生理学研究所年報 第31巻
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8.大脳皮質-大脳基底核連関と前頭葉機能

2009年11月26日-11月27日
代表・世話人:宮地重弘(京都大学霊長類研究所)
所内対応者:南部 篤(生体システム研究部門)

(1)
中脳ドーパミン細胞の投射様式
松田和郎(滋賀医科大学)

(2)
脚橋被蓋核における報酬価値とタイミングの表現
岡田研一(大阪大学大学院)

(3)
動機づけ学習と線条体
小山 佳,筒井健一郎(東北大学大学院)

(4)
対象の選択と運動の選択時における線条体の価値表現
鮫島和行(玉川大学)

(5)
ソングバード大脳基底核のさえずり行動中および睡眠中の神経活動
柳原 真(理化学研究所)

(6)
尾状核における神経活動の数的表現
二ノ倉欣久(弘前大学)

(7)
大脳基底核と運動前野をつなぐネットワーク
星 英司(玉川大学)

(8)
側頭および頭頂連合野から外側前頭前野への多シナプス性入力様式
平田快洋(京都大学)

(9)
生体内線維連絡イメージングの下側頭葉顔認知システムへの適用
一戸紀孝(弘前大学)

【参加者名】
丹治 順,星 英司,鮫島和行,野々村聡(玉川大学脳科学研究所),高田昌彦,宮地重弘,松本正幸,平田快洋,纐纈大輔,鴻池菜保(京都大学霊長類研究所),藤本 淳(京都大学),松田和郎(滋賀医科大学),岡田研一(大阪大学),筒井健一郎,小山 佳(東北大学),柳原 真,曽根正光(理化学研究所),二ノ倉欣久,一戸紀孝(弘前大学),高草木薫,野口智弘(旭川医科大学),則武 厚(関西医科大学),南部 篤,伊佐 正,畑中伸彦,知見聡美,佐野裕美,高良沙幸,金子将也,鯉田孝和,松田尚人,坂野 拓,金桶吉起,岡澤剛起,吉田正俊,波間智行(生理研)


【概要】
 大脳基底核は,大脳皮質の広い領域から入力を受け,大脳基底核内で情報処理を受けた後,一部,脳幹に投射するものの,大部分は視床を介して大脳皮質,とくに前頭葉に戻るというループ回路をなしている。大脳基底核内でどのような情報処理が行われているか不明であったし,今でも多くの謎があるが,それでも以下のような様々な研究から,徐々にではあるが着実に明らかになりつつある。

1) 主に霊長類を用いた研究から,大脳基底核は,適切な運動あるいは動作様式を選択,実行するのに関わっている。

2) また,工学的な手法によって解析したところ,大脳基底核の神経活動や神経回路は適切な行動の自立的な選択・学習に適している。

3) 霊長類の基底核回路を解剖学的に解析することにより,大脳基底核が運動機能ばかりでなく,認知機能や情動にも関わることが明らかとなってきた。

4) 遺伝子改変動物(げっ歯類)を用いることにより,大脳基底核に発現している受容体や神経伝達物質と機能との関係が,個体レベルで調べられるようになった。

5) ヒトの大脳基底核疾患や,様々な大脳基底核疾患モデル動物の解析により,このような疾患の病態およびその基礎となる基底核の生理が明らかになりつつある。

6) 脳深部刺激療法(DBS)や遺伝子治療など,大脳基底核疾患の新たな治療法も開発されてきた。

 このように,大脳基底核は,運動皮質とはもちろんのこと,連合皮質や辺縁系領域などと解剖学的にも機能的にも密接に連絡し,運動制御,認知,情動など,ヒトおよび動物の行動のさまざまな側面に重要な役割を果たしていることがわかってきた。しかし,脳の各領域の研究は個別になされており,基底核および関連する多くの脳領域の研究を横断的かつ統合的に捉え,相互理解を深める機会が少ない。そこで,本研究会では大脳基底核,連合皮質,辺縁系,さらにはその周辺の研究について,多岐にわたる専門分野の若手あるいは中堅の研究者が,最新の知見を紹介し,各分野における研究の趨勢,問題点,及び今後の展開に関して活発に意見を交換した。

