生理学研究所年報 第31巻
年報目次へ戻る生理研ホームページへ



21.痛みの病態生理と神経・分子機構

2009年12月10日-12月11日
代表・世話人:倉石 泰(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)
所内対応者:富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
教育講演1:TRPチャネルと痛み
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理部門)

(2)
表皮内電気刺激を用いた細径神経線維機能評価法
大鶴直史1,2,乾 幸二1,山代幸哉1,2,宮崎貴浩1,2,竹島康行1,柿木隆介1,2
1生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節部門,
2総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻)

(3)
加齢ラットの皮膚C線維侵害受容器の反応性と侵害受容逃避閾値の比較
田口 徹,太田大樹,松田 輝,村瀬詩織,水村和枝
(名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)

(4)
レーザー痛覚刺激の事象関連電位に対するニコチンの影響
宮崎貴浩,乾 幸二,柿木隆介
(生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節研究部門)

(5)
痛みによる不快情動生成における分界条床核内グルタミン酸神経情報伝達の役割
南 雅文(北海道大学大学院薬学研究院薬理学研究室)

(6)
神経因性疼痛時におけるリゾホスファチジン酸依存的な脱髄現象
永井 潤,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子薬理学分野)

(7)
侵害刺激がTRPV1以外でも感じられる可能性について
樋浦明夫1,中川 弘21徳島大学歯学部口腔解剖学教室,2小児歯科学教室)

(8)
GPR103の内因性作動物質である26RFaの神経障害性疼痛に対する鎮痛効果
山本達郎,宮崎里佳(熊本大学大学院医学薬学研究部生体機能制御学)

(9)
抗癌薬投与マウスにおける冷刺激に対する疼痛様反応とその機序
安東嗣修,溝口静香,プナムガウチャン,倉石 泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)

(10)
過敏性腸症候群モデルマウスに生じる大腸の痛覚過敏にたいするP2X受容体の役割
篠田雅路1,2,Bin Feng 2,Jun-Ho La 2,Klaus Bielefeldt 2,G.F. Gebhart 2
1日本大学歯学部生理学教室,
2 Center for Pain Research, University of Pittsburgh School of Medicine)

(11)
a2アドレナリン受容体関連物質による坐骨神経の複合活動電位抑制
水田恒太郎1,小杉寿文1,2,藤田亜美1,上村聡子1,八坂敏一1,熊本栄一1
1佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野,
2佐賀県立病院好生館緩和ケア科)

(12)
教育講演2:筋性疼痛の発生メカニズム
水村和枝(名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)

(13)
繰り返し冷温ストレスによる線維筋痛症モデルの有用性
西依倫子,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科薬理学分野)

(14)
末梢性動脈閉塞症モデルラットにおける痛覚過敏のメカニズムの解析
堀紀代美1,2,尾﨑紀之3,鈴木重行4,杉浦康夫1
1名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座(機能組織学分野),
2名古屋大学医学部附属病院医療技術部リハビリ部門,
3金沢大学医薬保健研究域医学系神経分布路形態・形成学分野,
4名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野)

(15)
帯状疱疹痛マウスモデルにおける自発痛関連行動の評価とその特徴
佐々木淳,下田倫子,金山翔治,安東嗣修,倉石 泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)

(16)
帯状疱疹痛マウスモデルの脊髄後角広作動域ニューロン及び
末梢神経の機械刺激に対する興奮性の変化
西川幸俊,佐々木淳,野島浩史,安東嗣修,倉石 泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)

(17)
教育講演3:骨がん疼痛発生メカニズムと治療標的分子
川股知之(札幌医科大学医学部麻酔学講座)

(18)
ラット脊髄後角膠様質細胞の形態学的・電気生理学的特性と
含有神経伝達物質及び神経修飾物質に対する応答の相関関係
八坂敏一1, 2,Sheena Y. X. Tiong 2,David I. Hughes 2
John S. Riddell 2,藤田亜美1,熊本栄一1,Andrew J. Todd 2
1佐賀大学医学部生体構造機能学講座,
2グラスゴウ大学生物医学生命科学研究所脊髄グループ)

(19)
ラット脊髄後角の痛み伝達制御におけるガラニンの役割
-興奮性および抑制性のシナプス伝達に対する作用
熊本栄一,岳 海源,藤田亜美,朴 蓮花,青山貴博,井上将成,八坂敏一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座)

(20)
末梢神経損傷後に発症したアロディニアの維持機構におけるSTAT3の役割
津田 誠,高露雄太,矢野貴之,辻川智子,北野順子,齊藤秀俊,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)

