生理学研究所年報 第31巻
年報目次へ戻る生理研ホームページへ



5.神経系の発生・分化・再生に関する研究の新展開

2010年3月19日−3月20日
代表・世話人:仲嶋一範(慶應義塾大学医学部解剖学教室)
所内対応者:池中一裕(生理学研究所分子神経生理研究部門)

(1)
Notchによる神経上皮細胞の極性と脳室側に限局した細胞分裂の協調的制御
大畑慎也,青木 亮,木下繁晴,鶴岡佐知子,山口雅裕,
田中英臣,和田浩則,政井一郎,岡本 仁
(理化学研究所脳科学総合研究所発生遺伝子制御研究チーム)

(2)
成体神経幹細胞におけるpurinergic signalingの役割
陶山智史,砂堀毅彦,岡野栄之(慶應義塾大・生理学教室)

(3)
細胞周期調節因子Cyclin D2 mRNAの時空間的転写後調節は
神経上皮細胞の分裂後運命を非対称に決定し,
哺乳類の皮質形成に重要であるかもしれない
恒川雄二(東北大学大学院医学系研究科形態形成解析分野)

(4)
Foxg1による大脳皮質ニューロンの経時的分化能の調節機構
隈元拓馬,グナディ,水谷健一,花嶋かりな
(理研 発生・再生研 大脳皮質発生研究チーム)

(5)
Rett症候群原因遺伝子産物MeCP2の機能解析
辻村啓太,鈴木暁也,中島欽一(奈良先端大・バイオ・分子神経分化制御)

(6)
転写抑制因子RP58のastrocyte genesisへの関与
平井志伸,丸山千秋,三輪昭子,高橋亜紀代,岡戸晴生
(東京都神経研・分子神経生理)

(7)
MicroRNA-124aをコードする網膜の蛋白質非コードRNA Rncr3 の機能解析
佐貫理佳子,古川貴久(大阪バイオ研・発生生物学)

(8)
神経核形成過程における細胞移動様式の解明−橋核をモデルとした解析−
篠原正樹,Yan Zhu,村上富士夫(大阪大学大学院・生命機能研究科)

(9)
大脳皮質錐体細胞における軸索ガイダンス分子Roundabout1(Robo1)の役割
権田裕子1,関口正幸2,田畑秀典3,和田圭司2
仲嶋一範3,内野茂夫1,高坂新一1
1国立精神・神経センター・神経研究所・代謝,
2国立精神・神経センター・神経研究所・疾病4部,3慶応大・医・解剖)

(10)
COUP-TFII発現領域に由来する大脳皮質抑制性神経細胞の解析
金谷繁明,田中大介,本田岳夫,田畑秀典,仲嶋一範(慶應・医・解剖)

(11)
神経系前駆細胞のにおけるグローバルなクロマチン状態の変化
藤井佑紀,岸 雄介,平林祐介,後藤由季子(東大分生研・情報伝達)

(12)
Early-Arriving Olfactory Axons Deliver Sema3F to the Olfactory Bulb
to Repel Late-Arriving Nrp2+ Axons
井ノ口霞,竹内春樹,坂野 仁(東京大学・理学系研究科・生物化学専攻)

(13)
NT-3の軸索誘導活性と作用機構の解明
中牟田信一,船橋靖広,難波隆志,上口裕之,貝淵弘三(名大・医・薬理学)

(14)
小脳プルキンエ細胞の軸索維持におけるHuCの機能
角元恭子,岡野ジェイムス洋尚,RobertDarnell,岡野栄之(慶應義塾大学・生理学)

(15)
感覚神経細胞が,軸索伸展の初期過程で神経成長因子に依存しないのはなぜか?
青木 誠,瀬川 浩,内藤真由美,岡本 仁
(理化学研究所BSI発生遺伝子制御研究チーム)

(16)
Epigenetic control of cell-type specific response to the steroid hormone Ecdysone
in Drosophila sensory neurons
金森崇浩,榎本和生(遺伝研・神経形態)

(17)
発生過程における神経冠細胞と血管の相互作用
高瀬悠太,高橋淑子(奈良先端大学院大学・分子発生生物学講座)

(18)
プラナリアの行動解析システムを利用した脳再生と脳機能の解析
山下大河,井上 武,西村周泰,Clement Lamy,阿形清和
(京大・理・分子発生学講座)

(19)
色素細胞の挙動とメラニン輸送の可視化:表皮培養法を用いたライブイメージング観察
酒井謙一郎,田所竜介,村井英隆,高橋淑子(奈良先端大・バイオ)

(20)
Sbno1はマウス神経分化に必須な因子である
高野 愛,蔵地理代,出来本秀行,#日比正彦,寺島俊雄,勝山 裕
(神戸大学・医,#理研CDB)

