生理学研究所年報 第31巻
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15.シナプス伝達の概念志向型研究

2009年11月12日-11月13日
代表・世話人:澁木克栄(新潟大学脳研究所)
所内対応者:鍋倉淳一(生体恒常機能発達機構)

(1)
和音に選択的な聴覚野皮質内回路の経験依存的形成
塚野浩明(新潟大学脳研究所システム脳生理学分野)

(2)
末梢感覚神経の損傷を検出する神経機構
駒形成司(新潟大学脳研究所システム脳生理学分野)

(3)
海馬錐体細胞と小脳プルキンエ細胞の単一シナプスでの機能と形態の相関
宮脇寛行(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室)

(4)
海馬CA3野シナプス伝達の異シナプス間相互作用
打田武史(北海道大学大学院医学研究科神経生物学分野)

(5)
順行性ミトコンドリア軸索輸送とシナプス伝達
馬 歓,持田澄子(東京医科大学細胞生理学講座)

(6)
シナプス前終末における伝達物質放出機構-Ca結合の生後発達変化
中村行宏(同志社大学生命医科学部神経生理学研究室)

(7)
扁桃体における抑制性オシレーションとそのドーパミン調節
村越隆之(東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系身体運動科学)

(8)
シナプスタグの分子実体を求めて
岡田大助(理化学研究所脳科学総合研究センター生物言語研究チーム)

(9)
ラット脊髄後角膠様質におけるサイレントシナプスの再考
八坂敏一(佐賀大学医学部生体構造機能学講座)

(10)
ラット脊髄膠様質のGABAとグリシンによる抑制性シナプス伝達の
メリチンによる異なった修飾
熊本栄一(佐賀大学医学部生体構造機能学講座)

(11)
抑制性シナプスの可視化と形態変化
栗生俊彦(徳島文理大学香川薬学部病態生理学講座)

(12)
Molecular determinant differentiating Chlamydomonas channelrhodopsins
王 紅霞(東北大学生命科学研究科脳機能解析分野)

(13)
モノカルボン酸トランスポーターを介したアストロサイトによるシナプス伝達の維持
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研神経生理学)

(14)
海馬CA1GABAシナプスにおけるアストロサイトによる細胞外Cl-バッファリング
江川 潔(浜松医科大学医学部生理学第一講座)

【参加者名】
平野丈夫(京都大学・理学研究科),持田澄子(東京医科大学・細胞生理学講座),宮脇寛行(京都大学大学院・理学研究科),中村行宏(同志社大学・生命医科学部),山下愛美(京都大学大学院・理学研究科),江口工学(独立行政法人 沖縄科学技術研究基盤整備機構),江藤 圭(生理学研究所・生体恒常機能),中畑義久(生理学研究所・生体恒常機能),高橋智幸(同志社大学・生命医科学部),澁木克栄(新潟大学・脳研究所),駒形成司(新潟大学脳研究所・システム脳生理学分野),打田武史(北海道大学・医学研究科),村越隆之(東京大学・大学院総合文化研究科),江川 潔(浜松医科大学・医学部),王 紅霞(東北大学・生命科学研究科),八尾 寛(東北大学・生命科学研究科),熊本栄一(佐賀大学・医学部),水田恒太郎(佐賀大学・医学部),八坂敏一(佐賀大学・医学部),塚野浩明(新潟大学脳研究所),藤田亜美(佐賀大学・医学部),神谷温之(北海道大学・大学院医学研究科),福田敦夫(浜松医科大学・医学部),岡田大助(理化学研究所・脳科学総合研究センター),金 善光(生理学研究所・生体恒常機能),小西史朗(徳島文理大学・香川薬学部),宮本愛喜子(生理学研究所・生体恒常機能),平尾顕三(生理学研究所・生体恒常機能),鍋倉淳一(生理学研究所・生体恒常機能),石橋 仁(生理学研究所・生体恒常機能),北村明彦(味の素(株)ライフサイエンス研究所),加藤総夫(東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター),永瀬将志(東京慈恵会医科大学・神経科学研究部),栗生俊彦(徳島文理大学・香川薬学部),渡部美穂(生理学研究所・生体恒常機能),鴨井幹夫(東京慈恵会医科大学・医学研究科),久場健司(名古屋学芸大学・管理栄誉学部),安藤 祐(名古屋学芸大学 大学院・栄養科学研究科),早戸亮太郎(名古屋学芸大学・管理栄養学部),堀 哲也(同志社大学・生命医科学部),榊原賢司(同志社大学・生命医科学部医生命システム学科)


