2009年5月28日−5月30日
提案代表者:北澤 茂(順天大・医)
世話人:筧 慎治(都神経研・認知行動)
所内対応者:伊佐 正,関 和彦(生理研・認知行動発達)
【参加者名】
岩村吉晃(川崎医療福祉大),相原孝次(ATR・脳情報),青木朋子(熊本県立大・環境共生学),安部川直稔(NTT基礎研・感覚運動),荒牧 勇(情報通信研究機構・バイオICT),安 琪(東大院・精密工学),池上 剛(東京大院・身体教育学),池田琢朗(生理研・認知行動発達),伊佐 正(生理研・認知行動発達),伊澤佳子(東京医科歯科大院・システム神経生理),石田文彦(富山高専・電気工学),一戸紀孝(弘前大・医),井上雅仁(順天堂大・医),内田雄介(早稲田大・スポーツ科学),宇野洋二(名古屋大院・機械理工),梅田達也(生理研・認知行動発達),大須理英子(ATR・脳情報研),大築立志(東京大院・総合文化),大藤智世(筑波大・人間総合・感性認知脳),大前彰吾(北大院・医・認知行動),大屋知徹(生理研・認知行動発達),岡本武人(群馬大・医・神経薬理),小幡哲史(大阪大院・医・予防環境医),垣内田翔子(山口大院・物理情報科学),香川高弘(名古屋大院・機械理工),筧 慎治(都神経研・認知行動),片桐和真(中部大院・情報工学),加藤寛之(東京大院・身体教育),加藤 龍(東京大院・精密機械工学),門田浩二(JST-ERATO下條潜在脳機能),金子将也(総研大・生命科学),金田勝幸(生理研・認知行動発達),彼末一之(早稲田大・スポーツ科学),苅部 淳(順天堂大・医),河島則天(国立リハ研・運動機能障害),神原裕行(東工大・精密工学),北佳保里(東京大院・精密機械工学),北澤 茂(順天堂大・医),木下 博(大阪大院・予防間環境医),金 祉希(生理研・認知行動発達),国松 淳(北大院・医),小池康晴(東工大・精密工学),鴻池菜保(京大霊長研・高次脳機能),Gowrishankar Ganesh(ATR・脳情報研),小金丸聡子(京都大・高次脳機能),五味裕章(NTT基礎研),近藤玄大(東京大院・精密機械工学),阪口 豊(電通大院・情報システム),櫻田 武(東工大院・総合理工),下門洋文(筑波大院・人間総合科学),杉山容子(筑波大院・人間総合科学),鈴木裕輔(奈良先端大・情報科学),関 和彦(生理研・認知行動発達),高浦加奈(生理研・認知行動発達),高草木薫(旭川医大・生理学),田桑弘之(放医研・分子イメージング),武田湖太郎(国際医療福祉大学病院・神経内科),武井智彦(生理研・認知行動発達),竹中一仁(東京大院・情報理工),田中真樹(北大院・認知行動),田中良幸(中部大・情報工学),東郷俊太(名古屋大院・機械理工),戸松彩花(都神経研・認知行動),内藤栄一(ATR・未来ICT研),長坂泰勇(理研・脳科学研),中陦克己(近畿大・生理学),南部功夫(奈良先端大院・情報生命),西丸広史(筑波大院・人間総合科学),野崎大地(東京大院・身体教育学),羽倉信宏(ATR・脳情報研),長谷川良平(産総研・脳神経情報),畑中信彦(生理研・生体システム),花川 隆(国立精神・神経センター・神経研),東登志夫(神奈川県立保健福祉大・リハビリ),平島雅也(東京大院・身体教育学),平田 豊(中部大・情報工学),平野 剛(大阪大院・予防環境医),廣瀬智士(京大院・人間環境学),深山 理(東京大院・情報理工),福村直博(豊橋技科大・情報工学),藤井進也(京都大院・人間環境学),藤井直敬(理研・脳科学総合センター),藤本 淳(京都大院・認知行動),舩戸徹郎(京都大院・人間環境学),星 英司(玉川大・脳研),松下光次郎(東京大院・精密機械工学),三浦哲都(東京大院・総合文化),三島健太郎(順天堂大・医),水口暢章(早稲田大院・スポーツ科学),美馬達哉(京都大院・高次脳機能総研),宮下英三(東工大院・総合理工),宮地重弘(京大霊長研),村田 哲(近畿大・医),村田 弓(産総研・脳神経情報),柳川 透(理研・BSI),山形朋子(玉川大院・工学),山崎 匡(理研・BSI・脳科学総合研究センター),湯本直杉(都神経研・認知行動),横井 惇(東京大院・身体教育),吉野−斉藤紀美香(産総研・脳神経情報),李 鐘昊(都神経研・認知行動),渡辺秀典(生理研・認知行動発達),岡本悠子(生理研・心理生理),北田 亮(生理研・心理生理),木田哲夫(生理研・感覚運動),岡澤剛起(生理研・感覚認知),坂野 拓(生理研・感覚認知),高原大輔(生理研・生体システム),吉田 明(生理研・多次元),廣川純也(基生研・脳生物),東島眞一(生理研・神経分化),槌矢正矢(京都大),宮原資英(生理研),中村 徹(其生研・脳生物),波間智行(生理研)糸数隆秀
【概要】
第三回になる本研究会には101人の参加があった。世話人は東京都神経科学研究所の筧慎治であった。参加者の平均学位習得後年は約5年であり,また工学・体育・リハビリテーションなど学際分野からの参加者が大半をしめた。従って,若手・中堅中心の学際分野を含めた参加者が多数集まるという目的は過去3年を通して達成されていると考えられる。また本研究会ではボトムアップ的な運営を行うという方針から,希望者には発表をしてもらうという新たな試みを行った。その結果,合計68の口演+ポスター発表があり,活気のある議論が行われた。第二回より開催した優秀発表賞などの試みも定着してきた。特別講演では長年体性感覚の研究に関わり,世界の研究をリードされてきた川崎医療福祉大学の岩村吉晃にお願いし,若い世代研究者にとっては今後の研究生活のよい指針となった。第二回ではランチョンシンポジウムにおいて,生理学だけでなく工学・心理学など学際分野で活躍しているPDや若手研究者に講演をいただいた。今年度はこの試みを発展させ,やはりPDなど若手中心の公募シンポジウムを企画し,興味深い4シンポジウムが行われた。若手研究者が自発的にシンポジウムをオーガナイズし,それをきっかけに研究コミュニティを深化させる試みは成功であった。
岩村吉晃(川崎医療福祉大)
体性感覚野の研究史,サル中心後回などにおける情報処理機構において明らかにされてきた知見について,解説がなされ,さらに最近のヒトでの研究についても説明が加えられた。特に,体部位局在的再現(Somatotopy),階層的情報処理(Hierarchical processing),肢節運動失行(Limb-Kinetic Aplaxia),触視覚統合などについてご自身の研究成果の中から運動制御と関連の深いテーマを中心に解説が加えられた。
オーガナイザー:筧 慎治(東京都神経研)
無知の知は理解の出発点である。運動制御について,我々は何を知らないのか? いくつかの専門分野における未解決問題をオムニバス的に取り上げ,なぜ重要か? 解決されたらどんな視界が開けるのか? ではアプローチは?・・・等について分かり易く解説し,運動制御の研究における我々の現在位置と今後について考えるきっかけを提供したい。
北澤 茂(順天大・医)
我々は1秒に3回もサッカードを行って外界の情報を取り入れている。網膜像はずれるにもかかわらず,周囲の世界は動かず,我々はサッカードしたことに気付きもしない。一方,目を指で押すと簡単に世界は動く。自分で足の裏や脇腹をくすぐってもくすぐったくない。しかし,他人にくすぐられるとくすぐったい。二人がペアになって相手の手を交互に押す。「相手に押されたのと同じ強さで押す」というルールを強調しても,押す強さはエスカレートする。これらの現象は皆,「運動指令の遠心性コピーが運動の結果として生じる求心性の感覚信号を打ち消す」という60年前の仮説で説明できる。しかし,神経系はやみくもに抑制をかけているわけではなく,「運動の結果」を精密に予測した情報操作を実施しているらしい。神経機構の一端は明らかになっているが,本質の解明はこれからである。この問題は自他の区別の問題にもつながる哲学的にも重要な問題だと感じている。
五味裕章(NTT基礎研・人間情報研究部,JST・ERATO下條潜在脳プロジェクト)
我々は日常生活の動きの中で,慣れた状況とことなる状況におかれたとき「違和感」とよぶ感覚を覚えることがある。私は,この違和感は顕在と潜在(あるいは意識と無意識)のインタラクションの1つの形態であろうと考えている。脳は階層構造の情報処理を行っているといわれながらも,比較的計算理論が整理されてきた顕在的な運動制御と,生理的・行動的現象は捉えやすい自動的で無意識的な感覚運動をスムーズに結びつける枠組みは十分整理されているとは言いがたい。違和感の情報処理を理解することは,それらを結びつける鍵の一つではないかと考えている。我々の研究室では,停止エスカレータ乗り込み時の動作変化と違和感を取り上げ,そのメカニズム解明を目指してきたが,そこから1つの仮説が浮かびあがってきた。本シンポジウムではその仮説や検証方法について議論いただければと考えている。
藤井直敬(理化学研究所)
