生理学研究所年報 第31巻
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2.シグナル伝達の動的理解を目指す新戦略

2009年10月1日-10月2日
代表・世話人:廣瀬謙造(東京大・院医・神経生物)
所内対応者:久保義弘(生理研・神経機能素子)

(1)
アストロサイトにおけるCa2+シグナル依存的N-カドヘリン発現維持機構を仲介する
新規因子の同定
金丸和典,大久保洋平,廣瀬謙造,飯野正光(東京大・院医・薬理)

(2)
免疫B細胞においてTRPC3チャネルを介したCa2+流入とscaffolding機能が
PLCgとPKCbの持続的な膜集積・活性化及びCa2+振動とERKの持続的な
活性化をもたらす
森 泰生(京都大・院工・分子生物化学)

(3)
B細胞におけるSTIM依存的カルシウム流入の生理的役割
松本真典,馬場義裕,黒崎知博
(大阪大・WPI免疫フロンティア研究センター,
理研免疫アレルギー科学総合研究センター)

(4)
破骨細胞において細胞外Ca2+により誘発されるエンドサイトーシス機構
久野みゆき,酒井 啓,森浦芳枝,川脇順子(大阪市立大・院医・分子細胞生理学)

(5)
b細胞に発現する甘味受容体の機能
小島 至,中川祐子,長澤雅裕(群馬大・生体調節研究所)

(6)
マウス腎マクラデンサ細胞におけるPGE2産生調節機構
福田英一,河原克雅(北里大・医学部・生理学)

(7)
網羅的RNAiライブラリーを用いた機能遺伝子探索~EPRILテクノロジーの紹介
菅生厚太郎,太向 勇,廣瀬謙造(東京大・院医・神経生物)

(8)
Ca2+ dynamics in large-scale cellular networks visualized
by ultra-sensitive Ca2+ probe, “cameleon NANO”
堀川一樹,永井健治(北海道大・電子科学研究所)

(9)
シナプス小胞エンドサイトーシスにおけるカルシウム依存性分子機構の生後発達変化
山下貴之,江口工学,齋藤直人,Henrique von Gersdorff,高橋智幸
(沖縄科学技術研究基盤整備機構)

(10)
神経ステロイドによる虚血性神経細胞死防止の分子メカニズム
曽我部正博,田中基樹,陳 玲
(名古屋大学・院医,JST・ICORP/SORST・細胞力覚,南京医科大)

(11)
シナプスから核へのシグナリング:第2章
尾藤晴彦,川島尚之,野中美応,井上昌俊,奥野浩行(東京大・院医・神経生化)

(12)
内因性カンナビノイドを介する逆行性シナプス伝達におけるプロテアーゼ受容体の役割
橋本谷祐輝1,少作隆子2,狩野方伸1
1東京大・院医・神経生理,2金沢大・医薬保健研究域・保健・リハビリテーション科学)

(13)
代謝型グルタミン酸受容体の多様なシグナリングを調節する機構
立山充博,久保義弘(生理研・神経機能素子)

(14)
G蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネルの開閉を調節する細胞質領域内の
構造変化
稲野辺厚,倉智嘉久(大阪大・院医・分子細胞薬理)

(15)
イオン透過機構の動的理解を目指して
老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大・医学部・分子生理)

【参加者名】
小島 至,中川祐子,増淵洋祐(群馬大学・生体調節研究所),河原克雅,福田英一(北里大学・医学部),井上昌俊,尾藤晴彦(東京大学・大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻),辻本哲宏(同志社大学・生命医科学部 医生命システム学科),山下貴之,堀 哲也(独立行政法人 沖縄科学技術研究基盤整備機構),曽我部正博,田中基樹(名古屋大学大学院・医学系研究科),久野みゆき,森浦芳枝(大阪市立大学・大学院医学研究科),梶本武利,森 泰生(京都大学大学院・工学研究科 合成・生物化学専攻),稲野辺厚,古谷和春(大阪大学・医学系研究科),老木成稔(福井大学医学部・分子生理),並木繁行,廣瀬謙造,菅生厚太郎,太向 勇,滝川健司,太田裕作(東京大学大学院・神経生物学分野),金丸和典(東京大学大学院・細胞分子薬理学),黒崎知博,馬場義裕,松本真典(大阪大学・免疫学フロンティア研究センター),堀川一樹(北海道大学 電子科学研究所),狩野方伸,橋本谷祐輝(東京大学・神経生理学分野),日比輝正(生理研・多光子),毛利達磨,岡田俊昭(生理研・機能協関),加塩麻紀子,夏目和歌,Median Johan,内田邦敏(生理研・細胞生理),稲田浩之(生理研・生体恒常),松田尚人(生理研・生体膜),久保義弘,立山充博,中條浩一,Keceli Batu,松下真一,石井 裕(生理研・神経機能素子)


