2010年2月12日−2月13日
代表・世話人:矢田俊彦(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
所内対応者:箕越靖彦(生理学研究所発達生理学研究系生殖・
内分泌系発達機構研究部門)
【参加者名】
北村忠弘(群馬大学),嶋津 孝(愛媛大学),児島将康(久留米大学),清水弘行(群馬大学),中林 肇,井上 啓(金沢大学),大村 裕(九州大学),豊田行康,戸田州俊,佐藤寛之(名城大学),三木隆司,李 恩瑛(千葉大学),山田哲也(東北大学),牛飼美晴(鹿児島大学),斉藤昌之,米代武司(天使大学),矢田俊彦,加計正文,尾仲達史,岩崎有作,前島裕子,Udval Sedbazar(自治医科大学),岡村 均(京都大学),森川吉博,小森忠祐(和歌山県立医科大学),井上尚彦(味の素(株)),伊藤 誠(日本たばこ産業(株)),山下 均(中部大学),日比壮信,小治健太郎(花王(株)),高木一代(中京女子大学),松尾 崇(宮崎大学),箕越靖彦,志内哲也,岡本士毅,稲垣匡子,戸田知得,上條真弘,横田繁史,唐 麗君,Eulalia Coutinho,内田邦敏(生理学研究所)
【概要】
本研究会は,末梢・中枢クロストークによる摂食,代謝,脳・全身機能の調節をテーマとした。末梢から中枢への求心性迷走神経を介する情報連絡に関して,自治医科大学の岩崎から「摂食抑制ペプチドNesfatin-1の求心性迷走神経細胞への作用」,群馬大学の清水から「ネスファチン-1の末梢投与効果発現機構」,金沢大学の中林から「インクレチンが食後血糖を制御する神経性機序:肝・胃神経連関の検討」について報告された。
神経ペプチドによる中枢から末梢への自律神経を介する情報連絡に関して,久留米大学の児島から「グレリンによる自律神経機能の調節」,自治医科大学の尾仲から「PrRPの摂食とエネルギー代謝における働き」,生理学研究所の志内から「視床下部オレキシンによる骨格筋での糖代謝調節と動機付け摂食行動連関」,天使大学の米代から「ヒト褐色脂肪によるエネルギー消費と肥満との関係」について報告された。
視床下部と膵島の機能を調節する新しい因子として,和歌山県立医科大学の小森から「視床下部・膵ラ氏島のレプチン誘導性新規転写制御因子」,群馬大学の北村から「視床下部Sirt1と摂食制御」,自治医科大学の加計から「膵b細胞Kv2.1チャネルの代謝性調節」について報告された。
本研究会の目玉として京都大学岡村均教授は特別講演「生体リズム異常と病気」において,生体リズムによるホルモン分泌や血圧の制御と変調の卓越したご研究を解説して下さり,深く感銘を受けた。本研究領域の創始者である大村裕博士の「グルコース感受性ニューロンが産生するオレキシンAの空間認知効果」のお話から摂食と学習の密接な関連を学び,また嶋津孝博士は示唆に富む多くの発言により会を盛り上げて下さった。一方で多くの大学院生や若手研究者が活発に討議に参加し,末梢・中枢クロストーク研究と世代間クロストークの双方で実り多い研究会となった。
岩崎有作1,加計正文2,中林 肇3,矢田俊彦1
(1自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門,
2自治医科大学さいたま医療センター総合医学第1,3金沢大学保健管理センター)
【目的】Nesfatin-1(Nesf-1)は,2006年に発見された内因性摂食抑制ペプチドであり,中枢から末梢臓器まで広く分布する。Nesf-1の中枢,末梢投与は摂食を抑制するが,末梢Nesf-1の摂食抑制機序は不明である。本研究では,迷走神経求心路を介した摂食抑制経路を検討するために,迷走神経求心神経節(nodose ganglion: NG)細胞に対するNesf-1の直接的作用を,細胞内Ca2+応答を指標に検討した。
【方法】マウスのNGを摘出,酵素処理により単一細胞を調整し,FBSと抗生物質を含むMEM培地にて18-36h培養した。Fura-2を用いた蛍光画像解析により,細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)動態を測定した。
