2009年9月3日−9月4日
代表・世話人:西丸広史(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
所内対応者:小泉 周(自然科学研究機構生理学研究所)
【参加者名】
西丸広史(筑波大学大学院人間総合科学研究科),小泉 周(生理学研究所広報展開推進室),山中章弘(生理学研究所細胞生理部門),田中謙二(生理学研究所分子神経生理部門),八尾 寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野),杉田篤史(静岡大学工学部),佐藤庸一(分子科学研究所分子制御レーザー開発研究センター),渡辺正勝(総合研究大学院大学先導科学研究科;基礎生物学研究所大型スペクトログラフ室),柳川右千夫(群馬大学大学院医学系研究科遺伝発達行動学分野),井上 剛(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科),加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター神経生理学),松崎政紀(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター),小柳光正(大阪市立大学大学院理学研究科生物地球系専攻),久原 篤(名古屋大学大学院理学研究科),榎木亮介(北海道大学大学院医学系研究科先端光イメージング研究拠点),清末和之(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門),松尾直毅(藤田保健衛生大学総合医科学研究所),本蔵直樹(大阪大学大学院生命機能研究科),荒田晶子(兵庫医科大学医学部),斎藤良治,小林 茂(株式会社オリンパスエンジニアリング開発部),本村伸二,本田 進(オリンパス株式会社MIS事業部),石塚 徹(東北大学大学院生命科学研究科),赤崎孝文(京都産業大学コンピュータ理工学部),山野辺貴信(北海道大学大学院医学研究科生理学講座),野崎展史(茨城県立医療大学保健医療学部),太田宏之(防衛医科大学医学部生理学講座),大塚稔久(山梨大学大学院医学工学総合研究部),大石 仁(愛知医科大学医学部解剖学講座),浅野航平(東京大学大学院情報理工学系研究科),檜山武史,野田昌晴,作田 拓(基礎生物学研究所統合神経生物額研究所),宇理須恒雄,永廣武士,浅野豪文,藤原邦代(分子科学研究所生体分子情報部門),志内哲也,松尾 崇,岡本士毅,横田繁史(生理学研究所生殖内分泌系発達機構部門),金田勝幸,木下正治,坂谷智也(生理学研究所認知行動発達機構部門),松田尚人(生理学研究所生体膜部門),富永真琴,常松友美,三原 弘,内田邦敏(生理学研究所細胞生理部門),加勢大輔(生理学研究所神経シグナル部門),稲田浩之,渡部美穂(生理学研究所生体恒常機能発達機構部門),松井 広(生理学研究所脳形態解析部門),東島眞一,木村有希子(生理学研究所神経分化部門),稲村正子(生理学研究所分子神経生理部門)
【概要】
神経科学研究,特に神経回路の作動機序の研究とその知見の応用を進めていく上で,単一の神経細胞や神経細胞集団の活動を人為的に制御できる技術の開発と応用は非常に重要な課題である。こうした技術のなかで,光を感じて神経細胞の電気信号に変換することができるチャネルロドプシン,ハロロドプシンやメラノプシンなどの光感受性電位変換色素を用いた研究が最近注目を集めている。今回,こうした光による神経活動の操作を用いた研究や実験手法,それによる神経機能研究における情報交換および議論を目的とした研究会を開催した。研究会では,光センサー分子の生物学的な基礎研究,光感受性電位変換色素の改良を目指したチャネルロドプシン変異体の研究,精緻な光制御には欠かせないレーザー機器の最新技術およびその安全な取り扱い,さらには光感受性電位変換色素を遺伝子改変マウスに発現させる技術の最前線の研究など,この光による神経活動の制御法を支える基本的な技術や知見に関する研究発表が行われた。また,哺乳類の神経回路研究への応用として,網膜,延髄,視床下部,視床,大脳皮質など神経系における幅広い範囲での研究成果の発表が行われた。さらに哺乳類だけでなく,重要なモデル生物である線虫の神経回路においてハロロドプシンを用いた研究成果が発表され,この手法の有効性があらためて印象づけられた。各研究室の独自の取り組みが持ち寄られたこれらの発表をもとに活発な意見交換・議論が行われ,光感受性電位変換色素による神経活動の操作の大いなる可能性が注目された。その一方で動物におけるこれらの分子の発現の効率的な発現や制御方法の問題点も数多く指摘された。この分野の日本国内における発展のために本研究会のような形で異なる分野の研究者間の交流を深めることの重要性が再確認され,来年度以降の開催の必要性が強調された。