【概要】
 ポストゲノム時代と呼ばれるようになって久しい今日,我々はゲノムがコードする遺伝子の大部分を知っている。その結果,細胞機能を司るシグナル伝達機構についても,様々な分子の役割が同定され,いわばシグナル分子のカタログ化が急速に進んできた。しかし,カタログ化のみでは,依然としてシグナル伝達を「静的」にしか理解しえない。実際の細胞機能の発現は,シグナル分子の局在や修飾が巧みに調節され,刻々と変容を遂げることによって実現されている。したがって,刻々と変容する分子の営みそのものを「動的」に理解することが重要であり,そのための有効な戦略が必要とされている。そこで,本研究会では,免疫,循環,神経系といった異なった分野においてシグナル伝達機構に関連した問題に取り組んでいる研究者に加えて,新しい測定技術や解析法の開発に取り組んでいる研究者を集め,各々の研究分野における成果とその成果を得るための戦略をプレゼンテーションしたうえで分野横断的に討論を行った。全体では4つのセッション(I~IV)を二日間で行った。セッションIは,主として免疫系等のカルシウムシグナリングに関するものであり,細胞内外でのカルシウムシグナリングについての新しい知見について議論を行った。セッションIIにおいては,膵b細胞や腎細胞における新しいシグナル伝達経路についての知見が報告されるとともに,RNAiや蛍光プローブといったシグナル伝達の理解に必須な新しい技術が紹介された。セッションIIIにおいては,神経系のシグナル伝達について多様な視点からの研究成果発表が行われ,新しい知見について議論が行われた。セッションIVにおいては,受容体・チャネル分子に焦点を当てた研究成果が発表され,主として生物物理学的な見地から詳細な議論が行われた。以上のセッションを通じて,シグナル伝達に関する動的理解について,多様な分野の研究による多角的な議論を行うことができた。また,次年度以降も引き続き研究の進捗を目指し,この問題についての議論を継続することの重要性も確認された。

 

(1) アストロサイトにおけるCa2+シグナル依存的N-カドヘリン発現維持機構を
仲介する新規因子の同定

金丸和典,大久保洋平,廣瀬謙造,飯野正光(東京大・院医・薬理)

 神経系においてニューロンを取り囲むように存在するアストロサイトは,様々な神経伝達物質や機械刺激に応じて,さらには非刺激条件下においてもダイナミックなCa2+シグナルを示すが,その生理的意義は十分には明らかにされていない。これまでに我々は,このCa2+シグナルが神経成長因子の一つであるN-カドヘリンの発現維持を介し神経突起伸長を促進することで,脳機能に貢献することを示した。今回,この経路を仲介する新規因子を同定したので報告した。DNAマイクロアレイ解析より,アストロサイトにおいてCa2+シグナルを抑制すると発現が増大する翻訳抑制因子を見出した。本因子の神経系における機能は報告が乏しく,特にアストロサイトにおけるN-カドヘリン発現との関係は一切不明であった。しかし興味深いことに,本因子をアストロサイトに強制発現させるとN-カドヘリン発現量が顕著に減少した。さらに,Ca2+シグナル抑制時に起こるN-カドヘリン発現低下は,shRNAを用いた本因子のノックダウンにより消失し,正常アストロサイトと同等な発現量に回復した。これらの結果は,本因子がCa2+シグナル抑制時に発現上昇する,新規のN-カドヘリン発現抑制因子であることを示している。アストロサイトで頻繁に見られるCa2+シグナルは,この因子を負に制御することでN-カドヘリン発現を維持し,神経成長を促進する役割を持つと考えられる。