これまで,皮質運動野における運動制御機構に関しては膨大な個別研究が行われてきた。それでは,私たちはその全貌を完全に理解したと言えるのだろうか? いや,むしろ,個別研究を幾つ積み重ねても,その全貌には辿り着けないだろうと言う研究者は多い。何故か? それは,個別の研究がそれぞれ微妙に異なる仮説を証明するための行動課題に基づいているからだ。行動課題とは,行動に関する拘束条件である。すなわち,過去の知見は,その各個別拘束条件に最適化した脳機能を語っているにすぎない。しかし,社会適応行動のように再現不可能,予測不可能な環境で行われる意思決定のメカニズムを従来のやり方で理解しようとするなら,無限の仮説を立て,それに答え続けなければならない。本シンポジウムでは,私たち研究者が,この心地良い無限地獄から脱し,見通しの良い新しい地平に立つために何が必要かを議論する。
西丸広史(筑波大)
哺乳類の神経生理学研究において,マウスには現時点で他の哺乳類と比較して遺伝子工学的手法によるアプローチがしやすいという利点がある。例えばこれまで,1)特定の遺伝子を欠損させたノックアウトマウスにおける生理学的解析,2)特異的な遺伝子を発現しているニューロン集団にGFPなどの蛍光タンパク質を発現させ標識したマウスを用いて可視下に同定したニューロンの電気生理学的研究などが行われて来た。また最近,3)特定のニューロン集団に異種由来のタンパク質(色素・リガンド・受容体)を発現させ,ニューロンの膜電位活動を制御するスイッチとして用いることでそのニューロン集団の神経回路での役割を明らかにする,といった研究が進められている。本シンポジウムではこれらのアプローチによる運動制御の神経メカニズムの研究における可能性について論じたい。
大須理英子(ATR脳情報研究所)
皮質損傷動物実験により,適切な訓練が脳神経系の可塑性を促し,損傷で奪われた機能を回復しうることが示されている。しかし,皮質下損傷が多くを占める脳卒中症例において,どの脳部位が回復に寄与するのか明らかではない。軽度片麻痺では,非麻痺手を拘束して麻痺手を強制使用することで,回復を促すことが実証されている(CI療法)。非麻痺手拘束により非損傷半球から損傷半球への抑制が解除され損傷半球の可塑性が上昇すると考えられている。一方,重度片麻痺では,非損傷半球の活動の上昇がみられることがあり,非損傷半球が同側の麻痺手の回復に寄与する可能性も示唆されている。そうであれば,重度片麻痺で非麻痺手を拘束するのは逆効果であり,両手協調運動を使った訓練が有効かもしれない。両側支配が多い近位の動きは回復が早く,同側経路による再学習が起こる可能性がある。これらが明らかになればより効果的なリハビリテーションが期待できる。
星 英司(玉川大)
サルとヒトを含む霊長類の前頭葉には,一次運動野と高次運動野がある。高次運動野は更に細分化されて,現在では,内側面には5つ,外側面には4つもの異なる領野があることが示唆されている。「何故このように多数の運動関連領野があるのか?」という疑問に対する答えは未だ見つかっていないが,これを見つけようと奮闘することは徒労ではないという点について議論したい。
関 和彦(生理研)
全ての運動は末梢の感覚受容器を刺激し,それらは感覚フィードバック信号として中枢神経系に伝達される。この情報は,遂行した運動のエラーを検出し運動指令をアップデートするのに使われている事はよく知られている。しかし,私は感覚フィードバックにはもう一つの役割,つまり運動指令としての役割があるのではないかと漠然と考えている。つまり,感覚フィードバック信号は高次中枢をバイパスして運動出力系を駆動する事ができる。脊髄反射や長潜時反射などはその顕著な例であろう。随意運動の際,一次求心神経は外部環境の変化によって多様な活動をすることが知られているから,それによって引き起こされる筋活動も多様なはずである。それなら,同様に環境に応じて多様なパターンで筋を動員できる下降性運動指令と同様,感覚フィードバック信号も運動指令と呼ぶことができるのではないか。このような末梢性運動指令と下降性運動指令は筋活動のどのような成分を生成しているのか? どのように共存しているのか? 興味はつきない。
筧 慎治(都神経研)
小脳に内部モデルがあり予測的な制御に貢献しているという考え方は,広く受け入れられて現在の運動制御の理解の基礎になっている。実際,小脳疾患における神経学的観察,モデルによるシミュレーションならびに機能的イメージングの全てが,この仮説を支持する疑いようもない状況証拠を提供している。しかし,このようなマクロな計算論レベルの仮説(Marrのレベル1)を,一歩進めて小脳神経回路に対応させ,ニューロン活動のレベルで理解しようと試みると(Marrのレベル2, 3)たちまち行き詰る。実は我々は本物の神経回路のダイナミクスを全く知らず,40年前のEcclesの認識にさえ及ばない事実に呆然とならざるを得ない。この状況は大脳皮質の多重ループネットワークのダイナミクスに目を転じた時,もはや絶望的な状況に見える。我々は,多くの力を結集し遥かな目標に至る戦略を立てる時期にある。
岡本武人,白尾智明,遠藤昌吾,永雄総一
(群馬大・院・神経薬理,理研脳センター・運動学習制御,OIST)
小脳LTDにNO-cGMP-PKGのカスケードが関与することが知られているが,PKGの基質のG-substrate(GS)の作用についての報告はない。先行研究より,6週齢のGS遺伝子欠損マウス(GS KO)の小脳スライス標本では,LTDが減弱することが報告されている。そこで6-12週齢のマウスを用いて,GS KOとWild-type(WT)の水平性視機性眼球運動(HOKR)の適応を比較した。スクリーンの回転刺激による訓練を1時間行うと短期の適応が誘発される。6週齢のGS KOはWTよりも短期の適応が低下していたが,12週齢では回復していた。1日1時間の訓練を4日間続けると長期の適応が生じるが,12週齢のGS KOはWTよりも長期の適応が低下していた。以上の結果は,NO-cGMP-PKG-GSのカスケードが12週齢での長期の運動学習に重要であることを示唆している。
戸松彩花,筧 慎治(都神経研・認知行動)
小脳は,大脳とともに運動制御に重要な役割を果たしていると言われ,有力とみられる仮説も立てられてきた。しかし,具体的にどのような役回りを担っているかに関する知見はまだ少ない。小脳の機能を論じるためには,小脳内部でどのような情報処理が行われているかの検証が有効である。小脳内のニューロンは,投射先ニューロンが規則的に決まっているため,同一の課題遂行に関する各ニューロンの活動を記録することにより,情報処理の流れを捉えることができる。我々のグループでは,右手首による8方向へのステップトラッキングを遂行中のサルの同側小脳半球部より4種類のニューロンの活動記録を行い,小脳内での情報の流れを追っている。今回は,小脳への入力(苔状線維)および小脳からの出力(小脳核)の細胞活動に関して,運動方向に関する情報解析を行い,その差異を見いだしたので報告する。
片桐和真1,田中良幸2,平田 豊1(1中部大院・工・情報,2中部大・情報科学研究所)
眼球運動に関わる小脳Purkinje細胞の単純スパイクは運動指令をコードし,運動の適応学習と平行してその発火パターンも変化することが知られている。本研究では,金魚を用い,眼球運動に関わる前庭小脳Purkinje細胞の単一神経活動記録を行い,その発火パターンにより直流モータの実時間適応制御を試みた。水槽に金魚を固定し,直流モータの目標回転軌道を金魚の頭部回転刺激として与え,モータ実現軌道と目標軌道の差(誤差)を視覚刺激として水槽壁面に投影した。これにより金魚の前庭動眼反射適応学習が誘発され,前庭小脳Purkinje細胞の発火パターンが視覚のブレを低減するように変化することが期待される。約1時間のPurkinje細胞活動連続記録により,直流モータ制御誤差が適応的に減少することが確認され,単一Purkinje細胞が生体以外の制御対象を適応的に制御できることが示された。
石田文彦,村田 哲,阪口 豊
(富山高専・電気工学,近畿大・医・第一生理,電通大院・情報システム学)
感覚入力から運動発現までの脳内過程を環境の物理的時間に沿って理解することをめざし,情報量解析の手法を用いて,手操作運動中の頭頂連合野AIPと運動前野F5で観察された神経活動に含まれる3次元物体の形状に関する情報が課題遂行に応じて変化する様子を可視化した。その結果,AIP野対象-視覚運動型神経細胞群では物体注視区間で相互情報量のピークが現れるのに対し,F5の同タイプの神経細胞群はそれに遅れる形で相互情報量が徐々に上昇していくことがわかった。また,AIPの非対象−視覚運動型や運動優位型神経細胞群では物体把持に至る到達運動中にピークが現れ,F5視覚運動型神経細胞群でも同様の傾向が見られた。頭頂葉CIP野からAIP野を経てF5へ送られた視覚情報が運動パタンに変換されることが示唆されているが,本解析で見られたAIPとF5の相互情報量の時間変化は,この視覚運動変換過程を反映しているものと考えられる。
宮下英三(東工大院・総理工)
