生理学研究所年報 第31巻
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1.コモンマーモセットを用いた脳特異的レトロウイルスベクターの安全試験

清水恵司,田村雅一,八幡俊男,中居永一,川西 裕,
野中大伸,熊澤綾乃,石田恵理(高知大学医学部)

 脳原発悪性腫瘍の代表である膠芽腫(グリオブラストーマ)は治療困難な疾患であり,近年の手術技術,手術機器,放射線療法,化学療法の進歩にもかかわらず,その平均予後はいまだに一年半程度である。我々は,膠芽腫攻略のため,脳特異的に自殺遺伝子HSVtk を発現するレトロウイルスベクター産生細胞を用いることを計画し,これをウイルス力価の高いものに改良した。さらにそのウイルスを濃縮することで,1x1011-12pfu/mlの高力価のウイルスを調製できた。レトロウイルスは分裂細胞特異的に感染し,遺伝子導入することができる。脳内の分裂細胞は脳腫瘍細胞だけであることから,このウイルスを脳腫瘍近傍の脳内に注入しても,腫瘍にのみ感染して自殺遺伝子が導入される戦略である。マウス脳腫瘍モデルにて,このウイルスの注入とガンシクロビルの投与により,悪性脳腫瘍の治癒が実験上可能となった。

 この脳特異的にHSVtk を発現するベクター(MBP/pIP+)を用いた遺伝子治療の臨床応用を計画するにあたり,まずレトロウイルスベクターにて懸念される,replication competent retroviruses(RCR)の混入は,GLPレベルでも認めないことが,外部機関への依頼で証明された。また,正常マウス脳内へのベクター移植での安全性も確認された(平成18年)が,さらに霊長類であるコモン・マーモセットを用いた安全性試験を遂行すべく本研究を行った。具体的には,患者に一回あたり投与する予定量の1x1011pfuのウイルスをマーモセットの脳実質に投与し,3ヶ月後の血液検査,8ヶ月-12ヶ月後の血液検査,脳内の腫瘍形成の有無や他臓器の形態変化のMRIによる観察を行った。また最終的には解剖による脳実質の変性の有無も含めた検索と,各臓器からのウイルスゲノムの検出をPCR法にて行った。現在まで3匹の検査を行い,1匹目はMRIによる観察,解剖,PCR検査にてすべて陰性であった。2匹目はウイルス投与11ヶ月後に飼育室の不具合により死亡してMRIを行えなかったが解剖,PCRにて陰性であった。3匹目は下痢による栄養不良が続き,ウイルス投与後10ヶ月で死亡したが,解剖,PCRにて陰性であった。

 現在我々は,マイクロキャリアー使用下の浮遊培養を行い,ウイルス力価をさらに従来の約10倍に上昇させることが可能となった。また,脳特異的な遺伝子発現用ベクターに加えて,腫瘍特異的なベクターをも構築した。これにより悪性脳腫瘍のみならず,他の組織のガンにも応用可能な遺伝子治療に発展できると考えている。

 

2.非侵襲統合脳機能計測技術を用いた高次視覚処理の研究

岩木 直,須谷康一(独立行政法人産業技術総合研究所)

 網膜における視覚刺激の「動き」に基づいて対象の物体を知覚する場合,低次視覚野から頭頂部へ至る背側視覚経路と側頭部へ至る腹側視覚経路の両方が寄与していると考えられる。本研究は,高次視覚情報処理にかかわる複数の脳領域間における神経活動の相互作用を,MEGとfMRIの両方を用いて得られる高精度な脳神経活動可視化技術を用いて,定量的に評価することを目的としている。

 昨年度までに,同じ課題に対して得られたMEGとfMRI実験データを統合的に解析,すなわち,fMRI計測データから得られる脳内活動の空間分布を先見情報としてMEG逆問題の空間的信頼性を高める技術の開発を進めた。

