生理学研究所年報 第31巻
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10.シナプス機能と病態

2009年12月14日-12月15日
代表・世話人:高橋琢哉(横浜市立大学大学院・医学研究科・生理学)
所内対応者:重本隆一(生理学研究所・脳形態解析研究部門)

(1)
有機小分子蛍光プローブの精密設計に基づく生細胞応答観測・in vivoがんイメージング
浦野泰照(東京大学大学院・薬学系研究科・分子薬学)

(2)
蛍光タンパク質テクノロジーの展望 -観て触って探る生命の不思議-
永井健治(北海道大学・電子科学研究所・ナノシステム生理学)

(3)
Imaging the activity patterns of identified single neurons
佐藤 隆(Janeria Farm)

(4)
脊髄小脳失調症14型(SCA14)の原因となる変異gPKCは
初代培養小脳プルキンエ細胞樹状突起の縮小とスパインの減少を引き起こす
関 貴弘(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経薬理学研究室)

(5)
Disrupted in Spine By Disrupted-in-Schizophrenia-1 (DISC1):
統合失調症の病因・病態としての後シナプス
林 朗子(Department of Psychiatry and Behavioral Sciences Johns Hopkins University)

(6)
脊髄小脳変性症14型の原因遺伝子であるPKCgのミスセンス変異体は,
マウスプルキンエ細胞における登上線維シナプスの除去とLTD誘導を阻害する
入江智彦(群馬大学大学院・医学系研究科・神経生理学分野)

(7)
シナプス外グルタミン酸動態の可視化解析
大久保洋平(東京大学大学院・医学系研究科・細胞分子薬理学)

(8)
LPSを用いた末梢免疫系活性化によるミクログリアの形態変化とスパインの変化
根東 覚(東京大学大学院・医学系研究科・神経細胞生物学)

(9)
S100Bを介したニューロン・グリア相互作用
平瀬 肇(理化学研究所・脳科学総合研究センター・平瀬研究ユニット)

【参加者名】
伊藤 萌(横浜市立大学),入江智彦(群馬大学),浦野泰照(東京大学),大久保洋平(東京大学),大屋大祐(横浜市立大学),岡部繁男(東京大学),甲斐裕一郎(キッセイ薬品工業株式会社),狩野方伸(東京大学),鎌田洋輔(群馬大学),喜多村和郎(東京大学),児島信彦(群馬大学),小宮かさね(横浜市立大学),根東 覚(東京大学),酒井規雄(広島大学),佐藤 隆(Janelia Farm),塩田倫史(東北大学),重本隆一(生理学研究所),實木 亨(横浜市立大学),関 貴弘(広島大学),関野祐子(東京大学),高橋琢哉(横浜市立大学),高橋 葵(横浜市立大学),竹居光太郎(横浜市立大学),竹本 研(横浜市立大学),多田敬典(横浜市立大学),田中 茂(広島大学),永井健治(北海道大学),西 真弓(奈良県立医科大学),西山 潤(慶應義塾大学),野村寿博(慶應義塾大学),橋本浩一(東京大学),林 崇(東京大学),林 朗子(Johns Hopkins University),林 康紀(理化学研究所),平井宏和(群馬大学),平瀬 肇(理化学研究所),廣野守俊(理化学研究所),松井 広(生理学研究所),松永 渉(基礎生物学研究所),三浦会里子(慶應義塾大学),美津島大(横浜市立大学),宮﨑智之(横浜市立大学)籾山俊彦(東京慈恵会医科大学),森口茂樹(東北大学),山肩葉子(生理学研究所),山下直也(横浜市立大学),柚﨑通介(慶應義塾大学),田中慎二(東京大学),久保義弘(生理学研究所),栢野藤章(真和クリエイション株式会社),鍋倉淳一(生理学研究所),古家園子(生理学研究所),川上良介(生理学研究所),Wajeeha Aziz(生理学研究所),Dwi Wahu Indoriati(生理学研究所),重松直樹(生理学研究所),佐竹伸一郎(生理学研究所),深沢有吾(生理学研究所),江藤 圭(生理学研究所),石橋 仁(生理学研究所),窪田芳之(生理学研究所),松田尚人(生理学研究所),福永浩司(東北大学),梅田達也(生理学研究所)他


