生理学研究所年報 第31巻
年報目次へ戻る生理研ホームページへ



20.TRPチャネルの機能的多様性とその統一的理解

2009年6月4日-6月5日
代表・世話人:金子周司(京都大学 大学院薬学研究科)
所内対応者:富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
TRPV2を介した消化管(小腸)運動制御の検討
三原 弘,Boudaka Ammar,柴崎貢志,山中章弘,富永真琴
(岡崎統合バイオサイエンスセンター 細胞生理研究部門)

(2)
Ca2+透過チャネルTRPV2阻害による筋変性疾患改善効果
岩田裕子,若林繁夫(国立循環器病センター研究所 循環分子生理部)

(3)
ゼブラフィッシュにおけるTRPV1の生理機能の解析
田地野浩二,細川 浩,前川真吾,小林茂夫
(京都大学 情報学研究科 知能情報学 生体情報処理分野)

(4)
クラミドモナスにおけるTRPチャネルの生理学的意義の解明
藤生健太1,中山義敬2,曽我部正博1,3,4,吉村建二郎5
1JST・ICORP/SORST・細胞力覚,2東京学芸大学・教育学部,
3名古屋大学 医学研究科 細胞生物物理,
4自然科学研究機構・生理学研究所,5メリーランド大学・生物)

(5)
ホスホジエステラーゼ阻害剤によるPKA-TRPCチャネル系を介した血管緊張性の制御
西田基宏1,西岡絹恵1,有吉麻里奈1,井上隆司2,ZhongJian 2,平野勝也3
佐藤陽治4,喜多紗斗美5,岩本隆宏5,森 泰生6,黒瀬 等1
1九州大学 薬学研究院 薬効安全性学,2福岡大学 医学部 生理学,
3九州大学 医学研究院 分子細胞情報学,
4国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子細胞医薬部,
5福岡大学 医学部 薬理学,6京都大学 工学研究科 合成生物化学)

(6)
ナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用におけるTRPC6阻害の関与
木下秀之1,桑原宏一郎1,井上隆司2,西田基宏3
黒瀬 等3,清中茂樹4,森 泰生4,中尾一和1
1京都大学 医学研究科 内分泌代謝内科,2福岡大学 医学部 生理学,
3九州大学 薬学研究院 薬効安全性学,4京都大学 工学研究科 合成生物化学)

(7)
Snapinをアダプターとする受容体作動性Ca2+流入機構
鈴木史子,森島 繁,田中高志,村松郁延(福井大学 医学部 薬理学領域)

(8)
ミクログリア活性化におけるTRPV4の病態生理的役割
白川久志,松谷一慶,金野真和,中川貴之,金子周司
(京都大学 薬学研究科 生体機能解析)

(9)
低酸素/高血糖ストレスによるTRPV1活性の増強:糖尿病初期の疼痛発症メカニズム
柴崎貢志1,2,3,Violeta Risoiu4,Maria-Luiza Flonta4,富永真琴1,2,3
1岡崎統合バイオセンター 細胞生理部門,2生理学研究所,
3総合研究大学院大学,4University of Bucharest, Romania)

(10)
局所麻酔薬によるラット脊髄後角のTRPA1チャネルの活性化
熊本栄一,朴 蓮花,藤田亜美,蒋 昌宇,
岳 海源,井上将成,水田恒太郎,青山貴博
(佐賀大学 医学部 生体構造機能学講座(神経生理学分野))

(11)
TRPチャネルによる活性分子種センシング
高橋重成,香西大輔,山本伸一郎,清中茂樹,森 泰生
(京都大学 工学研究科 合成生物化学)

(12)
TRPM2チャネルの精神機能および慢性疼痛における役割:
TRPM2ノックアウトマウスを用いた行動解析
中川貴之1,白川久志1,前田早苗1,山口健太郎1
河本 愛1,草野綾香1,森 泰生2,金子周司1
1京都大学 薬学研究科 生体機能解析学,2京都大学 工学研究科 合成生物化学)

(13)
炎症性疾患の発症と進展におけるTRPM2の役割
廣井理人1,山本伸一郎2,輪島輝明1,2,根来孝治3
木内祐二1,森 泰生2,清水俊一1
(昭和大学 薬学研究科1病態生理学,3遺伝解析学,
2京都大学 工学研究科合成生物化学)

(14)
がん細胞の遊走とTRPV2
長澤雅裕,小島 至,中川祐子(群馬大学 生体調節研究所 細胞調節分野)

(15)
Orai1チャネル三次元構造の解明
丸山雄介1,小椋俊彦1,三尾和弘1,加藤賢太2
金子 雄2,清中茂樹2,森 泰生2,佐藤主税1
1産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門,
2京都大学 工学研究科 合成生物化学)

(16)
毛様体筋収縮調節に関与する非選択性陽イオンチャネルの
分子候補としてのTRPCとOrai1
高井 章,宮津 基,石居信人,荻野 大
(旭川医科大学 生理学講座 自律機能分野)

(17)
PKGリン酸化を介した心血管Ca2+流入チャネルTRPC6の短期・長期制御機構
井上隆司1,菅 忠1,海 琳1,高橋眞一1,本田 啓1,森 誠之1,森 泰生2
1福岡大学 医学研究科 細胞分子制御学,
2京都大学 工学研究科 合成生物化学)

【参加者名】
堀之内孝広(北海道大学医学研究科),高井 章,宮津 基(旭川医科大学 生理学講座),渡邊博之(秋田大学医学部),田淵紗和子(筑波大学第二学群生物学類),荻野 大(昭和大学医学部),廣井理人,飯塚亮太,竹中美貴,遠藤央乃(昭和大学薬学研究科),佐藤主税,丸山雄介,三尾和弘(産業技術総合研究所),藤生健太(日本科学技術振興機構・ICORP/SORST),小島 至,長澤雅裕,中川祐子(群馬大学生体調節研究所),森島 繁(福井大学医学部),門脇 真(富山大学和漢医薬学総合研究所),織田 聡(富山大学医学薬学教育部),金子周司,中川貴之,白川久志,金野真和,草野綾香,桑原一樹,崎元伸哉(京都大学薬学研究科),細川 浩(京都大学情報学研究科),桑原宏一郎,中川靖章,木下秀之(京都大学医学研究科),森 泰生,梶本武利,沼田朋大,高橋重成,加藤賢太,香西大輔,澤口諭一,中尾章人,井上圭亮,青木雄大,八木雅久二(京都大学工学研究科),岩田裕子(国立循環器病センター研究所),太田利男(鳥取大学 農学部),成瀬恵治(岡山大学医歯薬学総合研究科),西田基宏(九州大学薬学研究院),井上隆司(福岡大学医学研究科),熊本栄一,井上将成,藤田亜美(佐賀大学医学部),小林 護,中西 修,天野賢一(キッセイ薬品工業(株)),天野賢一(持田製薬株式会社),金政利幸,鈴木紀子(塩野義製薬(株)),川原田宗市(小野薬品工業株式会社),橋本公男(サンスター株式会社),藤田郁尚(マンダム中央研究所),富永真琴,山中章弘,曽我部隆彰,齋藤 茂,梅村 徹,小松朋子,内田邦敏,加塩麻紀子,常松友美,周 一鳴,高山靖規,川口 仁(岡崎統合バイオ細胞生理部門)