一次運動野のニューロンが,どのような情報をどのように表現しているかを理解することが,脳による運動制御を理解するため,あるいは脳からの情報を復号化するためには重要であると言える。歴史的に見ると,一次運動野の単一ニューロン活動が筋肉の活動量を反映しているとの報告があり,これに続いて,単一ニューロン活動には手先の運動あるいは手先力の至適方向が表現されているとの報告があった。しかしながら,至適方向には恒常性がなく,腕の肢位によって変化することが報告されている。このような現象は単一ニューロンによる至適方向の表現というフレームワークの中ではその原因を説明することは不可能である。本研究では,サル一次運動野のニューロン活動が関節トルクと関節角速度といった時間変数を情報表現している可能性を動物実験データの解析ならびに数値実験から検討する。
中陦克己,森 大志,村田 哲,稲瀬正彦(近大・医・生理,山口大・農・獣医)
大脳皮質における二足歩行制御機序の解明を目的として,無拘束のニホンザルに流れベルトの上で四足歩行と二足歩行を交互に遂行させ,歩行中の単一神経細胞活動を一次運動野から記録し,同時に筋活動を体幹・四肢から記録した。そして記録されたこれらの活動を,異なる二つの歩行様式の間で比較した。一次運動野の下肢領域から記録された殆んどの神経細胞は歩容の二足と四足を問わず,歩行周期に一致した相動的な発射活動を示した。しかし二足歩行中における発射頻度の頂値は四足歩行中に比べて高値を示し,その発射期間は短縮した。一方体幹・下肢から記録された二足歩行中の筋活動の振幅と活動時間は,四足歩行中に比べてともに増加した。以上の結果より,サルの一次運動野は二足歩行と四足歩行の遂行に際して共通の神経基盤を提供するが,二足歩行では瞬間−瞬間の下肢運動の精度を高めるためにより強く動員されることが示唆された。
門田浩二,五味裕章(JST-ERATO下條潜在脳プロジェクト,NTT基礎研)
到達運動中の視野背景運動が引き起こす腕運動応答(manual following response: MFR)の振幅は,環境に応じて機能的にモジュレートされることが知られている。その一例として,昨年我々は姿勢の不安定化に伴いMFR振幅が増大する現象を報告した。このモジュレーションの原因としては運動出力系の活性水準および視覚情報処理系の感度の変化が想定される。もし前者が原因である場合,モジュレーションは視覚刺激の特性を変化させても均一に生ずるはずである。そこで姿勢変化によるMFR振幅の変化を,時空間周波数の異なった複数のグレーティングモーションを用いて検討した。その結果,振幅の変化は特定の時空間周波数(10Hz, 0.2c/deg周辺)でのみで認められた。つまり,姿勢変化がこれらの時空間周波帯の視覚情報処理に影響を与えており,MFR振幅のモジュレーションを引き起こしている可能性がある。
安部川直稔,五味裕章(NTT基礎研,JST-ETRO下條潜在脳プロジェクト)
上肢到達運動中に視覚運動刺激が提示されると,その刺激方向に反射的な腕応答が生ずる(MFR)。我々はこれまでに,視線と到達目標の空間的関係性に応じて,MFRの大きさが修飾されることを示した。本発表では,このゲイン修飾が“いつ”行われるかの検討について報告する。実験では,到達運動中にサッカードを行い,上記関係性の変化に応じたMFRゲイン更新の有無について調べた。その結果サッカード直後に,その更新に応じたMFR修飾が観察され,MFRゲインは実時間で更新されることが示唆された。またサッカードの開始直前に提示された視覚刺激に対するMFRについては,ゲインダウンのみ更新された被験者が2名,ゲインアップのみが3名,両方向が1名であった。このことから,サッカード準備に関連した信号が予測的にMFRゲインを更新し得るが,この場合の更新方向については,被験者依存の非対称性があることが明らかとなった。
美馬達哉,Mohamed Nasreldin Thabit Hamdoon,
植木美乃,小金丸聡子,福山秀直
(京大院・医・高次脳)
TMSによる一次運動野(M1)刺激と感覚刺激によるM1への入力を組み合わせた対刺激を反復すると,ヒトM1での長期増強様の可塑性が誘導できることが知られている。本研究では,視覚刺激による単純反応時間課題を用いて,運動開始時間にあわせてM1へのTMSを施行する対刺激を行い(5秒間隔,20分),その介入前後でのM1興奮性の変化を検討した。運動開始50ms前にTMSを与えた場合には,有意なM1興奮性の増強が認められたが,50ms後では変化は認められなかった。この結果は,運動準備に伴うM1への入力とTMSを組み合わせた対刺激の反復によって生じる可塑性が,spike timing-dependent plasticityに類似した機構による可能性を示唆する。また,こうした手法は,リハビリテーション目的などに臨床応用できる可能性がある。
平島雅也,野崎大地(東京大・教育学研究科)
ヒトの身体運動は,様々な冗長性を含んでいる。結果的に生じる運動が同じでも,それを生み出す脳内過程が異なる可能性は十分にある。本研究は,視覚運動変換を用いてこの状況を作り出し,同じ運動に対して異なる脳内過程が存在しうることを示した。リーチング課題で2種類のターゲットを交互に提示し,右斜め30度のターゲットの場合には,右30度の視覚運動変換を与え,左斜め30度のターゲットの場合は,左30度の変換を与えた。この課題を達成するには,左右どちらのターゲットに対しても,手をまっすぐ前に動かさねばならない。被験者は,結果的に生じる運動が殆ど同じであることに全く気づかない状態で,この視覚運動変換を学習した。さらに,この視覚運動変換がある状態で,それぞれのターゲットに相反する力場を課したところ,被験者は同時に適応することができた。これは同じ運動に対して異なる神経集団が動員されていることを強く示唆する。
舩戸徹郎,青井伸也,土屋和雄
(京大院・工・機械理工,京大院・工・航空宇宙,同志社・理工・エネ機)
歩行の運動学データを構成する主要な空間・時間基底を調べることで歩行運動の移動,安定化に作用する制御パラメータを推定する。関節位置の運動データを特異値分解すると,運動学的な特徴が似ているモードごとに分解され,各モードは空間基底と時間基底,及びその振幅の積で表現される。歩行データは平均姿勢とそれを中心とする2つの周期運動に精度よく分解された。異なる傾斜勾配下での分解結果を比較した結果,各基底は勾配変化に対して変動の小さいstereo typed patternであり,0次モードの振幅のみが勾配に従って上昇した。また時変モードによる重心の動きを計算すると,一方は重心を大きく動かし,他方は歩行周期後に重心位置の変動が残らないように動いた。それぞれの基底を運動制御と姿勢制御とする制御則を構成し,シミュレーション上で安定した歩行を確認した。
香川高弘,宇野洋二(名大院・工・機械理工学)
能動的な関節トルクを与えず離脚時の姿勢と速度のみで決まる弾道歩行は,ヒトの歩行の特徴をよく再現することが知られている。弾道歩行の考えに基づくと,離脚時の姿勢と速度がその後のスイング運動に重要である。そこで本研究では離脚時の重心位置・速度とスイング動作中の重心軌道の関係について弾道歩行のモデルシミュレーションと歩行計測データから解析した。弾道歩行シミュレーションにおいて,能動的なトルクなしで前方に移動可能となる条件が重心位置と速度の間の関係として表せることが分かった。また,歩幅や速度の異なる複数の歩行パターンにおいて,離脚時の重心位置と速度は条件を満たした。これらの結果は,前方変位に必要な重心位置と速度の関係は効率的で安定な歩行のための離脚時の重心の制約を予測できることを示唆する。
東郷俊太,香川高弘,宇野洋二(名大院・工・機械理工学)
人間が自然に行う動作において,どのような制御が働いているのか,またどのような方策をとっているのだろうか。その中でも本研究では,片手でコップに入った水をこぼさずに運ぶという動作をとりあげて,身体各部位の運動軌道を計測・解析し,そのメカニズムにアプローチする。人間がこの動作を実現するために手先部分の振動を小さくしていると予想し,三次元位置計測装置を用いて被験者がコップの水を運ぶ動作を計測した。水が入っている場合と入っていない場合の身体の各部位の位置,速度,加速度,ジャークを比較した結果,ジャークの差が特に大きいということが分かった。さらに足元から手先に向かうにつれてジャークが段々と小さくなっているという結果も得られた。また,歩行周期に対応してジャークの値が小さくなるタイミングも見出された。これらの結果の要因として,関節スティフネスの調整と緩和のタイミングのメカニズムを考察した。
河島則天,中澤公孝(国立リハセンター)
半身性感覚脱失を呈する脳卒中患者の,極めて興味深い歩行パフォーマンスについて報告する。この患者は歩行運動や粗大運動に関して少なくとも見かけ上は円滑に実現できているようであるが,本人の内省によると,歩行運動開始後,約1分程度を経なければ歩行が安定せず,この過程は毎回の歩行開始時に生じるという。そこで,5分間の歩行を1分間のごく短い休息を挟んで3セット反復する運動を用いて歩行中のストライドインターバルを計測し,その変動を検討した。その結果,被験者の内省に一致して歩行開始後徐々にストライドインターバルが安定していく過程が認められ,一定のインターバルに収束するタイミングは本人が歩行が安定した,と回答するタイミングに良く一致した。興味深いことに,2セット目,3セット目にも同様に認められた。この現象の発現機序について,①歩行運動における感覚情報の役割,②内部モデルの修正と更新,という側面から考察する。