【概要】
 本研究会では,広範な分野の研究者,とりわけ若手研究者を集め,「シナプス機能と病態」のテーマの下,活発な質疑応答,情報交換が行われた。特に,イメージング技術(セッション1),シナプスと病態(セッション2),ニューロングリア相互作用(セッション3)という,今までのシナプス研究会であまり触れられてこなかったテーマを取り上げた。イメージングはシナプス機能解析のみならず多くの分野において中心的な研究手法になっているが,今回は敢えてシナプス研究以外の研究者にも声をかけ,シナプス研究への応用について活発な議論がされた。

 またシナプス機能発現に重要な役割を果たしていることは明らかになりつつあるにもかかわらず,取り上げられ方が少ないグリアにも焦点を当てた。さらにシナプス研究の出口ということで病態もテーマとして取り上げ,徹底的な議論が行われた。その他,12演題から成るポスターセッションを行い,参加者の投票によって選出された塩田倫史氏(東北大院・薬)と實木 亨氏(横浜市大・医)の口頭発表がセッション4として行われた。

 3つの課題のどれも好評であったが特に好評だったのがイメージングのセッションであった。演者の方々のレベルも高く,発表そのものもわかりやすかったため参加者の多くに強い印象を与えたものと思われる。分野外の話であったのも逆に新鮮でよかったと思われる。一方で,質疑応答に参加する参加者の年齢層が高く,若手の積極的な参加が今後の課題となろう。

 

(1) 有機小分子蛍光プローブの精密設計に基づく生細胞応答観測・
in vivoがんイメージング

浦野泰照(東京大学大学院・薬学系研究科・分子薬学)

 「生きている」細胞を「生きたまま」観測する技術として,蛍光プローブ,蛍光顕微鏡を用いた観察手法が近年汎用されている。本観察手法の実現には,観測対象分子に対する選択的な蛍光プローブが必要不可欠であり,現代の生物学研究では,GFPなどの蛍光タンパク質をベースとするプローブと有機小分子をベースとするプローブが繁用されている。しかしながら後者の有機小分子蛍光プローブに関しては,汎用性のある設計法が確立していなかったため,実用的な蛍光プローブは数える程度しかないのが現状であった。

 このような中,筆者らは新規蛍光プローブの効率的な開発を可能とする,論理的かつ汎用性の高いプローブデザイン法を,世界に先駆けて複数確立することに成功してきた。さらに本設計理念を拡張し,蛍光プローブ母核として有用な新規蛍光団であるTokyoGreen類などの創製にも成功し,これらの骨格を活用した全く新しい機能を有する多数の蛍光プローブの開発に成功してきた。具体的には,特定の活性酸素種(ROS)を高選択的に検出可能な蛍光プローブ群や,b-ガラクトシダーゼなどのレポーター酵素活性,また様々な生体関連酵素反応を高感度に検出可能な蛍光プローブなどの開発に成功した。さらにごく最近,がん抗体やある種の糖タンパク質が,エンドサイトーシスにより選択的にがん細胞に取り込まれる現象を可視化するプローブの開発にも成功した。実際本プローブと蛍光内視鏡を組み合わせることで,生きている動物個体内の1mm以下の微小がん部位を,明確に検出することにも成功した。

 本研究会では,演者らが確立した蛍光プローブの設計法から,その活用による種々の蛍光プローブの開発事例,また開発したプローブを活用した生細胞イメージング・in vivoがんイメージング例まで,幅広く紹介する。

 

(2) 蛍光タンパク質テクノロジーの展望 -観て触って探る生命の不思議-

永井健治(北海道大学・電子科学研究所・ナノシステム生理学)