【概要】
 平成21年6月4日及び5日に研究会が行われた。17題の発表があり,TRPCチャネルについて5題,TRPVチャネルについて6題,TRPMチャネルについて2題,TRPAチャネルについて1題,TRPチャネル全般について2題,Orai1チャネルについて1題であった。毎年,新しいTRPチャネル研究者が集い,このチャネル研究の広さをあらためて実感し,お互いの研究内容についての有意義な討論・情報交換が行われた。具体的には,岡崎統合バイオの三原(以下敬称略)が消化管のTRPV2,国立循環器病センターの岩田が筋細胞のTRPV2,京都大の細川がゼブラフィッシュのTRPV1,JST・ICORP/SORSの藤生がクラミドモナスのTRPチャネルの生理学的および病態生理学的意義を発表した。続いて九州大の西田がPDE阻害剤によるTRPC3/6/7の制御を,京都大の木下が心肥大におけるTRPC6の役割を,福井大の森島が神経伝達物質の遊離機構におけるTRPC6の役割を発表した。さらに京都大の白川がミクログリアにおけるTRPV4の役割を,岡崎統合バイオの富永が糖尿病の疼痛発症メカニズムにおけるTRPV1の役割を,佐賀大の熊本が局所麻酔薬によるTRPA1の活性化機構を,京都大の高橋がTRPチャネルによる活性分子種のセンシング機構を報告した。京都大の中川はTRPM2の精神機能および疼痛における役割を,昭和大の廣井は同じくTRPM2の炎症性疾患における役割を,群馬大の長澤はTRPV2のがん細胞の遊走における役割を発表した。さらに,産総研の佐藤はOrai1チャネルの三次元構造を発表し,旭医大の高井は毛様体筋におけるTRPCチャネルの役割について,福岡大の井上は心血管系におけるTRPC6の制御機構について発表した。いずれもレベルの高い発表であり,日本におけるTRPチャネル研究の発展を確信した。

 

(1) TRPV2を介した消化管(小腸)運動制御の検討

三原 弘,Boudaka Ammar,柴崎貢志,山中章弘,富永真琴
(岡崎統合バイオセンター 細胞生理部門)

 TRPV2は神経系,免疫系をはじめとした様々な組織で発現が認められている。我々は,マウス回腸筋層間神経節において,TRPV2の発現を遺伝子,蛋白レベルで確認した。そのため,TRPV2が消化管運動の調節に寄与している可能性が推察された。そこで,免疫染色法を用いてTRPV2発現細胞のサブタイプ同定を行ったところ,TRPV2陽性神経の約半数がnNOS陽性であり,逆に,nNOS陽性神経の約90%がTRPV2陽性であったことから,TRPV2が一酸化窒素(NO)の放出に関わる可能性が示唆された。そこで,TRPV2が消化管においてNO調節に関与しているかを確認するために以下の実験を行った。まず,筋層間神経節細胞の一次培養細胞を用いてCaイメージング法を適応して検討したところ,高カリウム応答性の神経と思われる細胞の約50%がTRPV2アゴニストであるprobenecidに応答した。次に,オルガンバスで単離小腸片の等尺性収縮を測定したところ,probenecid投与によって,濃度依存的に収縮は抑制され,その抑制効果は,NO系阻害薬(NOS阻害薬,NOスカベンジャー,guanylate cyclase inhibitor)にて阻害された。probenecid刺激後の単離小腸片から放出されたNOx濃度をGriess法にて測定したところ,無投与に比べて有意に上昇が見られた。更に,in vivo実験として,小腸内容物の移動度を測定したところ,probenecid全身投与群で肛門側への試験薬の移動が有意に亢進していた。これらの結果は,TRPV2は消化管の抑制系運動を制御していることを示唆しており,外来性TRPV2アゴニストが消化管機能性疾患に適用される可能性がある。NOは消化管において主な抑制系神経伝達物質であり,神経刺激に応答して産生されたNOが平滑筋を弛緩させる。NO産生異常が様々な消化管機能性疾患の原因と推察されていることから,原因不明の消化管機能性疾患にTRPV2が関わっている可能性が考えられる。

 

(2) Ca2+透過チャネルTRPV2阻害による筋変性疾患改善効果

岩田裕子,若林繁夫(国立循環器病センター研究所 循環分子生理部)

 筋ジストロフィー(筋ジス)における筋細胞内は恒常的にCa2+が上昇した状態にあり,それが細胞変性を起こす一つの重要な要因であることが動物モデルで明らかになっている。私たちはこれまでに,筋ジス動物の骨格筋細胞において,伸展刺激感受性Ca2+透過チャネル(TRPV2)の膜発現の増加と活性化(細胞外からのCa2+流入の増大)が,筋細胞壊死に密接に関与することを報告してきた。TRPV2の治療標的としての有効性を証明するためには,このチャネル活性を特異的に阻害したときに筋ジスの病態が改善するかどうか解明する必要があるが,現在のところTRPV2の特異的な阻害剤は開発されていない。今回,TRPV2のイオン透過部位に変異を導入してチャネル活性を消失させたTRPV2を骨格筋特異的に過剰発現させ,ジストロフィン欠損で筋ジスを発症するマウスmdx と交配させ,ドミナントネガティブ効果で内在性のTRPV2活性を抑制した時,筋ジスの病態が改善されるかどうかを検討した。TRPV2活性が抑制された交配マウス(mdx/Tg)(4, 10, 26週令)では,mdx に比べて,血中クレアチンキナーゼ(CK)活性,組織学的所見,グリップテストによる筋機能など調べたパラメータすべてにおいて病態改善が認められた。また,同じドミナントネガィブ変異体をアデノウィルスベクターを用いてd-SG欠損で筋ジスを発症するBIO14.6ハムスターの骨格筋細胞へ導入したところ,外液Ca2+濃度依存性Ca2+流入の上昇が抑制され,伸展刺激によるCKの漏出も抑制された。さらに,BIO14.6骨格筋へのTRPV2変異体の導入により筋変性の減弱が認められ改善効果が示された。細胞骨格系蛋白質が欠損した筋ジス筋細胞ではTRPV2の膜発現が亢進しているが,その活性を抑制することにより筋変性が緩和されることが明らかになり,TRPV2の筋変性治療標的としての可能性が高まった。

