生理学研究所年報 第31巻
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11.大脳皮質局所回路の機能原理

2009年11月19日-11月20日
代表・世話人:宋 文杰(熊本大学大学院・医学薬学研究部)
所内対応者:川口泰雄(大脳神経回路論研究部門)

(1)
視床プロジェクト:視床運動核から皮質への投射
金子武嗣(京都大学大学院・医学研究科・高次脳形態学)

(2)
発達期小脳における神経回路形成のin vivo解析
喜多村和郎(東京大学大学院・医学系研究科・神経生理学)

(3)
発達期に見られる視覚経験依存的な視床-皮質投射の再編成
畠 義郎
(鳥取大学大学院・医学系研究科・機能再生医科学専攻・生体高次機能学部門)

(4)
神経活動依存的な皮質回路形成の制御機構
山本亘彦(大阪大学大学院・生命機能研究科)

(5)
視覚野抑制性シナプスの両方向性可塑性
小松由紀夫(名古屋大学・環境医学研究所)

【参加者名】
宋 文杰(熊本大学大学院・医学薬学研究部),畠 義郎(鳥取大学大学院・医学系研究科),金子武嗣,藤山文乃,日置寛之,古田貴寛,田中琢真,倉本恵梨子,越水義登,大野 幸(京都大学大学院・医学研究科),青木高明(京都大学・情報学研究科),野村真樹(京都大学・文学研究科),平井大地(京都大学・霊長類研究所),山本亘彦(大阪大学大学院・生命機能研究科),小松由紀夫,丸山拓郎(名古屋大学・環境医学研究所),喜多村和郎,河村吉信(東京大学大学院・医学系研究科),小島久幸(東京医科歯科大学・医歯学総合研究科),山下晶子(日本大学・医学部),小村 豊(産業技術総合研究所),坪 泰宏(理化学研究所),一戸紀孝(弘前大学・医学研究科),渡我部昭哉,定金 理(基礎生物学研究所),吉村由美子,冨田江一,畑中伸彦,古家園子,加勢大輔,石川理子,金子将也,坂野 拓,中川 直,川口泰雄,窪田芳之,大塚 岳,森島美絵子,重松直樹,植田禎史,平井康治,牛丸弥香(生理学研究所)


【概要】
 大脳皮質はヒトの多くの根源的な機能を果たしているが,その動作原理はいまだ謎に包まれている。大脳皮質の機能を理解するためには,その神経回路の「ハードウェア」と「ソフトウェア」を理解することがまず要求される。一方,大脳皮質機能のもう一つの本質は環境に対する適応能力で,可塑的であるとともに,安定性も併せ持つ優れたシステムである。本研究会では,大脳皮質のこれらの特徴に着目し,大脳皮質の異なる領野やその関連神経核について,異なる方法で研究を行っている研究者が集まり,各自の最新の研究結果を発表し討論することで,各皮質領野や皮質一般の機能原理の解明を目指す議論を深めることを目的としている。

 研究会では,まず,金子武嗣先生(京都大学大学院医学研究科)が細胞膜移行性緑色蛍光タンパク質を発現するSindbis virusを利用した単一ニューロンの軸索を完全に可視化できる新しい方法を紹介し,その応用例を示した。この方法は大脳皮質の「ハードウェア」を単一細胞レベルで解明するのに,これから大いに威力を発揮すると期待できる。一方,喜多村和郎先生(東京大学大学院医学系研究科)が2光子顕微鏡を利用した効率的なin vivoパッチ記録法について解説し,その応用例を提示した。この方法はin vivoにおいて大脳皮質の神経細胞とシナプスの統合機能や動的性質を解明するのに威力を発揮し,皮質の「ソフトウェア」の解明に役立つと期待できる。さらに,大脳皮質視覚野の可塑性について,名古屋大学環境医学研究所の小松由紀夫先生が抑制性シナプス伝達の長期可塑性の角度から,大阪大学大学院生命機能研究科の山本亘彦先生が神経活動と回路形成の角度から,鳥取大学大学院医学研究科の畠義郎先生が経験依存的な可塑性の角度から,それぞれ追究した研究成果が発表され,大脳皮質の可塑的性質とそのメカニズムの一部が示された。これらの研究発表に刺激され,二日間にわたって会場から大変活発な質疑応答がなされた。時間を気にせずに討論を続ける研究会の方針は参加者に特に好評であった。

