生理学研究所年報 第31巻
年報目次へ戻る生理研ホームページへ



発達生理学研究系

認知行動発達機構研究部門

【概要】
 2009年度は,科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業による5年間の研究と文部科学省特定領域研究「統合脳」による5年間の研究のいずれも最終年度だった。

 これらの研究費により,(1) サルの頚髄レベルでの皮質脊髄路損傷後の手指の精密把持運動の機能回復機構,特に大脳皮質レベルでの可塑的変化に関する研究,及び(2) 一次視覚野損傷による盲視モデルサルのサッケード制御,注意・作業記憶などの認知機能に関する研究が大きく進展した。前者については産業技術総合研究所,理研ゲノム科学総合研究センター,理研分子イメージングセンター,京都大学霊長類研究所との共同で,行動解析,電気生理学,神経解剖学,in-situ hybridizationやマイクロアレイによる遺伝子発現解析,PETによる脳活動イメージングを統合したmultidisciplinaryな研究を展開できた。後者については,南カリフォルニア大学の計算論研究者との共同研究でサルが自然にものを見ている際の自発的眼球運動の解析でsaliency検出機構に関して大きな進展が見られた。また,上丘スライス標本において,水平断切片を導入して局所回路での水平結合の解析が大きく進展してきた。一方,脳科学研究戦略推進プログラムも2年目に入り,自治医科大学,京都大学との共同研究により,ウィルスベクターを用いた霊長類一次運動野へのハロロドプシン発現による“optogenetics”研究が本格化してきた。さらにブレイン・マシーン・インタフェースに関する研究においても,ATR脳情報研究所との共同研究により,皮質脳波(ECoG)と大脳皮質深層の神経活動との関係を検討する研究,感覚フィードバック付きBMIの開発に関する研究が進展してきた。2009年度は人事異動も多く,関和彦助教が国立精神神経センターの部長で転出したことに伴い,武井,金,大屋の3名の研究員も一緒に異動した。また,総研大の博士課程学生だった高浦も無事修了し,玉川大学の博士研究員として転出した。

 

盲視サルにおける気づきと意思決定

吉田正俊,高浦加奈,伊佐 正

 マカクザルの第一次視覚野を除去して作成した盲視動物モデルを用いて視覚的気づきの神経機構を明らかにすることを目的とした。視覚的気づきは検出報告課題を用いて評価した。この課題では損傷視野に標的刺激が現れる条件では標的にサッカードすれば報酬が与えられ,標的刺激が現れない条件(ST-)では注視点が消えてからも注視を維持することによって報酬が与えられる。損傷側の半球の上丘中間層より課題遂行中のニューロン活動を記録した。上丘ニューロン活動は,標的刺激が提示される条件(ST+)のうち,正しく標的の提示を報告できた試行(Hit)と報告できなかった試行(Miss)とでは,標的提示時の視覚応答がHit試行でより大きくなっていた。また,このような活動は健常側の上丘では見られなかった。よって,このような神経活動の修飾はV1切除によって特異的に引き起こされた視覚的気づきに対応した神経活動であると結論づけた。

 

ウイルスベクターを介したハロロドプシンの発現によるマウス網膜
−上丘シナプス伝達の経路特異的抑制

金田勝幸1,笠原洋紀2,松井亮介2,加藤智子1
水上浩明3,小澤敬也3,渡邉 大2,伊佐 正1
1生理研・認知行動発達,2京大院・医・生体情報,
3自治医大・分子病態治療・遺伝子治療)

 上丘浅層は網膜と一次視覚野から入力を受ける。各入力の機能を明らかにするには,それぞれを選択的に抑制する必要がある。本研究では,光感受性Cl-ポンプのハロロドプシン(eNpHR)を2型アデノ随伴ウイルスベクターを用いて網膜神経節細胞(RGCs)とその軸索に発現させ,網膜-上丘シナプス伝達を選択的に抑制できるのかを検証した。マウス眼球硝子体内へのベクター注入3週間後,多数のRGCsがeNpHRを発現し,また,高密度のeNpHR発現軸索が上丘浅層で認められた。スライス標本での上丘浅層ニューロンからのホールセル記録により,視神経層電気刺激で誘発されるEPSCは黄色光照射により顕著に抑制されることを見出した。さらに,インビボ個体で視覚刺激誘発性の上丘浅層の発火応答は光照射により減弱した。以上の結果から,RGCs軸索に発現させたeNpHRの光刺激で網膜-上丘シナプス伝達を選択的に抑制できることが分かった。