【概要】
 シナプス伝達の研究は神経科学の中心課題の一つである。伝達物質の同定に始まり,生理学的解析により従来の教科書的な概念を確立したシナプス研究は,遺伝子工学・パッチクランプ・光学的測定などの新技術の導入により分子・細胞機構に関する知見が急速に集積し,大きく進展・変貌しつつある。中枢神経系ではシナプスは化学的情報と電気的情報が直接的に関わり合う重要な場であり,シナプス機能の解明こそが中枢神経機能の基盤の解明に他ならない。今現在,シナプスの研究をさらに一層発展させるためには,多面的アプローチと専門分野の境界を越えた共同研究によって,シナプス伝達や機能に関する新たな概念を志向・形成することが必要とされている。本研究会は,生理学・生化学・分子生物学・形態学などの立場からシナプス研究の最先端にある研究者が一堂に会して自由活発な討諭と,若手研究者の参加を通じて,新たな研究の方向性と共同研究の可能性を模索する目的で開催した。

 

(1) 和音に選択的な聴覚野皮質内回路の経験依存的形成

塚野浩明1,窪田 和2,岩里琢治3,糸原重美4
八木 健5,高橋 姿2,菱田竜一1,澁木克栄1
1新潟大脳研生理,2新潟大医学部耳鼻科,
3国立遺伝学研究所,4理化学研究所,5大阪大学)

 我々は和音と不協和音の区別が出来るが,その神経機構は不明である。和音(純正律)の特徴は構成周波数が簡単な整数比になる事である。和音を提示すると最大公約数に対応する基音(F0)が含まれないのに知覚出来る事が知られている(Missing F0)。我々は経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングを用いてマウスのF0応答を観察した。和音(20+25kHz)をマウスに提示すると,F0に相当する5kHz領域にも神経活動が見られた。不協和音(19+26kHz)ではこの現象は起こらなかった。光抑制により20kHz,25kHzの高周波数領域の神経活動を抑制するとF0応答が起こらなかった事より,F0応答は皮質内回路によって起こると考えられる。

 我々は,自然界の音は常に倍音を含む事に注目し,和音検知機構は経験依存的に形成されるという仮説を立て,それを支持する結果を得た。第一に鳴かないマウスに育てられた仔はF0応答を示さない。第二に不自然な組み合わせに暴露すると不協和音でも擬似F0応答が起こる。第三にNR1 subunitが大脳皮質特異的に半減したマウスはF0応答を示さない。これらの結果はF0応答がHebb則に基づく可塑性により形成され,皮質内の現象である事を示す。

 また以上から,和音・不協和音の識別は,経験依存的に形成される和音選択的聴覚野皮質内回路の活動で識別されるという可能性がある。

 

(2) 末梢感覚神経の損傷を検出する神経機構

駒形成司1,陳 山林1,2,鈴木晶子3,菱田竜一1
前田健康3,柴田 実2,澁木克栄1
1新潟大学脳研究所システム脳生理,2新潟大学医学部形成外科,
3新潟大学歯学部解剖)

 末梢感覚神経が損傷されると,生体は損傷神経の支配する皮膚への物理的な傷害を回避し難くなる。末梢神経の損傷や神経の薬理学的伝導阻害により,大脳皮質体性感覚脳地図の再編や,残存神経を介する皮質応答の増強が数時間以内に生じることが知られている。しかしその様な急速に生ずる可塑性がどのようにトリガーされるのかは判っていない。従来,末梢神経の自発発火による抑制が取り除かれることで可塑性が生ずるという仮説が提唱されてきた。この説は末梢神経が十分な頻度で自発発火することを前提としているが,そのような頻度の高い自発発火は見つかっていない。私たちはマウス触覚神経に極低頻度(0.1Hz以下)の自発発火が存在すること,この極低頻度自発発火がマイスナー小体に存在しているグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)によって発生することを見出した。この極低頻度自発発火を途絶させると,皮質応答の急性増強やそれに続く痛覚過敏が生じた。従来GDNFの機能として後根神経節ニューロンへの栄養効果や神経因性疼痛への鎮痛効果などが良く知られている。我々の結果は,内在性のGDNFがマイスナー小体の触覚センサーに極低頻度の自発発火を発生させるという新たな役割を担っていることを示唆している。この触覚情報に殆ど影響しない程度の極低頻度自発発火が脊髄に届くことで,末梢感覚神経が断線していないことを生体は知ることができると思われる。