八尾 寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野)
ロドプシンファミリータンパク質は光トランスデューサー分子の代表的なものである。7回膜貫通部位を有するオプシンタンパク質の7番目の膜貫通部位に,レチナールがシッフ塩基結合した共通の構造が,シアノバクテリアから哺乳類にいたる多くの生物に認められている。クラミドモナスなどの単細胞緑藻類においては,原核生物型のロドプシン(チャネルロドプシン)が光受容に関与している。チャネルロドプシンにおいては,光受容のオン・オフがイオンチャネルのゲートを開閉するので,光信号を電気信号に変換するトランスデューサーとしての応用が期待される。クラミドモナスにおいては,チャネルロドプシン1(ChR1)と2(ChR2)の2種類が報告されている。われわれの研究において,光受容とチャネルゲーティングの双方に関与する構造が5番目の膜貫通領域に存在することが示唆された。また,イオンフラックスに関与する構造が2番目の膜貫通領域と3番目の膜貫通領域のリンカードメインに存在することが示唆された。構造−機能連関研究により,光吸収特性,キネティクス,光電変換効率などにおいて,多様なチャネルロドプシンを作り出すことができる。それらの応用例についても紹介した。
杉田篤史(静岡大学工学部)
フェムト秒レーザーは,励起源であるレーザーダイオードの製造技術の進歩に牽引され,近年急速に普及している。この光源技術を利用することにより多光子顕微鏡等のバイオメディカル応用,透明物質の内部加工,非熱加工等の産業応用等のユニークな光技術が誕生した。本講演ではフェムト秒レーザーの基盤技術である①光パルスの発生原理と物質中の伝播に関する基本性質,②非線形光学効果を利用した応用技術の2項目について発表する。光パルスの発生原理は,通常モードロック発振法といわれる手法が用いられる。この発生法の基本概念について議論した後,それを実現するためのレーザー媒質や共振器に求められる要請について触れたい。非線形光学効果を利用した応用技術として時間分光法,和周波法・差周波法による波長変換技術,多光子励起分光等について解説する。フェムト秒レーザーの性能は,通常発振波長,パルスエネルギー,パルス幅,発振繰返し周波数の4点より分類される。現在どのようなレーザーが利用可能か,またそれぞれのレーザーを用いるとどのような技術が実現することができるのかについても報告した。
佐藤庸一(分子科学研究所・分子制御レーザー開発研究センター)
1960年にレーザーが発明されてから近年に至るまで,レーザー技術はめざましい進歩を遂げてきた。レーザーの使用頻度は,研究用途のみならず医療,産業問わずに多くなり,またその使用法も多岐にわたってきている。一方でレーザー機器の安全性については,1986年になってようやく労働省から「レーザー光線に寄る障害の防止対策について」が通達され,同年光産業技術振興協会からレーザー安全に関するJISの原案が示されるに至った。これを底本として「JIS C6802レーザ製品の安全基準」は1988年に制定され,レーザー技術の進歩に合わせて適宜改定がなされてきている。
しかしながら,実際にはレーザー機器による事故が多く発生してきたのが現実である。今回の講演では,まず実際の事故例をいくつか紹介してレーザーの安全性に留意することの重要性を示した。その上で,どのようなレーザー光が人体にとって危険なものとなりうるかという基準(MPE:最大許容露光量)について説明する。その後,レーザー機器を安全に取り扱うために最低限必要な情報に関して,JIS C6802に添って紹介した。
