生理学研究所年報 第31巻
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17.貪食細胞機能のイメージング

2010年1月20日-1月21日
代表・世話人:岡村康司(大阪大学大学院・医学系研究科・生命機能研究科)
所内対応者:永山國昭(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
生体2光子励起イメージングによる破骨細胞(骨の貪食細胞)の
遊走・分化・機能の可視化
石井 優(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング)

(2)
劇症型ARDSの発症に関与するMyeloperoxidase
-トリインフルエンザH5N1感染患者とPR-8(H1N1)感染モデルマウスに共通の因子-
鈴木和男(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学)

(3)
食作用時の活性酸素生成酵素NADPHオキシダーゼの活性化機構
住本英樹(九州大学大学院医学研究院・生化学分野)

(4)
Rac-RhoGDI複合体の解離・活性化メカニズム
-Rac-RhoGDI複合体の解離は食胞膜上で起こる-
上山健彦(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野)

(5)
電子線クライオトモグラフィー法によるT7様ウイルスのシアノバクテリアへの感染過程の解析
村田和義(生理学研究所・脳機能計測支援センター)

(6)
イノシトールリン脂質代謝系の自己組織化による自発運動シグナル発生
上田昌宏(大阪大学大学院・生命機能研究科)

(7)
貪食細胞における電位依存性プロトンチャネルの役割
大河内善史(大阪大学大学院・医学系研究科)

【参加者名】
岡村康司(大阪大学大学院医学系研究科),永山國昭(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター),石井 優(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング),菊田順一(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング),島津 裕(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング),鈴木和男(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学),菅 又一(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学),長尾朋和(千葉大学大学院医学研究科・炎症制御学),住本英樹(九州大学大学院医学研究院・生化学分野),斉藤尚亮(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野),上山健彦(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野),孫 正賢(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野),佐々木雄彦(秋田大学大学院医学系研究科),千田進介(秋田大学大学院医学系研究科),村田和義(生理学研究所・脳機能計測支援センター),上田昌宏(大阪大学大学院・生命機能研究科),大河内善史(大阪大学大学院医学系研究科)


【概要】
 貪食細胞は,従来の異物を除去するという側面だけでなく,獲得免疫の活性・制御に関わる重要な免疫細胞でもある。貪食細胞の機能が欠損すると,感染症疾患,自己免疫疾患に繋がることから,貪食細胞機能の理解は,医療分野の発展にもつながる研究である。現在までに,貪食に関わる多くの分子が同定され,その機能が明らかにされてきたが,貪食細胞機能を理解するためには,それらの分子の時間的・空間的理解,すなわち,どこに局在し,どのタイミングで活性化するのかを明らかにすることが必要である。そのためには,各分子の蛍光イメージング技術が非常に有効である。貪食は,異物の認識から始まり,細胞内への取り込み,殺菌・分解といった各過程が連続して起きる。近年のイメージング技術の進歩により,これらの細胞内過程の詳細が明らかになってきたが,日本から発信されている研究の貢献度がきわめて高い。本研究会では,これらの細胞内機能の各過程に関わる分子を研究している研究者が一同に会し,各分子の時空間的機能を議論した。本研究会は,また,国際イメージング学会と一部合同で行われ,生きたままの個体を用いて貪食細胞の動きをとらえる技術がいかに重要であるかを議論する一方,現在世界的に恐れられているトリインフルエンザウイルスに対する生体防御機構を議論した。今後,個体レベルの解析から細胞・分子レベルの解析に渡る各階層の統合的な理解が進むと期待される。

 

(1) 生体2光子励起イメージングによる破骨細胞(骨の貪食細胞)の
遊走・分化・機能の可視化

石井 優(大阪大学免疫学フロンティア研究センター・生体イメージング)

