2009年11月25日-11月26日
代表・世話人:尾野恭一(秋田大学・院医・細胞生理)
所内対応者:久保義弘(生理研・神経機能素子)
【参加者名】
蒔田直昌(長崎大学大学院・医歯薬学総合研究科),村田光繁,山川裕之(慶應義塾大学・再生医学教室),渡邊泰秀,山下寛奈,山川知美(浜松医科大学・医学部看護学科),森 誠之(福岡大学・医学部・生理学),古川哲史,黒川洵子(東京医科歯科大学・難治疾患研究所・生体情報薬理学分野),西田基宏(九州大学・大学院薬学研究院・薬効安全性学分野),柳(石原)圭子(佐賀大学・医学部・生体構造機能学),行方衣由紀(東邦大学・薬学部・薬物学教室),津元国親,倉智嘉久(大阪大学・臨床医工学研究教育融合センター),岩本隆宏,伊豫田拓也(福岡大学・医学部・薬理学),久留一郎,白吉安昭(鳥取大学・大学院医学系研究科・再生医療学),南沢 享(早稲田大学・理工学術院・生命医科学科),三尾和弘(産業技術総合研究所・バイオメディシナル情報研究センター),鷹野 誠,伊藤政之(自治医科大学・医学部・生物物理学部門),亀山正樹,蓑部悦子,アスマラ ハッディムリヤ(鹿児島大学・大学院医歯学総合研究科・神経筋生理学分野),尾野恭一,大場貴喜,岡本洋介(秋田大学大学院・医学系研究科・細胞生理学講座),木村純子,坂本多穂(福島県立医科大学・医学部・薬理学講座),伊藤英樹(滋賀医科大学・呼吸循環器内科),李 鍾國,三輪佳子,神谷香一郎,本荘晴朗,辻 幸臣,植田典浩(名古屋大学・環境医学研究所),松浦 博,尾松万里子(滋賀医科大学・生理学講座),栗原裕基(東京大学・大学院医学系研究科),小野景義,木内茂樹(帝京大学・薬学部・薬理学教室),久場敬司(秋田大学・大学院医学系研究科),赤羽悟美(東邦大学・医学部医学科),横山詩子(横浜市立大学・医学部・循環制御医学),岩本眞理(横浜市立大学・医学部・小児科),古家園子(生理研・形態情報解析室),井本敬二(生理研・神経シグナル),久保義弘,立山充博,中條浩一,Keceli Batu,松下真一,石井 裕(生理研・神経機能素子)
【概要】
平成21年度11月25日(水)・26日(木)の2日間,生理学研究所コンファレンスセンターにて研究会を開催した。研究会開催に際してはコアメンバーを中心に演題を募集したところ,他施設からも多く発表希望が寄せられ,本研究会への関心の高さがうかがわれた。
イオンチャネルやトランスポーターは細胞膜電位の形成や電気的興奮,細胞内環境の維持,細胞内情報伝達系の修飾や遺伝子の転写制御等,様々な機能的役割を担っている。心血管系においてはこれらイオン輸送体の機能異常が不整脈や動脈硬化,心不全,肥大など種々の心血管病態の発現や進展に関わっていることが明らかになっており,基礎医学から臨床に至るまで多角的な視野でイオン輸送体分子の病態生理的役割を解析していく必要がある。実際,本研究会においてはイオンチャネル・イオントランスポーター分子を直接の研究テーマとした構造機能解析(Caチャネル,Na/Ca輸送体,TRP,Kir6.2,コネキシン,電位依存性Kチャネル)に始まり,心臓自動能,肥大・心不全,家族性伝導障害,QT延長症候群,心筋細胞内Ca動態,再生,血管平滑筋の収縮制御,in silico研究,創薬・循環薬理,心臓の分化など,イオン輸送体と心血管機能に関する多彩な研究成果が報告された。従来のメンバーに加え,栗原(東京大),久留(鳥取大),蒔田(長崎大),久場(秋田大),小野(帝京大)らが新たに加わったことで,より一層多角的視点からイオンチャネルやイオントランスポーターに関する議論を行うことができた。当日の研究会には52名の参加者があり,20題の研究発表に対して制限時間を超えて多くの質疑が行われた。討論の中から得られた知見をもとに,各研究の今後の発展と共に,新たな研究基盤の確立に至ることを期待したい。
山川裕之,村田光繁,小柴貴子,矢田浩崇,相澤義泰,遠山周吾,福田恵一
(慶應義塾大学医学部再生医学講座)
【背景】低分子量Gタンパク質Radは心筋L型Ca2+電流を制御し,その機能異常により不整脈を誘発する。しかし,RadがL型Ca2+チャネルのみを制御するだけで不整脈を誘発しているかは不明である。そこで,本研究の目的はRadによる心筋細胞内Ca2+動態の調節機構を解明することである。
