生理学研究所年報 第31巻
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14.上皮組織における細胞外環境感受機構

2009年11月9日-11月10日
代表・世話人:丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構)

(1)
熱ショック転写因子を介するタンパク質恒常性維持の新しい分子機構
中井 彰(山口大学大学院医学研究系研究科医科学分野)

(2)
モルモット卵管上皮線毛運動周波数の卵巣周期中の変化と
EstrogenとProgesteroneの効果
中張隆司(大阪医科大学生理学)

(3)
ヒト小腸上皮モデルであるCaco-2細胞におけるフラボノイドの代謝と輸送
室田佳恵子(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)

(4)
神経突起伸長におけるクロライドイオン輸送体NKCC1の役割
-フラボノイドによる神経再生の試み-
中島謙一(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)

(5)
ヒト及びラット下部消化管における苦味物質の受容と分泌作用
加治いずみ(静岡県立大学院・環境科学研究所 環境生理学研究室)

(6)
アルドステロンによるNa+再吸収亢進はp38を介する
太田麻利子(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)

(7)
Identification of binding proteins for human Nedd4L C2 domain
Tomoaki Ishigami (Yokohama City University Graduate School of Medicine, Department of Cardio-Renal Medicine)

(8)
Prostaglandin輸送体OAT-PGノックアウトマウスを用いた
腎局所PGE2クリアランス機構の解析
波多野亮(大阪大学大学院医学系研究科生体システム薬理学)

(9)
ループ利尿薬の経上皮細胞性分泌の分子機序:
新規ヒト電位依存性有機酸トランスポーター分子hOATv1の同定
安西尚彦(杏林大学医学部薬理学教室)

(10)
代謝性アシドーシスによる腎集合管V1a受容体の発現誘導
安岡有紀子(北里大学医学部生理学)

(11)
脂質ラフトが関与する胃酸分泌調節機構
酒井秀紀(富山大学大学院 医学薬学研究部 薬物生理学)

(12)
大腸陰イオン輸送におけるSLC26A3(DRA)の役割
鈴木裕一(静岡県立大学食品栄養科学部)

(13)
肝細胞におけるウアバイン非感受性Na+-ATPase活性
藤井拓人(富山大学大学院医学薬学研究部薬物生理学)

【参加者名】
桑原厚和(静岡県立大学・大学院・環境科学研究所),加治いずみ(静岡県立大学/環境科学研究所・生活健康科学研究科),北村健一郎(熊本大学大学院・医学薬学研究部),江藤 圭(生理研・生体恒常),中畑義久(生理研・生体恒常),波多野亮(大阪大学大学院・医学系研究科),金井好克(大阪大学大学院・医学系研究科),中井 彰(山口大学大学院・医学系研究科),中張隆司(大阪医科大学・医学部),早田 学(熊本大学・医学部),内村幸平(熊本大学・医学薬学研究部),安西尚彦(杏林大学・医学部),櫻井裕之(杏林大学・医学部),河原克雅(北里大学・医学部),安岡有紀子(北里大学・医学部),實吉 拓(熊本大学大学院・医学薬学研究部),石上友章(横浜市立大学大学院・医学研究科),杉田 誠(広島大学・大学院医歯薬学総合研究科),大黒恵理子(大阪医科大学・生理学教室),酒井秀紀(富山大学・大学院医学薬学研究部),藤井拓人(富山大学・大学院医学薬学研究部),丸中良典(京都府立医科大学・医学研究科),宮崎裕明(京都府立医科大学大学院・医学研究科),中島謙一(京都府立医科大学・医学研究科),太田麻利子(京都府立医科大学・医学研究科),鈴木裕一(静岡県立大学・食品栄養科学部),新里直美(京都府立医科大学大学院・医学研究科),室田佳恵子(徳島大学・大学院ヘルスバイオサイエンス研究部),金 善光(生理研・生体恒常),宮本愛喜子(生理研・生体恒常),平尾顕三(生理研・生体恒常),鍋倉淳一(生理研・生体恒常),石橋 仁(生理研・生体恒常),渡部美穂(生理研・生体恒常),唐木晋一郎(静岡県立大学・環境科学研究所),細木誠之(京都府立医科大学・医学研究科細胞生理学)


