2009年9月10日-9月11日
代表・世話人:小林茂夫(京都大学 大学院情報学研究科)
所内対応者:富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
【参加者名】
斉藤昌之(天使大学看護栄養学研究科),米代武司(天使大学看護栄養学研究科),岡松優子(北海道大学獣医学研究科),本間さと(北海道大学医学研究科),北尾直也(旭川医科大学医学系研究科),山田哲也(東北大学医学系研究科),永島 計(早稲田大学人間科学学術院),時澤 健(早稲田大学人間科学学術院),中村真由美(早稲田大学人間総合研究センター),内田有希(早稲田大学人間科学研究科),森 久恵(早稲田大学人間科学部),大坂寿雅(国立健康・栄養研究所),山下 均(中部大学生命健康科学部),中村和弘(京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット),小林茂夫(京都大学情報学研究科),田地野浩司(京都大学情報学研究科),梅田真郷(京都大学化学研究所),南 丈也(京都大学医学研究科),松村 潔(大阪工業大学情報科学部),紫藤 治(島根大学医学部医学科),松崎健太郎(島根大学医学部医学科),田村 豊(福山大学薬学部),門田麻由子(福山大学薬学部),勝田秀樹(福山大学薬学部),佐藤貴弘(久留米大学),児島将康(久留米大学),山口秀明((株)アイシン・コスモス研究開発部),八木 章(江崎グリコ),三富敦浩(株式会社伊藤園所),岡部利恵(株式会社伊藤園),石井智海(花王),矢野花映(花王),小田英志(花王),井垣通人(花王),兼久智和(日本たばこ産業),小林淳一(キッセイ薬品工業),大澤晴美(大塚製薬株式会社),橋本公男(サンスター株式会社),ホーシンニー(NTTコミュニケーション),山岡一平(株式会社大塚製薬),富永真琴(岡崎統合バイオ細胞生理),山中章弘(岡崎統合バイオ細胞生理),曽我部隆彰(岡崎統合バイオ細胞生理),梅村 徹(岡崎統合バイオ細胞生理),齋藤 茂(岡崎統合バイオ細胞生理),小松朋子(岡崎統合バイオ細胞生理),内田邦敏(岡崎統合バイオ細胞生理),常松友美(岡崎統合バイオ細胞生理),加塩麻紀子(岡崎統合バイオ細胞生理),周 一鳴(岡崎統合バイオ細胞生理),高山靖規(岡崎統合バイオ細胞生理),三原 弘(岡崎統合バイオ細胞生理),水野秀紀(岡崎統合バイオ細胞生理),川口 仁(岡崎統合バイオ細胞生理)
【概要】
平成21年9月10日及び11日に研究会が行われた。今回で5回目になる研究会は,昨年度に続き京都大学小林(以下敬称略)が研究代表者をつとめ,体温をテーマに分子,神経,心理生理学に至るまで様々な分野の研究者が集まり,研究発表,情報交換,議論,新たな研究テーマを模索した。今年度は,1日目に口演をおこない,2日目にシンポジウムをおこなった。
9月10日には,中部大学山下がDRGのTRPの発現とUCPの関係を,京都大学細川がTRPM8による体温調節を発表した。早稲田大学中村は,温感,冷感を生む脳部位と,快不快感を生む脳部位の違いを議論した。褐色脂肪組織(BAT)は,主要な産熱効果器である。生理研の内田は,冷涼環境下での代謝調節をのべた。旭川医大の北尾は,冬眠中のゴールデンハムスターが覚醒する時,BATの熱産生が重要であることを示した。天使大学米代は,ヒトでも,BATは体温維持とエネルギー消費に寄与することを示した。天使大学の斎藤は,加齢にともなうBATの変化を調べ興味深いデータを示した。早稲田大学時澤は,摂食ペプチド(レプチンの低下,グレリンの増加)が絶食時の体温調節反応に及ぼす影響を調べた。PGE2は,脳に作用して発熱を誘発する。大阪工業大学松村は,PGE2が脳から除去されるしくみを発表した。国立健康・栄養研大坂は,ノルアドレナリンの体温低下作用を発表した。11日には,「省エネ型体温調節」のタイトルでシンポジウムを行った。北海道大学本間は,生存における生物時計の重要性を述べた。生理研富永は,温度受容にかかわるTRPチャネルを発表した。京都大学中村は,体温調節の経路の詳細を発表した。島根大学紫藤は,低体温の可能性を論じた。福山大学田村は,ハムスターの冬眠時体温調節を発表した。京都大学梅田は,ハエの低温選択性変異体を同定した。2日間にわたって,活発な討議がなされた。