 

(2) 免疫B細胞においてTRPC3チャネルを介したCa2+流入とscaffolding機能がPLCgとPKCbの持続的な膜集積・活性化及びCa2+振動とERKの持続的な活性化をもたらす

森 泰生(京都大・院工・分子生物化学)

 B細胞受容体(BCR)刺激はホスホリパーゼC(PLC)g2の活性化を引き起こし,細胞外からのCa2+流入を免疫B細胞に惹起する。B細胞における細胞外からのCa2+流入は,ストア作動性カルシウムチャネル(SOCC)が,唯一のCa2+流入経路であると信じられてきた。近年,PLCの活性化により産生されるジアシルグリセロール(DAG)がTRPCチャネルを活性化しCa2+流入を引き起こすことがHEK細胞等の組換え発現系を用いて示された。しかし,B細胞受容体シグナル伝達系においては,DAGによって活性化されるCa2+流入にTRPCチャネルが関与しているか,あるいはその生理的意義が何かは明らかにされていない。本研究では,TRPC3を欠損させたニワトリの免疫B細胞株DT40を作製し,B細胞受容体(BCR)シグナル伝達系におけるTRPC3を介したDAG活性化Ca2+流入の生理的役割を探究した。TRPC3ノックアウト細胞においては,膜透過型のDAGアナログであるOAGによるCa2+流入が損なわれていた。また,BCR刺激に誘導されるPLCg2の膜集積が抑制された。これらの結果と一致して,TRPC3ノックアウト細胞ではCa2+オシレーション,およびCa2+依存的転写因子であるNF-ATの活性化が抑制されていた。また,BCR刺激に誘導されるPKCbの持続的な膜移行及びERKの持続的な活性化も抑制された。すなわち,TRPC3を介したCa2+流入はBCR刺激に惹起されるMAPKの活性化において重要な役割を果たすことを明らかにした。さらに,TRPC3チャネルタンパク質がscaffoldとして働き,膜移行したPLCg2とPKCbを自身に集積させシグナルソーム形成の中心となることも明らかとなった。

 

(3) B細胞におけるSTIM依存的カルシウム流入の生理的役割

松本真典,馬場義裕,黒崎知博
(大阪大・WPI免疫フロンティア研究センター,理研免疫アレルギー科学総合研究センター)

 免疫細胞における細胞内カルシウムの上昇は主に二つの異なる経路から供給される。一つは細胞内貯蔵庫である小胞体からのカルシウム放出であり,もう一つは細胞膜上のストア作動性カルシウム(Store-operated calcium: SOC)チャネルを介した細胞外からのカルシウム流入である。特にB細胞へのカルシウム流入はSOC流入が主要なものであり,長時間の持続的カルシウムシグナルを維持する上で重要であると考えられているが,これまでSOC流入が誘導される分子メカニズムは全く不明であった。近年,SOC流入を誘導する分子として小胞体カルシウムセンサーSTIM1およびSTIM2(STIM1ホモログ)が同定されたことから,我々はB細胞におけるSTIM依存的カルシウム流入の生理的役割を明らかにするために,B細胞特異的にSTIM1およびSTIM2の両者を欠損するマウスを作製して解析を行った。B細胞特異的STIM欠損マウスのB細胞分化は正常であったが,B細胞抗原レセプター刺激によるSOC流入はSTIM欠損B細胞で減弱した。また,STIM欠損B細胞の増殖反応はin vitroでは全く認められなかったが,in vivo における免疫応答はコントロールマウスと同程度に観察された。さらに,HEL/sHEL免疫寛容モデルマウスを用いて,STIMが自己反応性B細胞の除去に必須であることを明らかにした。以上の結果から,STIMはB細胞におけるSOC流入を誘導し,免疫寛容B細胞の除去に重要な役割を果たしていると考えられた。

