブネットワークを形成し,対側の皮質に情報を出力していると考えられる。

 

投射先に依存した前頭皮質5層錐体細胞の結合特性

森島美絵子,川口泰雄

 前頭皮質には,異なる2種類の投射先を持つ5層錐体細胞,橋核投射細胞(CPn細胞)と対側線条体投射細胞(CCS細胞)があることが知られている。以前にCCS細胞を中心とした皮質回路について調べたが,本年度は,CPn細胞間について調べ,CCS細胞間と比較した。それぞれの細胞について蛍光逆行性標識することによって同定し,2細胞同時記録をすることによってシナプス結合特性について調べた。その結果,CPn細胞間のシナプス電流,及び,短期可塑性は,CCS細胞間に比べ,有為に大きいことが明らかとなった。また,CPn細胞間の方が,結合が見られたときに,両方向性の結合が高い確率でみられた。CPn細胞間の神経回路はCCS細胞間と比較し,より選択的で強い結合からできていることが示唆された。これらの結果より,前頭皮質錐体細胞の出力先に依存した特異的な局所回路が存在することが明らかとなった。

 

心理生理学研究部門

【概要】
 認知,記憶,思考,行動,情動などに関連する脳活動を中心に,ヒトを対象とした実験的研究を推進している。脳神経活動に伴う局所的な循環やエネルギー代謝の変化をとらえる脳機能イメーシング(機能的MRI)と,時間分解能にすぐれた電気生理学的手法を統合的にもちいることにより,高次脳機能を動的かつ大局的に理解することを目指す。特に,機能局在と機能連関のダイナミックな変化を画像化することにより,感覚脱失に伴う神経活動の変化や発達および学習による新たな機能の獲得など,高次脳機能の可塑性(=ヒト脳のやわらかさ)のメカニズムに迫ろうとしている。最近は,言語・非言語性のコミュニケーションを含む人間の社会行動の神経基盤とその発達過程に重点をおいて研究を進めている。

 

二台のfMRI同時計測による相互注視の神経基盤

田邊宏樹,齋藤大輔,林 正道,出馬圭世,森戸勇介,米田英嗣,内山仁志,定藤規弘
小坂浩隆,岡沢秀彦,藤林靖久(福井大学医学部・高エネルギー医学研究センター)

 アイコンタクト(相互注視)は人と人とを繋ぐコミュニケーションにとって非常に重要な役割を示し,また共同注意の発達を促すものと考えられている。我々は二台のMRI装置をもちいて二個体の脳活動同時計測による相互注視の神経基盤について検討を行った。課題はベースラインとして相互注視を行い,共同注意課題時に視線の交換等を行うものであった。全ての共同注意課題関連脳活動を,モデルにより取り除いた残差時系列を用いて二者の脳時系列データのボクセル毎の相関を取ったところ,右下前頭回においてペア(同時計測した二者)の方が非ペア(同時計測していない二者)よりも相関の高いことが分かった。このことはこの領域が相互注視している際の意図の共有に関与していることを示すものである。

 

触覚による顔表情の識別に関わる神経基盤
−晴眼者と視覚障害者の比較−

北田 亮,岡本悠子,佐々木章宏
河内山隆紀(国際電気通信基礎技術研究所),宮原資英(University of Otago)
Susan J. Lederman(Queen’s University),定藤規弘

 Darwinの仮説によると顔の感情表現は普遍的で,先天的に獲得されたものである。もし顔の感情表現が先天的に獲得されているのならば,視覚経験がなくても表情は識別できるはずある。本研究では顔の感情表現に関する神経基盤が,視覚経験によって変化するかどうかについて,触覚を用いた課題で検討した。

 早期失明者・中途失明者・晴眼者が基本的な感情を表出したマスクに触れ,その表情を識別したところ,どの感情でも正答率はchanceより高く,正答率および反応時間のパターンも群間で類似していた。早期失明者と晴眼者が顔の表情と靴の種類を触覚で識別したときの脳活動をfMRIで撮像したところ,視覚経験の有無に関係なく,顔表情の識別条件は靴の識別条件に対して,左側中側頭回・左側下前頭回・左側中心前回・左側上頭頂小葉・両側小脳を賦活させた。これらの領域のうち左側中側頭回・左側下前頭回は早期失明者と晴眼者の間で活動の差がなく,晴眼者が同じ課題を視覚で行ったときでも活動した。この結果は中側頭回と下前頭回が視覚経験によらず,顔の感情表現に重要な役割を果たしていることを示唆している。