 

(3) ゼブラフィッシュにおけるTRPV1の生理機能の解析

田地野浩二,細川 浩,前川真吾,小林茂夫
(京都大学 情報学研究科 知能情報学 生体情報処理分野)

 ゼブラフィッシュは,飼育が容易,多産など遺伝学解析に適した脊椎動物である。哺乳類とほぼ同様の組織・脳構造を持つため発生や疾患研究びモデル動物として用いられている。しかし,ゼブラフィッシュにおけるTRPチャネルの機能はあまり解析されていない。そこで,温度感受性TRPチャネルであるTRPV1に着目し,ゼブラフィッシュTRPV1(zTRPV1)のゼブラフィッシュにおける生理的役割を解析した。

 zTRPV1の発現を解析したところ,zTRPV1は受精後24時間後から発現がみられた。zTRPV1のプロモーターの下流にGFPを発現させたトランスジェニックフィッシュを作成し,zTRPV1発現細胞を解析したところ,zTRPV1は感覚神経に発現しており,zTRPV1発現感覚神経の末端はヒレに投射していた。ゼブラフィッシュの温度依存性の行動を観察したところ,温熱刺激によって遊泳する頻度が上昇した。温熱刺激による遊泳頻度上昇は,温度依存性がありもっとも遊泳行動を起こさない温度は,飼育温度である28.5度であった。また,この温熱刺激による遊泳頻度上昇は,受精後40時間後からみられた。温熱刺激による遊泳頻度上昇におけるzTRPV1の役割を解析する目的で,zTRPV1をノックダウンさせたゼブラフィッシュを作製した。zTRPV1をノックダウンした個体では,温熱依存性の遊泳頻度上昇が抑制された。以上の結果から,マウスと同様にzTRPV1は温度上昇の感知に関与していることが示唆された。

 

(4) クラミドモナスにおけるTRPチャネルの生理学的意義の解明

藤生健太1,中山義敬2,曽我部正博1,3,4,吉村建二郎5
1 JST・ICORP/SORST・細胞力覚,2東京学芸大学・教育学部,
3名古屋大学 医学研究科 細胞生物物理,
4自然科学研究機構・生理学研究所,5メリーランド大学・生物)

 単細胞緑藻類のクラミドモナスは2本の鞭毛をうつことで水中を泳ぐが,細胞が周りから刺激を受けるとその刺激に応じて鞭毛の打ち方を調節して遊泳方向を変えている。外からの刺激には機械刺激,光刺激,化学刺激,温度刺激,重力刺激,電気刺激などさまざまなタイプがあるが,これらの受容機構や受容分子そのものは,光を受容するChannelopsinを除き分かっていない。そこで我々は,様々な刺激の受容機構に関与するTRPチャネルに注目して,クラミドモナスの刺激受容機構を解明することに取り組んでいる。はじめに,クラミドモナスのゲノム配列からTRPチャネルの相同遺伝子をBLASTで抽出し,mRNAの発現を確認したところ,これまでに報告のあるPKD2のホモログを含めて,8つのTRPホモログ遺伝子を同定することができた。推定アミノ酸配列によるとそれぞれの長さは699~1956残基であり,便宜的に名称をTRP1からTRP7とした(太字)。クラミドモナスのTRPチャネルが持つアンキリンリピート配列はTRP1,TRP2,TRP5,TRP7に見られ,長いものでも4回のリピート配列であった。クラミドモナスのTRPチャネルと代表的なTRPチャネルとの分子系統解析を膜貫通領域のTM5~TM6を用いておこない,分子系統樹を作成したところ,TRP1はTRPV,TRP2はTRPC,TRP3はTRPV5とTRPV6,TRP4はTRPA,TRP6はPKD2,TRP7はTRPC7の各枝に収まった。クラミドモナスのTRPチャネルがTRPチャネルサブファミリーの多岐にわたって分布することから,生物が多細胞化する前の段階のクラミドモナスですでに多様なTRPチャネルが有していたことが示唆された。次に,クラミドモナスTRPチャネルのそれぞれに対する抗体を作製して細胞内の局在性をウエスタンブロットと蛍光抗体法で検証した。TRP1は鞭毛と細胞体,TRP2とTRP3は鞭毛,TRP6は収縮胞,TRP7は鞭毛と収縮胞のそれぞれに局在することが示された。TRP3は鞭毛全体に分布が観察されたが,特に鞭毛の基部近くに顕著に局在した。定量的RT-PCRでmRNAの発現量を定量すると,鞭毛再生時の発現量の増加はTRP1,TRP3,TRP4,TRP5,TRP7,PKD2で見られ,クラミドモナスのTRPチャネルの多くが鞭毛に関わりのある可能性を示した。その中でも,TRP3は発現量の増加が特に顕著であるうえに,鞭毛での局在性が特徴的であったので,まずはTRP3の機能を明らかにしようと考えた。RNAi法を用いてTRP3遺伝子の発現抑制株を作製したところ,TRP3の発現量が野性株の10%近くに低下した株では細胞の増殖や遊泳は野性株と同じであったが,機械刺激応答が見られなくなった。すなわち,野性株では細胞がスライドガラス表面に衝突するとその機械刺激を受容し,続いて鞭毛の波形変換がおきて後退遊泳を行うが,TRP3発現抑制株では後退遊泳が観察されなかった。TRP3が機械受容機構と鞭毛の波形変換のどちらに関わるのかを調べるため,光刺激に対する応答を観察した。TRP3発現抑制株では,強い光を急に当てたときに誘導される鞭毛の波形変換と後退遊泳が観察されたため,TRP3が鞭毛の波形変換そのものに関わらないことが示された。このことからTRP3はクラミドモナスの機械刺激受容機構に関わるチャネルであることが示された。

 

(5) ホスホジエステラーゼ阻害剤によるPKA-TRPCチャネル系を介した
血管緊張性の制御

西田基宏1,西岡絹恵1,有吉麻里奈1,井上隆司2,Zhong Jian 2,平野勝也3
佐藤陽治4,喜多紗斗美5,岩本隆宏5,森 泰生6,黒瀬 等1
1九州大学 薬学研究院 薬効安全性学,2福岡大学 医学部 生理学,
3九州大学 医学研究院 分子細胞情報学,
4国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子細胞医薬部,
5福岡大学医学部薬理学,6京都大学 工学研究科合成生物化学)