【方法および結果】心臓内因性Rad活性を抑制するため,心臓特異的にドミナントネガティブ変異型Rad(DN Rad)を強発現したトランスジェニック(TG)マウスを作成した。マウス心筋細胞を,Ca2+蛍光色素Fluo-4で染色後,共焦点高速レーザ顕微鏡を用いてCa2+トランジエントおよびCa2+スパークを測定した。その結果,DN Rad TG細胞のCa2+トランジエント振幅は,野生型(WT)マウスと比較し有意に増大しており,Ca2+スパークおよび自然発生Ca2+ウエーブの頻度も増加していた。さらに,DN Rad TGマウスではPKA活性およびリアノジン受容体(RYR2)の2809番セリン(Ser2809)リン酸化が有意に増加していた。また野生型Radを培養心筋細胞に強発現すると,イソプロテレノール刺激によるPKA活性化およびRYR2 Ser2809リン酸化は有意に抑制された。
【結論】Radは,PKA系によるRYR2リン酸化を修飾し,細胞内Ca2+動態を制御していることが示唆された。
赤羽悟美,中瀬古寛子,伊藤雅方
(東邦大学医学部医学科・大学院医学系研究科・薬理学講座)
洞房結節細胞のペースメーカー活動電位の形成と制御には,電位依存性K+チャネルの脱活性化,Ifチャネルおよび電位依存性Ca2+チャネルの活性化に加えて,細胞内Ca2+シグナルのハンドリング機構が関与することが示されている。我々は,L型Ca2+チャネルCaV1.3がCaV1.2に比較して高いアベイラビリティーを維持し,ペースメーカー電位の閾値および活動電位幅を保障する役割を担うことを報告してきた。さらに薬理学的検討を行い,電位依存性Ca2+チャネル各サブタイプの中でも特にCaV1.3に対する遮断作用が心拍リズムや房室伝導の抑制をもたらすことを見出した。よって,CaV1.3が心拍リズムの維持に重要な役割を担うことが再確認された。一方,ペースメーカー活動電位はL型Ca2+チャネルを介したCa2+流入を引き金として誘発されるCa2+誘発性Ca2+放出機構によっても調節されており,ここでもCaV1.3の役割が明らかになりつつある。我々は,心房筋細胞におけるL型Ca2+チャネルのサブタイプ特異的なCa2+シグナル変換制御機構を明らかにする目的で細胞内領域と相互作用する蛋白を探索し,CaV1.2と特異的に相互作用する蛋白としてリン脂質結合蛋白(StarD10)を新たに同定し,StarD10が心房筋細胞におけるL型Ca2+チャネルを介したCa2+シグナルの安定化に関与していることを見出した。
蒔田直昌1,住友直方2,関 明子3,萩原誠久3,望月直樹4
(1長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 内臓機能生理学,2日本大学医学部 小児科,
3東京女子医大 循環器内科,4国立循環器病センター研究所 循環器形態部)
進行性心臓伝導障害(cardiac conduction defect; CCD)は,刺激伝導系の特異的な伝導遅延を特徴とする家族性致死性不整脈であり,心筋NaチャネルSCN5Aの遺伝子異常が明らかにされている。我々はCCD発端者139人の遺伝子解析を行ったところ,完全左脚ブロックを呈し,突然死を伴うるCCDの1家系に,心房筋と刺激伝導系にほぼ特異的に発現するギャップジャンクション(GJ)connexin40(Cx40)の遺伝子変異Q58Lを認めた。SCN5Aや他のGJの変異はなかった。内因性GJを欠損する細胞株N2Aを用いて,細胞-細胞間コンダクタンスをダブルパッチクランプ法で測定した。Q58L-Cx40ペアのコンダクタンスは正常(WT)-Cx40ペアに比べ有意に減弱していた(WT=12.9±5.8 nS, n=4; Q58L=1.2±0.7 nS; n=5; mean±SD, p<0.01)。共焦点顕微鏡でGFP tagged-Cx40の細胞内発現パターンを観察すると,WT-Cx40は,細胞間の限局した領域に強く発現していた。一方,Q58L-Cx40は,細胞膜にび漫性に発現するものの,WTのような限局した発現パターンは示さず,GJサブユニット間の連関異常が示唆された。心筋GJの変異によって刺激伝導系に強い伝導障害を生じ突然死をきたす新たな致死性不整脈の機序が証明された。