垣内田翔子,橋爪善光,西井 淳(山口大院・理工)
生体は熟練した運動を行なう際,無数にとれる運動軌道の中からほぼ同じ軌道を毎回選択する一方で,試行毎に若干の軌道のばらつきも観察される。本研究では,ヒトの歩行時の脚関節角度のばらつきの解析を行なった。その結果,腰・膝・踝関節の協調によって腰に対する足先の鉛直成分の位置のばらつきが歩行周期全体に渡り小さく抑えられていることがわかった。特に,遊脚中期の最も足部が床に近づく瞬間及び遊脚終了直前に関節間協調は顕著に見られた。また,接地時の足部の速度が一歩毎にばらつかないように関節間協調が働いていることもわかった。これらのことから,接地の準備を行なう遊脚終期等歩行の安定化に重要なタイミングにおいては,関節間協調が働き,足先位置が巧みに調節されていることがわかった。
オーガナイザー:大前彰吾(北大院・医学研究科)
脳が時間情報をどのように処理しているのか,という疑問は歴史が長い。しかし眼や耳のような固有の入出力器官がない時間は,脳内に独立した情報処理システムが存在するか否かですら定かではない。本シンポジウムではタイミングとリズムに焦点を当てた。タイミングの制御には,大脳皮質,小脳,基底核,視床など様々な部位の関与が報告されている。分散した複雑なシステムの研究には,知見の積み上げとそれらの包括的なまとめが必須である。そこで,本シンポジウムではまず“前頭葉のタイミング制御に果たす役割”を電気生理学的に調べた研究を紹介する。次に“タイミング制御を可能にするニューラルネットワークモデル”の研究を紹介する。最後に,“リズムの制御機構”の研究を紹介する。リズム制御は単にタイミング制御の繰り返しではないと言われている。リズム制御とタイミング制御の比較もこれからの重要な課題である。
湯本直杉(都神経研)
時間長の情報が脳においてどのように処理されているか調べるため,時間再生課題を構築し,課題遂行中のサル前頭前野皮質から神経活動記録を行った。課題において提示される時間情報は2秒,4秒,もしくは7秒間であり,Instruction Cue LEDの点灯持続時間によって表される。Go Signal出現後,サルはInstruction Cueによって提示された期間と同じ時間長だけ待機した後にボタンを押す。この課題を遂行中のサル前頭前野内側面(9野)から時間長に特異的な神経活動が記録された。試行結果の正否により,Post-instruction期間中の発火率に有意な差が見られ,また9野へGABAアゴニストであるムシモールを注入した結果,課題試行時の失敗率に有意な増加が見られた。これらの結果から,前頭前野皮質が時間情報の認知と再生に大きく関わっている可能性が示唆される。
國松 淳(北大院・医学研究科)
われわれは自ら意図したタイミングで運動を開始することができる。自発運動の発現に前頭葉内側部が関与しているとの報告は数多いが,どのような信号によってそのタイミングが制御されているかはわかっていない。運動性視床の運動準備期間の神経活動が,自発性眼球運動のタイミング制御に関与していることが最近明らかにされた。これらの信号は前頭葉内側部に送られ,自発運動のタイミングを制御している可能性がある。我々は,一定のタイミングで自発的に運動を開始させる課題(Self-timed課題)と視覚刺激に応じて即座に運動を開始させる課題(External課題)をサルに訓練し,運動準備期間に前頭葉内側部の微小電気刺激を行った。その結果,External課題とくらべて,Self-timed課題で大きく運動潜時が変化し,前頭葉内側部の運動準備期間の神経活動によって自発的な運動のタイミングが制御されていることが示唆された。
大前彰吾(北大院・医学研究科)
経過時間の予測と検出は日常生活においても重要である。様々な部位の時間情報処理への関与が報告されてきたが,眼球運動の高次中枢である補足眼野については知見が欠けていた。補足眼野に経過時間の表現があるかという疑問に迫るため,500~800ミリ秒のランダムな遅延期間の直後にサッカードする課題を2頭のサルに訓練した。遅延期間は標的が提示されてから固視点消失(Goシグナル)までとした。課題中の活動を補足眼野の神経細胞155個から記録した結果,遅延期間の長さとGoシグナルの前300ミリ秒の期間の発火頻度が有意に相関した神経細胞は48(31%),またGoシグナルの後300ミリ秒の期間の発火頻度と有意に相関した細胞は34(22%)だった。しかし,これらの活動は運動の反応時間とは相関しなかった。これらの活動は運動の開始自体よりは,むしろ経過時間の予測や検出などの時間情報処理へ貢献していることが示唆された。
山崎 匡(理化学研究所)
複雑で滑らかな運動は体中の無数の筋肉を正しいタイミングで作動・停止することで実現される。そのため,タイミング制御はあらゆる運動に必要不可欠であり,運動制御において重要な役割を担っている小脳にはその機構が備わっていると考えられている。小脳のタイミング機構は瞬目反射の条件付け課題で実験的にも理論的にも深く研究されており,これまでに多くの数理モデルが提案されてきた。本発表ではまずこれまで提案されてきたタイミング機構の小脳モデルを概説し,それらのモデルがどのようにしてタイミングを学習し瞬目反射の条件付けを説明するのか紹介する。さらに我々のグループが提案している小脳のLiquid state machineモデルについて,その計算機構とそれを用いたタイミング学習の仕組みを説明する。最後にタイミング学習に限定しない,小脳のより一般の計算機構についても簡単に触れる。
鴻池菜保(京大・霊長研)
円滑な運動をおこなうためには,ひとつひとつの動作を正確におこなうだけでなく,一連の運動をリズミカルにおこなうことが重要である。今まで,心理学的研究やイメージング研究によって,ヒトのリズム運動における行動特性や関与する脳領域があきらかになっている。しかしこれらの手法では,それぞれの脳領域で,どのように運動のリズムが制御されているか,という疑問に直接答えることはできない。リズム制御の神経機構を細胞レベルで解明するためには,リズミカルな運動課題を遂行中のサルの脳活動を電気生理学的手法で記録することが不可欠である。しかし今まで,サルがヒトと同じようにリズム課題をおこなえるかさえわからなかった。今回,電気生理学的実験に先立ち,サルをリズミカルなボタン押し課題を用いて訓練し,その行動特性を明らかにしたので報告する。
大藤智世,竹村 文(筑波大院・人間総合・感性認知,産総研・脳神経)
我々は,運動学習のメカニズムを解明するために,サルの追従眼球運動を用いた研究を行っている。追従眼球運動は,視野の広い部分の突然の動きに対して,それを追いかけるような,短潜時で生じる眼の動きである。先行研究により,追従眼球運動の発現には大脳皮質MST野と小脳腹側傍片葉を含む経路が関与していることが示唆されている。これまで様々な眼球運動や腕運動を対象にして,小脳皮質が学習の座であることを示唆する研究が多くなされてきた。小脳学習仮説を検証するため,本研究ではまず,小脳の上流に位置し,小脳への入力を送っていると考えられるMST野から,追従眼球運動適応中の神経活動を記録した。その結果,ほとんどのMST野のニューロン活動は,学習の前後で学習の原因となる変化を示さなかった。すなわち,MST野では追従眼球運動の学習中も一定の信号が生成されており,MST野から小脳への入力は変化していないことが示唆された。
高浦加奈,吉田正俊,伊佐 正
(総研大・生命科学,生理研・認知行動発達,CREST・JST)
大脳皮質一次視覚野(V1)への損傷は対応する視野内での視覚的気づきの消失につながる。しかし一部の損傷患者では「盲視」と呼ばれる「視覚的気づきと乖離した視覚運動変換能力」が報告されている。「視覚的気づき」は作業記憶との密接な繋がりが示唆されており,損傷視野内では作業記憶は利用できないだろうと考えられてきた。本研究ではまず,盲視のモデル動物とされている片側V1切除サルが損傷視野内でも記憶誘導性サッケードが可能であることを示した。続いてその神経基盤を調べるために同課題遂行中に上丘から単一神経細胞記録を行ったところ,損傷同側上丘の多くの神経細胞で遅延期間中に持続性の発火活動が観察された。このような持続性発火活動は健常な脳では主に皮質領域で報告されてきている。以上の結果からV1損傷後も空間作業記憶が利用可能であること,またV1損傷後には損傷同側上丘が皮質領域の機能を一部補償している可能性が示された。
池田琢朗,吉田正俊,伊佐 正(生理研,CREST・JST,総研大)
視覚対象に対するサッケード眼球運動は,その速さにも関わらず極めて正確であることが知られている。様々な研究の結果から,サッケード眼球運動はその最中になんらかの制御を受けており,それによりばらつきを抑え正確性を高めていることが示唆されているが,その神経基盤は未だ明らかではない。これを調べるために我々は一次視覚野を片側的に損傷したモデル動物を用いてサッケード眼球運動を解析した。この結果,健常側へのサッケードにおいては運動速度のばらつきを補正するように運動の持続時間が変化していた一方で,損傷側へのサッケードにおいては速度に関わらず持続時間はほぼ一定でありその結果運動が不正確になっていることが明らかとなった。この結果は一次視覚野の損傷によってサッケード眼球運動中の補正的な制御が傷害されることを意味しており,視覚野を介したリアルタイムの運動制御機構の存在を示唆するものである。
