生理学研究所年報 第31巻
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23.医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M)の30年

2010月3月5日-3月6日
代表・世話人:有井達夫(生理学研究所)

(1)
生理研超高圧電子顕微鏡の特徴と三次元画像解析
有井達夫,濱 清(生理研)

(2)
エポン包埋切片の超高圧電顕観察
片桐展子,片桐康雄(弘前学院大・看護)
有井達夫(生理研)

(3)
超高圧電子顕微鏡を用いた生物試料観察,特に神経細胞,
神経膠細胞観察への応用
小澤一史(日本医大)

(4)
Application of the high voltage electron microscopy in neuroscience research
Im Joo RHYU(Korea Uni., Colleg. Med.)

(5)
網膜ニューロン間の電気シナプスにおける開口チャネルの割合
日高 聰(藤田保衛大・医)

(6)
医学生物分野における超高圧電子顕微鏡の応用:免疫組織化学染色法と
逆行性標識法の適用例
坂本浩隆(岡山大・理)

(7)
300keV STEM(Titan)による5ミクロン厚切片の観察と超高圧像との比較
重本隆一(生理研)

(8)
超高圧電子顕微鏡との出会い
濱 清(生理研)

(9)
E-PTA染色を施したシナプスの超高圧電子顕微鏡観察
五十嵐広明(東邦大・医)

(10)
超高圧電子顕微鏡と組織化学
野田 亨(藍野大・医療保健)

(11)
神経成長因子受容体TrkAの局在
西田倫希(大阪大・超高圧電顕センター)

(12)
嗅球ニューロン・グリアの三次元構造解析
樋田一徳,清蔭恵美(川崎医大),有井達夫(生理研)

(13)
神経突起のふくらみ(varicosity)の構造解析
遠藤泰久(京都工芸繊維大・工芸科学)

(14)
胎生期脳での神経新生に関わる細胞突起の形態・機能的解析
小曽戸陽一(理化学研・CDB)

【参加者名】
Rhyu, Im Joo(Korea Univ.),片桐展子(弘前学院大),小澤一史(日本医科大),五十嵐広明(東邦大),山西治代(資生堂),中村栄男(名古屋大),日高 聰(藤田保健衛生大),長浜真人(鈴鹿医療科学大),遠藤泰久(京都工芸繊維大),河田光博,橋本 隆(京都府立医科大),野田 亨(藍野大学),西田倫希,森博太郎(大阪大),小曽戸陽一(理化学研・CDB),清蔭恵美,樋田一徳(川崎医科大),小坂俊夫(九州大),有井達夫,川口泰雄,重松直樹,重本隆一,永谷幸則,浜 清,古家園子,村田和義,山口 登(生理研)


【概要】
 生理学研究所の超高圧電子顕微鏡は,生理学研究所の昭和55年3月の研究会「医学生物学における超高圧電子顕微鏡のあり方」を,具体化したものである。

 医学生物学分野への応用を目的に昭和57年3月に搬入され,同年9月より全国に課題を公募して11月より使用が開始された。以来27年余が経過しているが,この間安定に稼動し,全国でも唯一の医学生物学専用機として装置は高い稼働率で利用されてきた。

 今年は,この超高圧電子顕微鏡の計画以来30年が経過するという節目の年に当たり,4年前の平成18年2月に開催された研究会「超高圧電子顕微鏡の医学生物学分野への応用」参加者を中心に参加を呼びかけて,研究会を開いた。

 これまでの特徴的な研究を報告する機会を設け,平成22年4月から法人化後,第2期に入ることになる自然科学研究機構にとっての今後の展望を図るための良い機会ともなった。形態情報解析室の後任研究教育職員として村田和義准教授が平成21年12月に赴任されたので生理学研究所の医学生物学超高圧電子顕微鏡を用いての成果を伝える良い機会ともなった。

 

(1) 生理研超高圧電子顕微鏡の特徴と三次元画像解析

有井達夫,濱 清(生理研)