【概要】
 上皮組織は,体内環境恒常性維持に重要な働きを担っている。このような役割を果たす上で,ホルモンや神経による上皮組織機能制御機構の解明を目指し研究が進められてきた。さらに上皮組織は自らが細胞外環境変化を感受して,自らの機能制御を行うことにより,体内恒常性維持に寄与していることも明らかとなってきている。また,上皮組織は,体内恒常性維持という観点からのみだけではなく,外界からの防御としてのバリアー機能も有している。これらの上皮機能発現に重要な働きを担っているのがイオンチャネルやイオン輸送体である。上皮膜輸送制御機構解明に関する研究は,上皮膜輸送に関与するイオンチャネル・イオン輸送体のクローニングにより飛躍的な進歩が見られた。嚢胞性線維症(cystic fibrosis)の原因遺伝子として上皮型クロライドイオンチャネルの一種であるcystic Fibrosis Transmembrane conductance Regulator(CFTR)が1989年にクローニングされ,次いで遺伝性高血圧症の一種であるLiddle's syndomeの原因遺伝子として上皮型ナトリウムチャネル(Epithelial Na Channel: ENaC)が1993年-1994年にかけてクローニングされ,その後の研究のブレークスルーとなった。これらCFTRやENaCをはじめとして,体内恒常性維持に重要な働きを担イオンチャネルやイオン輸送体は,我々の細胞外環境感受機構を通じて活性制御が行なわれている。これらのことを踏まえ,上皮組織におけるイオン輸送制御の分子メカニズム解明を目指し,研究を推進するために,本研究会は開催された。この分野において先進的な研究を推進している研究者に講演を行って頂いた。講演発表内容に対する活発な意見交流も行われ,本研究会での意見交換を基盤として,今後共同研究へと進展するものと確信している。

 

(1) 熱ショック転写因子を介するタンパク質恒常性維持の新しい分子機構

林田直樹,藤本充章,新川豊英,Ramachandran Prakasam,譚 克,瀧井良祐,中井 彰
(山口大学大学院医学系研究科医化学分野)

 タンパク質恒常性の維持はすべての細胞機能の発現に重要である。その維持システムの中で,タンパク質の合成と成熟の過程に重要な役割を演じているのが熱ショック応答である。我々は,伸長したポリグルタミン蛋白質(polyQ)が細胞内で凝集体を形成することでタンパク質毒性を発揮するポリグルタミン病をモデルとして,HSF1を介するタンパク質ホメースターシスの維持機構を解析してきた。今回,HSF1の新たなターゲット分子である転写因子NFATc2がタンパク質ホメオスターシスに重要な役割を担うことを明らかにした。NFATc2欠損MEFは,HSF1欠損MEFと同様にpolyQ凝集体形成が増強した。さらに,活性化型HSF1は野生型MEFのpolyQの凝集体形成を強く抑制したが,NFATc2欠損MEFではその抑制効果が半減した。また,ハンチントン病(HD)マウスは,NFATc2欠損HDマウスと交配すると寿命が顕著に短縮し,脳におけるpolyQ凝集体形成が亢進した。以上の結果から,HSF1は熱ショックタンパク質だけでなく,少なくともNFATc2を介して,蛋白質ホメオスターシスを調節していることが明らかとなった。NFATc2は細胞内カルシウムの濃度変化により活性の制御をうけることから,カルシウム恒常性とタンパク質恒常性の維持機構に関連があることを示唆した。

 

(2) モルモット卵管上皮線毛運動周波数の卵巣周期中の変化と
EstrogenとProgesteroneの効果

中張隆司(大阪医科大学生理学)