【参加者名】
南 雅文(北海道大学,薬理学),川股知之(札幌医科大学),古瀬晋吾(中村記念病院),岩田幸一,篠田雅路,本田訓也(日本大学,生理学),田中 聡,望月憲招,井出 進,田中秀典(信州大学,麻酔蘇生学),水村和枝,片野坂公明,田口 徹,村瀬詩織,太田大樹,鈴木実佳子,那須輝顕,松田 輝,久保亜抄子(名古屋大学,神経系分野II),杉浦康夫,安井正佐也,堀紀代美,林 功栄(名古屋大学,機能形態学),肥田朋子(名古屋学院大,リハビリテーション学科),富永真琴,山中章弘,曽我部隆彰,齋藤 茂,Boudaka Ammar,小松朋子,梅村 徹,内田邦敏,加塩麻紀子,常松友美,周 一鳴,高山靖規,川口 仁,三原 弘,水野秀紀(岡崎統合バイオサイエンスセンター,細胞生理),古江秀昌,杉山大介,柳澤義和,歌 大介,井本敬二(生理学研究所,神経シグナル研究),古家園子(生理学研究所,形態情報解析),金 義光(生理学研究所,生体恒常機能発達機構),大鶴直史,宮崎貴浩,柿木隆介(生理学研究所,感覚運動調節研究),尾崎紀之(金沢大学,神経分布路形態・形成学),倉石 泰,安東嗣修,佐々木淳,西川幸俊,後藤義一,下田倫子,金山翔治,溝口静香(富山大学,応用薬理学),樋浦明夫(徳島大学,口腔解剖学教室),井上和秀,津田 誠,高露雄太(九州大学,薬理学),本多健治,中島茂人(福岡大学,生体機能制御学),熊本栄一,藤田亜美,八坂敏一,水田恒太郎,井上将成(佐賀大学,生体構造機能学),西依倫子,永井 潤,植田弘師(長崎大学,分子薬理学),山本達郎(熊本大学,生体機能制御学),稲葉さやか,小坂七重(花王株式会社),猪股裕二(田辺三菱製薬(株)),小川侑記(ライオン株式会社),今井利安(日本ケミファ株式会社),小林 護,小林淳一(キッセイ薬品工業(株)),渡邉修造(ラクオリア創薬(株)),藤田真英(塩野義製薬(株)),臼井健司,阪田昌弘(日本たばこ産業(株)),藤田郁尚((株)マンダム),石田康直,田口一貴(日本臓器製薬(株)),森本 缶(東レ(株)),三浦陽介(金印(株)),水口洋子(基礎生物学研究所)


【概要】
 本研究会は,神経障害性疼痛,炎症性疼痛,癌性疼痛などの痛みの病態生理の研究者と痛みの神経機構・分子機構の研究者が一堂に会して,研究成果を発表し,意見・情報交換を行うことを目的とした。教育講演は,3つのテーマを選定した。富永真琴先生(生理研)は感覚神経の侵害受容機序の理解に必須のTRPチャネル,特にTRPV1とTRPA1の機能について解説された。水村和枝先生(名大)は,遅発性筋痛の動物モデルとCOX-2,ブラジキニン,NGF,GDNFなどの因子の関与について紹介された。また,川股知之先生(札幌医大)は,がん疼痛の中でも難治性である骨がん疼痛について,その発生機序と治療標的分子について紹介された。教育講演は,若手の疼痛研究者への情報提供を主目的に実施したが,その目的を十分に果たせた内容であった。一般演題は,疼痛性疾患に関するものと疼痛の基礎研究に関するものに大別される。疼痛性疾患に関するものでは,末梢神経障害(末梢神経の脱髄,抗がん薬の副作用,帯状疱疹など)関係が5題と最も多く,筋性疼痛,内臓痛と末梢性動脈閉塞症に関して各1題が発表された。疼痛の基礎研究に関するものでは,感覚神経の侵害受容(細径線維の選択的な電気刺激法やC線維の加齢変化など)に関するものが3題と最も多く,脊髄後角ニューロンの神経ペプチドに対する反応に関するもの2題が続き,末梢神経への薬物作用,末梢刺激に対する脳誘発電位,および疼痛と情動に関するものが各1題であった。十分な発表時間を設け研究の背景から説明していただくことにより,専門外の研究内容についても理解を深めることが出来た。なお,本研究会のテーマを疼痛関係の研究を広範囲に含むものとしたことで,一般演題の内容も広範囲に及んだが,疼痛性疾患に関するものでは末梢神経障害に関するものが最も多かったことは,最近の疼痛研究の現状を反映したものであろう。

 

(1) 教育講演1:TRPチャネルと痛み

富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理部門)

 感覚神経終末で侵害刺激を受容する(侵害刺激を電気信号に変換する)最も簡単で有効的なメカニズムは,陽イオンの流入がもたらす脱分極によって電位作動性Na+チャネルを活性化させて,活動電位を発生させることである。その陽イオンの流入を司る陽イオン透過性のイオンチャネルの多くは高いCa2+透過性をもち,その中心的分子がTRP(Transient Receptor Potential)スーパーファミリーに属するカプサイシン受容体TRPV1とワサビ受容体TRPA1である。

 トウガラシの辛み主成分であるカプサイシンの受容体として1997年に単離されたTRPV1はCa2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルであり,カプサイシンと同様に生体に痛みを惹起する熱や酸(プロトン)によっても活性化する。その他,多くの有効刺激が報告されており,様々な活性化メカニズムが明らかになっている。TRPV1欠損マウスの解析から個体レベルでの関与が明らかになっており,TRPV1を標的とした鎮痛薬の開発が世界中で進められている。侵害冷刺激受容体として2003年に報告されたTRPA1は,その後,ワサビの辛み成分allyl isothiocyanateの受容体としても機能することが明らかになった。現在までに様々な刺激物質が明らかになっており,その構造基盤もいくらか解明されている。欠損マウスの解析からTRPA1が侵害刺激受容体として機能することは確認されたが,冷刺激感受性については結論が得られていない。いずれにせよ,TRPA1が侵害刺激受容に関わっていることは明らかであり,その発現も感覚神経に限局していることから,TRPA1がTRPV1に次ぐ新たな鎮痛薬開発のターゲットになることは間違いないと思われる。

 このような感覚神経終末で侵害刺激受容に関わるTRPV1とTRPA1について,自身のデータも含めて最近の知見を紹介したい。

 

(2) 表皮内電気刺激を用いた細径神経線維機能評価法

大鶴直史1,2,乾 幸二1,山代幸哉1,2,宮崎貴浩1,2,竹島康行1,柿木隆介1,2
1生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節部門,
2総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻)

【目的】皮膚細径神経線維(Ad,C線維)の機能を選択的に評価する方法は確立されていない。特に電気刺激ではAb線維などのより太い神経線維の活動混入のために,選択的な細径神経線維刺激は困難であるとされてきた。今回,我々の研究室で考案した表皮内電気刺激(IES)が細径神経機能評価に有用であるかを検討した。