 破骨細胞は単球・マクロファージ系血液細胞から分化する多核巨細胞であり,硬質の骨組織を融解・吸収する特殊な能力を有する。関節リウマチや骨粗鬆症などの骨吸収性疾患では,破骨細胞の機能亢進が病状形成に重要な役割を果たしている。これまでに,破骨細胞分化に関与する数多くの分子機構が明らかにされているが,これらの細胞がいかにして骨表面にリクルートされるのか,また具体的にin vivoでどのように機能しているのかなど,不明な点が多く残されていた。

 演者は最近,2光子励起顕微鏡を駆使してマウスを生かしたままの状態で骨組織内を観察するイメージング方法を確立した。この方法を用いると,骨組織のリモデリングに関わる破骨細胞や骨芽細胞,骨髄内で分化・成熟を遂げる単球・顆粒球・リンパ球,その他の間葉系細胞や血液幹細胞などの生きた動きを,リアルタイムで観察することができる。演者は特に,破骨細胞の動きと機能に注目して解析を行い,この前駆細胞の骨への遊走・位置決めが,種々のケモカインや脂質メディエーター(スフィンゴシン1リン酸)によって動的に調節されていることを明らかにした。

 

(2) 劇症型ARDSの発症に関与するMyeloperoxidase
-トリインフルエンザH5N1感染患者とPR-8(H1N1)感染モデルマウスに
共通の因子-

鈴木和男(千葉大学大学院医学研究科・免疫発生学・炎症制御学,
国立感染症研究所・免疫部)

 ベトナムでのトリインフルエンザウイルス(H5N1)感染が,劇症型ARDS(FARDS)を誘発することを報告した(J. Infect. Dis., 2009)。その発症機序解明と治療法を開発するため,IFV-PR8(H1N1)インフルエンザウイルス感染誘導の劇症型肺傷害モデルマウスを作製し,肺傷害機構にかかわるサイトカインストームに連動する因子を検討した。肺組織像の変化は,3-4日後に炎症細胞の浸潤が顕著になり,肺気管洗浄液(BALF)中に多数の好中球と剥離上皮細胞を認めた。BALF中のサイトカイン・ケモカインレベルは,感染2日後にIL-1 a, b, GM-CSF,KCが上昇し,感染4日後にMCP-1,IL-6,G-CSF,IL12p40が上昇した。一方,BALF中に多数浸潤する好中球と同時に好中球顆粒酵素Myeloperoxidase(MPO)活性も上昇した。そこで,MPO-KOを用いて肺傷害へのMPOの関与を検討し,肺組織でのIFVの増加は,MPO-KOでは,3日後までほぼ陰性で,4日後に陽性細胞が急速に増加した。また,MPO-KOでは,BALF中の細胞浸出の程度も弱かった。マウスBALF中でのIL-1a, b, GM-CSFに続くKCの急激な上昇は,4日後に観察された好中球の劇的な肺浸潤の増加に重要な役割を担い,それに続くMCP-1の上昇は,Th1や単球(マクロファージ)の遊走,活性化を持続させ極端な炎症細胞の活性化状態が持続していると考えられる。また,MPO-KOの解析から,IFVによって活性化した好中球から放出されるMPOが組織傷害にも関与していることが推定される。これらの結果は,H5N1感染患者の血清および咽頭洗浄液中のサイトカイン・ケモカインとMPOの変動と共通性があると予想される。

 

(3) 食作用時の活性酸素生成酵素NADPHオキシダーゼの活性化機構

住本英樹(九州大学大学院医学研究院・生化学分野)