伊澤佳子,鈴木寿夫,篠田義一(東京医科歯科大院・医・システム神経生理)
動物は,視野内に興味ある物体が出現するとサッケードを行い視標を中心窩に捉えて注視する。前頭眼野は従来サッケードの発現に重要な役割を果たすことが知られているが,我々は最近微少電流刺激により視覚誘導性サッケードを抑制する部位が前頭眼野に存在することを明らかにした。本研究では,この抑制部位において,特に注視中に強い持続発火を示す注視ニューロンの神経活動を解析した。この注視ニューロンの活動は,注視中に視標を消しても継続したので,網膜中心窩の光刺激に対する視覚性応答ではなく注視行動そのものに関連していると考えられる。また,注視ニューロンの発火は通常,視覚誘導性および記憶誘導性サッケードの開始に先行して減少することがわかった。前頭眼野のサッケード抑制部位では注視ニューロンが多数記録されたことから,この部位は注視の際に働き,視野内に現れる視標に対して反射的に起こる眼球運動の抑制に関わるものと考えられる。
伊佐 正,Penphimon Phongphanphanee, Robert Marino,
金田勝幸,柳川右千夫,Douglas Munoz
(生理研・認知行動発達,カナダ・クイーンズ大,群馬大・遺伝発達行動学)
視覚空間内の特定のターゲットを選びだすtarget selectionの過程においては,空間を表現するマップの上でのwinner-take-allの機構が作用するモデルが立てられているが,このような機構が中枢神経系のどこに存在するかは明確でなかった。我々は今回マウスの中脳上丘の水平断スライスを作成することで上丘の浅層の視覚空間マップと中間層の運動ベクトルマップの構造を維持したままin vitroで解析する実験系を確立した。このようなスライス上の1個のニューロンからホールセル記録を行い,周辺を多チャンネルの刺激電極アレイで網羅的に刺激したところ,浅層においては近傍興奮,周辺抑制の明確なメキシカンハット型の構造があることが明らかになった。それに対して中間層では興奮が常に優位になっていた。以上の結果は上丘浅層にwinner-take-allの機構が内在していることを示唆する。
長谷川良平,長谷川由香子(産総研・脳神経情報・ニューロテクノロジー)
哺乳類の視覚的定位行動は単純な感覚運動反射ではなく,意思決定のような高次認知機能によって制御されている。我々は視覚的定位行動の脳内機構を調べるために,そのモデル課題として課題困難度(視覚的手掛かりのあいまいさ)を操作した視覚的手掛かりに基づいて左右に離れたレバーを選択する課題をラットに訓練した。各ラットにおいて課題遂行ストラテジーが安定するのを待った後,左右どちらかの上丘にワイヤー電極を埋め込んだ。まず覚醒自由行動下においてパルス状の微小電気刺激を行い,対側への頭部運動や移動などが誘発されることを観察した。さらに,同じ電極を用いて深麻酔下において通電による熱破壊を行った。その結果,特に課題難易度が高い場合,破壊した上丘と反対側のレバーが正解の試行での成績が悪化するのを観察した。これらの結果から,視覚的定位行動の意思決定に上丘が重要な役割を担っていることを示唆していることが明らかとなった。
小池康晴,米山和也,大石圭一,川瀬利弘,神原裕行(東工大・精密工学研究所)
接触タイミングの予測機構を解明するために,現実では起こらない視覚と触覚のタイミングがずれている環境での適応過程を実験的に調べた。視覚刺激は一定の重力加速度で,接触するタイミングを-60msec,あるいは60msecずらして提示し繰り返し試行を行った。その結果,被験者はほとんどタイミングのずれに気がつかずに60回程度の繰り返しにより接触タイミングの予測時間が触覚のタイミングに変化していった。
東登志夫,菅原憲一,木下 清,船瀬広三,笠井達哉
(神奈川県立保健福祉大,大阪大院・医・予防環境医,
広島大院・総合科学・人間科学,広島大)
運動イメージ(MI)想起中の大脳皮質運動野の興奮性変化に対するsize-weight illusion(SWI)の影響を,経頭蓋磁気刺激(TMS)による運動誘発電位(MEP)によって検討した。方法は,被験者に同じ重さ(300g)で大きさの異なる2つのbox(S:8×8×8, L:16×16×16cm)を第3者が精密把握で持ち上げている動画を見せながら,あたかも自分自身が動作を行っている様にMIを想起させた。TMSは映像においてboxが空間で保持されているタイミングに与え,右の第1背側骨間筋(FDI)と拇指球筋(Thenar muscles; TH)からMEPを導出した。実験は,SWIを経験する前後で実施した。その結果,経験前ではFDIのMEP振幅はL-box条件の方が有意に大きく,逆に経験後では,S-box条件の方が有意に大きな値を示した。THも同傾向を示したが有意差は認められなかった。
羽倉信宏,番 浩志,Ganesh Gowrishankar,山本洋紀,春野雅彦
(ATR脳情報研究所,Univ. Birmingham,京都大・人環)
ヒトが運動を行う際,動かす効果器の空間位置を知る必要がある。手運動では,多くの場合,運動の目標位置は視覚情報として与えられる(e.g. 目の前に置かれたコップ)。よって運動計画時にはまず手の初期位置を目標と同じ視覚の入力座標上で表現することが効率的だと考えられる。本研究では,「手位置は視覚と同じ座標上で表現される」という仮説を検証するため,脳機能画像法(fMRI)を用いて,視覚の位置情報を表現する領域(網膜部位再現領域)上で手位置情報が表現されるのかを調査した。脳活動測定中,被験者の手はマニピュランダムによって様々な位置に受動的に動かされた。被験者は目の前に画面上の注視点を注視した。一つの条件では手位置の変化に対応するカーソルが画面上に提示され(視覚あり条件),別の条件ではそのカーソルは提示されなかった(視覚なし条件)。本発表では,網膜部位再現の存在する後部頭頂領域を含む背側視覚領域に両条件で共通の活動が見られたという予備的な結果を報告する。
松下光次郎,横井浩史(東大院・工・精密機械工学)
本研究は,身体系と制御系の相互依存性から生じるダイナミクスに注目し,脚移動体のための運動制御方法論の構築を目指すものである。提案する方法論は,三次元動力学シミュレーション上で進化的計算法を利用した脚移動体の身体系と制御系の同時探索を行い,移動エネルギ効率(単位移動距離当たり消費するエネルギ量の効率)の良い脚移動体群を獲得,それら脚移動体に共通する身体的特徴および制御則を抽出するものである。駆動関節を1個のみ有する二脚・四脚移動体を対象とした検証実験の結果,移動エネルギ効率が良いモデルほど特定の身体的特徴に収束し,その身体的特徴がダイナミクスを有効利用し1駆動関節による多自由度運動を実現することを例証した。すなわち,高い相互依存性を有する制御則と身体的特徴が制御自由度・情報処理量の低減につながることを確認した。さらには,抽出された身体的特徴に基づく実機を開発し,その運動性能を実証した。
北佳保里,加藤 龍,横井浩史(東大院・工・精密機械工学)
従来,筋電義手の操作に対する習熟評価は,主観評価や識別率といったパフォーマンス評価が用いられてきたが,習熟過程を評価するには情報量が少ない。そこで,表面筋電位を用いることで習熟過程において人の内部で生じる微細な変化を捉えることが可能であること,人の運動パターンの変化とそのパターンの再現性が運動習熟に密接に関係することに着目し,筋電位から抽出した運動パターンの再現性と精度の2項組で習熟度を表す運動習熟度評価法を提案する。再現度はある動作を繰り返し行ったときの筋活動パターンのばらつき,精度は識別対象となる全動作の筋活動パターンの特徴空間上での重複度として定義した。筋電義手の操作中に習熟度と動作識別率を算出した結果,精度・識別率間に中から強い正の相関があり,さらに精度が高い場合は,再現度の高さが識別率の向上に影響を与えていることが明らかとなり,提案手法の習熟度評価指標としての有効性が示された。
青木朋子,福岡義之,木下 清(熊本県立大・環境共生学,大阪大院・医)
ピアノ等の訓練経験のない健常若年者7名を対象に,1指(示指,環指)及び2指交互操作(示指&中指,環指&小指)の最速タッピング課題を約1ヵ月間(週3回×4,計12回)にわたって訓練させ,指の運動機能トレーナビリティを調べた。毎回のトレーニングでは各条件1試行7秒間を10試行ずつ繰り返させ,十分な休憩後に各条件のタップ間間隔を調べた。その結果,4条件すべてにおいて,12回のトレーニング終了後にはトレーニング前に比べて有意にタッピングが速くなった。どの条件もトレーニング開始から2週間以内に急激な向上が見られたが,トレーニング前後での変化は,環指&小指で最も大きく,示指&中指,環指,示指の順に小さくなった。一方,トレーニング前後に測定した各指の最大摘み力に変化は認められなかった。これらの結果から,短期的トレーニングによる指の運動機能向上には主に神経系の発達が深く関与していることが示唆された。