 モルモットの卵管采のovarian cycle中の線毛運動周波数(CBF)を測定した。卵胞期直前にはCBFは12Hzに減少した。卵胞期では,b estradiol(bE2)濃度上昇に伴い,CBFは12Hzから16Hzに上昇した。排卵期では,16Hzと高いCBFから13Hzに減少した。黄体期前期では,bE2,PRGは低濃度に保たれ,CBFは14Hzから17Hzに上昇した。PRG濃度が最高値に達する黄体期後期にはCBFは12Hzに急激に減少した。その後,PRG濃度が減少すると,15Hzに増加した。黄体期終了後CBFは急激に減少した(12Hz)。bE2 benzoate(bE2B)とmedroxy PRG(mPRG)投与によるCBF変化を調べた。低濃度のbE2B(4mg•day-1•kg-water-1)では,CBFは15Hzに増加し,高濃度のbE2B(40mg•day-1•kg-water-1)では,CBFは12Hzに減少した。mPRG(4-40mg•day-1•kg-water-1)は,CBFは12Hzに減少させた。このbE2BとmPRGによるCBF変化は,それぞれICI-182,780(bE2受容体阻害剤)とmifepristone(PRG受容体阻害剤)により消失した。このように,ovarian cycle中のモルモット卵管采CBFが,bE2とPRGの濃度により決められていた。

 

(3) ヒト小腸上皮モデルであるCaco-2細胞におけるフラボノイドの代謝と輸送

室田佳恵子,吉田修治,藤倉 温,寺尾純二
(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部)

 フラボノイドは植物性食品に含まれる機能性成分であり,抗酸化性などに由来した疾病予防効果が期待されている。植物中では主に配糖体として存在しているフラボノイドは,大部分が腸管管腔にて粘膜酵素や腸内細菌による消化により糖が脱離したアグリコンとなって吸収される。小腸上皮はフラボノイド代謝を司る主要な組織の一つであり,細胞内で第二相解毒酵素群によりグルクロン酸抱合体や硫酸抱合体に変換されたフラボノイドは,小腸上皮細胞の刷子縁側あるいは基底膜側に存在する抱合体排出ポンプによって細胞外へと放出される。刷子縁側への放出,すなわち腸腸循環を阻害すると生体内フラボノイド量が増加することが報告されており,腸管細胞におけるフラボノイドの輸送方向は生体利用性に大きな影響をもたらすといえる。そこで,我々はヒト小腸上皮細胞のモデルとして汎用されているCaco-2細胞を用いて,代表的なフラボノイドの一つであるケルセチンの細胞内代謝およびそこで産生される代謝物の輸送方向について検討している。今回は,ヒトがケルセチンを摂取した後に血漿中に見出されるケルセチン代謝物とCaco-2細胞産生代謝物との比較を行い,小腸上皮における輸送方向と生体吸収性について考察したい。

 

(4) 神経突起伸長におけるクロライドイオン輸送体NKCC1の役割
-フラボノイドによる神経再生の試み-

中島謙一,新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院 医学研究科 細胞生理学)

 学習や記憶等の高度な脳機能を可能にしているのは,多数の神経細胞が神経突起を伸長し,シナプス形成により構築される神経回路による。一方,細胞内Cl-濃度変化は,細胞増殖や細胞骨格系再構築を含む様々な細胞機能制御に関与していることが,近年の研究より明らかになってきた。

 近年,我々はラット副腎髄質由来PC12D細胞(PC12細胞の亜株)において,神経成長因子(NGF)処理によりNa+/K+/2Cl-共輸送体(NKCC isoform 1: NKCC1)の発現が増加すること,およびNGFによる神経突起伸長にはNKCC1が必須であることを明らかにした。PC12細胞およびPC12D細胞における神経突起伸長は,細胞外のクロライドイオン濃度を低下させることで(Cl-をNO3-またはgluconateに置換)有意に抑制された。PC12D細胞はPC12細胞よりも,より敏速に神経突起を伸長する。PC12細胞とPC12D細胞におけるNKCC1の発現量を比較すると,PC12D細胞の方がNKCC1の発現量は高かった。これは,NKCC1を介した細胞内へのクロライドイオンの取り込みが,神経突起伸長に対して促進的に働くことを示唆している。また,我々は以前よりある種のフラボノイドが,NKCCを始めとしたイオン輸送体やイオンチャネルの活性を調節していることを報告してきた。今回,PC12細胞をNGF処理する際に,フラボノイド(ケルセチン)を同時に作用させておくことにより,NKCC1活性が亢進し,それを介して神経突起伸長が促進するという興味深い結果を得たので,その詳細について報告する。