山下 均(中部大学生命健康科学部生命医科学科)
体温の恒常性は環境温度の受容とそれに基づく体熱制御反応により調節されている。末梢で受容した温度感覚は後根神経節(DRG)ニューロンを介して温痛覚情報として中枢へ伝えられる。我々は新生仔期にカプサイシンを投与した(Cap)ラットを用いて,DRGニューロンにおけるTRPファミリー分子の発現変化,外界温度刺激に対するラットの応答性の変化,骨格筋および褐色脂肪組織におけるミトコンドリア脱共役タンパク質(UCP)の発現変化などについて検討した。組織学的解析において,未処置のコントロール(Cont)ラットと比較して,CapラットではDRG小型ニューロンの脱落が顕著に認められた。DRGにおけるTRP分子の遺伝子発現を検討した結果,CapラットではTRPV2の発現レベルに変化はみられなかったが,TRPV1,TRPM8,TRPA1の発現レベルの有意な減少が認められた。また,Capラットは体温がやや低く環境温度の変化に対する応答性が有意に低下していた。熱産生組織である骨格筋と褐色脂肪組織におけるUCP分子の発現を調べた結果,UCP2とUCP3の発現レベルは両組織において変化はみられなかったが,褐色脂肪組織のUCP1発現レベルの有意な減少がCapラットにおいて観察された。以上の結果は,DRG小型ニューロンにおける温度受容機能の低下が体温調節に大きく影響することを示す。一方,UCP2はDRG小型ニューロンにおいて高い発現レベルを示し,TRPV1と共発現していることが見出されたことから,UCP2の温痛覚受容における役割が予想された。
田地野浩司1,細川 浩1,前川真吾1,松村 潔2,
柴草哲郎3,井上和生3,伏木 亨3,小林茂夫1
(1京都大学 情報学研究科 知能情報学 生体情報処理分野,
2大阪工業大学 情報科学部,
3京都大学大学院農学研究科食品生物科学)
環境温の低下で皮膚温が低下する。皮膚温低下は,皮膚内に投射し,冷却に反応する感覚神経で受容され,産熱反応の誘発や放熱反応の抑制を生む。最近,感覚神経の細胞体及び神経終末に,メンソールと冷却に反応するイオンチャネルTRPM8が存在することがわかった。しかし,TRPM8がどのように体温調節に関与しているかは十分に知られていない。本研究では,TRPM8の体温調節への関与を明らかにするため,マウスの体幹皮膚にメンソールを塗付し,芯温変化と効果器応答を調べた。野生型マウスでは,メンソール塗布で1.3℃芯温が上昇した。この芯温上昇は,TRPM8ノックアウトマウスでは見られなかった。また,野生型マウスでは,メンソール塗付による芯温の上昇時に,酸素消費量の増加がみられ,震えや褐色脂肪細胞の活性化が起こった。加えて,尾の血管収縮がみられた。以上のことは,TRPM8を発現する神経線維から熱獲得性効果器までのあいだに配線があることを示す。TRPM8は皮膚温低下に依存した体温調節反応を媒介すると結論される。
中村真由美1,4,依田珠江2,春日桃子1,Larry I. Crawshaw3,
内田有希4,時澤 健4,永島 計4,彼末一之1
(1早稲田大学スポーツ科学学術院,2獨協大学国際教養学部,
3Department of Biology, Portland State University,
4早稲田大学人間科学学術院)
【背景】我々はこれまでに皮膚表面の局所的な温度刺激実験を顔面,胸部,腹部,大腿部(実験1),頚部,手,足底,腹部(実験2)において行い,加温・冷却に伴って生じる快・不快感(温熱的快適感)が刺激部位によりどのように異なるかを調べた。その結果から①頭部:体幹部と比べて低い温度を好む,②体幹部(特に腹部):頭部と比べて高い温度を好む,③頚部:頭部と腹部の中間的な特徴を持つ④末梢部位:同じ温度刺激に対して,体幹部・頭部よりも皮膚温の変化は大きいが,強い快・不快感は生じない,という各部位の特長が明らかになった。そこで本研究では,これまでに調べていない脊部,腰部,上腕の特徴を明らかにするために,これまでと同様の方法で温度刺激実験を行った。
【方法】環境温34℃(暑熱環境)または21℃(寒冷環境)の人工気象室において,健康な成人男性11名を対象とし,脊部,腰部,上腕,腹部の局所的加温・冷却を行った。全身及び刺激部位局所における温度感覚,温熱的快適感を被験者に申告させた。
