生理学研究所年報 第31巻
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3.作動中の膜機能分子の姿をとらえる
−静止画から動画へ−

2009年9月3日−9月4日
代表・世話人:相馬義郎(慶應義塾大学・医学部)
所内対応者:久保義弘(生理研・神経機能素子)

(1)
バクテリオロドプシンの光励起に伴う姿を高速原子間力顕微鏡(AFM)で捉える
柴田幹大1,山下隼人1,内橋貴之1,2,神取秀樹3,安藤敏夫1,2
1金沢大学,2JST/CREST,3名古屋工業大学)

(2)
細菌緑光認識レセプターの色認識と構造変化
鈴木大介,本間道夫,須藤雄気(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)

(3)
光に応答しない膜機能分子の赤外分光測定
神取秀樹,古谷祐詞(名古屋工業大学)

(4)
神経伝達物質トランスポーターホモログLeuTの結晶構造 −作動中・作動阻害中−
山下敦子1,S. K. Singh2,C. L. Piscitelli2,E. Gouaux2,3
1理研・放射光セ,2オレゴン健康科学大・ヴォーラム研究所,3HHMI)

(5)
光学顕微鏡による分子モーターの構造機能相関の可視化
西坂崇之(学習院大学 理学部 物理)

(6)
細胞膜情報処理蛋白質の1分子動態
佐甲靖志(理研・基幹研究所)

(7)
単粒子電顕構造解析法とSEMによる分子・細胞レベルの観察
三尾和弘1,小椋俊彦1,丸山雄介1,川田正晃1,西山英利2
須賀三雄2,佐藤主税11産業技術総合研究所,2日本電子)

(8)
電位依存性プロトンチャネルの温度依存性を決定する諸因子
久野みゆき,安藤博之,森畑宏一,酒井 啓,森 啓之,老木成稔
(大阪市立大学医学部)

(9)
電位依存性プロトンチャネル細胞内領域の会合とゲーティングへの寄与
藤原祐一郎,黒川竜紀,岡村康司(大阪大学医学系研究科統合生理学)

(10)
ABCトランスポータNBDエンジンの動作機構 −機能データからの構造変化予測−
相馬義郎1,2,中村友美1,Y.-C. Yu1,古川朋佳3,松崎陽平1,T.-C. Hwang2
1慶應大・医,2米ミズーリ大・医,3東工大)

(11)
分子動力学シミュレーションによるABCトランスポーターSav1866のダイナミクスの解析
足立健太郎,櫻井 実(東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター)

(12)
超分子べん毛モーター膜タンパクの集合解離と回転
本間道夫(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)

(13)
大腸菌機械受容チャネルMscLのゲーティングにおける水の役割
澤田康之1,曽我部正博2,31名大院・医・DC4,2名大院・医,3JST・ICORP/SORST)

(14)
KCNQ1-KCNE1イオンチャネル複合体における密度依存的なサブユニット数の変化
中條浩一1,2,Max Ulbrich2,久保義弘1,Ehud Isacoff2
1生理研・神経機能素子,2カリフォルニア大バークレー校)

(15)
KcsAカリウムチャネルのイオン透過過程を捉える実験的・理論的戦略
老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大学医学部分子生理)

【参加者名】
本間道夫,須藤雄気,鈴木大介(名古屋大学・大学院理学研究科),佐甲靖志(理化学研究所),柴田幹大(金沢大学・理工学域数物科学類),山下敦子(理化学研究所播磨研究所放射光科学総合研究センター),西坂崇之(学習院大学・理学部),櫻井 実,足立健太郎,古川朋佳(東京工業大学),岡村康司,藤原祐一郎(大阪大学・医学系研究科),相馬義郎,中村友美(慶應義塾大学・医学部),神取秀樹,川鍋 陽,浅井佑介,福田哲也(名古屋工業大学・大学院工学研究科・未来材料創成工学専攻),佐藤主税,三尾和弘,丸山雄介(産総研・脳神経情報),柳(石原)圭子(佐賀大学医学部・生体構造機能学),久野みゆき(大阪市立大学・大学院医学研究科),老木成稔,岩本真幸,清水啓史,松木悠佳(福井大学医学部・分子生理),曽我部正博,澤田康之(名古屋大学大学院・医学系研究科細胞情報医学専攻),古谷祐詞(分子科学研究所・生命・錯体分子科学研究領域),久保義弘,立山充博,中條浩一,Keceli Batu,松下真一,石井 裕(生理学研究所・神経機能素子)