 

(1) 中脳ドーパミン細胞の投射様式
Axonal arborization of midbrain dopamine neurons:
a single-cell morphological study with viral vectors

松田和郎(滋賀医科大学)

 中脳ドーパミン系は,パーキンソン症候群・統合失調症などの疾患あるいは報酬行動・強化学習などに関与するとされる広域投射型モノアミン神経系の一つである。例えば,従来回復が極めて困難であるとされていた外傷後植物症患者の中に中脳ドーパミン神経系の選択的損傷が原因でパーキンソン症候群を呈するサブタイプがあり,ドーパミンの前駆体であるL-ドーパを投与することによって劇的な回復を示す患者群が潜在していることが報告されている(Matsuda et al., 2003; 2005)。中脳ドーパミン神経系は黒質線条体系と中脳皮質辺縁系に大別され,過去の古典的なトレーサー実験によってその大まかな投射経路は判明しているが,単一神経細胞の解像度における定量的・回路的な次元での解明はなされていない。

 本研究では,先行研究によって開発されたパルミトイル化膜移行シグナルを結合した緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードする遺伝子組換えウイルスベクターをトレーサーとして用いて,細胞体・樹状突起および軸索を完全に可視化することによってドーパミン神経系の投射様式の定量的解析を単一細胞レベルで行った。

 中脳黒質線条体路(A9)において単一ドーパミン神経の全軸索を再構成したところ,ドーパミン軸索は線条体以外にほとんど投射せず,線条体のみに広範囲にかつ非常に高密度に分布していることがわかった。定量的には,1個の中脳黒質ドーパミン細胞は138,000~780,000mm(平均466,000mm)の軸索を線条体に投射し,一側の線条体容積の0.45-5.7%の細胞(平均2.7%;細胞数にして75,000個)にシグナルを伝達することが見出された。反対に線条体細胞の側からみると,1個の線条体細胞は95~194個の異なるドーパミン細胞のシグナルを受け取ることになった。したがって,従来の古典的トレーサー実験に基づいた報告と比較して本実験では10倍以上もの軸索を可視化しており,従来の研究がドーパミン神経の軸索分布を大きく過小評価していたことが明らかになった。さらにmオピオイド受容体との二重染色により,多少のpreferenceはあるものの,単一ドーパミン細胞の軸索はstriosomeとmatrixの両方に分布していて,単一ドーパミン信号がこの2つの線条体コンパートメントに同時に送られることも明らかにされた(Matsuda et al., 2009)。

 本研究会では,さらに中脳皮質辺縁系(A10)の知見についても紹介し,あわせて本ウイルスベクターのもつ神経回路解析ツールとしての意義と可能性についても議論した。

 

(2) 脚橋被蓋核における報酬価値とタイミングの表現

岡田研一(大阪大学大学院生命機能研究科)

 中脳の黒質緻密部や腹側被蓋野のドーパミン細胞(DAcell)は,学習された報酬の手がかり刺激や不意に与えられた報酬に対してバースト応答をすることによって大脳基底核などに報酬予測誤差信号を送り,シナプス可塑性を制御することで強化学習における教師信号の役割を果たしていると考えられている。DAcellにおいてどのように報酬予測誤差が計算されるかということは学習計算アルゴリズムを含めた強化学習機構を解明する上で重要な問題の一つである。我々はDAcellに強力な興奮性入力を供給している脚橋被蓋核(Pedunculopontine tegmental nucleus, PPTN)に着目して,覚醒状態のサルPPTNニューロンから記録を行い,報酬予測,報酬予測誤差に対するPPTNのニューロン活動の寄与を調べた。

 これまでの実験により,手がかり刺激(FT)の形によって報酬量(RD)が予測できるような報酬予測サッカード課題において,(1) 予測報酬量に対応して活動の大きさが変わる,手がかり刺激呈示から始まり報酬後まで続く持続的応答(FT neuron)と,(2) 実際に与えられた報酬量に対応して活動の大きさが変わる,報酬後の短期的な反応(RD neuron)が,PPTNの独立したニューロン群から得られた。すなわち,報酬予測誤差の計算に必要な報酬予測,実報酬信号がPPTNで表現されていることが明らかになった。