【結果,考察】Nesf-1(0.1-10 nM)はNG細胞の[Ca2+]iを濃度依存的に増加させ,12.5%(33/263)の細胞が10 nM Nesf-1に応答した。この応答は細胞外Ca2+除去により完全消失し,N型Ca2+チャネル阻害剤により強く抑制された。従って,Nesf-1は求心性迷走神経に直接作用し,N型Ca2+を介して[Ca2+] iを上昇させた。全てのNesf-1応答細胞が摂食抑制性消化管ホルモンcholecytokin-8(CCK-8)にも応答したことより,Nesf-1の摂食抑制経路の一部はCCK-8と共通しているのかもしれない。
清水弘行,大崎 綾,土屋天文,森 昌朋(群馬大学大学院病態制御内科学)
ネスファチン-1末梢投与による摂食抑制作用発現機構に関し検討を加えた。ネスファチン-1ならびにその活性部分と考えられるmid-segment(M30)の腹腔内投与は用量反応性にマウスの摂食行動を抑制し,M30の皮下投与はより長時間の摂食抑制作用を示した。ネスファチン-1末梢投与による摂食行動抑制は,カプサイシン前処置マウスにおいて完全に消失することから,迷走神経系を介した機構の存在の可能性が示唆される。またネスファチン-1は,nodose ganglionから単離したニューロンに対して直接的な作用を発現する事実も判明し,迷走神経求心路のニューロンを活性化することが明らかとなってきた。一方,ネスファチン-1のELISA系を確立し,ヒトにおいてはBMIの増加とともに血中ネスファチン-1濃度が減少することが判明するとともに,マウス腹腔内への250pmol/g BWネスファチン-1投与では,投与30分後に血中ネスファチン-1濃度が約1.5倍に増加し,血中インスリン濃度の有意な減少が観察されたが,血中GLP-1濃度や血糖値には有意な影響は認められず,ネスファチン-1以外の液性因子の変動を介した中枢への摂食抑制機構の可能性は少ないものと考えられた。以上の結果より,ネスファチン-1の末梢投与による食欲抑制シグナルは,主に迷走神経系を介して摂食中枢に働き,動物の摂食行動を抑制するものと考えられる。
中林 肇1,中林逸子2,西澤 誠3,中川 淳3,新島 旭4
(1金沢大学保健管理センター,2金沢大学血管分子生理学,
3金沢医科大学内分泌代謝制御学,4新潟大学生理学)
【背景・目的】糖尿病管理に重要な食後血糖は主に胃排出とインスリン(イ)分泌に影響される。今回は胃排出に強く関与する迷走神経(迷神)活動に,GLP-1等が与える影響を検討した。
【方法・結果】麻酔下にラットの胃・肝迷神活動を測定した。GLP-1の生理学的(0.05, 1.0pmol),傍生理学的(0.2pmol),薬理学的(4.0pmol)量の1分間門脈内投与(pv)は肝迷神求心性活動を90分以上にわたり用量依存性に有意に促進した(既報)。1) 胃迷神遠心性活動は,GLP-1各量pv時,正常群では90分以上にわたり用量依存性に有意に減少し,肝迷神切断群と対照群では不変。GLP-1各量大腿静脈投与(fv)時も胃迷神遠心性活動は有意に減少し,肝迷神切断群では不変。2) 長時間作用型GLP- 1analog NN2211の0.2, 4.0pmol, pv時,肝求心性活動の増加と,胃遠心性活動の減少を持続的にみとめたが,肝迷神切断群では消失した。また,4.0pmol, fv時,肝求心性活動は60分に頂値をみる一過性増加を示し,胃遠心性活動も一過性減少にとどまった。3) 門脈中にGLP-1と等モルで同時放出され胃作用をもつGLP-2, pv時両神経活動は変化せず,節神経節神経細胞ではRT-PCRにてGLP-1Rと異なり,-2R遺伝子発現を検出しなかった。
【結論】GLP-1は迷神を介し肝・胃および肝・膵神経連関を惹起するが,GLP-2はしない。この事実はGLP-1が食後血糖の制御に強く関与することを示唆する。
岡村 均(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学講座システムバイオロジー分野)