【概要】
 平成21年度生理学研究所研究会「作動中の膜機能分子の姿を捉える −静止画から動画へ−」は,予定通り2009年9月3日(木)・4日(金)の2日間にわたって行われた。参加者は計36名,発表演題数は15題であり,一演題あたり約40分間の発表・討論時間を確保した。

 本研究会のテーマである作動中の膜機能分子の「姿を捉える」とは,単に分子構造を解くことを意味するのではなく,対象分子の動的構造変化を強く意識した機能研究も,本研究会の非常に重要な構成要素である。したがって,本研究会では,分子構造解析の専門家から電気生理学者まで幅広い分野にわたる研究者が一堂に会して,各自の「姿を捉える」測定技術およびそれによって捉えられた「膜機能分子の姿」を静止画から動画への展開を目指すというコンセプトのもとに最新の研究成果の発表・討論がおこなわれた。

 本研究会で発表された研究で用いられていた測定方法は,X線結晶構造解析,高速分子間力顕微鏡,赤外線分光法,パッチクランプ法,蛍光顕微鏡および新開発の水溶液中電子顕微鏡と多岐にわたっており,それぞれにさらに独自の改良を行ったオリジナリティの高い手法が数多く見られた。

 それぞれの測定法における時間分解能,空間分解能および測定可能環境条件の違いおよび,研究の対象とするチャネル,トランスポータおよびモータータンパクなどの機能分子における捻れや回転などの分子運動様式の違いなど,時間的・空間的に非常に広範のスケールでのさまざまな膜機能分子の動作機構についての最新の知見を,参加者一同が共有することができた。

 参加者達の研究対象と測定手法はそれぞれ大きく異なっていたが,膜機能分子の動作機構の研究を同じく行っているもの同志,的を得た活発な討議がなされた。懇親会においても和やかな雰囲気のなかにも熱心な議論が続き,本研究会の参加者たちの間での新たな共同研究のスタートが期待された。

 

(1) バクテリオロドプシンの光励起に伴う姿を高速原子間力顕微鏡
(AFM)で捉える

柴田幹大1,山下隼人1,内橋貴之1,2,神取秀樹3,安藤敏夫1,2
1金沢大学,2JST/CREST,3名古屋工業大学)

 タンパク質の機能発現と構造変化は密接に関係している。それ故に,タンパク質のダイナミックな振る舞いを直接可視化することは,その機能メカニズムを理解する有力な手掛かりになるに違いない。原子間力顕微鏡(AFM)は溶液中でタンパク質の構造をナノメーターサイズの分解能で観察することができる。通常のAFMは1枚の画像を取得するのに分オーダーの時間が必要であるが,我々のグループが開発した高速AFMは走査性能が高く,機能している生体分子そのものの動的変化を捉えることを可能にしている[1]

 本研究はバクテリオロドプシン(bR)を対象として外部刺激(光)によるタンパク質の構造変化の可視化に初めて成功した。bRは高度好塩菌の細胞膜に存在し,光駆動プロトンポンプ機能をもつ。これまでに様々な手法によって光励起に伴う構造変化は報告されているが,リアルタイム,かつリアルスペースでの可視化は実現されていない。本研究で得られたAFM movieは光励起したbR分子の構造変化が明瞭に撮影されており,観察された構造変化は光により何度でも繰り返される。さらに,活性化状態で近接するbR-bR間の相互作用を発見し,この相互作用は基底状態へ戻る速さに正,負の協同性を示すことを明らかにした。

[1] T. Ando et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 98, 12468 (2001).