三浦哲都,工藤和俊,金久博昭(東京大・総合文化)
リズム動作の感覚運動同期研究において全身動作を用いた研究は少ない。本研究では,音楽に合わせた全身動作の熟練者であるストリートダンサーとダンス未経験者に,全身動作による感覚運動同期課題を行わせ,そのメカニズムを検討した。課題動作として,ストリートダンスのダウンのリズム動作(ビートと膝屈曲を同時:DN),アップのリズム動作(ビートと膝伸展を同時:UP)を8種類の周波数(40, 60, 80, 100, 120, 140, 160, 180bpm)で行わせ,下肢の筋活動測定及び2次元動作解析を行った。課題動作の難易度評価では,DNよりUPの方が難しいと感じていた。膝関節角度,角速度を状態空間でプロットして,ビート時の位相角を算出し,DNとUPで比較した。すると,DNの方がUPより安定しており,UPは周波数が高くになるに従い,DNの位相角へと引き込み現象が起きた。これらの結果より,全身リズム動作にはDNとUPという2つの動作モードが存在していることが明らかになった。
平野 剛,三浦哲都,吉江道子,工藤和俊,大築立志,木下 博
(大阪大院・医・予防環境医,東京大院・総合文化・生命環境)
本研究では,表面筋電図を用いて金管楽器演奏における熟練者と未熟練者の筋活動の相違点について検討を行った。音楽大学でホルンを専攻している12名の熟練者群と,一般大学でホルンを趣味として演奏している10名の未熟練者群に,メトロノーム(bpm=80)に合わせて,(1)ロングトーン課題(1つの音を一定の長さ吹く課題)と(2)1オクターブ跳躍課題(音高の異なる2つの音を途切れることなく吹く課題)の2つの課題を実施した。5種の表情筋の平均筋活動を解析した結果,1オクターブ跳躍課題では3種の筋において,課題を成功させるための筋活動の変化量が未熟練者よりも熟練者のほうが少ないことが確認された。このことから金管楽器演奏においても,熟練者では少ない筋活動の変化で高度な課題を達成することがでることが確認された。高いパフォーマンスを維持するために,特に高い音高に対する筋活動の適切な制御の必要性が示唆された。
小幡哲史,深見のどか,植月 静,木下 博
(大阪大院・医・予防環境医,(株)ニッソーネット,西播磨リハ病院)
本研究ではfMRIを用いて歌唱を伴った表打ちと裏打ちにおける脳の賦活領域を明らかにし,それらの相違点について検討を行った。健常成人17名(男性3,女性14名)に,メトロノーム(bpm=105)に合わせて,(1)歌:1オクターブのスケールをハミング,(2)手:メトロノームに合わせて手拍子,(3)表打ち:ハミング+メトロノーム音に合わせて手拍子,(4)裏打ち:ハミング+裏打ち(メトロノーム音間の中間で手拍子)の4条件を2回ずつランダムに2セッション実施した。課題呈示は24.5sec,課題間に安静(24.5sec)を挟むブロックデザインを用いた。その結果,裏打ちは表打ちに比べて,右半球の補足運動野前方部(pre-SMA),運動前野,小脳,島,運動性言語野,左半球の補足運動野後方部(SMA-proper),小脳での活動が有意に上昇することが確認された。このことから,裏打ちは表打ちに対して,運動の計画性,準備,外部信号(メトロノーム音)の知覚や内的処理をより必要とすることが考えられる。
藤井進也,平島雅也,工藤和俊,中村仁彦,大築立志,小田伸午
(京大院・人間環境学,東大院・教育学・総合文化・情報理工学)
音楽を演奏するには,身体を巧みに制御する必要がある。熟練した音楽家は小さな音から大きな音まで音の大きさを自由に変化させることができるが,どのような制御ストラテジーを用いて音圧調節を実現しているのか明らかではない。本研究では,日本トップレベルのプロドラム奏者が片手ストロークで音量を多段階で調節する際の動作を測定し,5セグメント(体幹・上腕・前腕・手・スティック)16自由度モデルを用いて三次元動作解析をおこなった。その結果として,ドラム奏者は音圧を増加させるために,インパクト時のスティックの回転,手首の屈曲や尺屈,肘の伸展や回外の角速度を増大させていることがわかった。またインパクト時,つまり動作の最終局面におけるこれら身体遠位部の関節角速度を増大させるため,動作の初期段階における体幹や肩といった身体近位部の関節角速度を増大させていることがわかった。
オーガナイザー:深山 理(東京大・情報理工)
近年の技術的進歩に伴い,一回の実験で脳から記録可能な情報量は指数関数的に増大している。しかし,その膨大な情報を十分に活かした解析・応用技術は未だ発展途上にある。本シンポジウムでは,中枢神経系からの信号計測・解析の現場に携わる若手研究者が,各々の専門分野に基づき,以下の2点に着目した議論を行う。一つはBMIに代表される工学的応用,もう一つは,大域的な神経活動から得られるネットワークと認知機能の関係性について理解する試みである。両者は,脳の情報表現を解読し,我々にとって意味のある形態に変換する点で共通の要素を包含する一方,対象とするシステムのスケールが大きく異なる。すなわち,前者では身体各部の運動・感覚を単位とし,後者ではより大きなスケールでの認知が対象である。本シンポジウムでは,このような多面的スケールに基づくアプローチによる脳の理解について,参加者と議論を深めたい。
深山 理(東京大・情報理工)
大脳の情報処理において,可塑的な機能変化は計算機との間に大きな相違を与える特徴の一つである。本発表では,我々の開発してきた車体型Brain-Machine Interface「ラットカー」システムを用いた,脳に生じる機能変化の抽出法について考察する。ラットカーシステムでは,ラット運動中枢の細胞外電位と自発的な歩行特徴量を同時計測し,両者の対応関係が適応的に同定される。このとき,計測された神経細胞の担う機能の時間的変化が小さければ,両者の関係を示すパラメータは一定値へと収束することが想定されるが,実際には時間の進行につれてパラメータの変動が見られることが多い。これらの変動を観察すると,大きく3種類の傾向に大別されることが分かった。本発表では,このように計測信号波形から抽出される変動量が生理学的にどのような意味を持つのか(そもそも持ちうるのかも含め)検討したい。
加藤 龍(東京大・工学)
従来型のBMIでは,制御信号源として皮質電位,脳波,脳血流変化などが用いられるが,侵襲度と空間分解能・S/N比との間にはトレードオフがあり,また両極端な関係にある。そこで本研究では,低侵襲で計測可能な硬膜外神経活動に注目し,バランスがとれたBMIの実現可能性について検討した。まず,ラットの頭蓋骨・硬膜間に針電極を留置し,信号特性の検証を行った。急性実験の結果,安楽死前後の硬膜外電位の変化から,計測可能な信号強度や有効な周波数帯などの基礎的な知見が得られた。次に,慢性計測を行い,ラットの随意運動の状態と硬膜外電位を同時に計測可能な環境を整え,記録された硬膜外電位からパターン認識を用いた運動状態(安静,歩行,二足立ち)の識別を行った。その結果,運動状態に適した電極配置があること,2状態で80%,3-4状態で65%とチャンスレベルを大きく超える識別率となったことから,硬膜外神経活動計測を用いたBMIの実現可能性を示した。
竹中一仁(東京大・情報理工)
従来の神経活動の解析が外的なイベントに関連した神経活動の発見を中心に行われてきたのに対し,近年の多点同時計測技術の発達はその神経活動自身に内在する構造を抽出することを可能にしている。このような神経活動自身の構造を我々は関係性と呼ぶ。このような関係性の記述方法としてこれまでよく同期現象が扱われてきたが,これは一方法にすぎない。これに対し本研究では新たな関係性記述の方法として,統計的な因果関係の指標となるGranger Causalityを用いた解析を行った。サルから計測したECoGに対して,複数の電極間のある時間間隔における因果関係の強さを記述し,その因果関係のパターンが時間とともにどのように変化するかを調べた。その結果,日をまたいでも共通の特定のパターンが繰り返し現れ,さらにエサとりタスクの終了に伴って,このパターンが明確に変化することを見つけた。これは同手法が,関係性記述の一つとして有用であることを示唆している。
柳川 透(理化学研究所)
近年の多電極計測技術の進展により,脳の複数領野からの同時多点計測が可能になってきた。相互関係性は多点間機能理解の方法として重要な視点であるが,その標準的記述法は定まっていない。一方,同期現象は電極間の相互関係性を推定するための有力な指標と言われてきたが,同期現象によって相互関係性を記述する方法は確立されていない。そこで,本研究では,ECoGを用いて行動中のサルから計測された神経活動の同期現象を解析し,電極間の相互関係性を推定した。まず,我々は電極間に同期活動が見られる時,その位相角度分布に固有モチーフが存在する事を発見した。そして,固有モチーフの類似性に基づき電極をグループ分けすると,空間的クラスターが抽出でき,それがPFC, PM, M1などの解剖学的領野とほぼ一致することを見つけた。これは,同手法が,脳内ネットワーク機能の関係性記述の一つの方法として有用である事を示唆している。