 

母音識別課題中の「読唇効果」に関与する神経基盤

村瀬未花,田邊宏樹
河内山隆紀(国際電気通信基礎技術研究所),定藤規弘

 騒音環境下での会話中,相手の唇の動きを観察することにより音声理解が促進されるという現象はよく知られている。本実験では,音声と一致した口の動きが提示されることにより,音声理解が促進される現象を「読唇効果」と定義し,その神経基盤を明らかにすることを目的とした。「読唇効果」は,音声の聞き取りが難しくなるほど顕著となることから,音声の聞き取り難さを4段階に変化させた母音識別課題を用い,20名の健常被験者を対象に機能的MRI実験を行った。解析の結果,「読唇効果」は音声と一致した口の動きが提示された条件でのみ観察され,「読唇効果」に関与すると考えられる脳活動は右下前頭回で検出された。また,「読唇効果」の増加に伴い,左上側頭溝から左右の下前頭回への結合が強くなることが明らかになった。これらの結果から,「読唇効果」は左上側頭溝と左右の下前頭回との結合変化により生じ,右下前頭回は,言語処理ネットワークにおいて,視聴覚情報を効率的に処理するための調整的役割を担うことが示唆された。

 

時間−数量間の相互作用に関わる神経基盤の解明

林 正道,田邊宏樹,吉田優美子,定藤規弘

 時間知覚はヒトの運動制御,意志決定,音楽認知や音声言語の認知などにおいて重要であるが,その神経基盤はまだよくわかっていない。先行研究では,時間の増減判断が同時に呈示されるドットの数量の増減に影響されることが示されている事から,時間と数量が同様の神経基盤で処理されている可能性が示唆されてきた。そこで本研究では,この時間と数量の相互作用に関わる神経基盤を明らかにするため,機能的MRIを用いて実験を行った。被験者は提示される2つのドット刺激の呈示時間および数量の比較課題を行い,どちらの刺激の提示時間が長かった(時間比較課題)か,もしくは数量が多かった(数量比較課題)か,をボタンで回答し,遂行する課題とは無関係の特徴については無視するように指示された。時間と数量がともに増加,あるいは減少する場合を一致条件,一方が増加,もう一方が減少する場合を不一致条件とした。脳機能画像解析の結果,右下前頭回が一致・不一致条件間で異なる活動パターンを示すことが明らかとなった。この領域は数量を表現する神経細胞が存在する事などから,右下前頭回が時間と数量の“共通のものさし”として機能している可能性が示唆された。

 

動作表象と視覚運動系の結合解析

佐々木章宏,河内山隆紀(国際電気通信基礎技術研究所),
杉浦元亮(東北大学),田邊宏樹,定藤規弘

 後部頭頂葉は視覚運動情報の統合に重要な役割を果たすことが知られている。近年,ミラーニューロンと呼ばれる他者動作の視覚情報と動作遂行に関連した運動情報の両方に対して反応を示すニューロンが前頭葉と頭頂葉に存在し,両者が構成するネットワークがヒトの模倣行為の神経基盤とされてきたが,頭頂葉と前頭葉の機能的差異については明らかとなっていない。我々は模倣に関連した他者動作の視覚情報と動作遂行のための運動情報が統合される脳領域を機能的MRI実験と脳領域間結合解析により検討した。動作遂行と他者動作の観察に共通した活動は左側下頭頂小葉(IPL)および左側頭頂間溝前方部(aIPS)で見られた。さらに,領域間結合解析の結果から動作遂行時にはIPL,aIPSから前方に向かう経路,他者動作観察時には視覚領域を含む後頭葉からIPL,aIPSに向かう経路の結合が強まることが明らかとなった。また両者の相互作用がIPLとaIPSから一次運動野へ向かう経路で結合が強まることが示された。これらの結果はIPL,aIPSで視覚情報が運動情報へと変換され動作遂行時に付加的な影響を与えることを示唆する。