生体リズムは地球に住む生物にとっては基本的性質であり,哺乳類においては,多くの生理機能が生体時計の下に動いている。近年,生体のほぼ全ての細胞に時を司る時計遺伝子clock genesがあり,このわずか数個のこの時計遺伝子が,数千もの細胞機能に重要な遺伝子を周期的に発現させることが解明された。しかし,近年は長時間労働や,不夜城と化した生活環境の急速な浸透によりライフスタイルが劇的に変動し,生体リズムシステムが破綻の危機に陥っている。このため,生体リズムの異常がもたらす疾病に関心が集まっており,従来の睡眠異常や躁うつ病のみでなく,高血圧,メタボリック症候群,発癌など生活習慣病に至る機構が注目されている。特に,循環器疾患と生体リズムの関係は高血圧の罹患率が昼夜交代勤務者において高いことなどから疫学的にはよく知られていたが,実際に体内時計と高血圧を結びつける分子機序についてはこれまで全く不明であった。最近,我々は生体リズムの消失した遺伝子改変マウス(Cry-nullマウス)を用いてリズム異常に関連する病態を検索した。その結果,Cry-nullマウスでは,副腎球状層で新しいタイプのステロイド合成酵素の異常産生が起こり,アルドステロン分泌が過剰となり,食塩感受性の高血圧を示すことを見出した。このように,リズム異常は,機能遺伝子の発現異常を介して,多くの疾病発症に関与すると考えられる。
大村 裕,粟生修司,福永浩司(九州大学)
ORX-Aは空腹物質でGSNsに作用して,摂食を促進させる。GSNsはアクソンを海馬CA1ニューロンに伸ばし,生体の空間認知に関与している。ORX-A(1.0-10nM)をラット第三脳室に投与して,Morrisの水迷路学習に対する効果を検討したところ,空間認知は抑制された。ORX-Aを海馬スライス標本に投与した実験でも,長期増強が抑制された。このとき,シナプス前の伝達物質放出も障害された。また海馬CA1ニューロンのカルモジュリンキナーゼIIのリン酸化も抑制された。摂食と高次脳機能との関係は複雑である。
米代武司,斉藤昌之(天使大学大学院看護栄養学研究科)
褐色脂肪の機能不全が肥満の一因となることは,マウスなどでは良く知られていた。我々はヒト褐色脂肪の機能をFDG-PET/CTにより評価し,寒冷刺激で活性化することや肥満度と逆相関することなどを明らかにしてきた。本研究では,健常被験者を対象にして,全身エネルギー消費に対して褐色脂肪がどの程度貢献するのかを定量的に測定し,肥満,特に加齢に伴う体脂肪蓄積との関係を解析した。健康な男女135名(20~73歳)を被験者とし,急性寒冷刺激後FDG-PET/CT撮影を行ったところ,若年者(20~39歳)の約半数で鎖骨上部にFDG集積が認められ,これが褐色脂肪であることが確認された。しかし,中年者(40歳以上)では褐色脂肪の検出率は10%未満であった。年齢と肥満度との関係を調べたところ,褐色脂肪を消失した者では加齢に伴いBMIや体脂肪率,内臓脂肪面積などが増加するが,褐色脂肪を有するものではこれらの指標がほとんど増えなかった。更に,褐色脂肪の保有者と消失者で呼気分析を行った結果,酸素消費量が前者で有意に高いことが判明した。従って,ヒト成人でも寒冷刺激によって活性化される褐色脂肪が高頻度に存在し,全身エネルギー消費の一成分として加齢に伴う肥満進展の抑止に寄与していることが判明した。これらの結果を中心に,褐色脂肪活性に関与する遺伝並びに環境要因について発表する。
小森忠祐,森川吉博(和歌山県立医科大学医学部第二解剖学)
近年,肥満に,糖尿病,高血圧,高脂血症が合併したメタボリック症候群が深刻な社会問題となっており,その病態の中で肥満は中心的役割を担っていると考えられている。肥満は摂取エネルギー量が消費エネルギー量を超えたときに生じるが,この体内エネルギーバランスの恒常性を制御する最も重要な分子の一つがレプチンである。白色脂肪細胞から分泌されたレプチンは,脳の視床下部にあるレプチン受容体に結合することにより摂食やエネルギー消費を制御する。しかし,ヒト肥満において,レプチンの異常によるものはごくまれで,ほとんどの場合,血中レプチン濃度が高い,いわゆるレプチン抵抗性の状態にあることが示されている。そこで我々は,レプチン欠損ob/obマウスにレプチンを投与し,そのマウスの脳よりレプチンで誘導される9個の遺伝子を単離した(leptin-inducible transcripts: LIT)。この中のLIT-1は,視床下部や膵臓において,レプチンによって誘導され,グレリン受容体の発現を抑制し,それによって摂食促進やインスリン分泌抑制などのグレリンの作用を負に制御していることが示唆され,また,肥満糖尿病患者においても,LIT-1の3’-flanking領域に有意なSNPの異常を発見した。これらのことから,レプチン抵抗性,及び肥満からの糖尿病発症にLIT-1の異常が関与している可能性が示唆された。