 血管平滑筋の弛緩は,内皮依存性弛緩因子(一酸化窒素)によるcGMPの産生を介したprotein kinase G(PKG)の活性化や,b2アドレナリン受容体刺激によるcAMPの産生を介したprotein kinase A(PKA)の活性化によって引き起こされる.特に,ホスホジエステラーゼ(PDE)(PDE)阻害剤は内因性弛緩作用を増強することによって強い血管拡張作用を引き起こす。例えば,血小板凝集阻害薬として市販されているシロスタゾール(CLZ)は,強い抗血小板作用と血管拡張作用をもつ。PDE3阻害による抗血小板作用や血管拡張作用には,細胞内cAMP濃度上昇を介した[Ca2+]i上昇の抑制が関与すると考えられているものの,その詳細な機序についてはよくわかっていない。一方,受容体刺激による血管収縮応答において,ジアシルグリセロール感受性TRPCチャネルが重要な役割を担うことも知られている。そこで本研究では,CLZによる血管拡張作用の機序解析を中心に,PKAを介した内因性の血管弛緩反応にDAG感受性TRPCチャネルの抑制が関与するかどうか検討を行った。

 ラット血管マグヌス標本において,CLZはアンジオテンシン(Ang)II刺激による収縮応答を濃度依存的に抑制した。この抑制効果はSK&F96565処置によって消失した。TRPCチャネルを一過的に発現させたHEK293細胞において,CLZはDAG感受性TRPCチャネル(TRPC3/6/7)を介したCa2+流入を濃度依存的に抑制した。CLZによるTRPC6チャネルの抑制作用は,69番目のスレオニン残基(Thr69)をアラニンに置換することで解除された。実際に,CLZは処置時間依存的にリン酸化型TRPC6の発現量を増加させ,この増加はPKA阻害剤を処置することで完全に抑制された。さらに,TRPC6の不活性型変異体を発現させた血管リング標本では,CLZによる血管収縮の抑制効果が消失していた。

 これまで,血管拡張につながるPKAの標的タンパクとして,ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)やRegulator of G protein Signaling(RGS)が報告されている。しかし本研究により,PDE阻害剤がPKAを介してDAG感受性TRPCチャネルを介したCa2+流入を抑制し,Ang II誘発性の血管収縮を抑制することが初めて明らかとなった。

 

(6) ナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用におけるTRPC6阻害の関与

木下秀之1,桑原宏一郎1,井上隆司2,西田基宏3
黒瀬 等3,清中茂樹4,森 泰生4,中尾一和1
1京都大学 医学研究科 内分泌代謝内科,2福岡大学 医学部 生理学,
3九州大学 薬学研究院 薬効安全性学,4京都大学 工学研究科 合成生物化学)

【背景・目的】近年,心肥大等の病的心室リモデリングにおいて,受容体活性化型Ca2+チャネルであるTRPC family,特にTRPC6がcalcineurin-NFAT経路の増幅因子として重要な役割を果たすことが報告された。今回我々はナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用における標的分子としてのTRPC6の関与を検討した。

【結果】ANPは,ラット新生仔心室筋細胞におけるET-1刺激によるCa2+流入とNFAT活性化を抑制し,またHEK293細胞においてTRPC6由来Ca2+流入および陽イオン電流を抑制した。このTRPC6抑制効果は,PKG特異的阻害剤や,TRPC6のPKGリン酸化部位である69番目トレオニンをアラニン置換したmutant TRPC6(TRPC6T67A)により消失した。ANP, BNP共通の受容体GC-Aを欠失し,高血圧性心肥大を示すGC-Aノックアウトマウス(GCA-KO)の心室ではTRPC6 mRNA発現が有意に増加しており,TRPCチャネル阻害薬BTP2(20mg/kg/day)投与はGCA-KOにおいて,血圧には影響せず,心エコーでの有意な壁厚の改善,心体重比の減少を示した。

【結論】ナトリウム利尿ペプチドの抗心肥大作用において,TRPC6抑制が重要な役割を果たしており,TRPC6を標的とした治療が心肥大・心不全等の病的な心室リモデリングに対する新たな治療となる可能性が示唆された。

 

(7) Snapinをアダプターとする受容体作動性Ca2+流入機構

鈴木史子,森島 繁,田中高志,村松郁延(福井大学 医学部 薬理学領域)

 一般的に神経伝達物質の放出は,活動電位による神経終末の脱分極と,それに伴っておきるシナプス終末における電位作動性Ca2+チャネルの開口とCa2+濃度上昇によって起こることが知られている。一方,a1-アドレナリン受容体は大脳皮質などの中枢神経に多く分布していおり情動の調節などに関与していることが分かっているが,その機能の詳細なメカニズムは不明な点も多い。

 近年我々は,a1-アドレナリン受容体にSnapinという蛋白が結合すること,Snapinは,TRPCファミリー分子とも結合し,a1-アドレナリン受容体を活性化することにより,TRPCチャネルを介した受容体作動性Ca2+流入が起こることを報告した。

 SnapinはもともとSNARE複合体の構成蛋白であるSnap-25に“associate”する蛋白として報告されたとおり,神経伝達物質の放出に重要な役割を果たす。そこで我々は,Snapinを発現させたPC12細胞を用いて,実験を行った。まず,a1-アドレナリン受容体刺激後の細胞内Ca2+濃度を測定した。Snapinの共発現した細胞では,持続相でのCa2+上昇が著明に大きく,また,この持続相は,細胞外Ca2+を除去することにより消失し,またTRPCチャネルの阻害薬であるLa3+やSKF96365などにより大きく抑制された。次に,a1-アドレナリン受容体刺激に伴うドパミン遊離を測定した。a1受容体活性化に伴い,ドパミンの遊離はSnapinの共発現した細胞にて有意に増大していた。またこの増大は,脱分極に伴う神経伝達物質の遊離に関与することの知られているナトリウムチャネルやカルシウムチャネルをテトロドトキシンやアガトキシンなどによって抑制しても,変化が見られなかった。一方,細胞外Ca2+の含まれていない溶液中では大きく減少し,またTRPCチャネルの阻害薬であるSKF96365などによっても抑制された。

 以上のことから,a1-アドレナリン受容体活性化後の受容体作動性Ca2+流入による細胞内Ca2+濃度の上昇にて,神経伝達物質ドパミンが遊離することが示唆された。また,この作用はSnapinとSnapinに相互作用するTRPCチャネルの働きを介することが明らかになった。a1-アドレナリン受容体は活動電位による神経伝達物質の分泌を修飾している可能性があることが示唆された。

 

(8) ミクログリア活性化におけるTRPV4の病態生理的役割

白川久志,松谷一慶,金野真和,中川貴之,金子周司
(京都大学 薬学研究科 生体機能解析)

