公開日 2005.11.21

サルの上丘空間マップ上における側方抑制の強さを解明

カテゴリ:研究報告
 発達生理学研究系 認知行動発達機構研究部門
 

概要

眼球のサッケードは視空間の中で注意を引く刺激に対して視線を移動させる運動である。これまでのヒトの心理実験などから、空間の中で互いに近接する刺激同士はそれらに向けてのサッケードの開始を促進するが、離れた部位同士にある刺激同士は他方へのサッケードの開始を遅らせる"distractor"として作用する。
このような「近接する刺激同士は促進しあい、離れた刺激同士は抑制しあう」という"saliency map"の特徴は中枢神経系のどの部位で起きているのであろうか?
有力な候補のひとつはサッケード運動のベクトルについての秩序だったマップが存在している中脳の上丘である。ところが、上丘マップ上での離れた部位間の抑制"remote inhibition"の有無については、サルでの電気刺激実験で「存在する」としたMunoz & Istvan (1998)とげっ歯類でのスライスでの実験で「側方抑制の及ぶ範囲は狭い」としたHallらの研究(Helms et al. 2004)の間で見解の相違が生じている。
そこで本研究では、上丘中間層に局所的にニコチンを注入してその部位の神経細胞の活動を一時的に上昇させたときに、その部位から離れた部位が制御するベクトルのサッケードに対する影響を解析した。
その結果、ニコチンの局所注入はその部位が制御するサッケードの反応時間を顕著に短縮させる。またその部位と近い方向へのサッケードの反応時間も短縮させる。またサッケードの軌道も注入部位へのサッケードの方向に湾曲することが観察された。しかし、注入部位から離れた部位へのサッケードについては反応時間、軌道ともに変化が見られなかった。
以上結果は上丘内においてマップ上の近傍の点同士は互いに興奮させあう関係にあるが、離れた部位間の抑制(long range remote inhibition)は少なくともサッケードの開始や軌道の生成に影響を与えるほどには強くないことが明らかになった。

論文情報

Watanabe M, Kobayashi Y, Inoue Y, Isa T (2005) Effects of local nicotinic activation of the superior colliculus on saccades in monkeys. Journal of Neurophysiology, 93: 519-534.

【図1】

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ニコチン注入部位のニューロン群が制御する方向のサッケードの反応時間はニコチン注入によって顕著に短縮した。

【図2】

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しかしその反対方向へのサッケードは影響を全く受けなかった。