 生理学研究所の超高圧電子顕微鏡(H-1250M型)は,1981年に開発された東京工業大学の超高圧電子顕微鏡(H-1250S型)のドライでクリーンな真空系と高分解能光学系を基に,医学生物学用に役立てるために各種の工夫をして導入された世界で始めての医学生物学用専用機種である。医学生物学用としての超高圧電子顕微鏡の重要な特徴は,厚い試料の立体観察(±qºの傾斜像による)と解析が可能なことである。このために,超高圧電子顕微鏡にユーセントリックサイドエントリー試料傾斜機構を導入し,さらにローテーションフリーズーム機能を付加して,全ての倍率で傾斜軸をフィルムの長辺に平行となるように設定した。試料面内でユーセントリック機能を維持しつつ回転できる回転ホールダーや傾斜像撮影にあたって露光量を一様に制御する工夫と露光量を一様に制御しかつ未照射領域の一度の照射による結像を可能とするために,試料下と試料上に2個のメカニカルシャッターを超高圧電子顕微鏡としては初めて導入している。その後も液体窒素レベルのクライオトランスファーホールダー(Gatan 626特)など各種付属装置を導入している。1994年には低倍においてより広い視野を光軸に沿ってより平行な電子線で照射できるように対物レンズを試作し導入した(倍率調整の都合により,現在は,傾斜軸はフィルムの長辺より約5º回転している)。1035本の走査線を持つ高感度撮像管ハーピコン管を導入している。イメージングプレート(FDL5000)による撮影も可能とした。1995年には,-60ºから+60ºまで1ºから2º間隔で連続傾斜した像からトモグラフイ再構築を行えるようにサイドエントリー試料傾斜台を改良して全国の医学生物学分野の研究者により一層の便宜を図っている。360度回転ホールダーも導入している。

 本体は2010年3月現在で,試料位置で7X10-6Pa台の真空度を保って安定に稼動している。この装置を用いての3次元画像解析手法と問題点などを紹介した。

 

(2) エポン包埋切片の超高圧電顕観察

片桐展子,片桐康雄(弘前学院大・看護学部)
有井達夫(生理研)

 イソアワモチ(軟体動物・腹足類)には多種類の光受容系(柄眼,背眼,皮膚光覚,神経光覚)が存在する。そのうち,背眼内のレンズ細胞と皮下組織に分布する皮膚光覚細胞(DP細胞)は他に例のない特異な感桿型光受容細胞である(Katagiri, Y. et al. 1985)。両細胞は大形で,互いに似た微細形態を有する。両細胞の軸索の有無など興奮伝達機構を明らかにする目的で,厚切りの連続切片を効果的に超高圧電顕観察するための試料作製法を検討した。(1) 2%オスミウムリン酸緩衝液で4℃,2時間固定,(2) 2%オスミウム水溶液で,40℃,48時間処理,(3) 背眼のレンズ細胞にHRP注入後,および,4) 背眼を含む組織を硝酸ランタン液に浸漬した後,(1)に従って固定。どの方法も脱水過程で酢酸ウラン染色し,エポン樹脂に包埋した。他にも多くの方法を試みたが,(2)の加温オスミウム染色が適当であった。その理由:①組織全体が高コントラスになる。②無染色でグリッド上の切片の光顕観察ができる。③DP細胞周囲にある筋線維が弛緩し,DP細胞は球形を呈し,軸索起始部が見つけやすい。ただし,④組織全体は脆くなるので取り扱いには注意が必要,⑤膜構造の保存は劣る。多数枚の連続切片を扱う工夫:グリッドに載せた切片の上に支持膜を覆って切片を保護した。電子染色には,半切して中央に切り込みをいれた特製シリコンチューブを用い,切り込みに約10枚のグリッドを挟み,チューブを細いガラス管に入れて一括して染色,水洗を行った。準厚切連続切片の観察からDP細胞側面から軸索が出ることや軸索が神経束に入るまでの走行を追跡できた。

 