 さらにこれらのニューロンは,手がかり刺激呈示や報酬の与えられるタイミングに対して予測的な活動を示した。ほとんどのFT neuronは手がかり刺激呈示前からゆるやかな活動の上昇を示し,その活動の大きさはサルの予測的な眼球運動と相関した。いっぽうRD neuronは,実際に報酬が与えられる前からゆるやかな活動の上昇を示したが,その活動の大きさは予測される報酬量にかかわらず一定だった。さらにFT neuronで持続活動の終わるタイミングは,報酬が得られると予測した時間ではなく,実際に報酬が与えられた時間と一致していた。また,報酬が与えられた後もサルがfixationを続けるような課題を行うと,(1) 課題条件にかかわりなく実際に報酬が与えられた後に持続活動が終わる,(2) 報酬が与えられた後も課題の終了まで活動が持続する,ニューロン群が見られた。

 これらの結果より,学習に必要と思われる報酬価値の情報だけでなく,課題の遂行に必要と思われるタイミング予測や実際のイベント時間の情報がPPTNで表現されていることが明らかになった。

 

(3) 動機づけ学習と線条体

小山 佳,筒井健一郎(東北大学大学院生命科学研究科脳情報処理分野)

 中脳ドーパミンニューロンは,報酬予測誤差情報を表現しており,動機付け学習において重要な役割を担っていることが示唆されている(Schultz and Dickinson, 2000)。近年,この報酬予測誤差の情報が,脳のどこで,どのように計算されているかが注目されており,ドーパミンニューロンに出力を送っている外側手綱核や脚橋被蓋核,外側手綱核に出力を送っている淡蒼球内節などの領域が報酬予測誤差情報に関連した情報を表現していることが新たに報告されている。しかし,ドーパミンニューロンと直接・間接的に密な繊維連絡のある線条体が,報酬予測誤差情報の生成にかかわっているのかは未だ不明な点が多い。本研究の目的は,線条体において,報酬予測誤差や,それに関連すると考えられる刺激の価値や報酬への期待などの情報がどのように表現されているかを調べることである。

 パブロフ型の確率学習課題をラットに訓練し,頭部を固定した状態で線条体からの単一ニューロン活動の記録を行った。課題では,条件刺激として純音を1.5秒間呈示し,0.5秒間の遅延期間の後,条件刺激によって示された報酬確率にしたがって報酬(スクロース水)を与えた。条件刺激の純音には5種類を用い,それぞれを0%から100%までの異なる報酬確率と関連付けた。この課題を十分に訓練した後,線条体から単一ニューロン活動の記録を行った。記録したニューロンの活動様式を分析するために,まず,刺激に反応したニューロンを,その反応のピークの潜時によって3つのサブタイプに分類した。条件刺激が呈示されてからの0.5秒間,条件刺激が呈示されてから0.5秒後から1.5秒後までの1秒間,遅延期間の0.5秒間のそれぞれの期間において反応のピークを示したニューロンを,それぞれ,タイプI,タイプII,タイプIIIニューロンと分類した。タイプIニューロンの多くは,報酬に対しても同様の一過性の反応を示した。タイプIニューロンの刺激への反応と報酬への反応の多くは,それぞれ,報酬確率に正の相関,負の相関を示していた。この反応様式は,ドーパミンニューロンのものと非常に類似しており,これらのニューロンが報酬予測誤差情報を表現していることが示唆された。タイプII,IIIのニューロンは,いずれも,持続的な発火を示し,その活動は報酬確率に正の相関を示していた。また,報酬には反応を示さなかった。タイプII,IIIのニューロンがどのような課題事象に関係しているのかを明確にするために,条件刺激の呈示終了から報酬が与えられるまでの遅延期間を延長させて記録を行ったところ,タイプIIニューロンは,遅延期間の違いにかかわらず,条件刺激に対して同じ潜時で反応し,呈示後は自発発火頻度に戻るものが多かった。一方,タイプIIIニューロンは,遅延期間を延長すると,活動のピークが新たな報酬供与のタイミング付近へと移っていく傾向が見られた。これらのことから,タイプIIニューロンは刺激の価値を,タイプIIIニューロンは報酬への期待をそれぞれ表現していることが示唆された。

