生理学研究所年報 第31巻
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18.DNAの凝縮:物理から生理まで

2010年3月10日
代表・世話人:前島一博(国立遺伝研)
所内対応者:永山國昭(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
DNA鎖(半屈曲性高分子鎖)の数理モデル及び構造転移の研究
石本志高(岡山光量子科学研究所)

(2)
DNAの折り畳み転移:秩序構造の自己生成と荷電効果
吉川研一(京都大学 大学院理学研究科)

(3)
DNAの高次構造と放射線感受性
吉川祐子(立命館大学総合理工学研究機構)

(4)
一分子力学応答からみたDNA凝縮
村山能宏(東京農工大学 工学部 物理システム工学科)

(5)
位相差クライオ電子顕微鏡によるDNAおよびクロマチン観察
加藤幹男(大阪府立大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻)

(6)
ヒストンバリアント特異的なヌクレオソームの立体構造と性質
胡桃坂仁志(早稲田大学理工学術院 先進理工学部)

(7)
クロマチン構造を制御するヌクレオソーム間相互作用
須賀則之(独立行政法人理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域)

(8)
分裂期染色体内と核内のglobalなクロマチン構造
前島一博(国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター)

(9)
PP2A non-catalytically localizes condensin II to mitotic chromosomes
木村圭志(筑波大学大学院 生命環境科学研究科)

(10)
次世代型シーケンサーの発展と細胞核構造観察の将来像
臼井健悟(理化学研究所 オミックス基盤研究領域)

【参加者名】
石本志高(岡山光量子科学研究所),吉川研一(京都大学 大学院理学研究科),吉川祐子(立命館大学総合理工学研究機構),村山能宏(東京農工大学 工学部 物理システム工学科),加藤幹男(大阪府立大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻),胡桃坂仁志(早稲田大学理工学術院 先進理工学部),須賀則之(独立行政法人理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域),前島一博(国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター),木村圭志(筑波大学大学院 生命環境科学研究科),臼井健悟(理化学研究所 オミックス基盤研究領域),村田和義(生理学研究所 ナノ形態生理),永山國昭(生理学研究所 ナノ形態生理)


【概要】
 染色体が発見されてから,100年以上が経過するが,全長約2メートルのヒトゲノムDNAが一体どのように折り畳まれて,染色体を形成するかはほとんどわかっていない。本研究会では,物理学から生理学まで,さまざまなバックグラウンドを持つ,10人の研究者が生理学研究所に集い,DNAの凝集に関して,活発なdiscussionが繰り広げられた。物理学者と生物学者は日頃用いる常識・言語も異なるため,お互いにコミュニケーションをとり,コンセンサスを得ることは時として難しい。しかしながら,何事もトライすることがなければ,成就することもあり得ない。この意味で,本研究会は極めて有意義なものであったと思われる。また,参加者間のいくつかの共同研究もうまれている。今後とも,さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが定期的に集まり,熱いdiscussionを持つ機会を継続していきたいと考えている。集まって下さり,忍耐強く互いの意見を聞いて下さった参加者の皆さま,研究会の進行を手伝って下さった生理学研究所永山研の方々,最後に本研究会を支援してくださった生理学研究所に深く感謝したい。

 

(1) DNA鎖(半屈曲性高分子鎖)の数理モデル及び構造転移の研究

石本志高(岡山光量子科学研究所)

 自然界で観測される生体高分子(DNAやタンパク質等)はコンパクトな状態で存在することが多々ある。近年の実験技術の発達により,これらの立体構造を単分子レベルで研究できるようになってきた。その生物学的,医学的,産業的重要性と共に,生体高分子研究はますます重要性を増してきている。

 これまで,完全屈曲性高分子鎖のコイル-グロビュール転移(凝縮転移)は詳しく研究されてきた。その静的性質・動的性質共によく理解され,ガウス近似や場の理論による定式化によって理論的にも十分に記述されている。一方,DNAやF-アクチン,コラーゲン等,多くの生体高分子は半屈曲性高分子鎖であり,完全屈曲性鎖と異なるドーナツ状の立体的なトロイド構造で凝縮する。