【方法】第1実験:リドカインテープの経皮的貼付による細径神経障害モデルを用い,IESが皮膚表層のAd線維機能評価に有用であるかを検討した。比較対象として経皮電気刺激(TS)を用いた。まず,リドカイン貼付による閾値変化を貼付前,1,3,5時間貼付後に各刺激を用いて測定した。また,さらなる客観的な指標として各刺激に対する事象関連電位(ERP)を,貼付前,5時間貼付後に脳波計を用いて記録した。第2実験:IESを用いC線維の選択的刺激方法の考案を試みた。特殊な電気刺激パラメーターを用い,手背および前腕刺激に対するERPを記録した。

【結果】第1実験:IESに対する閾値は,貼付前と比較し5時間貼付後に著明な増大を示し,ERPは消失した。一方,TSに対する閾値およびERPには変化が認められなかった。第2実験:各刺激部位(手背,前腕)に対するERP成分(P1)の潜時差から算出した神経伝導速度は約1.5m/sであった。

【考察】第1実験:IESは,従来の電気刺激(TS)では検出できない皮膚表層のAd線維機能障害を捉えるのに有用であることを示した。第2実験:特殊な電気刺激パラメーターを用いることで,IESによりC線維の選択的刺激が行える可能性を示した。

 

(3) 加齢ラットの皮膚C線維侵害受容器の反応性と
侵害受容逃避閾値の比較

田口 徹,太田大樹,松田 輝,村瀬詩織,水村和枝
(名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)

 本研究では加齢による皮膚侵害受容器の変化を調べるため,ラット皮膚-伏在神経取出し標本を用い,神経幹への電気刺激により単一C線維受容器を同定し,種々の反応性を若齢群(9-14週齢)と老齢群(129-138週齢)との間で比較した。電気的に同定したC線維のうち機械感受性のあるものの割合は若齢群(49%)に比べて老齢群(27%)で有意に低かった。さらに,機械感受性C線維侵害受容器のうち,老齢群の機械刺激に対する反応閾値は有意に高く,生じた活動電位数は有意に小さかった。この結果は,機械刺激で受容器をサーチした以前の実験結果(機械反応性に有意な差はない)と異なっていた。本シリーズでは機械閾値の低い受容器が欠落していたためと推定された。両実験シリーズを合わせると機械反応性に有意な差はない。しかし,老齢ラットではC線維全体のうち機械感受性をもつ線維の割合が低下していたことを考慮すると,機械刺激による侵害受容器の放電総数は減小していると考えられる。また,ブラジキニンや冷刺激に対する反応には差がなく,熱反応の大きさは老齢群で低下する傾向がみられた。一方,行動実験ではvon Freyテストによる機械逃避閾値は2群間で差がなく,Coldplateテストによる逃避行動は老齢群で有意に亢進し,Hargreavesテストによる熱逃避閾値は老齢群で有意に低下した。このように老齢ラットでは侵害刺激に対するC線維侵害受容器の反応性は減弱傾向であるのに対し,侵害受容行動レベルでは亢進傾向であるのは,中枢神経系での変化(例えば,下行性疼痛抑制系の機能低下)が大きく影響しているものと考えられる。

 

(4) レーザー痛覚刺激の事象関連電位に対するニコチンの影響

宮崎貴浩,乾 幸二,柿木隆介(生理学研究所統合生理研究系感覚運動調節研究部門)

 レーザー誘発電位は,レーザーによる皮膚侵害受容器の選択的刺激により得られる事象関連電位である。レーザー刺激はその照射面積,強度を適切に調節することにより,Ad,C線維を別々に刺激することができる。レーザー誘発電位のN2, P2成分は,それぞれ島弁蓋部および帯状回の活動を反映すると考えられているが,その振幅は主観的な痛覚強度を反映していると考えられている。一方,喫煙およびニコチンは,マウス,ラット,ウサギなどで強力な痛覚抑制効果を持つことが示されているが,ヒトでの効果に関しては結論が一致していない。本実験では,レーザー誘発電位の変化を計測することにより,喫煙・ニコチンの痛覚認知に与える影響を評価した。被験者は実験前日より禁煙し,当日にニコチン1mgを含有するタバコを1本喫煙した。Ad,C線維それぞれについてレーザー誘発電位を喫煙前,喫煙5分,20分,35分,60分後の計5回測定した。コントロールとして別日に,喫煙せずに同様の測定を行った。実験中血漿中ニコチン濃度を継続的に測定した。また実験中の覚醒度の指標として,背景脳波活動のa帯域成分の周波数を測定した。喫煙・ニコチンはAd線維の誘発電位の振幅を減少させたが,C線維の誘発電位の振幅は,むしろ覚醒度に関連して増加することが示唆された。これらのことから,喫煙・ニコチンの作用が末梢神経線維あるいは痛みの質の差によって異なることが示唆された。

 

(5) 痛みによる不快情動生成における分界条床核内グルタミン酸
神経情報伝達の役割

南 雅文(北海道大学大学院薬学研究院薬理学研究室)