 

相互模倣の神経基盤−広汎性発達障害者と健常者の比較

岡本悠子,北田 亮,林 正道,田邊宏樹,定藤規弘
小坂浩隆,石飛 信,和田有司(福井大学・精神医学)
河内山隆紀(国際電気通信基礎技術研究所)
斎藤大輔,谷中久和,岡沢秀彦(福井大学・高エネルギー医学研究センター)
棟居俊夫(金沢大学),大森晶夫(福井県立大学)

 広汎性発達障害児は相互模倣(模倣/被模倣)に障害を持ち,相互模倣を用いた介入で社会性が向上することが明らかになっている。また,相互模倣の障害の原因として,自他の動作を比較する機構に障害があると考えられている。これまでの健常者の研究で,Extrastriate Body Area (EBA)が自他の動作が同じ時に(模倣/被模倣),自他の動作が異なるときに比べ活動が高くなることが分かっており(同一性効果),EBAが自他の動作の比較を行うことが示唆された。そこで,我々はfMRIを用いて健常者と広汎性発達障害者の相互模倣時の同一性効果を比較し,自他の動作の比較を行うEBAに機能低下があるか検討した。被験者は右手を用いて数字を表す動作を行い同様のビデオを観察した。課題は1) 動作の同一性(一致/不一致)及び,2) 自己と他者の動作順序(先行/後行)の2×2のファクトリアルデザインを用いた(先行一致:被模倣,後行一致:模倣)。左のEBA内に,健常者と比較し広汎性発達障害者で同一性効果が小さい領域が見つかり,この領域では同一性効果と自閉症傾向に負の相関がみられた。この結果は,広汎性発達障害者で自他の動作の比較を行うEBAに機能障害がある可能性を示唆するものと考えられる。

 

時間的予告効果の神経基盤の解明:機能的MRI研究

吉田優美子,田邊宏樹,林 正道,河内山隆紀(国際電気通信技術研究所),定藤規弘

 課題を行う際,ターゲットを提示する直前に予告刺激を提示すると,行動成績が向上することが知られている(予告効果,warning effect)。先行研究から,予告効果は注意の警戒状態を引き起こし,運動処理を増進することが明らかにされている一方で,運動の事前予測を行い,運動関連領域を事前に賦活することが示唆されている。そこで,機能的MRIを用いて,予告刺激とGo/NoGo課題を組み合わせて,先行研究より短い試行間隔でGoの頻度を多くして実験を行った。この結果,両側側頭−頭頂部接合部 (TPJ),補足運動前野,右運動前野,左小脳が予告刺激の際に賦活することが明らかとなった。さらに,Dynamic Causal modelによる解析によって,TPJから補足運動前野,運動前野への結合が予告刺激によって強化されることが明らかとなった。これらの結果から,予告効果を説明するメカニズムの一つとして運動の事前予測が関与しており,TPJが重要な役割を担っていることが示唆された。

 

単語の意識的,無意識的処理に対する注意の効果の検討

松本 敦,定藤規弘

 人の脳は様々な情報を処理しているが,それは意識的にだけではなく無意識的にも行われている。単語の処理に関しても,意識的な処理と無意識的な処理が存在することが知られている。今年度の研究では単語の処理における無意識的な処理に対する注意の影響と,その際の脳内での処理をfunctional MRIを用いて検討した。その結果,単語を無意識に処理している際には,単語の形態を処理している左半球の紡錘状回,音韻を処理している島皮質等で活動がみられたが,これらの領域の活動は刺激に注意を向けなかった時よりも,刺激に注意を向けた時の方が高かったことが明らかになった。またこれらの領域の活動を調節しているのは,左半球の前頭葉であることも,領域間の影響を調べるDynamic Causal Modelを用いた解析で明らかになった。これらの結果は,これまで心理学領域で主張されていた「無意識的な処理は注意の影響を受けない」という主張を否定する大きな発見であると考える。

 



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