 我々は,生体分子,細胞レベルの生命現象を研究対象として,遺伝子工学技術に基づく生体分子可視化技術を駆使して,個体の発生や刺激受容と応答に関わる分子間・細胞間相互作用を明らかにすることを大きな研究テーマに掲げている。個々の分子,個々の細胞のふるまいを生きた状態で可視化するのみならず,フェルスター共鳴エネルギー移動などを利用した細胞内斥候分子を細胞内や組織内のあらゆる部位に放つことによって,細胞内シグナル伝達を担うタンパク質のリン酸化状態や細胞内カルシウムイオン濃度の変化といった細胞内シグナルの流れを可視化し,さらには操作する。生体分子や細胞の相互作用を生きた状態で可視化・操作するアプローチは,ナノスケールの分子ネットワークによって構築されている動的システムとしての生命現象を解明するための大きな流れとなるはずである。

 本研究会では細胞内の生体分子動態をより高感度に可視化解析するための蛍光プローブとそのようなプローブ作成を迅速に行うことが可能な新しいDNAコンストラクション法,さらに光照射により任意の時空間で特定のタンパク質を不活性化する方法などを紹介し,これらの技術を総動員することで可能になる,ナノ-マクロスケールの階層間イメージングについて議論したい。

 

(3) Imaging the activity patterns of identified single neurons

佐藤 隆(Janeria Farm)

 Nearby neurons, sharing the same locations within the mouse whisker map, can have dramatically distinct response properties. To understand the significance of this diversity, we studied the relationship between the responses of individual neurons and their projection targets. Neurons projecting to primary motor cortex (MI) or secondary somatosensory area (SII) were labeled with red fluorescent protein (RFP) using retrograde viral infection. We used in vivo two-photon Ca2+ imaging to study the responses of RFP-positive and neighboring L2/3 neurons to whisker deflections. Neurons projecting to MI displayed larger receptive fields compared to other neurons, including those projecting to SII. Our findings support the view that intermingled neurons in primary sensory areas send specific stimulus features to different parts of the brain.

 

(4) 脊髄小脳失調症14型(SCA14)の原因となる変異gPKCは
初代培養小脳プルキンエ細胞樹状突起の縮小とスパインの減少を引き起こす

関 貴弘(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経薬理学研究室)

 2003 年に神経変性疾患の1つである脊髄小脳失調症14 型(SCA14)の原因としてgPKC遺伝子のmissense変異が同定された。我々はこれまでに変異gPKCを培養細胞株(CHO,SH-SY5Y)に発現させることにより,変異gPKCが凝集体を形成し,アポトーシスを誘発することを明らかにしており,これらの性質がSCA14の発症に関与していると示唆される。本研究ではSCA14の病変部位である小脳プルキンエ細胞(PC)に変異gPKCがどのような影響を及ぼすかを検討した。

 蛍光タンパク質GFP(Green fluorescent protein)を融合させた変異gPKC-GFPをマウス胎仔由来初代培養小脳PCに発現させた。胎生14日目のマウス胎仔から小脳を単離し,分散培養を行った。培養14日目(DIV14)もしくはDIV21にアデノウイルスベクターを用いて,PC特異的に野生型および2種類の変異gPKC-GFP(S119P,G128D)を発現させ,DIV28に細胞の観察を行った。

 野生型gPKC-GFPはPCの細胞体および樹状突起に均一に発現する一方で,変異gPKC-GFPの発現するPCの多くで変異gPKC-GFP凝集体が観察された。また,野生型gPKC-GFP発現PCと比較して,変異gPKC-GFP発現PCでは細胞面積,特に樹状突起面積の減少やスパイン密度の低下が観察された。これらの現象は凝集体の有無に関係なく観察された。一方,PCに発現した野生型gPKC- GFPは高濃度K+刺激により樹状突起において細胞質から細胞膜へと一過性の速いトランスロケーションを示したが,変異gPKC-GFPではこのトランスロケーションはほんのわずかしか観察されなかった。この原因を調べるため,FRAP(Fluorescent recovery after photobleaching)解析を行ったところ,PCにおいて変異gPKC-GFPは野生型と比較して,著しく流動性が低下していた。

 以上の結果より,変異gPKCは小脳PCでも凝集体を形成する一方で,凝集体形成とは無関係に樹状突起の形態,スパイン密度の低下といった形態的な変化を引き起こすことが明らかとなった。これらは,変異gPKCの細胞内流動性により刺激依存性トランスロケーションが障害された結果,樹状突起シグナル伝達に異常が生じる結果として引き起こされたのではないかと考えられる。