【結果】すべての条件において,刺激部位の局所的温熱的快適感は脊部,腰部,腹部の3部位間に有意差はなかったが,暑熱環境での腹部冷却では快適感が小さく,寒冷環境での腹部冷却では不快感が強い傾向が認められた。上腕は,どの条件においても皮膚温の変化が他部位と比べて大きい傾向があったが,強い快・不快感は生じなかった。
【考察】脊部,腰部,腹部に局所的な快適感に差が認められなかったことから,脊部,腰部は腹部と似た特徴を持つと言える。しかし,先行研究で明らかになった腹部の「高い温度を好む」傾向は,体幹部の中でも特に腹部において強い。上腕は,これまでに調べてきた四肢末梢部位と同様,同じ温度刺激に対して皮膚温の変化が大きいが,強い快適感は生じないということから,温熱的快適感における感受性は比較的低いと言える。
内田邦敏1,2,志内哲也2,3,稲田 仁1,箕越靖彦2,3,富永真琴1,2
(1岡崎統合バイオ(生理研),細胞生理,
2総研大,生理科学,3生理研,生殖・内分泌)
生物は環境温度に順応しながら生きている。言い換えれば,我々は無意識もしくは意識的に外界温度を感じ,その温度情報を元に体温など様々な生体の恒常性を調節している。低温環境下に関する研究のほとんどは寒冷暴露という侵害的ともいうべき温度における検討であるが,今回,非侵害的な小さな温度低下でもその変化を感じて代謝機能を調節していることを,マウスを用いた研究によって見いだしたので報告する。
マウスを冷涼(20℃)もしくは通常(25℃)環境で10日間飼育し,まず糖負荷試験を行ったところ,冷涼環境下のマウスにおいてインスリン分泌量の低下と血糖値の上昇が観察された。このインスリン分泌の低下は,皮膚温が低下していること並びに血漿中ノルエピネフリン量が上昇していることから,皮膚温度低下に伴う交感神経の活性化によるものと考えられた。また,皮膚温低下と交感神経活性化から皮膚血管を収縮させて熱放散を抑制していることが予想された。
熱産生の有無を検討するためにBATのUCP1 mRNA量を測定したこところ,冷涼環境下のマウスと正常マウスの間に差は認められず,BATでの熱産生は亢進していないと考えられた。WATのUCP2および骨格筋のUCP3もUCP1同様に変化はみられなかった。一方,GLUT4の発現量はWATにおいてのみ有意に上昇しており,冷涼環境下のマウスではWATにおいてのみグルコースの取り込みが亢進していると考えられた。さらにWATにおいて脂肪代謝に関与するDok1,Cd36及びLplのmRNA量が上昇しており,脂肪蓄積を促進させている可能性が示唆された。
以上の結果より冷涼環境下ではインスリン分泌を抑制し,血糖値を高く維持することが明らかとなった。さらに,WATにおいてのみグルコース及び脂肪酸の取り込みを増加させ,エネルギーを蓄積している可能性が示唆された。これは,さらなる環境温度低下(寒冷暴露)に備えて,熱産生に利用するエネルギーを蓄積するための代謝調節であると考えられる。
北尾直也,橋本眞明(旭川医科大学 生理学講座 自律機能分野)
環境温度付近の体温(6℃)で冬眠中のゴールデンハムスターが覚醒を始める時,褐色脂肪組織(BAT)による熱産生が重要と考えられているが,直接的な証拠は無い。この熱産生は主にb3アドレナリン受容体を介したものとされ,長期間の寒冷曝露など,慢性的な交感神経刺激が受容体の脱感作を引き起こすことも知られている。本研究では冬眠覚醒時のBAT熱産生におけるb3アドレナリン受容体の役割を明らかにするとともに,低温下でのBAT機能と冬眠覚醒行動における意義について検討した。
室温5℃,恒暗条件下で冬眠を開始したハムスターのBAT温度,直腸温度,心電図を記録しつつ,慢性静脈留置カニューレから生理食塩水(PBS),b3アゴニスト(CL 316, 243:CL)またはアンタゴニスト(SR59230A:SR)を持続的に投与し,覚醒を促した。記録後,冬眠を再開した動物から速やかにBATを摘出,1~2mm角の小片とし,CLに対する酸素消費速度応答を12℃と36℃で測定,室温25℃(L:D=12:12)で飼育中の個体から摘出したBATと比較した。