 

(2) 細菌緑光認識レセプターの色認識と構造変化

鈴木大介,本間道夫,須藤雄気(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)

 生物は,青・緑・赤を受容し色を認識する。我々は,細菌緑光認識レセプター・センサリーロドプシンI(SRI)を材料に研究を行っている。SRIは,波長に依存した一光子・二光子反応により,誘引・忌避という正反対の反応を起こし,細菌の目としての働きに寄与する。我々は,古細菌にしか存在しないと考えられてきたSRIを,真正細菌から単離した[1]。この蛋白質(Sr SRI)は,古細菌型に比べて極めて安定であり,これまで困難であった解析が可能となった。本発表では,Sr SRIの分光学的性質[1],赤外分光解析により明らかとなった構造変化[2],脱塩化により明らかになったアニオン結合による色制御とその結合部位[3] について述べ,情報伝達分子・HtrIとの複合体研究の結果も含め,青色光レセプター・SRIIの結果[4]とも比較しながらSRIの機能発現機構についての議論を行なった。

[1] Kitajima-Ihara T. et al. (2008) J. Biol. Chem. 283, 23533-28541.
[2] Suzuki, D. et al. (2008) Biochemistry 47, 12750-12759.
[3] Suzuki, D. et al. (2009) J. Mol. Biol. inpress.
[4] Sudo, Y., and Spudich, J.L. (2006) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 16129-16134.

 

(3) 光に応答しない膜機能分子の赤外分光測定

神取秀樹,古谷祐詞(名古屋工業大学)

 振動分光法は一般に構造生物学のための解析ツールとして認識されていないが,光受容蛋白質の機能発現のための構造変化をモニターする解析ツールとして高い可能性をもつことを,我々はロドプシン研究において示してきた[1]。ではこのような赤外分光解析は,光励起とは無縁の一般の蛋白質にどれだけ有効であろうか? 何らかの刺激による構造変化を赤外差スペクトルの形で抽出するstimulus-induced difference FTIR spectroscopyにおいて,光のように有効な刺激を試料に与えることができれば同様に高精度の計測が可能になるかもしれない。しかし,リガンド結合やイオン結合,pH変化などの刺激を与えるためには,ロドプシンに対するような透過型の分光法ではなく,エバネッセント波を利用して溶液中で計測が可能な全反射赤外分光法(Attenuated Total Reflection FTIR spectroscopy)が必須となる。

 我々は最近,全反射法を用いた差スペクトルの測定系を構築したところ,さまざまな膜機能分子の構造機能相関を理解する上で,かなり役に立つことがわかってきた。本講演では,KcsAチャネル(福井大・老木成稔博士,清水啓史博士との共同研究),べん毛モーター蛋白質(名大・本間道夫博士,須藤雄気博士との共同研究),V型ATPase(千葉大・村田武士博士との共同研究)の測定結果を紹介し,ATR-FTIR法の可能性についての議論を行なった。

[1] 古谷祐詞,神取秀樹,蛋白質科学会アーカイブ #036 (2008).

 

(4) 神経伝達物質トランスポーターホモログLeuTの結晶構造
−作動中・作動阻害中−

山下敦子1,S. K. Singh2,C. L. Piscitelli2,E. Gouaux2,3
1理研・放射光セ,2オレゴン健康科学大・ヴォーラム研究所,3HHMI)

 高度好熱細菌Aquifex aeolicus由来LeuTは,Na+イオンとl-ロイシンをはじめとするアミノ酸を共輸送するトランスポーターであり,中枢神経系シナプス膜に存在するNa+/Cl-依存性神経伝達物質トランスポーター(NSS)のホモログでもある。NSSは,シナプス間隙に放出されたドーパミン,セロトニン,g アミノ酪酸,グリシンなどの主要な神経伝達物質を細胞内にとりこむことにより,シナプス伝達を終焉させ次の信号の到来に備える役割を担っているトランスポーター群である。また,その機能不全がうつ病をはじめ様々な精神疾患の原因となり,それらの治療薬(抗うつ剤など)や麻薬・覚醒剤(コカインなど)の標的分子でもある,医学的・薬理学的にも重要な膜タンパク質でもある。我々は,きわめて安定なNSSホモログであるLeuTを用いて,立体構造解析および分子レベルでの機能解析に取り組んできた。そしてこれまでに,LeuTが輸送する基質とイオン全てを結合している,いわば「作動中」の結晶構造,さらにLeuTの輸送を拮抗的に阻害する薬剤や非拮抗的に阻害する薬剤と結合している,いわば「作動阻害中」の結晶構造を高分解能で捉えることに成功した。本講演では,これら構造・機能解析の結果に基づき,LeuTの輸送機構を担う構造基盤についての議論を行なった。

 

(5) 光学顕微鏡による分子モーターの構造機能相関の可視化

西坂崇之(学習院大学 理学部 物理)