実際にレーザー事故を防ぐための最も重要な器具であるレーザー保護メガネに関してはJIS T8143に制定されているが,この内容に加えて保護メガネの実際の選定法についても紹介した。
渡辺正勝(総合研究大学院大学先導科学研究科;
基礎生物学研究所大型スペクトログラフ室)
PACは真核微細藻類の一種であるミドリムシ(Euglena glacilis)の光逃避運動の光センサーとして基礎生物学研究所において発見された(Iseki et al. 2002, Nature 415, 1047-1051)。その特色は,青色光受容を司るFAD結合ドメインとcAMP生成を司るアデニル酸シクラーゼドメインよりなり,青色光刺激によりcAMPを生成することである。このcAMPにより鞭毛運動パターンの迅速な転換が引き起こされる。
この光誘導cAMP生成はGPCR系の様な複数種類の蛋白質分子の協調を必要としないので,発見当初より,PACを他種生物の多様な細胞・組織に生物工学的に導入すればそれらの多様な機能を青色光照射によってピンポイント的に制御出来る事が期待された。
その後数年にわたる国内外の共同研究によって,アフリカツメガエル卵母細胞・HEK293細胞・キイロショウジョウバエ脳でのPACの機能発現と行動制御例(Schroeder-Lang et al. 2007, Nature Methods 4, 39-42)やアメフラシ神経節でのPAC機能発現と活動電位制御例(Nagahama et al. 2007, Neurosci. Res. 59, 81-88)が報告されるに至り,さらに多様な生物系においても多様な生物機能光制御が試みられつつある。
柳川右千夫(群馬大学大学院医学系研究科遺伝発達行動学分野)
脳は興奮性ニューロンと抑制性ニューロンから構成される神経ネットワークの集まりからできている。GABAニューロンが抑制性ニューロンの代表であるが,中枢神経系に散在し,比較的少数なので,生のスライス標本で同定するのは容易ではない。最初に,GABAニューロン特異的に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現させるために,GAD67-GFPノックインマウスを作製した。この遺伝子改変マウスでは殆どのGABAニューロンが蛍光顕微鏡下で容易に同定できることから,GABAニューロンの電気生理学実験や形態観察など様々な研究に利用されている。しかし,GAD67-GFPノックインマウスではGABA合成酵素のGAD67遺伝子が破壊されているために,特に幼若期の脳内GABA含量が減少する欠点がある。そこで,脳内GABA含量が野生型マウスと同等で,GABAニューロンを黄色蛍光分子で標識したトランスジェニックマウス,VGAT-Venusマウスを作製した。GAD67-GFPノックインマウスとVGAT-Venusマウスのそれぞれの使い道を紹介し,GABAニューロンにチャネルロドプシンなど機能プローブを発現させる遺伝子改変マウスの作出方法について考察した。
井上 剛(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)
局所神経回路は,神経細胞とシナプスによって構築され,その回路構造に従って信号処理が行われる。すなわち,「どのような神経回路配線が,どのような信号処理を行うことができるのか」,その構造−機能連関を明らかにすることは非常に重要である。この問題に取り組む上で,「神経活動や神経配線を研究者が任意に操作できる実験系」が有効であることは言うまでもなく,ケージド化合物やチャネルロドプシンを用いた神経活動の光操作が現在注目を浴びている。そこで本発表では,神経配線を任意に操作できる実験系として,ダイナミッククランプ法を用いたハイブリッド神経回路を紹介したい。このハイブリッド神経回路とは,脳スライス標本における複数の単一神経細胞からのパッチクランプ記録もしくは単一繊維刺激の条件下において,さらにダイナミッククランプ法による「人工シナプス」を組み込む方法である。この方法を用いると,ある特定の神経回路配線が持つ信号処理能力を調べることが可能となる。本発表では,ハイブリッド神経回路を用いて何を明らかにすることができたのか,その成果を報告した。
山中章弘(生理学研究所細胞生理部門)