オーガナイザー:櫻田 武(東工大)
左右脳半球は主に対側の身体制御に携わっていることが知られている。しかし,これらの制御系は脳梁などの神経接続を介してお互いに様々な情報のやり取りを行っており,協調的な両側運動を実現するための重要な役割を果たしている。また,このような左右制御系間にまたがる情報処理は,固定的な系により行われるのではなく,状況によって変化することが知られている。本シンポジウムでは,運動を生成する際には,制御対象となる身体部位だけではなく,その対側身体部位との関係性も考慮しつつ,必要に応じて脳内の情報処理が切り替えられているメカニズムについて検討する。具体的には,片手両手・左右の対称性や運動方向など,左右身体部位の相対関係が変化した際に,それぞれどのような情報処理の切り替えが行われているか議論し,その機能的側面を考察する。
櫻田 武(東工大)
両側運動の安定性などは,左右で駆動する筋の一致や動かす身体部位の運動方向の一致などに依存して変化することが知られているが,その具体的なメカニズムは不明な点が多い。本研究では,以上の特性を脳内に存在する拘束条件によって情報処理が切り替えられた結果であると捉える。また,左右制御系は脳梁に代表されるように神経接続が強く,左右制御系がこのような神経接続を介して相互作用している点に着目し,この相互作用が両側運動の特性を決定付ける情報処理であることを仮説としておき,そのメカニズムを検証した。結果から,運動指令など制御系からの出力情報だけでなく,運動計画などの上位制御系で処理される情報も,左右制御系間で相互作用しており,脳はこれらの相互作用に対して段階的に情報処理を調節している可能性が示唆された。これらの結果を踏まえ,両側運動制御系が有する情報処理の意味合いを考察していく。
横井 惇(東京大)
両腕で一つの物体を操作する動作を考えた場合,左右の腕は物体を通して相互に影響を及ぼし合うという複雑な力学的環境下にある。このような状況下で目的の運動を達成するためには,一方の腕の制御器が他方の腕の運動状況(ないし計画)を予め考慮に入れて働く必要があると考えられる。この問題に対し我々は,「両腕運動中において一方の腕の運動状況に応じて他方の腕の制御過程が切り替わっている」という仮説のもとに研究を行ってきた。成人を対象とした心理物理実験では,対称な両腕動作で獲得した運動学習効果が,非対称な両腕運動時にどの程度転移するのかを調べることによって,一方の腕の運動に応じた制御過程の切り替わりを示唆する結果を得た。また,複数の内部状態をもつ状態空間モデルを用いて実験結果の説明を試みた。
今回の発表では,これらの研究の結果を紹介しつつ,両腕運動における左右の情報の相互作用の機能的な役割について考察を行う。
荒牧 勇(情報通信研究機構)
両手運動は左右片手運動の単純な和ではない。両手運動では,脳梁による左右半球間結合,同側皮質脊髄路などの解剖学的構造により,左右の運動システムが不可避的に相互作用する。発表者はこうした相互作用は両手の協調運動を困難にする,というネガティブな側面だけではなく,協調パターンによっては情報共有によるコストの削減に役立つ,というポジティブな側面にも注目して研究を進めてきた。ここに両手運動の協調パターンと脳活動に関連する3つの研究を紹介し,両手の協調パターンによって各脳部位の活動が動的に変化することを示す。
(1)左片手運動時と両手鏡像運動時の左手運動制御系の活動差異
(2)両手運動時の脳活動と左右の片手運動時の脳活動の和の比較
(3)両手運動のパフォーマンスを運動開始時点の脳活動から予測する
吉野−斉藤紀美香,西村幸男,大石高生,伊佐 正
(産総研・脳神経情報・システム脳,ワシントン大・生物物理,
京大・霊長研・分子生理,生理研・認知行動発達,CREST/JST)
サル一次運動野において指の運動を制御する領域に高感度の順行性トレーサーを注入し,皮質脊髄路を下降する軸索が脊髄の第2頚髄から第2胸髄のどこにどれだけ投射しているかを定量的及び定性的に調べた。脊髄白質部において,約9割の軸索は注入部位と対側の背側側索に確認され,1割弱の軸索が同側の背側側索及び腹側前索に確認された。脊髄灰白質において,軸索投射及び神経終末部が確認されたのは主に対側のVI層からVII層とIX層であり,同側ではVIII層であった。神経終末部の多くは対側の第7頚髄から第1胸髄のIX層運動ニューロンプールにおいて確認されたが,軸索の投射が多くみられたのは第5頚髄から第7頚髄の対側VI層からVII層及び同側VIII層であった。これらの事から対側の手指の運動の制御には,運動ニューロンが分布する髄節よりも2~3髄節吻側に位置する介在ニューロンが大きく関与している事が考えられた。
金 祉希,関 和彦(生理研・認知行動発達,総研大・生命科学)
目的とする運動が正しく行われるためには,末梢からの感覚情報が適切に処理される必要があるが,その機構はよく知られていない。この感覚情報の調節機構,特に求心神経入力を制御する機構として,シナプス前抑制が古くから知られている。しかし,覚醒行動下の筋求心神経へのシナプス前抑制の評価方法(興奮性試験)は確立していなかった。そこで我々は,覚醒サルの手首随意運動中に橈骨神経深枝(DR)刺激に対する短潜時応答が認められる脊髄ニューロンを検索し,同定された脊髄内部位に微小電流刺激を行った。その結果,DRに装着してあるカフ電極に逆行性電位が記録され,覚醒サルの筋由来の求心性神経においても逆行性電位を記録できる事が初めて明らかになった。これは覚醒行動下の動物において筋由来の感覚入力に対するシナプス前抑制を評価できる事を示したものである。今後,運動課題の各局面における逆行性電位の詳細な解析から,運動課題の局面に依存した変化を検討する。
武井智彦,関 和彦(生理研・認知行動発達,総研大・生命科学)
霊長類における上肢随意運動の制御機構として,大脳皮質が脊髄運動ニューロンを直接的に制御する経路と,脳幹および脊髄介在ニューロンを介して間接的に制御する経路が存在することが知られている。それではなぜ中枢神経系はこのような複数の経路を用意しているのであろうか? 我々はこれらの経路の機能的差異を検討するため,把握運動中のサルから一次運動野(皮質-運動ニューロン細胞)及び脊髄介在ニューロンの神経活動記録を行い,両者の筋活動に対する影響を比較した。その結果,脊髄ニューロンは皮質ニューロンに比べて1) より多くの筋群の活動生成に関わっており,また2) 個々の筋に対してもより強い促進効果を持っていることが明らかとなった。これらの結果から,脊髄介在ニューロンを介した経路によって把握運動における基本的な筋活動パタンが生成され,さらに直接経路によってより微細な筋活動の調整が行われているという制御図式が示唆された。
高草木薫(旭川医大・生理学・神経機能)
手足や体幹の運動は脊髄反射経路を介して誘発される。特に,外界からの環境にリアルタイムに適応して運動を誘発するためには,体性感覚情報と上位運動中枢からの情報を統合して,目的とする運動とこれを実現させるための姿勢制御が必須となる。本研究では,筋緊張の調節に係る網様体脊髄路と末梢からの体性感覚とが脊髄レベルにおいてどの様に相互作用するのかを解析した。実験には,急性除脳ネコ標本を用いた。筋緊張を減弱させる網様体脊髄路からの興奮性入力を受け,その作用を運動細胞に伝える脊髄内抑制性介在細胞を電気生理学的に同定し,これに対する末梢からの感覚入力様式を解析した。その結果,筋緊張抑制を誘発する抑制性介在細胞は,屈曲反射経路からの多シナプス性の抑制作用と,骨格筋からのⅠ群線維からの単シナプスの興奮作用を受けることが明らかとなった。これらの成績から,姿勢と運動の統合における脊髄反射経路の機能的役割を考察する。
大屋知徹,Stephan Riek,Andrew G. Cresswell
(School of Human Movement Studies, The University of Queensland)
随意運動中の運動単位の動員域や発火頻度の活動様式について,高閾値の運動単位は速筋線維から構成されているため,強縮によって最大の筋力を発揮するには高頻度で発火する必要があるにも関わらず,低閾値の運動単位のほうが高頻度で発火すること(タマネギ層構造)が現在実験的に支持されている。この機能的要請と実験的観察に横たわる齟齬を検証するためにヒラメ筋からのBranched wire電極と用いて筋内へ電極を挿入し複数の運動単位の発火を記録し,Decompositionソフトを用いてこれを各運動単位の発火列に分解した。この結果,ヒラメ筋において高閾値の運動単位は,閾値下発火頻度や最大発火頻度において低閾値の運動単位を上回ることが示された。ヒラメ筋の運動単位は機能的要請にあった発火様式を示すことが明らかになったが,この発火様式に対する持続性内向き電流(persistent inward currents)の影響を,動員の最初と最後での発火頻度の違い(onset-offset hysterisis)から検討した。