 光学顕微鏡技術のめざましい発展により,生体分子を1分子レベルで調べる研究は,この10数年の間に飛躍的に進んでいる。特に分子モーターの分野では,1つの分子が生み出すステップ状の動きや化学反応が直接画像化され,精密な装置としてのタンパク質の動作機構に踏み込むことが可能となってきた。セミナーでは,独自の技術を1分子観察に応用した最新の成果を紹介する。対象は世界最小の回転分子モーターであるF1-ATPase(ATP合成酵素を構成する複合体の一部)であり,ガラスに吸着させた状態で回転軸にマーカーをつけることにより,機能している様子をビデオカメラで可視化することができる。(1) エバネッセント光の励起光を変調する全反射型顕微鏡を用い,化学状態と蛋白質内部のコンフォメーション変化がどのように対応しているかについて,1分子のレベルで調べた。(2) 蛍光性ATPによる1回の化学反応を画像化し,力学反応とのカップリングを明らかにすることができた。以上の2つの知見を軸として,1個の分子を対象にした構造生物学の可能性についての議論を行なった。

 

(6) 細胞膜情報処理蛋白質の1分子動態

佐甲靖志(理研・基幹研究所)

 上皮成長因子受容体(Epidermal growth factor receptor: EGFR)は,細胞膜を1回貫通するチロシンリン酸化酵素型膜受容体に属する膜内在性蛋白質であり,細胞増殖にかかわる情報処理反応をおこなっている。EGFがEGFRの細胞外ドメインに結合するとEGFRは信号伝達のための2量体を形成し,細胞質側で相互リン酸化反応を起こす。EGFRのリン酸化は多種の細胞質蛋白質によって認識される。これらの認識反応の結果のひとつとして,細胞膜の細胞質側に存在する膜表在性蛋白質Rasの活性化がおこり,Rasは種々のエフェクター分子の活性化を制御する。本講演では,細胞内および再構成系における1分子蛍光計測法により明らかになった,EGFRとRasの情報処理反応について報告する。EGFとEGFRの結合反応,EGFRの多量体形成と信号伝達2量体の形成反応,活性化したEGFRとアダプター蛋白質Grb2の認識反応,Rasの活性化とエフェクターRafの分子認識反応などが話題である。1分子計測の結果は,EGFRやRafの動的な構造変化が,蛋白質1分子レベルでの複雑で合目的的な細胞内情報処理反応を可能にしていることを示唆している。

 

(7) 単粒子電顕構造解析法とSEMによる分子・細胞レベルの観察

三尾和弘1,小椋俊彦1,丸山雄介1,川田正晃1,西山英利2,須賀三雄2,佐藤主税1
1産業技術総合研究所,2日本電子)

 膜タンパク質の多くは,様々のタンパク質と相互に複合体を形成して機能する。それら複合体は安定とは限らず,多くは不安定なものである。例えば,我々の細胞は内側の小胞体内Ca2+が枯渇すると,その枯渇刺激により細胞外からCa2+を流入させる。この流入を担うチャネルとして,細胞膜にあるCa2+放出活性化Ca2+(CRAC)チャネルが注目を集めている。CRACチャネルは免疫応答と深い関連があることが報告されている。このチャネルを構成するのは,細胞膜上のチャネルポアとなるOrai1と,小胞体膜上でCa2+枯渇を感受するSTIM1である。Orai1は通常は4量体を形成していた。しかし,そのSTIM1との結合は枯渇時に一過性であり,これまでわれわれが開発してきた単粒子解析でも,その複合体の観察は不可能であった。これらの問題を克服するために,走査型電子顕微鏡を改良することで全く新しい顕微鏡を開発した。

 

(8) 電位依存性プロトンチャネルの温度依存性を決定する諸因子

久野みゆき,安藤博之,森畑宏一,酒井 啓,森 啓之,老木成稔
(大阪市立大学医学部)