北村忠弘(群馬大学生体調節研究所 代謝シグナル研究展開センター)
NAD+依存性のタンパク脱アセチル化酵素であるSirt1は,Foxo1などの基質の脱アセチルを介してインスリン感受性・代謝を制御することが報告されているが,Sirt1の中枢性代謝制御への役割は未解明である。そこで,Sirt1が視床下部で摂食行動・エネルギー代謝制御機構を調節するかを検討した。
1) Sirt1は視床下部でAgrp及びPomc陽性ニューロンで発現している。
2) Sirt1の視床下部におけるタンパク量は,絶食後の再摂食で増加する。この変化はRNAレベルでは見られない。
3) Sirt1は視床下部および視床下部培養細胞N41においてユビキチン修飾を受け,プロテオソーム阻害剤存在下でタンパク量が増加する。
4) マウスの視床下部内側基底部へのSirt1発現ウイルスのmicro-injectionによるSirt1の強制発現は,核内滞留型Foxo1による摂食と体重の増加を有為に抑制する。
5) Sirt1は摂食促進神経ペプチドであるAgrpの転写を抑制する。この効果にはSirt1酵素活性が必須である。また,核内滞留型Foxo1によって亢進したAgrpの転写活性をSirt1は抑制する。なお,Sirt1はPomcプロモーター活性には影響を及ぼさない。
以上より,栄養素やホルモンによって視床下部Sirt1タンパク量が調節され,AgRPの発現調節を介して摂食がコントロールされると考えられる。
児島将康,佐藤貴弘(久留米大学分子生命科学研究所・遺伝情報研究部門)
申請者らは1999年に胃組織からグレリン(ghrelin)を発見し,これが成長ホルモン分泌促進作用を示すとともに,強力な摂食亢進作用を持つことを明らかにした。グレリンは胃から分泌されて血中を流れるペプチド・ホルモンであり,3番目のSer残基の側鎖が脂肪酸であるn-オクタン酸(C8:0)によって脂肪酸修飾を受けており,さらにこの脂肪酸修飾が活性発現に必須であるという極めてユニークな構造をしている。グレリンは,末梢投与によって摂食亢進作用を示す内因性のペプチド・ホルモンとして唯一のものであり,血中投与や皮下投与によって強力な摂食亢進作用を示す。グレリンは摂食促進や成長ホルモン分泌を調節することによって,生活習慣病や摂食障害の病態と密接な関連がある。
これまでに目立った表現型は見つかっていないグレリンKOマウスについて,申請者らは野生型マウスと比較して詳細に検討した。その結果,グレリンKOマウスにおいて自律神経機能に異常があることを見つけ出した。グレリン欠損マウスに対して無線テレメトリーシステムを用いて非侵襲的に血圧・心拍数・体温などの自律神経機能を調べた結果,グレリン欠損マウスは血圧不安定,体温維持機構の異常,消化管運動の低下,血圧・体温の日内リズム異常など,自律神経系の異常を示すことが明らかになった。中枢性摂食異常症の患者においては単に摂食障害だけでなく,その他の様々な異常を訴える。これらは血圧・体温・消化管機能などの自律神経系の異常が多く,今回のグレリン欠損マウスの表現型との関連が興味深い。
またグレリン投与によって体温が低下することがわかった。すなわちグレリンは体温を下げることで,余分なエネルギー消費を抑えて,生体の生存に有利な栄養蓄積を行うのだと考えられた。
加計正文(自治医科大学さいたま医療センター総合医学第1)
膵b細胞活動電位発生に重要な電位依存性K+チャネル(Kv2.1)が低濃度ブドウで抑制されることがわかった。ラットb細胞およびKv2.1発現細胞(HEK293細胞)を用いてNystatin法(N法),Whole-cell clamp法(W法)でKv2.1電流を観察した。Kv2.1はブドウ糖濃度2.8mMで電流減少,16.6mMで電流増加がみられた。減少前値との相対変化率は前者0.48±0.10(n=4)後者で1.11±0.06(n=5, P<0.003)だった。グリセルアルデヒド(11mM)はKv2.1抑制を防止(0.97±0.04, n=7),10mMピルビン酸,ketoisocaproic acid,またはMgATP細胞内適用も同様だった。FCCPはKv2.1を抑制(0.69±0.06, n=8, P<0.002),細胞内MgATP0mMもKv2.1を抑制した。HEC293において細胞内MgATP10mMはチャネル抑制を防止し(0.95±0.08, n=6),細胞内MgATP0mMによりチャネルは抑制された(0.46±0.07, n=5 P=0.001vs10mM)。以上から膵b細胞のKv2.1チャネルはブドウ糖濃度依存性に調節されている。その調節因子はMgATPを含む細胞内代謝が重要である。Kv2.1チャネルは膵b細胞以外に心臓や神経細胞にも発現していることが知られている。この代謝調節性チャネル活動制御機構は発現各臓器において重要な活動電位制御をしている可能性がある。