 

(3) 海馬錐体細胞と小脳プルキンエ細胞の単一シナプスでの
機能と形態の相関

宮脇寛行,平野丈夫(京都大学大学院理学研究科)

 中枢神経系において,シナプスの形態や機能は多様であるが,両者の相関はよく分かっていない。そこで我々は海馬錐体細胞,小脳プルキンエ細胞の培養系で個々のシナプスの機能と形態の関係を調べた。まずEGFPを発現させシナプス前細胞を標識し,さらにAlexa594を含む細胞内液を用いてシナプス後細胞からホールセル記録を行いシナプス後細胞を標識した。テトロドトキシンを細胞外液に加えた上で可視化したシナプス前ボタンのごく近傍に配置した刺激電極に電圧パルスを与えごく少数のシナプスを刺激した。海馬錐体細胞,小脳プルキンエ細胞のいずれにおいても,単一シナプスに由来するEPSCの振幅は試行ごとに変動した。EPSCを波形の類似性に基づいて分類することによりquantal EPSCを推定した。海馬錐体細胞では,quantal EPSCの振幅とシナプス後部のスパインの大きさに有意な正の相関が認められたが,小脳プルキンエ細胞ではそのような相関は認められなかった。一方,小脳プルキンエ細胞では,シナプス前細胞のシナプスボタンの大きさとシナプス後部のスパインの大きさに有意な正の相関が認められたが,海馬錐体細胞ではそのような相関は認められなかった。これらの結果は,海馬錐体細胞と小脳プルキンエ細胞では,シナプスの機能・形態の制御機構が異なることを示唆している。

 

(4) 海馬CA3野シナプス伝達の異シナプス間相互作用

打田武史1,2,福田 諭2,神谷温之1
1北海道大学大学院医学研究科神経生物学分野,
2北海道大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野)

 幼若期の海馬スライスに低濃度のカイニン酸やムシモールを投与すると,苔状線維軸索の興奮性が一過性に増大する。イオンチャンネル型受容体が軸索を脱分極することで興奮性を変化させると想定され,苔状線維からの放出により自己受容体として活性化される可能性と,近傍のシナプスからの伝達物質漏出(spill-over)により活性化される可能性とが示されてきた。今回我々は,マウスの海馬スライスにおいて,グルタミン酸およびGABAの漏出による異シナプス間相互作用の相対的な寄与を同一の条件で比較,検討した。生後2-3週の幼若マウスを用いて海馬の急性スライスを作成し室温で実験を行った。CA3野透明層を電気刺激し,歯状回顆粒細胞層から逆行性集合活動電位を細胞外記録した。交連/連合線維入力の存在する放線層に第二の刺激電極を刺入して反復刺激(100ヘルツ20発)を加え,50ms後の逆行性集合活動電位を記録した。これらの実験では,放線層の反復刺激によって交連/連合線維や抑制性介在ニューロンからグルタミン酸やGABAが放出され,苔状線維の興奮性に影響を及ぼすことが予想される。苔状線維の逆行性集合活動電位の振幅は放線層の反復刺激により軽度に増大し,潜時もわずかに短縮した。この作用はグルタミン酸受容体阻害剤CNQXによってほぼ消失したため,海馬CA3野ではグルタミン酸がより強く異シナプス間相互作用を示すと考えられた。

 

(5) 順行性ミトコンドリア軸索輸送とシナプス伝達

馬 歓,持田澄子(東京医科大学・細胞生理学講座)