(21)
発生期大脳皮質におけるロコモーション様式の神経細胞移動に関わる制御因子の解析
西村嘉晃1,2,関根克敏1,地濱香央里2,鍋島陽一2
仲嶋一範1,星野幹雄2,3,川内健史1,2,4
1慶應大・医・解剖,2京大・医・腫瘍生物,
3国立精神・神経センター・神経研・診断,4JST・さきがけ)

【参加者名】
相沢慎一(理化学研究所),青木 誠(理化学研究所),味岡逸樹(東京医科歯科大学),猪口徳一(福井大学),池中一裕(生理学研究所),石井一裕(東京慈恵会医科大学),石鍋健太郎(東京大学),石野雄吾(生理学研究所),伊藤 啓(東京大学),伊藤素行(名古屋大学),稲村直子(生理学研究所),稲生大輔(東京大学),井上詞貴(理化学研究所),井上 武(京都大学),井ノ口霞(東京大学),臼井紀好(生理学研究所),榎本和生(国立遺伝学研究所),Bruno Herculano(東京大学),大島登志男(早稲田大学),太田晴子(名古屋市立大学),大畑慎也(理化学研究所),大輪智雄(国立精神・神経センター),岡戸晴生(東京都神経科学総合研究所),岡本 仁(理化学研究所),岡本麻友美(名古屋大学),沖川沙佑美(名古屋大学),奥田耕助(東京大学),小野勝彦(京都府立医科大学),織原-小野美奈子(慶應義塾大学),鹿川哲史(東京医科歯科大学),角元恭子(慶應義塾大学),勝山 裕(神戸大学),加藤智将(東京大学),金谷繁明(慶應義塾大学),金森崇浩(国立遺伝学研究所),金子 順(東京大学),金丸和典(東京大学),川内健史(慶應義塾大学),河崎洋志(東京大学),岸 雄介(東京大学),木村康太(東京大学),隈元拓馬(理化学研究所),黒田一樹(福井大学),黒田啓介(名古屋大学),桑子賢一郎(慶應義塾大学),小曽戸陽一(理化学研究所),児玉 健(名古屋大学),後藤仁志(生理学研究所),権田裕子(国立精神神経センター),酒井謙一郎(奈良先端科学技術大学院大学),榊原 明(名古屋大学),佐々木哲也(基礎生物学研究所),佐藤俊之(名古屋大学),佐藤晴香(大阪大学),佐藤 真(福井大学),佐貫理佳子(大阪バイオサイエンス研究所),Salma Jasmine(生理学研究所),澤田雅人(名古屋市立大学),澤本和延(名古屋市立大学),重本隆一(生理学研究所),篠塚直美(東京大学),篠原広志(東北大学),篠原正樹(大阪大学),島谷真由(東京大学),嶋村健児(熊本大学),清水崇弘(生理学研究所),下條博美(京都大学),謝敏かく(福井大学),杉尾翔太(生理学研究所),須藤文和(東北大学),陶山智史(慶應義塾大学),石 龍徳(東北大学),瀬戸裕介(国立精神神経センター),高瀬悠太(奈良先端科学技術大学院大学),高野 愛(神戸大学),高橋輝明(奈良先端科学技術大学院大学),高橋淑子(奈良先端科学技術大学院大学),田口紋子(岐阜大学),武田芳樹(名古屋市立大学),竹林浩秀(熊本大学),田中謙二(生理学研究所),田中輝幸(東京大学),田辺康人(大阪大学),谷本昌志(名古屋大学),田畑秀典(慶應義塾大学),田谷真一郎(国立精神・神経センター),陳 丁熙(早稲田大学),陳 揚(東京大学),辻村啓太(奈良先端科学技術大学院大学),恒川雄二(東北大学),壷井將史(東京大学),東島眞一(生理学研究所),戸田智久(東京大学),鳥居健一(慶應義塾大学),中島欽一(奈良先端科学技術大学院大学),仲嶋一範(慶應義塾大学),永田浩一(愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所),中牟田信一(名古屋大学),難波隆志(名古屋大学),西村嘉晃(慶應義塾大学),西村周泰(京都大学),野中友紀(基礎生物学研究所),服部光治(名古屋市立大学),花嶋かりな(理化学研究所),早川靖彦(ネッパジーン株式会社),早川 清(ネッパジーン株式会社),早瀬ヨネ子(国立精神神経センター),久恒辰博(東京大学),備前典久(東京医科歯科大学),飛田秀樹(名古屋市立大学),等 誠司(生理学研究所),日比正彦(名古屋大学),平井志伸(東京都神経科学総合研究所),藤井佑紀(東京大学),藤田政隆(名古屋市立大学),藤山知之(国立精神・神経センター),船橋靖広(名古屋大学),古川貴久(大阪バイオサイエンス研究所),星野幹雄(国立精神・神経センター),堀 啓(国立精神神経センター),本田岳夫(慶応義塾大学),増田 匡(名古屋市立大学),増田 浩(名古屋市立大学),増山典久(国立精神・神経センター),松崎文雄(理化学研究所),丸山千秋(東京都神経科学総合研究所),溝口貴正(名古屋大学高等研究院),三田さくら(遺伝学研究所),宮田卓樹(名古屋大学),三輪貴之(名古屋大学),村上富士夫(大阪大学),森川 麗(国立遺伝学研究所),森永智也(名古屋市立大学),八木秀司(福井大学),山下直也(横浜市立大学),山下大河(京都大学),山田真弓(国立精神・神経センター),山本亘彦(大阪大学),吉永怜史(慶應義塾大学),吉村 武(生理学研究所),李 海雄(名古屋市立大学),渡辺陽子(名古屋市立大学),渡辺啓介(熊本大学),渡邉貴樹(名古屋大学)