 今年度は,上記データ解析技術を,視覚刺激の「動き」から3次元物体を知覚する際の脳活動ダイナミクス解析に適用し,背側視覚系と腹側視覚系それぞれの神経活動を高い時間・空間分解能で可視化した(図1)。この結果,動きからの3次元物体知覚にともなって活動する,後頭部,頭頂部,側頭葉下部それぞれの部位が協調的に活動する様子を明らかにした。

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図1 MEG/fMRI統合解析による,動きからの3次元物体知覚の脳活動ダイナミクス可視化結果

 

3.非侵襲的脳機能検査による疲労・疲労感と学習意欲の評価法

渡辺恭良,水野 敬(理化学研究所分子イメージング科学研究センター)
田中雅彰(大阪市立大学大学院医学研究科)
定藤規弘,田邊宏樹(自然科学研究機構生理学研究所)

 3ヶ月以上の期間に亘り,疲労・倦怠感が持続する小児慢性疲労症候群(CCFS: Childhood Chronic Fatigue Syndrome)患児は,注意集中,記憶力および思考力低下といった神経認知に関する愁訴を抱えている。しかしながら,これらの認知機能低下に関する神経生理学・心理学的評価は十分になされてこなかった。そこで,認知機能テストバッテリーを用いてCCFS患児の認知機能を評価した。その結果,注意配分機能(二つ以上のことを同時に遂行する機能)を要する仮名拾いテストの成績が著しく低下していることが明らかとなった。本研究では,CCFS患児の注意配分機能低下の神経メカニズムを明らかにするため,CCFS患児と健常児を対象とし機能的MRIを用いて仮名拾いテスト遂行中の神経活動計測を行った。

 仮名拾いテストは,紙面上に平仮名で記された物語を黙読し,物語の内容を理解しながら,同時に母音に○印をつける二重課題である。2分間の母音拾い上げセッション後に,2分間の内容に関する質問回答セッションを行う計4分間の注意配分機能検査である。fMRI実験では,母音拾い上げセッションと質問回答セッションの各セッションにおける神経活動解析を行った。

 母音拾い上げ正答率は健常児とCCFS患児間で有意差はみられなかったが,内容理解度についてはCCFS患児が有意に低かった。質問回答セッションにおいて,両群間の賦活脳領域は同一であり,各脳領域における賦活度に有意差はみられなかった。しかしながら,母音拾い上げセッションにおいて,左背側下前頭回の賦活は両群間でみられたが,CCFSのみ,右背側下前頭回の賦活がみられ,その賦活度は,健常児よりも有意に高かった。CCFS患児は注意配分遂行のため,左背側下前頭回だけでなく右背側下前頭回の動因を要し,これら神経過剰賦活が労作後の疲労増強と関連し,慢性化する疲労・倦怠感の一因であることが示唆された。

 

4.磁気共鳴画像装置による脳賦活検査を用いたヒトの情動と
ストレス脆弱性に関する研究

飯高哲也,原田宗子(名古屋大学 大学院医学系研究科)

 顔に対して不快な音声を付加することで顔に対する嫌悪条件付けを行った研究では,扁桃体の活動が条件付けの初期に一過性に亢進することが分かった。この結果はわれわれが社会生活の中で受けている,顔と声の刺激が心理的なストレスとして働いている可能性を示したものである。この研究は英文論文として発表予定である(文献1)。

 次いで同様の顔刺激と不快な音声刺激を用いて,特定の顔に対する印象が形成される過程をfMRIを用いて検討した。ここでも不快な音声を付加された顔に対する印象の悪化の程度が,扁桃体の活動と相関することが示された。さらに内側前頭前野や上側頭回などの,いわゆる「社会脳」領域の活動が印象形成にかかわっていることが分かった(文献2)。