 

(5) ヒト及びラット下部消化管における苦味物質の受容と分泌作用

加治いずみ,唐木晋一郎,桑原厚和
(静岡県立大学院・環境科学研究所 環境生理学研究室)

 消化管の生理機能の調節には,腸管粘膜上皮における管腔内の化学的情報の感受も関与していると考えられる。しかし,下部消化管での化学受容体の発現と生理機能については,ほとんど明らかになっていない。近年,味覚や嗅覚に関わる化学受容体が次々に同定され,同じ分子群が腸管粘膜でも機能している可能性が報告されている。特に,危険物を感知し排除するための苦味受容機構は,下部消化管においても生体防御機構に寄与しているのではないかと考えられる。そこで我々は,ヒト及びラットの下部消化管粘膜において,苦味受容体(T2R family)の発現と,T2R特異的アゴニスト6-n-propylthiouracilの組織レベルでの応答を,RT-PCR法及びUssing chamber法を用いて検討した。その結果,1) ヒト及びラットの下部消化管粘膜にT2Rが発現していること,2) 管腔側のT2R刺激によりtetrodotoxin非感受性かつcyclooxygenase阻害剤感受性の経上皮陰イオン分泌が誘起されることが明らかとなった。さらに,高濃度のプロスタグランジンはT2R刺激による管腔側への陰イオン分泌を促進した。腸管粘膜上皮において管腔内の環境を監視し,生理機能の調節に関与する化学受容機構の解明は,生体防御の観点からも今後重要であると考えられる。

 

(6) アルドステロンによるNa+再吸収亢進はp38を介する

太田麻利子,新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科細胞生理学)

 アルドステロン(ALD)はアミロライド感受性上皮型ナトリウムチャネル(Epithelial Na+ channel; ENaC)の転写制御および細胞内局在制御によりNa+再吸収を亢進することが知られている。Xenopus laevis腎遠位尿細管上皮モデル培養細胞(A6細胞)において,我々はALDがp38を活性化することを見出した。そこで,ALDによるENaCを介したNa+再吸収およびENaC mRNA発現亢進とp38の活性化との関連性について検討するために,p38の特異的阻害剤であるSB202190の効果について調べた。SB202190はALDによるNa+再吸収亢進およびb-ENaCmRNAの発現亢進を著しく抑制した。また,細胞内タンパク質輸送阻害剤であるbrefeldin A(BFA)とSB202190の効果について調べたところ,BFAとSB202190は相加的な阻害効果を示した。一方,プロテアソーム阻害剤であるMG132とSB202190の影響について調べたところ,MG132によりSB202190の阻害効果はほぼ回復した。

 以上の結果より,ALDによるp38活性化の生理的役割は,b-ENaC mRNAの発現を亢進するとともに,ENaCの膜からの回収および分解過程を抑制することにより,管腔側膜上での発現量を増大させ,Na+再吸収を亢進させることであると考えられる。

 

(7) 上皮性ナトリウムチャンネル特異的ユビキチンリガーゼNedd4Lの
C2ドメイン結合タンパクのクローニング

新城名保美,石上友章,梅村将就,峯岸慎太郎,牛尾比早子,内野 和,梅村 敏
(横浜市立大学大学院医学研究科病態制御内科学)