 脳を構成するグリア細胞の一種であるミクログリアは脳内の免疫担当細胞として神経細胞の生存維持・機能修復に働くことが知られている。しかしミクログリアは,活性化に伴い一酸化窒素(NO)やサイトカインをはじめとする種々の因子を産生・放出するとともに,異常増殖,遊走,形態変化を伴って神経傷害的にも働くことが報告されており,中枢神経変性疾患の病態形成にも関与していると考えられる。近年,このようなミクログリアの機能にK+チャネルやCl-チャネルを含む細胞膜イオンチャネルが重要な役割を担うことが示されつつあるが,カチオン流入経路のひとつと想定されるtransient receptor potential(TRP)チャネルのミクログリアにおける発現や機能についてはほとんど報告されていない。

 そこではじめに,ラット新生仔大脳皮質由来培養ミクログリアを用いて,TRPV subfamilyの発現についてRT-PCRにより検討したところ,TRPV1-4の発現が確認された。次にミクログリア活性化作用を有するエンドトキシンであるlipopolysaccharide(LPS)を培養ミクログリアに24時間処置したところ,細胞の形態変化やNO遊離が誘発されたが,その過程においてTRPV4のmRNA発現量が減少することが定量的PCR法により明らかになった。そこでTRPV4に着目して,その発現を免疫染色により確認した結果,大部分の培養ミクログリアにTRPV4が発現していることが明らかになった。またwhole-cell patch clamp法によりTRPV4アゴニストである4a-PDDによる応答が観察された。さらにCa2+imaging実験を行った結果,無処置のミクログリアでは濃度依存的に4a-PDDによる応答が観察されたのに対して,LPSを24時間処置して活性化させたミクログリアでは4a-PDDによる応答が消失していた。

 次にミクログリアの異常活性化過程におけるTRPV4の役割を検討する目的で,LPS誘発TNF-a遊離量増大に対する4a-PDDの作用を検討した結果,4a-PDDは有意にその増大を抑制し,その抑制作用はsiRNAを用いたTRPV4の特異的ノックダウンによりほぼ完全に解除された。4a-PDDはLPS誘発NO蓄積量増大やミクログリア活性化マーカーであるgalectin-3/MAC-2の発現増大に対しても,濃度依存的に抑制作用を示した。以上の結果は,培養ミクログリアにTRPV4が発現しており,その活性化過程においてTRPV4が重要な役割を果たしていることを示唆するものである。

 

(9) 低酸素/高血糖ストレスによるTRPV1活性の増強:
糖尿病初期の疼痛発症メカニズム

柴崎貢志1,2,3,Violeta Risoiu4,Maria-Luiza Flonta4,富永真琴1,2,3
1岡崎統合バイオセンター 細胞生理部門,2生理学研究所,
3総合研究大学院大学,4 University of Bucharest, Romania)

 カプサイシン受容体TRPV1は1997年に分子実体が初めて明らかとなった侵害刺激受容体であり,現在までに急性疼痛,様々な炎症性疼痛に関与することが明らかとなっている。近年,糖尿病モデル動物で正常時に比べてTRPV1活性が増強することが見いだされ,糖尿病性神経因性疼痛へのTRPV1の関与が考察されている。しかしながら,糖尿病の進行に伴って,どのような因子がTRPV1活性の増強を引き起こし,糖尿病性神経因性疼痛が惹起されるのかは全く不明である。

 我々は,糖尿病に伴う高血糖により神経細胞に充分な量の酸素が供給されないことが,TRPV1活性増強の引き金になるのではないかと仮説を立てた。そして,これを立証するために,ラットDRG神経細胞を単離し,人工的に低酸素・高血糖の条件を作製し(以下糖尿病条件と略,4% O2, 25mMグルコース),24時間培養後に正常条件(7% O2, 7.4mMグルコース)とTRPV1活性を比較した。両群の細胞にカプサイシンあるいはプロトンを投与し,TRPV1電流を記録したところ,糖尿病条件群でTRPV1電流の有意な増強を観察した。この結果は,短期間の低酸素・高血糖ストレスがTRPV1活性の増強を引き起こす主要因子であることを強く示唆している。培養細胞であるHEK293細胞にratTRPV1を発現させ,同様の実験を行ったところ,この異所性発現系においても,糖尿病条件下でカプサイシン電流の増強が認められた。我々は,TRPV1の活性増強にPKCeによるTRPV1のSer残基502/800のリン酸化が関与することを報告している。そこで,Ser502/800をAlaに置換した変異体を用いて実験を行ったところ,この変異体では糖尿病条件下でのTRPV1活性の増強は認められなかった。つまり,糖尿病条件下でのTRPV1のPKCeによるリン酸化が引き起こされていることが強く示唆された。これを実証するために,Ser800残基のTRPV1リン酸化のみを検出する抗体を用いてウエスタンブロッティングを行ったところ,糖尿病条件下でTRPV1のリン酸化が増大していることを確認した。

 以上の結果より,糖尿病性神経因性疼痛の発生機序として,高血糖・低酸素状態の出現,PKCe,活性の増大,TRPV1のリン酸化増大,痛みの惹起というカスケードが存在すると考えられる。

 

(10) 局所麻酔薬によるラット脊髄後角のTRPA1チャネルの活性化

熊本栄一,朴 蓮花,藤田亜美,蒋 昌宇,
岳 海源,井上将成,水田恒太郎,青山貴博
(佐賀大学 医学部 生体構造機能学講座(神経生理学分野))

 TRPチャネルのファミリーは様々な化学的および物理的な刺激により活性化されることが知られている。例えば,TRPV1チャネルは侵害性の熱刺激,プロトンおよびカプサイシンにより活性化される。また,TRPA1チャネルは侵害性の冷刺激,マスタードオイル,シナモンオイル,生姜成分,ニンニク成分などにより活性化されることが明らかになっており,最近では,全身麻酔薬により開口することも報告されている。局所麻酔薬が電位依存性Na+チャネルを抑制することはよく知られているが,最近,異種細胞に強制発現された,あるいは,後根神経節(DRG)ニューロンに発現しているTRPチャネルを局所麻酔薬が活性化することが報告された。