尾仲達史,高柳友紀(自治医科大学医学部生理学講座神経脳生理学部門)
神経ペプチドPrRPを産生するニューロンは延髄弧束路核,延髄腹外側部,視床下部背内側核に存在する。延髄弧束路核のPrRP産生ニューロンは摂食により活性化される。PrRP遺伝子欠損動物は,18週齢以降に過食となり肥満を呈し糖代謝異常が生じる。PrRP遺伝子欠損動物では一回摂食量が増えており,末梢の満腹物質であるCCKによる摂食抑制作用が大きく減弱していた。これらのデータから,PrRPは中枢における満腹シグナルの伝達を担っている可能性が示唆される。
エネルギー消費に関し,PrRPを外来性に投与すると体温が上昇し酸素消費量が増大すると報告されている。しかし,PrRP遺伝子欠損動物で観察される肥満は摂食量を野生型と同じに制限すると観察されなくなる。また,安静時の酸素消費量は野生型と有意な差はない。これらのデータから,PrRPは安静時におけるエネルーギー消費には大きな働きをしていないことが示唆される。ストレス刺激はPrRP産生ニューロンを活性化し酸素消費量を増大させることが知られている。PrRP遺伝子欠損動物においてはストレス負荷時の酸素消費量増大反応が減弱していた。従って,PrRPはストレス負荷時のエネルギー消費に重要であることが示唆される。
志内哲也,箕越靖彦(生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門)
視床下部外側野とその周辺に局在するオレキシンニューロンは,睡眠・覚醒レベルを制御するほか,摂食行動,動機付け行動の調節及び交感神経系の調節に関与する。交感神経は,視床下部への電気的刺激あるいはレプチン投与により活性化し,視床下部腹内側核(VMH)はその調節部位の一つである。最近,我々は,電気生理学的実験によって,オレキシンを作用させるとVMHニューロンが直接興奮するという結果を得た。そこで,VMHにオレキシンを投与すると,マウス及びラットにおいて骨格筋を支配する交感神経活動が選択的に上昇すると同時に,骨格筋においてグルコースの取込みが増加することを見出した。このようなオレキシンによるグルコース代謝亢進作用は白色脂肪組織においては見られず,また,摂食量,自発運動量,血漿インスリン濃度に変化はなかった。VMHへのオレキシン投与は,インスリンによるグルコースの取込み及びグリコーゲン合成促進作用をも増強した。さらに,各アドレナリン受容体の選択的阻害剤を投与した実験並びにbアドレナリン受容体遺伝子欠損マウスの骨格筋にb2受容体遺伝子を導入した実験によって,オレキシンによるグルコース取込み促進作用に骨格筋のb2受容体が必要であることを突き止めた。
オレキシンニューロンは,動機付け行動により活性化する。一方,味覚刺激や炭水化物の経口摂取が交感神経活動を亢進させ,熱産生を引き起こすことが知られている。そこで,サッカリン溶液を自発的に摂取するように訓練したマウスを用いて,サッカリン摂取がオレキシンニューロン,骨格筋でのグルコース代謝にどのような効果を及ぼすかを調べた。その結果,サッカリンの自発的摂取後,オレキシンニューロンが活性化し,インスリンによるグルコース取込みおよびグリコーゲン合成促進作用が増強することを見出した。この作用は,VMHへのオレキシン受容体拮抗薬の両側性投与,あるいはb2受容体阻害薬の腹腔内投与によって抑制された。また,グルコースによって動機付けしたマウスのVMHにオレキシン受容体拮抗薬を両側性に投与すると,グルコース経口摂取後の血糖値上昇がより増強した。これに対して腹腔内にグルコースを投与する方法およびオレキシンノックアウトマウスでは,このような変化は見られなかった。
以上のことから,オレキシンによる骨格筋でのグルコース代謝亢進作用は,VMH−交感神経−b2受容体経路を介しており,強い動機付けによる摂食行動直後のエネルギー代謝調節に関与すると考えられる。