 

一次視覚野を介する視覚情報は抑制性の行動調節に選択的に働く

池田琢朗,吉田正俊,伊佐 正

 外界の刺激に対して正対する定位運動は動物の最も基本的な行動のひとつである。これまでの研究から,定位運動はその運動の直前の知覚情報によって調節を受けることが明らかになっている。この調節には抑制性のものと促進性のものの2種類が存在し,視覚認知の効率化に寄与していると考えられているが,その神経基盤については不明な点が多い。

 我々は一次視覚野を除去し,一次視覚野を介した皮質系の視覚情報を制限したニホンザルを用いて,急速眼球運動(サッケード)による定位反応への調節がどのように変化するかを調べた。解析の結果,一次視覚野の除去によって抑制性の調節が消失し,促進性の調節のみ残存することが明らかになった。これは,抑制性の調節が主に一次視覚野を介した皮質系の視覚情報に依存する一方で,促進性の調節が皮質下の視覚情報によって行われていることを示している。

 

光遺伝学的手法を用いたサルの精密把持運動の制御

木下正治,伊佐 正

 Natronomonas pharaonis 由来の光感受性クロライドイオンポンプhalorhodopsin(NpHR)は黄色光により活性化され細胞内に陰イオン(Cl-)を輸送する。近年,遺伝子導入によりニューロンに発現させたNpHRを光照射により活性化することで,スパイク活動を抑制するのに十分な過分極応答を引き起こすことが報告された1

 我々はサルの手指による精密把持運動をミリ秒オーダーで阻害することにより生じると予想される,短期的な適応活動について調べることを目指して実験を行っている。

 細胞膜への発現効率を高めた改変型NpHR(eNpHR)をアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いてマカクザル大脳皮質第一次運動野(M1)のニューロンに導入することに成功した。次に,金属電極と光ファイバーを貼りあわせたoptorodeを用いてM1ニューロン活動を記録し,同時に光照射を行うことで数百ミリ秒にわたってスパイク活動を抑制することができた。

 今後サルに精密把持運動課題を行わせ,M1ニューロンへの光照射による運動への効果を調べる。

1. Zhang et al, 2007, Nature 446, 633-639.

 

サル前腕到達把持運動における一次運動野皮質内局所電位と
ECoG信号の関係

渡辺秀典1,山下宙人1,澤畑博人2,坂谷智也2,戸川森雄2,吉田正俊2,戸田春男2
佐藤雅昭1,長谷川功2,鈴木隆文3,川人光男1,伊佐 正
1ATR・脳情報解析研究所,2新潟大・医・生理,3東大院・情報理工)

 皮質内局所電位所(LFP)と硬膜下皮質電位(ECoG)の関係を解明し,ECoGから推定されるLFPをBrain - machine interfaceに適用する方法の確立を目指す。この目的のため三次元配列電極を開発し,一次運動野におけるECoGとLFPを解析した結果,ECoGと脳表から200mmに位置する電極のLFP信号の関係について高ガンマ周波数帯域(80-170Hz)信号よりもベータ周波数帯域 (10-35Hz)信号の相関が高い事実を明らかにした

 (gamma: r=0.27±0.03, beta: r=0.71±0.03)。一方でSparseregression法により32ch-ECoGからLFPを推定し(r=0.71±0.02 with 23-fold cross validation),高ガンマ周波数帯域信号をベータ周波数帯域信号と同程度の推定を可能にした (gamma: r=0.76, beta: r=0.63)。

 

皮質脳波の多点同時計測による大脳皮質内部神経活動ダイナミクスの推定

坂谷智也,渡邊秀典,戸川森雄,吉田正俊,伊佐 正
長谷川功(新潟大学),鈴木隆文(東京大学)
山下宙人,森本 淳,佐藤雅昭,川人光男(国際電気通信基礎技術研究所)

 本研究では皮質脳波(ECoG)駆動型の低侵襲・高精度ブレイン・マシーン・インターフェイスの実現にむけて,生理学的知見に立脚した脳情報解読技術の開発を目指している。