 TRPチャネルはDRGニューロンの末梢端に存在し,皮膚末梢で痛み刺激を受容し中枢神経系に伝える。一方,中枢端にも存在して痛み情報の伝達の制御に働いていると考えられている。この考えを支持する実験結果として,皮膚末梢から脊髄後角への痛み伝達の制御に重要な役割を果たす脊髄後角第II層(膠様質)ニューロンにおいて,TRPV1チャネルの作動薬カプサイシンやTRPA1チャネルの作動薬アリルイソチオシアネート(AITC)がグルタミン酸作動性の自発性興奮性シナプス伝達を促進するという報告がある。しかし,1次感覚ニューロンの中枢端をはじめとする中枢神経系に存在するTRPチャネルが局所麻酔薬により活性化されるかどうかまだ明らかにされていない。そこで我々は,中枢神経系で局所麻酔薬がTRPチャネルを活性化するかどうか知る目的で,膠様質ニューロンのグルタミン酸作動性自発性興奮性シナプス伝達に及ぼす局所麻酔薬の作用を調べた。実験は,成熟ラット脊髄横断スライスの膠様質ニューロンへブラインド・ホールセル・パッチクランプ法を適用し,-70mVの保持膜電位で膜電流を記録することにより行った。局所麻酔薬リドカイン(5mM)は調べたニューロンの56%で自発性興奮性シナプス後電流(EPSC)の振幅を変えずに発生頻度を増加させ,この作用は1~5mMの範囲で濃度依存性であった。リドカインにより自発性EPSCの発生頻度の増加が見られたニューロンにおいて,リドカイン除去後20分で再度リドカインを投与しても同程度の増加が見られた。リドカインによるシナプス伝達促進作用は,Na+チャネルの阻害剤テトロドトキシン(0.5mM)やTRPV1阻害剤カプサゼピン(10mM)により影響を受けなかったが,非選択的TRP阻害剤ルテニウムレッド(300mM)により抑制された。AITC(100mM)は調べた膠様質ニューロンの66%で自発性EPSCの発生頻度を増加させると報告されているが,AITCが発生頻度を増加させたニューロンでは,リドカインも同様な作用を示した。一方,同じ局所麻酔薬であるプロカインは,2~10mMの濃度範囲で自発性EPSCの発生頻度を増加させなかった。

 以上より,膠様質の神経終末に存在するTRPA1チャネルにリドカインが特異的に作用してグルタミン酸の自発放出が促進されると結論される。この作用は膠様質ニューロンの膜興奮性増加に寄与することが示唆される。

 

(11) TRPチャネルによる活性分子種センシング

高橋重成,香西大輔,山本伸一郎,清中茂樹,森 泰生
(京都大学 工学研究科 合成生物化学)

 一酸化窒素(NO)に代表される活性窒素種(reactive nitrogen species: RNS),活性酸素種(reactive oxygen species: ROS),活性カルボニル種(reactive carbonyl species: RCS)などの活性分子種は酸化作用を有する生体内制御分子であり,Ca2+シグナルとは「クロストーク」しながら厳密に制御されている。Ca2+透過型陽イオンチャネルを形成するTRPタンパク質は,Ca2+シグナルと細胞刺激・環境との間の「クロストーク」を担う「分子実体」と考えられる。我々は,活性分子種シグナルとCa2+シグナルの「クロストーク」の分子実体として働くTRPチャネル群の同定を行ってきた。

 TRPC5は,脳及び血管内皮細胞に発現し,Gタンパク質共役型受容体の刺激により制御されるイノシトールリン脂質代謝回転と連関し活性化する陽イオンチャネルとして同定された。我々は,TRPC5がNO適用によりシステインS-ニトロシル化修飾を介して活性化することを見出した。NOによるTRPC5の活性化には,ポア領域に存在する553番目及び558番目に存在するシステイン残基(Cys553,Cys558)が重要であり,これらに相当するシステイン残基は熱感知チャネルであるTRPV1,TRPV3,TRPV4にも保存され,実際,NOに対してこれらのTRPチャネルは反応性を示した。ウシ大動脈内皮細胞を用いた実験により,TRPC5が受容体刺激時により産出されたNOによりニトロシル化修飾を受け,細胞内にCa2+を流入させていることを明らかにした。これにより,内皮においてTRPC5は持続的なCa2+流入及びそれに伴う内皮型NO合成酵素活性化を介した持続的なNO産生を担う重要なチャネルであることが示唆された。

 TRPA1は,後根神経節細胞に高発現し,マスタードオイルに含まれるallyl isothiocyanate などによって活性化される。これら刺激性の化合物はシステイン残基を求電子的に攻撃し,共有結合を形成することでTRPA1の活性化を引き起こすことが知られている。我々は,TRPA1がこれらの外因性刺激性物質に加えて,NO,過酸化水素,プロトン,15-deoxy-D12,14-prostaglandin J2(15d-PGJ2)などといった内因性炎症性物質によっても活性化されることを明らかにした。15d-PGJ2によるTRPA1の活性化には細胞内アミノ末端領域のCys421及びCys621が,NOまたは過酸化水素によるTRPA1の活性化にはCys421,Cys641及びCys665が,プロトンによる活性化には Cys421がそれぞれ重要なシステイン残基であり,アゴニスト間で作用するシステイン残基が異なることを見出した。また,後根神経節細胞はこれらの炎症性物質により活性化され,その活性化にはTRPA1が重要であることを示した。以上,TRPA1は外因性刺激物質を感知するだけではなく,内因性の刺激物質を感知し,炎症という情報を伝えていることが示唆された。

 我々の研究により,一部のTRPチャネルは活性分子種感受性チャネルであることが明らかになった。活性分子種の特徴は酸化性であることから,我々はそれぞれのTRPチャネルが特有の酸化状態を感知し,活性化するのではないかと考えた。そこで,化合物の酸化・還元電位(Redox Potential)とTRPチャネル活性化との相関を調べたところ,化合物のRedox Potentialに依存したTRPチャネルの活性を見出した。このことは,生体内で様々なTRPチャネルがレドックス刺激に応じて異なる生理的役割を担っていることが示唆されたことになる。

 

(12) TRPM2チャネルの精神機能および慢性疼痛における役割:
TRPM2ノックアウトマウスを用いた行動解析

中川貴之1,白川久志1,前田早苗1,山口健太郎1
河本 愛1,草野綾香1,森 泰生2,金子周司1
1京都大学 薬学研究科 生体機能解析学,2京都大学 工学研究科 合成生物化学)

 TRPM2チャネルは,家族性双極性障害の原因遺伝子探索の過程で見出され,中枢神経系を含め様々な組織に分布することが知られている。中枢神経系においては,我々は,過酸化水素などの酸化的ストレスによりTRPM2を介したCa2+流入が引き起こされ,神経細胞死が惹起されることを報告している。さらに最近,森研究室によりTRPM2ノックアウトマウスが作製され,炎症部位における単球/マクロファージからのケモカイン産生,好中球浸潤といった炎症反応過程の一部に重要な役割を果たしていることなども明らかとなってきた。しかしながら,TRPM2チャネルの生理的および病態生理的役割については,解析が開始されたばかりで,その多くはまだ明らかとなっていない。そこで本研究では,TRPM2ノックアウト(KO)マウスを用いて様々な行動解析を行い,特に,当初注目されていた双極性障害などの精神疾患との関係を探るため精神機能の評価や,末梢組織や脊髄内での炎症反応が発症の要因となる慢性疼痛について検討を行った。