大場貴喜,渡邊博之*,村上 学,佐藤貴子*,伊藤 宏*,尾野恭一
(秋田大学大学院医学系研究科細胞生理学講座,*循環器内科学講座)
【背景】心肥大の形成過程においてtransient receptor potential(TRP)チャネルを介したストア作動性Ca2+流入(SOCE)の重要性が報告されている。近年stromal interaction molecule 1(STIM1)はSOCEの制御において決定的な役割を行っている分子として同定された。本研究では,心筋細胞肥大の形成過程におけるSTIM1の重要性について検討する。
【方法と結果】新生仔ラット心筋細胞では,RTPCRおよびWestern blot解析によりSTIM1の発現が認められた。STIM1の蛋白量をWestern blot法により検討したところ,大動脈縮窄によるラット肥大心筋とその対照群の心筋とでは差を認めなかった。新生仔ラット心筋細胞に対しEndothelin-1(ET-1)による肥大刺激を48時間行ったところ,SOCE, TRPC1の発現量,細胞表面積,nuclear factor of activated Tcells activation(NFAT)の増加を認めたが,STIM1の発現量に明らかな変化を認めなかった。ところがsiRNA法によるSTIM1ノックダウンを行った細胞では,これらの反応は抑制されており,STIM1ノックダウンによる心肥大抑制が示唆された。
【結論】心筋細胞肥大の形成過程において,STIM1は決定的な働きをしていることが考えられる。
森 誠之,今井裕子,井上隆司(福岡大学 医 生理学)
イオンチャネル,特に細胞内カルシウム動員に関与するイオンチャネルにおいてカルシウム結合分子カルモジュリン(CaM)は重要な機能を担う。その機能はチャネルの開閉から,膜輸送など多岐に及ぶ。更にはローカルCa2+やグローバルなCa2+をカルモジュリンは個別に感知し,異なるチャネル制御へと分配するセンサーとして機能することも明らかとなってきた。本研究は細胞内カルシウム動態とチャネル-CaM相互作用を定量的かつ,同時的にイメージングするシステムを開発し,カルシウム依存的チャネル制御機構を明らかにする目的としている。カルシウムdyeとして,Fura-2(AM体),CaMとチャネル相互作用をFRET(CFP, YFP融合Protein)にて行った。現在,細胞内カルシウム濃度とCaM-チャネル断片(L-type Ca channel IQドメイン,TRPC6 CBD)の間に生じるFRETにおいて,同期的な変動を確認することができている。これらチャネル-CaMの相互作用はMLCK(Myosin Light Chain Kinase)CaM結合領域‘M13’-CaMと比べ,高濃度カルシウム依存性を示していた。チャネル近傍で局所的に上昇する高濃度Ca2+にのみ反応する上で,重要なメカニズムと考えられた。
伊豫田拓也1,喜多紗斗美1,小室一成2,西山 成3,岩本隆宏1
(1福岡大学医学部薬理学,2千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学,
3香川大学医学部薬理学)
アルドステロン(Ald)は種々心血管病に関わっており,その病態形成には酸化ストレスが深く関与すると考えられている。今回,我々はAld誘発性の心リモデリングに焦点を当て,酸化ストレスとNa+/Ca2+交換輸送体(NCX1)の関連について検討した。野生型(WT)および心筋NCX1高発現マウス(N1-Tg)にAld(0.3mg/h)を4週間処置すると,心肥大および心機能低下が観察されたが,NCX1ノックアウトマウス(N1-KO)では心肥大は誘導されず,心機能低下も認められなかった。さらに,Ald処置と同時にNCX1阻害薬をWTマウスに投与すると,Ald誘発性の心肥大は抑制された。これら心臓における遺伝子発現解析では,WTおよびN1-TgマウスにおいてAld処置に伴うACE, MR, gp91, NHE1遺伝子の発現誘導が観察された。一方,N1-KOおよびNCX1阻害薬を投与したWTマウスでは,これらの遺伝子発現は変化しなかった。組織学的観察では,冠血管周囲における線維化および活性酸素産生がAld処置したWTおよびN1-Tgマウスで顕著に認められた。これらの変化もN1-KOおよびNCX1阻害薬を投与したWTマウスでは抑制された。以上の結果は,Aldによって誘発される心障害とそれに伴う活性酸素産生にNCX1が関与することを示唆している。
