生理学研究所年報 第31巻
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行動・代謝分子解析センター

遺伝子改変動物作製室

【概要】
 脳が機能を発揮するということは,個体の行動・精神活動に直結する。それ故,脳機能を研究する際には個体レベルでの解析が必須となる。特に,分子生物学的技術と発生工学的技術を駆使して作製する遺伝子改変動物を利用することは非常に有益な解析手段といえる。現在,特定の遺伝子を狙って破壊することが可能な動物種はマウスに限られ,他の動物ではコストが高く実用的ではない。ラットはマウスよりも大きいことから手術操作も容易であり,生物・医学分野の生理学的な研究に用いられ,実験データなどの蓄積もあるためノックアウト(KO)ラットの作製が切望されている。遺伝子改変動物作製室では遺伝子改変動物(マウス,ラット)の作製技術を提供しつつ,遺伝子ターゲッティングによるノックアウトラットの作製,さらには,作製した遺伝子改変動物の脳研究への積極的応用を目指している。研究課題のうち下記の3題について具体的に示す。ラットの発生工学技術の高度化に向け,(1)作製法が異なるラット前核期卵のDNA脱メチル化動態について,ラットの遺伝子ターゲッティングを目指し,(2)ラット胚盤胞に由来するES細胞株の樹立を試みた。さらに,遺伝子改変マウスの脳研究への応用を目指して,(3)大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の認知に必須の機能ユニット“眼優位カラム”の可塑的形成メカニズムの解明研究を進めた。

 

ラット前核期卵の体外作出行程は雄性ゲノムの能動的脱メチル化に影響する

吉沢雄介,加藤めぐみ,平林真澄

 エピジェネティック変化の1つであるDNAの脱メチル化現象は胚発生と密接な関係がある。本実験では前核期卵の作製方法と脱メチル化動態との関係が明らかにするため,ラット前核期卵を体内受精,IVF,ICSI,およびROSIによって作製し,雄性ゲノムDNAにおけるメチル化量の推移を調べた。その結果,体内受精区および体外培養区で20から24時間目にかけて平均RM値(同一卵子内の雌性前核の総輝度に対する雄性前核の総輝度の平均)が有意に低下した。IVF,ICSI区でも同じ卵齢に相当する6から10時間目にかけて平均RM値の低下が起こった。サンプリング最終時点で,雄性ゲノムの脱メチル化が進行した前核期卵の割合は,体内受精,体外培養,IVF,ICSIそしてROSI区それぞれ,98,100,48,17そして0%だった。以上,ラットでは前核期卵を体外作出する技術の難度が上がるにつれ,能動的脱メチル化誘起に重篤な影響が現れた。

 

CAG/venusトランスジェニックラット胚盤胞に由来するES細胞株の樹立

加藤めぐみ,平林真澄

 従来からのマウスでの手法をラットに適用してもES細胞株を樹立することは困難だったが,3種類のインヒビター(FGFレセプター,MEK活性化およびGSK3)を添加した培養液を用いることによりラットES細胞株が樹立できると報告された。本実験ではCAG/venusトランスジェニックラット由来の4.5日目胚盤胞からES細胞株の樹立を試みた。その結果,2ラインのアルカリフォスファターゼ陽性ES細胞株の樹立に成功した。In vivoでの多分化能を調べるためヌードラットへ移植したところ, 5週間後に三胚葉を含むテラトーマの形成が確認できた。4.5日目胞胚腔内に継代6~8代目のES細胞を顕微注入してキメラ作製を試みた結果,すべてのE15.5胎仔でvenus遺伝子の発現が確認でき,出産産仔におけるキメラ率も極めて高かった。これらの2ラインのES細胞由来のキメラ個体は,後代検定により生殖系列に寄与することを確認した。

 

大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の認知に必須の機能ユニット
“眼優位カラム”の可塑的形成メカニズムの解明に向けて

冨田江一,三宝 誠,山内奈央子,平林真澄

 大脳皮質第一次視覚野において,同側眼から視覚入力をうける神経細胞群と反対側眼から入力を受ける神経細胞群は別々にクラスターを形成しており,各々同側・反対側眼優位カラムと呼ばれる。この眼優位カラムは,遠近感の認知に重要な機能ユニットと考えられている。しかし,発生期から発達期にかけて同側・反対側眼優位カラムの分離を促す詳細な分子メカニズムは解明されていない。当教室では,世界に先駆けて発見した,発生期から発達期にかけて同側眼優位カラムに特異的に発現しているシャペロン因子に注目し,この分離形成過程を明らかにしようと研究推進している。このシャペロンはalternative splicingにより少なくとも長さの違う2種類のフォームを持つことが最近分かった。今後は,この2種類のフォームのうちいずれが同側眼優位カラムに特異的に発現しているか検討し,より特異的なフォームの個体レベルでの機能解析を行い,同側・反対側眼優位カラムの分離形成メカニズムが明らかにしたい。

 



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