 以上のように,この研究によって,線条体においては,報酬予測誤差や,それに関連すると考えられる刺激の価値や報酬への期待などの情報が表現されていることが明らかになった。これらの結果は,線条体が報酬予測誤差情報の生成や動機付け学習の過程において,重要な役割を果たしている可能性を示唆している。

 

(4) 対象の選択と運動の選択時における線条体の価値表現

鮫島和行(玉川大学脳科学研究所)

 不確実で変動する環境において適切な意思決定を行い,食物などの報酬を得る行動を行うことは,環境内で生き残るために不可欠な脳機能の1つである未知の環境において報酬を最大化する行動選択を学習する問題は,強化学習としてモデル化されている。モデルは行動の予測のみでなく線条体の神経活動と行動選択肢の報酬予測など,モデルから予測される変数との神経相関が見いだされている(Samejima et al 2005)。

 意思決定場面において,行動後に得られる報酬を予測することは,より多くの報酬が見込める行動の選択を可能にし,予測報酬と現実の誤差によって行動を強化するために重要である。しかし,ここでいう行動とは何であろうか? もっとも単純には,1つの動作を行動として強化することも可能であるし,特定の刺激入力を条件として動作を行う1つの刺激-運動変換を1つの行動として評価することも可能である。一方線条体は,運動関連領域のみならず,前頭前野など認知的操作などに関わる高次領域からも投射をうけ,複数の並列ループを形成している。大脳基底核は特定の動作のみならず,刺激に依存した対象刺激-運動変換から1つを選択する場面(対象の選択)と学習に関わるであろうか?

 この疑問に答えるために2頭のサルに複数刺激のうちその1つに反応することによって報酬を得る課題を訓練し,複数刺激を提示したときの線条体の神経活動を記録した。サルに2つの刺激属性(色4種・形4種)を持つ16種類の視覚刺激から,異なる色/形を持つ2刺激をランダムに提示する(選択刺激)。一定遅延期間の後,この2刺激を順次提示し(ターゲット刺激),サルは提示されている時間に行動反応・抑制を行うことで,選択を行う。4段階の報酬量を一方の刺激属性(色または形)のみに依存して与え,これを1ブロック(144試行)間固定として学習する。サルの学習行動を解析したところ,4段階の報酬に応じて色または形に応じた刺激-運動変換に対する学習が行えることがわかった。さらに,選択刺激提示期に,選択する対象の報酬予測が表現される線条体投射細胞を見いだした。このことは,線条体が特定の動作を行動とした選択のみならず,刺激-運動変換を行動単位とした選択と強化学習に関与していることを示唆する。

 

(5) ソングバード大脳基底核のさえずり行動中および睡眠中の神経活動

柳原 真(理化学研究所)

 ソングバード(Songbird)と称される鳴禽類の小鳥は,臨界期にさえずりを学習する。まず,感覚学習期において,幼鳥は親鳥がさえずる定型的な歌を聴き憶える。次に,運動学習期において,幼鳥は自らさえずり行動を開始し,聴覚フィードバックを用い自己のさえずる非定型的な歌を聞き憶えた歌にマッチングさせていく。最終的には,幼鳥は親鳥から学んだ歌と同じ定型的な歌をさえずるようになる。このソングバードの脳内には,さえずり行動を制御するために特化した神経回路(Song system)が存在する。なかでも,線条体や淡蒼球の細胞群に相当するニューロン群から構成されるAreaXと称される領域が,さえずりの学習に必須であることが既に脳の破壊実験の結果から明らかにされている。しかしながら,この領域の細胞が実際にさえずり学習をおこなっている際にどのような神経活動を示すのかこれまで不明であった。