 情動反応の文化・人種差研究を,fMRIや遺伝子解析を用いて行うための理論と方法をまとめた総論を発表した(文献3)。

 これらの実験は以下の研究論文として発表予定である。

1. Iidaka T, Saito DN, Komeda H, Mano Y, Kanayama N, Osumi T, Ozaki N, Sadato N, Transient neural activation in human amygdala involved in aversive conditioning of face and voice. Journal of Cognitive Neuroscience (in press)
2. Iidaka T, Harada T, Sadato N, Forming a negative impression of another person correlates with activation in medial prefrontal cortex and amygdala, Social Cognitive and Affective Neuroscience (in press)
3. Chiao JY, Hariri AR, Harada T, Mano Y, Sadato N, Parrish TB, Iidaka T. Theory and methods in cultural neuroscience. Social Cognitive and Affective Neuroscience (in press)

 

5.磁気共鳴画像診断用新規造影剤の開発と評価

阪原晴海1,定藤規弘2,竹原康雄1,村松克晃1
1浜松医科大学医学部,2自然科学研究機構生理学研究所)

【背景】これまでの実験から,デンドリマーコアの造影剤研究において,側鎖のバリエーションが少し異なるだけで造影能や造影効果の持続時間が大きく異なることが経験された。おそらく,造影剤の立体的な構造の変化により,結合する蛋白の構造に変化が生じ,造影能を大きく変化させることが予測された。逆に,側鎖のバリエーションによって,血管滞留性や信号増強効果を調整することが可能であるとの予測のもとに,われわれは,さまざまのコンパウンドを試作し,これらを用いて,実際にin vivoにおいてもその効果を評価している。平成21年度はMRシステムのバージョンアップのため,3D-VIBE撮影が不可能であったため,前年度までに撮影したイメージの画像解析とその評価を行った。

【方法】平成20年度に正常ラットないしはマウスを使用し,造影早期の造影MR撮像を生理学研究所のシーメンス社製Allegra 3.0Teslaの3D-VIVEシーケンスによって撮影した。すべて経静脈性に造影剤を投与後早期(3分以内)に3.0T装置にて,home-madeの5inchコイルにて撮影された。撮像に使用したパラメータは3D-VIBE; TR (ms)/TE (ms); 4.5/1.8, NEX; 1, FOV (mm); 120, matrix; 256x208, partition (mm); 0.7である。造影にあたっては尾静脈を確保し造影剤を注入後,生理食塩水にてflushした。検査に供された新しく合成されたサンプルは,特許申請前のものもあるので,特定は差し控えるが,全部で12種類の新しい造影剤の評価を行った。正常動物で効果を確認できた造影剤に関しては,多血性肝細胞癌の腫瘍モデルにて腫瘍増強効果を確認した。

【結果】信号増強効果と信号増強の持続効果において従来のGd-DTPAによる造影効果に優る造影剤が9種類見いだされた。

【結論】血液プール造影剤として有望な新たな造影剤を開発しその評価を行い,いくつかの有望な造影剤を特定した。

 

6.MRIを用いた非自国語模倣および繰り返し学習の神経基盤解明

吉田晴世(大阪教育大学)
横川博一(神戸大学)
牧田 快,山崎(村瀬)未花,田邊宏樹,定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所)

 外国語学習において語彙獲得は重要であるが,「単語は声に出してまねる(rote rehearsal)とよく覚えられる」(外国語単語記銘増強効果)かについては議論がある。構音抑制(articulatory suppression)によって音韻ループ(phonological loop)に干渉すると,単語―非単語の連合課題の成績が低下することから,新たな音韻符号の集団をひとまとまりにして保存する過程において,音韻ループは頑健な単語表象の形成に関与することが示唆されている。しかし,ひとまとまりとなった構音表象(phonological assembly)と意味(あるいは対応する視覚的オブジェクト)の連合を形成する際に,音韻システムがどのように関与するのかはあきらかでない。そこで,機械的反復模倣の,外国語単語記憶増強に関係する神経基盤を明らかにすることを目的として,機能的MRI実験を計画した。学習に関与する領域において,構音表象(phonological assembly)と対応する視覚的オブジェクト提示による神経活動は反復減弱ないしは反復増強をきたし,機械的反復模倣はそれらと相互作用を起こすとの仮説のもと,模倣と音声視覚連合形成の交互作用は,学習に関与する領域と目される反復増強,反復減弱を示す神経領域において観察されるだろうと予想した。