 電位依存性プロトンチャネル(voltage-gated H+ channel)は,脱分極によって開口しプロトン(H+)をその電気化学的ポテンシャルに従って選択的に透過させる。単一チャネル電流が小さく測定が困難なため,H+チャネル機能の研究は殆どが全細胞電流の解析に基づいて行われてきた。そしてチャネルの特性のひとつとして早くから注目されていたのが“高い温度依存性”である。この中から私達は温度ジャンプ法を用いてH+透過過程の温度依存性を抽出した。チャネル開状態におけるH+透過の活性化エネルギーは一般的なイオンチャネルで報告されている値に比べ高かった。しかし,この研究過程で細胞膜を介するH+-flowにチャネルポアの外でのH+移動に伴う要因(H+枯渇,濃度分極,アクセス抵抗など)が影響を与えることが示唆された。これはH+濃度が他のイオンに比べ極端に低いことやH+の物理化学的特性による。哺乳類細胞の生理学的環境では,チャネル外要因のH+透過過程への寄与が大きく,その結果H+電流の見かけ上の温度依存性は一般のイオンチャネルと区別がつかなくなることが明らかになった。

 

(9) 電位依存性プロトンチャネル細胞内領域の会合とゲーティングへの寄与

藤原祐一郎,黒川竜紀,岡村康司(大阪大学医学系研究科統合生理学)

 我々の研究室でcDNAが単離された電位依存性プロトンチャネル(VSOP/Hv1)は,電位依存性イオンチャネルの電位センサードメインに相同性が高い膜4回貫通分子である。最近,我々の研究室も含む複数の研究室から同時期にVSOPが2量体として機能することが報告された(Koch et. al. PNAS (2008) 他)。細胞内領域をほとんど有さないVSOPであるがC端細胞内領域には保存性の高い約50アミノ酸残基からなるロイシンジッパーモチーフが存在する。その保存性の高い細胞内領域のチャネル機能に対しての役割を知るために今回我々は以下のような解析を行った。マウスVSOPの細胞内C端領域を大腸菌を用いて発現・精製し,水溶液中での物性を解析した。分析超遠心による分子量解析により,その領域だけでダイマー状態を呈していることが観察された。CDスペクトラム解析からその領域はa-Helixを呈しており,その解離融解温度(tm値)は通常のコイルドコイル構造(tm=~60℃)と比較し体温付近の低い温度であり,かつ急峻な温度依存性を呈した。VSOPのC端細胞内領域の点変異体及びdeletion変異体をHEK細胞に発現させて電気生理学的に解析を行ったところ,活性化キネティクスの促進が観察された。電気生理学的にキネティクスの促進が見られた変異体をゲル濾過クロマトグラフィーにより分子量を解析したところ,解離しモノマー化していた。以上の解析は,C端細胞内領域はダイマーコイルドコイル構造をとっておりその熱安定性がチャネル会合・ゲーティング両方に寄与していることを示唆していた。

 

(10) ABCトランスポータNBDエンジンの動作機構
−機能データからの構造変化予測−

相馬義郎1,2,中村友美1,Y.-C. Yu1,古川朋佳3,松崎陽平1,T.-C. Hwang2
1慶應大・医,2米ミズーリ大・医,3東工大)

 ABCトランスポータスーパーファミリーのメンバーは,よく保存された2つのNucleotide Binding Domain(NBD)を持っている。この2つのNBDはATP2分子を挟み込んだ形での二量体の形成とATP分子の加水分解に続く二量体の解離を繰り返すことにより,それぞれのトランスポータ分子が機能を発揮するための駆動力を供給しているという“NBD二量体ゲーティングエンジン”仮説が提唱され,現在,広く認められている。しかしながら,その中間過程や詳細な動作原理などについて未知な部分が多い。

 CFTRチャネルは,ABCトランスポータスーパーファミリーのメンバーで唯一,イオンチャネルとしての機能を持ち,チャネルゲートの開閉動態をパッチクランプ法を用いて観察することにより,その作動サイクル中のNBDエンジンの状態を,間接的にではあるが,リアルタイムに知ることができる。

 現在までに,CFTRのATP結合能や加水分解能に影響を与えると考えられるさまざまな点変異やATPアナログを用いた機能実験が行われ,それらの機能データを,他のABCトランスポータの結晶構造に基ずいて作られたホモロジーモデルに適用することにより,CFTR-NBDエンジンの動作機構の説明がなされてきた。

 本研究会ではこのアプローチで得られたCFTR-NBDエンジンの作動サイクル中の構造変化の予測とその手法による限界,および期待されるブレークスルーについての議論を行なった。

 