CL投与は冬眠からの覚醒時間を有意に短縮し,BAT温度上昇速度も有意に増加した。SRは8例中5例で覚醒時間に影響しなかったが,残り3例では,BAT温度上昇が抑制され,冬眠からの覚醒を妨げた。冬眠動物から摘出したBATはCLに応答し,いずれの温度下でも酸素消費速度を増加させた。25℃飼育群から摘出したBATと比較し,36℃では差がなかったが,12℃ではCLに対しより強く応答した。結果は,冬眠からの覚醒時にb3アドレナリン受容体を介した効率的な熱産生のため,BATが低温下で機能するよう最適化されている可能性を示す。また,選択的なBAT機能抑制が冬眠からの覚醒を妨げたことは,冬眠行動におけるBAT機能の重要性を示唆する。
米代武司1,会田さゆり1,松下真美2,斉藤昌之1
(1天使大学大学院 看護栄養学研究科,2天使大学 看護栄養学部)
【目的】褐色脂肪は,寒冷暴露や自発的多食に対応して活性化し,体温維持や余剰のエネルギー散逸に寄与する特殊な組織である。最近我々は,fluoro-deoxyglucose(FDG)を用いたpositron emission tomography(PET)とX線CTを組み合わせたFDG-PET/CTにより,ヒト褐色脂肪を検出・評価できること見出した(Diabetes 2009)。本研究では,褐色脂肪の生理的役割,特に体温調節と全身でのエネルギー消費に対する寄与について検討した。
【方法】20~32歳の健康な男性15名を被験者とし,6時間以上絶食の後,室温19℃・足氷冷の寒冷暴露を2時間行いFDG-PET/CT検査を行った。検査結果から褐色脂肪を保有する群:(+)群8名と保有しない群:(-)群7名に分け,ガスモニター(AR-1 O2郎)を用いて室温26℃・安静時と,室温19℃・足氷冷の寒冷暴露を行った後のエネルギー消費量を測定した。同時に,温度データロガー(Thermochron)を用いて褐色脂肪部(鎖骨上部)と対照部(鎖骨下部)の体表温度変化を測定した。
【結果】室温26℃・安静時のエネルギー消費量は,(+)群と(-)群とで差は無かったが,寒冷暴露を2時間行うと,(+)群では有意に増加したが(1433±96 vs. 1807±238kcal/d:p<0.05),(-)群では変化しなかった(1434±246 vs. 1475±206kcal/d:ns.)。体表温度低下は,対照部では両群で差は見られなかったが(-2.5±0.7 vs. -2.31±0.8℃:ns.),褐色脂肪部では(+)群の方が有意に少なかった(0.0±0.3 vs. -0.6±0.2℃:p<0.05)。以上の結果から,ヒト褐色脂肪組織は急性寒冷刺激によって活性化し,体温維持とエネルギー消費に寄与することが示された。
斉藤昌之1,米代武司1,会田さゆり1,松下真美2
(1天使大学大学院 看護栄養学研究科,2天使大学 看護栄養学部)
【目的】褐色脂肪は,寒冷暴露や自発的多食に対応して活性化し,体温維持や余剰のエネルギー散逸に寄与する組織である。我々は,fluoro-deoxyglucose(FDG)を用いたpositron emission tomography(PET)とX線CTを組み合わせたFDG-PET/CTにより,ヒト褐色脂肪を検出・評価してきた(Diabetes 2009)。本年は,加齢に伴う褐色脂肪や体脂肪の変化に焦点を当てて,これに関与する可能性のある因子などについて検討した。
【方法と結果】20~72歳の健康な被験者について,6時間以上絶食の後,室温19℃・足氷冷の寒冷暴露2時間後に FDG-PET/CT検査を行ったところ,褐色脂肪の検出率は,20歳代では55%であったが,加齢と共に減少し(30歳代47%,40歳代29%)50歳代では7%に過ぎなかった。加齢に伴い肥満も進展することは良く知られているが,20歳代では褐色脂肪の有無でBMIや内臓脂肪量に差は見られなかった。しかし,無い者は加齢に伴い肥満度が増加するのに対して,褐色脂肪を有する者は40才代になって20歳代と同程度のBMIや内臓脂肪量を維持していることが判明した。これらの結果は,加齢の伴う肥満に褐色脂肪が関与していることを示している。そこで次に,褐色脂肪の有無にかかわる因子を検索するために,熱産生タンパク質UCP1の遺伝子SNP(-3826A/G)を調べたところ,野生型に比べて変異型では加齢に伴う褐色脂肪が著しいことが判った。更に,寒冷刺激時の自律神経応答を心拍変動から評価したところ,褐色脂肪を有する者は交感神経応答が強いことが明らかとなった。以上の結果から,ヒト褐色脂肪の加齢変化には,遺伝的要因に加えて寒冷刺激の強弱や交感神経の応答性の違いが関与している可能性が示された。