 本年度はラットの複数のヒゲを高い時間解像度でそれぞれ独立に刺激する装置を新たに開発し,正確に制御された連続的な時空間パターンからなる複雑な刺激に対する応答を,第一次体性感覚野からECoG計測と皮質各層の神経活動を多数同時記録することに成功した。そして機械学習の手法により,複数のECoG信号から皮質内部の電流源密度を高精度で推定するアルゴリズムを開発しました。さらにECoG信号と推定した皮質内部の神経活動に基づいて,刺激したヒゲを高い精度で判別することに成功した。

 これらの成果は解剖学的情報を反映した頑健性の高い高精度な脳情報解読技術の開発につながると期待される。

 

第一次視覚野損傷後の視覚誘導性サッケードにおける網膜視蓋経路の役割

加藤利佳子,高浦加奈,池田琢朗,吉田正俊,伊佐 正

 第一次視覚野(V1)損傷後の定位運動においては,網膜から上丘への直接投射である網膜視蓋経路が視覚情報伝達に対し寄与することが予想される。我々は,V1損傷後の,網膜視蓋経路の役割を明らかにするため,片側V1を除去したサルの上丘にムシモルを微量注入し,視覚誘導性サッケードに対する影響を調べた。健常側上丘への注入は,速度低下などの軽微な影響にとどまるのに対し,損傷側上丘への注入は,注入位置に対応する視野内の目標に対するサッケードを抑制した。この抑制が注入による運動機能の低下に起因する可能性を検討するため,暗闇での自発性サッケードへの注入効果を調べた。結果,損傷側上丘への注入後,注入位置に対応する視野への自発性サッケードが観察された。従って,注入による視覚誘導性サッケードの抑制は,主に視覚情報伝達の阻害によると予測され,V1損傷後の定位運動には,網膜視蓋経路が必須であることが明らかなった。

 

感覚フィードバック型BMIの実現

梅田達也,伊佐 正

 電気刺激を一次感覚神経細胞が局在する後根神経節(DRG)に与える事で,感覚フィードバックとなる人工的な感覚を誘発させる事を計画している。刺激パラメータを決定するため,手腕の運動や触覚等の各種体性感覚刺激に対するDRGにおける神経集団の応答を推定する事が必要である。これまで,主に麻酔下サルの頚髄DRGにおいて各種体性感覚刺激に対する神経活動を記録する実験を行った。

 2つのマルチ電極アレイ(各48チャンネル)をイソフルレン麻痺下の2匹のサルのC7/8のDRGに挿入した。指/手首/肘の関節を受動的に動かしたときのニューロン応答を記録し,同時に,手/腕運動の立体運動軌跡をモーション・キャプチャーシステムで取得した。2匹のサルから合計200個以上のユニット活動をスパイクソーティングにより抽出し,そのうち多くが受動運動に応じることが明らかとなった。ATR脳情報研究所開発のアルゴリズム(sparse regression)を応用して手/腕の運動軌跡からDRGニューロン集団の発火パターンを高い確度で算出する事ができた。更に,運動軌跡情報からDRGニューロンの発火パターンを算出する事もできた。

 

The lateral interaction between two stimuli in the mouse superior colliculus (SC) slices

Penphimon Phongphanphanee, Tadashi Isa

 To study the competitive process between visual stimuli, we mmade whole cell recordings ftom non-GABAergic neurons, and stimulated two locations in the mouse SC horizontal slice simulataneously. In the superficial layer (sSC), activation at the central and nearby locations showed facilitation in non-linear manner, and a strong remote stimulus could overcome a weak local stimulus. This study support our hypothesis that inputs to the sSC compete with each other in a winner-take-all manner.

 

生体恒常機能発達機構研究部門

【概要】
 当部門は,発達および障害回復の過程で一旦形成された機能的神経回路に起こる再編成のメカニズムを回路レベルで解明することを主な目標に研究をしている。そのため,3つのサブテーマについて研究を進めている。1) 神経回路の可塑的変化を生体で観察するため,フェムト秒パスルレーザーを用いた多光子励起法を利用して,マウス大脳皮質細胞やシナプスの可視化技術の確立および技術向上をおこなった。その結果,マウス大脳皮質全層における神経細胞・グリア細胞およびその微細構造を可視化することが可能となった。これらの技術を利用して,現在,神経回路の微細構造の長期変化の観察を試みている。2) 細胞内イオン環境の変化によるGABAの興奮性から抑制性へのスイッチとその制御機構について細胞内Clイオンくみ出し分子KCC2の機能制御を中心に,神経栄養因子,環境/回路活動による制御を検討している。3) 発達期における再編のメカニズムとして,シナプスレベルにおいて,GABAとグリシン間の伝達物質のスイッチングのメカニズムを観察している。人事として,本年4月に宮本愛喜子氏が総研大5年一貫制1年次大学院生として加わった。