【概要】
 本研究会は,全国から約150名の参加者を得て開催され。神経系の発生・分化・再生に関するさまざまな最新のデータが提示された。そして,最先端のベテラン研究者や,若手研究者同士の素朴で活発な議論を通して,解決の糸口をつかんだり,将来の新しい展開につながることを目指した。

 若手のトレーニングのため,口頭発表者は博士号取得後4年以内を条件とし,各研究室から1~2演題のみに制限して合計21演題を採択した。口頭発表の枠として,1演題あたり発表10分,質疑10分,計20分と充分な討論時間を設けた。質疑10分のうち前半5分については,博士号未取得または取得後4年以下の質問者を優先とし,特に若手からの積極的な質問を促した。そのため,名札についても「博士号未取得または取得後4年以下」と「4年超」とで色分けし,一目で区別がつくように工夫した。この試みは事後の参加者アンケートでも好評であり,成功したと考えられる。また,「時間節約のため,質問者は座長から指名される前にあらかじめマイクの前に立っておく」,「質問者は一回一問で,さらに追加の質問がある場合には質問者列の最後尾について再度質問する」等のルールを設け,質疑時間を有効に活用できる工夫を行った。以上の結果,発表終了直後からマイクの前に多くの質問者が並び,発表内容に関する極めて濃密かつ有意義な討論が行われた。

 また,口演とは別にポスター発表の場も設け,計41演題の発表が行われた。ポスターについては,一日目には奇数番号と偶数番号それぞれの討論時間を各55分設け,二日目には前半番号と後半番号のそれぞれの討論時間を各50分設けて,充分に発表・議論できる時間を確保した。その結果,それぞれのポスターの前には多くの参加者が集まり,活発な質疑応答が行われた。

 以上の発表及び討論を通じて,若手研究者のモチベーションを高め,本分野の発展に貢献することができた。

 

(1) Notchによる神経上皮細胞の極性と脳室側に限局した
細胞分裂の協調的制御

大畑慎也,青木 亮,木下繁晴,鶴岡佐知子,山口雅裕,
田中英臣,和田浩則,政井一郎,岡本 仁
(理化学研究所脳科学総合研究所発生遺伝子制御研究チーム)

 神経上皮細胞は高度に発達した細胞極性を持つ初期神経発生の神経幹細胞であり,細胞周期に応じてその核を移動させ,脳室側でのみ細胞分裂を行う。ゼブラフィッシュepb41l5rw306 変異体では,細胞極性の維持に必須なCrb・Epb41l5複合体が形成できないために,神経上皮細胞の細胞極性が破綻していた。I型膜タンパク質CrbはNotchと細胞外で結合し,Notch活性を阻害したが,この抑制はEpb41l5によって回復した。epb41l5rw306 変異体では,Notch活性が低下しており,脳膜側で分裂する中間前駆細胞様の細胞数が増加していた。驚いたことに,Notchを活性化させると,中間前駆細胞様細胞数が減少するだけでなく,細胞極性までもが回復した。さらには,R-RasがNotchの下流で細胞極性の維持に機能していた。以上から,Crb・Epb41l5-Notchシグナルは神経上皮細胞の細胞分裂を脳室側に限局するだけでなく,細胞極性の維持も同時に行っていることが明らかになった。

 

(2) 成体神経幹細胞におけるpurinergic signalingの役割

陶山智史,砂堀毅彦,岡野栄之(慶應義塾大・生理学教室)

 成体哺乳類の側脳室側壁(SVZ)及び海馬歯状回(SGZ)には神経幹細胞が存在し,恒常的な神経新生が起こっている。これらの領域には特異的な微小環境(niche)が存在し,様々な細胞間コミュニケーションにより神経幹細胞の増殖や運命決定が制御されている。purinergicシグナルは,中枢神経系で細胞間コミュニケーションを担う重要なシグナルであることが知られているが,in vivo neurogenic nicheにおける役割は分かっていなかった。