視床下部は自律機能や本能行動の中枢である。視床下部には神経ペプチドを神経伝達物質として含有する神経細胞が存在し,その神経ペプチドが本能機能発現の本態と考えられている。このことは,そのペプチド遺伝子の発現調節領域を用いて,チャネルロドプシンなどの光によって神経機能を制御出来る分子を発現させると,その神経活動を光で操作することが可能になり,ひいてはその神経ペプチドが担う本能機能自体を制御出来る可能性を示唆している。本能機能の中でも睡眠覚醒に重要な働きを持つ「オレキシン」神経は,視床下部外側野に細胞体が存在し,そこから脳内のほとんど全ての領域に軸索を投射している。オレキシン神経特異的に外来遺伝子を発現させることが出来るオレキシンプロモーターを用いて,オレキシン神経に光活性化タンパク質(ハロロドプシン)を発現する遺伝子改変マウスを作成した。このマウスの脳スライス標本を用いた電気生理学的解析により,黄色光照射によってオレキシン神経の膜電位が約15mV過分極し,自発発火が完全に抑制されることを確認した。また,電流注入による強制発火も抑制できた。今後このマウスを用いて,インビボにおいてオレキシン神経活動を光操作し,それによって表出する行動を解析することによって,睡眠覚醒調節におけるオレキシン神経の役割について明らかにした。
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター神経生理学)
脳内の多くのシナプスにはATPによって活性化するP2受容体,アデノシンによって活性化するA1受容体,ならびにATPからアデノシンへの細胞外変換を促すエクトATP代謝酵素系が高密度に発現しており,これらは細胞外プリンによるシナプス伝達制御系を構成している。延髄孤束核では,一次求心線維終末のシナプス前P2X受容体活性化がCa2+流入を介したグルタミン酸放出促進を,また,ATPの細胞外代謝産物アデノシンによるA1受容体の活性化がN型電位依存性カルシウムチャネルの抑制を介したグルタミン酸放出抑制を引き起こす(Kato & Shigetomi, 2001; Shigetomi & Kato, 2004; Kato et al., 2004)。これらを活性化する内在性ATPはおそらくアストロサイト由来であると想定される。我々はDMNPE-caged ATPをスライス内樹状突起近傍でlaser photolysis法によりuncageし,シナプス周囲の局所的かつ速やかなATP濃度上昇によってグルタミン酸放出が即時に誘発される事実を証明した。一方,電気刺激による脳スライス中のATP放出をluciferin-luciferase反応によって生じる光子をVIMカメラで検出することによって可視化し,最高2.5sの時間分解能で細胞外ATP濃度の変動を画像化することに成功した。
医学・獣医学相互への提言
ヒトと動物の腫瘍は多くの共通点を有している。本シンポジウムが起爆剤となって,日本においても医学と獣医学が共同で骨肉腫をはじめとする各腫瘍の研究体制が整備されることを切望する。
松崎政紀(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター)
我々はこれまでケイジドグルタミン酸を用いたシナプス・細胞の光刺激法を開発してきたが,青色光を照射すると活性化されるカチオンチャネルタンパク質,チャネルロドプシン2(ChR2)にも注目し,この遺伝子導入マウスにおける神経細胞の光刺激を行っている。このマウスを麻酔下で頭部固定し,頭蓋骨越しに青色光を皮質運動野に照射することによって,照射領域の第5層ChR2発現細胞に活動電位を誘発させて,任意の肢の運動を誘発させる非侵襲的な経頭蓋光刺激法を確立した。これを用いると,前肢・後肢の支配領域を皮質表面に対して2ヶ月間に渉る2次元マッピングが可能となった。光刺激によって明らかになった支配領域は皮質内電気刺激法による機能マッピングによる結果と一致していた。今後この刺激法が,個体レベルでの脳機能を司る神経回路網の計測・制御に重要な方法論となることが期待される。
田中謙二(生理学研究所分子神経生理部門)