 音韻ループと音声視覚連合形成の2要因を含む未知外国語の単語学習を行う際の神経活動領域を描出するために,音韻ループについて機械的反復模倣と数唱の2水準を,音声視覚連合形成(Uzbek単語と視覚的オブジェクトを結び付ける)については繰り返し8回(8水準)を設定した。なお音声視覚連合の対象として,スクランブル画像との連合課題を付加した。

 予備実験の結果,機械的反復模倣によって記銘成績の増強が見られたため,本実験を開始し,26名のデータを得て,現在解析中である。

 

7.意味プライミング効果による脳活性状態の変化

大石晴美(岐阜聖徳学園大学教育学部)
木下 徹(名古屋大学大学院国際開発研究科)
定藤規弘,田邊宏樹(自然科学研究機構生理学研究所)

【研究の背景】リーディング指導において,課題遂行前に予備情報を与えることが学習者の理解を深めることに効果的であると示唆されている。この点について,脳科学的なデータで裏付けることに注目し,まず,語彙レベルにおけるプライム効果がどの脳内基盤でどのように機能しているのかについて解明することとした。

【本研究の目的】本実験の目的は,プライムとターゲット語彙におけるカテゴリー的関連性の有無が反応時間と脳活性状態においてプライミング効果を導くかどうかを学習者の習熟度別に明らかにすることである。

【研究課題】本研究の目的を達成するために,Crinion et al.(2006)の実験課題を参照し実験課題を作成した。実験語彙には,生物(eg, WOODPECKER, PIGION, CRANE)と無生物(eg. PLATE, BOX DRILL)を日本語と英語で用意した。組み合わせは,1) 英語-英語,2) 英語-日本語,3) 日本語-英語,4) 日本語-日本語の4種類である。

【実験参加者】実験参加者は,TOEICの得点により分類された上級者群と初級者群の2群である。

【実験手順】(図1参照)
 練習用問題を実施したあと本実験をする。
1. ドットを眺める 500ms
2. プライム刺激を提示 200ms
3. ターゲット刺激を提示 1800ms
4. プライム刺激を無視し,ターゲット刺激(無生物,生物,記号)の判別をさせる 500ms

【仮説】
1) プライム刺激とターゲット刺激が関連している場合,(生物-生物,あるいは,無生物-無生物)は,反応時間が短い。
2) 習熟度によって反応する脳内基盤と状態が異なる。

【今後の方向性】Crinion et al.(2006)とは,実験課題の提示方法,学習レベル,学習環境が異なるため,その違いと結果について分析し,今後英語教授法の検討の可能性に結びつける。

1) ターゲット刺激が生物の場合
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2) ターゲット刺激が無生物の場合
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図1 プライム・ターゲット語彙の提示方法

 

8.視覚認識に基づく情動活動を実現している脳賦活部位の解明

中村浩幸,白数真理,白数正義,伊藤和夫(岐阜大学,医学系研究科)

 美しい景色や絵画を見ることによって,情動的な神経活動が引き起こされる。この神経活動は,前脳基底部や扁桃体・視床下部において司られている。これらの情動関連脳部位は,ほとんど全ての大脳皮質と相方向性に線維連絡し,人の美意識の根幹を形作っている。

 これらの線維連絡から,視覚や聴覚以外の感覚入力が情動に影響を与えること,逆に,情動によって,感覚入力が変化すること,さらに,運動系の神経活動が,情動系の神経活動へ影響を与えることが,予想される。さらに,意識に上らない感覚入力によっても,情動神経活動に変化が引き起こされる可能性が示唆される。