 シンタブリンはKIFB5モーター分子のアダプターとして,カルゴとミトコンドリア順行性軸索輸送に機能し,シンタブリン欠損は発育途上の海馬神経のシナプス構築を阻害する。シンタブリンのsiRNA,KIFB5モーター分子との結合部位DNAを長期培養したラット交感神経細胞シナプス前細胞に発現させてシナプス伝達への影響を観察したところ,1) シナプス形成の遅れ,2) シナプス応答の減少,3) 高頻度刺激によるシナプス伝達抑制の促進,4) 高頻度刺激によるシナプス小胞枯渇からの回復の遅れ,5) シナプス前性短期可塑性(PPF, augmentation, PTP)の損失,6) 順行性ミトコンドリア軸索輸送の阻害が認められた。4) 5) は,シナプス前細胞へのATP補給によって回復が認められたことより,神経終末に運ばれたミトコンドリアからのATPの供給がシナプス小胞のリサイクリングに必須であることが判明した。2) 3) は,ATP補給では回復せず,カルゴ輸送に依存したシナプス前終末蛋白質が関与していることが示唆され,シンタブリン-KIFB5モーター分子複合体による順行性ミトコンドリア軸索輸送およびカルゴ軸索輸送はシナプス形成とシナプス伝達の維持に重要であることが明らかとなった。

 

(6) シナプス前終末における伝達物質放出機構-Ca結合の生後発達変化

中村行宏1,2,Angus Silver3,David DiGregorio4,高橋智幸1,2
1同志社大学生命医科学部神経生理学研究室,
2沖縄科学技術研究基盤整備機構(OIST)細胞分子シナプス機能ユニット,
3 Department of Physiology, University College London,
4 CNRS UMR8118 Laboratoire de Physiologie Cérébrale,
Université Paris Descartes, France)

 生後7日齢(P7)ラットの脳幹聴覚中継巨大シナプスcalyx of HeldのEPSCは,EGTAのシナプス前終末への注入によって抑制されるが,生後発達に伴ってEGTAの効果は減弱し,聴覚獲得後のP14には消失する。一方,速いCa結合速度を持つBAPTAによるEPSC抑制作用は一定であることから,発達に伴って伝達物質放出機構に対するCaの結合強度が変化することが示唆されている。我々は,共焦点顕微鏡スキャンによるシナプス前終末Ca濃度変化の時空間的分布の解析から,発達に伴う①活動電位幅の短縮と②Caチャネル密度の減少がシナプス前終末へのCa流入を減少させることを明らかにしてきたが,①②のメカニズムがさらに伝達物質放出機構とCaの結合強度を調節しうるか検討した。P7calyxにペプチド性Caチャネル阻害剤を適用し,機能的Caチャネル密度を人為的に減少させた状態で,シナプス前終末内へEGTAを注入したところ,EPSCに対する抑制効果は減弱または消失した。一方P14calyxでは,TEAを適用し活動電位幅を増大させた状態でEGTAを注入したところ,EPSCに対する抑制効果が再現した。シナプス前終末における活動電位幅またはCaチャネル密度は,シナプス前終末内のCa濃度変化の時空間的分布を変えることよって,伝達物質放出機構に対するCaの結合強度を制御していると結論された。

 

(7) 扁桃体における抑制性オシレーションとそのドーパミン調節

村越隆之,大城博矩(東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系身体運動科学)

 扁桃体基底外側核(BLA)は情動反応と認知機能を仲介し記憶の固定に重要な役割を持つと考えられ,また様々な周波数で律動的同期現象を発し,病理的には癲癇原性にも関わる.我々はラット扁桃体脳スライスのBLA錐体ニューロンよりホールセル記録を行い,0.5-3Hzの同期抑制性シナプス活動を自発的または外包等入力線維刺激誘発により観察,このリズムが回路内の複数ニューロン間で同時観察される事を見出した。薬理学的検討の結果,このリズム維持にはA/K型グルタミン酸受容体による興奮性伝達が必須である事の他に,T型カルシウムチャネルおよびNMDA型グルタミン酸受容体が関与していた。この抑制性オシレーションに対し,ドーパミンは初期リズム活動依存的および濃度依存的に相反する作用を示した。すなわち弱い初期状態リズムに対しては低«中濃度ドーパミンは促進的に作用し,初期状態で強いオシレーションを発している場合には高濃度ドーパミンが抑制的に作用した。これらの作用に関わる受容体サブタイプを検討した結果,亢進作用にはD1様受容体の関与,抑制的な作用についてはD2様受容体関与の可能性が示唆された。In vivo動物実験の知見から,このリズムが海馬を中心とした内側側頭皮質での神経活動を同期させることでシナプス可塑性形成に寄与し,殊に情動的覚醒また睡眠時の記憶固定に関わる可能性があるのではないかと推察している。