 

(5) Disrupted in Spine By Disrupted-in-Schizophrenia-1 (DISC1):
統合失調症の病因・病態としての後シナプス

林 朗子(Department of Psychiatry and Behavioral Sciences Johns Hopkins University)

 統合失調症は罹患率が高い難治性の疾患であり,遺伝学的影響が大きく,スパイン減少及びグルタミン酸伝達低下などが病態生理として知られている。しかし疾患関連遺伝子が,これら病態生理を惹起するメカニズムについてはほとんど未解明である。

 われわれは,スパインの減少と疾患関連遺伝子との関連を検証するために,疾患候補遺伝子のなかでも特に有力な因子,Disrupted-in-Schizophrenia-1(DISC1)がスパインに局在し,同部位の形態機能を担うRac1-GEF,Kal-7と結合することに注目した。野生型DISC1,Kal-7と結合出来ない変異型DISC1(DISC1-DKal-7),DISC1 RNAiなどをラット皮質初代ニューロンもしくは大脳皮質スライス培養に遺伝子導入法させた結果,DISC1 RNAiはスパインサイズを増大させる一方,DISC1過剰発現はスパインサイズを減少させることを見出した。DISC1-DKal-7は,スパイン形態に影響を与えなかったことより,スパインに対するDISC1の効果はKal-7との結合が重要であることが考えられた。一方で,長期にわたるDISC1ノックダウンは,シナプスサイズの減少が生じることを見出した。Rac1の構成的活性型も二相性の現象を示し(短期ではスパインサイズ増大,長期で縮小),かつRac1活性測定などの生化学的手法より,DISC1とKal-7の結合は神経活動依存的に解離することでRac1を活性化するという所見より,DISC1ノックダウンはRac1の構成的活性型,DISC1過剰発現はRac1のドミナントネガティブ型のPhenocopyとの結論に至った。

 Kal-7とRac1の発現量は統合失調症の死後脳で減少していることが報告されているため,グルタミン酸受容体/DISC1/Kal-7/Rac1シグナルが本症で脆弱なシグナル伝達経路であることが示唆される。この様な複数の関連因子の相加効果は,多因子遺伝病である統合失調症の性質と良く合致する。DISC1の発現量は,過剰/過少ともに長期的にはスパインサイズ/密度の減少を惹起することと,上記Pathway,および統合失調症の病態との関連は,In vivoの解析(行動実験等)が待たれる。

 

(6) 脊髄小脳変性症14型の原因遺伝子であるPKCgのミスセンス変異体は,
マウスプルキンエ細胞における登上線維シナプスの除去とLTD誘導を阻害する

入江智彦(群馬大学大学院・医学系研究科・神経生理学分野)

 脊髄小脳変性症14型は運動失調を主徴とする神経変性疾患であり,原因遺伝子はprotein kinase Cg(PKCg)のミスセンス変異体(mutant-PKCg)である(Chen et al., 2003)。小脳においてPKCgはプルキンエ細胞のみに発現する(Saito et al., 1988)。mutant-PKCgを培養プルキンエ細胞に発現させると,樹状突起の発達に障害を与え,更にはアポトーシスを引き起こす(Seki et al., 2009)。このような現象は脊髄小脳変性症14型の発症原因となっている可能性があるが,未だ培養系の実験に留まっている。そこで,mutant-PKCg発現がin vivoプルキンエ細胞にどのような影響を与えるのかを検討するために,レンチウイルスベクターを用いて,発達期マウスの小脳プルキンエ細胞にmutant-PKCgを発現させることで検討した。

 PKCg欠損マウスでは,成熟段階においてもプルキンエ細胞に対する登上線維の多重支配が見られる(Kano et al., 1995)。そこで,mutant-PKCg発現が登上線維シナプス除去に与える影響を検討した。生後6~7日の幼弱マウスのプルキンエ細胞にmutant-PKCg発現させ,生後25日以降に小脳スライスを作成してパッチクランプ法により解析した。登上線維刺激で誘発されるEPSCは,刺激強度の増加に伴ってステップ状に振幅の増加を示した。このことは1個のプルキンエ細胞に複数の登上線維がシナプス形成していることを示している。一方,平行線維刺激で誘発されるEPSCに対してはmutant-PKCgは影響を与えなかった。以上より,発達期のプルキンエ細胞において,mutant-PKCgは登上線維シナプスの除去に異常を引き起こすことが分かった。