 今回の研究では,(1) 視覚,特に対人関係に関与する相貌認識によって引き起こされる,脳の情動活動の変化,(2) この変化に対する感覚入力や運動神経活動による修飾,(3) さらに,意識に上っていない視覚刺激によって,同様な活動変化やその修飾が起きるか,の3点について明らかにしようと試みた。

 まず,感覚入力あるいは運動神経活動として,歯の噛み締めを用いた。噛み締めを用いた理由は,恐怖を感じる状況や,闘争が避けられない状況において,噛み締め行動が見られること。また,私たちの最近の研究によって,扁桃体や青斑核など,情動神経活動に深い関わりを持っている脳部位と,三叉神経系,特に三叉神経中脳路核との間に線維連絡が存在すること,の二点である。

 噛み締める強さを定量的に計測する目的で,平板型圧センサを,個人用リテーナーに,重合レジンで固定した。左右の奥歯に,感度の異なる2種類の圧センサを装着することによって,軽くかんだ場合と,しっかりかんだ場合をコンピュータでモニタした。これらの装置は,核磁気共鳴装置内で安全かつきわめて安定に動作した。しかし,コンピュータへの接続に用いたUSBケーブルのコネクタ部分の電流によって生じる,MRI画像のノイズが大きかった。現在,電磁シールドされたUSBケーブル付き圧センサアンプを開発中である。

 

9.カニクイサルを用いた動脈硬化モデルの病態解明

外村和也(浜松医科大学・分子イメージング先端研究センター)
岩城孝行,梅村和夫(浜松医科大学・薬理学)
竹原康雄(浜松医科大学・放射線医学)

 これまで高脂血症治療薬の開発にはWHHLウサギを用いた検討が多くされてきた。

 しかし基礎研究で得られたデータが,臨床での開発研究の段階において必ずしも一致しないこともあり,適切なモデルの必要性が求められてきた。我々はこの基礎から臨床へのアプローチを最適化するため,霊長類を用いた動脈硬化モデルの作製に取り組んだ。カニクイサルに高脂肪食を負荷し,自然発症的に動脈硬化を発症するサルを用い,大動脈の肥厚の様子を経時的にMRIにて撮像を行った。

 現在はサルに高脂肪食負荷を行い始めた段階であり,MRIによる画像において変化は認められなかったが動脈硬化進行に伴い,内膜肥厚やマクロファージの集積などをイメージング画像として捕らえ,動脈硬化発症のメカニズムを解明する。

 

10.サルMRI標準脳画像のPET分子イメージング研究への応用

尾上浩隆(独立行政法人理化学研究所 分子イメージング科学研究センター)

 これまでに我々は,マカクサル(アカゲサル)に陽電子断層撮像法(positron emission tomography, PET)を用いた非侵襲的な脳機能イメージング法を適用して,視覚認知,時間知覚,記憶・学習などの脳高次機能に関わる神経機構について明らかにしてきた。また,生理学研究所の伊佐教授との共同研究により,サルの脊髄損傷モデルにおける回復過程で起こる大脳のダイナミックな可塑的変化についても明らかにした。今回我々は,一次視覚野(V1)損傷後の視覚応答性(Blind sight)について,PETを用いた脳機能マッピングによる神経連絡網の変化を検討した。本実験では,サッケード課題実行中の脳局所血流(rCBF)をPETで測定し,得られたPET画像をSPM(statistical parametric mapping)法を用いて統計解析した。活動部位の同定は,統計画像を生理学研究所のMRI撮像装置にて得られたT1強調画像に重ね合わせて行った。その結果,affected側へのサッケードに相関した部位としてはLIPとFEFが,intact側へのサッケードと相関した部位としてはFEFとLIPが見いだされた。また,これら有意な変化が認められたFEFやLIPをseedに,他の脳領域の活動との相関調べたところ,FEFはLIPやMTと,LIPはFEFやV3と相関が高いことが判明し,これらの部位を含むnetworkの変化が,Blind sightにおけるV1の機能を代償していることが強く示唆された。