 ヒトのNedd4L遺伝子は,上皮性ナトリウムチャンネル(ENaC)に対する負の制御因子としての機能を持っていることから,本態性高血圧症の候補遺伝子と考えられる。ENaCは,尿細管上皮細胞の頂端側細胞膜に限局し発現しており,そのユビキチン化にはNedd4Lタンパクの効率的な結合が必須であると考えられる。今回我々は,細胞内でのENaC-Nedd4L系の分子メカニズムをより詳細に解析する目的で,酵母2ハイブリッド法を用いて,ヒトNedd4LのC2ドメインとの結合タンパクのクローニングを行った。

【方法】Nedd4L isoform I/IIのC2ドメインをbait vectorにクローニングした。ヒトの腎臓cDNAライブラリーを用いて,酵母2ハイブリッド法で遺伝子をスクリーニングした。さらに,哺乳類の細胞系での結合を検討する目的で,HEK293細胞でのタンパクータンパク相互作用をMatchmaker Chemiluminescent Co-Immunoprecipitation Kitを用いて検討した。

【成績】isoform Iに対しては102個,isoform IIに対しては202個の陽性クローンが得られた。単離精製したbait vectorをシークエンスし,最終的に5個のクローンが共通することが判明した。HEK293細胞での検討では,NPCタンパクがもっとも強く結合し,本タンパクがC2ドメインとの結合タンパクであると考えられた。

 

(8) Prostaglandin輸送体OAT-PGノックアウトマウスを用いた
腎局所PGE2クリアランス機構の解析

波多野亮1,高藤和輝1,Kanyarat Promchan1,Pattama Wiriyasurmkul1
永森收志1,松原光伸2,武藤重明3,浅野真司4,金井好克1
1大阪大学大学院医学系研究科生体システム薬理学,
2東北大学大学院医学系研究科遺伝子医療開発分野,
3自治医科大学医学部腎臓内科,4立命館大学薬学部分子生理学教室)

 演者らは,SLC22ファミリーに属するProstaglandin特異的な輸送体としてOAT-PG(Organic Anion Transporter for Prostaglandin)を同定した。本研究では,腎臓に特異的に発現するOAT-PGの生理機能に関してノックアウト(KO)マウスを作製し,以下の検討を行った。

1) OAT-PGは腎近位尿細管の側基底膜に局在し,細胞膜においてPGE2の代謝酵素15-hydroxyprostaglandin dehydrogenase(15-PGDH)と共局在することを確認した。更に,培養細胞を用いた共発現実験においてOAT-PGは細胞内C末端領域を介して15-PGDHと蛋白質間相互作用することが示唆された。

2) OAT-PGのKOマウスを用いた実験では,腎皮質のコラゲナーゼ処理によって得られた尿細管懸濁液を用いて,RI標識した[3H]PGE2の取り込み活性を調べたところ,KOマウス由来の尿細管懸濁液において[3H]PGE2の取り込み活性が有意に低下していた。更にPGE2合成刺激時にはKOマウスの腎皮質組織中にPGE2の有意な貯留が見られ,尿中への代謝物の排泄は有意に低かった。

 以上から,OAT-PGは腎皮質においてPGE2を血中から取り込み,細胞内で15-PGDHと複合体を形成し腎皮質組織のPGE2濃度を調節する新たな役割をもつ分子であると考えられた。

 

(9) ループ利尿薬の経上皮細胞性分泌の分子機序:
新規ヒト電位依存性有機酸トランスポーター分子hOATv1の同定

安西尚彦,Promsuk Jutabha,櫻井裕之(杏林大学医学部薬理学教室)