 

(4) 破骨細胞において細胞外Ca2+により誘発されるエンドサイトーシス機構

久野みゆき,酒井 啓,森浦芳枝,川脇順子(大阪市立大・院医・分子細胞生理学)

 破骨細胞は酸を分泌して骨を溶解する細胞である。細胞膜に発現するプロトンポンプ(空胞型H+-ATPase; V-ATPase)から分泌された酸によって無機基質を溶かした結果,骨吸収窩に蓄積されるCaは破骨細胞の骨吸収を抑制するネガティブフィードバックシグナルとなる。その細胞応答は「Ca感受反応」と総称され,細胞内Caの上昇からアポトーシスまで多様な現象を含んでいる。私達は培養破骨細胞を高濃度のCaで刺激すると数分以内に細胞膜のV-ATPase活性の低下やエンドサイトーシスの促進など細胞機能の変化に直結する膜応答が起こることを明らかにした。本研究では,細胞膜V-ATPase電流と膜容量(膜面積の指標)を同時に測定しながら,Ca応答の初期反応である膜変化のメカニズムを検討した。エンドサイトーシスはdynaminインヒビター(dynasore)やV-ATPaseインヒビター(bafilomycin A1)で抑制された。また細胞外Caによるエンドサイトーシス促進や細胞膜V-ATPase抑制のシグナル伝達にホスホリパーゼCや細胞内Ca濃度の上昇が関与することが示唆された。

 

(5) 膵b細胞に発現する甘味受容体の機能

小島 至,中川祐子,長澤雅裕(群馬大・生体調節研究所)

 甘味受容体は舌の味蕾に発現し,ショ糖,ブドウ糖や甘草などの天然の甘味料や,サッカリン,アスパルテーム,スクラロースなどの人工甘味料など多彩な甘味物質を感知することができるユニークな受容体である。その分子実体は,代謝型グルタミン酸受容体に類似したC型 G蛋白共役型受容体T1R2とT1R3のヘテロ二量体である。最近我々は,この甘味受容体が膵b細胞に発現し,Ca2+受容系とcAMP受容系を活性化してインスリン分泌を促進することを見いだした。マウス膵b細胞やMIN6細胞には甘味受容体は,T1R2, T1R3,三量体G蛋白Gustducinが発現している。b細胞に甘味受容体アゴニストであるスクラロースを添加すると,agust依存的にPLCを活性化させ,同時に細胞外Na+依存的にCa2+流入を惹起し[Ca2+]cが増加する。一方,スクラロースによるcAMPの増加の一部はCa2+依存性であるが,Ca2+非依存性のコンポーネントもあり,Gs活性化を介する可能性が考えられる。スクラロース作用とグルコースの作用とには相加性がある。b細胞に発現する甘味受容体の生理学的意義に関しては今後さらなる検討が必要である。

 

(6) マウス腎マクラデンサ細胞におけるPGE2産生調節機構

福田英一,河原克雅(北里大・医学部・生理学)

 糸球体濾過量(GFR)は,遠位尿細管内液(濾液)のCl-濃度変化(15-60 mM)をシグナルとした尿細管糸球体フィードバック(TGF)機構により調節されている(Schnermann et al, 1976; Bell et al, 2004)。腎マクラデンサ(MD)細胞は,濾液のCl-濃度低下を感知するとプロスタグランジンE2(PGE2)を放出し,傍糸球体顆粒細胞からのレニン分泌を促しGFRを維持する(TGF機構の修飾)。PGE2受容体としてEプロスタノイド受容体サブタイプ(EP1-4)が腎臓で発現している。傍糸球体顆粒細胞ではEP2/4が関与していると報告されている。MD細胞におけるPGE2合成の律速酵素はシクロオキシゲナーゼ2(COX-2)であることが明らかにされているが,TGF機構の起点となるMD細胞内のシグナル伝達機構には不明な点が多い。我々は株化したマウスMD(NE-MD)細胞を用いて,「COX-2 mRNAの発現が細胞内pH, Ca2+, cAMPなどにより制御されている」ことを報告した(Akiba et al, Kitasato Med J 2007)。本研究では,NE-MD細胞のcAMP産生量や放出されたPGE2濃度を測定することにより,MD細胞におけるPGE2産生調節機構を明らかにすることを目的とする。