(11) 分子動力学シミュレーションによるABCトランスポーターSav1866の
ダイナミクスの解析

足立健太郎,櫻井 実(東京工業大学 バイオ研究基盤支援総合センター)

 ABCトランスポーターはATPの加水分解エネルギーを利用して,様々な物質を細胞内外へ輸送する膜タンパク質である。特にABCB1やABCC1といったヒトのABCトランスポーターは癌細胞の多剤耐性獲得に関わっており,非常に重要である。しかし,これらのタンパク質の輸送機構については未知の点が多い。黄色ブドウ球菌由来のABCトランスポーター・Sav1866はABCB1と高い配列相同性を有しており,その結晶構造が判明していることからABCB1のモデルとして期待されている。本研究ではこのSav1866の結晶構造に対し,anisotropic network model(ANM)に基づく振動解析とMDシミュレーションによる原子レベルのダイナミクス解析を行い,基質輸送メカニズムについて知見を得ることを目的とした。現在までに以下のことが判明している。ANM解析によると,今回調べたoutward-facing型の構造では,膜貫通へリックス領域は細胞質側を基点とする開閉運動をもつほか,いくつかの特徴的な運動を潜在的に有していることが分かった。一方MDのトラジェクトリに対し主成分解析を行ったところ,ATPを加えた系においてこの開閉運動が消失することが判明した。このことからATPはoutward-facingからinward-facingへの構造変化を導く開閉運動を制御していると考えられる。

 

(12) 超分子べん毛モーター膜タンパクの集合解離と回転

本間道夫(名古屋大学理学研究科生命理学専攻)

 細菌のべん毛モーターは,細胞膜内外のイオンの電気化学的ポテンシャル差をエネルギー源にして駆動する。イオンチャネルであるモーター固定子への共役イオンの流入に伴う固定子と回転子間の相互作用が回転力を発生させていると考えられている。最も研究が進んでいる大腸菌のべん毛モーターでは,固定子タンパク質として,MotA(モータータンパク質A),MotB(モータータンパク質B)という膜に埋まったタンパク質が同定されている。そして,大腸菌の場合,これらに水素イオンが流れ込んで回転力をつくると考えられている。我々が発見したビブリオ菌のナトリウムイオン駆動型モーターでは,MotA, MotBと相同なタンパク質であるPom(polar motor:極べん毛モーター)Aタンパク質とPomBタンパク質に加えて,2種類のモータータンパク質MotXとMotYがあって,モーターが回転する。モータータンパク質PomAとPomBは,PomA2分子とPomB1分子が,複合体を作り,それがさらに2量体化し,(PomA)4(PomB)2という複合体を作る。この複合体の膜貫通領域がイオンチャネルを形成していると推定されている。イオンチャネル内の荷電残基に共役イオンが結合解離することで,Aサブユニットの細胞質領域の構造変化が起こり,回転子との相互作用が変化することにより,回転力がつくられると推測されている。最近,ビブリオ菌において,固定子の集合にMotXとMotYが必要であることが明らかになった。さらに,その集合解離がNa+依存的にダイナミックに起こることも明らかにしている。この固定子の集合が,回転子タンパク質であるFliGの変異によって影響を受けるという結果も得ている。本発表では,これら我々の最近のデータをもとに,固定子のダイナミックな集合解離と回転機構についての議論を行なった。

 

(13) 大腸菌機械受容チャネルMscLのゲーティングにおける水の役割

澤田康之1,曽我部正博2,31名大院・医・DC4,2名大院・医,3JST・ICORP/SORST)