(3) 超高圧電子顕微鏡を用いた生物試料観察,特に神経細胞,
神経膠細胞観察への応用

小澤一史(日本医科大学大学院医学研究科 生体制御形態科学分野,
大阪大学超高圧電子顕微鏡センター)

 微細構造を三次元で観察することは通常の透過型電子顕微鏡観察の世界,すなわちx, yの軸に加え,z軸の情報を加えて観察することになり,その情報はより世界を広げて細胞,組織を観察することになる。この生物試料の微細構造の三次元観察を行うにあたって,超高圧電子顕微鏡は圧倒的な可能性を提供し,極めて高い応用性も持つことが明らかになりつつある。

 我々は主に神経細胞における情報伝達機構を観察する目的で,神経細胞の樹状突起の棘(spines)の微細構造変化や神経細胞の補助,補佐作用を有する神経膠細胞の超微細構造変化を観察しているが,通常の透過型電子顕微鏡観察では二次元的断面の観察が出来ても,全体構造を立体的に捉えることは難しく,これを解決するためには連続切片の観察と画像収集というかなりの労力が求められる。超高圧電子顕微鏡観察では,通常の透過型電子顕微鏡観察のための試料に比べ,50~60倍の厚さの切片を用いて観察することが出来る,すなわち50~60倍のZ軸方向の情報を得ることが出来るので,三次元的視野がそれだけ広がることになる。これらの情報を,コンピュータで立体構成する電顕トモグラフィーを用いて,微細構造の三次元観察を行うことによって,神経細胞や神経膠細胞構築のダイナミックを効果的に描出することに成功した。特に神経膠細胞の細かなメッシュ状構造の精密さの観察に関しては,超高圧電子顕微鏡による観察が最も詳細を観察できるものと言える。超高圧電子顕微鏡は,神経系での観察例に限らず,その他の細胞や組織の観察にも様々な応用ができる可能性を持っており,今後その応用性の探究により更に医・生物学的分野への有用性が広がるものと確信する。

 

(4) Application of the High voltage electron microscopy
in neuroscience research

Im Joo Rhyu (Department of Anatomy College of Medicine Korea University)

 Brain tissue is very complicated network composed of numerous neurons and glial cells in three dimensions. Synapses are specialized interneuronal junctions where signals are propagated from one to another. Most excitatory synapses consist of presynaptic axon terminals and postsynaptic dendritic spines in a mammalian central nervous system, which are closely related with various neuronal activities.

 With relative thick section serial sections of the cerebellum, efficient three dimensional reconstructions were possible compared with conventional TEM. I could observe detailed morphology of neuron and glial cells in cerebellar neurons including Purkinje cell, granule cell, basket cell and satellite cell could be observed in Golgi impregnated cerebellar slices with HVEM. Diverse Purkinje cell dendritic spine morphologies were categorized into thin, stubby, mushroom, and branched type and their normal distribution ratio and morphometric characteristics were determined. I have investigated the characteristics of the spine after prolonged motor skill learning animal model. The three dimensional electron tomography of cultured neuron would contribute to detailed mechanism of synapse formation and pruning.

 In addition to cells in the brain blocks, cultured neurons and glial cell morphology were analyzed successfully by investigating Golgi impregnated glial cells such as astrocyte and Bergman glial cell. Recently, I have analyzed mitochondrial morphology on the whole mount grid covered with of astrocyte. Thanks to strong penetration power of HVEM, diverse morphology of mitochondria could be analyzed without sectioning. Basic morphological parameters were measured and this could be used for linking function and morphology.

 HVEM is one of the best options to explore nervous system.