 我々は,成体マウスSVZの神経前駆細胞にpurinergicレセプターであるP2Y1が発現していることを示し,浸透圧ポンプを用いて,ATPおよびATPアンタゴニストを脳室へ投与することで,神経前駆細胞の増殖がATPによって制御されることを示した。

 これらの結果より,SVZ neurogenic nicheにおいてATPは神経前駆細胞の増殖を制御していることが明らかとなった。

 

(3) 細胞周期調節因子Cyclin D2 mRNAの時空間的転写後調節は
神経上皮細胞の分裂後運命を非対称に決定し,
哺乳類の皮質形成に重要であるかもしれない

恒川雄二(東北大学大学院医学系研究科形態形成解析分野)

 神経上皮細胞は哺乳類神経系源基を構成する細長い極性をもった細胞である。神経上皮細胞は発生初期,対称分裂という2つの神経上皮細胞を生み出す分裂を行いその数を増やしていき,発生中期に入ると今度は非対称分裂と呼ばれる1つのニューロンと1つの神経上皮細胞を生み出す分裂を行いニューロンの数を増やしていく。このよう非対称分裂は大脳構築において重要な働きをしていると考えられている。しかしながら,哺乳類神経上皮細胞の非対称分裂においてどのような因子が分裂後の娘細胞に非対称性を生み出しているのかは未だに分かっていないことが多い。今回我々は,神経上皮細胞において,細胞周期調節因子Cyclin D2がいままで哺乳類神経上皮細胞では報告の無かった,mRNAの細胞内局在および局所的な翻訳のメカニズムを用いて分裂後の娘細胞に非対称に分配され,分配された娘細胞は増殖の運命つまり神経上皮細胞としての運命をコミットしている可能性が高いことを発見したので,これを報告する。

 

(4) Foxg1による大脳皮質ニューロンの経時的分化能の調節機構

隈元拓馬,グナディ,水谷健一,花嶋かりな
(理研 発生・再生研 大脳皮質発生研究チーム)

 大脳皮質を構成するニューロンの多様性は,神経前駆細胞の経時的な分化能の変化によって産み出される。この結果,大脳皮質の脳室帯から異なる種類のニューロンが順次産生される。しかしながら神経前駆細胞の経時的分化能を調節する機構については,未だ不明な点が多い。我々はこれまでに終脳に発現するフォークヘッド型転写因子Foxg1が,発生初期に産生されるカハール・レチウス細胞の分化を抑制することを明らかにした。今回,Foxg1の発現を時期特異的に制御することによって,大脳皮質細胞の経時的な分化能を解析した結果,グルタミン酸作動性ニューロンの順次産生のタイミングがFoxg1の発現のオフ,オンの切り換えに伴って移行することを見出した。これらの結果より,Foxg1が初期細胞から深層投射ニューロンへの分化のスイッチを制御することが明らかになった。現在,この過程においてFoxg1の下流で作動する遺伝子プログラムの同定を進めている。

 

(5) Rett症候群原因遺伝子産物MeCP2の機能解析

辻村啓太,鈴木暁也,中島欽一(奈良先端大・バイオ・分子神経分化制御)

 Rett症候群は進行性の神経発達疾患であり,X染色体上のmethyl-CpG-binding protein 2(MeCP2)遺伝子の変異により発症することが知られている。Rett症候群は自閉症やてんかん,精神遅滞などの臨床症状を示し,主に女児にのみ発症する。MeCP2はメチル化DNA結合タンパク質ファミリーのメンバーであり,転写抑制因子として機能する。最近,MeCP2はRNAスプライシング,クロマチンループ構造を制御することや,CREB1と結合することにより転写活性化因子としても作用することが報告された。また,これまでMeCP2はニューロンにおいてのみ発現および機能していると考えられていたが,グリア細胞においてもMeCP2は発現しており,細胞非自律的機構により神経機能に影響を与えることが示された。本研究では,中枢神経系の主要な細胞種におけるMeCP2の機能を明らかにするため,それぞれの細胞種においてMeCP2結合タンパク質を網羅的に同定した。本会ではこれらの結果について考察したい。

 

(6) 転写抑制因子RP58のastrocyte genesisへの関与

平井志伸,丸山千秋,三輪昭子,高橋亜紀代,岡戸晴生
(東京都神経研・分子神経生理)