【方法】(1) NE-MD細胞を用い,細胞外液のCl-濃度やPGE2添加量(10-9-10-6 M)を変化させて,cAMP産生量(RIA法)やPGE2産生量(ELISA法)を測定した。COX-2 mRNA発現量の時間的変化はreal time PCR法を用いて定量し,GAPDHをコントロールとして相対発現量で比較した。

【結果】(1) NE-MD細胞にはEP1-3の発現は認められず,EP4のみが発現していた(RT-PCR)。(2) 培養液にPGE2を添加して,cAMP量(30分後)を測定すると,添加したPGE2の濃度依存的(10-9-10-6 M)にcAMP産生量が増加した。(3) PGE2(5mM)添加により,COX-2 mRNAの発現亢進が認められた。(4) 0mMおよび低Cl-濃度刺激によりPGE2産生量は顕著に増加し(コントロール:140mM NaCl Hepes緩衝液),AH-23848(EP4アンタゴニスト)で部分的に抑制された。

【結論】MD細胞では,細胞外液をCl-フリーにするとCOX-2の発現亢進によりPGE2産生量が増加し,EP4を介した細胞内cAMP濃度の上昇によって,相乗的にCOX-2の発現量を増加させるPGE2シグナルのMD細胞内増幅機構が存在することが示唆された。

 

(7) 網羅的RNAiライブラリーを用いた機能遺伝子探索
~EPRILテクノロジーの紹介

菅生厚太郎,太向 勇,廣瀬謙造(東京大・院医・神経生物)

 siRNAもしくはsiRNA発現ベクターを用いたRNAiは,哺乳動物細胞において迅速かつ簡便に実現できる遺伝子発現抑制法として幅広く用いられている。我々は,任意の2本鎖DNAから1度に多種類のsiRNA発現ベクターを作製する技術,EPRIL(enzymatic production of RNAi library)法を開発した。本発表では,EPRIL法を概説するとともに,どのようなアプリケーションがあるか紹介した。単一遺伝子のcDNAにEPRIL法を適用した場合,そのcDNAの配列を有するsiRNA発現ベクターの集合体(RNAiライブラリー)が構築される。このRNAiライブラリーをスクリーニングすることで,抑制効果の高いsiRNA発現ベクターを複数種類得ることができる。また,EPRIL法は,細胞から調製したcDNAの混合物にも適用可能であり,この場合,細胞の転写産物をカバーするのに十分な複雑性を有するRNAiライブラリーが構築される。この細胞由来のRNAiライブラリーを特定の形質を指標として選択した結果,その形質に変化を与えるsiRNA発現ベクターが得られ,その配列情報から形質に関連する遺伝子の同定が可能であることが示された。以上のように,EPRIL法は哺乳動物細胞におけるRNAiの可能性を広げ,遺伝子機能の網羅的な理解において強力なツールとなると期待される。

 

(8) Ca2+ dynamics in large-scale cellular networks visualized
by ultra-sensitive Ca2+ probe,“cameleon NANO”

堀川一樹,永井健治(北海道大・電子科学研究所)

 One of the central questions in biology is how genetic programs is reliably operated even in the presence of noise. To understand the mechanism of robust pattern formation, we focused on the development of social amoeba, Dictyostelium discoideum, where up to 100,000 cells self-organize into coordinated aggregation streams. Circular- or spiral-shaped aggregation waves are thought to be established by both inter-cellular cAMP relay and intra-cellular Ca2+ transient. Although distribution of cAMP during the aggregation process was visualized, spatio-temporal pattern of Ca2+ has not reported yet because of no appropriate Ca2+ probes to detect subtle change in Ca2+ concentration around 50 nM in Dictyostelium cells. Thus, we tried to develop ultra-sensitive Ca2+ probes with large dynamic range. Introducing some modifications into CaM-M13 domain of the cameleon molecule, YC3.60 (Nagai et al 2004), we obtained probes with greatly strong Ca2+ affinity. Its small Kd value (20 nM) allows us to detect Ca2+ dynamics even at 10-150 nM ranges without affecting cellular viability. Large dynamic range (1,450%) also enables us to detect the signaling pattern in 100,000 cellular networks at single cell resolution, being the largest scales to be achieved so far. By combinatorial analysis of simple mathematical modeling and in vivo experiments, we will show the evidence of noisy-cellular activity and discuss its constructive roles in the pattern formation.