 食細胞の1つである好中球は,微生物の侵入局所に速やかに集まり,侵入微生物を認識・貪食し殺菌する。この殺菌過程には活性酸素が極めて重要な役割を演じるが,その活性酸素生成を担うのが食細胞NADPHオキシダーゼである。本酵素は細胞休止時には不活性型であるが,微生物の食作用(phagocytosis)時にファゴゾーム膜上で活性化されスーパーオキシド(O2-)を生成するようになる。オキシダーゼの酵素本体である膜蛋白質gp91phox(p22phoxと2量体を形成)は,細胞膜と特殊顆粒(好中球の細胞内顆粒の1つ)の膜に多量に存在する。しかし,これだけではO2-の生成は起らない。gp91phoxが活性化されO2-を生成するには,細胞休止時には細胞質に存在する3つの特異的蛋白質(p47phox,p67phox,p40phox)と低分子量G蛋白質Racが必要である。食作用時に,p47phox- p67phox-p40phoxの3者複合体とRacは細胞質から別々にファゴゾーム膜に移行するが,ファゴゾーム膜上でp67phoxはRacと結合してgp91phoxの構造変化を引き起こし,その結果としてgp91phoxの活性化(O2-生成)がおこる。3者複合体のファゴゾーム膜への移行には,(1) 食作用時にリン酸化され活性化されたp47phoxの「SH3ドメインを介した膜蛋白質p22phoxとの結合」および「PXドメインを介した膜リン脂質との結合」,(2) 閉じたファゴゾーム膜(closed phagosome)で生成されるホスファチジルイノシトール3-リン酸(PI3P)とp40phoxとの結合,等々が必要である。

 

(4) Rac-RhoGDI複合体の解離・活性化メカニズム
-Rac-RhoGDI複合体の解離は食胞膜上で起こる-

上山健彦(神戸大学・バイオシグナル研究センター・分子薬理分野)

【背景】貪食細胞におけるNADPH oxidase(Nox)であるNox2の活性化には,膜成分である flavocytochrome b558(heterodimer of Nox2 and p22phox)と,細胞質成分である p40phox, p47phox, p67phox の複合体(p40phox -p47phox -p67phox complex)とsmall GTPase Racとの膜での複合体形成が必須である。また, p40phox -p47phox -p67phox complex とRacは,独自のメカニズムにより,膜にターゲットすることが知られている。Racは,静止時にはRhoGDIと複合体を形成し不活性化型として細胞質に存在するが,刺激時には活性化型として膜上で機能する。RhoGDIからの解離が,Rac活性化の必修のステップであることは周知の事実であるが,この現象が細胞内のどこで,どのようなメカニズムにより起こるのか,などの詳細はわかっておらず,漠然と細胞質内で起きていると信じられてきた。今回我々は,RacのRhoGDIからの解離および活性化が,細胞内のどこで起こるのか,更に,そのメカニズムの解明を行った。

【結果】貪食細胞に,Phospholipase D2(PLD2)を過剰発現させると,Rac-RhoGDI複合体の膜での集積が増強したが,ROS産生の増加は軽度であった。一方,Rac特異的なGuanine nucleotide exchange factor(GEF)であるTiam1の過剰発現では,Racの集積の増強は誘導できず,ROS産生量の増加も軽度なものであった。しかし,PLD2とTiam1を共発現させると,著名なROS産生の増加が観察された。

【考察】貪食時のRacの活性化には,少なくとも1. Rac - RhoGDI複合体の膜移行,2. 膜上でのRacのRhoGDIからの解離・活性化,という2つのステップが存在すると考えられた。

 

(5) 電子線クライオトモグラフィー法によるT7様ウイルスのシアノバクテリアへの
感染過程の解析

村田和義(生理学研究所・脳機能計測支援センター)

 T7様ウイルスは,分子生物学的に最も良く調べられているウイルスの一つであり,正二十面体からなるキャプシドに二重鎖DNAを格納し,そのペントンの一つに,6本のスパイクファイバーで囲まれた伸縮しない短いテイルを持つ。そして,このテイルを宿主の細胞膜と結合させて,そこからファージDNAを宿主に注入する。ところが,その細菌への感染過程の構造学的な詳細についてはあまり知られていない。本研究では,シアノバクテリアProchrolococcus MED4(直径~0.5mm)を用い,これに特異的なT7様ウイルスP-SSP7を感染させて,その過程を電子線クライオトモグラフィー法で調べた。細胞壁表面に吸着したファージは,細胞表面とテイルとの角度によって3種類に分類することができた。吸着したファージの50%はその様相から休眠状態(Sleeping)であることがわかった。さらに,テイルの周りにあるスパイクファイバーと呼ばれる器官の構造変化を3次元像の多変量解析により調べた結果,ファージの吸着過程が進むにつれて,キャプシドの表面に沿って折りたたまれたスパイクファイバーが,テイル先端方向に持ち上がり,テイルに対して垂直に伸びることがわかった。このことから,スパイクファイバーの構造変化が,ファージの吸着過程において重要な役割をしていることが示唆された。