 

(5) 網膜ニューロン間の電気シナプスにおける開口チャネルの割合

日高 聰(藤田保健衛生大学医学部生理学教室)

 本研究は,網膜水平細胞,アマクリン細胞と網膜神経節細胞の同型細胞間でのギャップ結合による連結について,ギャップ結合チャネルの分布とパッチクランプ法によってニューロン間で同時に記録された電気的カップリングとの関係を解明することを目的とした。これらのニューロン間の電気シナプスにおける開口チャネルについて,神経科学実験法の多様な実験方法:2連のパッチクランプ法,細胞内染色法,ギャップ結合チャネル蛋白・コネキシンについての免疫細胞化学法,凍結割断レプリカ法および超高圧電子顕微鏡実験法を用いて解析した。ニューロン間のギャップ結合コンダクタンスを2連のパッチクランプ法を用いて各ニューロンのペアーで測定した(最大コンダクタンス:水平細胞,44.06nS;アマクリン細胞,5.48nS;網膜神経節細胞,2.45nS)。細胞内染色されたニューロン間のギャップ結合連結の数とそれらのギャップ結合斑の大きさをレーザー共焦点顕微鏡と超高圧電子顕微鏡実験法を用いて測定した。凍結割断レプリカ法では1つのギャップ結合斑にあるギャップ結合チャネル・コネクソン粒子の密度を同定することによって,1つのニューロンのペアーに存在するコネクソン粒子の全体数を推定した。それぞれのニューロン間のギャップ結合を構成するギャップ結合チャネル蛋白・コネキシンの型を同定し,単一チャネルのギャップ結合コンダクタンスの値を入力すれば,それぞれのニューロンのペアーが発生するべきギャップ結合コンダクタンスの全体値が推定できる。このような方法を用いて,実際に電気生理学的に測定したニューロンのペアーでの最大コンダクタンスから,それぞれの網膜ニューロンのギャップ結合における開口したチャネルの割合を同定した。水平細胞で0.3%,アマクリン細胞で0.1%であり,網膜神経節細胞では0.7%であった。このようなギャップ結合における非常に少ない開口したチャネルの性質から,ギャップ結合チャネルを積極的に開口させる細胞内情報伝達系の関与が考えられる。

 

(6) 医学生物分野における超高圧電子顕微鏡の応用:
免疫組織化学染色法と逆行性標識法の適用例

坂本浩隆(岡山大学大学院自然科学研究科バイオサイエンス専攻)

 ラット球海綿体筋を支配する球海綿体脊髄核(SNB)は,腰部脊髄(L5-L6)に存在し,雄優位の性的二型核を示す運動ニューロン群であり,陰茎勃起や射精など,雄の性行動に重要な役割を果たすことが知られている。一方,最近我々は,ガストリン放出ペプチド(GRP)ニューロンが,腰髄内に雄優位な神経ネットワークを構築し,雄の性機能を調節していることを明らかにした。これら雄優位の性的二型を示す脊髄GRP系とSNBニューロンは,共に血中アンドロゲン濃度の影響を強く受けていることから,機能的連関がある可能性が示唆される。本研究では,GRP免疫組織化学染色法とSNBニューロンの逆行性標識法とを組み合わせることにより,超微形態学的にSNBニューロンの樹状突起上にGRP作動性のシナプスの入力が存在するかどうかを,超高圧電子顕微鏡(日立: H-1250M,生理学研究所)を用いて解析した。雄ラットの球海綿体筋から西洋ワサビペルオキシダーゼ結合コレラトキシンbサブユニットにより逆行性標識されたSNBニューロンをテトラメチルベンジジン法で,また,GRP免疫組織化学染色を従来のジアミノベンジジン法でそれぞれを可視化した。その結果,SNB運動ニューロンの樹状突起上にGRPを含む多くのシナプスが存在していることを,超高圧電子顕微鏡下,三次元的に明らかにした。球海綿体筋の収縮は陰茎勃起や射精に深く関与しており,SNBへの求心性GRPを含むシナプス入力を介して雄の性行動を制御している可能性が高い。

 

(7) 300keV STEM(Titan)による5ミクロン厚切片の観察と超高圧像との比較

重本隆一(生理研)