 我々は初めて,この半屈曲性高分子鎖の数理モデルを,ファインマン式の経路積分において引力項付きで定式化し,DNA凝縮に特徴的なトロイド状態を解析的に導出した。この理論を発展させ,異なる4種の引力相互作用によるトロイド半径のスケーリング則を研究した。例えばクーロン力の場合トロイド半径rcが全長Lに対してrc~L-1/3となることを示した。さらにトロイドが基底状態となる際のトロイド→トロイドグロビュール構造転移に関して,最深部の曲げエネルギー有限効果と引力ポテンシャルによるエネルギーを評価し,転移点を構造パラメータcT-TG=(5√3)/36(L/(pld))5/3として算出した(ld: DNA断面の直径約2nm)。

 

(2) DNAの折り畳み転移:秩序構造の自己生成と荷電効果

吉川研一(京都大学 大学院理学研究科)

DNA凝縮と折り畳み転移
 100kbpを超える長鎖DNAは次のような特質を有する。1) 長鎖DNAは,数万倍程度の密度変化を伴う,著しく不連続な転移現象を示す。一方,数kbp以下の短鎖DNAでは,このような転移の特性は消失する。2) 多数の長鎖DNAの凝縮を測定すると,転移は連続的に“見える”。3) 長鎖DNA の折り畳み転移は,統計物理学の言葉では,一次相転移であり,無秩序―秩序間の転移としての特徴を示す(核生成―結晶成長の速度過程や折り畳み構造の多様性など)。4) DNAの塩基配列にたいしては非特異的で,かつ多量に存在する物質(ATP, RNA, polyamineなど),すなわち環境パラメータが,長鎖DNAの折り畳み転移を引き起こす。凝縮転移には,対イオンの動態が決定的な影響を及ぼす。

クロマチンの高次構造転移
 100kbp以上のサイズのDNAから再構成したクロマチンは,on/off型の不連続な凝縮転移を示す。それに対して,短鎖DNAから再構成したポリヌクレオソームでは,このような折り畳み転移の特質は見られない。長鎖DNAから再構成したクロマチンには,数十kbp程度のスケールでの,部分凝縮構造(単一DNA分子鎖,解けた部分と凝縮した部分がミクロ相分離する)を示す傾向があり,この構造の安定性は,DNA荷電の残存電荷に依存している。

 

(3) DNAの高次構造と放射線感受性

吉川祐子(立命館大学総合理工学研究機構)

 細胞内において,染色体DNAは,細胞分化,癌化,細胞周期などにより,著しくその形態を変化させることは良く知られており,様々な生命機能発現にはこのような染色体DNAの高次構造変化が深く関わっていると考えられる。私たちは,これまでに,蛍光顕微鏡による単分子観察法を活用することにより,100キロ塩基対(kbp)を越える長鎖DNAの高次構造変化を系統的に追究してきた。その中で,長鎖DNAの折り畳み転移は,10万倍程度の密度変化を伴うon/off型の不連続な転移であり,折り畳まれたDNAは,多様なナノ秩序構造を自己生成することを明らかにしてきた。

 最近,私たちは,このような蛍光顕微鏡によるDNAの一分子観測手法が,長鎖DNAの二重鎖切断反応の定量的解析に応用可能であることを見出した。これまでは,DNA損傷に関するin vitro研究は,専ら,キロ塩基対以下の短鎖DNAやオリゴマーについてのみ進められてきた。一方,ゲノムDNAは,一分子中に一箇所二重鎖切断を受けるだけでも,生命活動に重大な影響を及ぼすと考えられることから,定量的に計測・分析することの出来るような実験方法の開発は緊要な課題となっている。

 

(4) 一分子力学応答からみたDNA凝縮

村山能宏(東京農工大学 工学部 物理システム工学科)

 生体内ではDNAは高度に折れ畳まれており,転写,複製など必要に応じて解きほぐされ,その情報が読み取られる。“熱揺らぎの無視できない環境下で,少数分子による生体分子反応がいかに調節されているのか”という問いに答えるためには,反応に関わる分子の同定やそれらの構造に関する静的知見とともに,反応や一分子のダイナミクスに関する動的知見および定量的知見が不可欠と考えられる。