 

(9) シナプス小胞エンドサイトーシスにおけるカルシウム依存性分子機構の
生後発達変化

山下貴之,江口工学,齋藤直人,Henrique von Gersdorff,高橋智幸
(沖縄科学技術研究基盤整備機構)

 神経終末端形質膜のエンドサイトーシスによる小胞形成と,小胞輸送による放出部位への再補給は,シナプス伝達の維持に不可欠とされている。様々なシナプスにおいてエンドサイトーシスにCaが関与するとの報告がなされているが,中枢シナプス小胞エンドサイトーシスのCa依存性については統一的な見解がなく,Caの下流の分子機構についても不明な点が多い。そこで,我々は,ラット聴覚中継シナプスcalyx of Heldの神経終末端に膜容量測定法を適用して,この問題を検討した。聴覚獲得前(生後7-9日目)のcalyx内に10mM EGTAをホールセル・ピペットから投与すると,連続刺激によって誘発されるエンドサイトーシスの時間経過が遷延した。このCa依存的エンドサイトーシスは,カルモジュリン(CaM)またはカルシニューリン(CaN)の阻害剤により抑制され,これら阻害剤の効果は相互に閉塞(occlude)することから,聴覚獲得前のcalyxでは,分泌細胞などで報告されているメカニズムと同様に,Ca/CaM/CaNカスケードが小胞エンドサイトーシスを媒介すると結論された。しかし,小胞エンドサイトーシスにおけるCaM・CaNの関与は聴覚獲得前のcalyxに限定されており,聴覚獲得後の生後13-14日のcalyxにおいては,いずれの阻害薬も無効であった。これらの結果は,小胞エンドサイトーシスを媒介するメカニズムが生後発達と共にスイッチすることを示唆する。

 

(10) 神経ステロイドによる虚血性神経細胞死防止の分子メカニズム

曽我部正博,田中基樹,陳 玲
(名古屋大学・院医,JST・ICORP/SORST・細胞力覚,南京医科大)

 脳梗塞では梗塞核の急速な神経細胞死に加えて,梗塞核周辺(ペナンプラ領域)の神経細胞が発症2日後から徐々に死滅する“遅発性神経細胞死”が進行する。発症直後の血栓溶解が良好でも,現行では遅発性神経細胞死を防ぐことはできず,その防止法の開発は人類的課題といっても過言ではない。

 閉経前の女性は,同年代の男性や閉経後の女性に比べて脳卒中の発症率が低く予後も良好であることから,女性ホルモンが卒中予防や予後改善に有効であると示唆されてきた。我々は,脳虚血ラットモデルを用いて,エストロゲンやプロゲステロンの事前投与が遅発性神経細胞死を防止することを報告してきたが1,2),脳卒中の発症時期は予測不能であり臨床応用は難しい。一方,虚血による遅発性神経細胞死は,再環流2日後から1週間で経過するので,発症後から2日目までの仮想的治療窓中にステロイドを投与することで遅発性神経細胞死を防止できる可能性がある。そこで一過性(10分間)全脳虚血ラットを用いて,再環流後1-96時間の様々なタイミングで種々の神経ステロイドを1回腹腔注して海馬神経細胞死に対する効果を調べた。驚くべきことに,テストステロンの前駆体DHEAは虚血後4時間から48時間の間であれば,顕著に神経細胞死を防止した3)。最近の電気生理学的解析により,このDHEA効果はグリア細胞のグルタミン酸輸送体(GLT-1)の上方調節によることが明らかになった。

引用文献
1) Dai, et al, Neuropharmacol. 52:1124-1138 (2007).
2) Cai, et al, Neuropharmacol. 55(2):127-38 (2008).
3) Li, et al, Cereb Blood Flow Metab. 29, 287-296 (2009).