尾松万里子,松浦 博(滋賀医大・生理・細胞機能生理)
心臓は,心筋細胞,内皮細胞,血管平滑筋細胞など種々の細胞から構成されており,近年ではcardiac progenitor cellsおよびside population cellsに分類される心筋幹細胞が組織内に存在することも報告されている。我々は,成体マウスを用いて,心室組織内にこれまで知られていなかった種類の細胞が存在するかを調べた。ランゲンドルフ灌流による心室筋細胞単離の最終過程において,遠心によって取り除かれた上清分画を集め,methylcelluloseを含む半固形状培地中で培養したところ,3~5日後に接着細胞群の中に,長く伸長し枝分かれした突起を有した形態に変化するとともに自動的に拍動する細胞が出現することを見出した。これらの拍動する細胞のほとんどは多核であり,connexin-43およびHCN4タンパク質の発現が確認された。また,パッチクランプ法を用い,これらの細胞から洞房結節細胞に類似した自発的活動電位が記録された。しかし,分裂・増殖は観察されず,幹細胞マーカーとして知られる細胞表面抗原の発現も見られなかったことから,心筋幹細胞とは異なる細胞であることが推察された。以上のことから,心室組織由来の自動性をもつこれらの細胞を非定型心筋細胞atypically-shapedcardiomyocytes(ACMs)として新規に同定した。
栗原裕基(東京大学 大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻)
心大血管系の発生において,エンドセリン-1(ET-1)は神経堤細胞のエンドセリンA受容体(ETAR)を介し,主に心流出路~大血管の形成に寄与している。我々は最近,ETAR遺伝子座にLacZおよびEGFPをノックインしたレポーターマウスの発現パターンから,心流入路から左室の形成に関与する細胞群が特定された。この細胞群は,心発生初期に静脈洞から心流入路の左側壁にかけて特徴的な分布を示した。マーカー遺伝子発現パターンの解析,蛍光色素注入による追跡,移植実験から,このETAR発現細胞群は一次心臓領域に由来し,静脈洞領域から左腹側の外側彎曲部を通って左心室へと移動し,左室および両心房の心筋に寄与することが示された。このETAR- LacZ/EGFP発現細胞は,房室接合部の形成に寄与するTbx2陽性細胞とは異なるパターンを示したことから,心臓発生初期から一次心臓領域内において領域化が行われている可能性が考えられた。また,HCN4などとの発現パターンの比較から,刺激伝導系形成との関連も示唆された。さらに,ETAR遺伝子欠損胚の表現型から,ETARを介したシグナルが本細胞を標的として,心臓形成に重要な役割を担っていると考えられた。
久場敬司1,藤澤 進1,大戸貴代1,Josef Penninger2,Francois Verrey3,今井由美子1
(1秋田大学大学院医学系研究科 情報制御学・実験治療学講座,
2IMBAInstituteof Molecular Biotechnology of the Austrian Academy
of the Sciences, Austria,
3Institute of Physiology and Center for Integrative Human Physiology,
University of Zürich, Switzerland)