 

(6) イノシトールリン脂質代謝系の自己組織化による自発運動シグナル発生

上田昌宏(大阪大学大学院・生命機能研究科)

 細胞の様々な機能が分子反応ネットワークの自発的ダイナミクスから自律的に発現する仕組みの解明は,細胞生物学における中心的な課題の一つである。細胞の自発的ダイナミクスが顕著に現われている現象として,細胞の自発運動が挙げられる。自発的に運動している粘菌細胞では,イノシトールリン脂質のPtdIns(3, 4, 5)P3が前進端の仮足に濃縮し,細胞の後ろ側にはない。こうしたPtdIns(3, 4, 5)P3局在の時空間ダイナミクスをイメージングするために,PtdIns(3, 4, 5)P3に結合するAkt/PKBのPHドメインとPtdIns(3, 4, 5)P3を分解するPTENを蛍光標識し,プローブとして用いた。アクチン骨格系を破壊した細胞において環境からの刺激がない状況で両プローブ蛋白質の内在的なダイナミクスを観察した。その結果,PHAkt/PKB-GFPとPTEN-Halo-TMRは細胞膜上で相互排他的に局在化し,両タンパク質の局在部位が細胞膜上に沿って回転する様子が観察された(自己組織化的進行波形成)。イノシトールリン脂質代謝系の様々な阻害剤を用いて進行波形成を止めると,細胞の自発運動が阻害された。イノシトールリン脂質代謝系の分子反応ネットワークを考慮する事で,反応拡散方程式を用いてこの進行波形成を数理モデル化できる。そのモデル解析により,ミクロのゆらぐ分子からマクロの動的秩序(極性)が自己組織化されることを通して,自発運動シグナルが発生することが分かってきた。

 

(7) 貪食細胞における電位依存性プロトンチャネルの役割

大河内善史(大阪大学大学院・医学系研究科)

 マクロファージ・好中球などの貪食細胞は,活性酸素を使って,病原菌・死細胞を殺菌・除去し,感染症・自己免疫疾患などの疾病から自己を防御している。活性酸素を作る酵素NADPHオキシダーゼは,NADPHから電子を奪い,酸素に受け渡すと同時に,副産物として細胞内にプロトンを放出するため,細胞膜は脱分極し,細胞内は酸性化する。このため,貪食細胞には,膜電位と細胞内pHを制御する因子が必要と考えられていた。電気生理学的な手法を用いた解析により,電位依存性プロトンチャネルの関与が示唆されていたが,その分子実体は長い間不明であった。我々の研究室で発見された電位依存性プロトンチャネルVSOP(voltage sensor only protein)は,貪食細胞で発現しており,電位依存性プロトンチャネルの特徴を保持していた。我々は,貪食細胞におけるVSOPの機能を調べるために,抗体を作成し,好中球から分離した食胞について,ウェスタンブロット法を用いて発現を調べた結果,VSOPは食胞に存在することが明らかとなった。次に,ノックアウトマウスを作成し,NADPHオキシダーゼの活性化と連動したVSOPの機能解析に着手した。好中球をPMAで刺激し,活性酸素量を定量した結果,ノックアウトマウスの好中球では,野生型マウスに比べて,産生量が低下していた。さらに,PMA刺激により,好中球の膜電位の異常上昇,細胞内pHの低下が見られ,VSOPが食胞において膜電位と細胞内pHを制御する分子そのものであることが明らかになった。

 



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