 

In Vivo多光子顕微鏡を用いた大脳皮質神経細胞の微細構造の可視化

江藤 圭,高鶴裕介,鍋倉淳一

 神経回路の発達および脳障害の回復期における神経回路の可塑性の研究を遂行するにあたり,究極的に生体での観察が不可欠である。そこで生体における神経回路の可視化のため,超短パルスレーザーによる多光子励起法を神経細胞に蛍光蛋白が発現している遺伝子改変動物に適用し,大脳皮質微細構造の可視化を行った。適切な光路の構築・調整や,頭蓋骨に適用する特殊アダプターの開発などを行い,マウスにおいて大脳皮質表面から1ミリの深部まで観察可能な技術を開発し,大脳皮質錐体細胞を全層にわたり,樹状突起,棘突起,軸索などの微細構造を観察することが可能となった。また,未熟期動物におけるイメージング行うため,幼若マウス頭蓋骨に装着する観察システムを開発し,出生直後のマウスの大脳皮質イメージングを行うことが可能となった。これらを用いて1) ミクログリアとシナプス構造の監視機構,2) 新生マウスにおける大脳皮質GABAニューロンの細胞移動,3) 虚血動物におけるシナプスリモデリングを中心に観察を行っている。さらに,生体2光子励起観察法を用いて5件の共同研究を行った。

 

幼若期大脳皮質におけるGABAニューロンの移動とそのメカニズムの解明

稲田浩之,鍋倉淳一

 神経回路形成の機構を理解するには,まず生体内における現象の正確な記述が必要である。しかしながら,成体哺乳類を用いた2光子イメージング法は多数報告されているのに対し,発達期の哺乳類を用いた例はほとんど報告がない。そこでまず幼若期マウス(生後0-3日齢)の頭部固定法の開発を行った。具体的には,1) 心拍と呼吸による揺れを軽減するために4方向から頭部を抑える拘束装置の開発,2) 血流の停止および細胞への障害を防ぐために観察領域の温度を一定に保つ事を目的とした温水灌流装置の開発である。

 この固定法を,大脳皮質GABAニューロンで特異的に蛍光タンパク質が発現するVGAT-Venusトランスジェニックマウスに適用し大脳皮質辺縁帯のタイムラプスイメージングを行い,細胞の移動過程を観察した。その結果,細胞は吻側・尾側・内側・外側のいずれかに移動する事,各方向に移動する細胞数の割合は同程度である事,各方向に移動する細胞集団間で移動速度は同程度である事,個々の細胞の移動方向は一定であることが明らかになった。以上の結果から,大脳皮質GABAニューロンは発達期に辺縁帯において多方向性の移動を行っている事が明らかになった。現在,その制御メカニズムと生理的意義を検討している。また,この固定法は細胞移動のみならず,軸索伸長やシナプス形成と云った他の神経回路形成の機構を理解するのにも有用であると考えられる。

 

脳梗塞障害時における対側半球の回路再編機構

高鶴裕介,吉友美樹,鍋倉淳一

 脳梗塞後の回復期におこる機能代償機構の解明のため,レーザーによる光誘発血栓作成法を用いて片側大脳皮質感覚野に虚血脳梗塞を作成し,対側の体性感覚野におこるシナプス再編性および回路機能再編成と皮膚感覚回復過程の対応を行った。障害直後から対側感覚野全般の活動が上昇し,同側末梢四肢からの感覚入力が亢進した。その後1-2週間の限定した期間にスパイン構造のターンオーバー率が亢進していることを2光子顕微鏡で観察した。その後,同側末梢刺激による大脳皮質における電気活動のパターンの再編がおこり,対側末梢四肢(正常入力側)からの入力処理パターンと類似したパターンが形成することが判明した。この新たな活動再編に伴い,障害された末梢感覚は回復した。この結果から,障害と対側の大脳半球で両側の末梢感覚を処理する回路が再編・形成されることが判明した。