 本研究では,大脳基底核AreaXが小鳥のさえずり学習に果たす機能的役割を明らかにすることを目指し,行動中の幼鳥の大脳基底核AreaXから単一ニューロン活動の記録をおこない,さえずり行動中,さえずり以外の行動中,睡眠中の神経活動をそれぞれ解析した。その結果,1) AreaXの細胞はさえずり行動直前からさえずり行動終了にかけて活動を上昇させること,2) これらのニューロンは自己の歌や親鳥の歌に対して聴覚応答を示さないこと,3) さらに,これらのニューロンは睡眠中においてしばしば一過的な発火頻度の上昇を示すこと,などが明らかになった。以上の結果から,ソングバードの大脳基底核 AreaXは,発声という運動に関連した神経活動と睡眠中における神経活動を通してさえずり学習に重要な役割を担っていると考えられる。

 

(6) 尾状核における神経活動の数的表現

二ノ倉欣久(弘前大院医学部統合機能生理)

 数的情報にもとづく合目的行動は様々な動物種において観察されるが,その行動を支える神経基盤がどこでどのように実現しているかについては明らかではない。行動の企画過程における神経細胞活動による数的表現を調べる目的で試行ブロックごとに異なる標的数の連続到達運動が要求されたときのサル脳の広汎な領域から神経活動が記録された。大脳皮質の広汎な領域から情報を集約する尾状核のユニット活動を解析したところ特定の標的数の提示に選択的に反応する一群の細胞活動が見いだされた。このとき,複数標的が視覚的に提示された場合のみならず記憶情報に依拠した試行ブロック,すなわち標的数情報が明示的に視覚提示されない条件下においても数的情報を反映する選択的活動が認められた。このことは多彩な行動レパートリに内蔵された要素的動作が大脳皮質線状体において数的に表現されうることを示唆している。

 

(7) 大脳基底核と運動前野をつなぐネットワーク

星 英司(玉川大学脳科学研究所)

 大脳基底核は前頭連合野や一次運動野をはじめとする前頭葉と密接に情報のやり取りをしていることが解剖学的研究によって明らかになってきている。また,パーキンソン病などの大脳基底核を中心とする疾患は,高次脳機能から運動機能にいたるまで広汎な脳機能を障害する。こうした知見は,大脳基底核と前頭葉の間の幅広い機能連関が正常な脳機能の発現において極めて重要な役割を果たしていること,そして,機能連関の破綻が多様な病態の発現につながることを示唆している。しかし,この機能連関については急速に理解が進んでいるが,その神経メカニズムには依然として未知の部分が残されている。

 そこで,我々は生理学的研究と解剖学的研究を融合することによって,この問題に取り組むことにした。生理学的研究では,認知情報を動作制御情報に変換し,それに基づいて実際の動作を実行する課題を考案した。この課題を遂行しているニホンザルの前頭葉より細胞活動を記録したところ,運動前野がこれらの過程で中心的な役割を果たしていることが明らかとなった。同時に,運動前野内の前後方向に機能分化が見いだされた。具体的には,1) 動作制御情報は前方部で強く表現されていること,2) 実際の動作に関する情報は後方部で強く表現されていること,が明らかとなった。続いて行われた解剖学的研究では,こうして見出された機能分化が大脳基底核と形成されるネットワーク構造とどういった関係にあるのかを解析した。大脳基底核からの出力は視床を介して運動前野に接続しているので,経シナプス性に逆行性に伝搬する性質のある狂犬病ウイルスをトレーサーとして用いた。運動前野に注入された狂犬病ウイルスは逆行性に視床に運ばれ,そこでシナプスを介して大脳基底核の出力部位である淡蒼球内節や黒質網様部に運ばれた。ラベルされた大脳基底核細胞の部位を解析した結果,運動前野の前方部と後方部は,大脳基底核の異なる部位から主要な入力を受けていることが明らかとなった。

 以上の結果は,動作制御情報の生成と,それに基づく実際の動作の実行過程において,運動前野は大脳基底核から複数の情報を受けていることを示唆している。

 

(8) 側頭および頭頂連合野から外側前頭前野への多シナプス性入力様式

平田快洋(京都大学霊長類研究所)