 5ミクロン程度までの厚切り標本を高解像度で観察するためには,超高圧電子顕微鏡が最も適していることが知られている。しかし,超高圧電子顕微鏡は極めて高価であり維持が困難であることから世界的に生物試料を観察できる装置は数少なくなっている。そこで今回は300keVの走査透過型電子顕微鏡を厚切り標本に適用し,超高圧電子顕微鏡に代わる観察法としての可能性を試みた。使用した標本はマウス小脳のゴルジ染色標本でプルキンエ細胞の樹状突起を観察した。300keV STEM(Titan)によって-70度から70度まで2度おきに画像を取得し,imodによるトモグラフィー解析も行った。その結果,300keVの走査透過型電子顕微鏡によって5ミクロン厚切片に含まれるプルキンエ細胞の樹状突起を観察することは十分可能であり,試料の表面から2ミクロン程度までは超高圧電子顕微鏡に匹敵すると思われる解像度が得られることが分かった。しかし,それ以上の深度では試料内のビーム拡散によると考えられるボケが認められ,同じ標本を超高圧電子顕微鏡で撮影したものに比べるとはっきりとした差があることが判明した。以上より,300keVの走査透過型電子顕微鏡は2ミクロン程度の厚みの切片であれば,超高圧電子顕微鏡を代用することが出来ると考えられた。

 

(8) 超高圧電子顕微鏡との出会い

濱 清(生理研)

 超高圧電顕(HVEM)の高い分解能と高い透過能を切片試料を用いて検討し,第1回国際HVEM学会で発表した。此の研究によって初めてHVEMの医学,生物分野への有効な応用の道が開かれたと評価された。

 1982年に生理学研究所に設置されたHVEMは,HVEMによって初めて可能と成った厚い試料の立体観察によって得られる形態情報の豊かさ(視野分解能の高さ)に着目し,立体観察のみでなく,3次元の定量解析が可能な特性を備える世界で唯一の生物学専用のHVEMを目指したものであった。特に生物試料観察に重要な,Rotation free, zoomの光学系を持ち,正確な傾斜角でEucentric tiltを行う事が出来,しかも試料回転装置を備えたSide entryの試料台を採用する等の特性を持っている。此のHVEMを用いて以下の様な実験を行った。

1) 立体画像による横紋筋,T-細管の3次元定量解析。

2) 立体画像による歯状回顆粒細胞のDenritic spineの3次元定量解析。

3) Computer tomographyによるastrocyteの微細突起の3次元定量解析等を行った。CT解析の場合,12.7nm/pixelで2軸同時解析を行うと,面積/体積は48.6/mmであった。Astrocyteの表面には各種のchannels, transporters, receptors等を持つ事が知られているので,非常に大きな表面で神経細胞に接し,単なる支持ではなく,中枢での神経情報の処理に関わる事を示唆している。

 

(9) E-PTA染色を施したシナプスの超高圧電子顕微鏡観察

五十嵐広明(東邦大学医学部解剖学講座微細形態学分野)

 シナプスを特異的に染色するethanolic phosphotungstic acid(E-PTA)染色を施したシナプスの超高圧電子顕微鏡による観察が出来れば,厚切り切片中に丸ごとのシナプスの観察も可能と考え,E-PTA染色を施したシナプスの超高圧電顕観察を試みた。材料にはラット大脳前頭皮質を用いた。原法が1% E-PTA1時間染色であるので,3% E-PTAあるは5% E-PTAを,それぞれ1時間あるいは3時間染色し,0.5mm,1mm,2mm,3mmの切片を作製して超高圧電顕で観察し,E-PTAに染色されたシナプスが観察出来るのか,出来るのであれば最適な条件は何かを検索した。なお,最小の0.5mm厚の設定は,E-PTA染色によるヒトあるいはモルモット等の大脳皮質のシナプスの直径が0.24~0.42mmと計測されていたことによる。観察したすべての厚さの切片でシナプスが観察出来たが,2mmおよび3mmの厚切り切片ではコントラストが弱くて蛍光板での観察がしづらく,更にシナプスの重なりも見られてシナプスの詳細な観察には適していなかった。最も薄い0.5mmの切片では比較的コントラストが強く,presynaptic dense projection(PDP),intracleft line,およびpostsynaptic density(PSD)が観察された。また,PDPが六角形あるいは三角形の分布様式をとって構成するpresynaptic grid,およびPSDにperforationも観察出来た。切片に90ºの傾斜をかけて同一のシナプスの正面像と側面像を得ることが出来,丸ごとのシナプスであることも確認されたので,超高圧電顕によるシナプス観察には5% E-PTA3時間染色,0.5mm切片の観察が適していると結論した。