時澤 健,尾上侑己,内田有希,森 久恵,中村真由美,永島 計
(早稲田大学 人間科学学術院 統合生理学研究室)
【背景】我々は絶食によって寒冷時の体温調節反応が弱められることを報告している。その反応は,マウスにおいて暗期と比べて明期に特に大きく弱められる。明期はマウスの非活動期であり,絶食によって大きく体温が低下するフェイズである。また絶食による視交叉上核の神経活動の増加および室傍核の活動抑制が明期に顕著に見られるが,絶食によって引き起こされるどのような因子が時間特異的な反応を引き起こすのかは明らかではない。
【目的】絶食によって変化する摂食ペプチド(レプチンの低下,グレリンの増加)が時間特異的な体温調節反応に関与しているか否かを検証する。
【方法】野生型およびレプチンを欠損するob/obマウスを,27℃の環境温で12h-12hの明暗サイクルで飼育した。体温および活動の概日リズムが確認された後,20℃の寒冷暴露を明期または暗期に行った。また野生型マウスにおいて,腹腔内にグレリンを投与し,10℃の寒冷暴露を明期または暗期に行った。それぞれ寒冷暴露時の深部体温,酸素摂取量,活動量を測定した。また寒冷暴露直後に褐色脂肪組織および脳を採取した。
【結果】野生型マウスにおいては,寒冷暴露によって深部体温は変化しなかった。ob/obマウスにおいて,寒冷暴露により深部体温は有意に低下したものの,明期と暗期の間で有意な差は認められなかった。グレリンを投与した野生型マウスにおいて,明期に寒冷暴露によって深部体温は有意に低下した。一方暗期においては,寒冷暴露によって深部体温は低下せず酸素摂取量は有意に増加した。
【結論】レプチンの欠損は体温調節反応を弱めるが,絶食時に見られる時間特異的な体温調節反応の減弱には関与しないことが示唆された。一方グレリンの増加は,時間特異的に明期にのみ体温調節反応を弱める可能性が示唆された。
松村 潔,鈴木亜弥子(大阪工業大学情報科学部)
前川真吾,細川 浩,小林茂夫(京都大学・院・情報学研究科)
【背景と目的】プロスタグランジンE2(PGE2)は感染・炎症時に脳血管内皮細胞で産生される。そしてPGE2は脳の神経細胞に作用して発熱を引き起こす。それでは,どうのようにしてPGE2が脳から消去されるのか。この問題に対する明確な答えはまだない。これまでの研究によると,肺や腎臓においてPGE2はプロスタグランジン脱水素酵素(15PGDH)により代謝され,不活性化(15-deoxyPGE2)される。そこで本研究では,マウスの脳および脳脊髄液の流路における15PGDHmRNAの発現を,定量的RT-PCRおよびin situ hybridization法で検討した。
【実験①脳脊髄液の流路】マウスの側脳室に墨汁5mℓを注入し30分後にその分布を調べた。墨汁は頚部リンパ節に集積していた。この結果および頭部切片の観察から,脳脊髄液の流路を次のように結論した。脳室→脳底のくも膜下腔→嗅球周辺→鼻甲介→リンパ管→リンパ節→静脈。
【実験②15PGDHmRNAの定量的RT-PCR】脳組織(視床下部・線条体・大脳皮質を含み,脈絡叢・髄膜は含まない),鼻甲介,肺の15PGDHmRNA/b-actin mRNAを測定した。その結果,肺1(1.8)>鼻甲介(0.63)>脳(0.16)となった。
【実験③15PGDHmRNA発現細胞】in situ hybridizationにより,鼻甲介の一部の細胞が15PGDHmRNAを発現していることを確認した。その細胞種はまだ特定していない。
【結論】以上の結果は脳脊髄液の流路にPGE2を不活性化する仕組みが存在することを示唆する。
大坂寿雅(国立健康・栄養研究所)
ノルアドレナリンが視床下部視索前野に作用して体温調節に関与していることは古くから報告されているが,ノルアドレナリン注入によって体温は低下するという報告,上昇するという報告,低下-上昇の二相性反応がおきるとする報告があり,一致していない。視索前野は様々な亜核から構成されており,ノルアドレナリン含有神経線維および受容体はこれらの部位に散在しているので,投与部位の細かな差異によって反応が異なるのかもしれない。