 腎臓の有機酸輸送系はアニオン性薬物の排出に重要な役割を果たしている。例えばNa+/K+/2Cl-cotransporter 2(NKCC2)阻害薬であるループ利尿薬は,この有機酸輸送系が担っていると考えられている。利尿薬は尿細管基底側にある有機酸交換輸送体OAT1/OAT3により細胞内に取込まれるが,その管腔側への出口の分子実体は未だ不明である。今回我々は,ブタ電位依存性有機酸トランスポーターpOATv1と相同性をもつヒトクローンhOATv1の有機酸輸送特性の解析を行い,腎近位尿細管管腔側の有機酸排出路として働く可能性を検討した。hOATv1は腎臓の代表的有機酸であるパラアミノ馬尿酸(PAH)のRI標識体を有意に輸送することが確認された。またその輸送駆動力はNa+非依存性で外液中NaClのKCl置換により,輸送活性が増加することが明らかになり,hOATv1による有機酸輸送が膜電位依存性である事が示唆された。卵毋細胞内に注入したRI標識PAHは時間依存性に排出される特性を示し,さらに膜電位固定法によるPAH電流の電位依存性の変化を確認できたことから,我々は本分子がヒトの電位依存性有機酸トランスポーターhOATv1であると確認した。hOATv1によるPAH輸送は,多くのアニオン性化合物,特にループ利尿薬により強力に抑制されることを見出し,実際にRI標識bumetanideがhOATv1発現卵毋細胞にて排出輸送される事を見出した。ヒトOATv1は腎尿細管管腔側膜にそのタンパク質局在が報告されていることから,hOATv1は,細胞内に取込まれた有機酸の管腔側での排出経路であることが示唆された。

 

(10) 代謝性アシドーシスによる腎集合管V1a受容体の発現誘導

安岡有紀子1,2,小林瑞佳2,河原克雅1,2
1北里大学医学部生理学,2北里大学大学院医療系研究科)

 腎臓におけるバソプレシン受容体(V1aR)の役割を明らかにするため,V1aR mRNAのネフロン内局在,代謝性アシドーシス誘発時の尿・血漿電解質濃度/pH/尿中アンモニア排泄量を解析した。

【方法】野生型マウス(10-12週令)を代謝ケージに入れ,(1) 標準食飼育および (2) アシドーシス誘発(2%スクロース+NH4Cl溶液負荷)時の採尿・採血を行った(0, 1, 3, 6日目)。高感度in situ hybridization法(tyramide-ISH法)で,V1aR mRNAの腎ネフロン内セグメント毎に,発現量を数値化した。

【結果】標準食飼育時のV1aR mRNA発現量は,(中-高度)TAL髄質内層(ISOM), CCD, OMCD, IMCD;(低い)糸球体,TAL皮質/髄質外層(OSOM), DCT;(無)PCT, PST, TLだった。抗AQP3抗体(集合管主細胞(PC)のマーカー)を使った蛍光二重染色法では,V1aRはPCに発現せず,間在細胞(IC)にのみ発現していた。アシドーシス群マウスの平均尿pH(±SEM)は,6.52±0.04(day 0, n=14)から 5.88±0.03(day 1, n=5),5.85±0.02(day 6, n=5)に低下した(P<0.001)。これに対し,血漿pHは,7.37±0.02(day 0, n=5)から7.17±0.01(n=5)に低下し(day 1),6日後には元のレベル7.38±0.02(n=12)に回復した。V1aR mRNAの発現量は,アシドーシス誘導時に次の2セグメント(TAL髄質内層とOMCDのIC)のみ,有意に(P<0.05)増加した。

【結論】アシドーシスで誘導されるネフロン内V1aR発現は,酸塩基バランスに貢献していることが示唆された。

 

(11) 脂質ラフトが関与する胃酸分泌調節機構

酒井秀紀,藤田恭輔,家原貴大,藤井拓人,清水貴浩,竹口紀晃
(富山大学大学院 医学薬学研究部 薬物生理学)

 本研究では,膜マイクロドメインの脂質ラフトが,胃プロトンポンプ(H+, K+-ATPase)の活性におよぼす効果について検討した。実験には,ブタ胃粘膜から調製した,細胞内胃細管小胞に富むベシクル(TV)およびアピカル膜に富むベシクル(SAV)を用いた。Detergent-resistant membranes(DRM)およびnon-DRMはベシクルをCHAPSで処理し一連の密度勾配遠心により調製した。