2009年11月25-26日 生理研研究会に参加して,以下の内容で研究発表を行った。アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)がレニン-アンジオテンシン系(RAS)を負に調節し,心血管機能の調節,心不全など循環器疾患の病態に寄与し,ACE2がSARS(重症呼吸不全症候群)ウイルスの受容体であるとともに,ARDS急性呼吸不全においてRASの制御を介して炎症反応を抑制する。一方で,ACE2によって制御される新規の心血管作用性ペプチドApelinが同定され,そのレセプターは,AT1レセプターと相同性の高いAPJであることがわかった。Apelin遺伝子欠損マウスを作製し,呼吸器ならびに循環器疾患モデルで解析を行ったところ,Apelinは,加齢や心不全の際に心機能の恒常性を維持するのに重要な役割を担うことが見出され,ACE2-Apelinとのシグナルの相互作用や新しいRASの制御機構があることが考えられた。またACE2は,プロテアーゼ活性とは独立に膜貫通領域ドメインを介してBoAT1アミノ酸トランスポーターの発現レベルを制御することがわかった。さらに,最近,本研究者が明らかにした新しい心機能遺伝子発現調節のメカニズムのデータ(未発表)についても報告した。
木内茂樹1,宇佐美彬乃1,下山多映2,大塚文徳2,伊藤理恵1,
鈴木重人1,上園 崇1,栗原順一1,小野景義1
(1帝京大学薬学部薬理学,2帝京大学薬学部環境衛生学)
心臓は,体内で最も再生能力に乏しい器官の一つとされる。我々は,洞房結節にあるごく僅かの細胞集団であるペースメーカー細胞が個体の一生に亘り自律拍動の中心であり続ける点に着目し,洞房結節での心筋細胞或はペースメーカー細胞の再生の可能性について,培養系を用いて探ってきた。成獣の洞房結節細胞(sinoatrial node cell, SANC)を単離して1~3週間培養すると,その周囲に自発拍動を示す細胞群が形成され,その面積は培養日数に従い拡大した。この細胞群は心筋必須の遺伝子を発現しており,isoprenaline, acetylcholineによりそれぞれ心拍数が増加,減少した。EGFPを安定発現した心臓線維芽細胞をSANCと共培養すると,その一部がcTnTやdesminを発現して自発拍動能を獲得した。この心筋再生は細胞内Ca2+シグナルを阻害しておくと抑制された。一方,このような心筋細胞分化誘導効果は,SANCを培養したconditioned mediumでは弱く,oxytocinなど既知の分化誘導因子やcell-free SANC fractionでは認められなかった。これらの結果より,SANCは心臓線維芽細胞を,直接接触による情報伝達及び何らかの液性因子の分泌を介して心筋細胞へ分化誘導すると考えられる。
白吉安昭,伊藤真一,清水夏海,藤井裕士,池内 悠,森川久未,久留一郎
(鳥取大学大学院 医学系研究科 機能再生医科学専攻 再生医療学分野)
ES細胞から心臓ペースメーカー細胞を作製し,徐脈性不整脈などの治療に応用することを目的に研究を行った。具体的には,心臓ペースメーカー特異的Ifチャネルを構成するHCN4の遺伝子座に,GFP遺伝子をノックインしたマウスES細胞株を樹立し,続いてGFP(HCN4)陽性細胞を分取し,発現する遺伝子,自律神経に対する応答性,増殖能などについて解析したので報告する。
樹立したノックイン株(H7株)において,GFPの発現は,HCN4の発現と同様に,分化誘導後7日目前後から拍動する細胞で始まり,その後も拍動する領域でのみで観察された。各分化段階にある胚様体からセルソーティングにより,0.1~3.0%のGFP陽性細胞を分取することができた。これらGFP陽性細胞において,(1) HCN4, Cav3.2などの心臓ペースメーカー細胞で発現しているイオンチャネル,ギャップ結合遺伝子,心筋特異的トロポミオシンなどが発現していること,(2) パッチクランプ法による解析から,自動能やIf電流などの心臓ペースメーカー細胞に必要な電気的性質を有していること,(3) 自律神経系刺激に対する応答能を有していることがわかった。これらの結果は,分取したGFP陽性細胞が,心臓ペースメーカー活性を保持しており,将来の再生医療に応用できる可能性を持った細胞であることを示唆している。
行方衣由紀,恒岡弥生,高原 章,田中 光(東邦大学薬学部薬物学教室)