 現在,例数を増やすべく,もう一頭の訓練を行うとともに,PET実験の準備を行っている。また,これまでのMRIテンプレート画像に,これらのV1損傷実験に使われるサルを加えたリニューアルを行っている。

 

11.動作模倣学習と言語模倣学習に関する脳内基盤の解析:
機能的MRIによる研究

三浦直樹1,赤澤 威2,村瀬未花3,長井謙治4,吉田優美子3,田邊宏樹3,定藤規弘3
1高知工科大学システム工学群,2高知工科大学総合研究所,
3生理学研究所大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門,
4国士舘大学イラク古代文化研究所)

 ヒトは先史時代より様々な道具を開発し,その技術を継承する事により様々な文化を作り上げてきた。個体・群・世代間で技術継承が行われるためには,個体同士の社会的な相互作用の中で技術が伝搬されてゆく必要があり,このような個体間の社会的関係に基づく学習(社会学習)は,試行錯誤による学習など個体内で生じる学習(個体学習)と並んで重要な学習の形態である。

 本研究では,社会学習の主要な形態である他者の行為を模倣する事による学習(模倣学習)の神経基盤を明らかにする事を目的とし,機能的MRIを用いて動作模倣学習および言語模倣学習を行っている際の脳活動を計測し,その脳内基盤の差異について考察を行う。

 18名の健常被験者が実験に参加した。全ての被験者に対し書面と口頭により説明を行い,書面により実験参加に対する同意書を得た。機能的MRI実験課題として,動作模倣課題においては,熟練者による石器製作過程の映像(図1(a))を15種類提示し,映像を観察してその製作に関する身体動作を覚えるよう教示を行った。同様に言語模倣課題においては,ウズベク語の単語を発話している映像(図1(b))を15種類提示し,その発話内容を覚えるよう教示を行った。学習による脳活動変化を解析するために各映像を計8回反復して提示した。さらに,学習に対する動機付けを明確化するために,計測後に石器製作動作およびウズベク語の発話を正しく学習しているかの確認のため実演テストを行う事を前もって被験者に教示した。

 実験結果より,石器製作動作の観察においては,主に運動前野から下前頭回にかけての前頭葉領域と,縁上回から下頭頂小葉にかけての頭頂葉領域のネットワークが関与している事が示唆された(図2(a))。一方でウズベク語発話の観察においては上側頭回領域と運動前野に有意な脳活動が観察された(図2(b))。映像の繰返し観察により生じる学習によって脳活動が変化した領域として,石器製作動作の学習では運動の実行に関与する右側小脳後葉,ウズベク語発話の学習では音韻情報の処理と関与する左側上側頭回に有意な脳活動の変化が認められた。

 従って,本研究により模倣学習に関与する脳領域は,身体動作の額種・発話の学習と言ったような学習対象を構成する情報の属性によって変化する事が示された。

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図1

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図2

 

12.fMRI信号を用いたクロスモーダル情報の復号化

神谷之康(ATR脳情報研究所室長/奈良先端科学技術大学院大学客員准教授)
宮脇陽一((独)情報通信研究機構/ATR脳情報研究所研究員)

 私たち人間は,眼,耳,皮膚など複数の感覚器から得られた情報を巧みに処理することにより,周囲の環境あるいは対象物を的確に認識することができる。近年の研究結果は,ある感覚器からの入力に特化して反応すると考えられていた低次感覚野でさえ,別の感覚器からの入力に対しても反応する可能性を示唆している(Sadato et al., 1996; Kayser et al., 2005)。このような単一感覚モダリティを越えた(クロスモーダルな)情報のやり取りにはどのような機能的意味があるのだろうか? 本研究では,脳情報復号化(デコーディング)技術を用いて脳活動に含まれる「情報」を解読することにより,クロスモーダルに引き起こされる脳活動の機能的意味とその情報表現様式を解明することを目指した。