田桑弘之,正本和人,ヨーナス・オーディオ,松浦哲也,小畠隆行,管野 巌
(放医研・分子イメージング,電通大・工,クオーピオ大,岩手大・工)
脳賦活に対する局所脳血流調節機構に関するげっ歯類を用いたこれまでの研究は,麻酔下の実験が主であり,脳賦活時の脳血管反応と運動動態を同時評価することが不可能であった。本研究では覚醒マウスの脳血管反応及び行動様式を同時かつ繰り返し長期間計測可能な実験系について報告する。実験にはC57BLマウス(5w~7w)を用いた。マウス頭蓋に自家製チャンバーを装着し,計測装置に固定した。自由回転が可能な発泡スチロール上にマウスを乗せ,ボールの回転量から運動量を評価した。頬ひげ刺激に対する脳血管反応を一次体性感覚野においてレーザドップラ法により連続計測した。同一個体において頬ひげ刺激に対する脳血流変化及び運動量を7日間繰り返し計測した。7日間の計測において脳血流変化に有意な変動が見られなかったが,運動量においては計測日によるばらつきが認められた。運動量と体性感覚野の活動には相関が認められなかった。
南部功夫,大須理栄子,佐藤雅昭,安藤創一,川人光男,内藤栄一
(奈良先端大院・情報,ATR脳情報研,京都府立医大・医,NICT)
近赤外分光計測画像法(Near-infrared spectroscopy: NIRS)は,可搬性があり,電気性のアーチファクトに強く,ランニングコストが安いなどの特徴から,他の装置との組み合わせはもちろん,NIRS単体だけでも簡便に脳機能を計測するインターフェースとしての利用が期待されている。しかしNIRSによる計測には血圧や脈波などの生体信号が背景ノイズとして混入してしまい,その計測精度が悪くなる危険性を持っている。そこで本研究では,非常に優れた汎化性を持ち,適切な信号成分のみを取り出すことができるスパース線形回帰を用いて,手指により発生させた異なる強さを持つ筋出力を単一試行で再構成することを試みた。その結果,スパース線形回帰によって筋出力は非常に良く再構成することができ,再構成は背景ノイズではなく生理学的に妥当な脳活動を使っている可能性が高いことが確認された。本研究の結果から,スパース線形回帰は背景ノイズが含まれる信号から課題に関連する脳活動を抽出することが可能であり,NIRS信号への解析方法として非常に有効であることが示された。今後,スパース線形回帰を利用した高精度NIRSインターフェースの実現が期待される。
村田 弓,肥後範行,西村幸男,大石高生,塚田秀夫,伊佐 正,尾上浩隆
(産総研・脳神経,ワシントン大,京大霊長研・分子生理,
浜松ホトニクス・中央研,生理研・認知鼓動発達,理研・分子イメージング)
脳損傷後にリハビリ訓練が行われるが,その回復のメカニズムは明らかになっていない。運動機能の回復がリハビリ訓練によって促進される事を明らかにするために,サルの第一次運動野(M1)損傷モデルを使用した。M1の手領域にイボテン酸を注入して不可逆的な損傷を作成した後,運動訓練の有無によっておこる回復過程の違いを調べた。損傷直後は把握動作が不可能であったが,訓練群では1ヶ月半程度で精密把握が回復した。一方,非訓練群は精密把握の回復が認められなかった。この結果から,運動訓練がM1損傷後の運動機能の回復を促進することが示唆された。また,M1損傷後に精密把握が回復した時期の脳活動を陽電子放出断層撮影法(PET)で測定した結果,損傷前よりも運動前野腹側部(PMv)の活動が上昇する傾向が認められた。このことから,PMvがM1損傷後の運動機能回復に関連している可能性が考えられる。
小金丸聡子,美馬達哉,Mohamed Nasreldin Hamdoon,福山秀直,道免和久
(兵庫医大院・医・リハビリ,京大院・医・高次脳研)
脳卒中後の神経可塑性変化は,機能回復の生理学的基盤とされる。しかし,脳卒中患者の回復の程度は様々で,神経可塑性は必ずしも正常な機能回復をもたらさない。たとえば,慢性期片麻痺患者はしばしば上肢の屈曲痙性を生じる。我々は今回慢性期脳卒中片麻痺患者において,Use dependent plasticityの理論をもとにした伸展筋群の運動訓練(TENS補助下)と,高頻度経頭蓋磁気刺激を組み合わせる事により,麻痺側上肢機能の回復を認めたので報告する。複数の介入方法を組み合わせることで,ターゲットを絞った神経可塑性を誘導できれば,臨床応用の可能性が広がると期待される。
花川 隆(国立精神・神経センター・疾病七部)
運動速度が遅くなる疾患の代表であるパーキンソン病(PD)に,認知処理速度の低下が併存することが知られるようになった。PDにおける運動・認知処理速度の病態を解明するため,健常高齢者とPD患者で機能的MRI実験を行った。被験者は数字の視覚刺激提示に基づく手指タッピング,タッピングの想像,暗算の3種類の課題を,4種類の異なる速度負荷量(0.25-1Hz)で行った。PDでは低い負荷で正答率が低下したことから,運動・認知処理速度の低下が裏付けられた。課題関連性活動を比較すると,タッピングとその想像では群間に差はなかったが,暗算中にPD患者は右前頭前野と頭頂葉の過剰活動を示した。課題負荷に相関する脳活動を比較すると,PDでは概して課題負荷に応じた線条体活動の増加が乏しく,タッピングによる線条体活動の差は被殻後外側部に,計算による活動の差は被殻前部−中央部と線条体内での部位局在が認められた。
神原裕行,小池康晴(東工大・精密工学)
我々はこれまでに,内部モデル制御と終端位置制御仮説の概念を取り入れた運動制御モデルを提案してきた。我々のモデルの特徴は,目標軌道計画を行わずに二点間の運動が実現できるという終端位置制御仮説の最大の利点を継承しつつ,終端位置制御仮説を棄却したBizziらの実験結果も再現できる点にある。我々のモデルを用いることにより,二点間運動や経由点のある運動の手先軌道の特徴が,複雑な軌道計画無しに再現できることを示してきた。本発表では,手首2自由度の到達運動および矢状面内における腕の到達運動に対して,我々のモデルが運動軌道というキネマティックな特徴だけでなく,筋肉の活動パターンというダイナミックな特徴をも再現できるかを検証した結果を紹介する。
近藤玄大,加藤 龍,横井浩史,新井民夫(東大院・工・精密機械)
表面筋電位信号を用いた動作識別において,「手を握る/開く」・「手首を曲げる/伸ばす」などの粗い動作に比べ,細やかな「指動作」の識別は難しい。その理由は,指動作は前腕深部に存在する筋群に支配されるため,動作にともない生じる表面筋電信号の発火量が小さく見分けづらいからである。また,識別に用いる信号を抽出するタイミングに関して,先行研究においては「オンライン抽出の容易さ」という観点から,「動作が安定化した後」の信号が抽出されてきた。本研究では,「発火量の大きさ」という観点から「動作の立ち上がり時」の表面筋電位信号に注目し,細やかな動作を識別するための方法論の検討を行う。具体的には,「動作が立ち上がり筋電位信号の振幅値がピークとなる一瞬において識別を行い,その識別結果を振幅値が一定の閾値を下回るまで維持する」という手法を提案した。その結果,従来手法と比べて反応速度及び識別率の向上が確認された。
安 琪(東大院・精密工学)
近年,日本では高齢化社会が進み,高齢者のQOLの低下が問題視されている。高齢化による筋力の衰えや神経疾患などで日常の生活に困難を抱える人が多く,また介護士の数やシステムは未だ充実していない。これらの問題を解決するために,筆者は人の起立動作に着目をした研究を行ってきた。起立動作は日常生活の様々な行動の起点となる動作であるため,それを積極的にサポートすることは介護予防の観点から見ても重要であると言える。しかしながら,起立のメカニズムは現在解明されておらず,有効なアシスト及びトレーニング機器の開発は困難となっている。本研究では,シナジーと呼ばれる複数の筋肉の協調動作に着目した解析を表面筋電位を用いて行った。その結果,人の立ち上がり動作が複数のシナジーによって構成されており,それぞれが重要な役割(動作のダイナミクスの生成と姿勢制御)を果たしていることが分かった。
李 鐘昊,筧 慎治(東京都神経研・認知行動)
本研究では手首運動における筋活動とキネマティクスの因果関係に基づき,筋活動からその生成に与る制御器の情報を抽出する方法を検討した。正常被験者6名に手首のstep-tracking(ST)運動と指標追跡運動を行わせ,手首位置と4主動筋の筋電図を記録した。関節トルクレベルで筋活動とキネマティクスの因果関係を同定し筋活動がキネマティクスのどの要素と関係が深いかを調べた。その結果,ST運動では筋活動はほぼ位置成分で説明されるのに対し,指標追跡運動の筋活動は位置成分に加え速度成分とも強い相関があった。この結果からST運動では主に静止ターゲットに対する位置制御が行われ,追跡運動では動くターゲットに対する位置と速度制御を同時に行っていると考えられた。 さらに追跡運動の筋活動は位置・速度制御の運動指令と位置制御優位の2つの成分に分解され,2つの制御器が並列動作している可能性が示唆された。