光感受性チャネルを脳内で発現させるにはいくつかの方法が考えられるが,どの方法を用いれば光操作を行うに十分な量を発現させることが出来るだろうか。Karl Deisserothはレンチウイルスを用いて光操作可能な発現量を得ている。またThy1プロモーターを用いたトランスジェニックマウスでも光操作可能な発現量を得ている。ウイルスの欠点はウイルスを投与したところにしか遺伝子導入が出来ない点にあるが,光操作は光を当てたところでしか行えないのだから,光操作の欠点の中にウイルスの欠点がマスクされる。それ以外のウイルスの欠点としては,遺伝子導入効率が個体によって異なる点だろう。では,遺伝子改変マウスはウイルスベクターに勝るであろうか。いわゆるtissue specific promoterに光感受性チャネルをつないだトランスジェニックマウスは,個体間の発現量,発現部位のばらつきが無く,細胞種特異性,領域特異性を獲得することが出来る。しかしほとんどの場合,その遺伝子発現量が十分でないことが多い。テトラサイクリン遺伝子誘導システムを用いた遺伝子改変マウスは,細胞種特異的に,光感受性チャネルを十分に発現させうる。その利点と問題点について話題を供した。
小柳光正(大阪市立大学大学院理学研究科生物地球系専攻)
視覚や概日リズムの光同調の光受容体である視物質類似光受容タンパク質(ロドプシン類)は,Gタンパク質共役型受容体(GPCR)のメンバーであり,光によりGタンパク質を活性化する唯一の受容体グループである。近年,ゲノム解読を中心に多数のロドプシン類遺伝子が同定され,その性質の多様性に注目が集まっている。それらは系統的に大きく8つのサブグループに分類することができるが,私たちは,そのうち主要な6サブグループのロドプシン類について,培養細胞発現系を確立し,光受容体としての基本的な性質である吸収波長域,光反応特性,活性化するGタンパク質を明らかにしてきた。その結果,視物質に代表される従来のロドプシン類にはない性質,例えば,生体内にユビキタスに存在するレチナール異性体を発色団として結合する,光吸収後に分解せずに光によって再生する,Gq,GoについでGsタイプのGタンパク質と共役するなどの性質を見出した。これらの性質に基づいてロドプシン類の光スイッチとしての発展性を探りたい。
小泉 周(生理学研究所広報展開推進室)
メラノプシンは,ヒトなど動物の網膜の中の一種類の神経節細胞(視神経細胞,全網膜神経の1%程度)に存在する光感受性物質で,TRPチャネルなどのCa透過性チャネルとカップルし光をうけて細胞を脱分極させることができる。この分子をさまざまな神経細胞やグリア細胞に強制発現させることで,脳神経活動を光によって制御できるであろう。同じような光感受性物質であるチャネロドプシンと違い(1)光感受性が高い(2)長い応答が得られる(3)Caと関連している(4)もともと哺乳動物に存在する,ことが特徴である。メラノプシンの遺伝子導入の応用例として,マウス網膜色素変性症後の網膜視神経細胞にメラノプシンを遺伝子導入し,これによって普通は光に応答しない網膜視神経細胞も光に応答できるようになり,視機能を再獲得した例を示す。今後,脳神経活動を光で操作するための基本ツールのひとつとして,遺伝子導入や遺伝子改変動物の作成などの応用が考えられる。
久原 篤,森 郁恵(名古屋大学大学院理学研究科)
神経細胞は様々な種類のシナプス小胞をもち,外界の状況に応じて下流の神経細胞に最適な情報を伝達している。そのため,どのような神経活動の変化が特定のシナプス伝達の優先権を決定しているかを解明することは重要な課題である。本会では,線虫C. elegans において,従来の分子遺伝学とハロロドプシン(HR)などの光学技術を駆使した解析から明らかになった,特定のグルタミン酸シナプス伝達に必須の神経活動パターンを報告する。主要な温度受容ニューロンAFDの活動が欠損した個体は,温度勾配上で低温かランダムに移動する異常を示す(1-3)。ところが,AFDにHRを導入した個体にHRの励起光をパルス照射すると,AFD欠損個体とは逆に,高温へ移動する異常が観察された。この異常は,AFDの小胞性グルタミン酸輸送体(VGLUT)が欠損した変異体(4)と同様の異常であった。さらに,カルシウムイメージングと遺伝学的解析により,特定のグルタミン酸シナプス伝達に必須なカルシウム濃度変化のパターンが示唆された。