 本研究では,まず触覚情報のクロスモーダルな表現の解析に焦点を当てた。被験者の指先に触覚刺激を与えた際の脳活動をfMRIで計測した。触覚刺激の空間パターンおよび振動パターンを体系的に操作し,様々な条件下での脳活動パターンを計測した。計測した脳活動パターンと刺激条件との関係性を,機械学習アルゴリズムを用いて計算機に学習させ,新たに計測された脳活動パターンから触覚刺激の情報(空間パターンおよび時間パターン)が読み出せるかどうかを,様々な脳部位を解析対象として検証した。

 これまで実施した予備実験結果では,触覚刺激の空間パターン情報が,体性感覚野に加えて,視覚野からも読み出せる可能性があることが示された。この結果は,クロスモーダルに引き起こされる脳活動に他の感覚器から取得された感覚情報が表現されている可能性を示唆している。今後は,空間解像度を向上させた触覚刺激を利用するとともに,解析アルゴリズムを洗練させ,本現象をさらに多側面から検証していく予定である。

 

13.サル前部下側頭皮質および前部上側頭溝のMRIに基づく三次元構造観察

永福智志(富山大学 大学院 医学薬学研究部(医学)統合神経科学講座)

 霊長類の脳には「顔」の認知情報処理に特化した神経システムが存在すると考えられています。たとえば,マカクザルの前部下側頭皮質や前部上側頭溝には「顔」や「顔」写真の呈示に対してだけ選択的に応答するような「顔」ニューロンが存在することはよく知られています。最近では,腹内側前頭前野や大脳辺縁系の扁桃体や海馬体などでも「顔」と関連するニューロン活動が記録されています。しかしながら,これら各「顔」関連領域が果たす機能的役割についてはなお未解明な点が多いのが現状です。

 私たちは,サルにおける「顔」の認知情報処理のニューロン機構の解明を目的に,各「顔」関連領域の機能的分化を明確化するため,脳定位固定法に基づく微小電極法により,種々の「顔」認知課題遂行中のサルの「顔」関連領域(前部下側頭皮質,前部上側頭溝,前頭前皮質,扁桃体等)からニューロン活動を記録・解析する一連の実験を行っています。

 サルの脳には解剖学的な個体差がかなりあるため,ニューロン活動記録部位の正確な定位を行うためには,各個体ごとに脳の三次元脳構造をあらかじめ正確に把握する必要があります。この目的の為,去る2010年2月3日,生理学研究所MRI施設にて,サル脳MRI画像の撮影を行いました。当日,私たちが富山大学より搬入したサルの,各「顔」関連領域を含む様々な断面での脳MRI画像を撮影し,MRI画像に基づき三次元構造観察を行わせて頂きました。

 現在,富山大学にて,MRI画像を撮影したサルを用いて,種々の「顔」認知課題遂行中のサルの各「顔」関連領域からのニューロン活動を記録・解析を行っています。これらの実験の際には,生理学研究所にて撮影した脳MRI画像に基づき,各個体の「顔」関連領域とニューロン活動記録部位の位置関係を正確に求めております。

 最後に,所内対応者としてご指導を賜りました感覚認知情報研究部門,小松英彦 教授,伊藤 南 准教授,郷田直一 助教,高木正浩 技術職員,鯉田孝和 豊橋技術科学大学・特任准教授ほか研究室スタッフの皆様方に厚く御礼申し上げます。

 

14.他者の信頼性判断時の脳賦活部位の同定

渡部 幹(早稲田大学高等研究所)
坪井 翔(京都大学大学院文学研究科)

 近年の社会科学における研究では,信頼が人間社会における経済的・社会的交換の発達に重要な役割を果たしていることが主張されている。人間社会は,新たな交換パートナーとの相互依存関係を拡大することで発達してきた。新たなパートナーとの関係の確立には,信頼が重要な役割を果たすことが一般的に主張されている。しかし,どのようにして他者を信頼するかという問題がある。新たなパートナーとの関係は必ずしもポジティブなものであるとは限らないからである。