 「痛み」は痛いという感覚的成分と,不安,嫌悪,抑うつといった情動的成分よりなるが,情動的成分を担う物質的基盤に関する研究は未だ緒についたばかりである。我々はこれまでに,腹側分界条床核(vBNST)におけるbアドレナリン受容体を介したノルアドレナリン神経情報伝達亢進が,痛みによる不快情動生成に重要であることを報告している(J. Neurosci., 28:7728-7736 (2008))。また,昨年の本研究会では,背外側分界条床核(dlBNST)におけるコルチコトロピン放出因子(CRF)神経情報伝達が,痛みによる不快情動生成に関与していることを示した。本研究では,vBNST内グルタミン酸神経情報伝達が痛みによる不快情動生成に関与するか否かについて検討した。実験には雄性SD系ラットを用い,条件付け場所嫌悪性(CPA)試験により不快情動生成の評価を行った。NMDA受容体拮抗薬MK-801あるいはAMPA受容体拮抗薬CNQXのvBNST内局所投与により,ホルマリン後肢足底内投与により惹起されるCPAが用量依存的に減弱した。また,逆行性・順行性トレーサーと免疫染色を組み合わせた実験から,外側結合腕傍核PBLからvBNSTにグルタミン酸神経が投射していることが明らかとなった。以上の結果から,PBLからvBNSTに投射するグルタミン酸神経の活動亢進が痛みによる不快情動生成に重要な役割を担っている可能性が示唆された。

 

(6) 神経因性疼痛時におけるリゾホスファチジン酸依存的な脱髄現象

永井 潤,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子薬理学分野)

 我々は,末梢神経障害によって生じる神経因性疼痛の初発原因分子として,脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(LPA)を同定した(Nature Medicine, 2004)。この分子はLPA1受容体に働き,疼痛関連分子の発現増加や知覚神経の脱髄現象を誘発する。脱髄現象は,その後に生ずるスプラウティング(異常突起伸展)によって,触覚線維と痛覚線維の機能的混線を介して,アロディニア現象の分子基盤となると考えられる。本研究では,脱髄の局在性およびスプラウティングの実験的証拠を得ることを目的とした。まず,脱髄の局在性を明らかにするために,C57BL/6J系雄性マウスの坐骨神経部分結紮モデルを用いて,坐骨神経,脊髄神経,後根神経のミエリン形態を解析した。その結果,障害部位である坐骨神経に加えて,後根神経において脱髄が観察された。一方,LPA1受容体遺伝子欠損マウスでは,後根神経における脱髄が消失することを見出した。また,各領域の神経線維を用いたex vivo培養実験では,LPAはいずれの領域においても脱髄を誘発した。このことは,神経因性疼痛時におけるLPAの産生部位が脊髄側に局所的に生じていることを示唆している。次に,スプラウティングを実証するために,神経突起伸展のマーカー分子GAP43を用いて解析を行った。その結果,神経障害後の後根神経においてGAP43の発現増加が観察された。以上の研究結果から,神経障害時ではLPA依存的に脊髄後根部の脱髄が生じ,さらにその部位ではスプラウティングが生じることが強く示唆された。

 

(7) 侵害刺激がTRPV1以外でも感じられる可能性について

樋浦明夫1,中川 弘21徳島大学歯学部口腔解剖学教室,2小児歯科学教室)

 生後早期にカプサイシンを投与して,カプサイシン感受性小型ニューロンが約70%消失したマウスは侵害熱刺激に正常に反応する。また,最近TRPV1のノックアウトマウスでも侵害熱刺激に正常に反応するという複数の報告がある。TRPV1が唯一の侵害熱刺激受容体であるなら,このような矛盾した現象は起こらないと考えられる。従って,Woodbury et al.(2004)はTRPV1, 2に依存しない正常な状態で侵害熱刺激を感じる機構と,TRPV1に依存する炎症や神経損傷などの病的な状態で侵害熱刺激を感じる機構の2つのメカニズムを提唱した。上記のパラドクッスをTRPV1以外の一次知覚ニューロンの関与で説明することが可能であるか否かを,最近の報告を基に論じたい。つまり,カプサイシン感受性の小型ニューロンが大量に脱落したマウスとTRPV1欠損マウスに見られる,侵害熱刺激に反応するという矛盾が同一の視点で説明できるかどうかについての試論といえる。率直なご意見を仰ぎたい。

 

(8) GPR103の内因性作動物質である26RFaの
神経障害性疼痛に対する鎮痛効果

山本達郎,宮崎里佳(熊本大学大学院医学薬学研究部生体機能制御学)

 GPR103はorexin,neuropeptide FFと相同性の高いG蛋白共役型受容体である。その内因性作動物質として26RFa,QRFPが知られている。26RFaはNPY Y1受容体,NPFF2受容体にも作用することが示されている。今まで26RFaをラット髄腔内,脳室内へ投与すると,ホルマリンテストで良好な鎮痛効果を発揮することを報告してきた。今回,26RFaを髄腔内投与もしくは脳室内投与し,神経障害性疼痛に対する鎮痛効果を検討したので報告する。

 神経障害性疼痛モデルとして,ラット坐骨神経部分結紮モデルを用いた。髄腔内投与には,Yakshらの方法により腰膨大部近傍の髄腔内へ留置したカテーテルを介して行った。脳室内投与は,側脳室留置したカニュラを介して行った。神経障害性疼痛の程度は,神経障害後に発症するアロディニアの程度により行った。

 26RFaは,髄腔内投与・脳室内投与いずれでも投与量依存性にアロディニアの程度を抑制した。また26RFaの効果は,NPY Y1受容体・NPFF2受容体の拮抗薬であるBIBP3226により拮抗されなかった。

 今回の結果から,髄腔内・脳室内26RFa投与により神経障害性疼痛に対する鎮痛効果が確認され,この効果はGPR103を介する可能性が高いことが示された。

参考文献
 Neuroscience 157(2008)214-222; Peptides 30(2009) 1683-1688

 

(9) 抗癌薬投与マウスにおける冷刺激に対する疼痛様反応とその機序

安東嗣修,溝口静香,プナムガウチャン,倉石 泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)