 

(8) シナプスタグの分子実体を求めて

岡田大助(理化学研究所・脳科学総合研究センター・生物言語研究チーム)

 シナプス伝達が可塑的変化を起こす仕組み(表現機構)と,変化を起こすシナプスを決める仕組み(入力特異性機構)は初期可塑性ではほぼ解明されたが,長期記憶の細胞過程とされる後期可塑性では両機構とも未知である。それらを初期可塑性で起きた変化を持続させる仕組みと,持続するシナプスを決める仕組みとすれば,長期記憶で入力特異性機構の果たす役割とは長く覚える記憶内容を決定することである。後期可塑性は新しく発現誘導される蛋白群の機能に依存するので,その入力特異性機構とは初期可塑性の起きたシナプスでのみ新規合成蛋白が機能する仕組みである。

 シナプスタグ仮説では,細胞体で合成された蛋白質の機能を可能にする生化学的活性(=シナプスタグ)が初期可塑性で活性化すると仮定する。シナプスタグの生化学的実体とそれが制御する蛋白例は不明である。この活性を明らかにし,仮説を実証すれば後期可塑性の入力特異性機構の解明が見込める。我々の研究の結果,細胞体で合成される後期可塑性関連蛋白質Vesl-1Sの樹状突起からスパイン内への進入はシナプス入力による制御を受けており,この制御がシナプスタグの生化学的実体であること,Vesl-1Sはシナプスタグ仮説に従う挙動をする蛋白例であることがわかった。これらの結果により,シナプスタグ仮説が実証された(Okada et al. Science 324, 904-909, 2009)。

 

(9) ラット脊髄後角膠様質におけるサイレントシナプスの再考

八坂敏一1,2,David I Hughe 2,Erika Polgar 2,Gergely G Nagy 2
渡辺雅彦3,John S Riddell 2,藤田亜美1,水田恒太郎1
井上将成1,熊本栄一1,Andrew J Todd 2
1佐賀大学医学部生体構造機能学講座,
2グラスゴウ大学生物医学生命科学研究所脊髄グループ,
3北海道大学大学院医学研究科解剖学講座)

 NMDA受容体の応答のみが観察されるグルタミン酸作動性シナプスは,“サイレント”シナプスと考えられている。脊髄後角表層の細胞において,幼若ラットではこの現象が観察されるが,成熟ラットでは観察されないことが報告されている。今回我々は,解剖学的及び電気生理学的手法を用いてこの部位におけるサイレントシナプスについて再度検証した。まず,幼若及び成熟ラットの1-2層におけるAMPA受容体とPSD-95の共存を調べた。その結果,幼若及び成熟ラットでこれらはほぼ完全に共存していた。また,脊髄スライス標本にブラインドパッチクランプ法を適用し,サイレントシナプスを検出した。幼若では9%,成熟では12%のシナプスにおいて,サイレントシナプス,すなわちAMPA受容体の応答が見られない刺激強度でのNMDA受容体の応答が観察された。しかし,その後AMPA受容体の応答を再度調べると応答が観察された。この現象およびその他の結果により,これらはいわゆるサイレントシナプスではないことが示唆された。サイレントシナプスは実験プロトコールに依存していることが指摘され,これまでに脊髄後角において報告されたサイレントシナプスは,AMPA受容体がないことを示しているのではなく,例えば,新たに形成されたシナプスにおけるAMPA受容体の不安定性のような,他のメカニズムにより観察されたことが示唆される。

 