正中視索前野や第三脳室周囲部を含む終板器官周囲領域には視索前野内で最もノルアドレナリン含有神経終末密度が高く,対寒反応誘起やプロスタグランジン(PG)E2感受性の発熱誘起部位でもある。そこで,ノルアドレナリンによる体温調節系への影響の少なくとも一部はこの部位を介している可能性が考えられた。
ウレタン・クロラロース麻酔のラットの終板器官周囲領域にノルアドレナリンを微量注入したところ尾部皮膚温と足底部皮膚温が上昇し,酸素消費率・心拍数・結腸温度が低下した。熱放散の増加と熱産生の低下が協調的におきて深部体温が低下することが分かった。皮膚や結腸の温度変化は1-100pmolの範囲で用量依存性であった。a1受容体作動薬であるメトキサミンを注入しても体温低下反応がおきたが,a2受容体作動薬であるクロニジンやb受容体作動薬であるイソプロテレノールを注入しても反応はなかった。これらの反応は注入部位が終板器官周囲領域であるときに限られ,外側視索前野や尾側よりの内側視索前野に投与しても体温反応はおきなかった。ノルアドレナリン感受性部位に130fmol PGE2を注入すると熱産生・頻脈・体温上昇反応が誘起された。同じ部位にノルアドレナリンを前投与しておくと,PGE2による反応は大きく減弱した。
ノルアドレナリンは終板器官周囲領域でa1受容体を介して体温低下をおこし,PGE2発熱に拮抗することが分かった。
本間さと(北海道大学大学院医学研究科生理学講座)
約24時間のリズムを自律的に発振する概日時計は,バクテリアからヒトまで共通したリズム発振やリズム同調機構をもつ。地球の自転に伴う24時間の明暗や温度周期に同調し,周期性を予知して体内の機能を整え,摂食,生殖,休息などの活動,およびそれに伴う体内環境を時間的に統合する概日時計は,生物の生存に必須の生体戦略である。概日時計は,さらに,中高緯度地帯における季節に伴う日長変化にも同調可能な光周性を示し,環境の様々な周期的変動に対応する時計として機能しうることが分かっている。
時計遺伝子Clock のクローニングに始まる哺乳類分子時計研究は,ここ10年間にめざましい発展を遂げた。進展に大きく貢献した技術開発の1つに発光レポーターがある。自律振動が,時計遺伝子の転写促進と,蛋白産物によるその抑制の自律的な分子フィードバックによることから,遺伝子発現のルシフェラーゼレポーターによるリアルタイムモニタリングが威力を発揮する。発光レポータートランスジェニック動物の培養組織における遺伝子発現リズムを計測した結果,従来哺乳類において概日時計が局在すると言われてきた視床下部視交叉上核(SCN)以外の脳内各部位や,心臓,肝臓,腎臓など全身の末梢臓器,さらには単一培養細胞にも概日時計があることが明かとなった。
我々は,最近,時計遺伝子Per1 発現をルシフェラーゼでモニタリング可能なPer1-luc マウスの培養SCNを用い,季節変化に同調する複数の時計細胞の局在を明らかにした。さらに,位相と周期の同時調節により24時間への同調を効率よく進めるのにSCN内のリン酸化酵素が関与していることも分かった。一方,SCNに局在する光に同調する時計とは別に,食餌時刻に同調し,給餌時刻を予知する時計には,これまで報告された時計遺伝子は必須でないことも明かとなってきた。生存戦略としての,これら複数の時計と相互関係,それぞれの分子機構について述べたい。
富永真琴(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター)
我々は日常的に多種多様の外部刺激にさらされている。そうした外部刺激を受容して電気情報に変換する分子としてTRP(Transient Receptor Potential)スーパーファミリーに属するイオンチャネル群が注目を浴びている。TRPチャネルは6回の膜貫通領域を有し,第5,6膜貫通領域の間にある短い脂溶性のループがポアを形成すると考えられている。ホモまたはヘテロ4量体として機能的なチャネルを形成すると推定されており,多くは高いCa2+透過性を有する非選択性陽イオンチャネルである。trp 遺伝子は,1989年にショウジョウバエの眼の光受容器異常変異体の原因遺伝子として同定された。その後,trp のコードする蛋白質TRPはイオンチャネルとして機能することが明らかとなり,これまでに多くのTRPホモログが発見されている。現在,TRPスーパーファミリーは,哺乳類では大きくTRPC,TRPV,TRPM,TRPML,TRPP,TRPAの6つのサブファミリーに分けられている。