 DNAは2重らせんの直径2nmに対し,全長は数mmから数十mmにおよぶ細くて長い高分子鎖である。このような性質を持つDNAは,一価陽イオン存在下でランダムコイル状態にあるが,多価陽イオン存在下で高度に凝縮することが知られている(DNA凝縮転移)。2点捕捉型光ピンセットを用いて,凝縮転移下で一分子DNAの力学応答を測定した結果,凝縮DNAはスペルミジン(SPD,3価ポリアミン)濃度に依存して二つの特徴的な力学応答を示すことが分かった。一つは浅い凝縮状態で現れる伸びに対し張力が1-2pN程度の一定値を示すプラトー応答であり,一分子DNA内に凝縮,非凝縮相が共存していることを示している。本講演では,これらの結果とともに,凝縮DNAの伸張‐緩和サイクルで生じる力学応答の履歴,およびDNA鎖の熱揺らぎ(空間揺らぎ)についても議論したい。

 

(5) 位相差クライオ電子顕微鏡によるDNAおよびクロマチン観察

加藤幹男(大阪府立大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻)

 DNAはその配列や環境に応じて,三重鎖構造・四重鎖構造やその他の特殊高次構造を形成することができる。これらの特殊高次構造を形成可能な配列は,生物ゲノム中に高い頻度で出現することから,ゲノム機能の発現に何らかの役割を果たしていると期待されている。その機能の解明には,生きた細胞内での高次構造変化を検出することが必須である。近年,クライオ電子顕微鏡観察によって,DNAやクロマチンの直接(無染色での)観察が可能になっている。さらに,永山らは電子顕微鏡用に新しく位相板を開発して,無染色試料をより高いコントラストで観察することを可能にした。本研究では,この位相差クライオ電子顕微鏡を用い,DNAやクロマチンの高次構造を生体内により近い状態で観察することで,その立体構造の解析を進めた。

 培養細胞をデメコルチン処理することによって得た微小核や,調製法によってつぶれた核から放出されたクロマチンを対象として連続傾斜撮影し,その画像から立体構造を再構成したところ,微小核内部に分布する棒状構造物や繊維状構造物が観察された。また,放出されたクロマチン繊維や,膜断片に付着したリボソームと思われる構造物が観察された。今後,詳細な観察を進めることによってこれら構造物を同定するとともに,DNA特殊高次構造に影響を及ぼす種々の処理を試料に施し,その効果を調べていく。

 

(6) ヒストンバリアント特異的なヌクレオソームの立体構造と性質

胡桃坂仁志(早稲田大学理工学術院 先進理工学部)

 真核生物のゲノムDNAは,染色体中にクロマチンとして折りたたまれて細胞核内に収納されている。ヌクレオソームはクロマチンの基盤構造であり,ヒストンH2A,H2B,H3,H4の各二分子からなるヒストン八量体にDNAが巻きついた円盤状の構造体である。染色体の機能構造であるクロマチンは,ヌクレオソームが数珠上に連なり,さらに高次に折りたたまれたものと考えられている。この高次クロマチン構造は,巨大なゲノムDNAを細胞核内に収納するために重要であることはもとより,遺伝子の発現制御,複製,修復,組換えなどのDNAの機能発現にエピジェネティックに関わる機能構造体であることが明らかになってきた。このようなクロマチンのエピジェネティックな遺伝情報制御は,ヌクレオソームを構成しているヒストンの化学修飾やヒストンバリアントの選択的な利用によってなされることが明らかになりつつある。このような背景に基づいて,今回,種々のヒストンバリアントを含むヌクレオソームや,ヒストン化学修飾をミミックした変異体ヒストンを含むヌクレオソームを再構成し,これらのヌクレオソームの立体構造および性質を,X線結晶構造解析法ならびに生化学的解析によって検討した。これらの解析によって得られた新たな知見に基づいて,クロマチンレベルでのDNAの機能発現機構について議論したい。

 

(7) クロマチン構造を制御するヌクレオソーム間相互作用

須賀則之(独立行政法人理化学研究所 生命分子システム基盤研究領域)