 

In Vivo多光子顕微鏡を用いた慢性疼痛形成期における
大脳皮質体性感覚野神経回路再編

金 善光,江藤 圭,鍋倉淳一

 慢性疼痛時における大脳皮質神経回路の再編機構を2光子顕微鏡や電気生理学的アプローチを駆使して行った。末梢感覚神経の部分傷害後に末梢感覚神経の過剰活動と痛覚過敏が持続する。痛覚過敏形成時には,大脳皮質錐体細胞のシナプスの盛んな再編がおこり,その後ターンオーバー率は傷害前の値に戻る。しかし,感覚過敏は長期にわたり持続する。その場合,傷害前に新生したシナプスの消失,傷害後に新生したシナプスの大きさの増大が観察された。また,慢性炎症性疼痛時には,大脳皮質感覚野細胞の活動の増強が観察された。これに伴い,疼痛のemotional centerである前部帯状皮質(Anterior Cingulate Cortex,ACC)の活動が増強するが,体性感覚野の活動を薬理学的に抑制すると痛覚過敏の行動は抑制された。これらから,慢性疼痛時における大脳皮質感覚野における回路再編が慢性疼痛発症の一因である可能性が示唆される。

 

細胞内Cl- 制御機構KCC2によるGABAの興奮−抑制スイッチ制御の
分子機構の解明

渡部美穂,鍋倉淳一

 未熟期および虚血や傷害後早期にGABAは興奮性伝達物質としての作用を獲得する。これはGABAA受容体に内蔵するチャネルを流れるCl-イオンの向きによって決定されるため,細胞内Cl-イオン濃度によってGABAは興奮性/抑制性が決定される。この細胞内Cl-イオン濃度は神経細胞特異的に発現するK+-Cl-トランスポーターであるKCC2によって主に決定されている。発達期や再生期におけるKCC2の発現,およびその機構を検討している。KCC2の発現制御に関して,障害により,KCC2の脱リン酸化と内在化,その後の蛋白発現の消失によりGABA作用は短時間で脱分極作用へスイッチすることが判明した。細胞内制御分子の探索を行なっている。

 

発達期の聴覚中継路におけるモノアミンの神経回路機能に対する役割の解明

平尾顕三,石橋 仁,鍋倉淳一

 音源定位に関連する聴覚中継路核である外側上オリーブ核において,神経回路の発達に,聴機能開始前では蝸牛での自発的神経活動に伴うシグナル入力が,聴機能獲得後は音信号によって誘発されるシグナル入力が必要であることが知られている。以前の我々の研究から,興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸と抑制性神経伝達物質であるGABAが,それぞれ代謝型グルタミン酸受容体およびGABAB受容体を介して,発達期の外側上オリーブ核へのシグナル入力を調節している可能性が示唆されている。ここで我々はさらに,代表的なモノアミンであるノルアドレナリンが,聴機能獲得前に興奮性と抑制性入力の両方を調節している可能性を見出した。現在我々は,発達期マウス脳切片を用いてスライスパッチクランプ法を行い,聴機能獲得前の神経回路発達に対するノルアドレナリンの作用の解明を行っている。

 

生殖・内分泌系発達機構研究部門

【概要】
 本研究部門は,視床下部による摂食行動の調節と末梢組織における代謝調節機構の解明を目指して研究を行っている。視床下部は,摂食行動(エネルギー摂取)とエネルギー消費機構(栄養代謝)を巧みに調節することによって生体エネルギーを一定に保つ重要な働きを担う。しかし,近年,この調節機構の異常が肥満,糖尿病,高血圧など,生活習慣病の発症と密接に関連することが明らかとなってきた。当部門では,視床下部における生体エネルギー代謝の調節機構を分子レベルで解明し,その分子機構を通して生活習慣病など様々な疾患の原因・治療法を明らかにしたいと考えている。本年度実施した主たる研究課題は次の通りである。1) レプチンによる糖代謝調節機構の解明,2) オレキシンによる糖代謝調節機構の解明,3) 摂食調節に関わる視床下部生体分子センサーの研究。

 