 まず,体重,体温といった生理的パラメーター,さらに,自発運動量(locomotor test)や運動協調性(rotarod test)といった運動機能に,野生型およびKOマウス間で差は認められなかった。強制水泳試験法において,KOマウスで,無動作到達時間の延長,総無動作時間の短縮の傾向が認められた(うつ様行動減弱)。また,高架式十字迷路試験において,オープンアームでの滞在時間,侵入回数は両遺伝子型マウス間に差は見られなかったものの,クローズドアームへの侵入回数は有意な増加が認められた(探索行動上昇)。同様に,novel object recognition testにおいて,objectに対する探索行動の延長が認められた(探索行動上昇)が,新奇物質に対する認知記憶に差は認められなかった。さらに,Resident-intruder試験法における総攻撃時間,攻撃頻度は野生型に比べKOマウスで有意な延長及び増加がみられた(攻撃性増加)。以上の結果から,TRPM2遺伝子欠損により,うつ様行動の減弱,探索様行動の上昇,攻撃性の上昇が起こることが示唆された。これらの表現型は,双極性障害の躁状態に対応する行動異常の一面を表しているのかもしれない。

 次に,痛覚に関する検討を行った。まず,hot plate test(52℃),plantar test,von Frey filament testにおいて,正常のKOマウスでも,反応潜時の延長および逃避閾値の上昇が見られた。また,カラゲニンの足底内注射により惹起される炎症性疼痛モデルにおいて,熱性痛覚過敏および機械刺激アロディニアは,KOマウスにおいて有意に減弱されていた。さらに,KOマウスにおいては,カラゲニン注射による浮腫の形成,炎症部位におけるF4/80陽性成熟マクロファージ,Gr-1陽性好中球数の増加,さらに,炎症性サイトカイン(IL-1bおよびTNF-a)の産生といった炎症反応の抑制が認められた。同様に,坐骨神経部分結紮によって誘導される神経障害性疼痛モデルにおいて,機械刺激アロディニアの有意な減弱が認められた。また,神経障害性疼痛の誘導に重要な役割を果たすミクログリアの機能について,KOマウスから調整した培養ミクログリアを用いて検討したところ,ミクログリア活性化に伴うNO産生や貪食能などが抑制されていた。これらの結果から,TRPM2が単球/マクロファージやミクログリアといった免疫担当細胞の活性化に寄与し,炎症性疼痛や神経障害性疼痛の惹起に関与していることが示唆された。

 

(13) 炎症性疾患の発症と進展におけるTRPM2の役割

廣井理人1,山本伸一郎2,輪島輝明1,2,根来孝治3
木内祐二1,森 泰生2,清水俊一1
(昭和大学 薬学研究科1病態生理学,3遺伝解析学,
2京都大学 工学研究科合成生物化学)

 Melastatin-like transient receptor potential channel 2(TRPM2)は,酸化ストレスにより活性化され,細胞内にCa2+を流入させるイオンチャネルである。生体内では,好中球や単球などの炎症性細胞に発現している。TRPM2の生理的機能は,主に活性酸素誘発の細胞死を媒介することであると考えられていたが,我々は,TRPM2の活性化が単球におけるケモカイン産生を促進することを見出した。この発見は,TRPM2活性化が様々な炎症性疾患の発症や進展に関与している可能性を示すものである。そこで,本研究ではTRPM2欠損マウス(KOマウス)を用いて,慢性炎症性疾患として潰瘍性大腸炎,急性炎症性疾患として心臓の虚血-再灌流障害モデルを作製し,これら炎症性疾患におけるTRPM2の役割を検討した。

 マウスにDSSを投与したところ,野生型マウス(WTマウス)では大腸に著しい好中球の浸潤が認められ,潰瘍形成が誘発されたが,KOマウスで軽度であった。そこで,大腸におけるMIP-2量を測定したところ,KOマウスでは低値であった。以上の結果より,DSS誘発の潰瘍性大腸炎には,炎症部位で産生された活性酸素が,マクロファージにおけるMIP-2産生を亢進し,好中球の浸潤を促進することが関与していると考えられた。次に,心臓の虚血-再灌流障害について検討を行った。虚血-再灌流障害は,虚血組織を再灌流することにより組織障害が進行する現象であり,この過程には活性酸素やケモカイン,好中球の浸潤が深く関わっている。再灌流障害モデルは,左冠動脈を結紮することにより虚血を惹起させた後,その冠動脈の血流を再開することにより作製した。その結果,WTマウスでは,再灌流により梗塞巣の形成が認められたが,KOマウスではその形成が著しく抑制されていた。また,心臓への好中球の浸潤は,KOマウスではWTマウスに比べて低下していた。さらに,WTあるいはKOマウスより調製した顆粒球をKOマウスの心臓に導入したところ,WTマウス由来の顆粒球では梗塞巣が増加したが,KOマウス由来の顆粒球では軽度であった。再灌流による心筋壊死には,活性酸素による好中球のTRPM2活性化を介した好中球の浸潤促進が関与していると考えられた。以上のことから,TRPM2は炎症性細胞のケモカイン産生や活性化を媒介することにより,慢性炎症性疾患及び急性炎症性疾患の発症や増悪に関与していることが明らかとなった。

 

(14) がん細胞の遊走とTRPV2

長澤雅裕,小島 至,中川祐子(群馬大学 生体調節研究所 細胞調節分野)

 TRPチャネルは,さまざまな生理的な機能を担っているばかりでなく,がん細胞において細胞増殖・浸潤・転移などの病態生理学的な役割も担っていることが報告されている。TRPVファミリーのメンバーであるTRPV2は,小脳Purkinje細胞,肝臓・腎臓の上皮細胞,膵ランゲルハンス島の内分泌細胞,消化管の神経内分泌細胞,肺・脾臓のマクロファージ,白血球などに多く発現している。マクロファージでは,TRPVメンバーのなかでも特にTRPV2が高発現し,血清・fMLP刺激でチャネルの一部が細胞膜に移行して,持続的な細胞内カルシウムの上昇を生じる。さらに,その細胞膜上の局在の検討により,TRPV2がfocal complexの特殊な形態であるポドソームに局在して,マクロファージにおける細胞接着・細胞運動を制御していることを報告してきた。さらに,我々は様々ながん細胞株におけるTRPV2の発現の検討を行い,ヒトのメラノーマ細胞株や線維肉腫細胞株においてもTRPV2が高発現していることを見いだした。そこでこれらの細胞株におけるTRPV2による細胞内カルシウムの調節,チャネルの局在,TRPV2ノック・ダウンによる細胞形態・細胞機能の変化について検討をした。その結果,TRPV2はがん細胞においても,細胞の接着・遊走を制御していることが明らかになった。