 

(10) 超高圧電子顕微鏡と組織化学

野田 亨(藍野大学 医療保健学部 理学療法学科)

 超高圧電子顕微鏡を用いて細胞を構成している形質膜,核などの細胞内小器官を立体的に観察するためには1~数mmの厚みのある切片を直接,あるいはステレオ観察することが必要となる。しかし,厚みのある切片を透過像で観察すると切片内に含まれる種々の構造が重なって,目的とする対象物の観察を困難にすることがある。そこで特定の細胞内の対象物を選択的に高電子密度に染め出すことのできる,組織化学法が有効となる。

 上記の目的に適した組織化学には大きく分けて,3種類あり,酵素組織化学,オスミウムなどの重金属を用いた染色法,そして免疫組織化学である。しかし,免疫組織化学のうちの酵素抗体法で標識された部位の可視化は酵素組織化学の一部とも考えられる。これらのうち細胞の形質膜や細胞小器官の立体構造の選択的可視化に適している方法としては単に標識がある対象物に存在しているだけでは充分ではなく,構造をくまなく,しかも高電子密度に染め出すものに限られる。本研究会ではこれまで著者らが用いてきたALPase,IDPaseなどの鉛法を用いたphosphatase類,cytochrome oxidase,ferricyanideを含む四酸化オスミウム溶液,Zinc-Iodide Osmium(ZIO)法などいくつかの組織化学的方法を使って描出した実例を紹介し,超高圧電子顕微鏡と組織化学を組み合わせた観察法の有用性を述べる。

 

(11) 神経成長因子受容体TrkAの局在

西田倫希(大阪大学・超高圧電子顕微鏡センター)

 神経成長因子(NGF)は神経細胞におけるシナプス形成と生存維持に重要な分化誘導因子である。その作用は細胞膜に存在する受容体TrkAと高親和的に結合することによって発現する。受容体TrkAがカベオラと呼ばれる細胞膜陥入部位に局在することを示唆する報告がなされたが,微細構造については不明な点があった。TrkA局在部位の細胞膜構造を明確にするため神経系培養細胞PC12 を用い,免疫細胞化学的に超高圧電子顕微鏡3次元トモグラフィーにより検討した。TrkA免疫反応は細胞膜上で円形構造として見られ,膜直下にはTrkA免疫陽性な直径50nm以下の小胞が見られた。3D画像解析よりTrkA陽性の細胞膜にラッフリングとカベオラ構造と異なる直径50nm以下の陥入構造の存在が示された。この膜領域は光学顕微鏡レベルでは斑点状に見られたことから,TrkAはカベオラではなく脂質ラフトのような特別な膜ドメインに局在する可能性が考えられた。また,カベオラ関連タンパク“カベオリン-1”の局在は細胞膜よりも細胞質に主に見られた。細胞質側では網目様構造を呈し,細胞膜側でカベオラ構造は見られず,免疫反応が集まりクラスター化していた。これら結果よりTrkAとカベオリン-1はそれぞれ異なる膜領域に局在し,カベオリン-1は膜陥入形成と異なる機能を有する可能性が示唆された。

 

(12) 嗅球ニューロン・グリアの三次元構造解析

樋田一徳,清蔭恵美(川崎医科大学),有井達夫(生理学研究所)