 

(11) シナプスから核へのシグナリング:第2章

尾藤晴彦,川島尚之,野中美応,井上昌俊,奥野浩行(東京大・院医・神経生化)

 新たな記憶の形成にはシナプス可塑性が不可欠であると考えられている。しかし,新たな記憶や可塑性の維持固定化にはさらに新規タンパク合成が必要である。ではどのような「シナプスから核へのシグナリング」により,シナプス刺激に応答して必要な遺伝子の転写活性化が核で引き起こされるのであろうか。長期記憶に必須である転写因子CREBをめぐる研究を通じ,ひとつの具体的な情報伝達経路として,NMDA受容体+L型カルシウムチャンネル→Ca2+流入→CaMKK→CaMKIV→CREBというシグナルの流れをわれわれは明らかにしてきた。

 すなわち神経可塑性を誘導するパターン刺激によってCaMKK-CaMKIV依存的に,一過性でない,「持続的なCREBリン酸化状態」を神経細胞の核内で引き起こすことが重要であるが,その下流で制御される遺伝子(群)については未だに解明されていない。

 神経特異的前初期遺伝子Arcは,海馬や大脳新皮質において生理的刺激により速やかに発現誘導される性質をもち,現在知られている中で最も感度の高い神経活動の遺伝子マーカーの一つである。と同時に,その遺伝子産物は,F-actinに結合することが知られており,また最近,興奮性シナプスにおけるAMPA型グルタミン酸受容体のエンドサイトーシスを促進することが報告されている。われわれは,内在性Arcの発現様式を良く再現し,特に強いシナプス活動依存性を付与する新たな転写調節領域Synaptic Activity-Responsive Element(SARE)を同定し,さらにSARE内に,隣接してCREB, MEF2, SRFという3つの神経活動依存的転写因子の結合配列が存在することを明らかにした。現在,SAREの各結合配列の意義についてより詳細に検討し,シナプスで発生した生化学的シグナルが,核内でどのように統合されているのかを探索中である。

 

(12) 内因性カンナビノイドを介する逆行性シナプス伝達における
プロテアーゼ受容体の役割

橋本谷祐輝1,少作隆子2,狩野方伸1
1東京大・院医・神経生理,2金沢大・医薬保健研究域・保健・リハビリテーション科学)

 Protease-activated receptor 1(PAR1)は特定のプロテアーゼによって活性化される7回膜貫通型受容体である。PAR1は脳を含め生体内で広く分布しており,様々な機能を有している。中枢神経系でPAR1は神経細胞死や神経保護といった神経病理的な面で重要な役割を担っている。しかし生理的な働き,特にシナプス伝達での役割については詳しくわかっていない。本研究では初代培養海馬ニューロンから抑制性シナプス後電流(IPSC)を記録し,抑制性シナプスでのPAR1の寄与を調べた。IPSCを記録しPAR1の活性化酵素であるトロンビン,またはPAR1活性化ペプチドを投与すると一過性にIPSCが抑制され,それがPAR1アンタゴニストで抑えられた。この抑制には2発刺激時の増強が伴ったことからシナプス前性の変化であることが示唆された。これまでの研究で様々なGq/11共役型受容体の活性化によって内因性カンナビノイド(eCB)が作られることが明らかになっている。PAR1はGq/11と共役することからeCB系の寄与を調べた。CB1受容体のアンタゴニスト処理によりPAR1活性化で誘起されるIPSCの抑制が消失した。さらに薬理的にeCB産生を阻害してもPAR1によるIPSCの抑制が抑えられた。以上の結果から,PAR1はeCB産生を誘起しCB1受容体を介してシナプス伝達を抑制することが示唆された。

 

(13) 代謝型グルタミン酸受容体の多様なシグナリングを調節する機構

立山充博,久保義弘(生理研・神経機能素子)