 RP58は胚発生期の脳において,大脳皮質と海馬に強く発現する転写抑制因子である。その機能を解明するため,RP58-KOマウスの解析を行ってきた。RP58-KOマウスでは興奮性ニューロンの成熟障害,海馬の低形成,脳室帯の拡大等が見られることがすでに分かっていた。今回新たに,拡大した脳室帯でid3,hes5の発現が上昇していること,更に,RP58が直接,id3やhes5の転写を負に制御していることを明らかにした。id3,hes5は前駆細胞の維持に必要な因子である。また,RP58-KOマウスでは,アストロサイトのマーカーであるアクアポリン-4の早期過剰発現が見られた。よって,RP58がid3,hes5の発現を抑制することで,神経への正常な脱分化を誘導している可能性,及び,RP58の欠失は前駆細胞からの細胞周期離脱が適切に行えず,過剰量の前駆細胞がアストロサイトに分化してしまう可能性を示唆した。

 

(7) MicroRNA-124aをコードする網膜の蛋白質非コードRNA Rncr3
機能解析

佐貫理佳子,古川貴久(大阪バイオ研・発生生物学)

 網膜は眼球の後方にある中枢神経系組織であり,光信号を電気信号に変換するのみならず,色・形・動きなどを抽出する処理も行い,脳へと視覚情報を送り出している。生体レベルの解析も容易であることから,中枢神経系の発生・回路形成を理解する良いモデルとして知られている。我々は網膜に高発現する遺伝子のスクリーニングからretinal non-coding RNA3(Rncr3) として登録されている遺伝子を同定した。我々はRncr3 にmiR-124aがコードされていることを見出し,ノックアウトマウスを作製した。マウス脳に発現するmiRNAの中で,miR-124aは最も多く発現していることが知られている。またmiR-124aは線虫からヒトまでよく保存されているmiRNAである。しかしながらmiR-124aと中枢神経系の発生との関係については,様々の相反する研究結果が報告されており,未だ不明な点が多い。網膜におけるRncr3 ノックアウトマウスの解析より,miR-124aは神経細胞への分化よりもむしろ,その成熟や維持に重要な機能を持つ可能性が示唆された。

 

(8) 神経核形成過程における細胞移動様式の解明
−橋核をモデルとした解析−

篠原正樹,Yan Zhu,村上富士夫(大阪大学大学院・生命機能研究科)

 脊椎動物の中枢神経系における基本構造の一つとして神経核がある。神経核は神経細胞の凝集体であり,中枢神経系に非常に多く存在し,神経回路の分岐点や中継点として重要な役割を担っている。今回我々は,小脳前核群の一つである橋核をモデルとし,神経核形成時の細胞の移動パターンを明らかにする事を目的とした。我々は下菱脳唇に電気穿孔法を用いてegfp遺伝子を導入し,標識細胞が予定神経核領域に到達する時期にタイムラプス解析を行い,予定神経核領域に到達した標識神経細胞の移動の観察を行った。その結果,神経核系形成後期に橋核に進入する細胞は既に到達している細胞群の腹側に付け加わることと,核形成初期には多くの細胞が法線方向へ移動するのに対して,後期では進入方向の逆(外側)へ向かう細胞が多くなることが示された。これより,核形成には後から到達する細胞が神経核の外側部に付加され,移動方向を転換させる事が重要である可能性が示唆された。

 

(9) 大脳皮質錐体細胞における軸索ガイダンス分子
Roundabout1(Robo1)の役割

権田裕子1,関口正幸2,田畑秀典3,和田圭司2,仲嶋一範3,内野茂夫1,高坂新一1
1国立精神・神経センター・神経研究所・代謝,
2国立精神・神経センター・神経研究所・疾病4部,3慶応大・医・解剖)

 Roboは,反発性の軸索ガイダンス分子であり,近年,ヒトにおいて発達障害との関連性が報告されている。本研究では,生後発達過程の大脳皮質錐体細胞におけるRobo1分子の機能について検討した。大脳新皮質におけるRobo1の発現は発生の早い時期から認められ,層構造形成が進むにつれて特定の層に限局していた。RNAi を用いて第II/III層の神経細胞でのRobo1の発現を抑制し経時的に細胞の形態を解析した結果,RNAiを導入した神経細胞は生後第II/III層の上層に位置し,apical側に複数のneuriteを持ち,basal側には太く長いneuriteを持つ形態が認められた。さらに電気生理学実験を用いて神経活動について解析した結果,mEPSCの頻度が有意に高いことが判明した。以上のことより,Robo1は生後発達過程の大脳皮質錐体細胞の形態決定に関与する重要な分子であることが示された。

 

(10) COUP-TFII発現領域に由来する大脳皮質抑制性神経細胞の解析

金谷繁明,田中大介,本田岳夫,田畑秀典,仲嶋一範(慶應・医・解剖)