 我々は,これまでに,白金製剤オキサリプラチンとタキサン系薬パクリタキセルをマウスに投与すると,10~14日をピークとする触アロディニアが誘発されることを報告した。ところで,オキサリプラチンは,投与患者に冷刺激に対する急性の知覚過敏も引き起こす。そこで,本研究では,オキサリプラチン及びパクリタキセルが冷刺激に対する知覚過敏反応(冷アロディニア)を引き起こすか,また,その反応にtransient receptor potential melastatin 8(TRPM8)が関与しているか検討した。実験には雄性C57BL/6系マウスを用いた。ヒトの臨床用量に相当する用量のオキサリプラチン(3mg/kg)及びパクリタキセル(5mg/kg)を単回腹腔内注射した。マウス後肢足蹠へアセトンの小球を軽く当てて冷刺激を加え,その反応から冷アロディニアを評価した。オキサリプラチンは,3日目をピークとして7日後には回復する冷アロディニアを生じた。一方,パクリタキセルは冷アロディニアを引き起こさなかった。オキサリプラチンによる冷アロディニアは,TRPM8拮抗薬N-(2-aminoethyl)-N-[4-(benzyloxy)-3-methoxybenzyl]-N'-(1S)-1-(phenyl)ethyl]urea hydrochlorideにより抑制された。また,後根神経節でのTRPM8 mRNAの発現をRT-PCR法で測定したところ,オキサリプラチン投与後3日目に有意に発現が増加した。一方,パクリタキセルでは発現増加が観察されなかった。以上の結果より,オキサリプラチンに特有の急性冷アロディニアがマウスでも観察され,その作用には少なくとも一次感覚神経におけるTRPM8の発現増加が関与すると示唆される。

 

(10) 過敏性腸症候群モデルマウスに生じる大腸の痛覚過敏にたいする
P2X受容体の役割

篠田雅路1,2,Bin Feng 2,Jun-Ho La 2,Klaus Bielefeldt 2,G.F. Gebhart 2
1日本大学歯学部生理学教室,
2 Center for Pain Research, University of Pittsburgh School of Medicine)

 過敏性腸症候群は大腸に器質的な変化が認められないにもかかわらず,慢性的な痛みや痛覚過敏が生じる疾患である。われわれは過敏性腸症候群モデルマウスを作成し,大腸の伸展にたいする痛覚過敏へのP2X受容体の役割を検討した。

 zymosanの大腸管腔への3日間連続投与(30mg/day)により,大腸に組織学的変化がみとめられないにもかかわらず投与終了後1日目より大腸に伸展にたいする痛覚過敏が生じた。P2X3 KOマウスではzymosan投与による大腸の痛覚過敏は生じなかった。大腸に伸展によっておこるP2X受容体の内因性リガンドであるATPの腸管への遊出量はzymosan投与により変化せず,またP2X3 KO マウスにおいても変化しなかった。大腸壁にあらかじめ逆行性トレーサー(DiI)を投与し,zymosan投与後1日目に後根神経節(T11-L1, L6-S2)をそれぞれ急性単離し,whole cell patch clamp法を用いてDiI標識ニューロンの興奮性の変化を記録した。両後根神経節において,zymosan投与によりDiI標識ニューロンの静止膜電位が上昇し,Purinergic agonists(ATP, a,b-meATP)によって引き起こされるfast currents(P2X3 依存性)のED50が減少した。さらにzymosan投与により,両後根神経節におけるP2X3陽性大腸投射ニューロン数は変化しなかった。

 よって,zymosan投与による過敏性腸症候群モデルマウスに生じる大腸の痛覚過敏は,大腸投射ニューロンの興奮性の増大とP2X3受容体の過敏化により引き起こされる。(Shinoda et al., Gastroenterology, 2009, in press)

 

(11) a2アドレナリン受容体関連物質による坐骨神経の複合活動電位抑制

水田恒太郎1,小杉寿文1,2,藤田亜美1,上村聡子1,八坂敏一1,熊本栄一1
1佐賀大学医学部生体構造機能学講座神経生理学分野,
2佐賀県立病院好生館緩和ケア科)

 麻酔・集中治療領域で鎮静薬および鎮痛薬として使用されているデクスメデトミジンはa2アドレナリン受容体の活性化を介して脊髄レベルで鎮痛作用を引き起こすことが知られている。一方,デクスメデトミジンを始めとするアドレナリン受容体作動薬は,局所麻酔作用の増強を目的として局所麻酔薬の補助薬として用いられている。この増強の作用機序として血管収縮や伝導遮断などが考えられている。アドレナリン受容体作動薬の伝導遮断作用を詳しく検討するために,デクスメデトミジンが複合活動電位(CAP)にどのような作用を及ぼすかを調べた。実験は,トノサマガエルの坐骨神経にair-gap法を適用してCAPを記録することにより行った。デクスメデトミジンは可逆的かつ濃度依存性にCAPの振幅を減少させた(IC50=0.43mM)。この効果はa2受容体拮抗薬のヨヒンビンやアチパメゾールにより拮抗されず,アチパメゾールそれ自身でCAPを抑制した。他のa2受容体作動薬について,クロニジンは最大20%の抑制,オキシメタゾリン はデクスメデトミジンより低い効率の抑制を示した(IC50=1.5mM)。一方,アドレナリンやノルアドレナリン,b受容体作動薬イソプロテレノールおよびa1受容体作動薬フェニレフリン(それぞれ1mM)はCAPに影響しなかった。以上よりデクスメデトミジンはa2受容体の活性化を介さずにCAPを抑制することが明らかとなった。デクスメデトミジン,オキシメタゾリンおよびアチパメゾールのようなa2アドレナリン受容体関連物質に共通した化学構造が伝導遮断に重要な役割を果たすことが示唆された。この結果は強い伝導遮断作用をもつ局所麻酔補助薬を開発するのに役立つことが期待される。

 

(12) 教育講演2:筋性疼痛の発生メカニズム

水村和枝(名古屋大学環境医学研究所神経系分野II)