心筋細胞層を有する肺静脈が心房細動の発生に関与していると報告されたこともあり,肺静脈心筋がいかなる性質を有するのか注目されている。そこで本研究では,モルモット肺静脈における自発的電気活動の発生機序を薬理学的に検討した。肺静脈心筋の活動電位は左心房筋に比べ静止膜電位が浅く,K+の膜透過性が低いことが判明した。K+の膜透過性を減少させるバリウムは肺静脈心筋の静止膜電位を減少させ,自発活動を誘発した。またIK-ACh抑制薬Tertiapinは左心房筋の静止膜電位に影響を与えなかったが,肺静脈心筋の静止膜電位を減弱させ,自発活動を誘発した。一方IK-ACh活性化薬のcarbacholは静止膜電位を増大させ,自発活動の発生を抑制した。また自発活動を示さない肺静脈組織標本および単離細胞にouabainを処置すると自発活動の出現が認められ,これらはSEA0400およびryanodineによって抑制された。以上の結果からモルモット肺静脈心筋はK+の膜透過性が低く,静止膜電位維持力が弱いため,細胞内Ca2+過負荷によって自発活動を発生しやすい傾向にあることが判明した。
三輪佳子1,李 鍾國1,高岸芳子2,トビアス オプトホフ3,
平林真澄4,神保泰彦5,児玉逸雄1
(1名古屋大学環境医学研究所 心・血管分野,2同発生・遺伝分野,
3アムステルダム大学医学部,4生理学研究所,5東京大学大学院新領域創成科)
【目的】神経栄養因子Glialcell line-derived neurotrophic factor(GDNF)が,心筋における交感神経支配に果たす役割を調べること。
【方法】ラット新生仔の上頸神経節交感神経細胞と心室筋細胞を単離し,1mmの間隔で近接培養を行った。GDNF添加後5日目に,軸索伸長,神経-心筋接合部の状態を,免疫染色,電子顕微鏡,細胞外電位記録法により観察した。また,アデノウイルスを用いてGDNFを心室筋細胞へ強制発現させ,神経突起の誘導効果を観察した。
【結果】GDNFを添加すると,心筋細胞へ向かう交感神経細胞突起の伸長,接合部でのsynapsinI, b1 adrenergic receptor(BAR)の発現増加が認められた。電子顕微鏡による観察では,心筋細胞に接する神経細胞内に神経終末小胞が存在し,交感神経-心筋接合の形成が見られた。ニコチン(1mM)添加により,GDNF添加群の心筋細胞自己拍動レートは,有意に増大した。
アデノウイルスを用いた実験では,交感神経細胞突起が,GDNF発現心筋細胞に向かって,選択的に伸長するのが観察された。
【結論】神経栄養因子のGDNFは,心筋細胞への軸索誘導と心筋-神経の接合形成を有意に促進した。GDNFは,病態心の機能制御における新しい分子標的となる可能性が示唆された。
黒川洵子,黒羽笑加,松原清二,笹野哲郎,中村浩章,古川哲史
(東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生体情報薬理学分野)
心筋L型カルシウム(ICa, L)チャネルは,興奮収縮連関の要であると同時に,活動電位幅特にプラトー相の規定に重要な役割を果たしている。重要なセカンドメッセンジャーの一つである一酸化窒素(NO)による心筋ICa, Lチャネルの調節機構について研究したところ,NO合成酵素(NOS)のサブタイプ別の制御機構を見出した。
性ホルモンであるプロゲステロンを単離心室筋細胞に投与したところ,非ゲノム経路でのeNOS(内皮型NOS)のリン酸化によりNOが産生され,ICa, Lの電位依存性がシフトし,電流値が減少した。この作用は,PDE2AのcGMP依存的な活性化によるcAMPの加水分解を介し,女性の卵胞期におけるQT短縮に関与していることが示唆された。
一方,SNP解析によりQT延長と突然死と有意に相関がみられた分子であるNOS1APを介して,nNOS(神経型NOS)とICa, Lチャネルは分子複合体を形成していることを見出した。アデノウイルスベクターを用いて,モルモット心臓にNOS1APを過剰発現させたところ,ICa, Lチャネルの電流密度が有意に減少した。
よって,心筋ICa, Lチャネルは,NOSのサブタイプによって,異なる制御を受けている可能性が示唆された。
亀山正樹,Asmara H,蓑部悦子,Saud Z. A.,韓 冬雲,郭 鳳,王 午陽,はお麗英
(鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科 神経筋生理学)
カルモジュリン(CaM)は,inside-outパッチでCav1.2型Ca2+チャネルを低~中濃度で活性化,高濃度で抑制して,ベル型の濃度-作用曲線を示す。これより,我々は,Cav1.2チャネルが促進と抑制の2つのCaM結合部位(A and I sites; CaM親和性A > I)を持つというtwo-site modelを提唱した。Cav1.2チャネルには4つのCaM結合部位(N末部,I-IIループ,C末部のpreIQおよびIQ領域)があるが,チャネルの活性化や不活性化に関与するのは1分子のCaMという考えが優勢である。そこで,我々はA およびI siteの検索を行った。Calpastatin(CS)はCaMと競合しつつチャネルを活性化するので,A siteに作用すると考えられる。チャネルの断片ペプチドを用いたpull-down実験により,CSの結合部位はIQ領域であることを見出した。更に,preIQとIQ領域を含むペプチドが2個のCaMと結合し,その親和性はIQ > preIQであることを見出した。これらの結果より,Cav1.2チャネルのC末部には2個のCaM結合部位があり,促進性(A site)はIQ領域,抑制性(I site)はpreIQにあると示唆された。
石原圭子,Yan Ding-Hong,頴原嗣尚
(佐賀大学医学部 生体構造機能学 器官・細胞生理学分野)
Kir2.1チャネルを用いた研究成果から,心筋の内向き整流K+チャネルを通る外向き電流は細胞内のスペルミンやMg2+がチャネル孔内面に存在する負電荷を帯びたアミノ酸残基と静電気的に結合することによってブロックされると考えられている。我々はKir2.1チャネルが細胞内イオンによるブロックに依らないゲーティングを示すかどうかについてインサイドアウト・パッチ膜を流れる巨視的電流を記録して検討を行った。ポリアミンやMg2+を含まない細胞質溶液を灌流させても1nM~1pMの低濃度のスペルミンによるものと考えられるゲーティングが認められ,細胞膜の裏打ち構造や細胞質領域のチャネル孔内にスペルミンが残存している可能性が示唆された。一方,細胞質側溶液のpHをpH6.8よりも酸性にすると,遅い膜電位依存性のゲーティングによって外向き電流が抑制された。これはMg2+をキレートするために加えたEDTAに含まれる不純物や残存するスペルミンによるブロックとは無関係であると考えられた。重要なポリアミ結合部位である酸性アミノ酸残基を中性化した変異体(D172N)ではpH依存性のゲーティングが消失した。細胞質溶液のpHが酸性になった際に心筋の内向き整流K+チャネルのブロッカーとして働く未知の細胞内分子の存在が示唆された。
津元国親1,芦原貴司2,倉智嘉久1,3
(1大阪大学臨床医工学融合研究教育センター,
2滋賀医科大学循環器内科・不整脈センター,
3大阪大学大学院医学系研究科)
生理的条件下において,心筋細胞におけるGap junctionの発現は,介在板に集中して発現することが知られている。一方,イオンチャネルの発現に関しても,細胞内分布に不均一性が存在する。特に,心筋型Na+チャネルはGap junctionと同様,介在板で多く発現し,それ以外の細胞膜での発現が少ないという報告が近年増加している。
本研究では,Na+チャネルの細胞内分布変化に対する興奮伝播への影響を検討した。電気的興奮伝播機構として,gap junction機構に加え,その接合部でのクレフト空間に誘発される細胞外電位による相互作用(Electric Field: EF機構)を仮定し,心筋線維に沿った活動電位の興奮伝播をシミュレートした。Gap junction機構だけが興奮伝播に寄与する場合,Na+チャネルの細胞内分布の変化は,興奮伝播速度に影響しない。一方,Gap junction機構とEF機構が共に機能することを仮定すると,Na+チャネルの細胞内分布の変化は,興奮伝播に大きな影響を与える。この結果は,心筋細胞間での興奮伝播に関して,Gap junction機構とEF機構が共に寄与している可能性を示唆している。
西田基宏(九州大学,大学院薬学系研究科,薬物中毒学分野)