 広視野と高コントラストでの生物試料の撮影が可能な生理研超高圧電顕を用いて,我々は嗅覚の一次中枢の嗅球のニューロンとグリアについて,その微細構造レベルの三次元構造解析を行なって来た。まずcalbindin,tyrosine hydroxylase,calretininの各免疫陽性ニューロンを解析した。方法は蛍光染色した後にPAP-Co/Ni-DAB法で,またStreptoavidin-Fluoronanogoldにより蛍光標識後の銀増感法を用い,共焦点レーザー光顕像と超高圧電顕像を比較解析した。光顕では解析し得ない細い突起や複雑な突起の絡み合いの中から単一の突起の追跡が超高圧電顕では可能となり,電顕連続切片再構築データの裏付けがなされた。一方,グリアは全体像を標識する適切なマーカーがないためにゴルジ染色を用い,ニューロンの細胞体と樹状突起を取り巻くアストロサイトの形態が,嗅球各層によって多様性を富んだ形態を示していることが明らかとなった。特に顆粒細胞を取り巻くグリアの形態は特徴的で,現在,トモグラフィー立体解析を行なっている。

 ニューロンやグリアの標識は遺伝子レベルでの標識も可能となり,今後,超高圧電顕の応用性と有用性は更に高まり,有効に使用したいと考えている。

 

(13) 神経突起のふくらみ(varicosity)の構造解析

遠藤泰久(京都工芸繊維大・工芸科学)

 神経細胞の突起の途中に形成される数珠状の膨大部(varicosity)はシナプス形成に関わるだけでなく,脳内や末梢組織における非シナプス的情報伝達部位として機能する。我々の培養細胞を用いた研究により,varicosityの形成頻度が標的細胞との混合培養によって増加し,微小管重合阻害剤taxolにより動きが抑制されることなどが明らかとなっているが,大きさは数mmしかなく形成機構はほとんど不明である。ホルムバール支持膜を張った金メッシュ上に神経細胞株(PC12およびNG108-15細胞)を培養し細胞骨格タンパク質に対する抗体や軸索ガイド分子受容体に対する抗体で免疫染色し臨界点乾燥した試料を,超高圧電子顕微鏡(H-1250M,加速電圧1000kV)で-60度から+60度まで2度刻みの傾斜撮影しIMODにより3次元画像解析を行い,これまでに微小管,分泌小胞,軸索ガイド分子受容体ニューロピリンなどの分布を明らかにしてきた。varicosityの細胞膜には斑点状に受容体が集積し,糸状仮足も多数みられる。 内部では微小管が疎らで走行方向が不ぞろいであり,多数の分泌小胞の蓄積と関連していると考えられる。

 

(14) 胎生期脳での神経新生に関わる細胞突起の形態・機能的解析

小曽戸陽一(理化学研・CDB)

 脊椎動物の発生期の脳形成過程で,中枢神経系の神経細胞は,神経管を縁取る脳室帯に存在する「神経前駆細胞」から生み出される。我々は生理学研究所・超高圧電子顕微鏡(H-1250M)を用い,ゴルジ染色像の神経前駆細胞の形態学的な観察から細胞分裂時に,そのbasal processが分裂している可能性を提示した。

 増殖中の神経前駆細胞では,その細胞核が「細胞周期」に従って脳室帯を往復運動することが知られている(“エレベーター運動”)。エレベーター運動の正常な進行と胎生期脳での神経新生には関連が示唆されており,この運動の特徴である「組織構造の秩序を保ちつつ,細胞周期に従った」核移行メカニズムの解明は,胎生期の脳形成を理解する上で重要である。1930年代の現象発見以来,その動作機構について不明な点が多かったエレベーター運動について,我々は包括的解析を試みた。本研究を始める上で,方向に依存した能動的及び受動的な細胞核の運動が,時(細胞周期)空間(上皮極性)的に秩序立った「組織の恒常性維持」に重要であるとの作業仮説を立てた。仮説の検証を目的として,細胞生物学的手法,マウス胎児脳組織を用いた定量的タイムラプス測定および生理学研究所・超高圧電子顕微鏡を用いた形態学的解析で特定の分子装置の役割を検討した。その結果,組織内での細胞運動を理解するための新規メカニズムが見出されたので,これを紹介する。

 



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