 代謝型グルタミン酸受容体I型(mGlu1a)は,神経回路の可塑性に関わるG蛋白質共役型受容体である。主にGq経路を活性化するが,GsやGi/o経路も活性化することが知られている。我々は,これまでにmGlu1aの多様なシグナリングがC末端領域や相互作用蛋白質により調節を受けることを報告してきたが,今回,サブユニット間相互作用もその調節機構として働く可能性を見出した。mGlu1aはホモ2量体であるため,二つのリガンド結合部位と二つのG蛋白質結合部位を有する。これまで,一つのサブユニットにリガンドが結合すると自身のサブユニット(シス型)と隣のサブユニット(トランス型)を介してGq経路を活性化することが知られていたが,他の経路については知られていなかった。そこで,mGlu1aがGqとGi/o経路を活性化できるHEK細胞に種々の変異体を発現させて,この点を検討したところGq経路がシス型のみ,およびトランス型のみで活性化されたのに対し,Gi/o経路は,シス型のみ,トランス型のみでは,活性化されなかった。同様な結果は,一方のサブユニットにG蛋白質との共役を阻害する変異体を導入した場合にも観察された。さらに,Gi/o共役型のmGlu2でも,トランス型活性化のみでは応答の減弱が見られ,受容体サブユニット間での相互作用を介する調節機構が示唆された。

 

(14) G蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネルの開閉を調節する
細胞質領域内の構造変化

稲野辺厚,倉智嘉久(大阪大・院医・分子細胞薬理)

 G蛋白質制御内向き整流性カリウム(KG)チャネルは心臓で徐脈,神経で遅延性の抑制性後シナプス膜電位の形成に寄与する。KGチャネルの活性化には他の内向き整流性カリウム(Kir)チャネルと同様にリン脂質PIP2が必須である。しかしながら,KGチャネルの活性化はPIP2に加えて,三量体G蛋白質bgサブユニットや細胞質内Na+等の活性化因子を必要とする。これらの制御因子はKGチャネルの細胞質領域に直接結合するため,何らかの構造変化を引き起こすことが予想されているが,この詳細は不明であった。今回我々はKGチャネル活性化機構の分子基盤を明らかにするために,KGチャネルサブユニットKir3.2の細胞質領域を活性化因子であるNa+存在下,非存在下で結晶化し,X線結晶構造を比較した。Na+非存在下ではN末端とCDループがイオン結合を介して相互作用していた。一方で,Na+存在下ではこの相互作用が見られなかった。機能解析から,このイオン結合はPIP2に対する親和性を低下させることによって,Kir3.2チャネルの活性化を抑制していることが判った。以上のことは,Kir3.2チャネルの開閉に伴い,細胞質領域が大きく構造変化を起こしていることを示唆すると共に,N末端とCDループ間のイオン結合の切断がNa+によるKir3.2チャネルの活性化の分子機構であり,その様式は脱抑制であることを示している。

 

(15) イオン透過機構の動的理解を目指して

老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大・医学部・分子生理)

 イオンチャネルがどのようにしてイオン透過の高い選択性と速い透過速度という一見相矛盾する課題を実現することができるのか。イオン透過機構の研究は電気生理学領域で長い歴史を持ち,単一チャネル電流記録法により大きく進歩した。その後,高解像度の i 線結晶解析像が得られ,イオン透過機構の問題は解決したかのような印象を持たれているかもしれない。しかし結晶構造は静止像であり,本来動的な過程であるイオン透過の一面を表すに過ぎない。動いているイオンをどう捉えるか。結晶構造をもとに,イオンの動きの軌跡を辿るべく分子動力学法などの計算機シミュレーションが盛んに行われている。しかし,選択性がどのように実現しているのか,という本質的問題に関して,未だ回答は得られていない。私達はイオン透過を研究する上で古典的概念に属する流動電位(Levittら)と流束比指数(Hodgkinら)の意味を見直し,サイクル流束という新しい概念をツールとして解析する方法を確立した。イオン透過におけるイオン間相互作用,イオン-水相互作用などの振る舞いが明らかになってきた。

 



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