 筋性疼痛は非常に頻度が高い。多くの場合炎症症状・所見はない。1) 筋拘縮,2) 筋血流不足,3) 酸化ストレス等のメカニズムが提唱されてきたが,エビデンスは乏しい。メカニズムの解析のためのモデルとして,運動後1日程度遅れて現れる遅発性筋痛がここ数年注目を浴びている。遅発性筋痛は生理的なもので,通常何ら治療を必要としないが,職業によって(例えば外科医),また運動選手の場合には不都合なこともある。そのメカニズムとして最も広く信じられているのは,微細筋損傷とその結果生じる炎症である。しかし,我々が作ったモデルでは痛覚過敏や腫脹は見られるもののマクロファージの集積などの炎症像は見られないので,炎症は遅発性筋痛に必須なものではないと考えられる。さらに,生理的であるとはいえ,筋・筋膜性疼痛に見られる硬結やトリガーポイント状の変化も見られ(Itohら,2002,2004),遅発性筋痛を生じる伸張性収縮を連日繰り返したり,寒冷ストレスを負荷すると持続の長い筋痛覚過敏が生じるので,筋性疼痛研究のメカニズム解明に役立つと考えられる。我々の今までの研究で,麻酔下のラット後肢下腿伸筋(主として長指伸筋)に伸張性収縮を負荷して誘発した場合,筋の機械逃避反応閾値は運動負荷1日後から3日まで低下したのち,回復した。機械逃避閾値が最も低下している時に記録した筋細径線維受容器の機械反応は亢進しており,これが機械痛覚過敏の末梢機構であろうと考えられる。拮抗薬投与により遅発性筋痛の発生にはCOX-2とB2受容体を介したブラジキニンの作用が重要であることも明らかになった。さらに,運動負荷した筋においてCOX-2は運動直後から12時間後まで増大していたのに対し,NGF,GDNFは遅れて12時間後から2日後(GDNFは1日後まで)まで増大しており,抗NGF抗体または抗GDNF抗体の筋注により筋機械痛覚過敏が減弱することなどから,遅発性筋痛の維持には両神経栄養因子が関わっていると考えられる。B2拮抗薬はNGFの発現増大を抑制し,COX-2阻害薬はGDNFの発現増大を抑制することを見出した。つまり遅発性筋痛にはブラジキニン-B2受容体-NGFの経路とCOX-2-GDNFの経路があることがわかった。両経路の間に何らかの相互作用があるかどうか,現在未知である。

 一方,筋性疼痛には,線維筋痛症の様に慢性で全身性の筋痛で,ストレスとの関連が示唆されているものもある。そのモデルになるであろうとされている繰り返し寒冷ストレスモデルを作成し,筋逃避反応閾値を調べたところ,4℃-室温の繰り返しでは3週間,-3℃-室温の繰り返しでは7週間もの間,筋痛覚過敏が見られた。一方,皮膚痛覚過敏は4℃-室温の繰り返しでは見られず,-3℃-室温の繰り返しでのみ見られた。このように皮膚と筋とではこのストレスの影響の受け方が異なることがわかった。このモデルでは下行性抑制系が障害されていると報告されていることを考え合わせると,筋侵害受容系の方がその影響を受けやすいことが示唆された。

 筋性疼痛の研究は未知な部分が多い。本講演が問題提起となれば幸いである。

 

(13) 繰り返し冷温ストレスによる線維筋痛症モデルの有用性

西依倫子,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科薬理学分野)

 線維筋痛症は全身性に激しい痛みを生じる,原因不明の難治性慢性疼痛疾患である。また,病態モデル動物が確立されていないことなどから,当疾患を標的とする治療法は十分に確立されていない。そこで本研究では,病態を反映する線維筋痛症モデル動物の確立を目的とした。患者背景には過度なストレスや外傷などによる痛みの悪循環が想定されることから,マウスに飼育環境温度を繰り返し変化させるストレス(ICS; Intermittent Cold Stress)を負荷した後,疼痛評価を行った。その結果,少なくとも2週間以上持続する著明なアロディニア現象が観察された。一方,冷温負荷のみ与えた群ではストレス負荷直後のみ疼痛過敏が認められたことから,温度環境の繰り返しストレスが慢性痛の誘発因子であることが示唆された。また,臨床症状と類似した点として,熱,化学,電気刺激に対しても顕著な疼痛過敏が観察された。

 次に,本モデル動物を薬理学的に評価した。線維筋痛症ではモルヒネ感受性が低いという臨床的知見と一致して,モルヒネはICS負荷群の疼痛過敏に対して鎮痛効果を示さなかった。このモルヒネ低感受性について,下降性抑制系を介したセロトニン神経の代謝回転率を指標にして,生化学的に解析した。その結果,モルヒネはストレス非負荷群のセロトニン代謝回転率を増加させたが,負荷群ではその効果は認められなかった。以上の結果から,本モデル動物は線維筋痛症の臨床病態を反映することが強く示唆された。

 

(14) 末梢性動脈閉塞症モデルラットにおける痛覚過敏のメカニズムの解析

堀紀代美1,2,尾﨑紀之3,鈴木重行4,杉浦康夫1
1名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座(機能組織学分野),
2名古屋大学医学部附属病院医療技術部リハビリ部門,
3金沢大学医薬保健研究域医学系神経分布路形態・形成学分野,
4名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野)

【目的】末梢性動脈閉塞症(PDA)における痛覚過敏のメカニズムを明らかにするため,モデルラットを作製し,その病態ならびに痛覚過敏へのイオンチャネルの関与を調べた。

【方法】ラットの左総腸骨動脈および左腸腰動脈を結紮することで下肢の血流を阻害したPDAモデルラットを作成し,下腿の皮膚血流量の測定,皮膚と筋に対する痛覚テスト,間歇性跛行の評価,皮膚と筋の組織学的検討を行った。さらにPDAラットで見られた痛覚過敏に,TRPV1,P2X3,2/3,ASICsの拮抗薬を使用した行動薬理学的検討も加えた。