 

(1) 視床プロジェクト:視床運動核から皮質への投射

金子武嗣(京都大学大学院・医学研究科・高次脳形態学)

 細胞膜移行性緑色蛍光タンパク質(palGFP)を発現するSindbis virusをニューロントレーサーに用いると,生体内での単一ニューロンの軸索を完全に可視化できる。この手法を中脳ドパミンニューロン・線条体投射ニューロンなどですでに使い始めているが,一方で研究室内では「視床プロジェクト」として,視床運動核(VA-VL)・VM核・MD核・外側膝状体・LP核・後核群・髄板内核群・前核群などの視床投射ニューロンへの応用研究を行っている。最近の視床運動核について知見は以下のようにまとまった:

(1) VA-VL核は小脳からの興奮性入力が強い部分(excitatory subcortical input-dominant zone EZ)と大脳基底核からの抑制性入力が強い部分(inhibitory input-dominant zone IZ)に分かれる。

(2) EZニューロンはIZニューロンよりも樹状突起が豊富である。

(3) IZニューロンは大脳皮質へ投射する際,軸索側枝を線条体に出力するが,EZニューロンは出力しない。

(4) IZニューロンもEZニューロンも共に,皮質運動野を含めて大変広い範囲に投射する。したがって,これらのニューロンは,感覚系視床ニューロンとまったく異なり,カラム状の情報処理をしていないと考えられる。

(5) IZニューロンは皮質の第1層にその出力の50%以上を投射するのに,対してEZニューロンは皮質中間層に出力する。したがって,IZニューロンのターゲットは2/3層あるいは5層の錐体ニューロンの尖状樹状突起であり,EZニューロンのそれは基底樹状突起であると考えられる。

 これらの所見から,運動関連皮質の神経回路について議論してみたい。また,VM核・MD核等についても,可能ならば議論して行きたい。

 

(2) 発達期小脳における神経回路形成のin vivo解析

河村吉信,中山寿子,喜多村和郎,狩野方伸
(東京大学大学院・医学系研究科・神経生理学)

 生後発達期の中枢神経系では,発達初期に一過性の過剰なシナプス結合が形成されるが,その後,必要な結合は神経活動依存的に強化される一方で,不必要な結合は弱化されて最終的に除去される。このような過程が,適正な機能的神経回路網の形成に必須であると考えられている(シナプスの刈り込み)。これまでわれわれは,発達期小脳における登上線維-プルキンエ細胞シナプスを刈り込みのモデルとして研究を行い,その分子細胞メカニズムを明らかにしてきた(Hashimoto and Kano, 2005)。しかし,発達期の動物個体(in vivo)の小脳におけるどのようなパターンの神経活動が,シナプスの刈り込みに関係しているのかという点はほとんど明らかではなかった。そこで,今回,in vivoホールセルパッチクランプ法を用いて,複数の登上線維支配をうける発達期小脳プルキンエ細胞から電気活動を記録し,その入出力を詳細に解析した。まず,発達期のプルキンエ細胞には複数の登上線維シナプスが同期的に入力すること,さらにこの同期入力はプルキンエ細胞にバースト状の発火(Burst spiking: BS)を引き起こすことを見いだした。また,BSに先行する複数の興奮性シナプス入力(EPSP)の強度を解析したところ,入力する個々のEPSPの強度はBSとのタイミングに依存することが明らかになった。さらに,発達に伴い,BS発生直前に観察されるEPSPの強度が選択的に増強していくことがわかった。これらの発見は発達期におこる選択的な登上線維入力の強化は発火タイミング依存的に決定されることを示唆している。

 

(3) 発達期に見られる視覚経験依存的な視床-皮質投射の再編成

畠 義郎(鳥取大学大学院・医学研究科)