 SAVとTVの胃プロトンポンプ活性はmethyl-b-cyclodextrin(MbCD)処理し,コレステロールを引き抜くことで,共に顕著に減少し,水溶性コレステロールの添加により元のレベルにまで回復した。SAVとTVのプロトン取り込み活性は,MbCD処理により共に顕著に抑制され,コレステロールの添加により有意に回復した。SAVにおいて,H+, K+-ATPaseは,DRMとnon-DRMの両方の画分に分布している一方,H+, K+-ATPaseと分子会合しCl-輸送に関与しているKCC4は,DRMにのみ分布していた。これらの結果からSAVにおいてH+, K+-ATPaseがラフトに存在する場合に高い活性を有することが示唆され,胃酸分泌細胞のアピカル膜における酸分泌は脂質ラフトによって正に調節されているものと考えられた。

 

(12) 大腸陰イオン輸送におけるSLC26A3(DRA)の役割

鈴木裕一,林 久由(静岡県立大学食品栄養科学部)

 SLC26A3(DRA)が大腸Cl-吸収およびHOC3-分泌にどのような関与しているかを,SLC26A3(DRA)欠損マウスを用いてUssing chamber法で検討した。36Cl-フラックスは,WTマウスでは盲腸と遠位結腸でJms(36Cl)> Jsm(36Cl)で,正味のCl-吸収があったが,近位結腸では両者はほぼひとしく正味のCl-吸収は殆どなかった。それに対しDRA欠損マウスでは,近位結腸での36Cl-ラックスはWTと差がなかったが,盲腸と遠位結腸ではJms(36Cl)のみならずJsm(36Cl)も著明に低下し,正味の36Cl-吸収は殆ど消失した(0ではないものの)。以上の結果より,盲腸と遠位結腸でDRAが機能し,Cl-吸収の大部分を担っていることが示された。また,近位結腸ではDRAは全く発現していないか,活性がない状態にあることが示唆された。一方22Naフラックスは,3つの部位ともにJms(22Na)> Jsm(22Na)で,DRA欠損マウスとWTで大きな差がなかった。DRA欠損マウスではNa+/H+交換輸送とCl-/HOC3-交換輸送との機能的なカップリングは見られないことが明らかになった。さらに,管腔側のCl-で活性化されるHOC3-分泌につき,この活性が大きい盲腸と遠位結腸で,WTとDRA欠損マウスで比較した。DRA欠損マウスでは全く消失していた。このことから,DRAはCl-/HOC3-を介してHOC3-分泌も担っていると考えられた。

 

(13) 肝細胞におけるウアバイン非感受性Na+-ATPase活性

藤井拓人,渋谷和人,下田恵理,清水貴浩,竹口紀晃,塚田一博,酒井秀紀
(富山大学大学院 医学薬学研究部 薬物生理学)

 ヒト肝細胞癌と正常肝組織において,Na+, K+-ATPasea-subunitの各アイソフォーム(a1NaK-a3NaK)の発現量を比較すると,ヒト肝細胞癌においてa3NaKの発現量が正常肝組織に比べて有意に増加していたが,a1NaKおよびa2NaKの発現量に有意な変化は見られなかった。次に,ヒト肝細胞癌と正常肝組織のNa+, K+-ATPase活性に対するウアバイン感受性を比較したが,両者間で有意な差は見られなかった。しかし,ヒト肝細胞癌においてウアバイン(10mM)感受性のNa+, K+-ATPase活性は,近傍の正常肝組織に比べて有意に上昇していた。従って,肝細胞癌においてa3NaKの発現量の亢進によりウアバイン感受性のNa+, K+-ATPase活性が上昇している可能性が示唆された。

 また,ヒト正常肝組織および肝細胞癌には高いウアバイン(1mM)非感受性Na+-ATPase活性が存在することを見出した。このウアバイン非感受性Na+-ATPase活性は,ヒト肝細胞癌由来HepG2細胞にも存在した。そこで,HepG2細胞を用いて肝細胞におけるウアバイン非感受性Na+-ATPase活性の生理的特徴を検討した。

 



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