 外側前頭前野は,感覚・記憶などの様々な情報を統合および選択し,運動関連領野に出力を送る戦略的な位置にある。このような脳部位の多シナプス性神経回路の全体像を明らかにすることは,多様な認知機能の神経基盤を統合的に理解する為にきわめて重要である。そこで我々は,神経細胞特異的に感染し,シナプスを介して逆行性に感染が進行する狂犬病ウイルストレーサーをサル外側前頭前皮質の背側部(9,46d野)および腹側部(46v,12野)に各々注入し,記憶情報および視覚情報処理に関わる側頭および頭頂連合野から前頭前野への入力に関わる神経連絡の解析を試みた。まず,外側前頭前皮質(9,46d,46v,12野)にウイルスを注入した。注入の3日後には,注入部位に直接投射する1次ニューロンだけでなくシナプスを越えて2次ニューロンが側頭連合野や頭頂連合野で標識された。標識された2次ニューロンの分布には,以下のような傾向があった。1) 9野,46d野への注入では,側頭連合野の内側に位置する傍海馬領域,頭頂葉の内側面(7m野)および,頭頂間溝外側壁の尾側部(LIP野)に標識ニューロンが分布していた。2) 46v野への注入では,側頭連合野の外側に位置するTE野,および,頭頂間溝外側壁の吻側部(AIP野を含む)に標識ニューロンが分布していた。3) 12野への注入では,側頭連合野においては直接投射の強いのTE野を除くと標識細胞は非常に少なく,一方で頭頂連合野では,46v野への注入と同様に頭頂間溝外側壁の吻側部(AIP野を含む)に標識ニューロンが分布していた。以上の結果は,外側前頭前野はその背側部,腹側部で別個に,側頭および頭頂連合野からそれぞれ2つのストリームで経シナプス的な入力を受けている事を示唆する。

 

(9) 生体内線維連絡イメージングの下側頭葉顔認知システムへの適用

一戸紀孝(弘前大学医学研究科神経解剖・細胞組織学講座)

 サル下側頭葉皮質は,顔を含む物体認知に関わる腹側視覚経路の最終段階にあり,前部にあたるTE野と後部にありTEO野より下位に属するTEO野に分かれる。今回我々は,最近我々が開発した蛍光トレーサーコレラトキシン-Alexa 555注入による生体内線維結合イメージングを用いて,TE野の顔に強く反応するスポットに投射する小領域をTEO野内に生体内で同定し,このスポットの顔を含む視覚刺激に対する反応性を調べた。また,このTEO野の投射スポットに抑制性神経伝達物質GABAアゴニスト・ムシモルを注入し,その投射部位であるTE野のスポットの視覚刺激反応性を調べた。

 TEO野の投射スポットの視覚反応性は,ランダムに選んだTEO野のスポットに比べて,トレーサー注入部位であるTE野のスポットの視覚反応性とより高い相関を示した。また,TEO野の投射スポットへムシモルを注入することにより,TE野の視覚反応性が大きく変わることを観察した。この大きな変動は,トレーサー注入部位ではないTE野の記録では起こらず,また,TEO野内の任意の部位へのムシモル注入では,起こらないことを確認した。上記の結果は,TEO野からTE野への投射が強い影響力を持っている事を示唆している。

 TE野とそれに投射するTEO野のスポットは高い相関を示していたものの,TE野のスポットは,顔の構成パーツ(目,鼻,口)をシャッフルしたもの(シャッフル顔)よりも顔に対して有意に強く反応していた。しかし,この傾向は,この部位に投射するTEO野のスポットにはなかった。また,TE野と投射TEO野スポットは,顔と食べ物を見せた時には高い相関を示したが,シャッフル顔と食べものを見せた時には,相関が低下する傾向を見せた。これらの結果と,報告されているTEO野の小さな受容野あわせて考えると,TEO野は顔の部分の情報をTE野に送っているという考えを支持すると思われた。事実,TEO野において,reduction processを用いてcritical featureを決めると,サルの髪のtextureや,目と思われるfeatureである例が観察された。これらの結果に基づき,本研究会の発表では,TE野の顔反応性へのTEO野の寄与について考察した。

 



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