生理学研究所年報 第31巻
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脳機能計測・支援センター

形態情報解析室

【概要】
 形態情報解析室は,形態に関連する超高圧電子顕微鏡室(別棟)と組織培養標本室(本棟2F)から構成される。

 超高圧電子顕微鏡室では,医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M型;常用1,000kV)を,昭和57年3月に導入して同年11月よりこれを用いての共同利用実験が開始されている。平成21年度は共同利用実験計画が28年目に入ったことになる。本研究所の超高圧電顕の特徴を生かした応用研究の公募に対して全国から応募があり,平成21年度は最終的に14課題が採択され,13課題が実施された。このうち5件は,国外の研究者による研究あるいは国外の研究者が関係するものである。これらは,厚い生物試料の立体観察と三次元解析,薄い試料の高分解能観察等である。共同利用実験の成果は,超高圧電子顕微鏡共同利用実験報告の章に詳述されている。超高圧電子顕微鏡室では,上記の共同利用実験計画を援助するとともに,これらの課題を支える各種装置の維持管理及び開発,医学生物学用超高圧電子顕微鏡に関連する各種基礎データの集積および電子顕微鏡画像処理解析法の開発に取り組んでいる。電子線トモグラフィーによる手法には,現在は,コロラド大で開発されたIMODプログラムでの方法などを用いて解析を進めている。2軸でのトモグラフィー解析においても,一定の成果をあげている。

 これまで丸27年間,比較的安定に稼働してきたが年度当初に,経年劣化もあって故障が相次ぎ,6月から8月と11月後半から12月中旬に計3ヶ月半強の休止を余儀なくされた。その中でも,共同研究の形で2編の英文論文と1編の和文論文を総合報告している。

 本年度の超高圧電顕の利用状況の内訳は,共同利用実験等99日,修理調整等122日である(技術課脳機能計測・支援センター形態情報解析室報告参照)。電顕フィルム等使用枚数は6,118枚,フィラメン点灯時間は452時間であった。平成21年度は,装置は83%の稼働率で利用され,修理後も,試料位置で10-6Pa台の高い真空度のもとに,各部の劣化に伴う修理改造を伴いながらも高い解像度を保って安定に運転されている。

 組織培養標本室では,通常用およびP2用の培養細胞専用の培養機器と,各種の光学顕微鏡標本の作製および観察用機器の整備し,利用者に便宜を図っている。

 

2軸トモグラフィによるグリア細胞のS/V比

有井達夫,濱 清

 電子線トモグラフィー手法に関しては,現在,米国コロラド大で開発されたIMODプログラムでの方法を用いて解析を進めている。ゴルジ染色したラット大脳におけるグリア細胞のデータ(J. Neurocytol. 33, 277-285 (2004);2軸傾斜した一連の傾斜像)をIMODプログラムにより,2軸トモグラフィー解析することができる。このときに解析に取り入れる画素サイズを,1/2ないし1/4と解像度を向上させると,細胞の面積(S)/体積(V)比が増大する。これはグリア細胞の薄片状の構造に依存して面積,体積を算定するときに形状を考慮して画素サイズを選ぶことも重要であることを意味している。現在,S/V比は,CT解析の場合,X2,000倍で撮影されたネガを用いて試料上での解像度12.7nm/pixelで1軸ないし2軸同時解析を行うと,(39-49)/mmと,通常の透過電子顕微鏡での連続切片より計算した値19.7/mm (Grosche etal (2002))をはるかにうわまっている。これは,超高圧電子顕微鏡を用いてトモグラフィ解析をする利点であると考えられる。

 Grosche J, Kettenmann H, Reichenbach A (2002) J Neurosci Res 168, 138-149.

 

超高圧電子顕微鏡用クライオフォルダーの性能評価

村田和義

 クライオフォルダーを使った細胞全体の無染色氷包埋試料の超高圧電子顕微鏡観察は,生理研超高圧電顕の一つのセールスポイントとなり得る。そこで,この実験系を確立するために,米国ガタン社製超高圧電顕用クライオフォルダーの性能評価を行った。非晶質カーボン膜をクライオ試料フォルダーにのせ,電子顕微鏡にセットし,液体窒素で冷却後,フォルダーを十分に(約3時間)安定化させた。そして,カーボン膜のイメージを倍率5万倍で記録し,フーリエ変換してそのパワースペクトルを観察した。その結果,パワースペクトルは,冷却前でもフォルダー軸と垂直方向(Y方向)で,かなり弱かったが,冷却後にはこれがさらに顕著になった。このことから,現在の超高圧用クライオフォルダーはY方向の安定性が弱く,冷却によってこれが増強されることがわかった。今後は,このY方向の分解能の落ちを引き起こす要因を検討し,分解能の改善を図る予定である。

 

小腸絨毛上皮下線維芽細胞におけるサブスタンスP受容体の局在

古家園子,重本隆一(脳形態解析部門),古家喜四夫(JST,細胞力覚プロジェクト)