 

(15) Orai1チャネル三次元構造の解明

丸山雄介1,小椋俊彦1,三尾和弘1,加藤賢太2
金子 雄2,清中茂樹2,森 泰生2,佐藤主税1
1産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門,2京都大学 工学研究科 合成生物化学)

 Ca2+は細胞内において主に小胞体に貯蔵されており,各種刺激によりCa2+が細胞質へと放出される。この放出が長く続くと小胞体内部のCa2+は枯渇し,その枯渇刺激により細胞外からCa2+流入が起きる。この流入を担うチャネルとして,細胞膜にあるCa2+放出活性化Ca2+(CRAC)チャネルが注目を集めている。CRACチャネルは免疫応答と深い関連があることが報告されている。最近,このチャネルを構成する二つの主要なサブユニットが明らかとなった。すなわち,細胞膜上のチャネルポアとなるOrai1と,小胞体膜上でCa2+枯渇を感受するSTIM1である。しかしそのチャネル活性化機構や構造的基盤は,未だ不明な点が多い。そこで本研究では,四量体Orai1タンパク質を発現・精製し,その電顕画像から三次元構造を21Å分解能で再構成した。Orai1分子は高さ150Å,幅95Åの水滴形をしていた。抗体やレクチンを用いてラベルしたOrai1分子を電顕観察することにより,水滴形の先細りの側が細胞質に,丸い側が細胞外にあり,その間の幅広い部分が膜貫通領域であると推定した。この先細りの細胞質領域は長さ100Åであり,STIM1と直接結合するためには十分に長いと思われる。

 

(16) 毛様体筋収縮調節に関与する非選択性陽イオンチャネルの
分子候補としてのTRPCとOrai1

高井 章,宮津 基,石居信人,荻野 大(旭川医科大学 生理学講座 自律機能分野)

 一般にM3型ムスカリン受容体(M3R)の刺激によって起こる生体反応は,Gq/11蛋白(Gq/11)に共役した信号伝達経路を介して現れるが,その下流に接続する系の本体については必ずしも明確でない場合が多い。視覚遠近調節を司る毛様体筋はほぼ純粋に副交感神経支配の平滑筋であり,しかもその収縮は専ら伝達物質アセチルコリンによるM3Rへの刺激の増減に基づいて制御されている。われわれは,この恰好のモデル系を用い,M3Rから収縮蛋白系に至る信号の流れとそれを担う分子を探求してきた。今回は,これまで主にウシ毛様体筋を用いて行ってきた研究の成果として得られた次のような知見について紹介する。(a) 毛様体筋は,M3R刺激に伴い平滑筋としては非常に速やかに収縮し(初期相),その後刺激の続く限り一定の張力を保持し続ける(持続相)という特性があり,それが迅速で安定な焦点調節を可能にしている。初期相の形成に必要な細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)の急速上昇は,Gq/11経由で活性化されるphospholipase Cbにより産生されるIP3が筋小胞体(SR)からのCa2+遊離を起すことによる。毛様体筋SRにはそのほか,[Ca2+]i上昇により開くryanodine感受性のCa2+放出経路も存在する。(b) 収縮持続相は細胞外からの持続的なCa2+流入を必要とするが,毛様体筋細胞膜には膜電位依存性Ca2+チャネルはほとんど発現しておらず,主な流入経路として機能するのは単位コンダクタンスの大きく異なる2種類の非選択性陽イオンチャネル(NSCCLとNSCCS)である。毛様体筋細胞膜には少なくとも4種類のTRPCチャネル蛋白(TRPC1, 3, 4 & 6)が発現していることを確認しているが,そのいくつかはNSCCLまたはNSCCSの本体または構成要素である可能性がある。M3R刺激がNSCCSを開口させるのもGq/11を介する信号を介してであり,その際SRにおけるCa2+枯渇によって活性化されるいわゆるSOC機構が関与するらしい。SR/形質膜領域には,SOC機構との関連で注目されているSTIM-1とOrai1が多く存在する。(c) 毛様体筋においてM3R/Gq/11からの信号は,遊離と流入に伴う[Ca2+]i上昇を引き起すのと並行して,RhoA/Rho-kinase系を介して収縮蛋白系のCa2+感受性を高める現象(いわゆるCa sensitization)を起す。

 

(17) PKGリン酸化を介した心血管Ca2+流入チャネルTRPC6の
短期・長期制御機構

井上隆司1,菅 忠1,海 琳1,高橋眞一1,本田 啓1,森 誠之1,森 泰生2
1福岡大学 医学研究科 細胞分子制御学,
2京都大学 工学研究科 合成生物化学)

 TRPC6 is a ubiquitous and predominant isoform expressed in vascular smooth muscle cells (VSMCs) and has been implicated in the regulation of vascular tone and remodelling via neurohormonal and mechanosensitive mechanisms. Although these two mechanisms are generally thought to work independently, our recent investigation has revealed that TRPC6 channel is synergistically activated by receptor and mechanical stimulations via the phospholipase C/Gq-protein/diacylglycerol and phospholipase A2/w -hydroxylase/20-hydroxyeicosatetraenoic acid pathways. Experiments with pressurized mesenteric artery have suggested that this synergism likely contributes to enhanced myogenic responsiveness under near-threshold receptor stimulation. Different lines of evidence also suggest that TRPC6 channel is subject to both positive and negative regulation via activation of Ca2+/calmodulin-dependent kinase (CAMKII), and protein kinases C (PKC) and G (PKG); while CAMKII- and PKC-mediated phosphorylation accelerates the time courses of TRPC6 activation and inactivation during receptor stimulation respectively, activation of PKG via stimulation of the nitric oxide or atrial natriuretic peptide/guanylate cyclase/cGMP pathway tonically suppresses TRPC6 channel activity through its phosphorylation on T69, regardless of receptor or mechanical stimulation. Interestingly, prolonged activation of PKG (10-20min) reactivated TRPC6 channel rendering it spontaneously active with loss of receptor- and mechano-sensitivities. Disruption of actin cytoskeleton by cytochalasin D treatment induced similar consequences. It can be speculated that phosphorylation of TRPC6 channel by PKG may not only cause an acute tonic inhibition of the channel activation by neurohormonal and mechanical stimuli, but also induce a slow transition between differential activation modes, presumably altering the VSMC phenotype from ‘contractile’ to ‘proliferative’ ones.

 



このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2010 National Institute for Physiological Sciences