(10) ラット脊髄膠様質のGABAとグリシンによる抑制性シナプス伝達の
メリチンによる異なった修飾

熊本栄一,柳 涛,藤田亜美,岳 海源,朴 蓮花,水田恒太郎,青山貴博,八坂敏一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座(神経生理学分野))

 皮膚末梢から脊髄に至る痛み情報は,後角第II層(膠様質)に入力した後,興奮性や抑制性のニューロンからなる神経回路,様々な神経修飾物質の働きにより制御される。そのGABAとグリシン作動性の抑制性シナプス伝達がホスホリパーゼA2(PLA2)活性化により異なった経路で修飾を受けることを示唆する結果を得たので報告する。実験は,ラット脊髄横断スライス標本の膠様質ニューロンにホールセル・パッチクランプ法を適用することにより行い,PLA2活性化ペプチドのメリチンが抑制性シナプス伝達に及ぼす作用を調べた。メリチンはGABAおよびグリシン作動性シナプス伝達のいずれも促進したが,両者の間で薬理作用が異なっていた。Na+チャネル阻害剤テトロドトキシン,グルタミン酸受容体阻害剤,細胞外の無Ca2+, a1アドレナリン受容体阻害剤,マスカリン性とニコチン性のアセチルコリン受容体阻害剤,の各々は,メリチンによるGABA作動性シナプス伝達の促進を抑制した。一方,グリシン作動性シナプス伝達の促進は,それらの各々により有意に影響を受けなかった。以上より,メリチンはグリシン作動性のシナプス伝達を直接促進する一方,メリチンによるGABA作動性シナプス伝達の促進は興奮性シナプス伝達の促進と活動電位発生を介するものであり,a1アドレナリン受容体,マスカリン受容体およびニコチン受容体の活性化が関与することが示唆された。

 

(11) 抑制性シナプスの可視化と形態変化

栗生俊彦1,柳川右千夫2,小西史朗1
1徳島文理大学 香川薬学部 病態生理学講座,
2群馬大学 大学院医学系研究科 高次統御系脳神経発達統御学講座)

 中枢神経系の興奮性シナプスは,シナプス前部のvaricosityとシナプス後部のspineとの接触部位に形成される。Spineは,発生および活動に依存してその形態を変化し,活動依存性の形態変化は興奮性シナプスの長期増強を支える基質の一つとなっていることが提唱されている。一方,抑制性シナプスの可塑性も最近少しずつ明らかにされてきているが,その形態変化は,これまでほとんど明らかにされていない。

 そこで,抑制性シナプスの動態を可視化するために,抑制性シナプス前部および後部を蛍光蛋白質によって標識し,time-lapse imagingを試みた。Vesicluar GABA transporter(VGAT)- Venusトランスジェニック・マウスの海馬神経細胞を分散培養すると,Venus蛍光シグナルは抑制性神経細胞に特異的に発現しており,その軸索およびvaricosityにも蛍光を認め,抑制性シナプス前部の形態を可視化することができた。一方,抑制性シナプス後部の足場蛋白質であるgephyrinに蛍光蛋白質mCherryをつないだ遺伝子をアデノウイルスにより培養海馬ニューロンに導入発現させると,抑制性シナプス後部に局在したmCherry-gephyrin分子の集積が見られた。このように遺伝子改変マウスを用いる抑制性シナプス前部varicosityの標識とmCherry-gephyrinによる抑制性シナプス後部の標識を組み合わせることにより,抑制性シナプス前部および後部をコンフォーカル顕微鏡により同時に可視化することが可能となった。

 

(12) Molecular determinant differentiating Chlamydomonas channelrhodopsins

Hongxia Wang 1,2,Yuka Sugiyama 2,3,Takuya Hikima 1,2
Toru Ishizuka 1,Hiromu Yawo 1,2,3
1東北大学生命科学研究科,2東北大学脳科学グローバルCOE,
3東北大学医学系研究科)