PDE3阻害剤はPKAを活性化することで,抗血小板作用や血管拡張作用を引き起こす。この過程には,PKAによる細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)上昇の抑制が関与すると考えられているが,詳しい機序は定かでない。我々は,PDE3選択的阻害剤シロスタゾールがジアシルグリセロール活性化TRPチャネル(TRPC3/6/7)を選択的に抑制することを見出した。PDE3阻害剤はPKA依存的にTRPC6のThr69をリン酸化することでTRPC6のチャネル活性を抑制した。PDE3阻害剤によるPKA活性化はPKA活性化剤によるPKA活性化と比べると非常に弱いものの,PKAはTRPC3/C6・PDE3と膜近傍で三者複合体を形成することで,局所的にTRPC6をリン酸化している可能性が示された。ラット血管平滑筋細胞の再構成リング標本でのアンジオテンシン(Ang)II収縮は,PDE3阻害によって有意に抑制された。PDE3阻害によるAng II収縮抑制効果は,TRPC6のドミナントネガティブ(DN)変異体の発現によって完全に消失した。一方,マウス腹部大動脈では,PDE3阻害によるAng II収縮抑制効果がTRPC3-DNの発現によって消失した。以上の結果から,PDE3阻害剤は,PKA依存的にDAG活性化TRPCチャネルを抑制することで,Ang II刺激による血管収縮を抑制している可能性が示された。
坂本多穂,和栗 聡,木村純子(福島県立医科大学 医学部 薬理学講座)
【背景】高脂血症の治療に用いるHMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は骨格筋毒性をもつ。我々はスタチンが小胞輸送蛋白Rabを抑制し筋を空胞化することを報告した。しかし,空胞化に関与するRabのアイソフォームや空胞化の機序は不明である。我々はスタチンによるRab抑制が小胞体-ゴルジ体小胞膜輸送系(順行輸送)を阻害して,毒性を示す可能性を調べた。
【方法】骨格筋線維はラット短指屈筋からコラゲナーゼで単離し培養した。Rab1Aの膜結合能は膜分画でのRab1A蛋白発現量をもとに調べた。小胞体ストレスはglucose regulated protein 78(GRP78)蛋白発現量をもとに評価した。
【結果】順行輸送阻害薬brefeldinA(BFA; 30mM)を筋線維に投与すると,fluvastatin(Flv)と同様に72時間で空胞化を起こし,120時間後に細胞死をおこした。順行輸送制御蛋白Rab1Aの膜結合能はFlv(1mM)投与で顕著に低下した。小胞体ストレスとFlv・BFA誘発筋毒性の間に相関は無かった。
【結論と考察】スタチンはRab1Aの膜小胞との結合を阻害し,順行輸送を抑制することが分かった。よって,Rab1Aがスタチンによる筋毒性に関与するRabアイソフォームの可能性がある。順行輸送阻害による細胞内環境悪化が,骨格筋毒性の引き金となると考えられる。
伊藤英樹1,坂口知子1,岡 優子1,宮本 証1,
堀江 稔1,林 維光2,松浦 博2,井本敬二3
(1滋賀医科大学呼吸循環器内科,2同細胞機能生理学,
3自然科学研究機構 生理学研究所 神経シグナル研究部門)
後天性QT延長症候群は普段は正常心電図を示すが,薬剤の投与後や高度の徐脈によってQT間隔の延長と多形性心室頻拍が惹起される病態を示す。我々はこれらの後天性QT延長症候群82例と先天性QT延長症候群413例の遺伝子変異解析を行った結果,後天性の20例(24%)と先天性の212例(51%)に心筋イオンチャネルの遺伝子変異を同定した。さらに哺乳類細胞を用いた電気生理学的解析により,後天性QT延長症候群の変異は電流量の減少あるいは何らかのゲーティングの変化を有していた。Luo-Rudy心室筋モデルを用いた活動電位波形のシミュレーションでは,薬剤による後天性QT延長症候群の変異は先天性より軽微な活動電位持続時間の延長である一方,徐脈性QT延長症候群の変異は先天性と同様の変化を示した。以上より,後天性QT延長症候群では先天性と同様の遺伝的背景が潜在しうるが,その機能変化は誘発因子により変化に富んでいることが示された。