レプチンによる糖代謝調節機構の解明

戸田知得,志内哲也,李 順姫,斉藤久美子,岡本士毅,箕越靖彦

 我々は,レプチンが,摂食行動を抑制するだけでなく,視床下部−交感神経系を介して褐色脂肪組織や骨格筋などエネルギー消費器官でのグルコースおよび脂肪酸の利用を促進することを明らかにしている。今回我々は,レプチンによるグルコースの取り込み促進作用に視床下部のメラノコルチン受容体が必須であることを明らかにした1

 さらに,レプチンが,視床下部腹内側核(VMH)に作用を及ぼすと,視床下部弓状核のメラノコルチンニューロンを活性化して,褐色脂肪組織並びに骨格筋,心臓でのグルコースの利用を促進することを見出した。また,メラノコルチン受容体作動薬は,レプチンと同様にVMHに作用をさせると褐色脂肪組織並びに骨格筋,心臓においてグルコースの取り込みを促進させた。室傍核に作用させた場合には,褐色脂肪組織のグルコース取り込みのみを促進した。

 以上の実験結果から,レプチンは,VMHニューロンに作用を及ぼすと弓状核メラノコルチンニューロンを活性化し,その結果,腹内側核,室傍核のメラノコルチン受容体を活性化することによって末梢組織のグルコースの取り込みを促進することが明らかとなった。

1. Toda, C. et al. Diabetes 58:2757-2765, 2009.

 

オレキシンによる糖代謝調節機構の解明

志内哲也,李 順姫,戸田知得,斉藤久美子,岡本士毅,箕越靖彦,
井上 剛,井本敬二
桜井 武(金沢大学医薬保健研究域医学系分子神経科学・統合生理学分野)
柳沢正史(テキサス大学サウスウェスタン医学センター)
塩田清二,影山晴秋(昭和大学医学部第一解剖学教室)

 神経ペプチドであるオレキシンは睡眠・覚醒調節や摂食行動だけでなく,交感神経活動や動機付け行動にも関与することが知られている。我々はオレキシン-Aを視床下部腹内側核(VMH)へ投与すると,骨格筋に投射する交感神経の選択的な活性化を伴って,骨格筋のb2アドレナリン受容体を介してグルコース代謝が亢進することを見出した1。さらに,マウスに人工甘味料であるサッカリンを自発的に摂取させると,マウスのオレキシン神経が活性化すると共に,VMH−交感神経を介して骨格筋でのグルコースの利用を選択的に高めることを見出した。白色脂肪組織のグルコースの利用は促進しなかった。また,このようなオレキシン神経の活性化は,マウスに自発的にサッカリンを摂取させること,数日間摂取を繰り返すことによって,実験開始の時刻を学習させることが必要であった。オレキシン遺伝子を欠損したマウスではサッカリンを自発的に摂取することを学習することが出来なかった。

 以上の結果から,味覚(甘味)刺激とその「期待感」によってオレキシン神経が活性化され,VMH−交感神経−b2アドレナリン受容体経路を介して骨格筋におけるインスリン感受性を選択的に亢進することを明らかにした。この作用は,摂取した糖を骨格筋において優先的に利用する重要な生体調節機構であると考えられる。

1. Shiuchi, T et al. Cell Metabolism 10:466-480, 2009.

 

摂食調節に関わる視床下部生体分子センサーの研究

箕越靖彦,志内哲也,岡本士毅
中里雅光,松尾 崇(宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝学分野)
塩田清二,影山晴秋(昭和大学医学部第一解剖学教室)
矢田俊彦(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)

 我々は,AMPキナーゼが,レプチンやアディポネクチンなどホルモンによって活性化し,骨格筋における脂肪の利用を促進すること,視床下部AMPキナーゼが摂食行動を制御することを明らかにしている。また,視床下部AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構を明らかにするため,活性型AMPキナーゼを視床下部にレンチウイルスを用いて発現させ,摂食行動に及ぼす影響を調べた結果,マウス視床下部室傍核に活性型AMPキナーゼを発現させると,摂食量が増加,肥満することに加え,食餌に対する嗜好性が変化することを見出した。今回,その作用発現には,室傍核神経細胞での脂肪酸酸化が亢進することによって,おそらくある種の脂肪酸代謝産物量が変化し,これにより神経活動を変化させることによることを見出した。

 



このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2010 National Institute for Physiological Sciences