【結果】PDA群では処置後6週まで皮膚血流の減少が,3週まで筋の機械的痛覚過敏が確認され,12週まで間歇性跛行が認められた。処置後4日では筋の壊死像が観察された。TRPV1拮抗薬は効果を示さなかったが,P2X3,2/3ならびにASICs拮抗薬は筋の痛覚過敏を抑制した。

【結論】PDAラットは慢性的な筋の痛覚過敏と間歇性跛行を呈し,末梢性動脈閉塞症の痛みのメカニズムの解明に有用である。下肢の血流阻害による筋の痛覚過敏には,P2X3,2/3,ASICsの関与が示唆され,PDAにおける痛覚過敏の発現に重要と思われた。

 

(15) 帯状疱疹痛マウスモデルにおける自発痛関連行動の評価とその特徴

佐々木淳,下田倫子,金山翔治,安東嗣修,倉石 泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)

 帯状疱疹は有痛性の皮膚疾患であり,触刺激により疼痛が生じるアロディニアや持続痛・突発痛といった自発痛を生じる。これまでに我々は単純ヘルペスウイルスI型の経皮接種により作製する帯状疱疹痛マウスモデルを用いて,アロディニアの評価とその発生機序の解析を行ってきた。今回,このマウスモデルで新たに自発痛の評価を試みた。無人環境下でマウスの行動を解析すると,皮疹の進展に対応して患部皮膚への自発的舐め行動が増した。動的アロディニアは皮疹の治癒後も持続し慢性化する傾向が強いが,自発的舐め行動は皮疹の治癒と共に減少し,皮疹の治癒後ではほとんど観察されなかった。したがって,自発的舐め行動の増加には神経障害性要素よりも炎症性要素の関与が強いと考えられる。鎮痛薬と鎮痛補助薬の反応性を調べると,モルヒネとギャバペンチンの抑制効果が強く,メキシレチンも部分的な抑制効果を示した。動的アロディニアにはモルヒネとメキシレチンは無効であることから,動的アロディニアとは異なる薬物有効性を有している。また,ジクロフェナクナトリウムは患部皮膚のPGE2産生を強力に抑制したが,自発的舐め行動には無効であった。以上の結果から,患部皮膚への自発的舐め行動が帯状疱疹期の自発痛関連行動の評価に有用であることが示唆される。特に,非ステロイド性抗炎症薬が無効な重症例の自発痛モデルとして期待できる。また,動的アロディニアとは発生経過や薬物有効性が異なることから,両者の発生機序が異なることが示唆される。

 

(16) 帯状疱疹痛マウスモデルの脊髄後角広作動域ニューロン及び
末梢神経の機械刺激に対する興奮性の変化

西川幸俊,佐々木淳,野島浩史,安東嗣修,倉石 泰
(富山大学大学院医学薬学研究部応用薬理学研究室)

 単純ヘルペスウイルスI型をマウスに経皮接種すると帯状疱疹様の皮膚病変と機械的アロディニアが生じる。皮膚病変部では動的アロディニアが顕著であるが,その発生機序はよくわかっていない。そこで本研究では,麻酔下でin vivo細胞外電位記録法を用いて,末梢神経と脊髄後角ニューロンのどちらの変調が動的アロディニア発現に関与するのかを検証した。脊髄後角ニューロンとして深部広作動域ニューロン,末梢神経として皮膚病変部を支配する脛骨神経を用い,各種機械刺激に対する興奮性変化を調べた。帯状疱疹痛マウスの脊髄後角広作動域ニューロンでは,絵筆による動的機械刺激に対する興奮性が増大したが,無鉤ピンセットによるpinch刺激に対する反応性は低下し,フォンフレイ線維による点状機械刺激に対しては有意な変化はみられなかった。皮膚を繰り返し電気刺激してもwind-up現象はみられなかったことから,動的機械刺激に対する興奮性の増大にwind-up機構は関与しないと考えられる。一方,脛骨神経の興奮性は,動的機械刺激,pinch刺激,点状機械刺激いずれに対しても有意に低下した。以上の結果から,末梢神経ではなく,脊髄後角の深部広作動域ニューロンにおける動的機械刺激特異的な興奮性の増大が,帯状疱疹痛マウスの動的アロディニアの発現に関与する可能性が示唆される。

 

(17) 教育講演3 骨がん疼痛発生メカニズムと治療標的分子

川股知之(札幌医科大学医学部麻酔学講座)

 我が国の人口の高齢化に伴い,現在,2人に1人ががんに罹患し,3人に1人ががんで亡くなる。10年後には3人に2人ががんに罹患し,2人に1人ががんで亡くなることが推測されている。また,近年のがん治療の発展によりがん患者の予後が飛躍的に延長している。したがって,がん医療においては治療だけではなく患者の身体的・精神的症状を管理する緩和医療の充実とQOLの向上が求められている。特に,患者QOLにおいて痛みのコントロールは重要である。がん疼痛治療法としてNSAIDsとオピオイドを両輪としたWHO方式がん疼痛治療法が標準的治療法として広く普及している。しかしながら,本法は万能ではなく,約30%の患者で十分な疼痛緩和が得られない。したがって,患者QOL向上のためにがん疼痛のメカニズムを解明し新たな治療法を開発する必要がある。がん疼痛の中でも難治性疼痛である骨がん疼痛に注目し,骨がん疼痛モデル動物を用いて研究を行ってきた。これまでに明らかとなった骨がん疼痛発生メカニズムと治療標的分子について発表する。

 