 大脳皮質の発生では,抑制性神経細胞は主に内側基底核原基(MGE)と尾側基底核原基(CGE)から由来すると考えられている。近年我々はCGEに優位に発現する因子としてCOUP-TFIIを見出し,CGE由来細胞の挙動を制御することを示した。COUP-TFIIはCGEに優位に発現するが,腹側MGEなど,CGE以外の領域の一部にも発現が認められ,またCOUP-TFIIはMGE細胞を尾側へ誘導する能力があることから,それら領域においても尾側移動を誘導していることが考えられる。本研究ではCGE外におけるCOUP-TFII発現領域に由来する細胞群の尾側移動とその移動経路,およびCOUP-TFIIと移動メカニズムの関わりについて発表する予定である。

 

(11) 神経系前駆細胞のにおけるグローバルなクロマチン状態の変化

藤井佑紀,岸 雄介,平林祐介,後藤由季子(東大分生研・情報伝達)

 幹細胞は自己複製能と多分化能を併せ持つ未分化細胞である。組織幹細胞のうちの一つである神経系前駆細胞は,自己複製能と,神経系のさまざまな細胞(ニューロン,アストロサイト,オリゴデンドロサイト)を生み出す多分化能を持つ。しかし,その能力は発生時期が進むにつれて失われていく。この時,細胞内では性質の変化に伴って遺伝子発現が大きく変化する。遺伝子が発現するときには,特定の遺伝子座においてクロマチン構造がゆるむことが知られているが,本研究では神経系前駆細胞のクロマチン状態が発生時期の進行につれて核全体で凝集した状態に変化する事を明らかにした。さらに,このクロマチンの凝集状態が神経系前駆細胞の持つ自己複製能や多分化能に相関があることが示唆された。

 

(12) Early-Arriving Olfactory Axons Deliver Sema3F to the Olfactory Bulb to Repel Late-Arriving Nrp2+ Axons

井ノ口霞,竹内春樹,坂野 仁(東京大学・理学系研究科・生物化学専攻)

 マウス嗅覚系の神経地図形成において,嗅球の背腹軸方向に沿った嗅神経細胞(嗅細胞)の軸索投射位置は,嗅上皮における細胞体の位置情報によって決定される。我々は最近,軸索ガイダンス受容体Neuropilin-2とその反発性リガンドであるSemaphorin-3Fが嗅上皮において相補的かつ濃度勾配をなして発現し,背腹軸に沿った神経地図のトポグラフィー形成に重要な役割を果たしていることを見出した。分泌性タンパク質であるSema3Fは背側ゾーンに位置する嗅細胞で産生され,軸索を通して嗅球へと輸送された後,その背側領域に沈着する。発生段階において嗅細胞は,嗅上皮の背側にあるものが先ず成熟し,次第に腹側へ向かって成熟範囲を広げていく。これに呼応して,嗅球も背側部分から形成が始まり,嗅細胞の軸索投射は背側から順次腹側へと進行する。本研究では先行する軸索が持ち込んだ反発性のcueを,後に投射してくる軸索がその受容体の発現レベルを増しながら順次ターゲットに到達するという,神経地図形成の新しいメカニズムが明らかになった1)。

*Takeuchi H., *Inokuchi K. et al. Cell, in revision (*equally contributed)

 

(13) NT-3の軸索誘導活性と作用機構の解明

中牟田信一,船橋靖広,難波隆志,上口裕之,貝淵弘三(名大・医・薬理学)

 海馬の興奮生神経細胞では分化の過程において,共通の未成熟な突起から軸索と樹状突起が形成されるが,両者の運命決定機構は未だ解明されていない。神経栄養因子(NT-3)は,神経細胞の軸索伸長や,樹状突起のスパイン形成に関与している。本研究では,NT-3の軸索誘導活性とその作用機構を明らかにすることを目的とした。人為的に軸索を誘導する方法として,未成熟な複数の突起のうち1つの突起にのみ,局所的に刺激を与える系を確立した。NT-3の局所刺激は,突起伸長を促し軸索形成を誘導した。NT-3のシグナル伝達経路について解析したところ,PLC-IP3-IP3受容体を介する経路が極性獲得前の突起伸長に関与していることを見出した。さらに,NT-3刺激は突起先端の成長円錐でカルシウム上昇を誘導した。このカルシウム上昇は,下流分子であるCaMKK-CaMKIを活性化した。以上の結果から,NT-3により1本の軸索が誘導される際に,PLC-カルシウム-CaMKIを介したシグナル伝達経路が関与していることが明らかになった。

 

(14) 小脳プルキンエ細胞の軸索維持におけるHuCの機能

角元恭子,岡野ジェイムス洋尚,Robert Darnell,岡野栄之(慶應義塾大学・生理学)

 Hu蛋白質(HuB, HuC, HuD)は,神経細胞特異的に発現するRNA結合蛋白質で,その発現はHu蛋白質の発現は胎仔期から成体期において維持される。脊椎動物の発生期において,Huが神経細胞への分化過程で重要な機能を担うことが知られているが,成熟神経細胞におけるHu蛋白質の生理機能は明らかにされていない。そこで,Huノックアウトマウスの作成および解析を行った結果,これまで報告されている小脳失調モデルマウスと異なり小脳発生を経た後,後天的にプルキンエ細胞の脱落を伴わない軸索変性および運動失調を生じることを見いだした。また成体マウスのプルキンエ細胞では,Hu蛋白質のうちHuCのみが特異的に発現している。これらの結果から,HuCは発生期に形成された軸索および神経回路を維持する機能を担う可能性が示唆された。

 

(15) 感覚神経細胞が,軸索伸展の初期過程で神経成長因子に
依存しないのはなぜか?