 小脳プルキンエ細胞と平行線維間のシナプスで生じる長期抑圧現象(LTD)は小脳の運動学習機能に重要である。そこでmutant-PKCg発現がLTD誘導を障害するか否かを検討した。平行線維刺激と細胞体脱分極刺激の組み合わせによりLTD誘導を行ったところ,野生型PKCg発現細胞ではLTDが誘導されたのに対し,mutant-PKCg発現細胞ではLTDの誘導が障害されていた。このことはmutant-PKCgの発現がLTD誘導に必要なシグナルカスケードを何らかの形で阻害している事を示唆している。

 今後は,mutant-PKCgの発現が登上線維シナプスの除去やLTDの誘導阻害を引き起こすメカニズムを明らかにする予定である。

 

(7) シナプス外グルタミン酸動態の可視化解析

大久保洋平(東京大学大学院・医学系研究科・細胞分子薬理学)

 グルタミン酸は中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質である。従来,グルタミン酸はシナプス間隙内に限局し“point-to-point”のシナプス伝達のみを担うと考えられてきた。しかしながら近年,シナプス間隙から漏れ出したグルタミン酸が,シナプス外部に存在するグルタミン酸受容体を活性化することで,様々な神経・グリア細胞機能に関与することが報告されている。このようなグルタミン酸による“volume transmission”の理解には,シナプス外部におけるグルタミン酸の時間的空間的な動態を解明することが欠かせないが,これまではグルタミン酸濃度を間接的に推測するしかなく,十分な知見が得られていなかった。本研究では,グルタミン酸動態を直接可視化するために,GluR2サブユニットのグルタミン酸結合ドメインと蛍光色素をハイブリッドした,グルタミン酸指示分子(EOS)を新規に開発した。大脳皮質,海馬および小脳のスライス標本の細胞外空間にEOSを固定化し,シナプス活動に伴うグルタミン酸動態を二光子励起顕微鏡により観察した。生理的条件のシナプス活動に伴い,シナプス外グルタミン酸濃度が局所的にマイクロMレベルに上昇し,それが数十ミリ秒間滞留することを見出した。さらにin vivoの大脳皮質体性感覚野において,後肢からの体性感覚入力により同様のグルタミン酸動態が惹起されることを明らかにした。このようなグルタミン酸動態はNMDA受容体や代謝型グルタミン酸受容体を活性化するのに十分であり,生理的なシナプス活動に伴い,これらのグルタミン酸受容体を介したシナプス外伝達が行われていることが示唆される。以上の知見はシナプス外グルタミン酸伝達研究の基盤となるものであり,シナプス間相互作用や神経・グリア相互作用の理解をさらに進めることが期待される。

 

(8) LPSを用いた末梢免疫系活性化によるミクログリアの形態変化と
スパインの変化

根東 覚(東京大学大学院・医学系研究科・神経細胞生物学)

 GFPを大脳皮質錐体細胞に発現するトランスジェニックマウスを利用したin vivo imagingにより,生体内での興奮性シナプス後部の指標であるスパインの生成・消失の機構が明らかになってきた。我々の研究室では海馬スライス培養標本においてアストログリアの微小突起による直接接触がスパイン寿命と形態の成熟を促進するという結果を得(J.Neurosci., 2007),さらにグリア細胞によるシナプス動態制御の分子機構をin vivo観察を利用して解析することを試みつつある。頭蓋骨の処理方法によって皮質内のグリア細胞の活性化の程度が異なる可能性が2007年に報告されたため,より厳密な生体内でのスパイン生成・消失のモニターに適した手法であるthinned-skull法(菲薄処理を施した骨組織を介して二光子顕微鏡観察を行う方法)を本研究では採用した。