これらの中で,これまでに9つのTRPチャネルが温度感受性を有すると報告されており,Q10値は10を超える。それぞれ特異な活性化温度域値を持ち,熱い温度によって活性化するTRPV1,TRPV2,冷たい温度によって活性化するTRPM8,TRPA1,温かい温度によって活性化するTRPV3,TRPV4,TRPM2,TRPM4,TRPM5に分かれる。43度以上の高温,15度以下の低温は痛み感覚を惹起すると考えられており,TRPV1,TRPV2,TRPA1は侵害刺激受容体と捉えることもできるが,温度感受性TRPチャネルは様々な生理機能に関わることが明らかになりつつある。このような温度受容体は哺乳類にかぎらず,多くの生物に広く存在する。しかし,温度刺激がどのようにしてチャネル開口をもたらすかは未だ明らかではない。
こうした温度感受性TRPチャネルの構造と生理機能について概説したい。
中村和弘(京都大学・生命科学系キャリアパス形成ユニット)
自律性体温調節を司る中枢として知られる視索前野では,局所温度に反応するニューロンが脳の温度をモニターしているほか,皮膚の一次求心性神経によって感知される外気温の情報も視索前野に伝達される。視索前野はこうした温度情報を統合し,体温を一定に保つ上で最も合理的な体温調節反応を行うための指令を様々な末梢効果器へと出力する。近年,体温調節システムの出力制御においては,視索前野から下向性に投射する抑制性ニューロンが鍵を握ることがわかってきた。熱産生などの対寒反応を起こす必要のないときには,この視索前野からの下向性シグナルが,対寒反応に促進的に作用する視床下部背内側核および延髄の淡蒼縫線核のニューロンを持続的に抑制しているが,視索前野に皮膚からの冷温度シグナルが入力したり,脳の局所温が低下したり,あるいは感染時に発熱物質(プロスタグランジンE2)が視索前野に作用すると,その下向性シグナルが減弱し,視床下部背内側核および淡蒼縫線核のニューロンが脱抑制され,活性化される。そしてその興奮シグナルが交感神経節前神経(非ふるえ熱産生および皮膚血管収縮)や運動神経(ふるえ熱産生)の活性化を引き起こし,対寒反応を惹起する。
また,私達が最近同定した,体温調節に必要な皮膚温度情報を視索前野へと伝達する神経経路は,教科書的によく知られた,温度知覚に関わる脊髄視床皮質路とは異なった,新たな体性感覚経路であることがわかった。皮膚の一次求心性神経によって感知される冷覚および温覚の情報は脊髄後角でリレーされ,それぞれ脳幹の外側結合腕傍核に別々に分布する冷覚および温覚伝達ニューロン群へと伝達される。そしてそれらのニューロン群はその情報を視索前野に存在する冷覚および温覚伝達の局所ニューロン群へ伝達する。冷覚伝達の局所ニューロンは視索前野から下向性に投射する出力ニューロンを抑制することで対寒反応を惹起したり対暑反応を抑制し,一方,温覚伝達の局所ニューロンはこの投射ニューロンを活性化することで対寒反応を抑制したり対暑反応を惹起するものと考えられる。
紫藤 治,松崎健太郎,片倉賢紀,丸山めぐみ,李 光華(島根大学医学部環境生理)
恒温動物がエネルギー消費を個体レベルで抑制するには体温を低下させるのが最も有効な方法と考えられる。事実,我々は熱産生発現閾値が極度に低下して変温性となっている特異な患者さんにおいて,冷涼環境下で患者さんの体温が下降するとそれに比例して代謝量が低下することを報告している。今回は恒温動物の体温調節機能を変温性へ誘導する可能性に言及すると共に,以下のように恒温動物の暑熱馴化とエネルギー代謝について考察する。
暑熱馴化により,様々な調節機構の変化が起こる。その一つとして核心温の低下がある。その低下の程度は~0.3℃と僅かであるが,有意かつ確実に起こる。さらに,暑熱馴化により甲状腺ホルモンを含む種々の代謝性ホルモンが変化する。これらは,個体の代謝の抑制に繋がり,個体レベルでのエネルギー消費の抑制に寄与する。特に長期暑熱馴化においては体温調節中枢のある前視床下部における神経細胞新生と新たな神経ネットワークの形成を伴う可能性が強く,長期的な馴化状態の維持による安定したエネルギー消費の減少が期待される。また,暑熱馴化により快適環境温度が上昇することが知られる。これは短期および長期暑熱馴化の両者で観察される。快適環境温の上昇は暑熱負荷時の行動性体温調節の発現を遅らせることになり,現代のヒトの行動性体温調節で顕著な地球エネルギーの消費を伴う暑熱刺激の回避行動(エアコンの使用)を抑制する。これは社会レベルでのエネルギー消費の抑制に寄与する。今後予想される環境温の上昇に対し,自己防衛とエネルギー消費の抑制の観点からもうまく暑熱に馴化することが望まれる。