青木 誠,瀬川 浩,内藤真由美,岡本 仁
(理化学研究所BSI発生遺伝子制御研究チーム)

 Trkシグナルは神経細胞の生存,軸索伸展に関与する。しかし,栄養因子分泌組織から遠い神経細胞がどのようにして軸索伸展及び生存を確保するかは未だ不明な点が多い。新規遺伝子sidetrk1 はゼブラフィッシュRohon- Beard(RB)感覚神経細胞において発現し,末梢軸索の伸展を制御している。Sidetrk1はTrkと結合し,Trkの細胞表面への輸送を阻害した。さらにSidetrk1はNGFによるTrkシグナルには影響を与えず,PACAP(Pituitary Adenylate Cyclase-Activating Peptide)によるTrkのリガンド非依存的なシグナルを活性化した。またRB神経細胞ではpacap1b及び受容体pac1 が発現しており,pacap1b のノックダウンによりRB neuronの末梢軸索進展が阻害された。この表現型は,Sidetrk1の過剰発現では回復しなかった。このことからSidetrk1は,NGFが得られない軸索伸展の初期に,PACAP1bによるTrk活性化を促進し,神経細胞の軸索伸展及び生存に関与すると考えられる。

 

(16) Epigenetic control of cell-type specific response
to the steroid hormone Ecdysone in Drosophila sensory neurons

金森崇浩,榎本和生(遺伝研・神経形態)

 ステロイドホルモンは,ニューロンの生存あるいは死,さらには神経突起の形態変化など様々な細胞応答を引き起こすことにより,神経回路の構築を制御する。しかし,個々のニューロンが如何にして異なる細胞応答を示すのかは未解明である。我々は,ショウジョウバエ感覚ニューロンをモデル系としてこの問題にアプローチしている。幼虫から蛹への変態過程において,ステロイドホルモンであるエクジソンはクラスIII感覚ニューロンの細胞死を誘導する一方で,クラスIV感覚ニューロンに対しては細胞死を誘導せず樹状突起の刈り込みを引き起す。そこで,我々はこれらの感覚ニューロンが示す細胞応答のいずれかを特異的に制御する遺伝子の探索を行った。その結果,クロマチンリモデリングに関わるエピジェネティック因子群がクラスIV感覚ニューロンの樹状突起の刈り込みを特異的に制御することを見出した。本発表では,異なる感覚ニューロンが示す細胞応答の特異性がクロマチン構造の制御により生み出される,という新たな作用機序を提唱したい。

 

(17) 発生過程における神経冠細胞と血管の相互作用

高瀬悠太,高橋淑子(奈良先端大学院大学・分子発生生物学講座)

 血管ネットワークは体の中で厳密に規定されている。発生過程において血管パターンが形成される際には,その周辺組織から何らかの働きかけが起こっていると考えられているが,その細胞・分子実体はまだまだ分かっていない。このメカニズムを解き明かすにあたり,我々は体節間血管(ISV)と神経冠細胞の関連に注目した。体節間血管は,胚体内で最初に形成される動脈である背側大動脈(DA)からセグメンタルに伸長している血管である。我々は,DAからISVが伸長する位置と,神経冠細胞の一部(交感神経前駆細胞)がDA周辺で存在している位置がよく似ていることから,神経冠細胞がISV形成に関係しているのではないかと考えた。そこで,トリ胚を用いて神経冠細胞を除去した所,ISV形成に異常が見られた。このことから,ISV形成には神経冠細胞が必要なことが示唆された。興味深いことに,発生後期では,DA周辺にいた神経冠細胞はISVに沿うように移動する。これらのことから,神経冠細胞とISVは,発生過程の様々な時期で相互に作用しあっていることが考えられる。

 

(18) プラナリアの行動解析システムを利用した脳再生と脳機能の解析

山下大河,井上 武,西村周泰,Clement Lamy,阿形清和(京大・理・分子発生学講座)