 ヌクレオソームのゲノム配列上のポジショニングなどのクロマチン1次構造について詳細な解析が進んでいるが,細胞核内で形成されている30nmファイバーやそれ以上のクロマチン高次構造については,ほとんど分かっていない。それらクロマチン高次構造は,自発的なヌクレオソーム間相互作用や特異的なクロマチン結合タンパク質により,クロマチン1次構造が折り畳まれ形成される。ヌクレオソーム間相互作用は,クロマチンファイバーのファイバー内の凝縮とファイバー間の重合を引き起こす。ヒストンオクタマーと601配列を用いた再構成12merヌクレオソームファイバーは,Mg濃度に依存して,ファイバー内の凝縮とファイバー間の重合を生じる。我々は,ファイバー間の重合中に生じるヌクレオソーム間相互作用をフォルムアルデヒド架橋とマイクロコッカルヌクレアーゼにより検出できること見つけた。この方法を用いて,in vivoのクロマチンファイバー間の相互作用の検出を試みている。これらの結果から,非ヒストンタンパク質のリジン残基アセチル化を介したトランスのクロマチン構造制御機構を議論したい。

 

(8) 分裂期染色体内と核内のglobalなクロマチン構造

前島一博(国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター)

 直径2nm,全長2mにも及ぶヒトゲノムDNAは,まず,塩基性蛋白質ヒストンに巻かれ,ヌクレオソームになり,さらに折り畳まれて直径約30nmのクロマチン繊維を形成するとされている。しかしながら,このクロマチン繊維がどのようにして,最終的に直径約0.7mmの分裂期染色体や,直径10mmの細胞核の中に折り畳まれているのか?については全くの謎であり,長年に渡って生物学者たちの興味を集めてきた。私たちは,「生きた状態」に近い細胞観察ができるクライオ電子顕微鏡や,溶液中の非結晶物体の構造解析が可能なX線散乱解析などの物理化学的測定をおこなってきた。これに,従来の細胞生物学的手法を組み合わせ,全く新しい視点から,ヒト分裂期染色体や細胞核内のヒトゲノムDNAの折り畳み構造(クロマチンorganization)を解明しようとしている。現在までの知見ではヌクレオソームに相当する11nm散乱のピーク以上の大きな構造は検出されていない。つまり,ヌクレオソーム繊維の不規則な折り畳みによって成り立っていると考えている。このことは,古くから提唱されているモデルが必ずしも正しくない可能性を示唆している。本結果から考えられる分裂期染色体内部の環境およびその構造を議論したい。

 

(9) PP2A non-catalytically localizes condensin II
to mitotic chromosomes

木村圭志(筑波大学大学院 生命環境科学研究科)

 The assembly of mitotic chromosomes in vertebrates is regulated by condensin I and condensin II, which work cooperatively but demonstrate different chromosomal localization profiles and make distinct mechanistic contributions to this process. We show here that protein phosphatase 2A (PP2A), which interacts with condensing II but not condensin I, plays an essential role in the chromosomal association of condensin II. Surprisingly, our data indicate that PP2A acts as a recruiter protein rather than a catalytic enzyme to localize condensin II to mitotic chromosomes. This recruiting activity of PP2A was inhibited by okadaic acid, but not by fostriecin, even though both molecules strongly inhibited the catalytic activity of PP2A. Additionally, we found that the chromokinesin KIF4a is also targeted to chromosomes via the non-catalytic activity of PP2A. Thus, our studies reveal a previously unknown contribution of PP2A to chromosome assembly.

 

(10) 次世代型シーケンサーの発展と細胞核構造観察の将来像

臼井健悟(理化学研究所 オミックス基盤研究領域)

 電気泳動を基本技術としたサンガー法を応用したキャピラリーシーケンサーを用い,八年という月日をかけてヒトゲノムプロジェクトが完了したのは2003年であった。以降,National Human Genome Research Instituteによる$1000ゲノムプロジェクトを初めとした研究によって,従来のシーケンス速度を圧倒的に凌駕する次世代型シーケンサーが台頭し,今日のゲノム科学の進展に貢献している。ここで重要なことは,次世代型シーケンサーの能力は,$1000ゲノムプロジェクトでの第一の目的である個人全ゲノム配列の再決定のような単に配列決定の手法に限定されず,サンプル処理やデータ処理における高いスループット性を背景に,遺伝子発現部位の同定やクロマチン構造の特定などの「ポストゲノム解析」に有用性が見出され,数多くの応用例が開発されていることである。本講演では,現在登場している次世代型シーケンサーの発展について概説するとともに,遺伝子発現機構やクロマチン構造の解明に通ずるポストゲノム解析について紹介することによって,細胞核内構造観察の将来像について考えてみたい。

 



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