 Channelrhodopsins (ChR1 and ChR2) are membrane proteins in the eyespot region of Chlamydomonas reinhardtii, and involved in the photomovement. ChRs are seven transmembrane opsins with a retinal linked in the seventh helix. When ChR is expressed in the mammalian cells, light could evoked an inward current. Despite high identities in the amino acid alignment, ChR1 and ChR2 are different in the photocurrent properties. Since ChR2 is now widely used to activate neurons by light, the molecular structure determining the wavelength and photocurrent differences between ChR1 and ChR2 still remain unclear. To identify the structures determining the differences, we constructed a series of chimeras by replacing the N terminal transmembrane domain of ChR2 with the counterpart of ChR1. The photocurrent evaluation indicated that the replacements of 5th and 7th helixes led to the change of the wavelength sensitivity. Further experiment showed that the exchanges of Tyr226 of ChR1 to Asn187 in the 5th helix and Leu291 to Ile252 (the counterpart in ChR2) in the 7th helix produced the wavelength shift. These results suggest that Tyr226/Asn187 of the 5th helix and Leu291/Ile252 of the 7th helix in ChR1/ChR2 are responsible for the wavelength difference. During these experiments, we identified a few ChRs with green light preference or with enlarged photocurrent which were more suitable for stimulating neurons than wild ChRs.

 

(13) モノカルボン酸トランスポーターを介したアストロサイトによる
シナプス伝達の制御

加藤総夫,永瀬将志
(東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・神経生理学研究室)

 アストロサイトやニューロンは乳酸を細胞内外間で輸送する特異的トランスポーター(モノカルボン酸トランスポーター,MCT)を発現しているが,そのニューロン活動における意義は大部分未解明である。脳幹スライスを作成し,延髄孤束核ニューロンから膜電位ならびに膜電流を記録して選択的MCT阻害薬a-cyano-4-hydroxycinnamic acid(CHCA)の影響を評価した。CHCAは一次求心線維刺激によって生じるEPSC振幅を約45%まで有意に減少させた(EC50=340mM)。この減少はpaired-pulse ratioの有意な変化を伴わず,またほぼ同程度の減少がAMPA直接微量投与によって生じるAMPA受容体電流にも観察された。IPSC振幅は約20%有意に抑制されたがその程度はEPSC振幅におけるよりも有意に小さかった。通常のグルコース供給がある状態においても,シナプス伝達,特にシナプス後膜でのEPSCもしくは興奮性電流発生に関わるエネルギー消費の多くの部分が乳酸の供給によって維持される可能性が示された。グリア・ニューロン連関におけるその意義を提唱した。

 

(14) 海馬CA1 GABAシナプスにおけるアストロサイトによる
細胞外Cl-バッファリング

江川 潔1,山田順子2,古川智範1,柳川右千夫3,福田敦夫1
1浜松医科大学医学部生理学第一講座,
2弘前大学大学院医学研究科脳神経生理学講座,
3群馬大学大学院医学研究科遺伝発達行動学分野)

 GABA作動性神経伝達におけるアストロサイトによる[Cl-]o調節機能を明らかにする目的で,GABA細胞の過剰興奮に伴うアストロサイトのGABA応答と抑制性神経伝達への関与を回路網レベルで検討した。電流注入によりGABA細胞を連続発火させると,近傍のアストロサイトからは高い確率で内向き電流が記録され,この内向き電流は低濃度の競合的GABAA受容体阻害剤(BMI 2mM)で完全にブロックされた。GAT1阻害剤にてニューロンへのGABAの再取り込みを阻害すると内向き電流は有意に増大し,GAT3成分の電流も記録された。これらの結果から,アストロサイトはシナプス間隙からspill-overしたGABAに応答し,主としてGABAA受容体を介して細胞外へCl-を流出させることが明らかとなった。GABA細胞発火により記録されるGABA応答電流は,ギャップジャンクション阻害剤投与によりGABA細胞-アストロサイト間の距離依存的に著明に減弱した。錐体細胞層のニューロンより分子網状層テタヌス刺激によるIPSCを記録すると,刺激後半でのEIPSCの脱分極性シフトはギャップジャンクション阻害剤により有意に増大した。以上から,アストロサイトはギャップジャンクションを介して細胞外Cl-濃度を空間的にバッファリングすることで過剰神経活動時のCl-濃度勾配破綻に対し防御的な役割を果たしている可能性が示唆された。

 



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