 プラナリアは進化的に初めて集中神経系を獲得した生物だと考えられており,その脳は,単純ながらもよく組織化されていることが分かってきている。実際に,プラナリアの行動は脳によって制御されており,そのため,プラナリアは脳高次機能の解析には非常に興味深く,脳の基本型を知るのに有用な動物だと考えられる。そこで今回,脳高次機能の解析を行うために,これまでに確立されていた負の走光性,化学走性の行動解析システムに加え,新たに温度走性,接触走性の行動解析システムの立ち上げを行った。また,今回確立した行動解析システムとRNAi法による遺伝子ノックダウンを組み合わせた解析によって,温度走性,接触走性に関わる遺伝子や神経細胞の探索および神経ネットワークの同定も試みた。その結果,温度感受に必要な遺伝子が同定され,またその発現細胞が温度感受細胞であることが示唆された。さらに,温度走性と特定の神経細胞との関わりも見いだされた。

 

(19) 色素細胞の挙動とメラニン輸送の可視化:
表皮培養法を用いたライブイメージング観察

酒井謙一郎,田所竜介,村井英隆,高橋淑子(奈良先端大・バイオ)

 動物の表皮には,紫外線から体を守るためにメラニン色素が存在している。メラニン色素は,表皮に存在する色素細胞内の細胞小器官(メラノソーム)で合成されたのち,色素細胞の樹状突起を通して,表皮角化細胞へと輸送される。この輸送については培養細胞を用いた解析や電子顕微鏡による観察から複数のモデルが提唱されているものの,実際の生体内における色素細胞と角化細胞の間でどのようにメラニンがやりとりされるのかについては依然不明な点が多い。私達はトリ胚から単離した表皮組織を培養し,ライブイメージング法を用いて,色素細胞の挙動およびメラニン輸送を直接可視化することに成功した。この結果,色素細胞の樹状突起がダイナミックに伸展と退縮を繰り返すことが明らかになった。また,メラニン輸送に至る過程で樹状突起が盛んにブレッブを起こしたのち,メラニンを含んだ膜小胞が細胞外に放出される現象を見いだした。この膜小胞は周囲の角化細胞に輸送される。これらの結果から,少なくともトリ胚表皮においてはメラニン色素が膜小胞を介して色素細胞から角化細胞へと輸送されることが示唆された。

 

(20) Sbno1はマウス神経分化に必須な因子である

高野 愛,蔵地理代,出来本秀行,#日比正彦,寺島俊雄,勝山 裕
(神戸大学・医,#理研CDB)

 strawberry notch(sbno)遺伝子はショウジョウバエ遺伝学的解析より文脈依存的(inductive signaling)に働くNotchシグナル下流因子とされている。しかし脊椎動物脳発生における役割は不明である。今回,我々はマウス大脳皮質発生でのSbno1の役割について検討した。免疫組織化学的観察からSbno1が分化初期ニューロンの核で強く発現している事が分った。マウス胚大脳皮質細胞一次培養系を用いたSbno1機能阻害実験ではニューロンの分化が抑制され,この時Delta like-1タンパクの減少とHes5タンパクの増加が見られた。逆にSbno1を強制発現させるとニューロンの分化が促進された。更にSbno1の生化学的機能について知見を得るために酵母2ハイブリッドスクリーニングを行った。その結果Notchシグナル細胞内因子であるSu(H)を含むいくつかの遺伝子が単離され,Su(H)とSbno1との結合は免疫沈降法においても確認出来た。

 以上の結果から,Sbno1は核内でNotchシグナルを抑制する事でニューロン分化を促進する因子である可能性が示唆された。

 

(21) 発生期大脳皮質におけるロコモーション様式の神経細胞移動に関わる
制御因子の解析

西村嘉晃1,2,関根克敏1,地濱香央里2,鍋島陽一2
仲嶋一範1,星野幹雄2,3,川内健史1,2,4
1慶應大・医・解剖,2京大・医・腫瘍生物,
3国立精神・神経センター・神経研・診断,4JST・さきがけ)

 哺乳類の大脳皮質は整然とした層構造をなしており,これは発生期における適切な神経細胞移動によって形成される。神経細胞移動は,いくつかの連続的な段階に分けられるが,その中でもロコモーション様式と呼ばれる移動段階は移動過程の最も長い距離を占めており,層構造形成に重要な役割を果たすと考えられている。しかし,従来の実験系では,ロコモーション移動の分子機構を直接解析することは困難であった。本研究では,マウス胎仔大脳皮質スライス培養を用いた新規阻害剤スクリーニング法を確立し,Cdk5およびSrcファミリーキナーゼがロコモーション移動に関与することを見出した。また,PKCdの阻害剤として広く用いられていたRottlerinが,JNK経路を阻害することによりロコモーション移動を抑制していることも明らかにした。本研究で確立した阻害剤実験系は,ロコモーション移動の分子機構を理解するために有用であると考えられる。

 



このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2010 National Institute for Physiological Sciences