 大腸菌機械受容チャネルMscLは,細胞膜の膜面に発生した張力を直接感受してゲーティング(開口)する膜蛋白質である。MscLは2回膜貫通型のホモ五量体で形成されており,大腸菌MscLの3D構造は結核菌由来のMscLの結晶構造を基に提案されている。また,各サブユニットの膜貫通aヘリックスでポアを形成している。構造変化に関する情報は,電気生理を用いた実験やEPRの結果から推定されている。さらに,分子動力学(MD)計算による開口過程のシミュレーションも報告されている。しかしながら,膜張力で誘起されるMscLの構造変化で最も本質的な役割を担う,細胞膜脂質と蛋白質の間の相互作用を原子・分子レベルで直接解析した研究報告はない。そこで本研究ではMscL蛋白質-脂質間相互作用を考慮した分子モデルを作成し,MD計算を行った。膜面の張力は,脂質膜内での膜面に平行な方向の圧力を一様に下げることで発生させた。このとき,脂質膜の両面にある親水基付近で特に大きな張力が発生した。張力の発生でMscLの構造変化を誘発させ,その結果本モデルでMscLの開口過程を再現できた。MscLと脂質膜との間の相互作用を解析した結果,脂質膜−水境界付近に位置するPhe78が最も強く相互作用しており,主要な張力受容部位であることが示唆された。さらにMscLの構造変化に際して,疎水的な環境が形成されているポアの最も狭い領域に水分子の浸潤と透過が起きることで開口が開始した。また,これまでに実験的に知られている,より開口しやすい変異体(G22N)をモデル上で作成して同様の計算を行ったところ,実験結果と整合性のある結果が得られた。本研究会では野生型ならびに変異体のMscLについて,水分子の挙動に注目した開口時の詳細な解析結果を発表した。

 

(14) KCNQ1-KCNE1イオンチャネル複合体における密度依存的な
サブユニット数の変化

中條浩一1,2,Max Ulbrich2,久保義弘1,Ehud Isacoff2
1生理研・神経機能素子,2カリフォルニア大バークレー校)

 電位依存性カリウムチャネルaサブユニットKCNQ1は,共発現するbサブユニットの種類によってその性質を大きく変える。心臓ではKCNE1と呼ばれるbサブユニットと分子複合体を構成して,ゆっくりとした開閉のキネティクスを持つIKsと呼ばれる電流を担っている。KCNQ1は,すでに結晶構造解析がなされているKv1.2と同様4量体であるが,1つのイオンチャネル(4つのKCNQ1)に対して何個のKCNE1が結合するかについてはいまだ議論が続いている。そこで全反射蛍光顕微鏡を用い,単分子レベルでのGFPの退色ステップをカウントすることによりKCNQ1-KCNE1複合体のストイキオメトリーの決定を試みた。KCNQ1は4量体であると予想されたが,GFPの蛍光タグをつないだKCNQ1の退色数も最大4回となり,実際に4量体であることを確認することができた。一方GFPをつないだKCNE1の退色ステップ数も同様に最大4回となり,最大4つのKCNE1がひとつのKCNQ1複合体に結合する(4 : 4)ことを示唆する結果を得た。さらにKCNQ1とKCNE1の膜上発現密度の比率を変えることで,KCNQ1複合体のストイキオメトリーが4 : 4のみならず,4 : 2, 4 : 1といった異なる状態になりうることを示唆する結果を得た。KCNQ1とKCNE1のストイキオメトリーは従来考えられているよりもフレキシブルなものであるかもしれない。

 

(15) KcsAカリウムチャネルのイオン透過過程を捉える実験的・理論的戦略

老木成稔,岩本真幸,松木悠佳,清水啓史(福井大学医学部分子生理)

 KcsAカリウムチャネルの高解像度結晶構造が明らかになり,選択性フィルタ内のイオン分布が様々な条件で求められた。従来,単一チャネル電流というイオン透過としては巨視的な実験値しか得られてこなかったことから考えると,ポア内イオン分布の情報は透過過程を知る上で全く新しい視点を与えてくれた。実際,結晶構造をもとに分子動力学法などの計算機実験が行われイオン透過の局所的な軌跡の情報は蓄積している。現在3つの異なるレベルの情報(イオン分布,その微視的な軌跡,巨視的なイオン流束)が得られているが,これらの情報の間にはその時間的・空間的解像度に大きなギャップがあり,相互の情報を関連付けることは容易ではない。私達は新しいアプローチとして水−イオンカップル比の理論的意義に注目し,実験的に流動電位を測定することによって様々な条件で水−イオンカップル比を求めた。この水−イオンカップル比は,イオン透過過程の離散的モデルではその部分反応経路(サイクル流束)に相当する情報を与えてくれる。さらに複イオンポアであるカリウムチャネルで実験されてきた流束比指数(flux ratio exponent)についてもサイクル流束は新しい観点を与えてくれた。本研究会では,イオン透過機構の本質である水−イオン,イオン−イオン相互作用についての議論を行なった。

 



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