田村 豊(福山大学薬学部)
Syrian hamster(Mesocricetus auratus;以下ハムスター)は,寒冷環境下(5℃),短日周期(明期8時間,暗期16時間)で飼育すると数週間の準備期間を経た後冬眠に入る。ハムスターの冬眠は,その体温変化により導入期,維持期,および覚醒期の3期に分類できるが,維持期ではハムスターの体温は約6℃にまで低下する。しかし,音刺激あるいは触刺激を加えるとハムスターは冬眠状態から約3時間で正常体温に復帰する。これらの知見は,6℃という低体温下においてもハムスターの神経機能が維持されていることを示唆している。これまでの研究により,冬眠導入期の体温下降は,A1受容体を介する中枢アデノシン系が,維持期の低体温はm受容体を介するオピオイド系が,そして覚醒期の体温上昇にはthyrotropin-releasing hormone(TRH)系が重要な役割を果たしていることを明らかにしている。そこで,冬眠時体温調節機構と神経機能維持機構の関係について検討を行った。
常法にしたがいハムスターの胎児より海馬初代培養大脳皮質ニューロンを調製した。培養12日目以降に培養温度を低下させると,22℃以下で温度依存性にアポトーシス様の神経細胞死が発現した。アデノシンおよびATPは,1~100mMの濃度において濃度依存性の神経保護作用を発現した。アデノシンとATPの神経保護作用はA1受容体拮抗薬の8-cyclopentyltheophyllineおよびA2受容体拮抗薬の3,7-dimethyl-1-propargylxanthineの併用により有意に減弱された。非選択的オピオイド受容体作動薬のモルヒネも1~100mMの濃度において濃度依存性の神経保護作用を発現した。モルヒネの神経保護作用は非選択的オピオイド受容体拮抗薬のナロキソンの併用により有意に減弱された。一方,TRHは100mMの濃度においても神経保護作用を発現しなかった。
以上の結果より,アデノシン系およびオピオイド系は,冬眠時の体温下降や低体温維持に関与するだけでなく,低温による神経細胞死から神経細胞を保護することにより神経機能を維持していると考えられる。
梅田真郷(京都大学化学研究所・超分子生物学研究領域)
体温は,生物が進化の過程で獲得した食性とエネルギー代謝系,温度環境や気候風土とも密接に関連しており,またその生物が生存できる土地を決める大きな要因でもある。生物はエネルギー状態を含めた体内環境をいかに把握・統合し,状況に応じた至適な体温を決めているのだろうか? 「暑がり」と「寒がり」はどう違うのだろうか? このような疑問に答えるべく,ショウジョウバエ幼虫の体温調節行動に着目して研究を開始した。
従来,変温動物は環境温の変動に応じて体温が大きく変化することから,哺乳動物のような精密な体温調節システムを備えていない印象を与えがちであった。我々は,ショウジョウバエ幼虫の温度選択行動を定量的に測定する装置を開発し,ショウジョウバエ幼虫がその生育温度や餌の種類,さらには餌に含まれる脂質の種類によって微妙にかつ再現性良く選択する温度を変えることを見出した。また,サーモグラフィー観察によりショウジョウバエ幼虫の体温はその選択した温度と一致することから,幼虫は体内の状態の変化を何らかのかたちで検知し,緻密に体温をコントロールしていると考えられた。
さらに,常に低温を好む低温選択性変異体atsugari を同定し,その低温選択の分子機構について詳細な解析を進めた結果,ショウジョウバエ幼虫は,酸素濃度の変化を指標に体内のエネルギー代謝レベルを把握することにより,適正な温度環境(体温)を選択していることが示唆された。また,atsugari 変異体は顕著な低温耐性をも示すことが明らかとなった(Science 323:1740, 2009)。
今回のシンポジウムでは,低温選択性変異体atsugari の解析を中心に,ショウジョウバエのいわゆる「省エネ型」体温調節の分子機構について紹介したい。