(18) ラット脊髄後角膠様質細胞の形態学的・電気生理学的特性と
含有神経伝達物質及び神経修飾物質に対する応答の相関関係

八坂敏一1, 2,Sheena Y. X. Tiong 2,David I. Hughes 2
John S. Riddell 2,藤田亜美1,熊本栄一1,Andrew J. Todd 2
1佐賀大学医学部生体構造機能学講座(神経生理),
2グラスゴウ大学生物医学生命科学研究所脊髄グループ)

 侵害受容線維が終止する脊髄後角膠様質細胞を,活動電位発火パターン,形態,含有神経伝達物質,神経修飾物質に対する反応を指標として分類した。Islet cellは全て抑制性であったが,central, vertical, radial cellには抑制性と興奮性が混在していた。しかし,多くのvertical cellは興奮性であり,大型の一例を除く全ての標準型radial cellも興奮性であった。脱分極性の通電に対し,興奮性細胞の多くがA型カリウム電流の関与する発火パターンを示したのに対し,抑制性細胞の多くでは持続性発火が見られた。ノルアドレナリンとセロトニンによる膜過分極性の応答は興奮性・抑制性細胞の両細胞で観察されたが,ソマトスタチンによる膜過分極性応答は抑制性細胞でのみ観察された。脊髄後角内では興奮性介在細胞がソマトスタチンを合成していることが報告されており,これらの細胞がソマトスタチンを分泌して抑制性細胞を抑制し,脱抑制を起こしている可能性が示唆された。また興奮性細胞の多くがA型カリウム電流の関与する発火パターンを示していることと考え合わせると,ERKによるこのチャネルのリン酸化がソマトスタチンの分泌をトリガーしていることが推察され,痛覚異常にこの回路が関与する可能性が示唆された。

 

(19) ラット脊髄後角の痛み伝達制御におけるガラニンの役割
-興奮性および抑制性のシナプス伝達に対する作用

熊本栄一,岳 海源,藤田亜美,朴 蓮花,青山貴博,井上将成,八坂敏一
(佐賀大学 医学部生体構造機能学講座(神経生理学分野))

 脊髄後角第II層(膠様質)は皮膚末梢から脊髄後角に入力する痛み伝達の制御に重要な役割を果たすと考えられている。我々は,昨年の本研究会において,神経ペプチドの1つであるガラニンが膠様質ニューロンの自発性興奮性シナプス後電流(EPSC)の振幅を変えずに発生頻度を増加させること,さらに,膜の過分極や脱分極を誘起することを報告した。今回,痛み伝達制御におけるガラニンの役割を更に知るために,そのシナプス後細胞への作用を抑制した条件下で,ガラニンがAd線維やC線維の刺激により誘起される単シナプス性のEPSC,また,GABAやグリシンを介する抑制性シナプス後電流(IPSC)にどんな影響を及ぼすかを調べた。実験は,成熟雄性ラット脊髄横断薄切片の膠様質ニューロンへブラインド・ホールセル・パッチクランプ法を適用することにより行った。ガラニン(0.1mM)は,調べたニューロンの約90%で単シナプス性Ad線維誘起EPSCの振幅を約40%減少させる一方,約67%のニューロンで単シナプス性C線維誘起EPSCの振幅を約20%減少させた。残りのニューロンではEPSCは影響を受けなかった。自発性IPSCの振幅と発生頻度,さらに局所電気刺激により誘起されるIPSCの振幅はガラニン(0.1mM)により影響を受けなかった。以上より,ガラニンはAd線維やC線維を介する単シナプス性の興奮性シナプス伝達をシナプス前性に抑制すること,また,前者の作用は後者の作用より強いことが明らかになった。この作用は自発性興奮性シナプス伝達や膜電位の変化と共にガラニンによる痛み伝達制御に寄与することが示唆される。

 

(20) 末梢神経損傷後に発症したアロディニアの維持機構における
STAT3の役割

津田 誠,高露雄太,矢野貴之,辻川智子,北野順子,齊藤秀俊,井上和秀
(九州大学大学院薬学研究院薬理学分野)

 末梢神経の損傷後に脊髄において産生される種々のサイトカインが神経障害性疼痛に重要な役割を担っていることが示唆されている。最近,サイトカインシグナル伝達を担う転写因子STAT3 が神経障害性疼痛モデルラットの脊髄ミクログリアで活性化し,神経障害性疼痛の発症に関与することが報告されている。しかし,疼痛の維持過程におけるSTAT3の関与については依然不明である。そこで本研究では,末梢神経損傷後に形成したアロディニアの維持機構におけるSTAT3の役割について検討した。

 第5腰髄脊髄神経に損傷を加え,脊髄後角をSTAT3抗体で免疫染色をしたところ,損傷後3日目から5日目をピークとしてSTAT3活性化の指標となる核内への局在が認められた。各細胞マーカーとの二重免疫染色の結果から,STAT3の核内移行は,ミクログリアではなく,アストロサイト特異的に起こっていることが明らかとなった。STAT3はアストロサイトの増殖応答に関与していることから,まず神経損傷後のアストロサイト細胞増殖を調べた結果,神経損傷後5日目をピークにアストロサイトの分裂が誘導された。そこで,アストロサイトの分裂に対するSTAT3の役割を検討するため,STAT3の活性化を抑制するJAK2阻害剤AG490を損傷後3~5日目に脊髄くも膜下腔内へ投与したところ,5日目のアストロサイトにおける分裂活性が有意に減少した。さらに,AG490は神経損傷後に一旦形成したアロディニアも有意に改善した。

 以上の結果から,末梢神経損傷後に脊髄後角アストロサイトでJAK2/STAT3シグナル系が活性化し,アストロサイトの細胞増殖,さらに神経障害性疼痛の維持に寄与していることが明らかとなった。

 



このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2010 National Institute for Physiological Sciences