 哺乳類視覚系の眼優位可塑性は,脳の経験依存的発達を理解するための強力なモデルである。生後初期に,一方の眼からの視覚入力を遮断すると,視覚野ニューロンは遮蔽眼への反応性を急速に失い,視床外側膝状体から視覚野への入力軸索のうち,遮蔽眼入力を運ぶものが顕著な退縮を示すとともに,視覚野上でのその投射領域が縮小する。

 一方,片眼遮蔽の際に皮質ニューロンの活動をGABA受容体作動薬で抑制しておくと,通常と逆に,皮質ニューロンは健常眼への反応性を失い,さらに健常眼の情報を運ぶ入力軸索が退縮する。このことは,視覚情報を運ぶ軸索が,標的ニューロンの反応を得られない時,すなわち無効であった場合に,それを淘汰する仕組みが働いていることを示している。さらに,ボツリヌス毒素により神経伝達を遮断した皮質でも,同様の視覚入力依存的な軸索退縮が観察されたことから,この変化は,シナプスを介した相互作用を必要としない,シナプス前メカニズムによると考えられる。

 この抑制皮質での可塑性の年齢依存性を確認したところ,ネコの眼優位可塑性のピークとされる生後24日付近では観察されず,臨界期の終盤である生後40日付近で強く観察された。このことから,抑制皮質に見られる軸索再編成は,発達期の後期にのみ発現する可能性が考えられる。すなわち,脳機能が獲得される時期の後に,それが神経回路の再編成により固定される可能性が考えられる。

 

(4) 神経活動依存的な皮質神経回路の形成機構

山本亘彦(大阪大学大学院・生命機能研究科)

 脳の発生・発達期において,軸索は適切な経路を成長し,標的領域に到達すると枝分かれ・シナプス形成することによって個々の神経細胞と結合する。この神経回路形成の過程において,転写調節因子の発現,引き続くガイダンス分子やその受容体分子の発現などの遺伝的要因がその基本構造を決定するが,一方神経細胞の発火やシナプス伝達による神経活動が重要な役割を果たしていることが示唆されている。これまでに,私たちは大脳皮質における主要な神経回路である視床皮質投射系において,視床軸索が層特異的に枝分かれを形成する分子機構が存在すること,ならびにその枝分かれ形成は視床ニューロンや皮質ニューロンの神経活動によっても制御されることを見出している。興味深い問題は,神経活動が及ぼす生理学的作用,ならびにその分子機構にあると言えよう。本研究会では,これらの問題に対するアプローチ,成果を紹介し,神経活動依存的な回路形成のメカニズムについて検討する。

 

(5) 視覚野抑制性シナプスの両方向性可塑性

小松由紀夫(名古屋大学・環境医学研究所)

 視覚野錐体細胞の抑制性シナプスでは機能が異なる2種類の両方向性の可塑的変化が起こる。一方は,覚醒と睡眠に伴う錐体細胞の反応性の増減に寄与すると考えられるものである。錐体細胞は覚醒時には少し脱分極して活動電位を繰り返し発生する。この状態をスライス標本で再現すると細胞体の抑制に長期抑圧が生じる。徐波睡眠時に見られる,膜電位の低周波振動とその脱分極相での活動電位発生により,細胞体の抑制に長期増強が生じる。抑圧はL型Ca2+チャネルの活性化によるGABAA受容体のシナプス膜からの除去により,増強はR型Ca2+チャネルの活性化によるGABAA受容体のシナプス膜への輸送により生じる。他方の可塑性は,シナプス活動を誘発に必要とし,経験依存的視覚機能の発達に寄与すると考えられる。シナプス前線維に高頻度刺激を与えると,興奮性入力と抑制性入力の相対的強さに依存して,抑制性シナプスに長期増強あるいは長期抑圧が生じる。シナプス後細胞が十分に脱分極しNMDA受容体が活性化されてCa2+濃度が上昇すると長期抑圧が起こり,NMDA受容体の活性化が不十分な場合には長期増強が生じる。長期増強の誘発には,シナプス後細胞のGABAB受容体の活性化,IP3受容体を介する細胞内ストアーからのCa2+放出,その結果シナプス後細胞から放出されるBDNFによるシナプス前部のTrkBの活性化が必要で,増強はシナプス前部に発現すると思われる。このように2種類のシナプス可塑性は分子機構も全く異なっている。

 



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