 先行研究によれば,どのようにして他者の信頼性を評価するかを調査するためには,二つの異なったアプローチがある。一つは,対象となる人物がどのようであるか,という情報を基にした「信頼性の検出」である。このアプローチでは,対象の人物の表情情報や他の身体的なキューが信頼判断の情報としてよく用いられる。先行研究では,OFC, Amygdala, STSがそうした情報に対して活動することが報告されている。こちらのアプローチは,認知的処理というよりも感情的処理であると考えられる。

 もう一つのアプローチは,対象の人物が過去にどのように振る舞ったかという情報を基にする「信頼性についての評判情報」である。そうした情報が与えられると,社会的インタラクションにおいてどのように振る舞うかを予想し,対象の人物がどの程度信頼できるかを判断する。しかし,評判情報からの信頼判断の脳画像研究は多くない。そこで,22名の参加者を対象に,信頼判断実験を実施した。

 参加者は一連の匿名の対象の人物の行動エピソードを読んだ。エピソードは,信頼できる行動,または信頼できない行動であった。参加者は,1) 対象の人物の信頼性を評定する(信頼判断),2) 濁点の数を数える(コントロール)の2つの課題を,同一のエピソードに対しておこなった。結果は,コントロールと比較して,信頼判断時にPFC, ACC, TPJの活動が見られた。これらの領域は,先行研究で一貫して見られているTheory of Mind(ToM)課題時に活動する領域と同じ領域である。また,これ以外に信頼判断時の活動が見られた領域としては小脳が挙げられる。本研究の結果は,評判情報からの信頼性判断はToM課題の一種であることを示唆しており,感情的処理というよりは認知的処理であると考えられる。

 

15.眼球運動に関連した脳波インタフェースの構築のための
運動計画に関連する脳内情報処理の解明

船瀬新王(名古屋工業大学)

 本申請においては,眼球運動を予測する脳波システム構築のために「眼球運動の運動決定に関連したfMRIによる脳機能解析とその結果と脳波との関連」を明らかにすることを目標とした。

 衝動性眼球運動を行うのに必要な流れ図を考えると,“運動を行うことを決定”→“運動方向の決定”→“運動距離の決定”→“運動指令の発効”となる。そこで,本研究では,空間分解度の高いfMRIを使用して“運動を行うこと”に関連する脳部位,“運動方向の決定”に関連する脳部位,“運動距離”に関連する脳部位,“運動指令の発効”に関連する脳部位を明らかにし,それらの脳活動と時間分解度の高くBrain Computer Interfaceに使用する一般的な脳波との関連性について明らかにする。

 従来研究において,眼球運動前に発生する脳波変動について解析を行った。その結果,視覚誘導性・聴覚誘導性・記憶誘導性の衝動性眼球運動を行った際には,眼球運動方向の後頭頂葉の電極において,脳波が急激に変動することを明らかにした。また,視覚誘発性・聴覚誘発性・記憶誘導性の眼球運動時の脳波を比較したところ,眼球運動に関連していると思われる脳波変動の大きさに差異があること,刺激提示から眼球運動発生時までの潜時に違いあることが明らかになった。

 このことより,それぞれ眼球運動の脳内情報処理機構は違いがあること,さらに,記憶誘導性眼球運動と視覚誘導性眼球運動の実験比較を行うことにより,運動方向の決定・運動距離の決定に関しての脳波の違いを明らかにした。

 本年度は,「眼球運動の運動決定に関連したfMRIによる脳機能解析とその結果と脳波との関連」を行うために,実験課題の検討を行った。

 従来研究において,脳波において差異が生じているため,脳波の実験課題と類似の実験課題をfMRI実験に使用することを基本とした。しかしながら,fMRIと脳波においては解析可能な時間分解度が大きく違う。よって,脳波計測での実験課題をfMRI実験に適した実験課題を作成する必要があるため,fMRI実験のための課題の検討を行った。

 



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