 まずコントロールでのスパイン動態を理解するため,2, 7, 28日間隔でin vivoスパイン観察を行った。各時間間隔でのスパイン変化率を計算した所,2あるいは7日間での変化率(短期変化率)は3%程度であり,28日間では6%程度に上昇した。短期変化率を全てのスパインに等しく適用するモデルを仮定すると28日間で積算される理論的な変化率(約30%)は実測値(6%)をはるかに上回るため,短期変化率に反映される速い動態は一部のスパインに限定されたものと考えられる。

 次に非特異的な免疫賦活作用を持つLPSを末梢投与することで,血液脳関門の外での急性炎症反応が果たして脳内でのシナプス動態に影響を及ぼしうるのか検討を行った。LPS投与群では,短期変化率はコントロールと大きな差はなかったが,28日間のデータで変化率がコントロールの2倍程度(約10%)に上昇した。短期変化率に有意の差がないことは,前述の速い動態を示すスパイン群へのLPSの効果は小さく,それ以外の安定なスパインの遅い変化を選択的に増強した可能性を示唆する。さらにLPS投与後28日間を1週間ずつに分けてスパイン変化率を測定しても有意の差が検出できなかった点も,速いスパイン変化に影響がないとする上記の仮説を支持する。

 緩徐なスパイン変化が,LPS投与後の急性炎症反応が収まった後にも持続する,グリア細胞の変化による可能性を検討した。LPS投与後にGFAP蛋白質の発現上昇を指標としたアストログリアの活性化は検出されなかったが,Iba1抗体によるミクログリアの形態に関しては持続的な変化が検出された。

 以上のデータはLPS投与によって引き起こされる緩徐なスパイン変化の維持にミクログリアの持続的な機能変化が相関する可能性,および両者の因果関係についての今後の検討の必要性を示している。

 

(9) S100Bを介したニューロン・グリア相互作用

平瀬 肇(理化学研究所・脳科学総合研究センター・平瀬研究ユニット)

 S100Bはアストロサイトに顕著に発現しているカルシウム結合蛋白質である。これまでのS100B遺伝子改変マウスを用いた先行研究から,S100Bがシナプス可塑性や記憶に関与していることが報告されている。今回,活動中の神経回路においてこの蛋白質の生理的役割を明らかにするため,野生型およびS100B欠損マウス間で,麻酔下および発作状態における皮質と海馬の自発脳波を比較した。

 皮質における徐波(0.5-2Hz)および海馬におけるシータ波(3-8Hz)および鋭波に伴う速いリップル振動(120-180Hz)といった典型的な脳波振動パターンが,両方の遺伝子型で観測された。これらの典型的な脳波振動パターンは振幅・周波数においてS100B遺伝的欠損の影響を受けなかった。しかし,カイニン酸腹腔内投与後(5-10mg/kg)に海馬CA1野放線層(str. Radiatum)で発生するガンマ波(30-80Hz)では,欠損型で振幅が顕著に小さかった。S100B欠損マウスにおけるガンマ波の振幅の減少は,S100Bタンパクの海馬への局所注入により回復することから,細胞外に分泌されたS100Bがガンマ波の振幅を上昇させることが示唆された。

 そこで,カイニン酸投与によって,実際にS100Bの分泌が増加するかどうか検証した。急性海馬スライス標本を作製し,カイニン酸(400nM)に30分間浸潤させたところ,細胞外のS100Bの濃度が約5倍上昇した。薬理実験により,このS100B分泌増加は神経活動の興奮に伴うシナプス放出によって代謝型グルタミン酸受容体3型が活性化されることに起因していることが明らかとなった。これらの結果から,通常の自発神経活動中では,S100Bは神経活動に顕著な影響を与えないが,カイニン酸により神経活動が十分に上昇した場合には,アストロサイトから細胞外に分泌されるS100Bの量が増加し,神経活動が調節されることがわかった。細胞外S100Bが神経細胞に直接的に及ぼす影響については,現在実験中である。近年,グルタミン酸やATP等の神経伝達物質を利用したニューロン・グリア相互作用が報告されてきたが,今回,初めてタンパク質を介したニューロン・グリア相互作用を提起する。

 



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