 消化管絨毛上皮の基底膜下で細胞網を形成する線維芽細胞はlamina propriaを包んでいる特殊な筋線維芽細胞であり,血管や神経終末,平滑筋などと隣接しており,機械的刺激に応答してATPを放出し,絨毛におけるシグナル伝達の要の役割を果たしている。この小腸絨毛上皮線維芽細胞の初代培養細胞はサブスタンスPにより細胞内Ca2+濃度が上昇し,種々のアゴニスト,アンタゴニストの投与実験から,NK1受容体を持つことがあきらかになった。又,NK1受容体に対する抗体を使用し,光顕および電顕免疫組織化学を行うと,生後1ヶ月前後のラット小腸絨毛上皮細胞膜が強く染色された。しかし,小腸及び大腸陰窩の上皮下線維芽細胞には免疫反応は認められなかった。又,絨毛上皮下線維芽細胞はサブスタンスP含有神経(知覚神経)とシナプス様構造を形成していた。今後,小腸絨毛線維芽細胞と知覚神経間のシグナル伝達機構についての解析を進める。

 

生体機能情報解析室

【概要】
 随意運動や意志・判断などの高次機能を司る中枢神経機構の研究が進められた。サルを検査対象として大脳皮質慢性埋込電極を利用し,各種の認知運動課題を行う際の大脳皮質フィールド電位を記録解析した。

 

注意に関係する脳活動の研究

逵本 徹

 これまでに「注意」の中枢神経機序を解明する目的で,サルの局所脳血流量や大脳皮質フィールド電位を解析してきた。その結果,運動課題を行うサルの前頭前野9野・前帯状野32野・海馬の脳血流量が想定される意欲の変化と一致した変動を示すことを見出した。また,自分のペースでレバー運動をするサルの前帯状野32野と前頭前野9野のシータ波活動がサルの「注意集中」に相関して増減していると解釈可能な知見を得た。両部位のシータ波は高いコヒーレンスを示し,これらの部位が機能的に一体となって活動していることを示唆する。この活動はヒトの脳波で観察されるFrontal midline theta rhythmsに相当すると考えられる。埋め込み電極による高い空間分解能を活かして,現在,32野と9野の間の情報の流れについて解析を行うとともに,「注意」が変動すると考えられる「予告付き反応時間運動課題」を行う際のシータ波の解析を行っている。

 

多光子顕微鏡室

【概要】
 多光子顕微鏡室は4月から研究員(科学研究費)1名(日比輝正博士)を新たに加え,専任の独立准教授1名(根本知己),技術職員1名(前橋寛)及び,根本の獲得した競争的研究資金によって雇用する特定技術職員(JST) 1名,技術支援員(科学技術研究費)1名からなる部門となった。多種多様な由来を持つ光学顕微鏡関連機器を統一的に管理し効率的な運用を図る共に,研究所の内外への技術協力を行っている(技術相談,見学等20件以上)。

 多光子顕微鏡は,低侵襲性で生体および組織深部の微細構造および機能を観察する装置であり,近年国内外で急速に導入が進んでいるが,安定的な運用を行うためには高度技術が必要であるため,共同利用可能な研究機関は本室が国内唯一である。またこの学際的な新手法を普及させるため,研究所枠を越えた勉強会,セミナー等を定期的に実施した。

 研究課題は(1)非線形光学や光化学を活用した新しいバイオ分子イメージング手法の開発,(2)小胞輸送,開口放出・分泌現象などの分子細胞生物学的基盤とその生理機能を中心とする。個々のテーマについては以下に記したが,他に,京都大学農学部高橋信之博士とグルコース輸送体の小胞輸送による生理機能制御についても,共同研究に着手した(科学研究費補助金)。また,ノックアウト動物によるSNARE分子複合体の機能,新規蛍光タンパク質の開発など,計画共同研究については別項に記載した。

 尚,8月末日を持って根本知己准教授は,日比輝正研究員は12月に退職した。その後根本は9月1日付けで北海道大学電子科学研究所教授に着任し,2010年3月まで,兼任教授となった。

 

ベクトルレーザービームによる超解像イメージング法の開発

根本知己,日比輝正,佐藤俊一(東北大学),横山弘之(東北大)

 新しい光ベクトルレーザー光を用いて,古典的な光の回折限界を打ち破る蛍光ナノイメージング法の開発に着手した(JST, CREST)。ベクトルビームとは,強度,偏光,位相が,空間的な分布を持っているレーザービーム光である。その中で高次多重リングモードをもつものを正立顕微鏡下で発生させることに成功した。このモードを用いて,超解像蛍光イメージングに成功した。

 

in vivo イメージング手法の展開

根本知己,日比輝正

 レーザー光学系の独自の改良により,生体脳において深さ約1mmの構造を1mm以下の解像度で観察できる性能を実現した。生体内神経細胞のCa2+動態イメージング技術の確立および長時間連続イメージングのための生体固定器具の開発を行うとともに,同一個体・同一微細構造の長期間繰り返し観察技術の確立を行った。

 

生体肝代謝活性のin vivo測定法の開発

根本知己,岸本拓哉(ソニー株式会社)

 ソニー(株)との共同研究により,新たに2光子in vivo FRAP法の開発に成功し,麻酔下のマウス生体肝細胞における代謝活性を非侵襲的に定量することを可能とした。(特許申請中)。

 

身体左右差獲得のCa2+イメージング

根本知己,野中茂紀(基礎生物学研究所)

 機構内連携バイオ分子センサープロジェクトによる共同研究として実施した。哺乳動物の身体の左右非対称性はノード流の一方向性に由来するが,その細胞生理学的な分子機構は不明である。そこで,マウス初期胚のCa2+イメージングからその分子機構を検討し,非対称なCa2+振動の存在が明らかになった。

 



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